周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

陸前高田ジャズタイムジョニーさんライブから1週間ちょっと。昨日は高田馬場駅からほど近いその名も高田馬場福祉作業所の“アトムフェスタ”(駅ホームに流れる音楽でもお馴染みのご当地キャラ鉄腕アトムに因む)に、5年連続5回目の出演をさせてもらった。ともかく今年はライブがとっても充実している。

毎年思う事だが、毎年呼んでもらうというのは実にありがたくうれしい。「あぁ、またこの季節がやって来たなぁ」という感慨と共に毎年呼んでもらえるということは、そのライブで良い時間が創れているということでもあるだろうから、今年もあの場所での楽しい時間(ライブ)を想定して選曲をライブ運びを考えるのがまた実にやりがいがある。
今回のアトムフェスタでぼくは、40分いただいたライブ本編の中にたいてい1曲は入れる、誰もが知っているカバー曲(「上を向いて歩こう」がほとんどだが)を入れなかった。それはこだわってというより、これまで4回やって来たアトムフェスタライブの自分の実感からの自然な流れであった。全編オリジナルで十分作業所の利用者、その他参加のみなさんに楽しんでもらえる。そんな感触がなぜか自分の中にはあった。ライブ後駅前の安酒場でメンバーと観に来てくれたH川さんと打ち上げた席上でも言ったのだが、あらためて考えてみるとヒット曲の一つもないバンドが、福祉施設に呼ばれて世間に知られていないオリジナル曲ばかりを唄うっていうのは、実に大それたと言うか主催者参加者の希望を無視した仕業に見えるかもしれないけれど、ぼくは本当に4年連続出演して来て主催者参加者に喜んでもらえると思い(多少不安はあったけれど)オリジナル曲ばかりで選曲し、それを心こめて思いきり演奏し唄った。

1曲目の「命でしかないビート」から手拍子をくれる、ライブ会場である食堂にたくさん集まってくれたみなさんの顔を眺めながらの白昼ライブは、やっぱりアトムフェスタならではのステキな空間でありぼくらの叩き出すビートで会話出来るステキな一瞬一瞬であった。新宿区行政とも共同開催であるゆえにぼくらの起用には物議もあるようだけれど、同い年の所長アラーキー君が必ずライブの時は会場に居て「良い歌でしょう!?」とみんなに声をかけてくれる。うれしぃですね~。だからぼくらは目の前の人に届き自由に感じてもらえるライブをやるのみ。勝手にアトムフェスタのテーマ曲と思っている「廃炉!」ももちろん唄いました。科学の子鉄腕アトムもきっと、原発事故後の日本で、相も変らぬ核開発競争の絶えない世界で「廃炉!」と人間の心で唄うはずと思うから。

今年もありがとう!アトムフェスタ!また会いましょう!!

ソウブラ第5回アトムフェスタセットリスト
①命でしかないビート
②HAO
③余計な音
④抵抗のうた
⑤ヘルスよしの
⑥廃炉!
⑦結風
~アンコール~
⑧上を向いて歩こう

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ロケンロールライフ843 

2017/11/04
Sat. 23:57

3連休中日の今日は、一日家族と過ごす。

午後から隣の稲城市のホームセンターに出かけ(母ちゃんがお手伝いしているカフェ「宇宙さんぽ」のすぐそば)、子ども部屋に置くスチール棚を購入。
来年度長女は高校生、次女は中学生になるにあたって、いよいよ我が家唯一の6畳の茶の間兼3人の子ども部屋はスペースの限界を迎えつつあり、3人が同時に勉強机(と言っても一人用の折り畳み簡易テーブル)に並んで座れなくなってしまった。PCが使えるようになった長女と次女は、父の居ない間に4畳半の父の部屋によく来るようになったが父と同部屋にはなりたくないらしい(そりゃそうだ)。

ここより広い物件に引っ越すことが叶わないのだから、しかも子どもたちもここから動きたくないと言うのだから今のスペースを何とか工夫するしかない。それで、我が家のDIY担当である母ちゃん(ふつう父親がやる場合が多いのだろうが、アタシはからきしその方面はダメ)と娘たちはニトリ等のカタログ見たり相談を重ね、一番安上がりで自分たちの使い勝手に合わせられる方法として、ホームセンターでバラ売りしているスチール棚のパーツを買って組み立てることにした。部屋の寸法を測り最大限収納スペースを置ける方途を見つけそれに合ったパーツをホームセンターの店員と相談しながら懸命に探す。母ちゃんはとにかく「一番安く上がる方法で」と店員にアドバイスを求める。若い定員さんもそんな母ちゃんに気圧されたか、かなり懇切丁寧に最も安価な組み合わせを提案してくれる。
結局セール中の大きい棚セットを2つ買い、それに自分達の使いやすいように後からパーツを足すことに決めた。
そんな母ちゃんと娘2人と店員さんのやりとりを、父は息子とじゃれながら眺めつつ、ふと明日の高田馬場福祉作業所アトムフェスタライブの選曲やMCを考えたりする。いつもながら母ちゃんは大したもんである。どちらが大黒柱で家族の役に立っているのかは言うまでもない。

もっぱら運搬作業担当の父は、購入した棚やパーツを家に運ぶとそそくさと風呂支度を始め「ちょっとヘルス行ってくる」と、我が愛しの銭湯ヘルスよしのへとにわかに吹き出した強風をものともせずに出かけた。
先週末の東北では鉱泉宿でたっぷり湯に浸かったが、やっぱり何でもない普通の銭湯ヘルスよしのが恋しくなる。とにかく私はヘルスよしのを愛している。溺愛していると言って良いだろう。
そんな私をいつもと何にも変わらないヘルスよしのの湯は迎えてくれ、いつもと変わらぬおっちゃんたちが黙々と、ある人は身体を洗い、ある人は器用に剃刀で髭を剃り、ある人はフルチンで柔軟体操をしている。そんな人たちに紛れて自分もまた居ることがとても心地良い。曇った鏡をしょっちゅう湯で流しながらぼくもまた明日のライブに向けて髭を剃る(ぼくが髭を剃るのは基本週1回とライブ前)。
すっかり気持ちがリラックスに満たされて、いつものトマトジュースを冷蔵庫から出して受付けにお金を持って行くと、受付には今年初めから姿の見えなかったおばちゃんが久しぶりに座っていて笑顔でご挨拶。もしかしたら体調が悪いのじゃないかと勝手に心配しつつ、おじちゃんが一人でやっているような様子にそのうち銭湯を辞めてしまうのじゃないかと不安にもかられていた。だから、1週行くのを空けると何だか気になってしまう。そんな愛するヘルスよしのにおばちゃんの変わらぬ笑顔が戻っていた。ぼくは昭和なシャンデリアとソファーのしつらえたほの暗い休憩所でトマトジュースを飲み干し、再度おばちゃんに挨拶して湯上りの肌が気持ち良い短い商店街へ出た時、何だか涙が出そうになるほどうれしい気持であった。

その時ちょうどすれ違った3人連れの大学生とおぼしき若者が、「ここって銭湯なんだぜ」「え~マジィ!?」なんて話しているのがすれ違いざま聴こえた。おそらくその後すぐにヘルスよしのの銭湯名で盛り上がったに違いない。春夏秋冬どの季節も湯上りは気持ち良いが、秋から冬にかけてが一番気持ち良いかもしれないなと思う。
美味しそうな刺身の並ぶ魚屋や、レバーのフライがこれまた美味そうな肉屋を目で冷やかしながら、短い商店街(約2年前に歌を書いた時にはあったふとん屋と豆腐屋は残念ながら閉店してしまった)をゆっくり歩けば、前から若い夫婦とベビーカーに乗った小さい子が楽しそうに談笑しながら歩いて来る。この決して賑やかでない小さな街で、混み合うことも無い商店街をこうした家族とすれ違うと何やら気持ちが温かくなると同時に、懐かしい気がして来る。長女がまだ小さかった頃、ぼくらはまるでこの広い世界に3人きりで生きているような感覚でいて(当時そんな歌を書いた覚えがある)、少し心細かったけれどそれはそれでとっても幸せであった。もうあんな感覚は味わえないだろうなぁと思いつつ、今は今の幸せを満喫しておりマス(財はホンと無いけれど)。

あ~良い湯だったなぁ~ハビバビバノンノン♪

今宵のBGMは、岡林信康氏の2枚組ライブLP盤「1973PM9:00~1974AM3:00」。豪華なメンバーだけれど、とっても生々しい人間臭いバンドの音と岡林氏の声、大好きです。
BG酒はトリスハイボールでした。今宵はこれから108円DVD映画鑑賞で邦画「オーバー・フェンス」を観ます。では、明日は高田馬場福祉作業所アトムフェスタでロケンロール!

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ライブのMCでも言ったけれど、知り合って15年以上経つがまさか江上さんを「監督」と呼ぶ日が来るとは思わなんだ。

昨夜の上映会場は東京駒込にある東京琉球館。江上さんの行きつけの店の一つであり、ぼくも毎年勇造さんや知念良吉さんのライブを観に訪れる。思えば江上さんの行きつけの店とぼくのそれはけっこうかぶっているし、つい数日前には陸前高田市の鈴木旅館で同室に泊まり枕を並べて寝たのだった(もちろん風呂も一緒に入ったりした)。
この短くも充実した東北の旅でも、江上さんは何度か忘れたり壊したりした重たいビデオカメラを持参して映像を撮ってくれていた。どうなるかは分からないが、数年後に世界初のそして最後かもしれないソウブラドキュメンタリー映画がひっそりとだけど意気揚々と世にでるかもしれない。

さて、今回の「蚕の夢」は初監督作品である。大げさに言えば一生その人のデビューとして付いて回る作品である。その重みを創り手の当人はそれほど自覚していないかもしれない。ソウブラで言えば何がデビュー作品となるだろうか?CDで言えば2000年に出した「しるべなきうた」であるが、ジャケットと装丁ライナーノートは素晴らしすぎるのに、肝心の中身は自分に言わせれば悲し過ぎるシロモノで(良い歌入っているし、一生懸命作ったことは作ったのです。が、レコーディングの仕方を良く知らないまま自分たちで作ってしまった)、良くデビューアルバムにその人の全てがすでに詰まっているなんて言われるけれど、ある意味しっちゃかめっちゃかさと言う点ではそうかもしれないが実に辛いものがある。で、個人的にはソウブラのデビューアルバムは1991年初めに世に出したカセット「体温」だと思っている。ところがカセットなのでなかなか現在みなさんに手に取ってもらえない。そのうち余裕が出来ればCD化を試みてみようかしら?

どうも3連休初日ゆえ元気なせいか脱線してしまうが、昨夜の江上監督の上映会は満員御礼で実にうらやましい会となった。
15年の付き合いで江上さんはたいていノープランであることを知っているので、仕事帰りにギター抱えて開場時間に間に合うように現地入りして「今日はどんな感じで?」と聞けば「どうしましょう?」と監督。結局上映前に映画の中で使ってもらった「古い川」を最初1曲歌い(この曲が使われたシーンは監督自身「この歌しかない!」と閃いたというだけあって、観た人たちからも歌と映像がぴったりだったと好評であった)、上映後の監督トーク後に2曲(江上さんの「沖縄のことを歌った曲を」というリクエストに応えて「余計な音」と、これは外せない「抵抗のうた」を江上さんリードの振り付けで歌った)を歌い、パーティーの食事準備にもう少し時間がかかるということでアンコールをいただき「ないしょの話~母の歌集~」を、映画が江上さんのお母さんにも捧げられていることを受けて歌った。

映画「蚕の夢」は、タイトルにあるような蚕の映画ではない。埼玉県東松山市にある、現在はイベントスペースとしてライブや展覧会をやっている元「蚕小屋」を主催する竹間さんやそこに集う人々、竹間さんから畑を借りて東京から通って農作業をするI君たちを江上さんの視点の動きに合わせるかのように撮った群像である。一人を追ったドキュメンタリーではないので、確かに散漫な感じはあるし唐突に感じる場面もあると思う。けれど、これはきっと監督の絶対譲れないところなのだと推測するが、この映画はあくまで3.11後の蚕小屋にまつわる江上さんが撮りたいものを撮れるだけ追いかけた軌跡なのだろうということだ。そして、その軌跡に共感したり面白いと思うかは当然観る人次第。常々江上さんの目の付け所には共感することの多いぼくなどは、この映像の軌跡をなかなか面白く観てしまう。昨夜で計4回観たが(思えばこんなにたくさん同じ映画を観たのは久しぶりである)、やはりぼくは面白かった。勇造さんが出て来るライブシーンではやっぱり観ながらノッてしまうし。

上映後の祝賀会は、残った面々で琉球館の美味しい沖縄料理とお酒でざっくばらんに語り合った。厳しい意見も含めてとっても建設的な激励が監督に寄せられ、ぼくは20年以上前にソウブラの音楽を「雑音」等と何度か吐き捨てるような言われ方をされて落ち込んだことを思い出して、こんな風にちゃんと批評してもらえるのはやはりうらやましいと思った。
というわけで、江上正初監督作品「蚕の夢」琉球館上映会は、満員御礼もその後の楽しい祝賀会もアタシは「江上さん良いなぁ」と思うことしきりであった。そんな場で歌わせてもらってこちらも幸せでありました。お酒も料理もご馳走になり、その上カントクからギャラ!までいただきいやぁうれしかったです。江上監督、今後ともソウブラをじゃんじゃん使って下され(笑)。上映会成功おめでとうございます!

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新曲「箱舟の美術館」 

2017/10/31
Tue. 22:31

箱舟の美術館
詞 曲 五十嵐正史

そこは宮城県気仙沼市 箱舟のある美術館
ライブの翌日友だちが ぼくらを案内してくれた
地下一階の常設展 そこにはたくさんの写真と
言葉と壊れたものたち それは大震災の記録

泥だらけのぬいぐるみ 開いたままの携帯電話
ヘドロが詰まっていた炊飯器 声なき声が物語る
深く胸底に沈んだままの あの日見たもの嗅いだ匂い
真っ白な頭に浮かんだ言葉たち

それは明日を生きるための記憶 未来を作るための記憶
思いを繋ぐための記憶 壊されることのない記憶

くしゃくしゃのトタン屋根 錆び付いた車の部品たち
タイルの欠片にドアのチャイム それは決して瓦礫ではない
深く胸底に沈んだままの あの日見たもの嗅いだ匂い
真っ白な頭に浮かんだ言葉たち

それは明日を生きるための記憶 未来を作るための記憶
思いを繋ぐための記憶 壊されることのない記憶

明日を生きるための記憶 未来を守るための記憶
思いを繋ぐための記憶 壊されることのない記憶

そこは宮城県気仙沼市 箱舟のある美術館
ライブの翌日友だちが ぼくらを案内してくれた
地下一階の常設展 そこにはたくさんの写真と
言葉と壊れたものたち それは大震災の記録

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台風一過の晴れた朝、いつもの駅への通勤路。見慣れたぼくの暮らす街の風景の中に、今朝はまだくっきりと陸前高田の気仙沼の風景がくっきりと浮かぶ。

たったの1泊2日だけれど、ぼくは確かに旅をして来たのだと思う。その証拠にこうして自分の中に大切な新たな記憶が増えている。その記憶を愛おしく思い、それを抱いて今日また3日前と変わらぬ現実にぼくは向かった。
28日に陸前高田ジャズタイムジョニーでその夜ソウブラとライブを共に創ってくれた人たちとの時間(音響機材を提供してくれた共演のヒロボーズさんに感謝!)、陸前高田で過ごした時間、今回もお世話になった旧友Oに案内してもらった場所たち(例によって全くノープランのぼくらを(見かねて?)朝から旅館に迎えに来てくれたO、ホンとありがとう!)、特にリアス・アーク美術館で観た常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」の衝撃は深く強かった。けれどそれは、自分がこれからを生きるために観るべき知るべき思い続け考え続けるべきものであることが、最初の展示写真を観た瞬間から直感した。

かさ上げが終わり、小高い土地がいくつも出来てそれを見上げるように道路を走り、高台の上には大型のショッピングモールが出来ていたり、2年前街を見渡せた諏訪神社の周辺もかさ上げと土地整備が進み、歌に書いた石段を登ることが叶わなくなっていた。2年の間にずいぶん変化した(と言ってもまだまだ新しい街になるまでは長い時間がかかるだろう)陸前高田だけれど、来年9月までは現仮設で営業を続けられるジャズタイムジョニーは2年前と変わっていなかった。店主由紀子さんの佇まいととてもよく似た店の雰囲気。ここからの見え感じる夜の闇。そして打ち上げの優しい味のすいとんやかやくごはんにおでん等々。また来れたことがこんなにうれしい場所はそうない。そして再会した人たちと、新たに出会えた人たち。とっても小さな空間にうれしく愛おしい物語がいっぱいだった。このくらいの空間が一番良い。ぼくはまたそう確信した。そして出来るだけそんな親密な空間で生まれる物語を見つめ聴き感じて丁寧に歌おうと。そうやって自分の中に記憶を刻みその記憶を音と言葉で「伝える意志と伝わる表現」(リアス・アーク美術館の言葉)を心してやり続けて行こう。

FBで宮城からライブに来てくれたTさんが、当日の雰囲気とライブ感マンチクリンの写真をたくさんUPしてくれて、それを眺めては1泊2日のもたらした大いなる旅情に浸っている(旅を同行したさいたまの江上カントクの撮影した映像も楽しみ)。もちろん、ヒロボーズさんたちやみなさんと再会の夜vol.3ライブの約束をした。

ソウブラ陸前高田ジョニーライブセットリスト
①たまゆら
②再会の夜に
③余計な音
④ひとりのたたかい
⑤西村亭の唄
⑥ないしょの話(母の歌集)
⑦ヘルスよしの
⑧抵抗の歌
⑨かさ上げの街を臨みて(2015年8月29日)
~アンコール~
⑩結風

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2017-11