周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

陽和病院OT文化祭ライブ&森田家打ち上げ終了! 

2017/11/26
Sun. 21:35

昨日(25日)は、午後にギター森田君が働く精神科陽和病院のOT文化祭でライブした後、そのまま所沢の森田家に押しかけ、パートナーのひろこちゃんの手料理に歓喜の声を上げつつ酒を呑み笑い語り合った。

いっつも酒を呑み語り合っているソウブラだけれど、実はメンバー全員でこうして呑むのは夏以来。やっぱりメンバー揃うと、何よりくつろぎの昭和の館森田家で呑むと盛り上がる。秋の怒涛のライブをねぎらい、お互いの生活をねぎらい、これからのことを語れば、話は自然と2020年に迎えるソウブラ結成30周年の話に及ぶ。30周年記念として、ソウブラが結成された知多半島で、夭折した大学の後輩Kが録音とプロデュースを手掛けた3本のカセットアルバムを何とかリマスタリングして世に出せないかという話をぼくはみんなに熱く語った。見かけは老けたけれど、会えば何にも変わらずあん時のままな4人のおっさんたちともうすぐ30年ですよ(うめちゃんが入ってもうすぐ10年)。これはやっぱり何かしたくなるというもの。

夕方から夜遅くまで森田家でホンとご褒美の様な時間を過ごし、三々五々家路につき、ぼくは現在お母さんの介護でバンドをお休みしているちきんベース君と最後まで残り、ひろこちゃんにお礼を言って夜寒の秋津駅までの道を一緒に歩く(家主?森田君は今回も途中撃沈で夢の中)。ソウブラを始めて約30年の間にお互い本当にいろんなことがあった。それでもこうして今も一緒にソウブラをやっている。ままならないこと、想定外のことばかりの生活の中でソウブラはソウブラであり続けている。
この日の陽和病院も挑戦であった。高齢の人も多い入院患者さんに向けてソウブラのオリジナル曲ばかりを7曲、「この歌がはたして届くだろうか?」という不安と闘いながらそれでも必死に(けれど力ずくにならず)ぼくは唄いギターを弾いた。リハも音出し時間もない中、ライブが進むうちにだんだん自分たちの出している音に慣れ、掴んで行く。思えばすごいライブ。
前からの時間が押していたために、ライブの途中で病棟に戻る患者さんも居ながら残った人たちが自然と手拍子して、最後の「結風」では一緒に唄ってくれる。ありがたい。きっといくつになっても楽々とはならない。逆にしんどくなることもあるだろう。生活の事情で全員でやれないことも増えるかもしれない。でもソウブラはソウブラだ。ぼくにソウブラをやり続けることへの重圧はない。気負いもない。ただ、ぼくはソウブラの家主であるという自覚があるだけだ。家主の役割は当然分かっている。

そんな賑やかな昨日とうって変わって今日は地元で隠居の日。
近所の製麺所のそばやうどんを一週間分買い込み、今日は今日でそのそばを食べ、夕方は息子と受験勉強息抜きの長女と団地の公園でキャッチボールに興じる。その後は当然ヘルスよしの。今日は11月26日で「いいふろの日」だそうだが、もちろんヘルスよしのはいつものヘルスよしの。これを書きながら聴いているバラカンビート(録音)もいつものバラカンビート。
こんな最高の土日を過ごして、今週末からの3週連続ワンマンライブに向けてボチボチ行きます!

陽和病院ライブセットリスト
①再会の夜に
②キャッチボール
③そこからロック
④LEARNING TO FLY
⑤平和の欠片
⑥ないしょの話(母の歌集)
⑦結風

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今夜の晩酌後の仮眠タイムをどれだけ楽しみにしていたことか。

ライブが2日続いての仕事、年々身体は正直度を増して行きごまかしを受け付けなくなって来た。とにもかくにも睡眠時間だけは確保しないと本当に働けないので昨夜は11時30分には家に帰り、0時30分には床に就き6時間弱の睡眠を死守して出勤したが、頭の中は一日中あの大好きな布団の中を恋焦がれておった。

それでも、ライブを止めようとは思わない。まだ減らしたくもない。ライブのある生活はもはやぼくの人生でありスタイルである。減らすのなら当然仕事の方である(言ってやった)。
と、こんな風に思えるのも良いライブに恵まれているからで、一回一回のライブがかけがえのないその時だけの「完成形」である証拠だ。ソウブラが目指している場所はいつでも「其処」であり、そこで燃焼する。足がかりにした場所など一つもなく、ローテーションに乗っかったことも一度も無い。若い頃、傍から見れば苦行のようなライブをやっていたこともあったが、自分たちはやはり楽しかった。そして、今はさらにもっと楽しい。なのに身体がしんどくなるのは何だか理不尽にも思うが、これもまた自然の流れ。余計な事に手を出さずに休養上手、半隠居生活上手になれば良いだけのことだ。そういう意味でもこれからの生活、人生の目標があるというもの。

それにしても、22日の夜が“平和のひとかけら”翌23日が“護憲と反戦、平和のための「共謀」コンサート”である。実に出演がいのある、出演冥利に尽きる企画ではないか。こういう企画ライブに自然と呼んでもらえるようになった。こんな企画ライブがほぼ同時多発的にいろんな所で企画されていると思うと、まだまだこの国の自由を存分に行使している表現者がたくさん居ることに勇気づけられる。負けっぱなしの政治世界で汲々としているより、ぼくらはこうして唄い続けることが一番で唯一のやれるやりたいことだ。
そして、そんな場に初出演の東中野じみへん(噂に違わぬステキなお店でした!ジャニスとディランに囲まれて唄うステージは最高のビジュアルだし、気合い入ります)にも、国立谷保のもう長いお付き合いになる洞窟かけこみ亭にもたくさんの人が観に来てくれた。22日は4組2時間半、23日は7組で5時間半!のライブだったけれど、ご一緒したどの歌い手のステージも良かった。出演者と同時にお客目線で見ても飽きることがなかった。みんなライブの趣旨を自分のものにして、自分たちの持ち味を生かしてライブしていた。
お互い知らんぷりのブッキングライブで無しに、企画者&出演者&お店との共謀の下で、お互いのステージをちゃんと意識してなれ合うことなく個として屹立するライブは熱くても清々しい。酒も美味い。力も入っちゃう。よって翌日疲れが残っちゃう。これは言わば幸せの方程式なのかもしれない。

2日間のライブで一緒にステージに立った歌者に感謝!企画者のケンちゃん、マスダさんに感謝!東中野じみへん、かけこみ亭に感謝!そしてご来場のみな様に大感謝!これからも平和の一かけら同士で共謀して行きましょう。
そして、明日は3年ぶり練馬区の陽和病院のOT文化祭でライブ。年末まで今年を唄い切るぞ~!

22日東中野じみへん セットリスト
①ひとりのたたかい
②ファシスト野郎
③LEARNING TO FLY
④ヒマラヤ杉は知っている
⑤平和の欠片
~アンコール~
⑥結風

23日かけこみ亭 セットリスト
①ひとりのたたかい
②ファシスト野郎
③LEARNING TO FLY
④海の向こうに ※知念良吉師匠のカバー 梅ちゃんボーカル
⑤平和の欠片

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陸前高田ジャズタイムジョニーさんライブから1週間ちょっと。昨日は高田馬場駅からほど近いその名も高田馬場福祉作業所の“アトムフェスタ”(駅ホームに流れる音楽でもお馴染みのご当地キャラ鉄腕アトムに因む)に、5年連続5回目の出演をさせてもらった。ともかく今年はライブがとっても充実している。

毎年思う事だが、毎年呼んでもらうというのは実にありがたくうれしい。「あぁ、またこの季節がやって来たなぁ」という感慨と共に毎年呼んでもらえるということは、そのライブで良い時間が創れているということでもあるだろうから、今年もあの場所での楽しい時間(ライブ)を想定して選曲をライブ運びを考えるのがまた実にやりがいがある。
今回のアトムフェスタでぼくは、40分いただいたライブ本編の中にたいてい1曲は入れる、誰もが知っているカバー曲(「上を向いて歩こう」がほとんどだが)を入れなかった。それはこだわってというより、これまで4回やって来たアトムフェスタライブの自分の実感からの自然な流れであった。全編オリジナルで十分作業所の利用者、その他参加のみなさんに楽しんでもらえる。そんな感触がなぜか自分の中にはあった。ライブ後駅前の安酒場でメンバーと観に来てくれたH川さんと打ち上げた席上でも言ったのだが、あらためて考えてみるとヒット曲の一つもないバンドが、福祉施設に呼ばれて世間に知られていないオリジナル曲ばかりを唄うっていうのは、実に大それたと言うか主催者参加者の希望を無視した仕業に見えるかもしれないけれど、ぼくは本当に4年連続出演して来て主催者参加者に喜んでもらえると思い(多少不安はあったけれど)オリジナル曲ばかりで選曲し、それを心こめて思いきり演奏し唄った。

1曲目の「命でしかないビート」から手拍子をくれる、ライブ会場である食堂にたくさん集まってくれたみなさんの顔を眺めながらの白昼ライブは、やっぱりアトムフェスタならではのステキな空間でありぼくらの叩き出すビートで会話出来るステキな一瞬一瞬であった。新宿区行政とも共同開催であるゆえにぼくらの起用には物議もあるようだけれど、同い年の所長アラーキー君が必ずライブの時は会場に居て「良い歌でしょう!?」とみんなに声をかけてくれる。うれしぃですね~。だからぼくらは目の前の人に届き自由に感じてもらえるライブをやるのみ。勝手にアトムフェスタのテーマ曲と思っている「廃炉!」ももちろん唄いました。科学の子鉄腕アトムもきっと、原発事故後の日本で、相も変らぬ核開発競争の絶えない世界で「廃炉!」と人間の心で唄うはずと思うから。

今年もありがとう!アトムフェスタ!また会いましょう!!

ソウブラ第5回アトムフェスタセットリスト
①命でしかないビート
②HAO
③余計な音
④抵抗のうた
⑤ヘルスよしの
⑥廃炉!
⑦結風
~アンコール~
⑧上を向いて歩こう

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ライブのMCでも言ったけれど、知り合って15年以上経つがまさか江上さんを「監督」と呼ぶ日が来るとは思わなんだ。

昨夜の上映会場は東京駒込にある東京琉球館。江上さんの行きつけの店の一つであり、ぼくも毎年勇造さんや知念良吉さんのライブを観に訪れる。思えば江上さんの行きつけの店とぼくのそれはけっこうかぶっているし、つい数日前には陸前高田市の鈴木旅館で同室に泊まり枕を並べて寝たのだった(もちろん風呂も一緒に入ったりした)。
この短くも充実した東北の旅でも、江上さんは何度か忘れたり壊したりした重たいビデオカメラを持参して映像を撮ってくれていた。どうなるかは分からないが、数年後に世界初のそして最後かもしれないソウブラドキュメンタリー映画がひっそりとだけど意気揚々と世にでるかもしれない。

さて、今回の「蚕の夢」は初監督作品である。大げさに言えば一生その人のデビューとして付いて回る作品である。その重みを創り手の当人はそれほど自覚していないかもしれない。ソウブラで言えば何がデビュー作品となるだろうか?CDで言えば2000年に出した「しるべなきうた」であるが、ジャケットと装丁ライナーノートは素晴らしすぎるのに、肝心の中身は自分に言わせれば悲し過ぎるシロモノで(良い歌入っているし、一生懸命作ったことは作ったのです。が、レコーディングの仕方を良く知らないまま自分たちで作ってしまった)、良くデビューアルバムにその人の全てがすでに詰まっているなんて言われるけれど、ある意味しっちゃかめっちゃかさと言う点ではそうかもしれないが実に辛いものがある。で、個人的にはソウブラのデビューアルバムは1991年初めに世に出したカセット「体温」だと思っている。ところがカセットなのでなかなか現在みなさんに手に取ってもらえない。そのうち余裕が出来ればCD化を試みてみようかしら?

どうも3連休初日ゆえ元気なせいか脱線してしまうが、昨夜の江上監督の上映会は満員御礼で実にうらやましい会となった。
15年の付き合いで江上さんはたいていノープランであることを知っているので、仕事帰りにギター抱えて開場時間に間に合うように現地入りして「今日はどんな感じで?」と聞けば「どうしましょう?」と監督。結局上映前に映画の中で使ってもらった「古い川」を最初1曲歌い(この曲が使われたシーンは監督自身「この歌しかない!」と閃いたというだけあって、観た人たちからも歌と映像がぴったりだったと好評であった)、上映後の監督トーク後に2曲(江上さんの「沖縄のことを歌った曲を」というリクエストに応えて「余計な音」と、これは外せない「抵抗のうた」を江上さんリードの振り付けで歌った)を歌い、パーティーの食事準備にもう少し時間がかかるということでアンコールをいただき「ないしょの話~母の歌集~」を、映画が江上さんのお母さんにも捧げられていることを受けて歌った。

映画「蚕の夢」は、タイトルにあるような蚕の映画ではない。埼玉県東松山市にある、現在はイベントスペースとしてライブや展覧会をやっている元「蚕小屋」を主催する竹間さんやそこに集う人々、竹間さんから畑を借りて東京から通って農作業をするI君たちを江上さんの視点の動きに合わせるかのように撮った群像である。一人を追ったドキュメンタリーではないので、確かに散漫な感じはあるし唐突に感じる場面もあると思う。けれど、これはきっと監督の絶対譲れないところなのだと推測するが、この映画はあくまで3.11後の蚕小屋にまつわる江上さんが撮りたいものを撮れるだけ追いかけた軌跡なのだろうということだ。そして、その軌跡に共感したり面白いと思うかは当然観る人次第。常々江上さんの目の付け所には共感することの多いぼくなどは、この映像の軌跡をなかなか面白く観てしまう。昨夜で計4回観たが(思えばこんなにたくさん同じ映画を観たのは久しぶりである)、やはりぼくは面白かった。勇造さんが出て来るライブシーンではやっぱり観ながらノッてしまうし。

上映後の祝賀会は、残った面々で琉球館の美味しい沖縄料理とお酒でざっくばらんに語り合った。厳しい意見も含めてとっても建設的な激励が監督に寄せられ、ぼくは20年以上前にソウブラの音楽を「雑音」等と何度か吐き捨てるような言われ方をされて落ち込んだことを思い出して、こんな風にちゃんと批評してもらえるのはやはりうらやましいと思った。
というわけで、江上正初監督作品「蚕の夢」琉球館上映会は、満員御礼もその後の楽しい祝賀会もアタシは「江上さん良いなぁ」と思うことしきりであった。そんな場で歌わせてもらってこちらも幸せでありました。お酒も料理もご馳走になり、その上カントクからギャラ!までいただきいやぁうれしかったです。江上監督、今後ともソウブラをじゃんじゃん使って下され(笑)。上映会成功おめでとうございます!

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台風一過の晴れた朝、いつもの駅への通勤路。見慣れたぼくの暮らす街の風景の中に、今朝はまだくっきりと陸前高田の気仙沼の風景がくっきりと浮かぶ。

たったの1泊2日だけれど、ぼくは確かに旅をして来たのだと思う。その証拠にこうして自分の中に大切な新たな記憶が増えている。その記憶を愛おしく思い、それを抱いて今日また3日前と変わらぬ現実にぼくは向かった。
28日に陸前高田ジャズタイムジョニーでその夜ソウブラとライブを共に創ってくれた人たちとの時間(音響機材を提供してくれた共演のヒロボーズさんに感謝!)、陸前高田で過ごした時間、今回もお世話になった旧友Oに案内してもらった場所たち(例によって全くノープランのぼくらを(見かねて?)朝から旅館に迎えに来てくれたO、ホンとありがとう!)、特にリアス・アーク美術館で観た常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」の衝撃は深く強かった。けれどそれは、自分がこれからを生きるために観るべき知るべき思い続け考え続けるべきものであることが、最初の展示写真を観た瞬間から直感した。

かさ上げが終わり、小高い土地がいくつも出来てそれを見上げるように道路を走り、高台の上には大型のショッピングモールが出来ていたり、2年前街を見渡せた諏訪神社の周辺もかさ上げと土地整備が進み、歌に書いた石段を登ることが叶わなくなっていた。2年の間にずいぶん変化した(と言ってもまだまだ新しい街になるまでは長い時間がかかるだろう)陸前高田だけれど、来年9月までは現仮設で営業を続けられるジャズタイムジョニーは2年前と変わっていなかった。店主由紀子さんの佇まいととてもよく似た店の雰囲気。ここからの見え感じる夜の闇。そして打ち上げの優しい味のすいとんやかやくごはんにおでん等々。また来れたことがこんなにうれしい場所はそうない。そして再会した人たちと、新たに出会えた人たち。とっても小さな空間にうれしく愛おしい物語がいっぱいだった。このくらいの空間が一番良い。ぼくはまたそう確信した。そして出来るだけそんな親密な空間で生まれる物語を見つめ聴き感じて丁寧に歌おうと。そうやって自分の中に記憶を刻みその記憶を音と言葉で「伝える意志と伝わる表現」(リアス・アーク美術館の言葉)を心してやり続けて行こう。

FBで宮城からライブに来てくれたTさんが、当日の雰囲気とライブ感マンチクリンの写真をたくさんUPしてくれて、それを眺めては1泊2日のもたらした大いなる旅情に浸っている(旅を同行したさいたまの江上カントクの撮影した映像も楽しみ)。もちろん、ヒロボーズさんたちやみなさんと再会の夜vol.3ライブの約束をした。

ソウブラ陸前高田ジョニーライブセットリスト
①たまゆら
②再会の夜に
③余計な音
④ひとりのたたかい
⑤西村亭の唄
⑥ないしょの話(母の歌集)
⑦ヘルスよしの
⑧抵抗の歌
⑨かさ上げの街を臨みて(2015年8月29日)
~アンコール~
⑩結風

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2018-04