周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ560 

2015/04/07
Tue. 23:11

昨日(6日)は、心揺さぶられることの多い一日であった。

まずは東京新聞朝刊一面の、翁長沖縄県知事と菅官房長官の二者会談時の写真。
写真とはかくも雄弁なものなのかとあらためて思わせ、一葉で見事に両者の人間のあり様を浮き彫りにさせ、沖縄と日本政府の現実を見せつけた。

ほぼ直立不動で眼光鋭く真っ直ぐに相手を睨む翁長知事と、その眼力に耐えかねるかのように身体を右に傾けて、愛想笑いをしようとして引きつってしまった定まらぬ表情を浮かべている菅官房長官。
会談内容を読むまでもなく、翁長知事が新基地建設拒否を示し直球真っ向勝負で挑んだことが分かる。前にも書いたがこんな真摯な顔で政治を行う為政者をぼくはついぞ見たことがない。やはりぼくらには今後も決して持てることのない政治家に思えてならない。なぜなら、ぼくらは翁長県知事を誕生させるほどの已むに已まれぬ民意を持っていないから。ぼくらヤマトの有権者の、これまで沖縄を踏みつけにし続けて来た選択が、翁長県知事を誕生させた沖縄の怒りの源泉でもあるから。
翁長知事に睨まれた菅は、安倍晋三であり、ヤマトに住まう我々だ。

残業せずに仕事を切り上げ向かった夜の渋谷クラブクアトロ。
考えてみたら、ここに来たのは2001年のジョー・ストラマー&メスカレロス以来14年ぶり。
18年前にやはりここで観た以来のマイク・スコットは、ちっとも変っていないと共に、生き抜き成熟した生身の人間としての等身大ロックを鮮やかに見せてくれた。カッコ良かった。軽やかで力強く不確かで不条理な世界を、自らの流浪を、確信を持って歌っていた。
30年前のぼくが、毎晩レコードに針を落として聴きながら泣いていた大名曲の「ホール・オブ・ザ・ムーン」に、30年後のぼくもやはり泣いた。そして自然発生的に起こった客席からの大合唱。ロックが国境も言語も越えて人を癒し成長させることを明かした感動の一瞬であった。
ピーター・バラカン氏が、ぼくの3列ほど前のリザーヴシートに居るのが見えた。

魂が火照った状態で新宿に出て、駅中にあるベルクへ行き、4月いっぱい開催しているSaSaさんの木版画展を観ながら大好きな生ビールハーフ&ハーフを立ち飲みする。
この店はいつも混んでいるけれど、なぜかそれが苦にならず居心地が良い。
その満席のお客さんに全然負けていないインパクト放ちながら、店内の壁から天井までSaSaさんの版画がいっぱいに展示されている。
版画のテーマはSaSaさんの好きな山であったり日常の一コマであったり、ソウブラのCDジャケットであったり。でもその中にどっかりと反原発と沖縄の新基地建設反対、オスプレイ配備ヘリパッド反対のメッセージが腰を据えている。
慣れ親しんでいるSaSaさんの版画だけれど、あらためてSaSaさんの版画の放つメッセージがまったく押し付けがましくなく、何より作者である自分自身をやたらに主張していないことに気付く。
SaSaさんの版画はあくまで描く対象に寄り添い、重いテーマでも特徴である懐かしいマンガを思わせる温もりある画風で包んで提示する。けれど主張には妥協もオブラートもなく直截だ。

ぼく自身が描かれた最新CD「ひたぶるにただ」のジャケット版画の前で美味しいビールを飲みながら、ぼくは今さらながらSaSaさんの版画と、ソウブラが目指しているロックがとっても近い事を感じてうれしくなった。

みなさん、4月中にぜひ新宿駅最後の小さなお店ベルクに行ってみてください。

今宵のBGMは、マイク・スコットが一たんウォーター・ボーイズを停止させ95年に出したソロアルバム「ブリングエム・オール・イン」。そして96年、97年とマイク・スコットは弾き語りとソロ名義のバンドで2年続けて来日。本人曰く当時は迷いの中に居たとのことだが、その時のライブも素晴らしかった。どんな時でもその時の己でベストのライブをするマイク・スコットをずっと好きでホントに良かった。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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この記事に対するコメント

ありがとうございます。

昨日(6日)CD「余計な音」届きました。ありがとうございます。私も朝に沖縄2紙の朝刊を読み、二人の違いを同じように感じていました。前日の日曜は会談の現場前に居て、菅さんに対し彼が「わからない」と言い放った『民意』を分かりやすく教える為に、現場に立ち語りかけていました。知事が県民の前を堂々と通りホテルへ入り、終了後も県民にガッツポーズやハイタッチで応えながら帰って行くのに対し、菅さん(沖縄の負担軽減担当でもある…)が機動隊に守られながらこそこそと車のスピードを上げて帰って行く姿は対象的でした。その後の「余計な音」はより心に染み、しかも私の思いを言葉に換えてくれたようで涙が出て来ました。思えば…学生時代に「ふるさとの川」に惚れこみ卒業時に色紙を送り、「おもい」が送られて来て…結い風での再開。この前の手紙の後の「余計な音」…。勝手な思いですが、四半世紀に渡って手紙のやり取りをしている気がしています。いつか又生の唄(言葉)が聴ける日を楽しみに待っています。ありがとう!

くわえ #- | URL | 2015/04/08 03:06 * edit *

“四半世紀に渡って手紙のやりとりをしている”私もまったく同じ気持ちです。
武豊駅前のくわえさんのアパートの部屋で、「ふるさとの川」を弾き語りした夜のことを良く覚えています。いただいた色紙はだいぶ年季が入り、良い味出して今も私の部屋に在ります。
「余計な音」これからもおもいを込めてガンガン歌って行きます。
そしていつか必ず歌いに行きます!

五十嵐正史 #- | URL | 2015/04/08 23:18 * edit *

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