周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ある人は「仏様のような人だった」と言い、ある人は「哲学者のよう」と言い、ある人は「飲んだくれ」と言う。でもぼくにはやはり、伊藤さんはあくまで亡くなるまで“伊藤さん”以外の何者でもなかった。

そんなにしょっちゅう会っていたわけではないし、親しく付き合ったとも言えない。けれど、伊藤敬一さんはぼくにとって、いやソウルブラザーズにとって生涯忘れることのない人であることは間違いない。なにせ、ソウブラを阿佐ヶ谷にあるぽらんに繋いでくれたその人なのだから。

大田区の実家を出て阿佐ヶ谷で独り暮らしを始めたタケサンシン君が、旧中杉通りにあった伊藤さんが雇われ店主をしていた古本屋「ラトナ書房」を見つけて「面白い店がある」とぼくらに教え、彼の部屋に遊びに行くついでだったかその後あるぽらんに呑みに行くついでだったかその両方だったか忘れたが、伊藤敬一さんとあるぽらんにほぼ同時にぼくらは出会った。あるぽらんとは出会ったと言っても、とてもマスターの佐々木さんに話しかける勇気などなく(ウブだったなぁ)、ただただその店のオーラと格好よさに興奮しながら、初めて呑んだウチナン酎(焼酎のシークヮーサー果汁割)にハマって帰りにあるぽらんの階段から落ちるほど酔っぱらった(確かタケサンシン君のアパートで吐いたはず)。

スポットライトをうらやみ浴びたいという若者らしい欲を抱えつつも、ライブハウスに出る気(出る自信)はまったく無く、このお店(あるぽらん)で唄えたらもう死んでも良いというくらいに20代のぼくは憧れ、そんな自分の「唄う場所」を屈折と共にギラギラと求めていた。
結局ラトナ書房に行ったのは(後の元我堂含めて)、おそらく5~6回くらいではないだろうか?と言うのも、伊藤さんがあるぽらんにぼくらを紹介してくれたおかげで晴れてマスター佐々木さんと親しくさせてもらうようになり、ラトナ書房には寄らずに直接あるぽらんに呑みに行くようになったからだ。あるぽらんで呑んでいてもそこで伊藤さんと会うことはまずなかった。嘘かまことか「伊藤さんは出禁だよ」なんて言う人も居たし、そのヨッパライぶりはすでに伝説であった。何となくそんな人なんだなぁと20代のぼくは伊藤さんを軽く認識し、それよりなによりあるぽらんで呑めるようになったことがうれしくて、呑むだけでなくあるぽらんのライブにせっせと通い、いつしかその憧れのステージに立つようになった。

ラトナ書房に初めて行った時、伊藤さんがぼくらが追っかけていた豊田勇造さんの親友であることを聞いて、自分たちも勇造さんに憧れてバンドをやっていることを酒を呑ませてもらいながら一生懸命語り、当時作成していたカセットのことを話すと「家の店で置いてあげても良いよ。あんまり売れないと思うけど」と言ってくれて、ぼくは2種類のカセットを定価500円でラトナ書房に置かせてもらった。これがソウブラが初めて自分たちのカセットをお店で売ってもらった最初であった。
しかし、ぼくらのカセットを聴いた伊藤さんはぼくらの歌に手厳しかった。それはおそらくぼくの力任せに甲高い声で喚くように唄う独りよがりな歌と、何より余裕の無さ(だって20代なんだもん)が、伊藤さんには耳障りだったのだろうと思う。それに加え演奏の稚拙さ、1本の集音マイクでライブ録音した音の悪さが伴いまぁ自分で言うのも何だけれどひどい代物であり、とても売り物にはならなかっただろう。
しかし、伊藤さんはぼくらのその安請け合いして店に置いてしまったカセットを放置はしなかった。あるぽらんに持って行きマスターの佐々木さんにそれを渡したのだ。
7回忌の席でも佐々木さんが、その時のことをカセットの実物を見せながら「伊藤さんが1本も売れないって言って持って来た」なんて面白く話してくれ、ぼくも「厄介払いかよ!」なんて自虐ツッコミ入れて笑ったけれど、おそらく伊藤さんはある確信をもってぼくらのカセットを佐々木さんに渡したのではないかと思う。彼らはここ(あるぽらん)でやったら良いんじゃないかと。あるぽらんが合ってるんじゃないかと。あぁダメだ泣けてきた…。

それから伊藤さんが亡くなるまで、主に勇造さんのライブで顔を合わし軽口叩いたり一緒に呑んだり握手したり抱き合ったりした。京都の拾得での勇造さん30周年記念ライブでも会った。ぼくは伊藤さんにちゃんとお礼を言えただろうか。何度も酔っぱらいながらカセットの話をして言った気もするし一度も言っていない気もする。

あるぽらんでの7回忌では、参加者の誰もが誰とも違う伊藤さんにまつわる良い話をした。佐々木さんは「阿佐ヶ谷の名物男だった」と言った。名物がそこに居ないのはやはり寂しい。13回忌はやらないと宣言された。ソウブラは3人(五十嵐、森田、梅田)で3曲、勇造さんの書いた「いとうくん」と伊藤さんがよく唄っていた「カトマンドゥ・レイン」(よっちゃんと、呼びかけ人の深澤さんも参加)、そしてソウブラの「結風」を心を込めて唄った。

ありがとう!伊藤さん。

今宵のBGMは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの85年発表の「サザン・アクセンツ」。大学生協の中古レコード市で初めて買った彼らのレコードにして、ぼくの一番好きなアルバム。A面1曲目の「レベルズ」はロック史上最高の曲の一つだとぼくは思う。何度聴いても胸が熱くなり一緒に叫びたくなる。「サザン・アクセンツ」は初めての独り暮らしで、故郷に対する愛憎交わる不思議な感情を初めて抱いた時にとっても慰められた。孤独の淵に居たぼくを救ってくれた。ぼくの大好きなうた唄いが一人この世界から居なくなってしまった。そして、歌はあまりにも確かにありありと残る。これからもずっと。

BG酒はシリアルナンバー入り山崎蒸留所のシングルモルトウィスキーをストレートでちびり。献杯のつもりで。

ではまた、ロケンロール!


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吉祥寺のろ3人ソウブラライブ終了! 

2017/10/01
Sun. 22:16

昨日の夜中(正確には今日)、のろライブ&打ち上げ後いつものように京王線の稲田堤駅からてくてく20分以上歩き、団地へ続く長く古い階段を上っていると、いつもはギターを背負いバックを提げて上がるのが辛いばかりなのに、なぜかこの夜は不思議な幸福感に包まれた。

階段の途中で足を止め、この街の静かな夜景や森を眺めながら思わず「良い街だなぁ」と独り言が口からもれ、今夜も好きな場所で好きな歌を唄い、それを観に来てくれた人が居てそんな人たちと語らい酒を酌み交わし自分の眠る場所へ帰って来れたことが、これまで何回と繰り返してきたことなのにこの夜は妙に心に沁みて幸せだなと思えたのだった。
20棟ある団地は、深夜でもまだ灯りの点いている部屋がいくつかある。そう言えば今夜母ちゃんはママ友たちとの夜の飲み会でどこかの部屋にお邪魔しているはずであった。はたしてどんな話題で盛り上がっているのか、父ちゃんは父ちゃんで散々楽しんできたから母ちゃんもゆっくり楽しんでおいで。

いつの頃からかソウブラは「生活バンド」と呼ばれるようになった。ぼくは自分で意識したわけではなく、ただ思った事感じた事をそのまま歌にし続けて来たら、自然と生活の一場面にそこで感じる喜怒哀楽を乗せて唄うようになっていた。決まったテーマなどないしタブーも無い。むろん売れ線を狙うこともない。本当の生活はそんなことに色気を出す余裕などない。生きて働いてつまずいて笑って泣いて飯食って寝て嫌って愛して現実を見つめて文化や歴史に救いや答えを求めてその営みの根柢に自然を感じつつ…。
そんな中でバンドやって歌を書き唄って来た。多くなくてもそんな歌を聴いてくれてぼくらの唄う生活の喜怒哀楽に共感を寄せてくれたりうれしい言葉をかけてくれる人が居る。そんな人たちと一時を共にしてまたお互いの生活に帰って行く。

吉祥寺のろという、とっても小さく親密な空間でのライブは特にそんなぼくらの生活バンドぶりが出るのかもしれない。のろでライブをやっていると、最初はどうしようかとおっかなびっくり始めるライブが、進んで行くうちにどんどん格好つける必要などないと開き直ると言うか、否が応でも自然体でやるしかなくなってしまう(MC含めて)。なにせお客さんの間近で生音で演奏し唄うのだ。ギターの森田君ではないけれど「自分の部屋で弾いてるみたい」くらいの感覚になって然るべき空間なのだ。
昨夜はうた唄い仲間(って呼んじゃいますが)や敬愛するギターレジェンド(イェーイ!)、そして以前から企画したイベントにぼくらを呼んでくれる人、かれこれ長いお付き合いの人たち、いつも応援してくれている同僚たち、思えばとってもステキな人たちに囲まれてのライブであった。深夜の団地へ続く長い階段の途中で感じた幸福感は、そんなステキなお客さんたちがもたらせてくれたものでもあったのだろう。こんな営みをひたぶる死ぬるまで続けて行く事に、生活を唄い続けることになんの迷いもない。このまんま続ける。どこを目指す必要もない。歌が出会わせ導いてくれるままに。

昨夜ののろライブを一緒に過ごし創ってくれたみなさんに心から感謝!

吉祥寺のろ3人ソウブラライブセットリスト
①たまゆら
②夜長
③いつか 高田渡さんのカバー
④ひとりのたたかい
⑤ファシスト野郎
⑥日本が見えない 詩 竹内浩三
⑦望郷 詩 竹内浩三
⑧キャッチボール

⑨古い川
⑩西村亭の唄
⑪まほろばの森のタマノカンアオイ
⑫普通の暮らし
⑬かさ上げの街を臨みて
⑭ないしょの話(母の歌集)
⑮ヘルスよしの
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰抵抗の歌※江上さんナイスパフォーマンスでした!

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国分寺giee「抵抗の歌の歴史ライブ編」終了! 

2017/09/24
Sun. 22:00

先週の水曜の夜は吉祥寺のよろづ湯、金曜の午後は大田区池上のH松温泉、そして今日は夕方我が地元読売ランド駅前通りの銭湯ヘルスよしのと、銭湯三昧でありました。何だかぜいたくし過ぎてちょっと罪悪感を覚えるほど。こんな時に口から突いて出る歌は、岡林信康氏の名曲「申し訳ないが気分がいい」。

9月も後半と言うのに森ではまだ法師ゼミが鳴く今年、キンモクセイの匂いも漂いどうにも気持ちの置き所がない感じだが、自然に文句を言いようもない。ましてやこの季節の不順が半ば人為の可能性大ならば、逆に自然に申し訳ないくらいだ。
そんな自然、人の世共に不順な中での昨夜の国分寺gieeさんでのライブ「抵抗の歌の歴史」は、4組(5名)の出演者たちがそれぞれの「抵抗の歌」を唄い合うという稀有で充実した内容のライブであった。ライブテーマ、そして人選共gieeの店主である三輪さんの采配と、生み出されるであろうライブ空間の見立ての確かさが光った約3時間だった。

一人でライブをすることはこれまでも何度もあったけれど、ぼくは弾き方も歌い方もバンドでやる時と全く同じでやっていた。つまり、バンドから音が減ってぼく一人になっただけであった。考えてみればそれは引き算であり、バンドの方が良いに決まっているパフォーマンスであった。そんなやり方に自分で不満を感じながらもそれを打破する機会もなくやり過ごしてきたのだが、何度かバンドでもやりソロでも歌わせてもらったgieeでの2度目のソロライブが決まったので、この機にぜひバンドライブの引き算的音ではない、あくまでソロの弾き語りで完成したライブをやりたくなり、それを想定した練習を試行錯誤しながらこの1週間毎夜(でもないけれど)続けて、当日歌う予定の6曲中3曲を指弾きアルペジオで弾き語るアレンジにしたのだった。

果たしてそれが上手く行ったか行かなかったかは、昨夜のライブを観てくれた人たちの判断であるが、自分としてはそれをもっと追究しても良いだろうという感触を得ることが出来た。ピッキングミスはあったものの歌の持つグルーヴは途切れさせずに唄い切れたのではないだろうか。なにより清々しいチャレンジであったし、昨夜出演した5人それぞれの自分の歌に対して持っている思いが聴く側に直截に伝わる空間に関われたことが心地よかった。

元々昨夜トリをつとめた語り歌の名手館野公一さんが大学で「抵抗の歌の歴史」を講義したことから、その“実践編”ということでこの夜のライブが企画されたわけなのだが、講義をした館野さん以外出演者はその講義の内容を知らない(※7月28日にgieeで一度「抵抗の歌の歴史」は講演されていて、マッキ―君はその時参加して聴いていたとのことでした)。それでも昨夜の5名(モンド&モンタさん、栗原優さん、野村昌毅(マッキ―)君、五十嵐、館野公一さん)のライブは、やはり「抵抗の歌」以外の何ものでもなかった。社会を見据えつつも全く違う表現を同じシンプルな編成で唄い合うというのは、それだけで“長いものには巻かれろ”の大勢順応に真っ向から反した証左であるし、5者5様で狭量な自己主張や勝負主義、排外主義とは全く無縁に「抵抗の歌」の下に唄い合えたのは、いわゆるライブハウスのローテーション的ブッキングライブではないgieeならではの企画だったからだと思う。そういう意味でも、それ以外のいろんな意味でも昨夜の国分寺giee「抵抗の歌の歴史 ライブ編」は清々しいライブであった。出演者のみなさん、たくさん来ていただいたお客さん、そして三輪さんありがとうございました!お疲れ様でした!!

抵抗の歌の歴史 ライブ編 五十嵐正史セットリスト
①ヒマラヤ杉は知っている
②ひとりのたたかい
③日本が見えない 詩 竹内浩三
④望郷 詩 竹内浩三
⑤ないしょの話(母の歌集)
⑥抵抗の歌


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ソウブラたらまガレージ初ワンマンライブ終了! 

2017/09/11
Mon. 22:26

6月に下見を兼ねて、WCカラスさんのライブを初めて所沢は小手指にあるたらまガレージに観に行った。

小手指駅から散々道に迷って、1時間かかってやっと辿り着いたそのガレージ(脇に居酒屋たらまを併設)の佇まいに、ぼくは一目ぼれをし、その日のカラスさんの最高にリラックスした気持ち良いライブを堪能しながら、ここはソウブラにもぴったりな空間ではないかと一人夢想していた。でも、いくらバンドにとってぴったりな空間でもお客さんにとってどうなのかはライブをやってみるまで分からない。何よりお客さんが来てくれるのかがともかく分からない。

昨日の客入れ前のリハーサルで、今年80云歳になるたらまガレージのお父(とう)が自ら建てた八百屋の店舗スペース(1960年代にお父夫婦は沖縄から移住して来た)を、さらに自力で改造して造り上げたガレージで唄うのは最高に気持ち良いことを実感した。音の響きも最高。ほぼ毎月2回、WCカラスさんはじめ名だたるミュージシャンがここで繰り返しライブをする気持ちが良く分かる。普通のライブハウスじゃ決して出せない場力と味のある空間だ。

そして迎えた開演時間。すでにこちらはお父と打ち解けて早くもリハーサルの練習(笑)。声をかけてくれた主催の佐久間さんと「このまま客来なくて打ち上げになっちゃったりして」なんて一抹の不安を笑っていると、同僚K田さんがやって来て送迎車からはF君とH川夫妻が現れる。そして、7年ぶりくらいの再会の所沢在住の元同僚で、とっても仲良くしていたK君一家が4人(ホンとありがとう!うれしい再会だった)!で来てくれる。そんな感じでぞろぞろとお客さんが集まって来て、開演後には先日のスペースCライブにも来てくれたSさん、Tさんカップルが京都から!ご来店。良い感じで席が埋まり、そのほとんどが(ソウブラも含めて)初めてのたらまガレージ体験なはずなのにみんなとってもリラックスしてソウブラライブを楽しんでくれます。たらまのお父は最前列でノリノリです。これが演奏し唄っている側にうれしくないわけがない。ノらないわけがありません。あぁ、これがみんなで創るライブ。俺たちの目指す普段着なライブ。そんなうれしい気持ちに包まれて、アンコールの「結風」(この歌をぜひ歌いたかった)までソウブラたらまガレージ初ライブをゆったりと駆け抜けた。

たらまガレージ恒例、息子さん手作りの美味しい料理をたっぷり味わっての打ち上げも、笑い声と歌声とライブ中もお父が連発してくれた沖縄宮古地方の方言で「最高」「上等」の意味の言葉「ズミ~!」連呼の中楽しく過ぎた。またまたぼくらは大切な場所と出会わせてもらった。そんな場所が一つ自分の中に出来ることがどれだけ自分を豊かにしてくれることか。生きることの楽しみが増えることか。ライブを観に来てくれたかつてのタケサンシン山村君と梅ちゃんの上司でもあるH川さんが、最近自費出版で上梓した本のタイトル「縁に生かされて」をぼくもまた実感している。人を生かすのは権力欲でも支配欲経済力でもない。ましてやどこまでも右肩上がりの上昇志向でもない。人の生き様がそれをちゃんと証明している。名だたるミュージシャン達がたらまガレージでライブをする在り方が証明している。その端っこにソウブラが仲間入りさせてもらった昨夜は記念日としてぼくは忘れないだろう。そしてお父にも約束したから、また必ずソウブラはたらまガレージでライブしに行きます!昨夜観に来てくれたお客さん達との再会と新たな出会いを願いつつ。

ソウブラたらまガレージライブセットリスト
①たまゆら
②この素晴らしくない世界で
③再会の夜に
④ファシスト野郎
⑤ひとりのたたかい
⑥日本が見えない 詩 竹内浩三
⑦まほろばの森のタマノカンアオイ
⑧キャッチボール

⑨古い川
⑩この星に日が昇る間の話
⑪西村亭の唄
⑫普通の暮らし
⑬ないしょの話(母の歌集)
⑭ヘルスよしの
⑮命でしかないビート
⑯三ツ星さん 詩 竹内浩三
~アンコール~
⑰結風

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大森カフェスペースCワンマンライブ終了! 

2017/08/27
Sun. 21:25

今日の夕方、ヘルスよしのへ行く前に森を歩いていて秋の訪れを感じた。

残暑であるものの、明らかに風が渇き空気の匂いが変わっている。毎年訪れ方は違って判で押したような機械的なことは絶対ないけれど、やはり変わらずこうして秋はやって来る。そんな自然の端っこであーだこーだと営みを続けている自分の小ささを否応なしに知らしめる。だから森が大好きだ。驚いたことに今年は早くも彼岸花が咲き出した。ぼくが知る限りこんなに早く彼岸花を見たことはない(彼岸花は梅、ヤマツツジと並んでぼくの大好きな花)。

森を歩き、ヘルスよしのの一番風呂に浸かり昨夜のライブのことを思う。これがぼくのきっと死ぬまで変わらないだろう至福の一時。そしてそれは働くだけでない、バンドをやり人前でパフォーマンスしているからこそ味わえる最高の一人の時間。金では買えない金はなくとも得られる幸せ。

ライブ前日の金曜の夕方、スペースCオーナーであるIさんから緊急事態を告げられ(Iさん宅マンションが火事になり、Iさんがライブ当日店に来れなくなった)、急きょライブ中止の提案を含む相談があり、ぼく自身どうしようか悩んだ。確かに客が来ると言ってもたいてい数人であるし、特に最近はスペースCのお客の半数以上がぼくの働く施設の利用者や同僚なので、連絡付けられる人に中止を伝達し、後は当日開演時間までぼくが店に居て来てくれた人に事情を説明することを考えてみたが、やはりそれは何とも淋しいサタデーナイトではないか!?ひょっとしたら思いがけずソウブラライブを楽しみにしたお客さんがたくさん来るかもしれない。とっさにぼくはIさんに、店だけ借りて仕切りも含めて完全ソウブラ自主企画でやらせてもらえないかと懇願していた。そうして結局無理言って、Iさんに終演時間を見計らって戸締りをしにだけ店に来てもらうことで了解してもらった。

ライブをやることには決めたが、どういう風にやるかは一晩で考え当日は自分たちだけで準備してやらなければならない。大がかりなことは出来ないし、ワンコインで食べられる美味しいライブメニューの食事を楽しみにして来る人も居るだろう。さぁどうしよう?と言ったところで出来ないものは出来ないのだ。ぼくは完全セルフサービスで料金箱を設け、持ち込み自由で市販の乾きものだけを提供することにした。ライブメニューも楽しみにして来てくれた人には、ソウブラの音楽のみでお腹いっぱいにさせてあげねばならない。あらためてパフォーマンスだけに集中出来ない事態に少し憂鬱になったが、それもまたソウブラらしいじゃないかと腹をくくった。

ライブにはもちろん楽しみにして来てくれた施設の利用者たちと、何と6月末に京都で一宿一飯の恩義を受けたS&Tさんカップルも京都からスペースCに初来店!おなじみあねごもいつものように愛車で駆け付けてくれて、常連さんも合わせて総勢11人が集った。冗談抜きで2ケタのお客さんが来てくれると言うのは本当にいつも切実な目標であり、達成されるとドーッと安ど感に胸をなで下ろすのだ。当然ライブパフォーマンスに大いに影響する。いやぁ中止にしないで良かった。見当つかないまま飲み物&乾きものの買い出しがんばったかいがあった。

今回のスペースCライブは当ブログでもさんざん書いたように、18曲全編エレキギターを弾き唄った。
やってみた実感としては、曲によっては(特に「ひとりのたたかい」)、アコギでは決して得られないガチャガチャとエレキでローコード掻き鳴らす自分の大好きな音が出せて、弾いていてメチャクチャ気持ち良かった。逆に曲によっては「これはアコギの方が良いな」と思える曲もあって、結論から言えば両方持って来て曲によって使い分けるのが一番ということなのだが、それは出来ない相談ね~♪(by中森明菜)。そのうち3人の子どもの誰かが日雇いでローディーやってくれないかしらと淡い期待を寄せるのでした。

急ごしらえの完全自主企画ライブもみんなで創り上げて何とかやり切り、解放されて打ち上げも楽しく呑んで、登戸まで帰り道が一緒のF君と良いコンころ持ちで車中話しながら、一人生田駅でエレキギターとパンパンに荷物の詰まった(余りもの等を持ち帰ったため)カバンを提げて降りると、久しぶりに「だめだ、1歩も歩けない…」状態になり、団地までの20分近くかかる登り坂道を完全にあきらめてタクシーで帰った。750円が全く惜しくなかった。

昨夜の初エレキライブの動画を、ひろこちゃんが12曲!上げてくれました。やっぱアコギと違ってエレキは音がキラキラしてる。次はいつになるか分からないので、ぜひぜひ昨夜のライブを見逃した方、ご覧ください。そして、ソウブラライブの現場にぜひぜひお運び下さい。
Sさん、TさんスペースCご来場ありがとうございました!再会とってもうれしかったです。

ソウブラスペースCライブセットリスト
①変わらない夜道
②再会の夜に
③キャッチボール
④余計な音
⑤ひとりのたたかい
⑥日本が見えない 詩 竹内浩三
⑦ファシスト野郎
⑧終わり始まる日のあの場所まで

⑨ボール&チェーン
⑩まほろばの森のタマノカンアオイ
⑪西村亭の唄
⑫古い川
⑬生きて行こう 暮らして行こう 歌って行こう 重ねて行こう
⑭ないしょの話(母の歌集)
⑮ヘルスよしの
⑯命でしかないビート
⑰三ツ星さん 詩 竹内浩三
~アンコール~
⑱ワン・ギター

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2017-11