周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

完全燃焼のライブから一夜明け、4時間強の睡眠時間でいつもの南武線通勤電車に揺られていると、人身事故で乗換駅一つ手前の武蔵中原駅で電車が停まってしまい、一駅分高架下をひたすら歩く。

比較的事故の少なかった南武線も、武蔵小杉駅に横須賀線が乗り入れ街がスニーカータウンだかなんだか知らぬが超高層マンションが乱立するすさまじいビル風吹き荒れる残念な光景になったのと期を一にして、乗降客が激増し事故も増えた。今日は小田急線でも人身事故があったらしく、自然界では命が芽吹く春にこう人間ばかりが自ら命を絶って行くというのは、どう考えても人間がもはや本来の命を全う出来ていない異常事態である。この社会は確かに病んでいる。

にもかかわらず、人身事故があって通勤電車が停まれば生きている人間たちはただ舌打ちをして、亡者の行進のように歩いて次の駅に向かう。ぼくもまたその中の一人となりながらそのことを悲しく、これが異常な光景であることを忘れまいと心に留める。
そんな風に亡者の行進の中に居ながら異常を異常と感じることが出来るのは、昨夜のイーサン食堂での勇造さんとの人間本来の在り方を思う存分実感しそれを心から楽しめる時間を過ごせたからだとつくづく思う。そう、ライブとは、ライブの場とは人間本来の在り方を実感する一時。だから「生きるための歌」なのだ。

イーサン食堂での勇造さんライブで前座を務めさせてもらって20年が過ぎた昨夜は、昨年以上にさらに良いライブになったと断言出来るのがまずうれしい。ソウブラがこの後歌う勇造さんを意識した選曲で、豊田勇造&ソウブラをセットで楽しもうとしてくれているイーサン食堂ならではの最高のお客さん達を前に唄えば、勇造さんは1曲目をぼくが唄った亡き母親とのコラボ曲「ないしょの話」へのアンサーソングと言って「夢で会いたい」からライブを始める。それがぼくらのライブを聴いた上でその場で決めた選曲であることは、楽屋で一緒に居たから良く分かる。自分のライブ後まだ汗がひかぬ身体に冷たいシンハビールを流し込みながら、師匠からのアンサーソングを浴びる幸せよ。それだけで10年は長生き出来そうな気がして来る。こんなライブを誰もが体験出来たら、ハリボテに囲まれ狭く閉ざされた世界で命を自ら絶つ必要など感じないだろう。

来年で開店25年目を迎えるイーサン食堂には、今やしっかりと店内にその年月が刻まれ、それがそのまま店長であるNさんとTさん夫妻の生き様、生きてきた証である。そんな店内で日本一美味いタイ料理を食べれば、これまた人間本来の在り方を味覚が思い出すはずだ。イーサン食堂に初めて訪れた同僚のK田さんは、すっかりイーサン食堂のタイ料理の美味しさとここでの勇造さん&ソウブラライブを気に入ってくれて、「来年も必ず行きます!」と宣言してくれた。

昨夜ソウブラが唄った曲の中で、やはり「ないしょの話」がとても好評であった(「CDに入ってないの?」と何人かに言われた)。勇造さんもすごく誉めてくれ、コーラスの梅ちゃんがソロで唄う部分を含めて唄い方も良いと言ってくれた。「この歌でやっと柔らかく唄うことが分かった気がしている」とぼくが言うと、師匠は「自分が作った歌に自分自身が育ててもらうことがあるんよね」と返してくれる。ぼくは深く頷くばかり。食堂2階の元宴会場&ライブ会場だった楽屋でそんな風に師匠と語り合って過ごす時間もまた、人間本来の在り方を味わわせてくれる大切な大切な一時なのだ。

年に一度ここで必ず会えるお客さんたち(Sさん、手作りのマーマレードありがとうございました!)、初めてイーサン食堂に来た30年来の勇造さんファンで、初体験の勇造さん&ソウブラライブを堪能してくれたKさん(from大田区)ありがとう!
何よりずっと在り続け、この「生きるためのライブ」を主催し続けてくれるイーサン食堂に心から大感謝!!

武蔵中原駅から武蔵小杉駅までの一駅分20分強の行進の中、ぼくは昨夜のことを思い出してはうれしい気持ちになって、これだけではないハリボテ外の広い世界を生きていることを実感していた。

イーサン食堂ライブソウブラセットリスト
①この素晴らしくない世界で
②ファシスト野郎
③ないしょの話(母の歌集)
④ヘルスよしの
⑤ワン・ギター

勇造さんとの共演曲
・アンディーズブルーズ(w森田)
・マンゴーシャワーラブレター(w森田&山村)
・いとうくん(wソウブラ)
・戦争の親玉(wソウブラ)
・ハンクウィリアムスを聴きながら(wソウブラ)
・大文字(wソウブラ)
~アンコール~
・満月(wソウブラ)

※次のソウブラライブは、5月13日(土)これまた大好きな場所(でばかりソウブラは唄わせてもらってます)吉祥寺のろでの3人ソウブラ(五十嵐、森田、梅田)生音ライブです。営業継続でがんばっているのろにぜひぜひぜし!ご来店下さいませ。お願いします!
5月13日(土)吉祥寺のろソウブラ(3人バージョン)ライブ
18:00開場 19:00開演 2000円(ドリンク別)
吉祥寺駅北口徒歩4分 みその通り沿い 0422-20-5117

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

大森カフェスペースCワンマンライブ終了! 

2017/04/16
Sun. 22:11

今日の午後、団地の公園で初めて息子とキャッチボールをした。

先日同じ団地の友人から子供用のグローブとボールをもらって大喜びした息子に、今日のキャッチボールを強く約束させられていたのだった。
我が家のある棟から歩いて数十秒のところにある通称八角堂公園(この辺りで発掘された奈良後期~平安初期の廃堂跡の形式に因む)は、かつて長女が毎日一輪車に乗る練習をした公園であり、次女も通った団地の自主保育の運動会場でもある。

初夏を思わせる午後の日差しを浴びて、高台の公園から周囲の森や遠くの街並が見渡せる中、いよいよ7月26日に心臓手術の決まった小学2年生の息子とキャッチボールに興じれば、思いは遥か40年前千葉県は旧関宿町の田んぼの真ん中に町で初めて建てられた住宅地の路上で、親父とキャッチボールをしていたやはり小学2年生の自分へと巡る。
あの時も我が家にあったのは、当時仕事仲間と草野球を始めた親父のグローブ一つだけ。そのグローブをぼくに使わせ、大人用の軟球ボール(A級だったかな?)をぼくに力一杯投げさせ親父はそれを涼しい顔して素手でキャッチしてはぼくに投げ返した。
その親父とのキャッチボールのことを、ぼくは学校の宿題か何かで詩に書いて廊下に貼り出された覚えがある。詩の中身は全く覚えていないが、ぼくの全力投球を素手でキャッチする親父の手をグローブに見立てて書いた事と、滅多にぼくのことを誉めなかったお袋がこの詩のことをとってもうれしそうに誉めてくれたことだけは良く覚えている。今思えば彼女自身が歌人であったから息子の書いた詩に強く反応したのだと分かる。しかし、後年息子がパンクロックの歌詞を叫ぶようになると反応は一転冷ややかなものになり、バンド活動には亡くなるまで反対であった。

息子がもらったボールは、ビニールボールより硬く軟球よりは柔らかい合皮で硬球っぽくみせたものだったので、一つしかないグローブを息子に使わせぼくはあの時の親父のように素手で息子の球を受けた。30年以上前までは野球少年で中学の弱小野球部主将だったぼくがそれらしいフォームで球を投げ、何処へ投げられても上手く素手でキャッチする姿に息子が驚き一目置くのを感じていささか得意になる。どんなことであれ子どもから「父ちゃんすげぇ」と思われるのはうれしいものである。
キャッチボールから、100円ショップで買ったプラスチックのバットでのバッティング練習に移ると長女と次女もやって来て一緒に加わった。現在の我が家のプチ野球ブームに火をつけたのは他でもない、三度の飯よりプロ野球に夢中な長女である。

現役陸上部員で今年引退の長女はさすがに強い球を放る。次女はもっぱら応援&見物。フライの捕球練習をしたいというので、ぼくが空中高くボールを投げれば子どもたちがキャーキャー言いながらボールの落下地点を右往左往する。中学時代はセンターを守り肩は割と良い方だったから、今も結構高く放り投げることが出来る。主将として顧問の先生の居ない時はノックもやっていたので久しぶりにやってみると、これまた体が割と覚えており色んなゴロを打ち分けて子どもたちに守備練習もさせた。
そうやって3人の子どもたちと野球をしながら、40年前はまさかこんな日を自分が迎えることになるとは当然思いもしていなかったことを不思議な気持ちで感じる。そうしたらふと、昨夜のスペースCワンマンライブでお袋の短歌とコラボした「ないしょの話」の後に続けて久しぶりに唄った「よそ者のバラッド」の歌詞が思い浮かんだ。
“愛しくてならない 愛しくてならない 共に暮らす人が 共に生きる人が 愛しくてならない 愛しくてならない”~よそ者のバラッド~

公園で野球した後の銭湯ヘルスよしのの極楽度と言ったら、いちいち書くまでもない。7分袖のシャツに半ズボンの薄着でちょうど良かった湯上りの夕暮れの風にあたる心地良さもまた書くまでもない。言葉になりません。
今歌いたい歌うべきと自分が思う歌を、多くない人を前に小さな場所で存分に唄い、愛する者と小さな場所で暮らし生きる。自分のリアルな現場で出来る限り人間本来の在り方を貫き働き働きかけて行く。14日夜の国立かけこみ亭での知念良吉師匠のライブであらためてそのことを胸に刻み、昨夜のスペースCで目の前のお客さん達にその思いを伝えることが出来たと思う。大きくやることはない。無理に広げもしない。ネットワークも要らない。けれど確かに繋がる。これからもそうして行く。何より力は要らない。数を求めない。当然の如く例外で在り続ける…。

今宵のBGMはピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。
BG酒は麦とホップ(今日は暑かったせいかやけにこの手の酒が美味い)でした。ではまた、ロケンロール!

ソウブラスペースCライブセットリスト
①ほんとうのさいはひを求めて
②この素晴らしくない世界で
③かさ上げの街を臨みて
④再会の夜に
⑤この星に日が昇る間の話
⑥グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑦まだ見ぬ兆しを待ちながら

⑧こんなぼくが生きている(ソロ)
⑨借り暮らし
⑩ハーダー・ゼイ・カム
⑪終わり始まる日のあの場所まで
⑫ファシスト野郎
⑬ないしょの話(母の歌集)
⑭よそ者のバラッド
⑮ヘルスよしの
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰ワン・ギター

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

今日の日曜日も夕方ヘルスよしのに行き、ゆっくり湯船に浸かって身体を癒しながら、3月31日、4月1日と続いた充実したライブと、その時一緒に過ごした人たちとの会話や楽しかった一時を思い出してほっこりする。

あらためてそんなライブを続けていることが、自分のこの小さな暮らし、人生を豊かにしてくれているのだと思い知る。そしてそれをゆっくり振り返るこの一時もまた、何物にも代え難い大切な時間。
受付には今日もおばちゃんの姿はなかったが、日曜夕方のヘルスよしのはいつも以上に賑わっていた。超音波風呂から天井を見上げると相変わらずペンキは剥げ落ちまくっており、洗い場の壊れたシャワーはぼくが通い出した2年前からやはり「お休み中です」という札がかかったまま。くたびれるままボロくなるままのその在り方になぜかホッとする。女湯からは元気なおばちゃんたちの話し声が途切れることなく聴こえ(それに比べて男湯は基本的にみな無言である)、ここが彼女たちの社交場であることを知らしめる。
ぼくは映りの今一つ良くない曇った鏡に向って、芸術的な所作でT字剃刀を顔に当てて器用に髭を剃っているおじさんを時折見て感心しながら(ぼくは若い頃から髭剃りが下手で剃刀負けもするので、週に1、2度しか剃らない)、こうしてまだまだここが必要とされていることを実感する。

3月31日、冷たい雨の降る阿佐ヶ谷は新東京会館で開催された杉並総合法律事務所開設パーティーには、1月のワン・ラブ高江のイベントで知り合い、高江に行った特派員の一人として現地の様子を報告してくれた三浦弁護士から声をかけてもらった。彼はその新法律事務所で働く若き専属弁護士であり、1月のイベントで初めて聴いたソウブラの歌を気に入ってくれ声をかけてくれた。ハレの新法律事務所開設パーティーで、しかもお偉いさんたち(と言っても共産党の人たちばかりなので、いわゆる権力サイドの偉そうな者は居ない)の前で、まだ一度しか会ったことのないバンドに歌わせる三浦氏の度量の大きさと言うか大胆さに少々驚きながらも、ぼくは人との確かな出会いや繋がりの始まりが、概してこういうものであることももはや知っている。「やってくれませんか?」「いいよ!」というやりとりに躊躇を感じない時はぼくにとってゴーサインである。もちろん、最初躊躇を感じても話し合って了解して行く場合もあるけれど、自分の中に引っかかる違和感がどうしてもあって引き受けられない話もある(まぁ、滅多にないけれど)。そういう時はぼくは自分の感性になるべく従う。やはり嫌なモノは嫌なのだ。

ほとんど正装した人ばかり150人以上のパーティー参加者を前に、普段着のソウブラ(梅ちゃんだけはちょっとめかしこんでたな)は3曲(・新しい日々・普通の暮らし・結風)を歌った。概してこういうパーティーで歌ってもちゃんと聴いてもらえない場合が多いのだけれど、意外と反応が良くて(一番前でノッテくれたワンラブ高江のMちゃんやS子ちゃんのおかげもあるが)、感触良く歌い切ることが出来た。三浦氏との出会いは沖縄の高江のことがきっかけだから「普通の暮らし」は歌いたかったし、話しやすい物腰の柔らかさを持って力を持たぬ庶民の立場に立って権力と闘うだろう彼に「新しい日々」を送りたかったし、こんな素敵な出会いと繋がりを喜びたくて「結風」は外せなかった。ライブ後当然の如くあるぽらんへと流れて呑んだ時に、Mちゃんからも言われたけれど我ながら完璧な選曲でしたね~。そしてそして、ワンラブS子ちゃんの大尽力のおかげで何とソウブラのCD「普通の暮らし」が持って行った15枚全部完売したのです!もうこれで次作が作れる目途が立った。大大サンクスS子ちゃん!

そして昨夜は、大好きなお店国分寺gieeさんで語り歌の館野公一さんとのツーマンライブ。
毎回店長のMさんがライブタイトルを付けてくれるのが楽しみで、今回は「暮らしの窓から見えること」。このテーマでぼくと館野さんに声をかけられたMさんの気持ちを自分なりに感じて、ぼくはやはりこの日ならではの選曲をした。こういう風に呼んでくれる人、主催してくれる人の気持ちを感じるライブはとってもやりがいがある。こういうライブをやっていると、僭越ながらいわゆるローテーション的なブッキングライブに自ら出させてもらいたいという気持ちにはならない。

館野さんとは何度も共演させてもらっているけれど、ツーマンでがっつり歌い合うのはこれまで1度あったくらい。今回ロッキンギターの名手ゆきをさんを迎えての館野さんの語り歌は、共に唄いながら多彩なフレーズとビートを縦横無尽に繰り出すゆきをさんのエレキギターとバッチリ絡んで、その独特の物語性ある歌世界を描いてみせた。途中に挟んだ弾き語りで、日本の唱歌の裏側(その多くが国威発揚が目的であった)を歌ってみせながらの、館野さんにしか出来ない力強い説得力マンチクリンのパフォーマンスであった。後攻のぼくは内心やられた感を引きずりながら、ギター森田君、コーラスの梅ちゃんとgieeのステージに立った。

この夜で5回目となるgieeのステージだけれど、やっぱりここは歌いやすい。特にボーカルが気持ちよく響き目の前のお客さんを意識しながらも、歌の世界にスッと入って行ける。歌の世界をとても描き易いステージなのだ。
店主のMさんも客席で聴いてくれる中、ぼくが選曲した暮らしの歌(ぼくの書く歌はどれもそうなのだけれど)を歌い継いで行ったのだが、この夜自分でもそう感じたし、Mさんもお客さんも、館野さんにもお袋の短歌とコラボした歌「ないしょの話」が良かったと言われた。Mさんは偶然にも亡くなった母親のことを考えていた直後だったので気持ちが込み上げて来たと言ってくれた。お客さんは亡き叔父のことを思い出したと語られ、館野さんはぼくらのパフォーマンスから若きお袋とぼくのやりとりが見えるようで「この歌で五十嵐君パンツを脱いだな」と館野さんらしいうれしい褒め言葉をくれた。
そして、この歌が化けたのには訳があって、当初は全部の歌詞を基本的にぼくは歌い、部分的に梅ちゃんがコーラスを入れるというアレンジであったのだが、前回のスペースCライブで初披露した後、観に来てくれた中学時代の同級生Eからメールでライブの感想と共に、お袋の短歌の部分を梅ちゃん一人に歌ってもらったらどうか?というアドバイスがあった。なるほどと思って先日の両国ライブで試しにやってみたらとても良い感じだったので、gieeでもそのアレンジでやってみたらさらに良くなってソロでお袋のパートを歌う梅ちゃんの隣でギターを弾いていて、ぼくもゾクゾクしながら若きお袋の肉声を感じた。

終演後も盛り上がった館野さんやゆきをさんのかつての国立や国分寺、吉祥寺の話も面白かったな~。この時の参加者の共通言語は世代を越えて「銭湯」でした。そう、銭湯は永久に不滅なのです!
てなことを思い出していたら、なんと今日は1時間以上ヘルスよしのに入っていた。やっと来た春の風の暖かさが風呂上りの肌に何とも気持ち良かった。

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏のNHKfmのラジオ番組「ウィークエンド・サンシャイン」録音音源。土曜の朝番組なので絶対起きられないと確信し録音しておいた。チャック・ベリー特集!良いですね~。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロッケンロールミュージック!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

我が家から車だと約15分、電車だとJR稲田堤駅から一駅立川方面に行った矢野口駅を下車して徒歩約10分の所、多摩川沿いのホームセンター「くろがねや」の真裏の住宅街にステキなカフェがオープンした。

11:00~16:00までのカフェ&ランチタイムを担当する“宇宙さんぽ”のメグさんと、“U UM U(うむう)”のなおみさん、それに17:30~22:00までの夜のバー・ドリンク・おつまみタイム担当の“らくだBAR”らくださんの3人が共同で始めたそのカフェの、今日はオープニングパーティーであった。
以前から、近所に住むなおみさんの主宰するヨガ教室に参加してそこに手作りパンを持って行っていた家の母ちゃんが、このカフェにパンを出すことになって「景気づけに歌いに来ない?」とアタシに声がかかったのであった。

午前中の部活を終えた長女を待って、家族5人でカフェーに向かう。わりと近所に、しかも母ちゃんが関わることになった新たな手作りの場所が出来ると言うのは何ともうれしいもの。それにカフェのチラシにあるように、“私たちは、地球と心とからだを大切に思い、「本当に豊かなLIFEを循環すること」をテーマにしたカフェです”というコンセプトがとっても良いじゃありませんか!?

のどかな春の多摩川を横目に、その沿道を左に入ったすぐの所にカフェがある。もちろんどんな交通手段で来ても良いけれど、自転車で多摩川べりを走ってこのカフェに来るのが最高じゃないかと思う。玄関の外にはちょっとしたオープンスペースもあって、住宅街だけれどとっても開放的。これは気持ち良いぞと着いた早々に気分が上がる。
店内は入り口そばにテーブル席が両側にあって細長い店内奥は、なんと座敷になっていて絵本やおもちゃが置いてあり子連れのファミリーでものんびり楽しめる空間になっている。
我が家の一同は奥の座敷の一角に腰を下ろして、パーティーでバイキング形式となったお店の料理や持ち込みのデザート、お菓子類を子どもたちといただく。どれも美味しいのは言うまでもないが、生ビールもあれば大きめのデキャンタにフルーツがそのまま浮かんでいるワイン!もあって、これがまた美味くて親父はクイクイ呑んでしまう(早くも2日前の散々な目に逢った二日酔いのこと等は遠くに忘れ去っている)。

パーティーには入れ替わり立ち代わりたくさんの人が来店して、母ちゃんがパン作りの技術を教えてもらっている方や初めて見た楽器「真琴(まこと)」という、オートハープのような琴を弾き、鉄製の澄んだ音色を奏でる楽器を演奏するヒーリングミュージシャンの方等、実に豊かな人の交わりがすでにこの場で生まれていた。
そんな中でアタシは、もうこの歌しかないでしょうと「結風」を歌わせてもらい、グッドヴァイヴレーションのみなさんと一緒に“か~ぜに~ふ~か~れ~♪”と、住み慣れ親しんでいる多摩川を渡る風を思って気持ち良く歌わせてもらった。すると、宇宙さんぽのメグさんもシンガーとのことで、帰り際にもう1曲「スタンド・バイ・ミー」をぼくのギターで歌ってもらったのだが、これがまたメグさんの声が実にソウルフルで温かく、惚れ惚れしながらジョン・レノンバージョンの「スタンド・バイ・ミー」を楽しく弾かせてもらった。

このお店も生音の響きが実に気持ち良い空間。ぜひソウブラでライブしたいと思った(真空管アンプもあって、レコードも聴けマス!)。
でも、それよりなにより、あんまり自分からはグイグイ行かない母ちゃん(そこが彼女の良いところでもあります)が、自然な縁や人との繋がりを通じて彼女の持っている良いものを発揮出来る場所と、声をかけてくれる人と出会えたことがアタシとしてはうれしい。それに歌うことで花を添えられたらと今日は思っていた。母ちゃんは相変わらず「私なんかで良いのかしら」って感じだったけれど、そこはたくましい母となった今も本当に出会った頃と変わらないどこまでも謙虚な人なのであった。
これからこの小さな場所から、生きるためのたくさんのメッセージや音、地に足付けた情報がたくさん発信されるだろうと思うとワクワクして来る。それを美味しい食べ物(カレーがまた美味い!)と酒を味わいながら受け取れると思うと、何だかそれだけで豊かな気持ちになる。この世界にはまだまだ本当に豊かになれる、それを目指す隙間がある。

みなさん、ぜひぜひ稲城のステキなカフェ&BAR「宇宙さんぽ&U MU U(うむう)&らくだBAR」へお出かけください!
まずはとりあえず、ソウブラで飲み会したいなぁ。

宇宙さんぽ&U MU U&らくだBAR
稲城市押立1777-35 TEL(問合せ)090-8029-5491(永浜まで)
南武線矢野口駅北口徒歩10分 多摩川沿いホームセンター“くろがねや”さん真裏。

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ごくごくまれに、酒当たりとしか言いようのないひどい二日酔いに見舞われることがある。

18日の朝がまさにそれとなり、前夜遅くまで久しぶりに同業者(元無認可共同作業所職員)の、しかも今では本当にわずかとなったぼくより年長の先輩たち(ぼくを含めた四人の内二人は還暦を過ぎ、一人はアラ還)と中目黒で二軒ハシゴ酒をして無事帰宅したものの、寝床についてからにわかに具合が悪くなり、翌朝まで40分おきぐらいにトイレで吐き続けた。

18日は両国でのライブがあるからと、ぼくは理性をしっかり作動させてそんなに量は呑まなかったはずだが、この夜の酒宴は久々のこの面子ならではの話に花が咲いたものの、何だか酒が五臓六腑にズシリと来ていつものようにスルスルとは呑み進まなかった。たぶんこの週もいろいろあって疲れていたのだと思う。その疲れはもちろん肉体的な疲れだけではなく、それ(ストレス)はぼくの場合たいてい宿痾でもある胃腸へ出て来る。
「なぜ?」「しまったぁ」と思いながら、成すすべもなく胃液だけになっても収まらぬ吐き気に促されて布団から便所への往復を繰り返し、外が白々と明けて来ると気分はどんどん絶望的になって行った。ライブが出来る身体とはとても思えない。指を突っ込み吐き過ぎて喉は痛いし、弦を張り替えて出かける準備をすることなどとうてい無理であった。それでもともかくこの辛さが時間の経過と共に過ぎ去るのを信じて待った。

吐き気の周期がだんだん長くなり、どうにかギターの弦を張り替え軽く歌ってみるもしんどくてたまらない。胃はすでにからっぽだが食欲は全くない。これから両国まで出かけて2時間ライブをやるのにこのまま何も食わないのではさすがにもつまいと思い、出発時間ギリギリまで回復を待って、ようやく母ちゃんの作った具だくさんの味噌汁を一杯だけ飲むことが出来た。毎日食しているけれど、米と大豆と塩だけで作られた生きた味噌と、人参やキャベツとしめじ等の具が前夜の酒とは全然違う意味で五臓六腑に沁みた。まさにエネルギーが注入された感じがしてようやくにして「ライブやれるかも」という気にさせてくれた。当たり前な話だけれど、こんな時にカップめんや菓子パン等の類は食う気にならないし、たぶんぼくの身体を生き返らせてはくれないだろう。生きた食材を身体にいただくことの大切さをあらためて感じた次第(と言う前に酒を控えなさい!)。

おかげで身体は重いもののギターを背負って、荷物を持って電車に乗り無事に両国フォークロアセンター1階一つ目ギャラリーに行く事が出来た(本当は早めに出かけてフォークロアセンターからそれほど遠くない松尾芭蕉記念館を見学するつもりだった)。
フォークロアセンター主宰の国崎さんに声をかけてもらって、ここ3年ほど続けて江島杉山神社で7月最初の日曜日に開かれる隅田川フォークフェスに出演させてもらっているのだが、神社のほぼ真向かいにある1970年開館の両国フォークロアセンター(かつては2階のセンターでライブをしていたが、現在は階下の元蕎麦屋さんを一つ目ギャラリーとしてそこでやっている)で、ソウブラが初めて単独ライブをさせてもらうことになったのだ。そんなせっかくの初ライブを重い二日酔いでキャンセルなんて、ソウブラバンド史上最大の汚点&恥になるところであった。

この拙ブログで、50年近い両国フォークロアセンターの歴史をまだまだ新参者のぼくなどが書けるはずもないが、初めてここでソロでゲストとして数曲歌わせてもらった7年前から、すぐそばを流れる隅田川の流れのような何か脈々と刻まれて来た(来ている)ものをここで感じる。その刻まれて来た流れにぼくも乗りギターを弾き歌うことがとても心地良い。高田渡さんや友部正人さん、そして我が師豊田勇造さんに中川五郎さん、アメリカンフォークの重鎮デイヴ・ヴァン・ロンク氏にランブリング・ジャック・エリオット氏等々どれだけの人がここに足を運び生ギターを鳴らし肉声を響かせたことだろう。その一音一音がこの建物の壁や梁に沁み込んでいて、それがずっとここで通奏低音となって鳴り続けここで今歌う者と響き合っている気がする。しかし、それだけではない。この場所が両国にあるからこその、ぼくの全く知らない東京東部の古い街の歴史とも響き合っていることも絶対に欠かせない。ここはあくまで両国フォークロアセンターなのだ。

ありがたいことに、この場での初のソウブラライブに10人近くのお客さんが来てくれた。さいたまの江上さんはぼくも最初思ったように、センターと言う名前にどことなく広い場所を想定していたようだがここは生音が良く響く、とてもこじんまりとしたまさにソウブラ向き?の親密空間なのだった。
不思議なもので、ここの場力をいただいたのか家では全然出なかった声が本番では嘘みたいに出た。さすがにハーモニカを吹いている時に空腹からか頭がクラクラしたが、それでも途中から日本酒をもらいながら全く準備出来なかったMCもその場のノリでアドリヴでポンポン出た。数時間前の自分が信じられないくらいある意味絶好調なアタシとなっていた。分からないものである。けれど、ライブとは歌うということはやはり身体に心に良いことなんだと思う。少なくともぼくは歌うことで元気になっている人間であることは間違いない(もちろん無理は出来ませんが)。

良い感じで盛り上がってアンコール含めて16曲歌い切った後は、フォークロアセンター恒例の懇親会(打ち上げ)をお客さん全員参加してその場で開く。
ほとんどが初めてフォークロアセンターに来た人たちで、国崎さんやご近所から観に来てくれたお客さんにフォークロアセンターや、両国の街の話をたくさん聞いた。東京の下町の庶民の歴史は、きっとその街ごとに今はもうない風景と共にありいつの間にか消えてしまった(消された)歴史も多いのだろう(この夜の話を聞いて、ぼくは去年隅田川フォークフェスの古本市で購入した「東京の下層社会」という本のことを思い出し今日から読み出した。この本にもまさに首都近代化の流れに置き去られた人々の姿が描かれている)。これがまた初めて聞く話ばかりで「へぇ~っ!」という感嘆詞が出っ放し。ご用意していただいた美味しい食事と、いつしかぼくはしっかり迎え酒をしながら和やかに談論風発な時間を楽しんだ。しかし、体内電池はとうに切れていたらしく、せっかく国崎さんから渡された出演者メッセージを書く色紙の内容がボロボロ。森田と梅ちゃんに任せれば良かった。国崎さんすいませんでした。そして、ソウブラにこんなステキな場所でライブさせていただき本当にありがとうございました!また夏の隅田川フォークフェスよろしくお願いします。

最後に、ご来場いただいた最高のお客さん達、どうもありがとうでした!!

ソウブラ両国フォークロアセンターライブセットリスト
①2011年3月20日の満月
②この素晴らしくない世界で
③変わらない夜道
④人の世の熱のある場所で
⑤この時代を往く
⑥普通の暮らし
⑦激しい雨が降る (ボブ・ディランのカバー)

⑧ぼくもいくさに征くのだけれど 詩 竹内浩三
⑨日本が見えない 詩 竹内浩三
⑩ヒマラヤ杉は知っている
⑪ないしょの話(母の歌集)
⑫命でしかないビート
⑬ヘルスよしの
⑭ファシスト野郎
⑮ONE GUITAR
~アンコール~
⑯結風

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2017-05