周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ800 

2017/06/10
Sat. 23:08

1週間の仕事を何とか終え、週末昨日の夜はかけこみ亭で知念良吉師匠のライブに参加。

この夜は三線の山村君、エレキギターの森田君と共にぼくもCとDのキーのブルースハープ(ハーモニカ)を持って行き、知念良吉バンドとしてバックを付けた(仕事を終えて後からうめちゃん、ちきんベース君も参加)。今年は知念さんと何度もご一緒出来てめちゃめちゃうれしい。ぼくは個人的に今とても知念良吉の言葉、声、揺るぎない刻むビートがこの時代を生きるために必要だと強く感じている。あらゆる時代を生き抜き決して時代と寝なかった、政治や運動にも絡め取られなかった否応も無く個として在り続けるその言葉、声、リズムは昨夜もとにかく深かった。最初は手探りでハーモニカを吹きコーラスを付けていたが、だんだんぼく自身が知念さんの歌の一部となった感覚に包まれ、知念さんをなぞらないぼく自身のフレーズを吹きぼくの声を合わせることが出来たと思う。

PM8時半からというまるで沖縄のライブのようなゆっくりタイムでライブが始まる前に、25年前の沖縄で放映された知念さんを追ったドキュメンタリー番組のDVDをかけこみ亭で観せてくれたのだが、これが実に貴重かつ知念さんファンでなくても必見の秀逸なドキュメンタリーであった(残念ながらユーチューヴにも上がっていないとのこと)。
その頃、まだ知念さんと出会う少し前のぼくらはすでにソウブラとして活動していたが(東京に出てきた頃か)、その時には気付かなかったけれど確かに在った90年代前半の時代の特徴が映像にくっきりと映され、それと同時に今も全く変わっていない現状(米軍基地にまつわる沖縄の状況と変わらぬ支配と犠牲の仕組み)も観る者に突き付ける。

そんな90年代前半40歳という、今のぼくよりもだいぶ若いけれど今と変わらぬ肝の据わりと、それとどこか不釣り合いな感じもする精悍さと秘めた獰猛さを画面の若い知念さんからビンビン感じて、それを今年65歳になる本人を前にして観るとなおさら感慨深い。
ライブで何度かご一緒したこともあるシーサーズさんが知念さんと共演するシーンも有り、ナレーションがこの当時沖縄音楽がヤマトでブームとなりCDもずいぶん売れたことを伝える。そうだ、この頃自分たちの音楽の在り方を模索していたソウブラも沖縄音楽には多大な影響を受け、思い出すと冷や汗が出て来るが沖縄の歌を勝手にアレンジして唄ってもいたのだった。軽薄を承知で言うが沖縄に憧れていた。沖縄の在り方を参考にし模倣することで、ヤマトで少数派として生きる手段、場所を得ようとしていたところもあったはずだ。そんなあの時代の感覚が思い出されて来る。果たしてそんなヤマトの感覚はこの25年で変わったのか?自分自身はどう変わったのか?

ぼくの中で出会った頃と歌のスタイル、節回し、リズムは全くぶれずに変わっていない(からこそ深みと重みを増してきた)と思い込んでいた知念さんの現在の歌は、25年前の映像の時と驚くほどに変化していたことを知りびっくりした。今のぼくより若いのだからリズムが今より速めなのはそうだとしても、今も唄い続けられている歌のほとんどが今とかなり違う節回しと歌詞であったのだ。そのことがぼくにはなにより新鮮な衝撃であり、この夜今の知念さんの横で今の知念さんのライブを体感している内に気付いていったことがある。
それは、一つ事を続けて行くということはイコール変わり続けることなのだということだ。ずっと続けて行くからこそ実は変化し続けるのだ。続ける必然として変化がある。ぼくは石部金吉のごとく頑固に在り方を変えず、決して止めることなく(休むことはあっても)何一つ変わらないことをどこかで自分に課していたのだが、変わらないなんてことはないのだ。そんな当たり前のことに今さら気付くなんて。だから自分から無理して変化を求める必要もない。続けていれば自ずと変わって行く。生きるために変わって行く。それで良い。

そんな風に、またまた知念良吉師匠のライブは深かった。どこまでも茫洋と広がる海のようだった。どこか懐かしく気持ちを揺り動かし、いつの時代でもその時代を撃ちながら世界を変えるために小さく生きる力を与えてくれるライブだった。

今宵のBGMは、輸入通販でついに新譜を手に入れたサン・ヴォルトの「ノーツ・オブ・ブルー」。10曲入り30分ちょっとの作品だけれどちょっとこれはスゴイぞ。前作のもろカントリー(それはそれで良かった)から一変、アコギと重たいエレキサウンドが共存する重厚感マンチクリンなヘヴィーロック。それがまた渋いジェイの声でピッタリ合う。しばらく聴きまくること必至の今年最高の名盤だ。

BG酒はブラックニッカハイボール、明日は9月10日にソウブラでライブをさせてもらう所沢市の多良間ガレージさんに、WCカラスさんのライブを観に行きます。今度の17日のスペースCライブに向けてもボチボチ準備を始めてます。みなさんぜひご来場ください!ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ799 

2017/06/08
Thu. 23:10

実に30年ぶりにエレキギターを手に入れた。

ぼくが監事をさせてもらっている社会福祉法人M福祉会で、バザー用に提供してもらった品物の中にあったものを保管しているT作業所のK所長から横流ししてもらったのだ。
メーカーはフェンダージャパンの廉価版であるけれどほとんど新品状態で、型はアームの付けられるストラトキャスター。個人的には大好きなリズムギタリスト&シンガーのジョー・ストラマーが死ぬまで愛用していたテレキャスターが良かったのだけれど、なにせほとんどただなので(カンパを気持ち渡した)文句は無し。

夕方区役所に書類を出すついでにT作業所に寄ってギターをいただき、30年ぶりにエレキを担いで家路を急げば、気分は何だかパンクバンドをやっていた17~18歳頃みたい。毎週のようにアコギ担いで出かけているのに何だかエレキは全然違うなぁ。それだけで妙にロックで反抗的な人間になった(て言うかすでに十分反抗的だろうが)気がして来るから不思議だ。

晩酌&仮眠後、今日はいつものアコギではなく小型アンプを出して、もらって来たエレキギターに繋ぐ。余っている赤いストラップ(ぼくは基本的に赤か黒)を着けて肩から下げて、ボリューム抑え目にしてジャラ~ンと鳴らしてみる。リバーヴのかかったエレキな音がスピーカーから聴こえ思わず「お~っ」と声を上げる。アコギにはないスイッチをいじって音を調整し、10代の頃はやたら歪ませたりフランジャーというハチャメチャな音になるエフェクター繋いで弾きまくっていたが、48歳のエレキはあくまでナチュラルサウンドでガチャガチャと掻き鳴らす。姿見代わりの掃出し窓に映る自分の姿を見ると、いやはや何ともぎこちない。身体にかかるギターの比重がアコギと全然違うのでどうにも恰好が定まらないのだ。それでもそんな手前のぎこちなさが、何となくニューポートフォークフェスで初めて聴衆の前でエレキギターを掻き鳴らしたボブ・ディランに似ていなくもないと思えて来て(おめでたい)悦に入って来る。
気が付けば夢中になって何曲もエレキギターで練習していた。主観ではボリュームを抑えればアコギよりうるさくない気がする。そして何より弦がやわらかくコードも押さえやすい。何だか上手くなった気もして来る。いやぁ怖い怖い。ボブ・ディラン、ビリー・ブラッグ、ジョー・ストラマー、サン・ヴォルトのジェイ・ファーラー、大好きなエレキギターを弾き唄うミュージシャンを思い浮かべながら「今度のスペースCは全編エレキでやってみるか」等と考えてしまう。アコギと2本持って行ければベストだが、それは持ち運びが辛い。

そんな妄想と共に弾きまくっている親父の、いつもと違う様子に気付いた息子が部屋に入って来て初めて間近でエレキギターを見るなり「カッコイイ…」ともらした。「お前がギターだけ右利きで弾いてくれたらこれはお前の物になるぞ!」と言うと「そうかぁ…ジジィ(アタシのこと)が死んだら俺のものかぁ…」と小学2年生は真顔で応えるのだった。
アコギのように人間の業がダイレクトに音とパフォーマンスに出るところや、年季を刻む部分を残しながらとってもメカ的な部分が共存しているところがエレキギターの魅力であり、特に少年少女にはカッコ良く映るのだろうなぁとあらためて思う。
それにしても、ギター弾きながら歌い続けて来たのにエレキ持つの30年ぶりってなんだかすごいなと自分で思ってしまった。これから家に帰ってからの楽しみが増えた。久しぶりにエレキで曲作ってみようかしら。

今宵のBGMは、昨夜からハマっている誰か分からないタイの女性デュオ(と言っても唄っているのはほとんど一人)のカセットテープ。
BGドリンクはアロマオイルを垂らした水でした。まだ選曲もしていないけれど、6月17日の大森カフェスペースCのソウブラワンマンライブは期待出来ますよ~!みなさんぜひぜひスペースCのソウブラライブで一緒に梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばしましょう!
18:00開場 18:40開演 1500円(1D付) 大森北1-12-10 03-3762-2213 JR大森駅東口徒歩4分

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ロケンロールライフ798 

2017/06/07
Wed. 23:02

今朝の東京新聞一面の記事“「加計文書省内で共有」文科省の複数職員証言”を読んで、久しぶりに朝から少し「捨てたもんじゃないな」という気持ちになった。

官房長官や首相から下衆扱いされ吐き捨てられている前川前事務次官の証言を、かつて同じ釜の飯を食ったのかは知らぬが、現役の文科省職員が複数人裏付けたのは官邸の圧力に易々と屈して言わ猿を決め込むより、何万倍も人間らしい行為だろう。
おそらく彼らの証言は、結託したかもしれないがどこかから圧力がかけられてのものではないはずだ。圧力はそれこそ「絶対しゃべるな」であって、その圧力に従うことを人間として生きる上で耐えられないと判断したからこその証言だろう。まさに「あったものをなかったことには出来ない」という真っ当な感覚による反応だ。

その「あったものをなかったことには出来ない」という反応に対して、やたら気色ばみ下衆呼ばわりしてまともに受け止められない菅や安倍の反応は、人間としてただただ恥を晒すばかりで下劣極まりないのだが、残念ながら彼らはそんな自分の姿を下劣とも恥とも思っていない。そして指示通り言わ猿を決め込むいまだ大多数の現役官僚たちも、それほど人間としての恥ずかしさを感じることなく彼らなりの人生を謳歌し、その精神的物質的保障となる豊かな都会での消費生活を送っていることだろう。

当然これは霞が関官僚世界だけの話ではない。この国のあらゆる組織で営まれている残念かつ不自然な営為であり、体制反体制も問わなかったりするのだ。市民運動だって他人事ではないかもしれない。思想信条を飛び越え日本人が集団化組織化して行く過程でハマって行く泥沼のようなものだ。ぼくにだってハマる可能性がないとは言えない。
ぼくは数年前に、働いている大田区の行政組織と民間団体との癒着でそれをまざまざと見せつけられた。内部告発以前の相談をぼくにかけてきた個人の動きを、大田区行政の課長クラスが察知しあろうことかその情報を癒着している天下りの作った社会福祉法人に流したのだ。その法人幹部はぼくに相談をかけた人物を特定して呼び出し査問した。その事実を知りぼくが区に抗議すると、課長クラスががん首揃えてぼくの施設に謝罪にやって来た。しかし、それで大田区行政組織の体質が何一つ変わりはしなかった。謝罪に来た課長の一人はさらに出世しその社福法人と大田区行政の癒着は続き、その後指摘された不正案件の見て見ぬふりまでしてやり現在に至る。かの社福法人はもはや大田区の精神保健福祉にはなくてはならない事業を、少なくともぼくの所のような零細施設よりは守ってやらなければいけない地域貢献をしているらしい。

安倍は確かに許せない人心卑し過ぎる人間であり、それが首相で居続けるのは屈辱と破滅への道のり以外にない。が、「安倍を吊るせ」とかSNSや国会前で喚く以上に、手前の中に居る安倍と向き合い、身近な日々の生活の中にも確かに居て偶然でも尻尾を掴んだ目の前の安倍に、丸腰の出来得る手段を尽くして抗議を発しそれを公開するべきだろう。文科省の現役職員もそうしたように。たとえ抗議をする相手が慈善や福祉の仮面を被っているとしても。「あったものをなかったことには出来ない」から。

今宵のBGMは、南風楽天ライブで勇造オフィスさんから提供いただいたバザー商品のタイのミュージシャンのカセット。言葉が全く分からないので歌手名も分からないのですが、どうやら女性アコースティックデュオでこれがまた実に透明感ある声とサウンド。そしてタイの旋律が散りばめられていてとってもGOOD!しばらくは夜のお供になりそうです。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ797 

2017/06/05
Mon. 23:23

昨夜は、吉祥寺のろへ大好きな女性デュオ“ナツメグ”ちゃんと、大学の先輩でもあるブルーズシンガーあつしさんのライブを観に行った。

この日のライブは、今日(5日)が68歳の誕生日であるマスター加藤さんのバースデーを祝う仕掛けもあって、あつし先輩ナツメグちゃん共に今ののろへの、加藤さんへの愛情マンチクリンの実にステキなライブであった。行って良かった。おかげで?ようやく関西からふだんの自分の活動場所へ帰って来たような気持ちになった。

オープニングアクトのあつし先輩の見事なアコギ一本の生音ブルーズは、ちょっと薄暗い酒場空間ののろに実にぴったり合っている。演奏はブルーズでも目の前の客をいじりつつ進めて行くステージ運びはこれものろならではのフォークだ。
この日予告もされていてぜひ聴きたかったのが、ソウブラの「普通の暮らし」あつしさんバージョン。これがまた見事にあつし節に仕上げてあって思わず唸ってしまう。ぼくにはとても弾けないブルーズのギターフレーズやブレイクが織り込まれてカッコイイ。まぁ、元歌が良いからどうアレンジしても良くなるのだと思うが(言っちゃった(笑))。

そんなのっけからほっこり良い感じで始まったライブを、ナツメグのお二人とぼくも敬愛するギター名手宮本さんがやはり生声生音で見事な音世界を出現させる。自分がここで生音ライブしている時より、他の人の生音を聴き手として聴いている時の方が、断然生音の良さが分かる。音の強弱、息遣いやギターの指板を動く指の微妙なタッチまで、実に生演奏とはライブとは繊細な人間の仕業なのだとあらためて思わされる。そして、それをこんな間近に体感出来る現在ののろライブはぜいたくである(当然、そう思わせるライブを出来る技量が演者に要求されるというごまかし利かない厳しさが伴う)。そんな彼女たちが親善大使を務める故郷鹿児島県枕崎市のことを唄った2曲(1曲は枕崎市の夕方5時の音楽として市内に毎日流れている!)と、日本人が書いたカントリーの名曲「テネシー・ムーン」は特にシビれました。

途中加藤さんと長い付き合いであり、故高田渡さんとも縁のある宮本さんが加藤さんの誕生日に贈るギターインストを弾く際に、何度か親しみを込めて加藤さんを「○○親父」と悪態をついてから実に優しく繊細なメロディーを弾かれぼくはグッと来たのだが、この夜は出演者も客ものろのマスター加藤さんへの変な遠慮なしの親しみに満ちていた。個人的にのろに7年通って来て、今とてものろが良い感じになっている気がする。何度もあった閉店の危機、もちろん現在だって楽じゃないはずだ。いつどうなるか分からない状況と言って良いのかもしれない。けれどそれをみんな知って、知っているからこそやはりこの店がこの場所が必要で好きなのだと、もう気にせず大っぴらに言い合いながらそれぞれが出来ること(まぁ、店に来て飲み食うすることが一番なのは言を待ちませんが)を存分にやる。この店が小さいしぼくたちそれぞれも小さいから、逆に小さく続けて行ける。か細くなっても止まらずに続けて行ける。それが現在の小さなのろだからこそ創れるものであり、その洗練の証が昨夜のライブであったと思うのだ。

当夜まで聞いてなかったという、最後に持って来られた加藤さんのステージ。もはやうれしいお約束でもある加藤さんからぼくがギターを渡されてデュエットする「男らしいって分かるかい」も、この夜の良い雰囲気に乗って気持ち良くやれた。あつし先輩からの突然のフリで、ギター森田君と急きょ「結風」も唄った(歌詞が覚えられないぼくだが、この長い歌詞だけはちゃんと覚えていてそらで唄える)。

ライブ後はお客さんたちとともに、加藤さんへの誕生日プレゼント(という名のお店貢献)としてソウブラが預けている田苑ボトルの差し替えもして、しっかり呑んで唄って語った吉祥寺のろの夜。
あつし先輩、ナツメグの御三人(あゆみさん舞さん宮本さん)、今ののろらしい今ののろでしか出来ないステキなライブありがとうございました!ソウブラもまたのろで唄いますよ~!

今宵のBGMは、インターFMピーター・バラカン氏DJの番組「バラカン・ビート」録音音源。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。そうそう、6月23日(金)に今うちの母ちゃんがお手伝いに行っている稲城市のカフェ宇宙さんぽさんで、ソウブラ五十嵐&森田でアコースティック生音ライブやることになりました。チャージもなしでカフェに普通に呑みに食べに来たお客さん相手にゆるく唄う予定です。月にちなんだ曲とか出来立ての新曲とかやってみようかと思ってます。JR南武線矢野口駅から10分強歩いた多摩川沿いすぐそばにあるステキなお店です(FB等で検索出来ます)。※と書きましたがちょっとまだ未定なので確定次第ちゃんとお知らせします(ライブスケジュールの方も一たん消しました。6月10日追記)。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ796 

2017/06/03
Sat. 23:30

今日は5月14日以来の森歩き&ヘルスよしのへ。

この定番&鉄板コース、まったく飽きることがない。今週はずっと週末にこのコースを巡るのを楽しみに生きていた。やはり、知念良吉師匠とのあるぽらんライブと関西ライブが続いた後のこの一時はまた格別であった。
すっかり緑の濃くなった日本女子大に接するこもれびの森に入り一人佇めば、森に入るまでは感得出来なかった“息吹”“流れ”を全身に感じてただただ清々しい(そして、目には映らない無数の生命活動がここにはある)。人間社会において抱かされる欲求の何一つ満たしてはくれないけれど、それとは次元の違う命の根っこの部分を森に入ると覚醒され、その視点からどっぷりハマっていた世界を見直させてくれる。重機を用いればあっという間に破壊されてしまう森だけれど、経済効率でなしにかつて神の宿る場所として森を畏敬の対象にしていた人間のDNAが、今もぼくらのどこかに残っているに違いないのだ。

一汗かいてヘルスよしのに辿り着き、いつもの気泡風呂に浸かればあまりの心地良さに「やっぱり俺にはここが一番さ」と心で呟き、ふと浴場内の時計を見るとPM5時。あぁ、先週の今頃は南風楽天でリハーサルを終えた頃だなぁとまたまた「あの日」を思い出す。開場時間前からお客さんがやって来て、開演前にはもう超満員。そうそう、最初の南風楽天自慢のヱビスの黒生ビールその名も「クリーミィートップ」の最初の1杯をそろそろ呑み出した頃だな。そうだ、ライブ中関西で知り合ったMちゃんがライブ中喉が渇いたぼくに、クリーミィートップご馳走してくれたなぁ…etc。まだまだ関西ライブの思い出が止まらない。けれど、何よりヘルスよしのに入りながら先週高槻南風楽園ライブで「ヘルスよしの」を唄って盛り上がったことを思い出すのが最高に愉快である。あぁ、バンドメンバーと飲んで語らいたい。

そんなことを書いている今PM11時、1週間前はライブ終えて南風で飲んで語らっていたなぁ。どこをチョイスしても楽しい時間しかない。明日はきっと山崎サントリー蒸留所と西村亭に居た1週間前を思い出しているはずだ。それにしてももう1週間経ってしまった。ていう事は、もう1週間来年のあの日に近づいたという事だ。
今夜はブログを書く前に「西村亭の唄」の弾き語りデモ音源を録った。

今宵のBGMは、ハンクウィリアムスの4枚組CD。どうも今週はハンク・ウィリアムスにどっぷりハマってしまった。豊田勇造師匠を通じて知り、これまでも良く聴いてはいたのだが突如のめり込むような聴き方に切り替わった。すごくシンプルな構成の歌に込められた深みにとうとう気付いたと言うのか、94曲を網羅したこの4枚組の1曲1曲の豊饒さの今は虜になっている。特に彼が「ルーク・ザ・ドリフター」という変名で12曲ほど吹き込んだ宗教色の強い語り調の曲がともかくスゴイ。全然カントリーの枠を飛び越えている。言うならば自由なロック。エルビスの、ディランの前にすでにこの人はロックしていた。

BG酒は麦とホップゴールドでした。これから何も考えずリラックスしてGEOで108円で借りてきた深夜食堂の映画版を観ます。
ではまた、ロケンロール!

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2017-06