周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

きょうされん東京大会2017ライブ終了! 

2017/05/03
Wed. 22:40

今年も去年と同じように、代々木オリンピック記念青少年総合センターで見上げる空はどこまでも青く快晴で、日差しはこの年一番の眩しさで地上を照らしライブを終えて会場を後にするぼくらを感嘆させた。

自分の内にあるものを出し尽くした虚脱感と、反比例するように満たされる肯定感。時々味わうかつて大好きなパンクロッカー故ジョー・ストラマーが言った「自分の居るべき場所でやるべきライブをやった」という言葉そのままの達成感に、メンバー全員が包まれたきょうされん東京大会ライブが今年も終わった。

昨年から半ばサービス、半ば次に自分の歌を聴いてもらうための“掴み”として唄っていたカバー曲(たいていがソウブラ風にアレンジした「上を向いて歩こう」)を唄う必要がなくなり、今年も最初からセットリストに入れず全曲オリジナルで臨む。と言うのも、もう定番の何曲か(「新しい日々」「結風」「廃炉!」等)は歌詞をみんな覚えてくれていて、イントロが始まればみんなノリノリで応えてくれるからだ。後はみんなのノリと全身で楽しもうとする気持ちをこっちがちゃんと受け止めて、実際出来はしないが倍返しするつもりで魂込めて演奏し唄うだけだ。

しかし、昨日ライブをしていてふと感じたのは、ライブをするぼくら以上に、きょうされん東京大会に参加しているたくさんの障害当事者(多くが知的障害の人たち)と、彼らに寄り添い一緒に楽しんでいるスタッフたちの方がぼくら(ソウブラ)を無条件に受け止め受け容れてくれているのではないかということだ。
この日どうしても唄いたかった「命でしかないビート」を、相模原事件のことを話してから演奏を始めると、車椅子の男性が上半身をゆすって強くリズムを取りながら両手を叩いてビートを刻んでいるのが見えて胸が熱くなった。ぼくは「みんなの命でしかないビートを鳴らそう!」と叫び、途中からは湧き上がるままの咆哮を上げながら会場を満たしているビートに身を任せたのだった。
「最後の曲」と紹介して“結風”を唄い出そうとすればその時点で「アンコール」が起こり(笑)、異例の本編最後の曲を唄う前にアンコールをやる宣言をして、そのもらったアンコールの声にはしっかりと「廃炉!」のうれしいリクエストが付いていた。理屈抜きに音楽をシンプルに感じたまま楽しんでもらうのはもちろんうれしいが、やはり歌詞を書き意味ある歌として言霊を乗せた言葉を届けたいぼくは、どんな風であっても「歌」が伝わっているのを感じるのが何よりもうれしい。中でも100%メッセージだけで出来ていてここのステージで7年歌い続けている「廃炉!」をリクエストしてもらうのは、メッセージシンガー冥利に尽きるというものだ。

ボーカルは会場備え付けのワイヤレスマイク、マイクやアンプ類は持ち込んだり東京大会参加施設が持ち寄ってくれたものを借りてのモニターもないシンプルな音響設備で、数百人入る会場で大盛り上がりの中ライブするからこちらは互いの音を何とか聴き取りながらの演奏となるが、このような環境でライブさせたらソウブラの右に出るバンドはそうはいないのじゃないかという自負はある。それで十分自分たちを燃焼させ自分たちの音楽を表現出来る。なんもかもお膳立てされて「さぁ、どうぞ!」としてもらう場所でしかやったことのないバンドとは鍛え方が違います。

ライブ後、こちらは名前を知らない人(毎年ここで会える人も多し)から「五十嵐さ~ん!」と声をかけられ、握手したりハイタッチしたりして再会を約す。続くこと、続けることの大切さありがたさかたじけなさが身に沁みる。今年もありがとうでした!きょうされん東京大会。

きょうされん東京大会2017ソウブラセットリスト
①この素晴らしくない世界で
②新しい日々
③君と同じ
④命でしかないビート
⑤結風
~アンコール~
⑥廃炉!

今日(5月3日)は、多摩区憲法まつり&ピースパレードでパレード直前ソロで1曲入魂「ファシスト野郎」を唄いました。
会場である登戸三角公園の子ども広場で、息子と割り箸ゴム鉄砲を作って遊んだりご近所さんのF君が見事なコマ回しを披露、息子に伝授してくれる等なかなか充実の一日。けれど、先週来から続いた呑みで小遣いが早くも残り半分になってしまい、GWの資金稼ぎに夕方町田へCDを売りに行き、4000円強GET。1回以上の呑み代は取り戻せた勘定。5月はまだ始まったばかりだぞ~(涙)。

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今夜は仕事帰りに登戸駅で下車して、再開発真っただ中(やらないでほしかった。絶対武蔵小杉のようにはしてほしくない)の更地の目立ち出した路地を歩き多摩区役所と併設した多摩市民館へ。

ギターとライブ道具を車で持って来てくれた母ちゃんと待ち合わせて、大ホールで開催されている「たま憲法大集会」に途中から参加する。
改憲の企みと流れが止まない施行70年の日本国憲法を、地域から見直し再評価し選び直す取組みに異議はない(さらに安保破棄)。特にぼくは第9条の完全実現を、自分の生涯かけてこの国と社会がどうなろうと捨てることなく追求したいと願う者だ。

そして、この地元川崎市多摩区の憲法大集会の第二部(第一部では、作曲家の池辺晋一郎氏と無言館館主の窪島誠一郎氏の対談であった)後半の市民からの発信の最後で、ぼくが登戸研究所保存の会からの発言として「ヒマラヤ杉は知っている」を弾き語ることになったのだ。
会の進行、段取り、ステージ前の準備等は全て当日会場で確認。ぼくの持ち時間はわずかに5分、「ヒマラヤ杉は知っている」を歌ったらちょうど終わってしまう。これでは朗読劇のことを紹介出来ない。今日は仕事中もどうやって5分で登戸研究所のことと朗読劇のことを説明し唄ったら良いか考えていたが、どうやっても5分では収まらないのであった。

大ホール客席に400人近く(後から聞いたら参加者650名!だったそうな)入ったのではと思われる舞台に他の発表者たちと立てば、一番前に時間を知らせる係の人が居て1分前とか30秒前とか大書された紙が発表者に向けられている。あれを出されると何か気が散るなぁと舞台で思いつつ、ぼくは自分の出番となってマイクが歌とギターの前に置かれると、ごくごく簡単に登戸研究所で戦時中に行われたことを朗読劇にして公演していることを語り、その朗読劇のテーマ曲を書いたのでこれから唄うがあらかじめ持ち時間をオーバーすることを宣言してから歌に入った。これでぼくは多少楽になった。客席はちょっとタイムオーバーするくらいかまわないという雰囲気になってくれたので、存分にフルコーラス「ヒマラヤ杉は知っている」を大ホール中に響かせた。1曲必中だったから声も良く出ていたと思う。音の響きが良いから気持ちもずいぶん入った。

と言うのも、地元の大きなイベントということもあって実に顔見知り、ご近所さんと多く遭遇し朗読劇団の仲間も大勢来てくれた。何と団地のお隣さんとも会って、「これは下手は打てんぞ~」と良い意味気合いが入りました。こんなに熱くこの歌を唄ったのは初めてじゃないかしら?やはり、登戸研究所が実際にあった町のリアルな場力がそうさせたと思うし、ぼく自身が登戸研究所のことを伝えて行く朗読劇にやりがいを感じているからだと思う。社会情勢がどうなろうと政治が底なしに腐り続けようと、やるべきことを、人間として在るために大切なことを、自分に出来ることでやり続けるだけだ。それが、こんな大好きな地元のイベントで出来ることもまた楽し。

今年のゴールデンウィークは、5月3日に登戸駅近くの通称三角公園のピースパレードに先立つイベントで唄い、14日は毎年参加している多摩川近くの市営住宅中野島住宅前の公園で開催される、地元の脱原発イベント「お日さま春祭り」で唄う。小さな地元のイベントでそれぞれ3~4曲だけれど、ぼくはそうやってソロで唄うことにもけっこうやりがいを感じている。早速「ヒマラヤ杉は知っている」のリクエストも来ているのだ。

今夜は久しぶりに母ちゃんに手伝ってもらって2人でやったライブ(母ちゃんは出演しませんが)。帰りの車中「どうだった?」と聞くと「音良かったよ」とのこと。考えてみればもう子どもたちだけでちゃんと留守番出来る。週に数回稲城のカフェ「宇宙さんぽ」のお手伝いにも行っている母ちゃん。この春の我が家の動きの中で何気に母ちゃんが一番大きく動き出したのかもしれない。ホンと頼りがいある我が家の大黒柱である。お疲れさんでした。

明日はアタシの誕生日、ソウブラの仲間とよろづ湯入ってのろ呑み行くぞ~。

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完全燃焼のライブから一夜明け、4時間強の睡眠時間でいつもの南武線通勤電車に揺られていると、人身事故で乗換駅一つ手前の武蔵中原駅で電車が停まってしまい、一駅分高架下をひたすら歩く。

比較的事故の少なかった南武線も、武蔵小杉駅に横須賀線が乗り入れ街がスニーカータウンだかなんだか知らぬが超高層マンションが乱立するすさまじいビル風吹き荒れる残念な光景になったのと期を一にして、乗降客が激増し事故も増えた。今日は小田急線でも人身事故があったらしく、自然界では命が芽吹く春にこう人間ばかりが自ら命を絶って行くというのは、どう考えても人間がもはや本来の命を全う出来ていない異常事態である。この社会は確かに病んでいる。

にもかかわらず、人身事故があって通勤電車が停まれば生きている人間たちはただ舌打ちをして、亡者の行進のように歩いて次の駅に向かう。ぼくもまたその中の一人となりながらそのことを悲しく、これが異常な光景であることを忘れまいと心に留める。
そんな風に亡者の行進の中に居ながら異常を異常と感じることが出来るのは、昨夜のイーサン食堂での勇造さんとの人間本来の在り方を思う存分実感しそれを心から楽しめる時間を過ごせたからだとつくづく思う。そう、ライブとは、ライブの場とは人間本来の在り方を実感する一時。だから「生きるための歌」なのだ。

イーサン食堂での勇造さんライブで前座を務めさせてもらって20年が過ぎた昨夜は、昨年以上にさらに良いライブになったと断言出来るのがまずうれしい。ソウブラがこの後歌う勇造さんを意識した選曲で、豊田勇造&ソウブラをセットで楽しもうとしてくれているイーサン食堂ならではの最高のお客さん達を前に唄えば、勇造さんは1曲目をぼくが唄った亡き母親とのコラボ曲「ないしょの話」へのアンサーソングと言って「夢で会いたい」からライブを始める。それがぼくらのライブを聴いた上でその場で決めた選曲であることは、楽屋で一緒に居たから良く分かる。自分のライブ後まだ汗がひかぬ身体に冷たいシンハビールを流し込みながら、師匠からのアンサーソングを浴びる幸せよ。それだけで10年は長生き出来そうな気がして来る。こんなライブを誰もが体験出来たら、ハリボテに囲まれ狭く閉ざされた世界で命を自ら絶つ必要など感じないだろう。

来年で開店25年目を迎えるイーサン食堂には、今やしっかりと店内にその年月が刻まれ、それがそのまま店長であるNさんとTさん夫妻の生き様、生きてきた証である。そんな店内で日本一美味いタイ料理を食べれば、これまた人間本来の在り方を味覚が思い出すはずだ。イーサン食堂に初めて訪れた同僚のK田さんは、すっかりイーサン食堂のタイ料理の美味しさとここでの勇造さん&ソウブラライブを気に入ってくれて、「来年も必ず行きます!」と宣言してくれた。

昨夜ソウブラが唄った曲の中で、やはり「ないしょの話」がとても好評であった(「CDに入ってないの?」と何人かに言われた)。勇造さんもすごく誉めてくれ、コーラスの梅ちゃんがソロで唄う部分を含めて唄い方も良いと言ってくれた。「この歌でやっと柔らかく唄うことが分かった気がしている」とぼくが言うと、師匠は「自分が作った歌に自分自身が育ててもらうことがあるんよね」と返してくれる。ぼくは深く頷くばかり。食堂2階の元宴会場&ライブ会場だった楽屋でそんな風に師匠と語り合って過ごす時間もまた、人間本来の在り方を味わわせてくれる大切な大切な一時なのだ。

年に一度ここで必ず会えるお客さんたち(Sさん、手作りのマーマレードありがとうございました!)、初めてイーサン食堂に来た30年来の勇造さんファンで、初体験の勇造さん&ソウブラライブを堪能してくれたKさん(from大田区)ありがとう!
何よりずっと在り続け、この「生きるためのライブ」を主催し続けてくれるイーサン食堂に心から大感謝!!

武蔵中原駅から武蔵小杉駅までの一駅分20分強の行進の中、ぼくは昨夜のことを思い出してはうれしい気持ちになって、これだけではないハリボテ外の広い世界を生きていることを実感していた。

イーサン食堂ライブソウブラセットリスト
①この素晴らしくない世界で
②ファシスト野郎
③ないしょの話(母の歌集)
④ヘルスよしの
⑤ワン・ギター

勇造さんとの共演曲
・アンディーズブルーズ(w森田)
・マンゴーシャワーラブレター(w森田&山村)
・いとうくん(wソウブラ)
・戦争の親玉(wソウブラ)
・ハンクウィリアムスを聴きながら(wソウブラ)
・大文字(wソウブラ)
~アンコール~
・満月(wソウブラ)

※次のソウブラライブは、5月13日(土)これまた大好きな場所(でばかりソウブラは唄わせてもらってます)吉祥寺のろでの3人ソウブラ(五十嵐、森田、梅田)生音ライブです。営業継続でがんばっているのろにぜひぜひぜし!ご来店下さいませ。お願いします!
5月13日(土)吉祥寺のろソウブラ(3人バージョン)ライブ
18:00開場 19:00開演 2000円(ドリンク別)
吉祥寺駅北口徒歩4分 みその通り沿い 0422-20-5117

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大森カフェスペースCワンマンライブ終了! 

2017/04/16
Sun. 22:11

今日の午後、団地の公園で初めて息子とキャッチボールをした。

先日同じ団地の友人から子供用のグローブとボールをもらって大喜びした息子に、今日のキャッチボールを強く約束させられていたのだった。
我が家のある棟から歩いて数十秒のところにある通称八角堂公園(この辺りで発掘された奈良後期~平安初期の廃堂跡の形式に因む)は、かつて長女が毎日一輪車に乗る練習をした公園であり、次女も通った団地の自主保育の運動会場でもある。

初夏を思わせる午後の日差しを浴びて、高台の公園から周囲の森や遠くの街並が見渡せる中、いよいよ7月26日に心臓手術の決まった小学2年生の息子とキャッチボールに興じれば、思いは遥か40年前千葉県は旧関宿町の田んぼの真ん中に町で初めて建てられた住宅地の路上で、親父とキャッチボールをしていたやはり小学2年生の自分へと巡る。
あの時も我が家にあったのは、当時仕事仲間と草野球を始めた親父のグローブ一つだけ。そのグローブをぼくに使わせ、大人用の軟球ボール(A級だったかな?)をぼくに力一杯投げさせ親父はそれを涼しい顔して素手でキャッチしてはぼくに投げ返した。
その親父とのキャッチボールのことを、ぼくは学校の宿題か何かで詩に書いて廊下に貼り出された覚えがある。詩の中身は全く覚えていないが、ぼくの全力投球を素手でキャッチする親父の手をグローブに見立てて書いた事と、滅多にぼくのことを誉めなかったお袋がこの詩のことをとってもうれしそうに誉めてくれたことだけは良く覚えている。今思えば彼女自身が歌人であったから息子の書いた詩に強く反応したのだと分かる。しかし、後年息子がパンクロックの歌詞を叫ぶようになると反応は一転冷ややかなものになり、バンド活動には亡くなるまで反対であった。

息子がもらったボールは、ビニールボールより硬く軟球よりは柔らかい合皮で硬球っぽくみせたものだったので、一つしかないグローブを息子に使わせぼくはあの時の親父のように素手で息子の球を受けた。30年以上前までは野球少年で中学の弱小野球部主将だったぼくがそれらしいフォームで球を投げ、何処へ投げられても上手く素手でキャッチする姿に息子が驚き一目置くのを感じていささか得意になる。どんなことであれ子どもから「父ちゃんすげぇ」と思われるのはうれしいものである。
キャッチボールから、100円ショップで買ったプラスチックのバットでのバッティング練習に移ると長女と次女もやって来て一緒に加わった。現在の我が家のプチ野球ブームに火をつけたのは他でもない、三度の飯よりプロ野球に夢中な長女である。

現役陸上部員で今年引退の長女はさすがに強い球を放る。次女はもっぱら応援&見物。フライの捕球練習をしたいというので、ぼくが空中高くボールを投げれば子どもたちがキャーキャー言いながらボールの落下地点を右往左往する。中学時代はセンターを守り肩は割と良い方だったから、今も結構高く放り投げることが出来る。主将として顧問の先生の居ない時はノックもやっていたので久しぶりにやってみると、これまた体が割と覚えており色んなゴロを打ち分けて子どもたちに守備練習もさせた。
そうやって3人の子どもたちと野球をしながら、40年前はまさかこんな日を自分が迎えることになるとは当然思いもしていなかったことを不思議な気持ちで感じる。そうしたらふと、昨夜のスペースCワンマンライブでお袋の短歌とコラボした「ないしょの話」の後に続けて久しぶりに唄った「よそ者のバラッド」の歌詞が思い浮かんだ。
“愛しくてならない 愛しくてならない 共に暮らす人が 共に生きる人が 愛しくてならない 愛しくてならない”~よそ者のバラッド~

公園で野球した後の銭湯ヘルスよしのの極楽度と言ったら、いちいち書くまでもない。7分袖のシャツに半ズボンの薄着でちょうど良かった湯上りの夕暮れの風にあたる心地良さもまた書くまでもない。言葉になりません。
今歌いたい歌うべきと自分が思う歌を、多くない人を前に小さな場所で存分に唄い、愛する者と小さな場所で暮らし生きる。自分のリアルな現場で出来る限り人間本来の在り方を貫き働き働きかけて行く。14日夜の国立かけこみ亭での知念良吉師匠のライブであらためてそのことを胸に刻み、昨夜のスペースCで目の前のお客さん達にその思いを伝えることが出来たと思う。大きくやることはない。無理に広げもしない。ネットワークも要らない。けれど確かに繋がる。これからもそうして行く。何より力は要らない。数を求めない。当然の如く例外で在り続ける…。

今宵のBGMはピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。
BG酒は麦とホップ(今日は暑かったせいかやけにこの手の酒が美味い)でした。ではまた、ロケンロール!

ソウブラスペースCライブセットリスト
①ほんとうのさいはひを求めて
②この素晴らしくない世界で
③かさ上げの街を臨みて
④再会の夜に
⑤この星に日が昇る間の話
⑥グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑦まだ見ぬ兆しを待ちながら

⑧こんなぼくが生きている(ソロ)
⑨借り暮らし
⑩ハーダー・ゼイ・カム
⑪終わり始まる日のあの場所まで
⑫ファシスト野郎
⑬ないしょの話(母の歌集)
⑭よそ者のバラッド
⑮ヘルスよしの
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰ワン・ギター

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今日の日曜日も夕方ヘルスよしのに行き、ゆっくり湯船に浸かって身体を癒しながら、3月31日、4月1日と続いた充実したライブと、その時一緒に過ごした人たちとの会話や楽しかった一時を思い出してほっこりする。

あらためてそんなライブを続けていることが、自分のこの小さな暮らし、人生を豊かにしてくれているのだと思い知る。そしてそれをゆっくり振り返るこの一時もまた、何物にも代え難い大切な時間。
受付には今日もおばちゃんの姿はなかったが、日曜夕方のヘルスよしのはいつも以上に賑わっていた。超音波風呂から天井を見上げると相変わらずペンキは剥げ落ちまくっており、洗い場の壊れたシャワーはぼくが通い出した2年前からやはり「お休み中です」という札がかかったまま。くたびれるままボロくなるままのその在り方になぜかホッとする。女湯からは元気なおばちゃんたちの話し声が途切れることなく聴こえ(それに比べて男湯は基本的にみな無言である)、ここが彼女たちの社交場であることを知らしめる。
ぼくは映りの今一つ良くない曇った鏡に向って、芸術的な所作でT字剃刀を顔に当てて器用に髭を剃っているおじさんを時折見て感心しながら(ぼくは若い頃から髭剃りが下手で剃刀負けもするので、週に1、2度しか剃らない)、こうしてまだまだここが必要とされていることを実感する。

3月31日、冷たい雨の降る阿佐ヶ谷は新東京会館で開催された杉並総合法律事務所開設パーティーには、1月のワン・ラブ高江のイベントで知り合い、高江に行った特派員の一人として現地の様子を報告してくれた三浦弁護士から声をかけてもらった。彼はその新法律事務所で働く若き専属弁護士であり、1月のイベントで初めて聴いたソウブラの歌を気に入ってくれ声をかけてくれた。ハレの新法律事務所開設パーティーで、しかもお偉いさんたち(と言っても共産党の人たちばかりなので、いわゆる権力サイドの偉そうな者は居ない)の前で、まだ一度しか会ったことのないバンドに歌わせる三浦氏の度量の大きさと言うか大胆さに少々驚きながらも、ぼくは人との確かな出会いや繋がりの始まりが、概してこういうものであることももはや知っている。「やってくれませんか?」「いいよ!」というやりとりに躊躇を感じない時はぼくにとってゴーサインである。もちろん、最初躊躇を感じても話し合って了解して行く場合もあるけれど、自分の中に引っかかる違和感がどうしてもあって引き受けられない話もある(まぁ、滅多にないけれど)。そういう時はぼくは自分の感性になるべく従う。やはり嫌なモノは嫌なのだ。

ほとんど正装した人ばかり150人以上のパーティー参加者を前に、普段着のソウブラ(梅ちゃんだけはちょっとめかしこんでたな)は3曲(・新しい日々・普通の暮らし・結風)を歌った。概してこういうパーティーで歌ってもちゃんと聴いてもらえない場合が多いのだけれど、意外と反応が良くて(一番前でノッテくれたワンラブ高江のMちゃんやS子ちゃんのおかげもあるが)、感触良く歌い切ることが出来た。三浦氏との出会いは沖縄の高江のことがきっかけだから「普通の暮らし」は歌いたかったし、話しやすい物腰の柔らかさを持って力を持たぬ庶民の立場に立って権力と闘うだろう彼に「新しい日々」を送りたかったし、こんな素敵な出会いと繋がりを喜びたくて「結風」は外せなかった。ライブ後当然の如くあるぽらんへと流れて呑んだ時に、Mちゃんからも言われたけれど我ながら完璧な選曲でしたね~。そしてそして、ワンラブS子ちゃんの大尽力のおかげで何とソウブラのCD「普通の暮らし」が持って行った15枚全部完売したのです!もうこれで次作が作れる目途が立った。大大サンクスS子ちゃん!

そして昨夜は、大好きなお店国分寺gieeさんで語り歌の館野公一さんとのツーマンライブ。
毎回店長のMさんがライブタイトルを付けてくれるのが楽しみで、今回は「暮らしの窓から見えること」。このテーマでぼくと館野さんに声をかけられたMさんの気持ちを自分なりに感じて、ぼくはやはりこの日ならではの選曲をした。こういう風に呼んでくれる人、主催してくれる人の気持ちを感じるライブはとってもやりがいがある。こういうライブをやっていると、僭越ながらいわゆるローテーション的なブッキングライブに自ら出させてもらいたいという気持ちにはならない。

館野さんとは何度も共演させてもらっているけれど、ツーマンでがっつり歌い合うのはこれまで1度あったくらい。今回ロッキンギターの名手ゆきをさんを迎えての館野さんの語り歌は、共に唄いながら多彩なフレーズとビートを縦横無尽に繰り出すゆきをさんのエレキギターとバッチリ絡んで、その独特の物語性ある歌世界を描いてみせた。途中に挟んだ弾き語りで、日本の唱歌の裏側(その多くが国威発揚が目的であった)を歌ってみせながらの、館野さんにしか出来ない力強い説得力マンチクリンのパフォーマンスであった。後攻のぼくは内心やられた感を引きずりながら、ギター森田君、コーラスの梅ちゃんとgieeのステージに立った。

この夜で5回目となるgieeのステージだけれど、やっぱりここは歌いやすい。特にボーカルが気持ちよく響き目の前のお客さんを意識しながらも、歌の世界にスッと入って行ける。歌の世界をとても描き易いステージなのだ。
店主のMさんも客席で聴いてくれる中、ぼくが選曲した暮らしの歌(ぼくの書く歌はどれもそうなのだけれど)を歌い継いで行ったのだが、この夜自分でもそう感じたし、Mさんもお客さんも、館野さんにもお袋の短歌とコラボした歌「ないしょの話」が良かったと言われた。Mさんは偶然にも亡くなった母親のことを考えていた直後だったので気持ちが込み上げて来たと言ってくれた。お客さんは亡き叔父のことを思い出したと語られ、館野さんはぼくらのパフォーマンスから若きお袋とぼくのやりとりが見えるようで「この歌で五十嵐君パンツを脱いだな」と館野さんらしいうれしい褒め言葉をくれた。
そして、この歌が化けたのには訳があって、当初は全部の歌詞を基本的にぼくは歌い、部分的に梅ちゃんがコーラスを入れるというアレンジであったのだが、前回のスペースCライブで初披露した後、観に来てくれた中学時代の同級生Eからメールでライブの感想と共に、お袋の短歌の部分を梅ちゃん一人に歌ってもらったらどうか?というアドバイスがあった。なるほどと思って先日の両国ライブで試しにやってみたらとても良い感じだったので、gieeでもそのアレンジでやってみたらさらに良くなってソロでお袋のパートを歌う梅ちゃんの隣でギターを弾いていて、ぼくもゾクゾクしながら若きお袋の肉声を感じた。

終演後も盛り上がった館野さんやゆきをさんのかつての国立や国分寺、吉祥寺の話も面白かったな~。この時の参加者の共通言語は世代を越えて「銭湯」でした。そう、銭湯は永久に不滅なのです!
てなことを思い出していたら、なんと今日は1時間以上ヘルスよしのに入っていた。やっと来た春の風の暖かさが風呂上りの肌に何とも気持ち良かった。

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏のNHKfmのラジオ番組「ウィークエンド・サンシャイン」録音音源。土曜の朝番組なので絶対起きられないと確信し録音しておいた。チャック・ベリー特集!良いですね~。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロッケンロールミュージック!

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2017-06