周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

新曲「ファシスト野郎」 

2017/02/16
Thu. 22:38

ファシスト野郎
詞 曲 五十嵐正史

ファシスト野郎がルールを変える
ファシスト野郎がルールを破り変えちまう
世界はファシストファーストだ
負けじと小さなファシストルールを変える
負けじと小さなファシストルールを破り変えちまう
世界はファシストだらけ

奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ
奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ

ファシスト野郎が景色を変える
ファシスト野郎が景色を塗り替え変えちまう
世界はファシストファーストだ
ファシスト野郎が愛を変える
ファシスト野郎が愛を歪め変えちまい
ヘイトの泥沼で愛を叫んでる

奴らの愛に溺れるな 奴らの土俵に上がるなよ
奴らの愛に溺れるな 奴らの土俵に上がるなよ

ファシスト野郎が金を握る
ファシスト野郎が金を握ったら回さない
世界はファシストファーストだ

奴らに金を回すなよ 奴らの土俵に上がるなよ
奴らに金を回すなよ 奴らの土俵に上がるなよ

奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ
奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ

ファシスト野郎・・・
ファシストやろう・・・


「最近優しい歌が多いね」と何人かから言われ、ちょっとガツンと来るビートの歌を書きたいと思っていたところ、しばらく前から頭の片隅にあったビリー・ブラッグ&ウィルコの「マーメイド・アベニューvol.2」収録の“オール・ユー・ファシスツ”を、「ファシスト野郎」と日本語で歌ってみたかったことを思い出し、いつものように行き帰りの電車の中で頭の中で鳴らしてみたら、バババッと歌詞が出て来た。きっと天邪鬼のぼくは、世間が話題にしているのと軌を一にして正面から論評したくなかったトランプのことを、いつか自分なりに表に吐き出してやりたいと秘かに思っていたのだろう。もちろん、これは一人トランプのことを歌ったわけではない。世界で先んじて子分となった安倍のことだろうし、身近にどこにでも居るファシストであり(当然野郎に限らない)、自分自身の中にも潜むファシスト野郎のことでもある。そして「奴らの土俵に上がるなよ」がぼくの一番言いたい肝。こいつを早くギターを掻き鳴らして思い切り痛快に歌ってやりたい。

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ロケンロールライフ763 

2017/02/15
Wed. 23:05

13日放送のBSプレミアム「東京ディープ」阿佐ヶ谷特集の後半で、ぼくがあるぽらんで呑み歌う姿が映った時の子どもたちの反応が面白かった。

まず一番下の息子は、観たい裏番組のクイズが観られないことに文句を言い続け、次女は「学校でこれがアタシの父ちゃんだってことバレないよね?バレたら絶対いやだ~!」と嘆き、長女だけが「父ちゃんすげぇ…」と一目おいてくれた。どうもテレビカメラの前で平気で酔っぱらって楽しそうにしている親父の肝っ玉に対し、わずかに尊敬の念を抱いたようだ。
実の所前にも書いたように平気だったわけではなく、ステキ過ぎる豊田エリー嬢を前に舞い上がり、いつもの倍のペースでトマト酎を流し込んでいたのだったが、それは長女には言わなかった。
ちなみに母ちゃんは、伴奏なしで「結風」を歌っているぼくの姿を観て「人差し指立てないで、最後まで手拍子で歌えば良かったね~」とのコメント。異議なし。

今日同じ法人の別事業所(心の友U君やTさん、Sママの働く施設)に配達に行った時に、観てくれた同僚Tさんから「すごく良い感じでしたよ~」と言ってもらった後に、「肩書がミュージシャンでしたね~!」と言われ思わず照れ笑い。
実は自称も含めて自分がミュージシャンと称されたことは、47年生きて来て初めてのこと。22歳の時に初めて赤旗に投稿が載った際は「労働者シンガー」と名乗った。まぁ、歌を書いて人前で演奏しているわけだからアマチュアでも確かに「ミュージシャン」であるから偽称ではない。でもやっぱり照れくさい(これまで何度かテレビに映ったけれど、クレジットが付いたのはたぶん初めて)。

とにもかくにも観てくれた友人知人たちが面白がってくれたら何よりである。ぼく自身楽しかったし良い思い出にもなった(その大部分が豊田エリー嬢のお姿であることは言うまでもない(しつこい!))。
実は昨年の6月には、同じBSの吉祥寺駅徒歩7分の散歩コースという番組でのろで唄っている所が映った。今年は阿佐ヶ谷で映ったわけだが、今回の番組の中でぼくが川崎から通っていることで豊田エリー嬢に驚かれるシーンがある。確かにぼくが常連しているあるぽらんものろも我が家から片道1時間30分はかかる。最寄駅と言うか、近所ではJRと京王稲田堤駅近くの居酒屋チェーン店にバンドの練習の後必ず呑みに行くくらいで、多摩川土手の天国に一番近い呑み屋であるたぬき屋へも行くのは年に2、3回程度。我ながら不思議に思うのだが、おそらくあるぽらんのある阿佐ヶ谷へも、のろのある吉祥寺へも、その店のある界隈の自分の住んでいる街とはまた違った雰囲気が飽きることなく好きで、それがまた自分の住んでいる街とは違う安らぎを与えてくれるからなのだ。そして何よりも、そうして1時間以上もかけて出かけて会いたい顔が、人がどちらにも居るからなのだ。本音を言えば、そんな気持ちでもっと顔出したい店のある街があるのだけれど、なにせ先立つものが付いてこないのだからどうしようもないや。

そしてこうも思う。もし、ぼくが好きな店のある街に住んでしまったら、とても身体も懐ももたないだろうなぁと。行きまくるだろうなぁ、きっと。でも月に一度くらいだからこその募る思いというものもありまして、それが解放される時のうれしさと言ったら筆舌に尽くせない。嗚呼、なんだか呑みに行きたくなって来た。でも大丈夫、今週末はのろで3人ソウブラライブがある。ライブ後の打ち上げでたっぷりのろで呑めるのです。好きな店でライブやって好きな店で酒を呑む。やっぱりこれ以上の幸せは思い付かない。

最後に、終電ギリギリ間に合わせて、長時間電車に揺られて我が街の駅に降り立ち、千鳥足で歩く夜道もまたとても大好き。若い頃はカプセルホテルに泊まることもあったけれど、朝帰りより断然深夜の夜道の方が気持ち良い(何よりタダだし)。

今宵のBGMは、ウディ・ガスリーの遺した歌詞に新たに曲を付けて世に出したビリー・ブラッグ&ウィルコの不朽の名作シリーズ「マーメイド・アベニューvol.2」。
BGドリンクはトマトジュースでした。明日は、昨日から今日にかけて一気に書いた久々にノリノリのガッツある新曲をUPする予定!ではまた、ロケンロール!

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今では点としての記憶の断片が、それでもはっきりと残っている飛騨高山を再訪して、点の記憶を線にして繋げたい思いが残った昨夜のあるぽらんであった。

アナアキソングスとは、命名者である中神さん曰く文字通りの「穴開き」と「アナーキー」をかけた言葉という、アナーキストを自称しているぼくにもそのゆるさと遊び心含めてビンビン共感出来るライブタイトル。そんな中神さんと、夕方のあるぽらんで13年ぶりに再会すれば記憶は一気によみがえり佐々木さん交えて懐かしい話に花が咲く。2004年の初秋、ぼくにとって初めての飛騨高山ライブと高山市を巻き込んでのあるぽらん出張無声映画ライブ。何とも濃い2泊3日であったことか。まだよちよち歩きの長女と共に、14年乗り続けていたスズキのアルトで中央高速を飛ばし飛騨の山道を登って行った。今や海外でも活躍する活動写真弁士の片岡君はまだ新人であった(それでももう今に通じるキャラはしっかり立っていた)。

今やぼくの頭はすっかり白くなり、ライブでも100均老眼鏡が手放せない身となっておそらく13年ぶりの中神さんにはずい分くたびれて見えたと思うけれど、お互いやり続けて来たからまたこうして再会出来た。そのうれしさこそは、続けて来た者にしか味わえない特権だ。

この夜のあるぽらんも良い感じで客席が埋まって、ぼくらがオープニングで5曲歌った後の、中神さんと山田さんのデュオ「やまだとたかお氏」のライブは、まるで飛騨高山から良い風を運んで来たかのように昨夜のあるぽらんを満たした。
朴訥とした中神さんの語りと歌、この日がまだ2回目のステージだというやまださんの、これまた飄々とそれでいて芯のある言葉は、ぼくにあらためて「力は要らんなぁ」と思わせてくれた。13年前も今も、中神さんは自身の絵本屋ピースランドで、ゆるくけれど確かに人と人を結びつけ続けている。やまださんのような自分の言葉を持つ若者たちが、中神さんを慕って出会ってやって来る(中神さんとやまださんは親子と間違えられるそうな)。これ以上の確かさ、強さがあるだろうか?こんな素敵な大人が居るだろうか?

今日、そんな昨夜のことを思いながら、ぼくはなぜか昨年のいつだったか本屋で平積みされていたシールズという団体の中心人物だった若者の書いた本を、時間つぶしに立ち読みしたことを思い出した。パラパラと読んだその本の中でぼくに強く違和感として残ったのが「勝たなければ意味がない」という言葉だった。その為にあらゆる戦略を練り、スタイリッシュにやることを自らに課した彼のそれこそやり方、スタイルにぼくは強い違和感とキュウクツさを禁じ得なかったのだ。それこそ負け続けて来た47歳のぼくは、勝ち負けを無効化する価値観を築くために働き歌っているようなものだから。
まぁ、それよりも何よりも大手広告会社の協力があってこその反体制としての宣伝力と、タレント本と見まがう出版物の在り方にぼくはもう踵を返すしかなかったのだ。

ライブ後、楽しく呑んで打ち上げた帰り際に中神さんとハグした時、中神さんが「あんまゆっくり話せんかったけど、魂で会話しとったもんなぁ」と言ってくれて、ぼくもまったく同じ気持でうれしく、それよりなにより絶対にまた会ってゆっくり心行くまで語り合える気マンチクリンであった。13年前に共演して昨夜も一緒に唄った友部正人氏の大名曲「一本道」。何の打ち合わせもしていないのに、ぼくも中神さんも一緒にやるつもりであるぽらんに来たこと自体、すでに魂で会話しとったんですよ。

やまだとたかお氏、ステキなあるぽらんの夜をありがとうございました!ご一緒出来て楽しかった~!

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏DJのバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。いやぁ、今夜家族みんなで観たNHKBSプレミアム「東京ディープ」阿佐ヶ谷特集。思っていた通りのヨッパライモード全開のアタシでしたね。あるぽらんマスター佐々木さんの超若い!30年前の写真も映ってなかなか観応えある番組でしたぞ~!阿佐ヶ谷バンザイ!!

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ロケンロールライフ762 

2017/02/10
Fri. 23:24

今日は小学1年生の息子の検査通院の日であった。

本当は1月23日の予定だったが、息子が38度台の発熱をしてキャンセル。その日有給休暇を取って同行する予定だったぼくも、結局休み返上で入院した利用者の件で動かなければならなくなった。
昨年夏に何度かの検査を経て、心臓に直径2センチほどの孔が開いていることが判明し、1年以内の外科手術の必要があるとを言われ、診てもらった聖マリアンナ病院で手術をすすめられたが、ぼくと母ちゃんはその場で決めずと言うか、少なくとも聖マリアンナ病院で手術をしてもらうのは辞めることにした。ぼくらにはとてもじゃないがここは聖なる病院とは思えなかったから。

その後新たに診てもらう病院を探しながら、アレルギーの治療でお世話になっている民間療法の先生と相談を重ねて来た。
またこの間、知人からお孫さんがした心臓手術の情報を提供してもらったり、沖縄の親友Aからは、我が家にも遊びに来たやはり大変な手術を乗り越えた息子K君の話と共に励ましをもらったりと心強いばかりであった。そうそう、関宿の親父からは自家製の日本ミツバチのハチミツをたっぷりもらった。毎日息子はその親父の天然ハチミツ(親父曰く「一瓶で万は下らねェ」とのこと)を舐めながら、元気に過ごしすくすくと成長して来た。そして、ぼくらは結局東京は世田谷にある小児専門の医療機関である国立成育医療研究センターで再度息子の心臓を診てもらうことにした。

本当は今日も休みを取って同行したかったが、そうそう平日に休める職場ではない。その上次女からは「父ちゃん別に行く必要ないじゃん」とも言われてしまい、先週末に当日母ちゃんが運転して行けるように、ぼくの運転で成育医療研究センターを下見することで父の役目とした。電車で行くと最寄駅から結構歩くが、車だと多摩川を越えて世田谷通りをただ行くだけなので20分程度で着くことが分かった。

夕方、今週末もE病院に寄ってから小雪舞う駅までの道を背中を丸め歩きながら、職場の携帯電話を持っているから(ご存知のように自家用は持っていない)家に電話をしてどうだったか聞いてみようかと思ったが止めた。それより歩を早めてS足駅を目指した。

帰宅して真っ先に母ちゃんに「どうだった?」と聞くと、明るい声で「大丈夫だったよ!」との返事。「じゃ手術は!?」と続けて聞けば「手術はするけどね」と答えて聖マリでは無理だろうと言われ有無を言わさず外科手術の選択だったのが、成育医療研究センターでは、息子の心臓の状態ではカテーテルで行ける(つまり身体を切らずに済む)可能性が高いとのこと。しかも、手術は夏休みを利用する日程で十分間に合うし大丈夫とのことだった。聖マリで「1年以内に手術を」と迫られた昨年夏より良くなったのか?それとも…と思わず考えたがとにもかくにも良かった良かった。主治医は大変親切で、聖マリでは心臓エコーの説明に親が同席出来なかった(おかしな話だ)が、ここでは一緒にエコーを見ながら説明を聞き、リスクについても分かり易く教えてもらえたとのこと。手術後は、今よりもかなり運動が出来るようになり背も伸びるだろうとも言われたそうだ。生まれつきだから本人も家族も、息子の運動能力についてはこんなものかなと思っていたのだが、知らずにそんなハンディを抱えていたのかと驚いた。

楽しみな夏休みは、今年はちょっと満喫出来ないことになりそうだが、それでもこれからの長い人生を思えばほんの一時である。
息子の命でしかないビートはこれからも打ち続け、彼の人生を豊かに鳴らしてくれることだろう。

今宵のBGMは、秋田の豊田勇造ファンクラブ会長から届いたCD群の中のCSN&Yの99年発表のアルバム「ルッキング・フォワード」。親父パワー全開のイカすアルバムです。T会長ありがとうございます!もはや自由にCDが買えない身なので助かります。それになぜか一緒に入っていたバイクのプラモデルたち。息子大喜びなので超不器用の父は明日、ガンダム以来35年ぶりのプラモデル制作に挑みます(笑)。

BG酒はトリスクラシックハイボール。今宵はこれからGEOで借りたDVD「歌え!ロレッタ愛のために」を観ます。
では、12日はあるぽらんでアナアキソングスさん(from飛騨高山)と投げ銭ライブでロケンロール!珍しい五十嵐、山村、梅田の3人ソウブラでライブしま~す!

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ロケンロールライフ761 

2017/02/08
Wed. 23:07

長風呂のぼくより一足先に出たギター森田君が、銭湯の濡れ縁で缶ビール呑んでいるところへぼくもサッポロ黒ラベルを持って行き、しばしトタン壁に囲われた小宇宙の様な鄙びた中庭を眺める。

ここは吉祥寺の古き銭湯よろづ湯の縁台。トタン壁の向こうは吉祥寺の夜の街である。
二人して「ここが吉祥寺だなんて信じられんなぁ」と言い合って、湯上りの火照った身体に喉を鳴らしてビールを流し込む。これが平日も平日火曜日の仕事帰りの夜とは思えない。そしてこれからぼくらは、よろづ湯から歩いて1分とかからないのろへ呑みに行くのだ。先日からはまっているこの極楽コース。ぼくらは命ある限りこのコースを辿り続けたいと願う。それはすなわち生きる幸せであるから。

先日、のろのマスター加藤さんはブログ上でのろの存続が厳しい事態であることを公表し、緊急のお願いとしてお客さんの来店を呼びかけた。
ぼくらは以前からお店が大変であることは知っていて、ともかく欠かすことなくライブ以外で月一回呑みに行くことに決め、ライブでも出来るだけ客を呼んで盛り上げようと思った。しかし、実行出来ているのはしっかり月一で呑みに行く事の方で、ライブは毎回厳しい現実との直面であまり加藤さんを忙しくさせることが出来ないでいる。本当は月に二回も三回も呑みに行きたいのだが、ぼくの場合は懐事情がとてもそれを許さず、最近はちょっと体力に自信も失くしており、月一回が自分の出来る限りで自分の欲求も満たす頻度で(その代わり、長時間しっかり呑みます)、それに銭湯が付いたというわけなのだ。

お店の中は、加藤さんの呼びかけの効果?もあったのか珍しく(失礼!)満席となり、賑やかな呑みとなった。
とても小さなお店なので、席を分け合いそれぞれのグループで話に花を咲かせて呑むのだが、たいていいつしか話が混ざり合い見知らぬ人とも声かけ合い、時に酒を分け合い呑むことになる。それがまた楽しいのろ呑みであるのだが、呑みに来始めたばかりの頃は、この空間に面食らったものだ(あっという間に馴染んだけれど)。

昨夜は今月末の25日、26日で急きょのろ支援マラソンライブを企画したAさんも来て、18日にライブをやったすぐ後だけれど、ソウブラも26日の方に出演することになったので、簡単な打ち合わせを兼ねてギターでセッションをする。Aさんはカントリーブルーズの名手で、聞けば何と日本福祉大学の先輩!であった。思わず知多半島話で盛り上がり奇縁を祝す。今回の緊急ライブのタイトルは“まめにのろくるまみむめも2daysマラソンライブ”。Aさん曰く「いつまでものろがあると思うなよ」というメッセージが込められているとのこと。確かに、いつか無くなる場所だから、いつか消え行く我が身だからこそ、そこに行き自分の心を満たす。「あそこは知っている」「行ったことある」ではない。今の自分自身の選択として行く場所、それがぼくらにとってのろであり、よろづ湯である。

いつまでもある場所ではないけれど、やっぱりこれからもずっとここで呑んでいたい。マスター加藤さんの美味い手料理をアテに、あれこれ話に花を咲かせて…。

今宵のBGMは、大好きなイギリスのプロテストシンガー、ビリー・ブラッグの92年発表の「ドント・トライ・ディス・アット・ホーム」。今の歌も好きだけれど、90年代頃までの独特なチープさのあるこの人のギターサウンドが大好き。スカスカと隙間があって、それでいて熱く掻き鳴らされるギターと朴訥な声。特にこのアルバムはピアノやマンドリン等の色んな音が入り、ガレージ感マンチクリンのバンドサウンドがたまらない。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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2017-02