周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ835 

2017/09/29
Fri. 23:57

昨夜は仕事帰りに吉祥寺のろへ、ナツメグ舞ちゃんと森香さんのジョイントライブを観に行く。

先週に引き続きよろづ湯への誘惑絶ち難く、ライブ前に身を清めるべく?一風呂浴びてから行く事に。誰か知っている人が来るかと思っていたら、案の定後からさいたまの江上さんも入って来て裸のご挨拶。
外はあいにくの雨模様であったが、湯上りの気持ち良さに任せてお店に行き店内奥の舞台(はないけれど)間近、ちょうど森香さんの真ん前を陣取ってのろならではの超至近距離生音ライブを楽しむ。

いつもは歩ちゃんとの女性2人のデュオ&ギター宮本さんでライブをするナツメグは、歩ちゃんが出産直後でお休みの為、この夜は舞ちゃんのソロボーカル&ギター宮本さんでのレアなライブであった。
以前にも書いたかもしれないが、ぼくはナツメグのファンである。忘れもしない2011年の吉祥寺音楽祭、駅前バスロータリースーパーステージを長女を連れて初めて観に行ったぼくは、ステージの上で唄うナツメグの歌とサウンドとパフォーマンスにシビレタ。
真っ直ぐ届く慈愛に満ちた声と宮本さんの弾くアコースティックギターの音。なによりお客さんとの親密な空気。のろへ呑みに通い出しライブをさせてもらい出したばかりのぼくにとって、その日以来ナツメグはまさに吉祥寺を象徴するグループとなり憧れとなった。

めったにないソロライブということで、舞ちゃん自身は「緊張した」ということだったが、聴いているこちらはやはりナツメグならではの慈愛の声とサウンド(宮本さんのキラキラ鳴るギターを生でたっぷり聴ける幸せよ!)に、風呂上りのぼくは銭湯のマッサージ機など目じゃないくらいに気持ち良くなってしまった。身体と心のコリがばっちりほぐれた。なにせ声もギターもすべて生音ののろライブ、あらためて生音ってなんと安心する音なんだろうと思えた。ぼくらも生音でライブをすることは何度もあるけれど、のろの独特な親密空間は確かにやる側はあまりに近すぎてなかなかに緊張するけれど、聴く側のくつろぎ感はちょっと他では味わえない。

ナツメグとはもう何度もジョイントしている森香さんは、名古屋を拠点に1年のほとんどをうたと旅の暮らしをされているまさに旅のうた唄い。舞ちゃんが「歌の光景だけでなく匂いまで伝わる」と評した通り、聴く者を歌の世界にしっかり連れて行ってくれるうた唄いであった。ご自身大好きだと言うカレーのことを唄った歌ではまさに美味そうなカレーの匂いが立ち込める(お手製のカレー粉も販売されていた)。しかも、森さんは大学時代のぼくらの後輩にあたる愛知県在住の女性シンガーNちゃんと共演されたこともあり(NちゃんのFBで知った)、なんともうれしいご縁も感じた。吉祥寺でファンになったナツメグを通して森香さんを知り、愛知県時代の後輩とも繋がる。やはり歌とは人を出会わせ続けるものなのだろうか。これだから歌はやめられない。ナツメグも森香さんも愛知のNちゃんもそうだろう。

さぁ、ステキなライブですっかりコリをほぐした後の30日は、アタシら(五十嵐、森田、梅田)の3人ソウブラのろライブで倍返しだ~!(って古い?)

今宵のBGMは、久々にハマってます。スティッフ・リトル・フィンガーズ82年発表の4枚目のアルバム「ナウ・&ゼン」。
BG酒はキリン澄みきりでした。では、明日は吉祥寺のろライブでロケンロール!

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ロケンロールライフ834 

2017/09/26
Tue. 23:07

昨日の夜の仕事帰り、いつものように小田急線生田駅で降り、CDウォークマンで大好きなSON VOLTのCDを聴きながら津久井道を歩いていると、自転車に乗った女の子がぼくの脇に並びぼくの身体に触れた。

ちょっとびっくりして横を向くと、何とそれは長女であった。それとほぼ同時に「そうか、今日が初日だったか」とぼくは気付き、おもむろに「どうだった?」と聞くと、長女はさっぱりした顔で「うん、良かったよ」と応えた。
その一言を聞いて安心したぼくは、自転車を押す長女と駅から団地へ続く上り坂をゆっくり時々会話しながら歩いて帰った。電燈に照らされて地面に映る2人の影が何だかくすぐったい気分にさせながら。

この日長女は初めて学習塾に行って90分勉強した帰りであった。
中学3年のこの時期まで学習塾には行かず、独力と母ちゃん家庭教師でがんばって来た長女だったが、自分の目指す公立高校に今一歩の学力で足踏みが続いていた。父は「無理せず行ける高校に行けば良い」と言って来たが、彼女はあきらめたくないらしく時々勉強が分からない自分に泣きべそかきながら受験勉強を、まぁナイター聴きながらだけれど続けていた。
早くからたいていの同級生が通い出す大手のチェーン塾には絶対に行きたくないと言う長女を、そもそも行かせる経済力のない父は頼もしく支持していた。長女は常々「学校が終わってせっかく家に帰れるのに、さらに学校より競い合う塾になど行きたくない。家でまったりしていたい」と言っており、その父譲りの若き隠居志向を激しく共感しながら聞いていた。

けれど、かつて理系であったとは言え、30年以上前の記憶を頼りに中学3年レベルの数学を教えるのは母ちゃんの負担が大き過ぎ、元来文系の父は「そんなもの大人になったら何にも使い道ないぞ!テキトーにやっておけ」等と無責任極まる発言をかますばかりで相手にもされないのであった。
それで、長女の意欲とそれに応える困難を見かねた母ちゃんが、お手伝いしているカフェの友人から知り合いの先生を紹介していただいて、週1回マンツーマンで教えてくれる私塾に通うことになったのだ。しかも我が家の経済力で何とかなる範囲で。

我が家の暮らしのあらゆる局面を、こうやって人との繋がりとご縁で、いわゆる大勢が当然の如く利用したり、買ったり入ったりするものに関わることなくあくまで自分たちのペースとやり方でやって来れた。少なくとも子どもの誕生からここまではやり抜いて来れた。クーポン券や特典がワンさとついてそれにつられたり、「誰々が行ってるから」だったり、何より親がポリシーも無く「行かすのが当たり前」という風潮だけに流されて大手塾等に抵抗なく自分たちのせっかくの暮らしの一部(もちろんお金も)を差し出すのは、ぼくにはちょっと耐えられないと言うかもったいなさ過ぎる。「やって当然」「行って当然」「持って当然」こんな風潮が、ぼくにとって嫌いな今のこの国の空気や大切なものを駆逐する流れを作っているような気がして、それにはテッテ的にこれからも一家総出で抗って行きたいのだ。

これから毎週月曜日、駅で長女と待ち合わせて帰ろうかしら?それとも近くのG神社で待ち合わせるのも良いなぁ。
もちろん誰もケータイ持っていない我が家ですから、父は早めに行くようにして娘を待ちます。

今宵のBGMは、アイリッシュパンクバンドの元祖スティッフ・リトル・フィンガーズのリーダー、ジェイク・バーンズが2006年に発表したソロアルバム「ドリンキン・アゲイン」。酒場感マンチクリンのアコースティックパンクアルバム。なにせジャケがバーのテーブルに置かれた2杯のギネスビールを前にした、どう見てもただのオッサンにしか見えないジェイク御大の写真(顔が半分切れているのがまたイカす)。ジャカジャカアコギに哀愁アイリッシュメロディーとジェイクの伸びのあるボーカルが天国へ連れて行ってくれる逸品。良く聴いていたら、あれ、ぼくの書いたHAOとそっくりの曲が(笑)。また来日しないかなぁ。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ833 

2017/09/22
Fri. 23:29

今日は我が施設の名物?行事「温泉&喫茶会」の日で、午後から池上線で2駅隣の池上にある黒湯温泉の銭湯「H松温泉」へ。そして、風呂上りには駅前の昔ながらの洋菓子喫茶「エノモト」でみんなでお茶した。

ぼくがまだ新人だった24年前に、10か月(8か月だったかな)風呂に入っていなかった利用者氏が「みんなと一緒だったら風呂入れるかも」と言ったことがきっかけで(精神障害の中でも特に統合失調症の人は風呂に入るのが苦手な場合が多い)、当時24歳のぼくが「じゃぁみんなで銭湯行こう!」と発案して以来、だいたい季節ごと年3~4回ほとんど同じ銭湯と喫茶店に通い続けている(10か月ぶりに風呂に入った人の顛末は、ここではとても書けない内容なので悪しからず)。

さすがに全員は銭湯に行きたがらないので、銭湯からの組と喫茶店だけの組に分かれることになるのだが、出張や面接の予定が入らない限り、この24年銭湯からの引率は大の風呂好きである所長のぼくが率先してやり続けている。で、今日はぼくを含めて5名(内女性1名)で午後1時になったらいざ銭湯へ出発。
昔からH松温泉の黒湯は濃くて(大田区内に湧出している黒湯は場所によって色の濃さが違う)、これは銭湯と湯客の暗黙の協定なのだろうが、地獄の釜湯のように熱い(地獄の釜湯に入った事ないけれど)。1分も入ったら体中が真っ赤になってしまうほどで、露天の休憩所で火照りを冷ましながらでないと頭がクラクラして来る。ここはいつかぜひ、熱湯好きのさいたまの江上さんに入って欲しい湯である。

なので、ぼくがいつも行っているそれほど湯が熱過ぎないヘルスよしのだったら風呂上りにかなり余力が残っているのだが、このH松温泉は湯から上がるともうヘトヘトになってしまって歩くのがやっとくらい消耗してしまう。けれど、それが何とも魅力でもあり時々あのH松温泉の地獄の釜湯にどうにも入りたい衝動にかられるのだ。おそらく殺菌効果やデトックス効果は相当高いのだろうと思われる。

そんなこの行事には数々の思い出がある。なぜか、作業所内で問題を起こしがちな利用者や精神状態の不安定な人もこの行事には参加することが多かった。つい数時間前まで作業所の中でイラつき食って掛かるような態度だった人が、湯船に浸かると別人のように大人しくなりお互い無心に身体を洗う。もっとも忘れられないのが、8年前に30歳で急死したある利用者の事。
根は心優しき巨漢であったが親との問題を抱え、時にチンピラの様な言動をしてはぼくに注意されて、何とか家を出てグループホームに入ったものの怠薬からさらに荒れ出してぼくが入院を勧めても頑として拒んでいた。
そんな彼が不安定な通所の中で、急死する数週間前のこの行事に参加して一緒に風呂で汗を流したのだ。その時の彼は穏やかで本来の心優しき巨漢であった。ぼくは同じ風呂の中裸同士で「あぁ、こいつとはまだやって行けそうだ」と思ったのだったが、その数週間後に訪れたグループホームの居室で、ぼくは突然の虚血性心不全で急死した直後の彼を発見することになる。

そんな風に見送った人や、別れた人等、あらためて自分は25年この街で働いて多くの無名の人たちとの出会いがあったことを思う。少なくともぼくはそんな無名の一人一人の物語の一部を知っている。亡くなった心優しき巨漢のことは「夏の別れ」という歌にして唄っている。かつてこの街で生きていたおふくろもそうだけれど、無名の一人一人の物語を引き受ける事など出来ないまでも自分の内に入れてあげることは、忘れずにいることは出来るだろうと思う。もしかしたら、それもこの仕事を生業とするぼくの役割なのかもしれない。そんな無名の一人一人の物語など蹴散らし一掃して一つの方向(それも行方知らずでありながら)に、不安を燃料にしてただ猛進しているように思えてならない今のこの国で、無名の一人一人の物語を刻み忘れずに暮らすことは紛れもなく抵抗ではないかと思うのだ。

明日は国分寺のgieeさんで、「抵抗の歌の歴史 ライブ編」にソロで出演するのだけれど(毎回gieeさんのライブはテーマ、タイトルが素晴らしい)、この1週間自分なりに抵抗の歌について考え続けてみた今日の熱いH松温泉の黒湯の中で、ぼくはぼくなりの一つの答えを見つけた気がした。もちろん、それを明日歌で伝えるつもり。

風呂上りの喫茶店では総勢16名で賑やかに談笑して駅前で解散した。これが自立支援法が出来た時に区の課長から「こんなことこれからは許されませんよ」と言われた我が施設の名物行事である。ざまぁ~みやがれ!またやるぞ~。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの2003年発表のジャジーでブルージィーなド渋名盤「ホワッツ・ロング・ウィズ・ジス・ピクチャー?」。
BG酒はパルシステムでたまに手に入る第3種の中では一番美味いと思っているキリン澄みきり(なんで普通に売られなくなったのか?)でした。では、明日は国分寺gieeでソロでロケンロール!かなりレアなライブになること間違いなしなのでお見逃しなく!!

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ロケンロールライフ832 

2017/09/21
Thu. 23:16

吉祥寺北口の裏通り、繁華街の中に忽然とある50年は優に超しているだろう古びた銭湯「よろづ湯」。

湯上りに脱衣所から外の縁台に出て缶ビールを飲みながら、小さな中庭を眺めるともなく眺め、壁一つ隔てた喧騒から全く遮断されたこの小さな空間を感じるのが大好きだ。
そして、このよろづ湯から湯上りのタオルを首にかけたまま裏通りを1分歩いて、小さな呑み屋「のろ」へ行き、奥のマスター加藤さんお手製の年季の入ったテーブルに陣取ってゆっくり飲むのもまた最高だ。よろづ湯との共通点は、果ての無いスクラップ&ビルドを繰り返しながら誇大化ときらびやかさを突き進む吉祥寺の街の喧騒から、さらに時間の流れ方まで隔絶していること。それが大して強固でない古びたコンクリ壁一つ、40年以上の年季の入った店の看板がかかる扉一つ隔てただけでそこに確かに在ることだ。

よろづ湯の縁台に腰かけて、ソウブラギターの森田君と缶ビール飲みながらこの2つの場所への愛着を語りつつ、不遜にも「いつまで在るかなぁ」と呟いてしまう。そして特にのろが無くなってしまったら、吉祥寺にわざわざ飲みに来ることはおそらく無くなるだろうとも思うのだ。そういう意味では、のろへ行く前に立ち寄る吉祥寺の街やのろで飲んだ後に歩く裏通りは好きであるが、それらはのろがあってこそであり、のろが無ければ必然的に愛着も湧かぬ場所である。それこそ家の近所の方がよっぽど好きな場所がある。元来出不精で喧騒やまぶしい所が嫌いなぼくは、そんな隔絶された小さな場所を目指す。もちろんわざと外界から閉ざしているわけではない。入ろうと思えばいつでも入れる場所。けれど外界には合わせていない場所。もっと言えば変貌著しい街にあって、わずかに残されたあくせくしていない場所とも言えるかもしれない。

そんな愛着と心地良さに身も心も委ねてまだ週半ばと言うのに、昨夜はずい分飲んでしまった(酒だけではない。のろの和風だしの効いたお通し(とは言えないくらい上等)は自信持って最強と言えるし、一品料理もまた然り)。3名でボトル2回差し替えてしまった。しかし、平日の中日というのもあってかぼくらが名残惜しく店を後にする11時半近くまで続くお客さんは入ってこなかった。
今年の2月の終わりに、「まめにのろくるまみむめも」と題して2日間お店の支援マラソンライブがあり、多くののろを愛好するミュージシャンらと共にソウブラも3人で出演した。その前からお店の経営がピンチであることは何となく聞いていた。
それから半年が過ぎて、まめにのろくるとは言えないまでもあの空間でゆっくり飲りたくて月に一度通い続けて来たけれど、お店のピンチが続いていることは想像に難くない。
収益事業をやったことも、それで身を立てたこともないぼくが語る理想の空間や場所などは絵空事の類かもしれない。けれど、現に今確かにそこが実在していることは事実である。であるならば、そこにそんな場所に長く在り続けてもらいたい。だからぼくはまたそれほど好きでない街の喧騒の間を潜り抜けて通う。何に対しても何をやっても非力であることは百も承知だから好きな場所へはとにかく通う。本当はこんな場所こそあるべきなのだと小さな灯りを目指す。

30日はそんなのろで3人ソウブラライブやります。みなさんもぜひ、吉祥寺の街の喧騒を潜り抜けて味のある裏通りにあるのろへお運び下さい。そして、10月19日(木)の夜は、立川に在るこれまたステキなライブの出来る飲み喰いや「農家」さんでののろマスター加藤さんの出張ライブ(店主サミットと題して、福生の「休みの国」のマスターと立川「農家」のママさん、そして「吉祥寺のろ」の加藤さんによるライブ)に、3人ソウブラが共演します。ライブは19:00くらいからの予定ですが、詳細は決まり次第UPします(のろのHPもぜひ観て下さい)。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの79年発表の「アヴァロン・サンセット」。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ831 

2017/09/18
Mon. 22:45

3連休の土日2日間は、等々力競技場で中3の長女の陸上部最後の大会であった。

台風によりあいにくの悪天候であったが、大会は警報が出ない限り雨中でも決行で、それでも長女は何とか無事に800mとリレーに出場し有終の美を飾ったようだ(と、観に行っていないので推測で述べる)。
ぼくが見てきた限り、彼女は3年間の部活動を存分に走りきったように思う。少なくとも走ることが嫌いではない彼女はキツイ練習に根を上げることもなく、筋肉疲労に足を痛めながらも「辞めたい」と漏らすこともなかった。

中学生になって長女はすっかりスポーツ少女となり、特に陸上競技とプロ野球は新聞の切り抜きをスクラップする熱の入れよう。ヤクルト戦のナイターを観に神宮球場へ行っている話はすでに書いた通りである。
その長女の陸上部引退祝いとして、3連休最終日の夕方、父は長女を車で10分とかからぬ近所のバッティングセンターへと連れて行った。実は昨日すでに息子と下見がてらやりに行っていて、機械はずい分グレードアップしていても、30年以上前とほとんど変わっていないバッティングセンターならではの雰囲気をすっかり父は気に入っていたのだった。

最初は父が見本を見せたると、昨日は割と当たった100キロに挑戦してみたら今日は老眼鏡を忘れたせいか空振りばかり。悔しいので速度を90キロに落とし迷わず2ゲーム目の300円を投入して、長女そっちのけで熱くなる。ちゃんとデジタル画像で投手が映り、それが投げるのに合わせて飛んで来る球にバッティングホームを思い出しながら振れば、今度は何本も芯に当てて外野まで飛ばせた。外野まで飛ばす度に父は娘を振り返りドヤ顔をしてみせる(それがウザかったと帰宅後長女が母ちゃんに報告していた)。

長女も生まれて初めて持つ金属バットの重さと、飛んでくる軟球ボールの迫力にびっくりしながらもさすがに下半身の筋力がしっかりしているので、初めての割には80キロのボールを何本かバットに当てた。
2ゲームやった帰りには「手がしびれてる~」と言いながらとっても興奮してご満悦であった。そして帰りの車中、来年から少年野球に入るか思案中の息子と3人で、これから月に1回バッティングセンターに通うことに決めた。子どもたちに2ゲームずつやらして父が1ゲームだけでちょうど1500円。これが月に父が小遣いから出せる限界だ。また一つどこか懐かしい、それでいて十分楽しめる場所を近所に見つけた。長女も受験勉強の合間のストレス解消になるだろう。「勉強しろ」とは言わない代わりに息抜きタイムを父は提供してあげたい。それも隙間の様な場所で。

そう言えば、ぼくは中3の野球部最後の夏の大会で初戦負けして引退したのだが、試合終了後キャプテンとして何事かをみんなに話し号泣した覚えがある。なんで泣いたのかもはや記憶が薄れているが、おそらく試合に負けた悔しさよりもあまりに色々な事があった野球部からやっと解放されたという安堵だったような気がする。その後すっかり野球から遠ざかり、興味も全く失くしたことからもきっとそうだったのだろう。なにせ下手だったし。

それから30数年経って、子どもたちのおかげでやっと野球を楽しめるようになったのか。
でも、やっぱり今日の昼間施設の利用者達と招待いただいて新宿へ観に行った女子プロレスの方が面白いな~好きだな~。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの72年発表の名盤「セント・ドミニクの予言」。10分超えの大曲が2曲入っている全7曲、捨て曲が一つもないどころか全曲最高水準を振り切った名曲だけのアルバム。ヴァンのアルバムの中でぼくはこれがベストかな。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。ではまた、ロケンロール!

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2017-10