周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ580 

2015/06/24
Wed. 22:29

昨日(23日)の沖縄慰霊の日(本土の捨て石とされた沖縄戦の組織的戦闘が、司令官であった牛島中将の自決によって終結したとされる日)、ぼくは摩文仁の丘で行われたその追悼式を、職場でいつもかかっている昼のNHKニュースの実況中継で観た。

昼食中の施設の利用者達のほとんどが、これが何を意味する式典なのか分からないようだった。
ぼくもあえて説明する気は起きず、ただ事務室から遠巻きに中継を観ていた。
翁長知事による平和宣言は、あらためて眼前の首相に対して辺野古への新基地建設反対を力強く宣し、参列者の喝采を浴びているのが分かった。

続いて安倍晋三首相の来賓あいさつは、翁長知事の言葉とは打って変わり取ってつけたような抽象的な表現ばかりで、相変わらず彼の大好きな英霊等の靖国語と親和性の高い「御霊(みたま)」という言葉を連発し、翁長知事から面と向かって突き付けられた言葉に何一つまともに応えなかった。
沖縄で今語るべき本質をはぐらかしたどうでもいいような話(それを沖縄ですること自体が恥であり罪悪だ)の後、明らかにまばらな拍手の間から、一瞬怒声のような野次が聞こえた気がした。

ぼくはテレビからかなり離れていたので、「空耳かな?」とも思ったのだが、後で本当に「帰れ!」等の野次が飛んでいたことが分かった。ぼくはそれが沖縄の声であり、実に真っ当で人間的な声であると思えてならなかった。と同時に、その声を本土の人間がどれだけ聞いただろうかと思った。
そして、その沖縄人に「帰れ!」と言わしめる首相を今もって担いでいるのは我々日本人であり(ここではあえて沖縄人と分けて書く)、この首相と同等の、沖縄に基地負担を押し付け強いている当事者であることを忘れて(または意図的に無視して)語る感性が、自分の中にもあるのじゃないかと不安にもなって来るのだった。

ぼくが沖縄で続く市民の抵抗を語る時、海保や防衛施設局、警察、警備会社等々の体制側との対立を観たままに語りがちだが、同じ沖縄人同士がぶつかり合うという苦境を生み出した元凶が日本(人)にあることを抜け落ちたまま語ってしまい、後から何とも苦い気持ちになることがある。だからと言って、何も語るべきではない、語る資格はないとそこから自分を一抜けさせてしまうのは卑怯であるし許されないとも思う。
どれだけ自分の立場から沖縄を語り歌っても言葉が足らず、地金のような傲慢さや軽薄さが立ち現れてしまっても、ぼくはそれを何度も自己否定しながら修正しながら見つめながら、自分の言葉でやはり沖縄を語り思い歌いたいと、いつもの東京の片隅の職場で、テレビの中継を観ながら思った。2015年6月23日70年目の沖縄慰霊の日に。

今宵のBGMは、キューバが誇るミュージシャン、エリアデス・オチョアのベスト盤。キューバ制作盤だけあって音が乾いていてぬけの良さが何とも気持ち良いです。ぼくにとって、生きている間にいつか行って見たい国、そして大好きな国。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://soulbrothers.blog137.fc2.com/tb.php/882-87a2ef69
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-06