周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ585 

2015/07/08
Wed. 22:47

家族が交代で24時間体制の看病をして何日目だったろう。

ぼくはそのために何日仕事を休んで実家に居たのか覚えていないが、妻が川崎から駆けつけたその夜、ぼくが風呂から出るとにわかに呼吸の止まったお袋を囲んで家族全員が懸命に声をかけていた。
鼻から通されたチューヴからは、体液がザーッと親父が手作りしたステンレス製のベット脇のポリ袋に流れ込んでいたと覚えている。
その小一時間前までは、喘ぎながらもぼくが耳元で妻が来たことを告げると確かに「うん」と頷いていたのだが…。
1994年の七夕の夜に48歳でお袋は逝った。

親兄弟の誕生日を忘れるほどの薄情者であるぼくも、さすがに七夕に亡くなったお袋の命日だけは生涯忘れないだろう。
もしかしてそんな薄情息子を見越してあえて七夕に逝ったのか?
69歳になったお袋を見てみたかったというせん無い思いは尽きぬが、お袋の享年にあと2年まで近付いた現在、彼女は母と言うより同世代の友人のような感じがする。
亡くなってしばらくは夢の中でぼくを心配し叱っていたお袋は、近頃は夢の中でぼくに抱きしめられて慰められたり、ぼくが見守っているような立場で登場して来る。おそらくぼくの心境の変化なのだとは思うけれど。

生きていたらおそらくケンカが絶えなかったろう。援助もしたがったろうが口出しもたくさんして来たに違いない。そうして指図されるのが大嫌いなぼくは、きっとお袋を拒み、義母に対してとはまったく違った次元で絶縁していたかもしれないと思う。
大学時代に母ちゃん(妻)との同棲が発覚した時にも絶縁したことがあった。もう一生逢わなくても俺には母ちゃん(妻)が居るから良いやなんてたかをくくっていたら、おふくろのガンの再発が分かり、知らされた夜ぼくは母ちゃん(妻)の膝に顔を埋めて一晩中泣いた。

お袋とのエピソードを話すたびに、母ちゃんと子どもたちから「お母さんがかわいそう」とお袋への同情の声が上がる。ぼくがかわいそうという声は一向に上がらない。お袋は良くぼくを育ててくれたのだ。一人前ではないかもしれないが、助けを借りながら人と繋がりながら手前で何とかやって行ける人間にしてくれたのだと思う。
今年も墓参りには行かないだろうが、あなたからもらった命であなたの生きられなかった人生を、息子はひたぶるに生きている。
“生きることは楽しいね ほんとに私は生きている♪”と歌いながら。

今宵のBGMは、ボブ・ディランの2005年のドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」のサントラCD。
初期弾き語り中心のディスク1を聴いているけれど、梅雨の夜に沁みます。噛みしめるように歌うウディ・ガスリーの「我が祖国」は、何にも難しい弾き方をしていないけれど二度とはあり得ない名演だ。この時この瞬間にしか出来ない演奏と歌い方。ディランにはそんなパフォーマンスばかりいくらでもある。それがディランの偉大さだ。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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この記事に対するコメント

すてきです。そういう意地っ張りのあなたの正格に、とても親近感を覚えてしまいます^^;
私も母上さまのご冥福お祈りさせて頂きますね。

あねご #- | URL | 2015/07/09 20:54 * edit *

あねご殿、ありがとうございます。
お袋もアタシに負けず劣らずの意地っ張りでありました。
なのでお互い分かり過ぎて先回りしたりされたりの実に忙しい親子でした。

五十嵐正史 #- | URL | 2015/07/09 23:09 * edit *

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