周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

新曲「普段着のうた唄い」 

2017/09/14
Thu. 22:24

普段着のうた唄い
詞 曲 五十嵐正史

生き様に恋する 出会いを重ねる度に
自分の中で何かが 剥がれ落ちて行くのを感じて来た
歌を飾らないこと 大きく見せようとしないこと格好つけないこと
生きて行くのはくたびれて行くことだけれど
その中で磨かれて行くものがある

生き様が見える 生き様が歌う
俺たちは普段着のうた唄い
社会派ではない ましてや過激派でもない
俺たちは普段着のうた唄い

確かにこの内に刻まれた 恋した生き様たちが
明日を夢見させる どんな時代の流れの中でも
そして今また出会い 辿り着いたこの場所で
美しい佇まいの 人に見守られながら歌う

生き様が見える 生き様が歌う
俺たちは普段着のうた唄い
カウンターではない 目指した舞台はここ
俺たちは普段着のうた唄い

生き様が見える 生き様が歌う
俺たちは普段着のうた唄い
社会派ではない ましてや過激派でもない
俺たちは普段着のうた唄い

生き様が見える 生き様が歌う
俺たちは普段着のうた唄い
カウンターではない 目指した舞台はここ
俺たちは普段着のうた唄い


ここ最近自然と自分の中から出て来て書いていた「普段着の歌」という言葉と、先日のたらまガレージのお父(とう)の佇まいと生き様が何ともステキで惚れてしまい、自分はそんな人との出会いを重ねて、そんな人からの影響が何よりも自分の生き方の指針になって来たのだなぁとあらためてうれしく思い知ったことが自分の中で繋がった。
そして、宮城のTさんからFB上でソウブラを評して「生き様」を感じるというようなコメントをいただいて「生き様」もぜひ歌詞に入れたいと思った。思想や拠って立つ立場、所属集団、その他自己規定する一切ではなく、人が人に見せ伝えられるのは唯一「生き様」しかないのではないか。それこそが本当に個と個を繋ぐのではないか。48歳の今、そんな気持ちで時代や社会、暮らしと対峙していることに何ら心細さは無い。ただただ生きてて良かったである。

メロディーはヴァン・モリソンの「キープ・ミー・シンギング」からいただきました。

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ロケンロールライフ829 

2017/09/13
Wed. 23:05

20歳の夏、初めて沖縄県読谷村のチビチリガマを訪れた。

沖縄の親友Aに連れて来てもらったはずで、1年後の再訪は母ちゃんも共に、沖縄戦当時お母さん家族がガマに避難していたというくわえさんに案内してもらった記憶がある(2人には沖縄戦の戦跡を本島中案内してもらった)。

初めて訪れた時も再訪した時も、チビチリガマの入口脇にある彫刻家金城実さんと読谷村民で創り上げた「平和の像」は壊された状態であった。その破壊され鉄芯がむき出しになった像は、まるで1945年4月2日にガマ(洞窟)の中で行われた日本軍の強制による集団自決の凄惨さを彷彿させ、鉄芯はあたかも人骨のようであった。
当時のままの遺品が残る壕内を見学し、もう一度佇んだガマと壊されたままの平和の像の前で、ぼくは20年生きて来て初めて歴史を語る遺物に、震えが来るほど強烈に心を打たれた経験をした。

そして、初訪問の時にぼくは平和の像のすぐそばにある空の一斗缶に目を奪われた。その一斗缶にはペンキで走り書きのようにけれど力強い筆致で“何度ぶんなぐられても立ち上がるんだ”と書かれてあった。ぼくはその一斗缶から強烈なメッセージを感じ涙が出たのを覚えている。ぼくはその一斗缶を映した写真を、当時自主制作カセットのインデックスに使用した。

あれからどれだけ沖縄はぶん殴られ、立ち上がり続けて来たのだろうと、途方に暮れそうなやりきれない気持ちに何度もなる。87年に平和の像を壊した者達は(右翼の仕業とされている)、壕内の人骨や使っていた当時のままの生活用品までは荒らしたりはしなかった。最低限の死者への礼は守ったのか、人間としてのわずかの矜持があったのかは分からない。
しかし、2017年のこの9月に起こされた破壊は、もはや思想が報復がどうのこうのという次元ではない気がする。人間としての感性を根っこから喪失した、それこそ命の価値を勝手に決めつけ冒涜して何ら思う所も無い所業としか思えない。ヘイトなどという簡単なカタカナ語で片づけられない、底深い人間の救い難い劣化を見せつけられた気がしてならない。なぜそれを沖縄で?チビチリガマで?
チビチリガマは、読谷村の暮らしのすぐそばにある、現在の生者の暮らしと地続きに在る死者の居る場所、お墓である。チビチリガマの死者と共に在ることで、戦争の真の姿をさらしながらそこでこそ平和を希求する命は繋がり続けて行く大切な場所であった。
その無防備な在り方こそが、人間を育て人間を戒め教え、そして生きさせてくれる稀有な存在であるのに、その命のメッセージを2017年に生きる人間が裏切ってしまった。どんなセキュリティーで守られた重要な史跡、遺跡、遺物よりも絶対に侵してはならないものを、2017年9月の実行者は壊したのだ。実行者の生き様は誰の命をも豊かにすることなくただただ命を貶めた。絶対に許されない。

多くの怒りの涙と、人間としての嘆きと、それでも命の行方を豊かに人間に示し続ける沖縄の自然と、友人たちの小さな暮らしを思って今夜はこのブログに向かった。そして、明日からまた「そうではない」という小さな暮らしを続けて行く。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの「キープ・ミー・シンギング」。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ソウブラたらまガレージ初ワンマンライブ終了! 

2017/09/11
Mon. 22:26

6月に下見を兼ねて、WCカラスさんのライブを初めて所沢は小手指にあるたらまガレージに観に行った。

小手指駅から散々道に迷って、1時間かかってやっと辿り着いたそのガレージ(脇に居酒屋たらまを併設)の佇まいに、ぼくは一目ぼれをし、その日のカラスさんの最高にリラックスした気持ち良いライブを堪能しながら、ここはソウブラにもぴったりな空間ではないかと一人夢想していた。でも、いくらバンドにとってぴったりな空間でもお客さんにとってどうなのかはライブをやってみるまで分からない。何よりお客さんが来てくれるのかがともかく分からない。

昨日の客入れ前のリハーサルで、今年80云歳になるたらまガレージのお父(とう)が自ら建てた八百屋の店舗スペース(1960年代にお父夫婦は沖縄から移住して来た)を、さらに自力で改造して造り上げたガレージで唄うのは最高に気持ち良いことを実感した。音の響きも最高。ほぼ毎月2回、WCカラスさんはじめ名だたるミュージシャンがここで繰り返しライブをする気持ちが良く分かる。普通のライブハウスじゃ決して出せない場力と味のある空間だ。

そして迎えた開演時間。すでにこちらはお父と打ち解けて早くもリハーサルの練習(笑)。声をかけてくれた主催の佐久間さんと「このまま客来なくて打ち上げになっちゃったりして」なんて一抹の不安を笑っていると、同僚K田さんがやって来て送迎車からはF君とH川夫妻が現れる。そして、7年ぶりくらいの再会の所沢在住の元同僚で、とっても仲良くしていたK君一家が4人(ホンとありがとう!うれしい再会だった)!で来てくれる。そんな感じでぞろぞろとお客さんが集まって来て、開演後には先日のスペースCライブにも来てくれたSさん、Tさんカップルが京都から!ご来店。良い感じで席が埋まり、そのほとんどが(ソウブラも含めて)初めてのたらまガレージ体験なはずなのにみんなとってもリラックスしてソウブラライブを楽しんでくれます。たらまのお父は最前列でノリノリです。これが演奏し唄っている側にうれしくないわけがない。ノらないわけがありません。あぁ、これがみんなで創るライブ。俺たちの目指す普段着なライブ。そんなうれしい気持ちに包まれて、アンコールの「結風」(この歌をぜひ歌いたかった)までソウブラたらまガレージ初ライブをゆったりと駆け抜けた。

たらまガレージ恒例、息子さん手作りの美味しい料理をたっぷり味わっての打ち上げも、笑い声と歌声とライブ中もお父が連発してくれた沖縄宮古地方の方言で「最高」「上等」の意味の言葉「ズミ~!」連呼の中楽しく過ぎた。またまたぼくらは大切な場所と出会わせてもらった。そんな場所が一つ自分の中に出来ることがどれだけ自分を豊かにしてくれることか。生きることの楽しみが増えることか。ライブを観に来てくれたかつてのタケサンシン山村君と梅ちゃんの上司でもあるH川さんが、最近自費出版で上梓した本のタイトル「縁に生かされて」をぼくもまた実感している。人を生かすのは権力欲でも支配欲経済力でもない。ましてやどこまでも右肩上がりの上昇志向でもない。人の生き様がそれをちゃんと証明している。名だたるミュージシャン達がたらまガレージでライブをする在り方が証明している。その端っこにソウブラが仲間入りさせてもらった昨夜は記念日としてぼくは忘れないだろう。そしてお父にも約束したから、また必ずソウブラはたらまガレージでライブしに行きます!昨夜観に来てくれたお客さん達との再会と新たな出会いを願いつつ。

ソウブラたらまガレージライブセットリスト
①たまゆら
②この素晴らしくない世界で
③再会の夜に
④ファシスト野郎
⑤ひとりのたたかい
⑥日本が見えない 詩 竹内浩三
⑦まほろばの森のタマノカンアオイ
⑧キャッチボール

⑨古い川
⑩この星に日が昇る間の話
⑪西村亭の唄
⑫普通の暮らし
⑬ないしょの話(母の歌集)
⑭ヘルスよしの
⑮命でしかないビート
⑯三ツ星さん 詩 竹内浩三
~アンコール~
⑰結風

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ロケンロールライフ828 

2017/09/08
Fri. 23:29

今週は2回出張があった1週間であった。

出張と言ってもまず都内を出ることはなく、1回は調布の深大寺の先の某病院で、2回目の昨日は同じ大田区内のT地域庁舎である。
そしてどちらも一人の精神障害を持つ人をどう支援して行くか、本人を交えて関係機関で集まり話し合うという内容で、そのどちらの話し合いも実に有意義で我ながら良い仕事が出来たのではという清々しい気持ちで帰路に着けた。

一人は長期入院中であり、なかなか実現に向けて動き出せなかった退院に向けて、病院のスタッフ(看護師、ケースワーカー、主治医)と、暮らしの場を提供する地域の通所事業所とグループホームを運営する社会福祉法人、そして入院している本人がかつて通所していた施設の責任者であるぼくとで、本人の意志とペースを最大限優先しながら今後の進め方を協議した。
もう一人は医療観察期間が終了し、晴れて法の監視を外れた(法務局の担当者は実に誠意溢れる仕事ぶりであった)現在ぼくの施設を利用している人の、今後の支援の在り方をやはり関係機関である訪問看護事業所、病院、福祉のワーカー、保健師、区の生活支援センタースタッフ、都の精神保健福祉センタースタッフとぼくで話し合った。

場所も中身も違う2つの出張会議であったが、大きく共通している点があった。それは、どちらの会議も参加者の誰もが自分たちの団体組織の事業の都合を優先させなかった事、そして当事者である本人が参加し話の内容を説明し、本人の意志を聴きながら進めた事、そしてその姿勢をこれからも貫いて行く事を参加者全員で共有出来た事だ。
ある意味当たり前のことではあるが、特に自立支援法以降すべての福祉サービス(ぼくの所の様な例外を除き)が利用計画に基づく契約ありきとなり、その計画作りから契約、そして利用までこと細かに報酬単価が決められてしまったので、携わる事業所はその報酬を得るための都合を優先させるという事態が生まれてしまった。しかし、それでもその報酬までの最短コースよりも、その福祉サービス(という言い方はいまだに馴染めず嫌いだが)を必要とする人の事情を優先しようとする福祉従事者としての矜持を発揮出来る選択と隙間がまだある。その矜持を2つの会議では見事全関係者が発揮していたことに、ぼくは「まだまだ捨てたもんじゃない」と秘かに感動したのだった。そしてそこに1つだけ、すべて手前の裁量で動けるがすべて手弁当である変わり種のぼくが参加し意見を述べ、2つ目の会議では法務局から引き継ぐ形で取りまとめ役を担った。そのことに文句を言う人も居なかった。

悪法を機能不全に持ち込むには、こういった1人のために結集し発揮出来る現場の小さな実践こそ有効だとぼくは実感している。なんちゃらネットワーク作りだのソーシャルアクションがどうのこうのという、カタカナ並べた題目と結局悪法の下に野心や飛び技を語りたい連中が集まるのをぼくは個人的に好かず、そういう集まりには基本的に参加しない。これからも参加しない。
ぼくはぼくの裁量で、これからも1人の支援のために1人でその現場に入り込み実践する。まるでゲリラか工作員のように、でも堂々と本名を名乗って。

T庁舎の帰りには、必ずN原街道沿いのブックオフに寄って古本を漁るのが習慣となっていて、昨日は吉田ルイ子さんのエッセイ「自分をさがして旅に生きます」を108円でGET!これが読み出したら止まらず夢中で読んでいます。特に沖縄の日本復帰の瞬間1972年5月15日の瞬間を、当時のコザ市の売春宿街で迎えたルポは衝撃であると同時に現在の沖縄を知るためにも大切に思えた。そして、それは大好きなぼくらの師匠、知念良吉さんが唄う「裏町の唄」の世界そのものでもあった。吉田ルイ子さんの文章から知念さんの歌が聴こえて来るようであった。日本国憲法番外地だった沖縄の歴史と事実をこそ本土は、憲法を守ろういう人間は知るべきだと思う。

さて、明日からライブモードにチェンジして10日のたらまガレージへ行って来ます!

今宵のBGMは、大学時代に大学生協の中古レコード市で購入したニール・ヤング&クレイジー・ホースの87発表のLP「ライフ」。
あまり評価されていないちょっと音も中途半端な感じの作品だけれど、結構良い曲入っていて好きです。名曲「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」に繋がる布石の様な曲もあって、何よりこれを手に入れた頃の匂いが思い出されてたまりません。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。では10日はたらまガレージでロケンロール!

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ロケンロールライフ827 

2017/09/06
Wed. 23:27

いくつになっても初めての場所でライブをするのはドキドキする。

選曲もいつも以上に考えるし、お客さんが来てくれるかもいつも以上?に心配になる。土日バンドマンであるから、平日は仕事に没頭(ばかりでもないけれど)しているわけだが、ふとした時に「おい、ライブの準備しなきゃ。仕事している場合じゃねぇぞ」と、焦りに似た感情に襲われる。それはたいてい朝の通勤電車の中でのことが多く、焦りの後には決まって便意を催しあえなく途中下車となるのがいつものパターン(泣)。

ずっとこんな生活をし続けているのだから慣れっこのはずなのに、こんなことをずっと繰り返している。それでも若い頃よりは大分ゆったり構えることが出来るようになった気がしないでもない。なにせ今さら急に歌もギターも上手くなるものではないし、カリスマ性がいきなりついて突如人気が出るわけでもない。ましてや唄う歌が変わるわけじゃなし。そう、相も変わらずぼくの歌は個人的な小さい暮らしの現実の一コマを唄うかと思いきや、世の中を政治を嗤い飛ばしたりもする。どこまでも自分の感じたものばかりの歌世界。そんな歌を近しい人以外が受け容れてくれること自体が信じ難い奇跡のように思えるし、時に申し訳ないような気分にもなり、たいていそこに自分の唄い甲斐を感じているのも事実。だからこそ、あえて余計に着飾ったり大げさな演出もしたくない。神がかったようなパフォーマンスも嫌だし激情ばかりを唄うのも嘘くさく思ってしまう。
唄えば唄うほど、歌を書けば書くほど普段着のままで(それでも一応衣装は考える)、普通に唄いたいと思うようになって来てしまった。

そんな自分の心情に「こんなんで良いのか?」と戸惑っていた時、今年の両国は隅田川フォークフェスティバルの青空古本市で確か200円でGETした長田弘氏著の「アメリカの心の歌」(岩波新書)という本と出会い、ぼくは大いに勇気づけられ、長田氏のまさに散文でありながら詩のような珠玉の言葉たちに、本に登場するどちらかと言うと超有名ではない生きるための歌唄いたちに、ぼくはたまらない愛着を持ったのだった。ヴァン・モリソンやグラム・パーソンズ、ニール・ヤングなどぼくが愛聴して来たミュージシャンも登場するのだが、今まで知らなかったミュージシャンや名前だけ知っていたミュージシャンの方が多い。ずいぶんいろんな音楽を聴いて来たつもりだったけれど、ぼくの知らない素晴らしい歌唄いがこの世界には(故人含め)まだまだたくさん居るのだ。

大好きな文章はいくつもあるのだが、例えばジョン・プラインというシンガーソングライターを紹介したところでは“つねに自然体。一人の自由な姿勢をくずさない。そして、時代の気温を親しい旋律にとどめて、ひとの体温をもつ言葉をもった歌をつくる。ほんとうに大事なものは何でもないものだ。かざらない日常の言いまわしで、なかなか言葉にならないものを歌にする。”これを読んだらどうにもジョン・プラインを聴きたくなるし会いたくなる。

また、ジェリー・ジェフ・ウォーカー(Mr.ボー・ジャングルの作者)のことを“だが、幻滅にはくみしない。歌は生き方だということだ。自由であること。肝心なことはそれだけだ。自由はどこかにあるものなのではない。自由とはみずから自由を楽しむ方法にほかならない。”と評し、「ラジオを聴こう」という章では、“じぶんを語るためのものではない。真情を吐くためのものではない。歌は私の表現ではない。感傷が過ぎ、攻撃が過ぎ、皮肉が過ぎ、またときに平凡に過ぎて感じられることがたとえあっても、歌というのは、本質的に、他者を存在させるこころみだ。じぶんにとって必要な他者だ。ひとが歌にもとめるのは、親しい他者としてこころに住まわせることのできる、歌のなかの見知らぬ友人であり、知人であり、仲間だ。”と、歌を見事に定義してみせる。

この小さな本のおかげで、ぼくは歌を唄うことがますます好きになり、歌を書くこともまたさらに好きになった。
最後に大好きなグラム・パーソンズについて“グラム・パーソンズは着飾ったショー・ビジネスとしての歌のありようをきらった。きらったというより、にくんだ。そして、あくまで普段着の歌をもとめた。日々の人生の一部としての歌だ。”もう、何にも言うことありません。ただただシビレル~であり、歌を書いて唄って来て良かったなぁと思うばかり。

と言うわけで、ソウブラ初の所沢は小手指たらまガレージさんライブでは、いつも以上に普段着で唄えそうです。
みなさん、10日はぜひソウブラと一緒にライブという一時を自由を楽しみませんか~!?

今宵のBGMは、グラム・パーソンズの名盤にして遺作「グリーヴァス・エンジェル」。エミルー・ハリスの賛辞が胸に沁みる。
秋の虫の声にも良く合います。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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2017-09