周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ617 

2015/11/21
Sat. 23:58

今日、近所で天国を見つけた。

昨夜終電近くまで久々の三鷹バイユーゲイト(祝!修復工事開始)で呑んだけれど、実に楽しく美味しい酒だったせいか今朝は実に気持ち良く目覚めた。
そして、朝から16日の代休の日に散歩して見つけた天国に行くのが楽しみでならなかった。

その天国とは、読売ランド駅前通り商店街の外れにある銭湯「ヘルスよしの」。
常々ぼくは自分の住んでいる団地とこの街への愛着を公言してはばからないが、唯一これが在ったら完璧だと思っていたのが銭湯であった。
確かに車で行けば5分ほどで着けるよみうりランドのスーパー銭湯丘の湯はある。が、スーパー銭湯にしては安めの方とは言え、銭湯の入浴料より平日で130円高く、休日は230円も高い。なので、経済的に余裕が無くなってからは数か月に1度くらいしか行かなくなってしまった。それにいちいち車で行くのも不経済である。

ところが、「ヘルスよしの」は我が団地から歩いて20分で行ける距離にある。
たまたま母ちゃんにランド駅近くのATMに入金を頼まれ、用を済ませてそのまま帰るのもつまらないので、駅前の箱根そばでたぬきそばを食してから、食後の散歩がてらに久しぶりに駅前からさらにランド前通り商店街を奥に入ってみようとぶらぶら歩いたのだった。

駅前通りを線路から離れるように奥に入ると、そこは何とも懐かしい雰囲気漂う活気あふれているとは言い難いが、小さな明かりが灯り続ける小さな商店街がある。
前の借家に住んでいた頃から、この商店街にある洋菓子も売っている昭和の喫茶&レストラン「モンタナ」には、定期的に開催されている歌声喫茶会にいささか場違いなゲストとして参加して歌ったり、次女がまだ小さかった頃までは時折奮発してここで外食と洒落こんだこともあったが、貧し出してからは足が遠のき、普段の通勤では一駅前の生田駅を使っているので、もうかれこれ8年くらいここを歩いていなかった。

休業日ではあったがまだ健在な「モンタナ」を確認し、さらにゆるい坂道を登るように後は寂しくなるばかりの商店街をそれでも何かに導かれるように歩いて行くと、店も途絶え先に1軒コンビニがあるばかりになった道の反対側に煙突が在るのを見つけた。「!」途端にぼくの胸は高鳴り、ずんずんと早歩きになってその煙突を目指すと、ちょうど商店街が終わり切った所に完全無欠の昭和の面影だけで佇む銭湯があった。看板には「ヘルスよしの」とカタカナと平仮名で何となく卑猥な感じもする名が書かれているが、紛れもなくこれは銭湯であった。知らなかった。気付かなかった。今まで俺は何をやっていたんだ!そんな声が身の内から聞こえて来る。今日の夕方でも早速入りに来ようと思い立ったが、この日は月曜で休業日であった。

それからというもの、今日まで毎日「ヘルスよしの」のことが頭から離れず、思わず仕事帰りに寄って入ろうかと考えたが、せっかくの初「ヘルスよしの」は、自分にとって完璧なシチュエーションで最高の初体験にしたかったので、今日まで待ち夕方の森歩きをした後そのまま森を読売ランド駅近くの道から出て「ヘルスよしの」に直行し、ゆっくり汗を流すというコースを考え出したのだった。

午後3時を過ぎると、そそくさとリュックに石鹸にタオル、着替えを詰め込んで家族には「初回はまず俺一人で行かせてくれ。それで大丈夫そうだったら次からお前たちも連れて行く」と都合の良い理屈を言い放って、ウキウキランランで森へと出発した。
団地のまほろばの森から生田スタジオ裏の森へと入り、ちょうど「森展」が開催中の多摩美の森とこもれびの森を通り、“残された場所で”を書くきっかけとなったマンション建設反対の拠点となった場所に出れば、もう目の前は津久井道でランド駅である。
団地からだいたい1時間のコース。身体はしっかり汗ばみ足の筋肉は張って湯につかるのを待つばかり。

今まで渡った事のなかった奥側の歩道橋を渡ると、そこはもうランド駅前通りの奥の商店街への入口で、完璧な文句なしのこのコースに興奮は最高潮に達しつつあった。
そして、銭湯の入口に立てば先日は昼間で点灯していなかった「ヘルスよしの」の看板が何とも温かくも怪しげに光っている。
下駄箱は年季が入っていて正しい木の板鍵、番台は昔の造りをそのまま残しつつフラットな受付けを後付けしたような感じで初老の女性が座っている。待合室はどこか薄暗く今ではあまり見ない革張りのソファーと動くのか定かでない古びて大きなマッサージチェアが在る。この時点でぼくは興奮と共に涙ぐんでいた。

いったいどんだけ俺はこのように時間の止まっているような懐かしい空間や場所が好きなのか!?
ヒカリエだとかキラリナだとかトーキュースクエァだとかに万が一入り込んでしまったりすると(時々大便をしに入ることがある)、心が荒んで行くような気がして、とても人に優しくなどなれそうもなくなってしまう。
しかし、こういう空間ではそこに居る人すべてに親しみを覚え何だか共に生きている感じがジワジワ込み上げて来て感動するのだ。もしかしたら、それはぼくの中に残っている最初の景色の記憶の一つが、母と手を繋ぎ歩いた小さな商店街の夜道であり、それが銭湯へ続く道だったということにあるのかもしれない。きらびやかなハリボテをこんなにも忌み嫌うのは、それがぼくの原初の記憶の光景とあまりにも正反対であり、そこはそんなささやかでどこか儚いものの存在を許さないように見えるからかもしれない。

脱衣場にはマジックで手書きされた色あせた注意書きや営業日、時間が貼ってあり、小便をしにトイレに入ると小便器の真正面に「ゴミ、毛、反吐を落とすな!」とやはりマジックで大書された張り紙があって、思わず吹きだしてしまった。

午後4時半の銭湯内にはぼくを入れて3人しか居らず、2人ともご老人であった。
浴槽は電気風呂入れて3槽だけで、電気風呂以外の2槽も3人入れるかどうかの広さでどちらも気泡風呂なのだが、一方は超音波風呂となっていて古い効能書きがあるが、一見隣と同じただの泡がブクブク出ているようにしか見えない。湯船に気持ち良く浸かりながら看板の文言を読むと、超音波風呂の製造元は大田区は大森東のとある製作所であり、連絡先の電話番号が古い表記で相当前のものであることが分かる。自分の職場のある大田区とこんなところで出くわすことに奇妙な気持ちになりながら、このような製作所が元気だった頃が、おそらく大田区の一番大田区らしかった時代だったのだろうなと思った。

湯船から天井を見上げると天井といい壁といい、板張りのペンキは剥げかかりちょっと薄暗いと思ったら電灯も点いていないものがいくつもある。
3つあるシャワー室の1つには「このシャワーはお休み中です」と札がかかっている。どこか仏頂面で黙々と身体を洗う老人2人と、1人で超音波風呂を独占している私。何だかこの上もない幸福感が押し寄せてきてまた涙ぐんで来る。思わず「あぁ極楽極楽」と小声で言ってしまう。何の変哲も売りもない古びているだけの普通の銭湯。時の流れの中ただただここに在り、人が身体を洗いに湯に入りに来る銭湯。正しいなぁと思う。名の通りにちゃんとしてるなぁと思う。

持って来た髭剃りで、曇る上になぜか位置が低くて椅子に座ると顔でなく自分の股間ばかりが映る鏡に手を焼きながら(おそらく後から買い足した椅子の高さが鏡の位置と合わないのだろう)、首を曲げ曲げ髭を剃り、ケロリンの桶に湯を注ぎ石鹸を流す。
だんだん人が入って来て、ぼくが出る頃には7~8人になっていた。芋洗いは嫌だが、客が少な過ぎるのもまた心配になるので少しホッとした。

営業日と時間をしっかりチェックして、すっかり暗くなった銭湯帰りの道をやわらかな明りの灯る商店街へと歩く。40年以上前に母と歩いた夜道もきっとこんな感じだったのだろうと思いつつ、お店を覗き見しながら行く。鮮魚店が在る、八百屋が在る、肉屋が在る、豆腐屋が在る、喫茶店が在る。豊かだなぁと思う。これ以上何も要らないのにとつくづく思う。余計なものが多過ぎる。そしてその余計な在り過ぎるものが、ぼくの愛する場所を脅かす。大きなもの、明るすぎるものが余計に在り過ぎる。

そんなことを考えながらてくてく歩いていたら、あっという間に団地に着いた。
「どうだった?」と聞く子どもたちに「天国だった」と言ってから細々と上記のような説明をしたら、「アタシたちはやっぱ遠慮しておく。これからも父ちゃんだけで行って」だって。ならば、子どもたちに留守番させて母ちゃんと2人で行こう。

今宵のBGMは、いよいよ共演ライブが明後日となった知念良吉師匠の名盤セカンドアルバム「青空の生まれるところ」。
この1週間通勤時にCDウォークマンでずっと知念さんの歌を聴いていた。時々知念さんの歌う言葉が耳からダイレクトに心に届き何度も落涙しそうになって困った。一緒に歌う時は泣かぬようにせねば!それほどに大好きなハリボテの言葉が一つもない知念さんの歌たち。

BG酒はブラックニッカハイボールでした。良い風呂入ったせいか、今夜も酒が美味い!では、明後日あるぽらんでロケンロール!



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