周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

よんなぁよんなぁLive「ある人たち」終了! 

2018/02/12
Mon. 22:02

昨夜の吉祥寺のろでのライブは、いつもと一味違う実に不思議で楽しいライブであった。

まず最初に、都内の精神保健福祉関係の、かつては無認可小規模作業所と言われていた施設で40年!から25年(私)働いている絶滅危惧種、生きた化石のような音楽好きの4名がのろで飲んだ。
その時も、この4人で飲むと必ず話題に上る、20年以上も前に4人それぞれが別々にお世話になった共通のマドンナ的存在のHさんの話で盛り上がった。4人で飲む度に他でもないHさんの話になるのは、4人共ある一時期Hさんの存在に助けられ支えられた覚えがあり、後にも先にもHさんのような人との出会いが乏しかったからだろう。この仕事(精神保健福祉従事)で辛い気持ちになることは多々あり、おそらく今もそうであり、それで4人杯を酌み交わせば、決まってHさんと仕事で交わり暖かい気持ちになれた懐かしいあの一時を思い出さずにはおれないのだ。

のろで飲んだ勢いで、現在は栃木県の大学で先生をされているHさんに電話を入れようと盛り上がった。先生業とは縁遠い自分達とはもはや遠く隔たった世界の人になってしまったか、それともあの頃(東京都の保健師をされていた)と変わらぬままで、しかも我々のことをまだ覚えてくれているか、やいのやいのと盛り上がりながら連絡担当者(今回のライブ名を決めた人)が決まり、のろにあるギターを弾かせてもらい遊んでいたら、マスター加藤さんからの後押しもあって、Hさんも招いてのろでライブをしてしまおうということになった。4人は元々音楽が好きだし、ぼく以上にギターが弾けてフォークソング好きな先輩もいるので、その人(新開ジロー氏)とぼくの2マンライブにして、もう一人(石垣東風平)がカフォンで時たま入る形に話がまとまった。
のろで飲んだ翌日には、早速連絡担当者がHさんの勤める大学に電凸を入れ、見事Hさんと連絡が取れしかもHさんは4匹のおっさんたちのことを覚えていると言う。そしてそして、何とのろライブに来てくれると言うのだ。この時点でもはや4匹のおっさんたちは高く高く舞い上がっていた。

ぼくは一応ライブ経験だけは豊富なので、この日のライブをライブとして成立させる役割を勝手に担うつもりでいた。内輪の飲み会ならばのろを貸し切ってHさんを囲む飲み会にすれば良い。けれど、ぼくらはあえて?ライブにして告知もし、4匹のおっさんともHさんとも特に関係のない人にも呼びかけた。20数年ぶりの再会がそのままこの日のライブならではの親密な空気、雰囲気になれば良いと思った。
とは言うものの、当日実際に20数年ぶりのHさんとの再会がどんな風になるのか?その時自分の心にどんな波が立つのか?何よりHさん以外に客が来るのか?ライブが近づくとそんな気がかりばかりが頭をもたげて来るのだった。

しかし、そんな杞憂は、吉祥寺駅に迎えに行った2匹のおっさんと共についにのろに現れたHさんの変わらぬ明るさと、優しい気さくな笑顔、弾むような元気な声で吹き飛んでしまった。こちらの想定を遥かに超えたステキな再会の夜に、職場の同僚やソウブラメンバーの森田君(当然の如くぶっつけでギター弾いてもらった)、のろ馴染みの人も来てくれて実に楽しいライブとなった。4匹のおっさんの中では(これでも)一番の若造であるぼくが先に唄い、Hさんともぼくより関わりの多かった新開ジローさんに後を任せたのも、我ながら良い采配であったと思っている。お店でお金を払って観に来たお客さんを前に唄うのはほとんど初めてという新開さんだったが、ひるむことなく新開ワールドを開陳してくれたと思う。ナターシャセブンの曲にチャップリンに因んだインストや、デイ・ドリーム・ビリーバーまで、ぼくとはまた全然違うなかなかの選曲であった。

ライブ時間を早目に設定したので、打ち上げ時間はたっぷり。田苑ボトルをみんなで回して飲みながら話は尽きることがない(そりゃそうだ)。ぼくはとにかくこのライブが実現出来て良かったという満足感と、それがのろでやれたという不思議なうれしさ。昨年の今頃4匹のおっさんで飲んだ時はこんな日が来るなどと夢にも思わないしHさんとのろで再会出来るなんて夢のまた夢であった。それがこうして実現して笑い合っている。昨夜は唄わなかったが、まさに「結風」の歌詞のような一夜だった。そうして、新たに始まった再会の物語はこれから続いて行くのだ。こんな時に続けて来て良かったなぁとつくづく思う。こんなライブをさせてくれた吉祥寺のろに感謝!

よんなぁよんなぁ(沖縄方言で「ゆっくりゆっくりの意」)ある人たちライブセットリスト
①再会の夜に
②君と同じ
③新しい日々
④普通の暮らし
⑤ぼくもいくさに征くのだけれど 詩 竹内浩三
⑥ヒノクルマ(ヒノマル) 詩 竹内浩三
⑦わかれ 詩 竹内浩三
⑧小さな革命
⑨元気でいてください (佐藤あつしさんのカバー)
⑩風景 (中塚正人さんのカバー)

~ライブの最後に新開ジロー氏と~
・自転車にのって (高田渡さんのカバー)

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新曲「小さな革命」 

2018/02/08
Thu. 22:42

小さな革命
詞 曲 五十嵐正史

またも真っ暗な大きなやつが立ちはだかって
もう一つの世界は立ち現れなかった
まだ残る道を歯ぎしり行き来しながら

それでも革命の日々は続く
君の小さな革命は続く

画面に貼り付けた君の悔しき言葉を
剥がして今日の荷物に入れて出かけよう
そいつを陽に晒し薪と燃やして行くんだ

それでも革命の日々は続く
君の小さな革命は続く

まるでジョンレノンのレコードジャケットみたいに
裸踊りを続ける奴ら、権力者…
引き返せない やり直せない そんな理屈で
俺たちの世界に入って来るな
もうこの世界に入って来るな

諦めだとか無関心だとか
分析するだけ虚しくなるばかり
信用ならないこの自由を試し続けてやるだけさ

それでも革命の日々は続く
君の小さな革命は続く

一日の仕事を終えた君は
昨日より引きずるものが増えたけれど
それは明日へと繋いで行くべきもの 愛する者たちへと繋ぐもの

そして革命の日々は続く
君の小さな革命は続く

先日の拙ブログに、吉祥寺のろの飲み先輩でありブルーズマンでもあるAさんが、FB上で「こういうことが小さな革命なんだ」という感想をくれた。そして「小さな革命」というタイトルの歌を作って欲しいとも。
その言葉がうれしくて、そしてちょうどタイトルと歌詞を少し手直しして唄い直したいと思っていた曲を引っ張り出してみたら、「小さな革命」がぴったりハマった(以前は「俺たちの世界」というタイトルでサビも違った)。何より、前の歌詞よりぼくが唄いたい思いそのものになった。すなわち日々の暮らしこそ、革命である。選挙やデモや武力蜂起だけが革命でない上に、それらは何とも上滑りしやすいしトロイの木馬も仕込まれやすい。敗けたってその人が生きる限り革命だ。その暮らしがある限り革命だ。

曲調は大好きなビートの効いたロックだったから、「小さな革命」に生まれ変わってまた唄えるのがとてもうれしい。ので、早速11日の吉祥寺のろで弾き語りで披露したいと思います。

Aさん、ありがとうございます!良いこと言ってくれました~。

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ロケンロールライフ872 

2018/02/06
Tue. 22:47

昨日の夜も私塾帰りの長女と生田駅で待ち合わせ。

今週末からいよいよ受験が始まるので、平日の夜待ち合わせるのは昨日が最後になってしまった。
思えば9月末からほぼ毎週月曜の夜待ち合わせて一緒に帰った。まだ夏の名残があった頃から寒さの冬へとずい分一緒に歩いた気がするが、父にはあっという間で、思わず長女に「何か寂しいなぁ。もう少し勉強教えてもらえば良いじゃん」と言ってしまった。長女は「はぁ?」と苦笑い。
しばらく黙って自転車を押して坂道を上る長女と並んで歩く。ふと思い出したように父は「受験終わったら良い所連れて行って美味いモノ食わしてやる」と言い、「どこ?」と聞く長女に「新丸子駅近くの丸子温泉に行って、風呂上りにさんちゃん食堂っていう超渋い店でサンマー麺をご馳走してやる」と応えると、なぁんだという顔をして「それ父ちゃんが行きたいだけでしょ?」と言われてしまう。何を隠そうこの夜も長女の迎えの前に丸子温泉にしっかり入って来ていた父は、さんちゃん食堂の前を通って「ビール飲みながらサンマー麺食いたい!」と胸を焦がしていたのだった。

「どこか行きたいところはないのか?」と父の方から聞けば、「ない」と長女は応え「あ、団地のH公園でM(同じ団地に住む幼馴染み)とキャッチボールしたい」なんて言う。「H公園なんていつだって行けるしキャッチボールだっていつでも出来るじゃないか?」と今度は父が呆れ顔で言えば「高校に行ったらそうそうMと一緒にキャッチボール出来なくなるから」と長女。彼女なりに、物心ついた頃からずっと慣れ親しんできた大好きな団地周辺だけの世界から出て行くことになるのを感じているらしい。団地内の平安時代の寺院の復元遺構のある渋いH公園は、小学2年の時に彼女が毎日一輪車に乗る練習をしていた所。その頃を15歳の君はどんな風に懐かしんでいるのだろう?

またしばらくの沈黙の後、団地のそばまで帰って来て高い空に光る冬の星を見上げながら、長女は「そうだ、受験終わったらやっぱりMと2人で神宮球場にヤクルト戦を観に行こう」と弾んだ声で言った。そこにもはや父の同伴はない。彼女の世界は確実に広がっている。

言葉なき 親娘の頭上に 冬の星  (先日職場の俳句会にて出句)

今宵のBGMは、エリオット・マーフィーの2013年発表の「イット・テイクス・ア・ウォリード・マン」。
身体がボロボロになって亡くなったことが分かったトム・ペティのことが悲しくてならないが、しぶとく自分のペースで元気にロックし続けているエリオット・マーフィーの存在が心強い。ロックはそうであってほしい。

BGドリンクはトマトジュースでした。
告知!2月11日(日)吉祥寺のろで、古い仕事の先輩でフォーク好きの新開慈郎さんと弾き語りジョイントライブします!
この日はアタシも弾き語りで四畳半ではないフォークの名曲をカバーしたりする異色のライブになる予定です。良い意味でまったり楽しめる感じにしたいと思いますので、ぜひぜひみなさんお運び下さい!
17:00開場18:00開演(いつもよりちょい早め)2000円+ドリンクオーダーです。ヨロシクロケンロール!

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わかれ 

2018/02/04
Sun. 22:20

2日の農家ライブの後、みんなで楽しく飲み話している中で、この日ぼくがソロで唄った竹内浩三の話題になった。

やっぱり竹内浩三の詩はライブで唄った方が良いという話から(昨年はあまりライブで唄わなかった)、ライブを観に来てくれたF君が、「ぼくがいくさに征くのだけれど」に込めた竹内の思いとは?と投げかけた。あからさまな反戦歌ではなく、まぬけな自分がまともにいくさが出来ますようにと、成田山に願かける内容から、採りようによっては戦争肯定ともとれる詩なのだが、ぼくが自分でつけたメロディーに乗せてこの歌を唄う時に込み上げて来るのは、哀しみを基調にした戦争を茶化し嗤う気持ちだ。
もちろん、竹内の真意は分からない。でも、“征くのだけれど”の、けれどという語尾に少なくとも積極的な気持ちは感じないしむしろためらいや戸惑い、躊躇、迷いをくみ取るのが普通だろう。これが、戦時中に書けた精一杯の自由だったかもしれない。何より冒頭の“街はいくさ語りであふれ どこへ行っても征くはなし 勝ったはなし”からして、ぼくには竹内の「うんざりだよ!」という声が聴こえて来るのだ。反戦詩でなくても、これは明らかに厭戦詩であるだろう。ちょうど昨日の東京新聞「こちら情報部」で、ぼくも子どもの頃観て来た多くのアニメで名前を知っている脚本家の辻真先氏が、反戦よりも厭戦の方が大切と語っていた。ぼくも、厭戦歌の方がより生活に引き寄せて人の心に届かせられるのではと思う。

竹内についての語らいは、心の友U君も「骨のうたう」という竹内の代表詩について、“がらがらどんどんと事務と常識が流れ 故国は発展に忙しかった”と、敗戦後の日本をあたかも未来に行って見て来たかのように彼が書いていることへの驚嘆を語ってくれた。
そんな風に竹内のことをみんなで語れるのが何ともうれしくて、そしてそれは誰よりもきっと竹内本人がうれしいに違いない。なにせ彼はにぎやかな語らいが好きだったし、寂しがり屋だからだ。
そんな農家ライブの翌日、ぼくは久しぶりに竹内に会うかのように定本「竹内浩三全集」を開いた。そこに載っていた「わかれ」という詩を読んでいたら、これまで竹内の詩に曲をつけた時と同様にメロディーがギター弾きながら自然と口をついて出てきた。手前味噌だが、メロディーをつけて彼の詩を唄うと、ただ詩を読んだ時よりも情景がさらに浮かぶ気がする。この「わかれ」もまさにそんな感じがした。ぼくも馴染みのある街新宿で、76年前の召集直前のある夜に竹内たちは仲間と酒を飲んだ。けれど、この夜の彼らの飲みには、ぼくが先週も新宿で仲間と飲んだような解放感はない。詩の言葉からは酔っている感じもしない。しこたま飲んだはずなのに詩人竹内の眼は決して酔ってはおらず、眼差しは静謐さと友への優しさと惜別に満ちている。
この人間が虫けらのように扱われ殺された時代に、なんでこんな人間らしい眼差しを竹内は保つことが出来て、それをわざわざ詩として刻み残そうとしたのだろう?しかも誰にも分かる平易な言葉で、読む人にちゃんと絵を見せてくれる完成された詩を、わずかな同人誌と、教科書や所持している詩集等の余白に書き込むというアテの無い方法で。

その原動力を思う時、やはりぼくは彼は、竹内浩三はとてつもない抵抗者であったと思わずにおれない。
また新たに彼の詩を唄うことが出来るのがうれしい。きっと彼もうれしいはず。

わかれ
詩 竹内浩三 曲 五十嵐正史

みんなして 酒をのんだ
新宿は、雨であった 雨にきづかないふりして
ぼくたちはのみあるいた
やがて、飲むのもお終いになった
街角にくるたびに
なかまがへっていった

ぼくたちはすぐいくさに行くので
いまわかれたら
今度あうのはいつのことか
雨の中へ、ひとりずつ消えてゆくなかま

おい、もう一度、顔をみせてくれ
雨の中でわらっていた
そして、みえなくなった

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立川歌酒房「農家」ワンマンライブ終了! 

2018/02/03
Sat. 23:27

ヘルスよしのの超音波浴槽の強めの泡に、両足指のしもやけの患部を当てると、最初は痛みに思わず顔をしかめるが、直に快感に転じて恍惚の表情となる。例年以上に寒さのせいで今年のしもやけはひどく、歩くだけで特に両足小指に軽く痛みが走るほど。そんなアタシのつらいしもやけに、冬の銭湯は最高の湯治場となる。

今日はまだ土曜日、明日の日曜日も休めるのだと思うと、今ヘルスよしのの湯に浸かっている喜びが倍増する。たいてい日曜日に入るので「明日は仕事かぁ」なんてため息ついたりするのだが、しつこいようだが今日はまだ土曜日、そして昨日の金曜の夜には農家さんでワンマンライブを終えている。申し訳ないが気分が良いのである。

「申し訳ないけれどすごく気持ち良いです」昨夜の農家さんでのライブで、思わずぼくはこう言ったのだが、それは昨夜の嘘偽りないぼくの心そのままの言葉であった。
残念ながらまたも超少数精鋭の4人のお客さんの前で2時間のワンマンライブ。しかし、前回もそうだったけれど、農家さんの店もステージも居心地良くて、なにより店主瑞穂さんが気持ち良い音作りをしてくれて、ぼくらは意気消沈することも腐ることも無くライブの演奏が楽しくて楽しくて、それが4人のお客さんに通じているのがうれしくてうれしくて、いつしかお客さんの少ない事などどこかに消し飛んでソウブラは最後まで熱い演奏をやり切った。そんなさ中に先のぼくの発言が思わず飛び出したのだった。

何とも虚しくなってしまったり、変に開き直ったり、お店に申し訳なく思ったりという目まぐるしい感情と格闘しながらライブをすることも多いのだけれど、それでもいつもその時だけのライブ空間を作り感じて、充実した気持ちでライブを終える。でも、昨夜は1曲目から気持ちが集中して感情が揺れることなくライブに没頭した。
今回も自分たちなりに出来得る限り宣伝をした。それでこの現実ならば仕方がない。人気の出るような仕掛けや宣伝効果を考えるより、ひたぶる良いライブを自分たちの唄いたい歌で生み出し続けるのみだ。そんなぼくらのライブを受け容れてくれる農家という素晴らしい場所と出会ったうれしさと、素晴らしかった昨夜の少数精鋭のお客さん(その中のお一人は、たまたま数年ぶりに北海道から立川を訪れた方で、最前席でノリノリで楽しんでいただきうれしかった~)からステージに届いた波動のおかげで、現時点での今年一番のライブをやれたのだと思う。

うれしいことに、次回も4月6日(金)に農家ライブが決まりました。桜舞い散る春の宵に、また農家でたっぷり唄えるのが今から楽しみでならない。

ソウブラ農家ワンマンライブセットリスト
①LEARNING TO FLY
②まほろばの森のタマノカンアオイ
③君の世界は広がる
④キャッチボール
⑤ファシスト野郎
⑥ひとりのたたかい
⑦余計な音

⑧ぼくもいくさに征くのだけれど(ソロ) 詩 竹内浩三
⑨ヒノクルマ(ソロ) 詩 竹内浩三
⑩新しい日々
⑪トロイの木馬
⑫西村亭の唄
⑬箱舟の美術館
⑭ないしょのはなし(母の歌集)
⑮ヘルスよしの
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰結風

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2018-02