周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

休憩挟んで、何だかんだ優に2時間を超えた今回の無声映画庫出し時代劇特集、しばらくギター弾かなくても良いかと思うくらい弾いて弾いて弾きまくった。

なんて書くと、さぞかし流暢に速弾きしまくったように聞こえるかも知れないが、実の所相も変わらずのコード弾きにアルペジオをミュートさせたりボトルネック使ったりと、少ない引き出しを総ざらいの必死の無手勝流奏法であった。
隣で映画に命を吹き込む片岡君の語りに合わせて、臨機応変に単音弾きが出来たらさぞかし良いだろうとないものねだりをしないではいられない。が、しかし、齢46にしてもはやこれから飛躍的なギター技術の向上は望むべくもない。しからば、この無手勝流をどこまでも貫き通すしかないかと半ばあきらめと開き直りの境地。

それでもやはり昨日もあらためて思ったが、ぼくはこの無声映画に命を吹き込む作業(パフォーマンス)が自分のライブ同様好きなのだ。あるぽらんの奥のカウンターに陣取って画面に向かって並ぶアタシと片岡君から、湯気が出るようなパフォーマンスをするのが楽しいのだ。

今回の時代劇5本は、すべてにチャンバラ格闘シーンがあり、ぼくはそのすべてのシーンに別の音を付けることを自分に課した。奏法が似てしまう場合はカポタストを付けてキーを替えた。一口にチャンバラと言っても役者によってその動き所作は全然違う。そしてそれが無声映画時代の役者たちの見せ場であり自己主張でもあったのだろう。
個人的にはどうしても大河内伝次郎の悲壮感マンチクリンの立ち回りに力が入ってしまう。彼の顔芸も実にスゴイ。白目をむいてすごんだり、突如座った目つきでカカ笑いをしたり、剣術も一見メチャクチャに振り回しているような華麗さとは程遠い激しさである。それが人間の情念をあぶり出すような魅力を何とも感じさせるのだが、これは女性にはあまりウケないようにも思う。阪妻や林長二郎のようなスマートさがないからだ。

でも、そんな無声映画時代を支えたスター3人3様の魅力を味わえた昨日の活動写真ライブはとっても貴重であり、現代に主張する大衆文化としてぼくはどこまでも有効だと思うのだ。

休憩時間に楽屋で、片岡君に「このチャンバラシーンに当時のお客さん達も大喝采だったんだろうねぇ」と言ったら、片岡君曰く「そうでしょうねぇ。なにせこれを今より鮮明な画像で大きなスクリーンで全篇観れたんですからねぇ」とのこと。そうなのだ、この日かけた映画のすべてが90年近い年月を何とか断片だけになって生き延びた作品たちなのだ。ぼくは思わず失われたものの大きさに愕然とするような気持ちになり、その断片をもってその作品の全体像を現代によみがえらせ問う活動写真弁士の仕事に、今さらながら敬意を抱いた。すごい仕事だと思った。

そんな活動写真ライブを、昨日はたくさんの人に観てもらえてうれしかった。
さいたまの江上さんに必死のギター奏法をちゃんと褒めてもらえてうれしかった。

映画前に歌った1曲を「残された場所で」にしてやっぱり正解だったなと思った。
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2017-06