周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

第7回隅田川フォークフェスティバル終了! 

2017/07/03
Mon. 23:16

ソウブラが1年の間にやるライブで、一番寒い中やるのが大晦日の新宿中央公園ならば、一番暑い中でやるのが七夕の時期の隅田川フォークフェスティバルだろう。

けれどどちらもそれが辛いことはなく、その場所で唄えることが毎年楽しみで、そこに人が集い思いを感じながら生まれる時間に身を置くことが大好きだ。
それに中川五郎さんに「ソウブラみたいな歌も唄える神社」と言わしめた江島杉山神社の、下町情緒あふれる人肌の大らかさがやはり居心地が良く数えてみれば4回目の出演である。名ばかりの音響担当でもあるぼくは、ただスペースCでやっている時と同じポータブルのアンプとマイク&スタンド2本を持ち込み出演者に好きに使ってもらうだけなのだが、いつも思うのは社殿の内外含めて50人近く集まってもこんなシンプルな機材で十分良い音が響いて聴こえること。大掛かりなPA等を入れなくてもこれで十分だといつも感じ、今年も実際そうであった(あくまでぼく個人の感じだけれど)。

前日京都から帰って来ての慌ただしさだったけれど、拾得のYUZOBANDライブでもらったパワーと勢いのまま自分のライブが出来たと思う。なにより今年も暑い中たくさんの人がこのフェスを観に来てくれた。毎年楽しみに来てくれる人、今年初めて来た人(中学時代の同級生Eが去年に続いて来てくれた!)みなさんこのフェスならではの聴ける音楽、歌を存分に味わってくれているようだった。このフェスならでは歌、それは当たり前のようだけれど自分のスタイルを持ちそれを自分なりに追求し続け歌い続ける人たちの歌。それを大掛かりな設備やお膳立てを必要とせずすっと畳の上に現れて、思い思いの楽器を持って自分の技量のあらん限りでパフォーマンスする人たち。ぼくはこのフェスでいつもこれこそがフォークなのではと感じる。音楽のスタイルではなくそれぞれが個として対等に潔く唄い合うという在り方。それはやはり、フェス主催者の国崎さんがこの神社のすぐそばにある両国フォークロアセンター(1970年開設!)で培ってきたものがこの地に根を張って育っている証左なのではないだろうか。だからここに唄いに来ることが楽しみなのだ。たくさんのステキなフォークミュージシャン達と唄い合い弾き合えることが、それをお客さんたちに楽しんでもらえることが、自由を共有し合えることが。今年も隅田川フォークフェスに関わってくださったみなさんお疲れ様でした!ご来場のみなさんありがとうございました!

それにしても暑かった昨日、夜荷物と共に汗だくで帰宅し昨夜今年初の水浴びをした。そして今日も仕事から帰宅後すぐ。今年もやって来ましたね~。相変わらず冷房なしの我が家ですが(アタシの部屋は団扇のみ)やっぱりこの季節好きだなぁ。

今宵のBGMは、昨日入手した中川五郎さんの50周年記念2枚組ライブアルバム「どうぞ裸になって下さい」。ライブの熱量がそのまんま注ぎ込まれているのにどこか清々しい五郎さんの歌、そしてバックの音数が多過ぎない絶妙な演奏。きっといつだって五郎さんは潔く自分の歌を唄いきっているから、どんな熱い演奏でも清々しく聴こえるのだろう。2枚目に収録されている初めて聴いた23番まである長編バラッド「1923年福田村の虐殺」の衝撃が消えない。福田村は現在の千葉県野田市三ツ堀辺り、ぼくの実家から遠くない。今度帰省したらぜひ訪ねてみたい。昨日も最後全員で「大きな壁が崩れる」をセッション出来てうれしかった。

BGドリンクは麦茶でした。ではまた、ロケンロール!

ソウブラ隅田川フォークフェスティバルセットリスト
①ファシスト野郎
②ヒマラヤ杉は知っている
③ないしょの話~母の歌集~
④ヘルスよしの
⑤命でしかないビート

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YUZOBAND結成20周年記念ライブin拾得 

2017/07/01
Sat. 23:54

YUZOBANDが居た金曜日の夜、拾得のステージ最後の曲「ジェフベックが来なかった雨の円山音楽堂」で、ぼくとソウブラギターの森田も同じステージに上がり、森田は勇造師匠の古いギブソンJ200を弾き(ぼくもオープニングで1曲「寄り添う暮らしの幸せで」を唄った時に借りて弾いた)、ぼくは勇造師匠と一緒に「ジェフベックが来なかった~木曜日~俺は震えてた雨の円山音楽堂~♪」とシャウトした。そして知っている人は知っているあのキメのポーズも、ステージ上でメンバー全員と一緒にそしてこの日の観客も一緒にキメた。まさに夢の一時。
午前中で仕事を上がる際の職場は、想定以上のしっちゃかめっちゃか状態。しかし、これ以上現時点でもはや打つべき手はなく、やったとしても結局堂々巡りの徒労以外に残るものなしと判断し、ぼくは予定通り職場を抜け出して新横浜に向ったのだった。ブルーな気分と囚われは、新幹線の中でシウマイ弁当を食べ缶ビール空け缶チューハイを飲んでいる内に霧散して行った。そして京都タワー地下3階のタワー銭湯に入り、市バスに乗り夕方堀川通りを拾得に向かう時にはもはや気分は高潮へ向かうばかりとなった。

拾得のステージは決して大きくはない。そこにYUZOBANDのぶっといビートとサウンドが嵐のように渦巻き、普段轟音でライブをすることのないぼくにはそれがものすごく新鮮で気持ち良く、いつまでもYUZOBANDのグルーヴに身を任せていたかった。とにかく自然と身体が動き踊り出す。ビートとはこんなに気色の良いものなのだとあらためて思い知る。
勇造師匠がちょうど今のぼくの齢で結成したYUZOBANDは、メンバー一人一人がピンでも行けるスゴイミュージシャンであることを、この夜のスペシャル企画でメンバー一人一人が1曲ずつリードをとってみせて十二分に見せつけてくれた。ぼくはこの世に現存するバンドの中でYUZOBANDは最高峰だと思う。昨年オーチャードホールで観たボブディランのバンドより勝っている。ぼくは何だか誇らしいような気分になってYUZOBANDを聴き、関西の友人知人とうれしく楽しく酒を酌み交わした。

昨夜の一夜の宿は20年来の付き合いであるSさんTさんのお宅。長い知り合いだけれどこれほどゆっくり話したのは初めて。ライブ余韻の火照りのまま、京都の夜の古い街なみに漂う夜気と、Tさん宅のやはり京都ならではの落ち着いた空間にほっこり癒されてぼくも森田君も宴の後は今朝10時近くまで爆睡してしまった。とにかく気持ち良かったのである。ぼくが寝たベッドの上の開け放たれた窓から入り込む京の街の夜風と、朝方に鳴った相国寺の鐘の音が豹変と堂々巡りに振り回され疲れていたぼくを癒したのである。

SさんTさん大変お世話になりました。そしてご馳走様でした。きっとまたずうずうしくお願いすると思いますので宜しくお願いします!

今宵のBGMは、勇造師匠がライブの帰りに手渡してくれた師匠のセカンドアルバム「走れアルマジロ」の初版LP!1977年4月に拾得でレコーディングされた勇造師匠のライブ盤。ジャケットは当時の拾得の扉の間でギターを弾いている師匠の姿。古い土蔵を改造して造られた拾得の、モノクロの光に映される店内の石畳が師匠の影と共に実に美しい。毎年イーサン食堂でお会いする白谷さんが撮影した何べん観ても良い写真。このアルバムから40年、師匠は唄い続け今夜は昨夜と同じ拾得でデビュー45周年ライブをやった。不肖の弟子であるぼくは、明日隅田川フォークフェスティバルで唄う。YUZOBANDからもらったグルーヴを爆発させたいと思う。
BG酒は麦とホップでした。では、明日は江島杉山神社でロケンロール!

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ソウブラスペースCワンマンライブ終了! 

2017/06/18
Sun. 21:56

今日も午前中団地の公園で、2時間息子とキャッチボール&1対1野球5回戦。

48歳の親父は、二日酔いではないが昨夜スペースCライブ&ライブ後の打ち上げでしっかり呑んで足に来ている。息子の打球をもつれる足で何度も追いかけていると時々アゲそうになり、これを真夏に付き合わされたら死んでしまうかもしれないと正直不安になる。
今日が父の日であることをまったく知らなかったのだが、昨夜スペースCで森田君にぶっつけでギターを付けてもらい初披露した“キャッチボール”という歌は、ぼくが子どもの頃親父としたキャッチボールの思い出を、今の自分が息子としているキャッチボールを通して思い出すという歌だ。
最近のぼくの歌の傾向である何という事はない光景を歌った歌なのだが、自分自身でもこの歌をとても気に入っていてライブで披露するのを楽しみにしていた。こんなご時世だからこそ、何気ない特別でも豪華でもないもちろんお金もかかっていない、社会の略奪の仕組みや消費産業、寂しさから求める華やかさと全く無縁、政治ともまったく無縁な一コマを大切に唄いたいと最近強く思う。それは人として生きながら抵抗するためにとっても必要なことに思うのだ。

昼食に息子と製麺所の美味い蕎麦を食い(2食分で100円也!)、昼寝後夕方、雨中傘さしワクワクしながら15分歩いて読売ランド前商店街の先に在る私の天国「ヘルスよしのへ」。
一番風呂の時間に5、~6人の年配のしなびた身体したおっちゃんたち(我もまた同じ)に交じって脱衣所で服を脱いでいると、にわかに幸福感が全身を満たす。昨日12人のお客さんの前で全力のライブをやり、打ち上げで大いに呑み語った翌日知る人ぞ知る場所でひっそり過ごすメリハリがぼくは大好きだ。人には外交的と内向的の2面が度合いの個人差がありつつ共存していると思うが、ぼくはその入れ替わりがかなり明確にあり、その2面どちらも自分にとって無くてはならない大切なものだ。ケの日常があってこそのハレの日である。

濃厚入浴剤風呂に浸かりながら昨日のライブを一人振り返る。ライブの途中で自分で気づき思わず唄いながら言ってしまったのだが、ぼくの歌には「小さな」と「古い」という言葉が頻繁に出てくる。今さらなのだけれど、とにかくぼくの書く歌詞にはこの2語が頻繁に登場するのだ。どんだけ小さくて古いものが好きなんだ俺は、思わず苦笑が漏れあらためて自分がそういうものを心の底から愛しているのだなと思う。
昨夜やはり弾き語りで初披露した「西村亭の唄」にもこの2語が登場するのだが、12人のお客さん達は配った歌詞カードをじっくり目で追いながら西村亭をそれぞれが思い浮かべてくれたようだった。少なくともそこがとても素敵なお店であることはちゃんと伝わったようでうれしかった。

初披露の新曲を3曲も用意して臨んだ昨日のスペースCライブ(たいてい新曲はまずスペースCでお披露目する)は、気合いが入り過ぎたのか前半は気持ちの強さとそれを感じてギターを弾き唄う身体が何となくちぐはぐな感じがしてちょっと焦ったが、休憩を挟んで気持ちを落ち着かせ、後半のソロでの新曲披露からはスムーズに気持ちと身体が連動するようになった。若い頃は最初にペースを崩すとそのまま立て直せずに突っ走ってしまったが、最近は長いマラソンを走るような気持ちで自分と対話しながらフルライブを創り上げつつ完走出来るようになった。これも長く続けて来なければ出来るようにならなかったこと。そう言えば「そのまんまで居る」「そのまんま続ける」なんてのもぼくが良く使う言葉だ。そのまんま続けなければ分からないこと、見えてこないものが何と多い事か。あれこれ手を付けては自分も周囲もとっ散らかして、火薬の妖しい打ち上げ花火を上げ続けるのをぼくは心底好まない。ゆえにそういう人とは絶対に組むことはない。

20年続けて来た大森カフェスペースCライブ、まだまだこのまんま続けて行きます。新しい歌を披露し続けながら。
ご来場いただいたみな様、ステキな一時(ライブ)を一緒に創っていただきありがとうございました!

6月17日スペースCワンマンライブセットリスト
①たまゆら
②余計な音
③かさ上げの街を臨みて
④終わり始まる日の場所まで
⑤この星に日が昇る間の話
⑥グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑦夏の別れ

⑧西村亭の唄(ソロ)
⑨キャッチボール(w森田)
⑩ひとりのたたかい(w森田)
⑪地平線(知念良吉さんのカバー)
⑫ファシスト野郎
⑬普通の暮らし
⑭ヒマラヤ杉は知っている
⑮ないしょの話(母の歌集)
⑯ヘルスよしの
⑰命でしかないビート
~アンコール~
⑱ワン・ギター

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高槻南風楽天“廃炉LIVEvol.6”終了! 

2017/05/28
Sun. 23:05

毎年関西から帰る時のカバンの中は、勇造オフィスさんより提供いただくバザーで購入した服(それらのほとんどがぼくのステージ衣装となる)と、いただいたり買ったりしたお土産でいつもパンパンになる。

まさにこのパンパンのカバンの中身のように、今年の高槻南風楽天ライブと関西で過ごした時間は濃密充実過ぎて、今はただ旅の火照りを持て余しこうして駄文を書き連ねる次第。
しかし、旅の火照りって言ったって1泊2日の話なのだ。一昨日(26日)の夜自分のところの法人総会を終えた後、「あぁ明日の今頃は高槻だなぁ」と思い、それからたった2日後の今は「昨日の今頃高槻でライブしてたんだなぁ」と思い返しているのだ。
そして昨日一夜のライブで体験した一瞬一瞬を、これからしばらくぼくは思い出しては胸を熱くし、今日の午後まで山崎で過ごした至福の時間をまた恋焦がれて来年まで唄い暮らして行くはずなのだ。

昨夜の南風楽天には、昨年よりもさらに多い60人!ものお客さんがソウブラと鼻炎トリオの廃炉ライブを観に来てくれた(店の外まで椅子を出した)。そこではライブのMCでも言ったけれど、実にたくさんの「久しぶり~元気してた?」という再会の挨拶がメンバーと交わされた(数年ぶりに来た人、初めて観に来た人も居た)。いつものライブでもそんな再会があったりするが、こんなにもたくさんの再会に満ちたライブは他にない。年に一度、それを毎年続けて来れたことの大切さを感じずにはおれない光景。本当に続けて来れて良かった。

そしてこんなにもたくさんの人がライブを観に来てくれるといううれしい現実が、厳しい事の多いふだんのライブの現実にまた立ち向かわせてくれる原動力と、自分たちの音楽への自信に繋がって行く。続けて行こうと思える。聴いてくれる人ライブを観に来てくれる人が居るからこそぼくらは唄い続けて行ける。

今年の盟友鼻炎トリオとのライブは、根柢に流れているものはお互い共通していながら表出の仕方が全く被らないお互いの持ち味、パフォーマンスを存分に発揮出来たのではないかと思う。鼻炎トリオがパワフルかつ心地良く会場を盛り上げ一体化させて行くすごいライブを、南風楽天独特のオープンカフェ状態の外から観ながらぼくはプレッシャーを感じるよりも自分たちならではのパフォーマンスをやるぞというぶれない気持ちになっていた。お客さんは鼻炎トリオのライブもソウブラのライブも両方楽しんでくれるという信頼感のようなものを、年に一度のこのライブに対してぼくはいつしか持つようになっていたのだ(と言っても、やってみなければどんなライブになるかはいつも分からないのだが)。

ここまで書いたら少し気持ちが静まって来た。明日ぼくを待ち受ける仕事というもう一つの厳しい現実に向かうために、今宵はひとまずこの辺で止しておこう。

ソウブラ南風楽天ライブセットリスト
①再会の夜に※
②この素晴らしくない世界で
③普通の暮らし
④ファシスト野郎※
⑤この星に日が昇る間の話※
⑥ないしょの話(母の歌集)※
⑦ヘルスよしの※
⑧命でしかないビート※
~アンコール~
⑨廃炉!w鼻炎トリオ

※ギャラリーサイトで動画観られます!

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あるぽらん激ライブ!知念良吉&ソウブラ終了! 

2017/05/22
Mon. 23:03

今日は午後から暑い中利用者2人と共に、大田区内呑川沿い某公園で公園清掃。

暑さで異臭を放つ弁当ガラや犬の糞などを汗かき分別作業。どうも日曜の夜ライブがあった翌日は公園清掃当番に当たることが多い。燃えカス状態の身体はしんどいが、そんな状態ではかどらない事務仕事や魂研ぎ澄ます面接をやるよりはまだマシである。なにしろ考えずにシンプルに身体を動かせば良いので助かるし元来こういう仕事がぼくは嫌いではない。事務や相談業務やるより本当は合っているのではないかと思うこともしばしば。

それはさておき昨夜は完全に燃え尽きたのである。ライブを観届けてくれた人は承知と思うが、昨夜の知念良吉師匠の凄味とパワーは凄すぎた。そして、これまで共演者として知念さんとのライブをして来たソウブラは、昨夜共演20年にしてついに知念良吉バンドとなった。昨日のあるぽらんのお客さんの誰一人そのことに異議はないだろうと思う。それだけ知念良吉師匠とソウブラは一つだった。リハーサルは当日の約1時間のみ。知念さんが生み出すライブの流れに必死について行くのではなく文字通り一緒に流れ思いきり知念さんの懐に飛び込んだ。遠慮は一切無かった。20年の共演の中で昨夜初めて知念さんが絶叫するのを聴いた!ソウブラの音を思いきり楽しみ重量級の思いを叩きつける知念良吉師匠を、狭いあるぽらんのステージで身体を密着しながら左真横に見れば、それは何だか神々しいような姿だった。俺はこの人の影を追い続けて来て良かった。豊田勇造と知念良吉という2つの長い影が俺の道しるべなのだという幸せを噛みしめていた。

そんなステージ上のぼくの顔を「小僧のようだった」と称したONE LOVE高江のSちゃん。そうなのです。師匠と共にステージに上がる時、48歳の親父はいつだって憧れの人を追いかけている少年になるのです。老眼鏡かけた少年です。でも老け顔に見られがちなアタシが実は童顔であることに気付いてくれてうれしかったよ~Sちゃん。

ソウブラのステージ、知念さんと浅田君のステージ、そして知念良吉&ソウブラのステージ(梅ちゃんがメインボーカルをとった知念さんの「海の向こうに」では、師匠思わず落涙!)と3部構成3時間半近く!に及んだまさにあるぽらん激ライブ(暑かったですね~)。最後にステージから知念さんがお客さんに向けて行った「付き合ってくれてありがとうございました~!」という言葉に知念さん自体がこのライブに熱中し燃えた証を感じた。終演後熱い感想をたくさんいただけて、ぼくは燃え尽きたかいがあった。マスター佐々木さんから渡されるビールの冷たさが最高の褒美だった。

お酒を止めていた知念さんが久しぶりに缶ビールを開け、終演後ライブの興奮覚めやらぬままたくさん話をした。その知念さんの言葉、思いの一つ一つがこの時代を生きるぼくにしっくり来る。政治世界との付き合い方。そして確かにある(そして実現している)それとは別のもう一つの世界。ぼくらは、うた唄いはもう一つの世界を築き続けそちらに居るべきであること(フットワーク軽く股に掛けるけれど)。そちらからたとえ小さくとも非力であっても撃ち続けること。本当に世界を変えるために。
あらためて、知念良吉はもっとも激しい根源的なプロテストシンガーであると思う。政治的な発言をし、政治的な集会で唄う誰よりも政治を撃つプロテストシンガーだ。ぼくはこの唯一無比の根源的プロテストシンガーを心から敬愛しぼくもまたそうでありたいと願う。やっぱりぼくには2つの長い影だけがぼくの前に伸びている。それで十分だしそれがとても幸せなことだと心底思う。

そして、そんな場所としていつもある阿佐ヶ谷あるぽらん。この場所で唄い続けてこれたことにやっぱり感謝しかない。音響機材はいよいよヤバいけれど(笑)、あるぽらんという空間がぶれないもう一つの世界そのものなのだ。「やり続けて来たというのはこだわりがあるからだよね?」とぼくに言ってくれた知念さん、ハイその通りです。ソウブラには最初から、あるぽらんでライブし続けながら全くぶれないこだわりがあります。

さぁ、今週もあれこれ忙しいけれど週末の関西ライブに飛び立つためにバッチリ充填するぞ!さぁもういっぺん燃え尽きるために!

あるぽらん激ライブソウブラセットリスト
①この素晴らしくない世界で
②ファシスト野郎
③地平線(知念良吉師匠のカバー。アンコールでもう一度歌った)
④ないしょの話(母の歌集)
⑤ヘルスよしの
⑥命でしかないビート

知念さん&ソウブラ
・何処へ行くオキナワンボーイ
・ジュークボックスの空と海
・サンサンサン
・夕闇バンドのロケンロール
・海の向こうに (ボーカル梅田ゆかり)
・慶良間の海で
・俺の生まれた町には金網がある
・なまるやんどーくまるやんどー
・地平線 (ボーカル五十嵐 ハープ知念良吉)


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2017-09