周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ779 

2017/04/05
Wed. 23:19

昨夜は、ぼくの働く小さな施設を運営するNPO法人の理事会であった。

この春で仲間と始めたこの法人も12年目を迎える。前にも書いたかもしれないが(このブログにはそういう重複話は多いと思う)、東京都からNPOの認証が下りたその日の夜遅く、日付が翌日に変わってすぐに次女が長女と同じ助産院で産まれたから、法人設立の日はまず忘れることがないだろう。

次女が産まれた夜、ぼくはちょうどスペースCの運営委員会の会議中で、そこに母ちゃんから陣痛が始まったという電話が入り慌てて大森から1時間半かけて我が家に駆け帰った。
当時住んでいた古い平屋2間だけの借家の玄関を開けると、4畳半の部屋の灯りの下、準備を済ませて唸っている母ちゃんと、心配そうに母ちゃんを見つめそばにちょこんと座っている3歳の長女が居た。時間は9時を回った頃、ぼくはこの時たった3人のチームを実感した。こちらの生き方の都合上、頼るべき親戚縁者は居らぬがそれがどうした。ぼくは自分たちこそが誰よりも強く結ばれた家族(チーム)だとその時思った。

当時乗っていたいただきものの中古のワゴンRを飛ばして5分ほどで着く助産院へ向かう途中、車窓の右側に見える夜の森の上にキレイな満月があった。「満月の子だ!」ぼくはそう声を弾ませながら助産院へ急いだ。

小さな次女はそんな夜に、「私が居るから大丈夫」といつも母ちゃんに言ってくれた、まさに母代わりであった助産院の院長先生の手により助産院のお風呂の中で水中出産で生まれた。長女と同じく「いらっしゃい」と生まれたての赤ちゃんに声をかけてぼくがへその緒を切った。長女と比べてとてもおとなしい小さなかわいいこの世にやって来たばかりの女の子と、長女と母ちゃんと4人になったチームで助産院の部屋で一緒に一晩過ごした翌朝、いつもの出勤時間にぼくは助産院から職場に向かった(院長先生から「こんな日くらい休めないの?」と言われたっけ)。確か風呂は助産院で借りて長女と入ったはずだ。

当時ぼくの働く小規模作業所には、長く続くことになる障害者自立支援法の嵐が吹き荒れ始めていて、早くから法を拒否する姿勢を打ち出していたぼくらは大田区の中で孤立し出していた(元々孤立してはいたが)。施設を訪問した当時の障害福祉課長に「こんなことをしていちゃ自立支援法ではだめだ」と言われたのはこの頃だったか?もうちょっと後の話だったか?

前夜から続いた軽い興奮状態で職場に着くと、理事長からFAXで自宅に届いたという東京都からの前日付の法人認証書が送られて来ていて、すぐさまもう一つの施設の所長である同志S嬢に電話を入れたことがまるで昨日のことのようであるが、その前夜満月の晩に生まれた次女はなんと今日から小学6年生になった。かつて長女が教わったとってもステキな女性教師が担任になったことをうれしそうに次女から報告され、父も負けないくらい喜び「絶対個人面談父ちゃん行くからな~!」と金麦をグビリと呑みながら大宣言したのであった。

ぼくと仲間の働く施設が、その後も悪法と寝ることなく今も何とか生き残っていることはこれまでもここに書いてきた通り。
そして5人となった我がチームは、今年もそれぞれの春を迎えた。さしずめこのチームで、社会という相手に対して自分たちらしく生きるという競技を挑んでいるといったところか?

今宵のBGMは、ジョニー・キャッシュの超名盤「アット・フォルサム・プリズン」の完全版。ジョニーの意気込みと緊張感、囚人たちの熱狂、とにかくただならぬ空気感に満ちたライブ盤。彼ら(囚人)の側から世界を見つめ歌おうとするどこまでも正直なジョニー・キャッシュ、良いなぁ。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!


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ロケンロールライフ778 

2017/04/03
Mon. 22:51

市川悦子歌集「ないしょの話」から1967年2月の俳句&短歌 五十嵐正史選

陽の当る 坂道の家 声も無く 我が世の天下と 猫柳伸び

じゃまは無し 伸びろや伸びろ 猫柳  
※御嶽山駅(ぼくが働く施設の最寄駅の一つ隣の駅)より美装社へ向かう道。長い坂道でのこと。

平静を 装いつつも 心内(こころうち) 悲しみもあり 苦しみもある

心ふるう 愛しき鈴の はかなさよ 積らぬままに 消ゆる淡雪

湯帰りの 雪のひとひら みやげかな

心誘う 好もしき人 使い出て 帰らぬうちに 風は騒ぎぬ

春来たり 心に芽ばえし 花あれど 咲かせぬままの 哀れ花かな

後手に 月を背負いて 語り告ぐ 春の訪れ 風の吹く中

君慕う 若き心の はげしさよ 伝うるすべなき はかなさに泣く

霧雨の 燃えゆく胸に しみれども 消えるまでない 雨の弱さよ


個人的には、“心誘う~”が大好きだなぁ。心のざわめきと風の騒ぎを上手くかけていて、知らず知らずに募る思いがビンビン伝わって来る。切ないが実によく分かる歌である。息子顔負けのなかなか情の熱い人であったことか!
母の短歌とのコラボ曲「ないしょの話~母の歌集~」について人に話す時、ぼくはこの歌でお袋を母親として慕うというより、日々の思いを歌に書きながら懸命に生きていた一人の若い女性として愛しく思うことを伝えたい。そして、この時のお袋とぜひ会って、喫茶店でお茶でもしながら話がしたいなんて言ってみせるのだが、実際会ってさて何を話したものかとあらためて考えた時に、ぼくはやっぱりこんな素直な思い溢れる俳句や短歌を書いている若き彼女に「君、そのまんま上手くなれよ」と言ってやりたいのだった。20代の時にそう言われたぼく自身がその言葉を頼りにここまで歌い続けて来られたように、きっと彼女も励まされたのではないかと思う。そしておせっかいを承知で「書き続けなよ」ともぼくは言ったに違いない。



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ロケンロールライフ777 

2017/03/30
Thu. 23:20

いつものようにタイトルを打ち込んだら、今回がスリー7であることに気付く。雑感のカテゴリだけで777回なので、他のと併せれば1000近く行くのかしら?2011年の元旦からスタートしたこのブログ、良くもまぁ飽かずに書いて来たものだ。とりあえず生きることに全く飽きていないので、これからも生きるほどに書き散らし続けるのだろうと思う。もちろんそれはブログと限ったものではない。これはただの手段に過ぎず、ぼくはSNS自体には相変わらず懐疑的な人間である。こんなもん無くても紙とペンさえあればアタシは書く。

年度末近付く今週は、次年度の予算建てと今年度の決算の確定に向けた事務仕事の合間に、いつもの如く面接や電話相談、新規利用希望への対応、夜は役員を務める社会福祉法人の理事会等があった。
一部の巨大社福法人による内部留保が大騒ぎになって、障害者福祉への株式会社参入を歓迎後押ししたい厚生労働省は、社会福祉法人いじめ(バッシング)としか思えない組織改革の義務付けをこの間一方的に通達して来た。そのいじめは、おそらく地域や中央の行政と昵懇の巨大社福法人より(そここそが問題であったはずなのに)、元々は小規模無認可施設を運営していた所がやっとの思いで法人化を果たした小規模な社福法人に対してえげつない。ぼくが監事を務めている大田区内の某社福法人には、法人立ち上げ前から20年以上の付き合いだが、締め付けはどんどん厳しくなるばかりで関わっていてエスカレートし続ける国からの要求にため息が出るばかり。ついには社会福祉法人の組織編成がまったく大きな株式会社のそれとそっくり模したものに変えるよう迫って来た。地域のその施設を知って応援する者たちで構成されていた理事会や評議員会等は、取締役会や株主総会のような成果主義の権化のような内実に変更を迫られる。せっかく法人格をとって事業が認可されたのに、国が保障する福祉を追求出来ずに逆に株式会社になれと強制される。丁寧に利用者である障害者一人一人と向き合っても数字に出て来ない成果は何一つ評価されないし何より金にならない。比較的自由で、金が出ない代わりに成果主義にも(志さえあれば)従わなくて良いNPO法人でほとんど法外事業を続けているぼくでさえ、理不尽さに納得出来ないことばかりなのに、彼らの現状と言ったら常に存在意義を厚生労働省(国)に弄ばれているようで本当に腹立たしい。しかし、その弄ばれていることを中には喜びと感じている阿呆が居ることもまた事実で、そんな奴らの厚生労働省(国)、自治体との蜜月は時代がどう変わろうと一向に変わりがないようである。

そんな忸怩たる思いを抱きつつ今朝の東京新聞朝刊の、経済学者竹田茂夫氏の本音のコラムをトイレで読んでいたら、朝から思わず「その通りだ!」と声を上げてしまった。
“なぜ弱者を憎むのか”というタイトルの今回のコラムには、のっけからナチス時代の強烈なジョーク「誰一人飢えたり凍えたりする者がいてはならない。そういう者がいれば強制収容所行きだ」が紹介され、現在と変わらぬ弱者排除の論理や心理を言い当ててみせる。それが1980年代以降、英米の新自由主義が福祉のイメージダウンを浸透させて行き(弱者=怠け者)、“英国で福祉の準市場(受益と負担の交換)がうたわれたが、日本は悪名高い旧「障害者自立支援法」でこの理念を直輸入した”と喝破する。ぼくは今も意識的に旧障害者自立支援法という言葉を使うのだが、近頃著名な人(特に経済学者が)がこういう呼び方をすることにうれしい驚きを覚える(彼は一貫して市場原理を批判する経済学者として自立支援法に注目し、福祉を殺す悪法であると断じてきた)。そう、明らかに旧障害者自立支援法こそが、この国の社会福祉を殺した張本人なのだ。それを忘れてはいけない。しかし、もはやそう語る者は少なく自立支援法は総合支援法と名を替えすっかり定着、この国に根を張りつつあるようだ。そんな現実の中をどう生きて福祉で飯を喰らって行けば良いのか?それは、竹田茂夫氏が文末で書くように誤った社会観こそが問題なのであり、福祉で飯を喰らうものは「こんなの福祉じゃない」と声を上げ、あるべきもう一つの世界(福祉)を提示し少なくとも自身の手の届く範囲でそれを実現して行く他はないだろうと思う。しかし、ただグイグイと厚労省(国)から首を絞められるばかりの社福法人の立場で、それをどう実現させるのかぼくには皆目見当もつかないでいる。

慣れることの出来ないものに慣らされることほど人間として悲しいことはない。日本人はそれが割と得意だとしたら、ずい分と悲し過ぎる国民性だと思う。曰く奴隷根性である。その日本人の中にかつて「奴隷根性の唄」という名詩を書いた金子光晴という個人が居たことにいつも勇気づけられる。

明日の夜は、今年1月のワンラブ高江のイベントで知り合った若き弁護士の事務所開きパーティーに呼ばれて歌う。弱者を小さき者を排除したり怠け者としない法の専門家が活躍することはとても心強いではないか!明日の夜はソウブラのロックでお祝いしますよ、三浦弁護士!

そして明後日は「暮らしの窓から見えること」国分寺gieeさんで館野さんとツーマンライブ!歌うぞ~世の中ひっくり返すぞ~!

今宵のBGMは、豊田勇造師匠2010年と2011年の帯広ライブを収録した「この海の向こうに」。師匠のライブアルバム数あれど、このアルバムは屈指の名盤ではないかと最近あらためて思いながら聴いている。勇造さんの現在の懐深い歌声と続木さんのピアノとの名共演が存分に堪能出来る。師匠の唯一無比なギターの上手さ表現力の豊かさもこのCDでよ~く分かる。しんみりじっくり味わい聴き続け、アンコール最後の大名曲“青函連絡船”でハラハラと涙を流して終わる。優しいアルバムだなぁ。そっと抱いてくれるような「大丈夫やで」と師匠が声かけてくれるようなアルバム。嗚呼、早く師匠に会いたい!

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ776 

2017/03/27
Mon. 23:33

今日は昼前に職場をちょっと抜け出して、かかりつけ医であるU診療所へ年に一度春恒例の腹部エコー検査を受けに行く。

5年ほど前に肝機能障害を疑われて受けてみたところ、肝臓はいたってキレイだったものの胆石&前立腺肥大&前立腺結石が分かり、以来経過観察として年に一度1590円の自己負担で受けている。この値段で胃から下、小大腸以外のほとんどの臓器の様子が分かるのだから安いものだ。それにバリウムや胃カメラと比べてこの検査ちっとも苦しいことなく、ゼリーを腹に塗られて、毎度担当する検査技師のおばちゃんの言うがままに腹を膨らませたりへっこませたりしていれば良いのだ。

最後の座位で画面を見ながら腹に特殊スコープの様なものをあてられていると、さすがに白黒でモゴモゴ動いている我が臓器の映像にちょっと気持ち悪くなる。時々画像を止めて画面上に検査技師のおばちゃんが英語で「Stone」と打ち込む。ぼくの老眼の目では良く分からないが、我が胆石は相変わらず胆のう内に鎮座している様子。詳しい検査結果は明日以降診察を受けて聞くのだが、急を要さない風だったのでまぁ去年から悪くなったわけではないのだろうと思う。そもそもぼくの胆石は、石と言うより砂利状で実際は胆泥であるらしい(これはこれで何とも気持ち悪いが)。

と、本当はこんなことを書くつもりではなかった。先週来国会で騒いでいることへの個人的見解でも書いたろうかと思ったりもしたのだが、正直どうでも良いと言うかどうにもバカらしく思えて辺見庸氏がブログで書いたように“あのゴロツキどもとかれらの排泄物を食わされて生きているニュースメディアをいっさいの想念からしめだすのに、わたしどもはいささかも躊躇すべきではないとおもうのです。”に全面的に賛意を示し、ぼくはぼくの極私的生活のリアルを書くことで良しとしたくなったのだ。

昨日からようやく古本屋で見つけて購入しておいた、辺見庸氏の大著「1★9★3★7(イクミナ)」を通して知った堀田義衛著の「方丈記私記」を読み出したのだが、やはりこの国は、この国の国民の精神性は、東京大空襲で焼け野原となったあの時と全く変わっていないという感想ばかりが読み進める毎に湧き上がり(この本自体は1971年に刊行された)、1945年当時を思い出し筆を進める掘田義衛の「日本国の一切が焼け落ちて平べったくなり、上から下までの全体が難民とたとえなっても、体制は維持されるだろう。新たなる日本が果たして期待出来るものかどうか…」という絶望的な嘆き(本人の言葉では「ヤケクソ」な考え)にどうしようもなく共感してしまうのだった。

現在の政治ショーを追いかけ、何かしら義憤(もしくは興味)にかられた発言、発信&拡散することを否定するつもりはないが、ぼくはそれよりもかつて詩人の金子光晴がその詩「寂しさのうた」に書いたように、ひとりふみとどまって、寂しさの根元をがっきとつきとめようとして、世界といっしょに歩いているたった一人の意欲こそが大切に思えてならない。

しかし、堀田善衛が「方丈記私記」に書いた、焼け野原の東京を金ぴかの外車に乗って視察に訪れた天皇ヒロヒトにひれ伏し涙を流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざと焼いてしまいました、まことに申し訳ない次第でございます…とつぶやいてしまう日本人の優しさ?が体制の基盤となっているとしたら、政治においての結果責任もへったくれもないのであって、それは政治であって同時に政治ではないということになるであろう…という部分を読めば、それはそのまま現在のこの国そのものではないか。1945年の子どもの日に金子光晴が詩に書いた思いと、同じ年の3月18日の焼け野原の東京で堀田善衛が抱いた思いは何一つ古くなってはいない。ぼくは現在の政治ショーを追うより、一人すでに書かれた古い書物と向き合い沈思黙考したい。寂しさの根元をがっきと突き止めリアルな生活の場から、低い視線から撃つために。

戦時中の首相近衛文麿を通して、この国の支配階級の特質を堀田善衛は“国民というものの無視、或いは敵視”と喝破した。
菅官房長官が辺野古埋め立て承認撤回を明言した翁長沖縄県知事に対して、損害賠償請求をすると語ったその性根もまたその特質と1ミリも違わないだろう。いわんや安倍晋三をや。稲田朋美をや…ああきりがない。

今度の土曜日、4月1日(土)に国分寺gieeさんで語り歌の館野公一さんとやるツーマンライブのタイトルは「暮らしの窓から見えること」。店長の三輪さんがつけてくれたのだけれど、ぼくにとってとってもしっくり来るライブタイトルだ。このライブならではの選曲を今日から考え出した。みなさん、ぜひ4月1日は国分寺gieeへお出かけください!エイプリルフールだけれど嘘ではありませんよ!

4月1日(土)「暮らしの窓から見えること」
国分寺giee(国分寺駅北口3分)
出演 館野公一+ゆきを ソウブラ(五十嵐、森田、梅田)
19:30開場 20:00開演 1800円+ドリンクオーダー
国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1
042-326-0770

今宵のBGMはザ・クラッシュの「スーパー・ブラック・マーケット・クラッシュ」。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ775 

2017/03/26
Sun. 22:31

最高気温が8度の冷たい雨の日曜日。今年の桜はかなり早いぞという予報に、それでなくても気忙しい春に先回りを強いられたが何のことはない。近所の桜(ソメイヨシノ)も良く見て数輪咲いてるのが分かる程度。これではまだ一部咲きとも呼べまい。それでも団地主催のお花見は予定通り決行で、花より団子の次女と長男は無料で提供されるおにぎりやフランクフルト、ささやかな景品のもらえるゲームを目当てに仲良く雨中、かの仮面ライダー旧1号の怪人ヤモゲラスの回で科学研究所として登場した団地集会所へ出かけて行った(集会所の外観は、仮面ライダー放映時の46年前とまったく変わっていない)。

今年はライブがコンスタントに入っていて、数週間ライブが続いて何の予定もない週末が入るという理想的なサイクル。で、今週末はゆっくりと半ば引きこもって心身を休めた。
こういう時はたいてい近所のGEOへ行き、映画のDVDを借りて夜更かしするのだが、先週末にジャケ借りして観たイラン映画「ボーダレス ぼくの船の国境線」があまりに素晴らしく(この名画をたった108円で観てしまったことに罪悪感を覚えたほど)、記憶にある限り今まで観た中で最高の映画と言いたいくらいの感動と余韻をもうしばらく身の内に置いておきたくて、息子とGEOには行ったもののぼくは借りずに済ませた。
代わりに、昨夜は先日NHKのこころの時代で放映された辺見庸氏出演の番組「父を問う-いまと未来を知るために」の動画を観た。本放送も再放送も観逃してしまい(最近本当にテレビ番組を観ない。子どもたちが観ているのを横からちょっと観るくらい。ゆえに我が家のチャンネル権は子どもたち3人が所持)、どうにかして観たいと思っていたところ、辺見庸氏の言説を良く紹介している方のブログで動画が観られた。

昨年小田原まで講演を聴きに行ったほど、ぼくにとって今辺見庸氏の書き語る言葉は最も腑に落ち考えさせ、自分の言動の指針となるものだ。その辺見氏の独白と1月末に新宿紀伊国屋ホールでの講演を軸に番組は構成されている。かつて辺見氏の父が従軍した中国における、1937年の南京陥落の裏で行われた日本軍による中国人の大虐殺が、やはり中国へ従軍体験のある武田泰淳氏の短編小説を通して語られ、そういう行為(虐殺)に父も加担したのではないか?加担したはずだという問いから、自分だったらどうか?拒否出来たか?という自問へと思考は掘り下げられて行く。そうして辺見氏の大著「1★9★3★7(イクミナ)」は短期間で3度の増補を経て、最近完全版が上下巻の文庫で上梓された。番組もこの大著に沿う内容であったが、番組終盤1月末の講演会の結語的な場面で語った辺見氏の言葉は、ぼくにとって組したくないものだらけの現代社会の実相を見据え、それでも変革をあきらめずに生きて行くためにぼくを力づけるものであった。

「混乱に混乱を極め動揺に動揺を重ねてどうなるか分からない、来たるべき戦争をも予感させる今の世界を最も低い視線から眺めたい。その視線というのは現代において無用なもの役立たずとされるもの。その視線から考えたい」「生活のリアルな視点から世界を見上げること。それが最も正確な世界の見方である」
この言葉たちが刻まれた心で、ぼくもまた明日からのどうにもリアルな現場に立ち、まだ当面逃げることなくその現場から世界を見上げ言葉を紡ごうと思う。無力、非力、それがどうした。そこからひたぶるやれば良い。

今宵のBGMは、インターFMバラカンビートの録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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2017-04