周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ816 

2017/07/30
Sun. 21:42

一日延びたものの、息子は無事昨日の午前中(29日)国立成育医療センターを退院した。

手術当日は寝たきりで、翌日は自力でトイレに行けるようになったもののトイレに行く途中でしゃがみこんだり、歩いてもフラフラだったりしていたのが昨日にはほぼ入院前と同じ状態に回復し、退院判断の2回の問診も無事クリアした。けれど、担当医からは1ヶ月間は走る等の激しい運動はしないように釘を刺され、看護師さんからも足を大きく開いたりしないように注意を受けた。激しい運動で心臓に振動を与え過ぎると、心房間のあなを塞いだ金属が落ちてしまう可能性があるのと、足を動かし過ぎると足の付け根のカテーテルを入れた傷が開いてしまう怖れがあるとのことなのだ。ふたの金属は時間の経過と共に心臓の肉に馴染んで行く予定なのだが、まれに金属アレルギーを発症する可能性もあり、特に息子はアレルギー体質でもあるのでその心配は拭えない。

けれども、わずか4泊5日の入院&手術で退院の日を迎えられたのは本当に良かった。いくら環境の良い病院で家からも遠くないとは言え、入院が長引くのは大変だ。息子も退院が一日延びただけで相当ショックを受けていた。なにせ生まれてこの方歯医者以外の病院にかかったことなく、予防接種も何にも受けずにここまで来たのだから。

火曜日以来の団地に帰って来た息子は、少々大げさに周囲の景色や我が家の匂いを懐かしみ、いつも野球をしている公園をわざわざ観に行った。退院して彼が一番やりたいことは野球であった。
さすがに退院当日は我慢させて、今日の午後キャッチボールと打撃だけで走らない条件を付けてやはり野球好きの長女を交えて野球をする。嬉々としてボールを投げる元気な息子を見るのはやはりうれしい。しかし、父と二人だと最後まで機嫌よく出来る野球も15歳の姉が一緒だととたんにライバル心を燃やし、本人の望むままに試合形式にしてしまったら最後、常にわざと敗けて穏便に済ます父と違って弟に敗けてやらない本気モードの長女とはじきにヒートアップして息子の動きがだんだん激しくなって行く。現役陸上部女子の長打力にはさすがに8歳男子は敵わず、7-4で敗れると「勝つまで止めない!」と怒って駄々をこね、すでに90分もやっていたので「復帰第一戦なんだからこのぐらいにしとき!」と諭し、長女は「アタシ勉強あるから」ととっとと帰り支度。いやぁこれからが思いやられる。キャッチボールだけにしておけば良かったのだが、一度ゲームの面白さを覚えてしまうとそれだけでは満足出来ない。我が家がこんなミニ野球を公園でやり出して以降、時々他の子どもたちもやりたがって参加するようになり公園で遊ぶ子どもが増えたとのこと。ぼくが小学生の頃の夏休みは、やはり毎日のように近所の路上や近くの中学校に入り込んで2対2か多くても3体3くらいでそれこそ一日中やわらかいボールとプラスチックバットで野球をやっていたものだ。高校野球を観て熱狂した勢いそのままで自分も選手に成りきって熱くなった。判定でもめてケンカしたり劇的な敗けや勝ちを味わったり、そうそう時々他所の部落(我が故郷関宿町では住んでいる地域のことを部落と称していた)の子どもたちと対抗試合をしたりもした。思えばそれはとても小さな小さな世界であったけれど、子どもの全力を注ぎこめる世界でもあった。

さすがに疲れ切って眠りにつこうとする息子に「あせるなあせるな」と頭をなでながら言い聞かした。そして「心臓の調子はどうだ?」と聞くと、「うん、いいよ」と応えたのだった。

息子の、子どもたちの夏休みはまだ始まったばかりである。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの95年発表の「トゥー・ロング・イン・イグザイル」。ジョン・リー・フッカーがゲスト参加の激渋な名盤。それにしても「あまりにも長い異郷の暮らし」とは、素晴らしすぎるタイトルだ。
BGドリンクは野菜ジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ815 

2017/07/26
Wed. 22:26

口から管を通されていたために声が出しにくい息子が、手術後開口一番近づけたぼくの耳に向かって言ったのは「腹減った~」であった。

昨日から世田谷の国立成育医療センターに入院し、夕方までかかった最終のエコー検査では心房中隔のあなを塞ぐカテーテルの開いた傘部分が引っかかる片側の肉が幾分脆く、それを最後まで懸念されたが今朝8時40分から始まった手術は、お昼前に無事成功したと、執刀医から家族待合所に待機していたぼくと母ちゃんに告げられた。「良かった良かった」と母ちゃんと言い合ってからトイレに行き、父は一しきり泣いた。この瞬間をどれだけ待ちわびたことか、手術が決まってからその複雑かつ微妙な手術法を自分の身体に想定してシュミレーションしては恐怖におののくことを繰り返してきた。半分冗談と知りながら「失敗したらぼく死ぬんだろう?」と母ちゃんに聞く息子にドキッとしたことも…。そんな時に母ちゃんは「絶対失敗しないとは言えないけれど、安全な手術だから大丈夫なんだよ」としっかり伝えていた。

昨夜は仕事を早退し、病室に付き添って息子と二人きりで夜を過ごした(今日は有給休暇を取った)。思えば息子と二人きりで夜を過ごしたのは初めてであった。
1歳の頃から発症したアトピー性皮膚炎もあって母ちゃんとぴったりくっついて暮らしてきた息子。幼稚園で初めて団地の外の世界に出て思いもよらぬたくましさを見せ、小学校も元気に通い今では炎天下もへっちゃらの野球少年となった息子と、昨夜は本を読んだり彼の好きなテレビのクイズ番組を観たり、点滴のチューヴが入れられ右手が固定されて食べにくそうな(幸い彼は左利き)夕食を介助してあげたりしてゆっくり過ごした。

消灯前に決められた洗面所へ歯磨きに行くと、自分で車椅子を操作して先に来ていた子どもが居て、後から来た息子を見ると自分を速やかに済ませ「どうぞ」と洗面所を譲ってくれた。とても色白で小柄なか細い少年だったけれどその表情は柔らかく、息子はペコリと頭を下げぼくは「どうもありがとう」と少年に礼を言った。少年は慣れた動作で車椅子を操作し、看護師に「おやすみなさい」とあいさつして自分の病室に戻って行った。
病棟内は様々な病を抱えた子どもたちが治療を受け(ここは小児がん治療や難病の先進医療でも有名)、半ば生活しており、別階にある無料のランドリー室で自分で洗濯をしている高校生くらいの子も居た。一晩中どこかの病室から子どもや赤ちゃんの泣き声が聴こえ、何らかのアラーム音も鳴る。けれども病棟内にはとても優しい時間が流れていて、ぼくはそれらの音が全然苦にならず気持ちを乱されることもなかった。「子どもが子どもしている」そんな命を近くにたくさん感じて、さすがにいつもよりなかなか寝つけなかった息子のベッドの隣で、椅子を変形させて作る狭い付添用ベッドに横になった。

手術後4人部屋に移った息子は、全身麻酔の効き目が抜けずにまた眠りについた。新たに金属の入った彼の心臓はしっかり鼓動を続け、その寝息は安らかだった。隣のベッドでは、産まれたばかりの赤ん坊がやはり胸を上下させながら寝息を立てていた。成育医療センター内は命でしかないビートに満ちた空間であった。そして、それを守るべく力を注ぐ大人たちの思いもまた満ちている空間であった。
子どもは、本当に親に得難い経験をさせてくれるものだなと思う。こんな経験をさせてくれた我が息子に感謝したい。
今夜息子が寝るまでそばに居て先ほど帰って来た母ちゃんと、久しぶりに生協のパルシステムで手に入ったキリン澄みきりで乾杯した。

この間、たくさんの励ましやご心配、声かけいただいたみなさんに心から心から感謝申し上げます。順調に行けば28日に退院です。野球がさらにハードになるのがちと怖いですが、ジジィと呼ばれる親父もまだまだがんばりたいと思っとります!

今宵のBGMは、ボブ・ディランの2016年発表のスタンダードナンバーカバーアルバム「フォーリン・エンジェルス」。
BG酒はキリン澄みきりでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ814 

2017/07/24
Mon. 23:16

昨日(7月23日付)の東京新聞朝刊一面に、昨年7月26日に起きた相模原障害者殺傷事件の被告植松聖から届いた3通の手紙の内容が手紙の実物写真と共に報じられていた。

植松被告からの手紙は、東京新聞記者が出した手紙への返信という形式とのことだが、内容を伝える記事を読む限り実に非道な中身である。つまり、彼が拘置された今も「意思疎通がとれない人間(障害者等)を安楽死させるべきだ」という考えに変化なく、また「私の考えるおおまかな幸せとは“お金”と“時間”」「重度・重複障害者を育てることが、莫大なお金と時間を失うことにつながります」と主張する点である。しかし、かつて自分が職員として介助もしていた19人の障害者をためらうことなく刺殺した人間が、たやすく回心、反省するはずもない。したふりをしないだけ彼はまだ正直なのかもしれない。実際48年生きて来て、25年精神障害者と関わる仕事を続けて来たぼくの実感として、人間がその志向、思考、嗜好を変えることの困難さ、それこそ本音では「変わる」のは自分の方ではないと思っている人がほとんどであり、中には自分を「変える」くらいなら死んだ方がましとさえ思っているのではないかという人も居る(自分も含めて)。もちろん変われば良いというものでもない。とりつかれた様に「変わらなきゃ」といつまでも自分に確信(持てなくても良いと思うのだが)持てずにさまよう人も居る。しかし、そんな人も含めて命は命でしかなく、変わらない自分の志向、思考、嗜好の下に他者の命を奪うことは決して許されない。他者の志向、思考、嗜好と自分のそれにまみれて格闘しながら、それでも彼も我も命を生きるしかない現実を受け止めて行く以外にない。志向、思考、嗜好にそもそもそんな世界を牛耳導き制服する力などないのだ。あるとすればいやがうえにも身につけざるを得ない許容力、もしくは理解力だろうか?

実物大ではないので手書きの手紙の文面まで判読出来ないが、封筒に納まっていた縦書きの便箋の整った手書きの字体を見る限り、昨今の若者いやぼくの世代も含めて今時これほど手書きの手紙を書ける人はそういないのではないかという、ある種の「まともさ」を感じる。事件直後に最首悟氏が語っていたように彼はやはり「正気」であったのだ。そして、これは手前みそになるが、今回彼が手紙で幸せの定義を「お金と時間」と書いたことを読み、やはり彼はこの社会が急速に突き進んできた成果主義と効率優先が生んだ人間であったという確信だ。彼はおそらくその流れの主流には居られなかった。そして、当然の如く「福祉の現場」に流れて来た。なぜなら、ぼく自身が意図的にその社会の流れを避けて「福祉の現場」に流れた人間だから。
しかし、彼が辿り着いた福祉の現場はもはや、成果主義と効率優先社会におけるアジール、カウンターの場ではなかった。ヒトラーなど知らなかった彼をして優生思想に走らせる現場であったのだ。

東京新聞一面の記事は、植松被告の手紙に対する熊谷晋一郎氏と海老原宏美氏の真摯な反論が掲載され胸を打つが、どこかやりきれない虚しさもぼくは感じてしまう。それはどうにも彼(植松)には届かないという類の虚しさだが、ぼくはそれでもこのような記事と対話を延々と続けて行くしかないだろうと思う。そのために彼(植松)は生涯塀の中だろうと生きなければならぬ。生きて手前の行為と思想が全くもって誤りであり、その行為と思想はこの世界で全くクソの役にも立たない通用しないものであることを自覚しなければならぬ。彼にとってそれこそが、手前が一切通用しない許されないということを知ることこそが最も苦痛で受け入れ難い現実だろうと思うから。その為にぼくらはやはりこの世界をやり直さなければいけないのだろう。記事は社会が問われていると書くが、「お金と時間」を至上とする世界を変えなければならない一人一人が問われているはず。安倍を倒すにしてもその視点から倒さなければ、また似たような奴、政党、官僚、組織、自警団的衆に牛耳られるだけだ。

今宵のBGMは、マディ・ウォーターズの「ザ・リアル・フォーク・ブルーズ」。思いきりエレキブルーズがさく裂したりするので全然フォークな感じではないですが、あまりに揺るぎないブルーズ(哀しみ、虚しさ、やるせなさ)がガシッと魂を鷲掴みにする。ブルーズを知って良かった。知らなかったら人生詰まらなかったろうと思うほどに。

BGドリンクはアロマオイルを垂らした冷水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ813 

2017/07/20
Thu. 22:53

法人ニュース夏号の原稿がようやく仕上がりつつある。

思いの他利用者からの投稿も多くなかなか豪華な?ニュースになりそうな予感。アタシは相変わらず特集で障害者福祉の現状に小石を何個も投げつけるような文章を書き、さすがにいささか自分でもその暑苦しさ(それでなくても激夏である)に閉口し、巻頭文は思い切って全然特集に関係ない福祉の現状にも関係ない母親のことを書いた。
確かに福祉には関係ないが、お袋はぼくの働く大田区で育ち結婚するまで大田区で働いていた。主に大田区で読まれる法人ニュースにまったく無関係な話とは言えないのだ。

およそ1ヶ月うんうん唸りながら何とか書き上げた特集の文章に比して、お袋の話はこのブログを書くようにスイスイと筆が進みものの30分足らずで大略を書き終えてしまった。お袋の話とは、ここでも書いた今年初めて読んだ彼女の遺した歌集についてなのだが、書いている内にぼくはふと、このお袋の話がまるで大好きな劇団チャリカルキの描く劇世界のように思えて来た。毎年ゲスト出演させていただいていた名物ロングツアー公演のママチャリカルキが今年は休演で、今夏は重篤なチャリカルキロスを味わっていたさ中であるからなおさらそう感じたのかもしれない。

今まで開くことの無かった亡き母の形見の歌集の中には、息子の知らない若い娘時代の母が居て、しかも現在息子が働き年中行き詰っている小さな施設のすぐそばで若き母も働いていた事実。毎日のようにノートに向かい短歌を書いていた頃の母を知らず、その母に反対されたバンド活動を続け、48歳の今も息子は性懲りもなく売れない歌を書き続けている。自分で言うのも何だけれど良い話だなぁと思ってしまう(笑)。事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。ぼくが劇団チャリカルキを大好きなのは、毎回そんなあり得ると思わせる愛ある奇跡(たとえ現実には起こらなくても)を観せてくれるからなのだ。
チャリカルキの劇だったらきっとお袋が実際に出て来るんだろうなぁ。48歳のアタシと20歳そこそこのお袋が本当にこの街(大田区)で出会っちゃうんだろうなぁ。そんなことを思うと楽しくてならない。死んだお袋を思ってこんなに楽しくなったことは今まで無かった。なので、今日仕上げたニュース巻頭文には、ちょっとそんなチャリカルキ的?な一文を付け加えたのだった。

大好きなチャリカルキの公演を熱く待望してます!ホンとこの夏はチャリカルキロスだわ~。
で、明日の夜は、手術前の息子の景気づけに我が家の3人の子と長女の親友Mちゃんと共に神宮球場へヤクルトVS阪神戦を観に行く。もちろん子ども500円の外野自由席。縁起良く連敗脱出してくれよヤクルト!頼みまっせ~。と言いつつ、親父はとにかくスタンドでヤクルトギャルを眺めながら呑むビールだけが楽しみなのであった。

今宵のBGMは、ルー・リードの78年発表のライブ盤「テイク・ノー・プリズナーズ」。8人編成のビッグバンドで生々しいライブを聴かせる逸品。エレキ弾き出してからというもの、ルー・リードとジョー・ストラマーのギターばかり聴きたくなる。
BGドリンクはコープ野菜ジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ812 

2017/07/17
Mon. 22:53

3連休は、息子と長女にせがまれて炎天下危険な野球三昧。息子とのただのキャッチボールから始まった我が家の野球熱、プロ野球ファンの長女が参戦してソフトバットとやわらかボールを使っての試合形式が主となりこれがまた運動量が半端じゃない。今日の午後なんぞはホントに倒れるかと思った。ちょうど良くルールで息子と長女がもめてくれたので、審判長である親父の采配でノーコンテストにして、さっさと久々のヘルスよしのへ逃げる。こんな暑い夏の日の、銭湯の水風呂ほど気落ち良い場所は他にないだろう。しかし、せっかく銭湯でさっぱりしても団地までの長い上り坂を帰る間にまた汗をかいてしまうのが難点。

今日は朝9時に多摩市民館に朗読劇団で集まり、午前中いっぱいかけて22日に迫った新百合ヶ丘トウェンティワンホールでの「平和・国際フェスタハートカフェ2017」公演の直前練習。3時間みっちりまだまだ時間がほしいくらいみなさんで熱心に練習した。初チャレンジの大舞台なので、今までの朗読劇スタイルでは通用しないだろうという部分を演劇的手法を取り入れるなどして、お客さんへの観せ方をプロの役者さんからアドバイスをもらいながらみんなで意見を出し合い工夫を重ねる。素人の集まりである我らが朗読劇団員たちの懸命に取り組む姿を音楽担当者として参加し見守りながら、ぼくは何だか感動していた。そしてあらためてこの約30分の朗読劇が非常によく出来ている事に気付く。
2本のヒマラヤ杉の巨木がナレーターとなり、まず戦時中の子どもが登場し、戦時中の村人の視点で登戸研究所の様子が語られ、風船爆弾を造らされた女学生が体験談を語る。そして所員が登戸研究所で開発した毒物青酸ニトリール(戦後すぐの帝銀事件で使われた毒物でもある)を使って、南京で中国人捕虜に対して行った人体実験について独白、それから戦後の元所員たちのことが語り継がれ現代の子どもたちの様子をヒマラヤ杉が見守りながらエンディングを迎える。それぞれの登場人物の立場から見た、参加した登戸研究所のことが率直に語られることで、一面的でなく軍人含めた庶民たちに登戸研究所が(あの戦争が)いったいどんな存在だったのかを描き出している。おそらく劇団員一人一人がこの内容の面白さと大切さを自覚しているからこそ、これだけ真剣に取り組んでいるのだろう。当初5人だけで一人2役以上こなしながら演じていた劇団員は、倍以上の11人となり一人1役(ちなみに母ちゃんは子ども役)をそれぞれで演じ切る。
練習後アドバイザーの役者氏も、現政権が今また生物化学兵器の開発に手を付けようとしている(加計学園はそのための学校とも)話もある中、今登戸研究所のことを伝えることの意義を話された。ぼくは登戸研究所の史実には、戦争の愚かさの事実が全て詰まっていると思っている。

練習後は母ちゃんと2人でやはり市民館2階で14~19日までやっている教科書展示会に寄り、小学校では来年度から教科化される道徳の各社教科書を見る。
パン屋を和菓子屋にしろだののアホな指図が入って話題になった道徳の教科書だが、特に今回近しい人たちの間で話題になっているのは教育出版社の教科書のひどさ。ぼくも見てみたのだが、特に5年の道徳の教科書では大田区の町工場の努力が称えられた下町ボブスレー話の挿入写真で、安倍晋三がボブスレーに乗っかってポーズ付けているのを見た時はそのセンスのダサさと共に、この社がどうにか現政権に気に入られようとしてセコイ奴隷根性丸出しの努力をしていることを何とも憐れに感じた。やはりこの国は、登戸研究所のあった時代、いやそれよりずっとずっと前からこんな奴隷根性をむき出して、権力にすり寄り取り入り小さな世界で勢力を争いパイを奪い合ってセコくけなげに生きて来た民衆の末裔たちが巣食う国なのだ。群れたらホンと危ない人たちだ。個人の尊厳なんていともたやすく売り渡すのだから。でも、そんな自分たちも含む烏合の衆にいよいよ飽きられ出した安倍がコケたらどうすんのかね?まぁ、次のにすり寄るだけか。

そんな中で(ざっと見ただけではあるが)光村図書は、ぼくの印象では何とか狭量な愛国心に絡め取られないよう工夫している感じがした。公民権運動の発端となったローザ・パークスさんのことを取り上げたり、子どもの権利条約を解説したり等々、しかしほぼ全社で取り上げていた1年生用教科書のカボチャのツルの話だけは、全く持って理解出来なかった。中身は勝手気ままにツルを伸ばすカボチャは他の野菜の畑を荒らし、悪びれることなくさらに伸ばし続けたツルが道路を横断したところでトラックに轢かれてちぎられて泣きわめくという話。この話から自分勝手に生きることを戒めるというのだが、まぁアホクサすぎてあくびが出てくる駄話だ。そもそもカボチャが成長しツルを伸ばすことをわがまま、自分勝手と規定すること自体が間違っている。カボチャが育って実をつけることにわがままも勝手も無かろう。自然の恵みである畑の野菜をチンケな国民育成の道具にするとはそれこそ天罰が下ろうというもの。パン屋でクレームをつける似非愛国心は、連中の好きな呼び方の国土が育てる野菜を侮辱して良いのだろうか?それこそ非国民じゃないの?それを光村含めてほとんどの社で採用しているのは全くもって分からない(圧力と忖度?)。ただ一つ分かることは、この道徳なんぞと言う教科は、一部の人間の都合のためのものであって人間がこの世界で生きてゆくために本当に必要なものではないということ。それだけは大変良く分かりました。

そんなこんなの3連休、ちょっとヘたれ気味だった精神は多少栄養補給され、またボチボチ行こうと思えるまでにはなりました。
そうそう、土曜の夜DVD借りて観た邦画「恋人たち」がとっても良かった。今のアタシにちょっと励ましと、問われても答えを出せない現実をまた生きて行くしかないという希望をくれました。これを108円で観てしまったことへのちょっと後ろめたさとありがたさ(あぁ、映画館行きたい)。この映画おススメです。

今宵のBGMは、昨夜のバラカンビート録音音源。
BGドリンクは氷を入れた水でした。ではまた、ロケンロール!

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2017-08