周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ567 

2015/05/02
Sat. 23:50

初めてイマジンを聴いたのは中学1年の時だ。
中学校の下校時刻に流れる音楽として、およそ文化的な施設や店の何一つない陸の孤島のような田舎町の夕暮れの空に、不自然なほどの大ボリュームで流れていた。

それはビートルズ好きのテニス部の顧問の選曲で流していたことを後から知ったが、特に記憶に残る先生というわけでもなく、ただたんにビートルズやジョンレノンが好きで流していただけなのだろう。
ぼくがイマジンを聴いたのは82年の4月のはずだから、ジョンが殺されてまだ2年も経っていない頃で、まだまだ人々の記憶にジョンの死は生々しかっただろうと思う。ぼくは小学5年の12月にジョンが殺された時はまったく関心がなく、したがってニュース等の記憶もない。1年後に角川映画の「悪霊島」でビートルズのレット・イット・ビーが主題歌に使われ、それがテレビで流れているの聴いて初めて興味を持ち、そこでジョンがすでに死んでしまっていることを知ったくらい。

ぼくは中学に入学した翌日、すなわち入学式の翌日に10数人の上級生から集団暴行(リンチ)を受けた。
それは小学校卒業前から噂され、実際下校時に待ち伏せしていた中学生に何度も予告されてもいたから覚悟はしていて、何か月も前から必死に体を鍛えて筋肉を付けていた。それは上級生たちをやっつけるためではなく、何をされても大怪我せずに、もっと言えば殺されないような強い体にするためであった。

それにしても今でも信じがたいのは、狭い町の中でぼくがやられるという噂は広まり、学校側もすでに知っていたのに何もしなかったことだ。
上級生に首根っこを掴まれて連れて行かれるぼくと、一人の若い教師はすれ違ったのだが、怪訝そうに一瞥をくれただけで上級生たちからどやされるとそそくさと歩き去ってしまった。ここはこの時代の典型的な荒れた田舎の中学校であった。

その時受けた暴行のシーンは断片的に覚えているが、なぜか痛みはまったく思い出せない。
顔以外をかなり殴る蹴るされたが、幸いぼくは解放後独りで歩き家へ帰ることが出来た。学校の外では10人以上は居たかもしれない友人たちがぼくの出て来るのを待っていた。何人かは「自分のことは言っていなかったか?」と聞いてきたがぼくは無言のまま、中学校から歩いてたった数分のところにあった家に帰り、何も言わず2階の部屋に倒れ込み恐怖(とおそらく痛み)に震えながら泣いた。

お袋がすぐに上がって来て「教育委員会に訴えよう」と言った。お袋もぼくがいつかやられることは知っていた。けれどぼくはそれを止めた。そんなことをされたら今度こそ本当に殺されると思ったからだ。
残念ながら、身が引き裂かれるくらい心配したであろう親の存在も、この町の因習の前では全く無力に思われた。12歳でもこの町の教育委員会は助けてはくれないと直感していた。ぼくはぼくの力で、何とかしてこの学校で生きて行かなければならないとしかその時は思えなかった。

翌日ぼくは校長室に呼ばれ、暴行を受けた事実について取り調べのような尋問を受けた。ぼくは報復を恐れて暴行されたことを否定した。すると、校長はキツイ口調で「嘘つくな!こちらは全部知っている」と確かに言った。
ぼくはその時前日の上級生から受けた暴行以上の、屈辱と衝撃を受けて茫然とした。この町の住民全員がぼくが不良グループにリンチされたことを知っているのではないかと恐怖した。
校長は捨て台詞のように「お前の言動をこれから注意しているからな!」と言った。

この時の校長はぼくを暴行した不良グループの親(町会議員)と旧知で、やがて修学旅行にからんだ旅行会社からの収賄事件を起こして新聞をわずかに賑わせた。

そんな12歳の絶望の中で、毎日毎日夕暮れに流れるイマジンはぼくの魂に沁みた。
平和を願う歌であることは乏しい英語力でも分かった。ぼくも心から平和を願っていた。腐った因習や保身の塊のような人間ばかりのこの不毛な町からなによりも解放されたかった。

もう全く思い出すことはなくなっていたのに、長女が中学生になったことで急に心配や不安と共に記憶がよみがえり、長女の入学前後は何度か嫌な夢を見た。そんなことはないと思っても、(ぼくにとって)あんな地獄のような中学校に行く長女が心配でたまらなかった。

それでもぼくの中学校生活は悲惨だけではなかった。友人とたくさん遊んだし悪さも恋もした。何よりイマジンと出会い、ぼくは暴行を受けたその年にギターを弾き始め歌を書き出した。ロックに救われた。あの町の親以外のどんな大人よりもジョンレノンがぼくを救ってくれた。
それからぼくは歌によって自分の生き方を、自分の行く道を見出すようになった。その始まりの歌がイマジンなのだった。

今宵のBGMは確か99年に発売された4枚組の「ジョン・レノン アンソロジー」。まだ子どもの居なかったこの頃は月に1万円以上CDに注ぎ込んでいた。この時買っておいて良かった。GW中は毎日聴きまくろうと思ってま~す。

BG酒はホワイトハイボールでした。明日は近所の登戸第一公園でのピースパレード&憲法まつりにて、ソロでロケンロール!もちろんイマジン歌います!
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