周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ786 

2017/05/01
Mon. 22:52

明日ぼくが職場に行かないことを知ってか、今日は相談(電話&面接)がひっきりなしであった。

おかげで、明日の代々木公園オリンピック記念青少年総合センターでのきょうされん(旧共同作業所全国連絡会)とうきょう大会ライブに心おきなく向かえる。
病欠含めて年5日ていど取る有給休暇のほとんどがライブ絡みで、まぁ明日は同業者のイベントで唄うわけだから仕事扱いでも良い気もするけれど、ライブ後は新宿に流れて昼呑みすることを考えれば休暇にしてしまった方が存分にはじけられるというもの。

きょうされん東京大会に呼ばれて唄うようになって早7年目。最初は忘れもしない震災直後の2011年5月、当時書いたばかりの新曲「廃炉!」を唄って初めて会場と一体となって「廃炉!」と声を合わせて以来、ありがたいことに毎年声をかけてもらっている。その間には、震災後の陸前高田市でJDFいわて支援センターを立ち上げ奔走していた旧友Oとの20年ぶりの再会もあった。ソウブラにとってこれもまた年に一度の楽しみなうれしいライブなのだ。

なにせ、この季節の昼下がりの代々木公園の新緑が素晴らしい。夏を予感させる風がとにかく気持ち良い。
障害者自立支援法以降どんどん疲弊し続けている障害者福祉業界にあって、もはや費用対効果に見合わないイベントなどやる必要を言われなければ、やる余裕も気持ちのゆとりも失くしている中(その代わり行政や地域の政治&力関係のイベントは実に律儀にやり続ける)、特に利用者である障害当事者が心も身体も自由に解放出来る時間と空間を創り続けることの意義をぼくは感じている。ぼくの無頼ゆえの信条により、この業界で働き出した時から世話になり関係のあるきょうされんにいまだに加盟せず(その他どこにも所属加盟していません)、フリーの立場から参加しているが、この東京大会のライブの一時はいつもぼくにきょうされんの原点であり、ぼくがこの業界で飯を喰って行こうと心に決めた“無認可法外施設魂”に会場が満ち溢れているのを感じて心強く思うのだ。国の法の言いなりではないオルタナティヴの、俺たちで築いて来たこの国の草の根の社会福祉を少し懐かしいような気持ちで実感しながら、ぼくはやはり今ここから明日へと唄うのだ。たとえ現実世界でそれらが駆逐されるように見えようと、自ら立ち上がりやって来た心根は受け継がれ根絶やされることはないはずだ。もしそれが本物だったら。

ここ最近は、同じ区内の元同じ小規模作業所であった同業他者たちの中で、自立支援法内事業に喜び勇んで鞍替えして行った一部事業所による利用者への通所強要の実態を知って驚き、それを自分なりに批判しようと考えている。もちろん、ぼくのやり方はこうして単独で書き単独で発言すること。それを通して迂遠でも一人びとりの心根に届かせること。それ以外にない。

明日はソウブラのロックを、思いきり代々木オリンピック記念青少年総合センター国際交流棟で大解放します!

今宵のBGMは、ニール・ヤング&クレイジー・ホースの91年発表のライブ盤ウェルド~ライブ・イン・ザ・フリー・ワールド~轟音ロックライブ盤の至宝と呼ぶべき名作。そうです、明日に向けてアゲアゲで行こうという魂胆です。それだけ毎年きょうされん東京大会参加者のみなさんのパワーが凄いのです。負けてらんないと言うより絶対置いて行かれたくない気持ちになるんです。そんなライブ他にありません。

BG酒はブラックニッカハイボールでした。では、明日は代々木でロケンロール!

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ロケンロールライフ785 

2017/04/29
Sat. 22:06

48歳になった日とその翌日は、吉祥寺のろと阿佐ヶ谷あるぽらんで連夜呑んだ。存分に呑んだ。そして今夜は、家族からのここ数年恒例の誕生日プレゼントである第3種でないビール(ヱビスとキリンラガー)を呑んでいる。

連日大好きな店で気のおけないいつもの仲間たちと、そして敬愛する店主と楽しく呑み語る時間は自分自身への最高の誕生日プレゼントであった。そして、いつもそうであるがそんな奔放を家族には大目に見てもらい続けている幸せな親父である。
今週の頭に、母ちゃんに「今週は木金とのろとあるぽで呑んで来るから」と一言告げておいたつもりだったが、本当は言っていなかったのか母ちゃんが忘れたか木曜の夜ぼくがなかなか帰ってこないので、心配になった長女が「迎えに行ってくる」とアテもないのに探しに出かけようとしたことを金曜の朝母ちゃんから聞いた。幸せ者である。で、それを聞いても金曜の夜も呑みに行く48歳の父。

今朝は長女は部活の大会で早朝出かけ、それ以外の3人も、早朝我が家の食べているお米を作っている千葉県多古町へ恒例の日帰り田植えツアーに出かけた。
朝早く家族の出かける物音を遠くに聴きながら、吞み疲れて寝ているぼくの枕元に次女がやって来て、大きな声で「父ちゃん!」と呼ぶので思わずビクッと一瞬目を覚ますと、やはり大きな声で「父ちゃん誕生日おめでとう!田植えに行ってくるね」と言い、ぼくは寝ぼけた声で「うん、ひってらっひゃ~い」と応えてまた眠りの続きに落ちた。

ゆっくり起きて遅い朝飯を一人食べ、コーヒーを飲みながらラジオを聴いていると、ここのところ連日報じられている北朝鮮のことをやっていて、ミサイルがまた打ち上げられたとニュースが言う。報道の雰囲気としては、いつ日本に撃ち込まれるかも分からぬという危機感を出しているように感じるが、ぼくの感性はにわかに信じ難い眉唾であると自分に知らせている。北朝鮮の動きと前後して米韓の挑発的な軍事演習が行われているし、日本も安保法を振りかざして米軍と協調することを宣している。お互い兵器でもって兆発をし合うという、何とも人間の未熟さと愚かさを国のトップとされる人間たちが率先して全世界に開陳している誠に情けない限り。
こんな時こそ、人間の知性が問われ生かされる時のはずだが、それが発揮される気配は一向にないし兆しも見えない。
しかし、こうして小さく在る自分の暮らしにはやはり幸福としか言いようのない、小さな一日があってお互いを生き合う人間同士の関わりが確かに在る。人間の築いた世界が国家単位でどれだけクソッタレでも、人間本来の在り方は個々で築けるはずだしそうして生き合えるはずだ。それを国家が保障してくれているから国を守るだのというアホな発想は、本当にその在り方を自分で追求し模索し生きていれば持たずに済むし、当然自然と国など要らんという発想に流れ着く。それもまた人間としての幸福だと48歳になったぼくは思っている。

一人の穏やかな午前中に久しぶりに自分でつけたテレビで、連続テレビ小説「ひよっこ」の1週間分を途中から観てしまい、主人公演じる有村架純ちゃんのドストライクな可愛さにデレデレしていたら、昭和40年の春に高校を卒業した主人公の年齢設定が死んだお袋とほぼ同じであることに気付いた。主人公が東京で勤めるのはラジオ工場だが、中卒で最初綱島の松下電器(ナショナル)で働いたお袋も、確かはんだごてでラジオの基盤などを作っていたと言っていた。
さすがに有村架純をお袋に見立てはしなかったけれど、こんな時代を生きていたんだなぁと思わず感慨にふけった。とうとうあなたの逝った歳になりましたよ。生きてて良かったです、おかげ様で。

今宵のBGMは、最近久しぶりに良く聴いているニール・ヤングの92年発表のアコースティックな名盤「ハーヴェスト・ムーン」。
BG酒はビールからブラックニッカハイボールに切り替えました。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ784 

2017/04/22
Sat. 23:33

今年も昨年の春同様、20日(木)の荻窪は築80年!のMさん宅と21日(金)は駒込に在る琉球国その名も東京琉球館での豊田勇造師匠ライブに仕事帰り行く事が出来た。

昨夜遅くに帰った時にはさすがにクタクタで、家族の寝顔を見たら安心して倒れ込むように眠り、今朝もゆっくり起きたのに昼食後は昼ビール(第3種ですけど)を呑んで、大好きなラジオ「久米宏のラジオなんですけど」を聴きながら昼寝してしまう。
息子からはキャッチボールを約束させられていたのだが、ぼくが昼寝から起きた時には生憎の雨模様となり、ゴキゲン斜めの息子をなだめるように、母ちゃんが近所の安い衣料品店の2割引きハガキが来ているので息子の肌着等を買いに行こうと声をかけみんなして車で買い物に行く。だいたい季節ごとにある大幅割引の時をねらって我が家は肌着や靴等を買う。服はほぼ古着かもらい物で済ます。そう言えばもうずいぶん履いてゴムが伸び伸びになりズボン履かないと落ちて来るので、ぼくのボクサーパンツもついでに買ってもらう。2枚で300円ほどの極安パンツにするか、その倍ほどの値段(もちろん2枚で)のパンツにするか脇汗かくほど悩み、当然どちらも中国製で(それより高いパンツはいくらでも売っているのだが、2枚で1000円以上するパンツをぼくは履いた事がない。モテる男はやはり高いパンツ履いているのだろうか?)、でも300円のパンツは綿が1%も入っていないから履き心地を考え、そこから2割引きされることも後押しして高い方のパンツにした。決心して母ちゃんの持つ買い物かごにパンツを入れようと母ちゃんと子どもたちの所に行くと、どうやら彼らも父と同じように逡巡しているのだった。

考えてみれば給料日直前の一番家計の厳しい月末である。息子が無邪気な風で母ちゃんに「家今お金無いの?」と聞けば、母ちゃんは「もうすぐ来週父ちゃんの給料が出るまではね」と応え、息子が「父ちゃんの給料出たら大丈夫なんだ」と返せば「うん、だけど大事に使わないと、まぁ大事に使ってもすぐに無くなるのよ」と軽やかに言う。ぼくは何か言おうかと思ったが止めた。これはこれでとてもほっこりする会話の完成だったから。

いつものように晩酌と夕飯の後で息子とライダーごっこして、そのままぼくが今一日で最も幸福を感じる一時である小一時間の仮眠。とにかく今日は良く寝る。寝ても寝てもまだ寝られる。
仮眠から覚めて明日のイーサン食堂ライブで歌う曲を決めるために、昨年のライブで何を歌ったかこのブログで確認する。思わず自分で書いた本文も読んでしまい、昨年の今頃は職場の家賃契約更新で頭に来ていたことを思い出す。しかし本当に一難去ってまた一難の繰り返しであるなと思い苦笑する。そんな中だからこそ勇造さんのライブに癒され救われた昨年の自分もまた思い出し、今年の春もまたそうであることを実感。ライブのことは明日のイーサン食堂が終わってからちゃんと書くつもりでいるが、今回あらためて勇造さんのライブはその場と共鳴しその場だからこそ生まれるライブなのだと再確認。それこそが、ぼくがうた唄いとして一番勇造さんから学び、他の誰よりも勇造さんがスゴイところなのだと思い知った2日間であった。自分が唄う場としっかり出会ってそのことにより自分のパフォーマンスを柔軟に変化させ、それでいて揺るがぬ歌世界をちゃんと観る者たちに見せる。これはなまなかなことでは出来ません。プロだからってこれが出来る人はそうは居ないのじゃないかしら。自分の歌をパフォーマンスを守ってもらおう、保障してもらわないとやれませんなんていう輩には出来るはずもない。そんなのどこ行ってやっても同じ(それはそれである意味すごいけれどアタシは魅力を感じません)。

やっぱり豊田勇造は、真の意味でのパンクロッカーでもあるのだ。だからアタシのパンクスピリットは、勇造さんとの出会いでさらに強くなったのだ。ソウブラもまたパンクバンドですよ、やっぱり。
明日の選曲も我ながら良い感じです。もちろん、最近作った曲も歌います。偶然にも(いや必然)師匠がこの関東ツアーで披露している新曲と共鳴する歌もあってまたうれし。明日のイーサン食堂師弟ライブ、絶対損はさせませんよ!

今宵のBGMは、タイのスーパーバンドカラワンのカセット「カラワンライブ」。
1984年、まだ30代のカラワンだけれど渋いアコースティックライブでゆるくて揺るがないグルーヴがたまりません。3年前の奇跡の来日ライブを思い出す。

BG酒はブラックニッカハイボールでした。では、明日は南林間イーサン食堂でロケンロール!

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ロケンロールライフ783 

2017/04/19
Wed. 23:04

いよいよ明日から、豊田勇造師匠の春の関東ツアーが始まる。

最終日の23日(日)の大和市イーサン食堂(日本一美味いタイ料理屋です!)は、ソウブラが今年も前座&共演を務め、店主中村さんから届いたDMに「前座五十嵐正史とソウルブラザーズ」とバッチリ書かれていてうれしい限り。個人的にゲスト、オープニングアクトなんでも良いけれど、生涯の弟子を自称している者としては「前座」というのが実は一番うれしい。なにせ師匠の前座歴はかれこれ21年!師匠の前に歌わせてもらい、その後ゆっくり師匠のライブを酒呑みながら楽しみ油断していると急にステージに呼ばれたりする。そのスリルもまた楽し。

10代の頃、パンクロックでライブ活動を開始したぼくは、自分の思いを歌にするというスタイルを追求して行く中で勇造さんと出会い勇造さんに行き着いた。ぼくの人生を変えた(と言うより現在の自分を築かせてくれた)3つのライブの一つは、92年の春(だったと思う)知多半島の南知多町公民館会議室で観た高田渡さんの弾き語りライブ。もう一つが94年の秋(だったと思う)東村山市市民センターの一室で観た豊田勇造さんの弾き語りライブ。そしてもう一つは97年の春に阿佐ヶ谷あるぽらんで観た知念良吉さんの弾き語りライブ。どのライブも20代の一番自分の中で「自分の在り方」を模索する季節に出会えて、それにぼくは多大な影響を受けて現在に至る。

思えば、自分の人生に最も大きな影響を与えてくれた二人の師匠と現在もライブをご一緒させていたいただき前座&共演しているというのは、幸せ者以外の何者でもない。
勇造さんからは、いつ頃からか歌のことやライブのやり方、CDのことなどでアドバイスをもらうようになってそれがいつも「なるほど」と思える胸にストンと落ちる言葉ばかりなのだ。特に30代になったばかりの頃、リハを終えたぼくに「五十嵐君、せっかく声がええさかいもう少し柔らこう唄い」と、あの京都弁で言ってくれた言葉は、現在もライブの度に緊張の中力み過ぎないよう自分自身で「柔らこう柔らこう」と唱えている。パンクロックからスタートし、路上の生声ライブでとにかく声を張り上げそれを聴き手にぶつけるように歌っていたぼくの唱法は、その師匠からの言葉を境に徐々に変わって行き、それに合わせて聴き手の層も広がり声を誉めてもらえることも多くなって行ったのだ。

けれど、ある時期からぼくのパフォーマンスや歌い方、立ち姿が「勇造さんに似ている」と言われるようになった(あまりに技術差があるので、「ギターが似ている」とはさすがに言われたことはない)。言われるとモノマネしていると思われたのかと微妙な気持ちになったりもしたが、考えてみると年に最低6~7回は勇造さんのライブを観ているわけで、後にも先にもそんなにライブを観るミュージシャンは他に居ないわけだから、自然と勇造さんの所作が身に付いてしまうのは無理もない話なのだ。しかも、こちとら師匠のライブを楽しみながら一つでも師匠のパフォーマンスから何かを盗もうとして観ているのだからなおさらである。そう開き直って、それでもなるべく元ネタがばれないよう自分流に消化することを気に留めて最近はライブしている。

そんなアタシに勇造さんから来た今年の年賀状には、両面に渡りソウブラのニューアルバム「普通の暮らし」の感想と共に“五十嵐正史節が出来て来たね”と書いてあって、飛び上るほどうれしかったのでした。
と、こんなこと書いたらもう明日の荻窪での「豊田勇造ライブin我が家」が待ち遠しくてならないではないか!いかん、テンション上がって来た~。仕事なんかやってる場合じゃないぞ(笑)。

今宵のBGMは、どうにも「桜吹雪」が聴きたくて豊田勇造師匠76年発表の超名盤「さぁ、もういっぺん」。
今年は師匠のデビュー45周年!不肖の弟子として思いきりお祝いしたい。

BGドリンクはレモンアロマオイルを1滴垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ782 

2017/04/12
Wed. 23:18

今日は昼から、利用者氏と共に電車で1時間以上かけて東京西部某市の精神障害者グループホームの見学に行く。

わけあってアパート単身生活が不可能となり、期限までにグループホームへの入居を試みるが大田区内はもちろん23区で空いている所はほとんど無く、また入居条件がえらいキビシイ所もあったりして探して探して思えば遠くへ来たもんだとなった(個人的に自宅からは東京西部多摩地域の方が大田区に出るより近かったりもする)。

武蔵某駅で生活福祉課のケースワーカーさんと待ち合わせ、駅からほど近いグループホームへ無事着いて世話人さんと管理責任者のお二人から話を伺ったのだが、電話やFAXでやりとりしていた世話人さんのどこかゆるく優しそうな印象と内容とは真逆に、管理責任者氏はグイグイと見学者である我が利用者氏の生活上“出来ない点”をことさらに取り上げて「それは困るなぁ」「それはだめですね」とダメ出しし続ける。挙句になぜわざわざ大田区からこの西部某市に来ようとするのか?と、賞味90分かけて赴いたこちらを半ば呆れたような非難めいた口調で問う。もちろんアタシは黙ってはいない。一々反論して唸らせこちらの意図と本人の希望を伝えると、黙りこくった世話人氏を置いてきぼりにして管理責任者氏の話は次第に、自立支援法以降の障害者福祉の流れの所為でいかにグループホーム経営が割に合わないつまらない商売であるかという愚痴へと変わり、果ては精神障害者の地域生活定着支援が形と号令ばかりの実の伴わないものであるとの愚痴以上政策批判未満の話まで私にし出した。利用者氏は黙ってトイレを我慢していたようだが、アタシも一部共感はするものの直にこの人たちがくたびれきっていることが良く分かって来た。割に合わないグループホーム稼業を継続するには、割に合わない仕事量を増やすことのない無難なしっかりした、しかもすぐ近くにあるそこがやはり経営する就労継続B型事業所に10分でも30分でも良いから月曜から金曜まで毎日顔を出してくれる人でないと入居させないとおっしゃる。「毎日顔出してもらって安否確認したいから」とのことだが喉まで出かかった「嘘コケ!1日分の利用報酬が欲しいからだろ!」を呑みこんで何とも悲しい気持ちになった。

この団体は元々ぼくの働く施設と同じ頃、東京の南部と西部で当時としては珍しかった「働かないゆるい作業所」としてスタートしたのだった。ぼくがまだ知多半島に居た頃、職員募集を取り寄せぼくは今働いている所とここのどちらにしようかと迷った覚えがある所なのだ。この管理者氏はおそらくその当時から働き続けているもはや唯一の職員ではないだろうか?キャリアも年齢もぼくと同じくらいであるだろう。しかし、こんな対応を見学者や利用者、同僚たちにしていたらちょっとあまり良い信頼関係は築けないのではとぼくはおせっかいにも思ってしまう。こんなにくたびれてまで、でももう後には引けず何とか(経営を)やり続けている。これが障害者福祉の、地域生活定着支援の現実だ。おそらくこういう所は多いはずだろう。これもまた障害者自立支援法が福祉を殺した後の光景の一つなのだ。

同行してくれたまだ3年目という若いケースワーカー氏は、こういう現場が初めてだったことをぼくに告げつつ、とても誠意溢れる態度で生活福祉で利用出来そうな社会資源をこちらも当たってみたいと言ってくれ、今後の連携強化を確認し合えた。こういう一人の仕事人との出会いと繋がり、当事者を交えた共同作業こそが地域生活支援だ。しょうもない形だけの官民共同の協議会など延々と続けているより現場でのガチンコ共同作業だ。それを再認識させてもらっただけでもここまで来た甲斐はあったのか?
それにしても、利用者氏は良くこらえ頑張ってくれた。これまでの生活環境と治療環境を捨てる一大決心をして、新天地での生活をおぼろげながら夢見ていたのにこれではキレても仕方ないと途中から覚悟したが、利用者氏は最後までジェントルマンであった。

帰りまた蒲田まで戻る道のりはとっても長くくたびれたが、小さなでもリアルな現場をまた一つ知ることで、辺見庸氏が語るところの、そのリアルな現場の低い視点から世界を見上げ正確に捉える事が出来た経験の一つになったという思いは残った。
けれど、管理責任者氏にぼくは特に悪い印象は抱かなかった。むしろ、その率直さ開けっぴろげさには好もしさを感じたくらい。一度酒でも呑んで話してみたいとさえ思ったが、向こうが迷惑かも知れない。

今宵のBGMは、豊田勇造師匠不朽の大名盤正真正銘ジャマイカ録音のレゲエアルバム「血を越えて愛し合えたら」。
今夜の様な気分でこれを聴くのは最高の癒しとエネルギーになります。
先日山崎のカンチ兄貴から今年の高槻南風楽天ライブのステキなチラシが届き、そろそろ関西の友人たちに送ろうとあらためてカンチ兄貴の手による招き猫イラストのチラシを見れば、“廃炉LIVEvol.6俺たちが招いたこと 俺たちが招くこと”のフレーズにグッと来る。良いテーマだ。今日のこともそうだけれど、明らかに俺たちが招いたことで俺たちはアップアップしている。でもまだ俺たちには「招く」作業が残っている。アップアップしているだけでは何にも招けやしない。5月27日は果たしてソウブラと鼻炎トリオで何を招くことが出来るか、今から楽しみでならない。カンチ兄貴、ナイスセンス!

BGドリンクはレモンのアロマオイルを1滴足らした水でした。では、15日は大森スペースCでロケンロール!

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2017-05