周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ550 

2015/03/12
Thu. 23:20

先日ブログを書いていると、母ちゃんが入って来て「ブログも良いけどこれもよろしく」と言って、息子の自主保育卒園記念色紙へのメッセージを頼まれた。

一しきり考えてぼくは、“まほろばの森の秘密の葉っぱ(タマノカンアオイ)のように、小さくてもゆっくり成長しながら、たくさんの季節をこれから乗り越えて行こう!”と書いた。息子は目線が大人より低いせいか、森を歩くと目ざとく地面を這うように茂るタマノカンアオイを見つけては「秘密の葉っぱ見つけ!」とぼくに知らせてくれるのだ。

2歳から5歳までの3年間、団地内で40年以上続く現在は週一回だけの自主保育に通った息子は、2年目からは他はすべて年下の園児と共に、それでもそれがちょうど良い発育レベルで楽しく過ごしたようだ。

4年前の震災と原発事故後の夏から、突如息子のアトピー症状が出始めた。夜な夜な患部を血だらけにして泣きながら掻きむしり、その度に母ちゃんも起きて保湿剤を塗りながら優しく患部をさすり続けた。
外に出て汗をかくと痒くてたまらなくなるせいか、息子は外遊びをしたがらず週一回の団地の集会室でやる自主保育に母ちゃんと出かけるのがやっとで、沁みるから風呂にも入れず、しばらくは毎日濡れタオルを血で染めながら体を拭いてやるだけだった。
髪の毛は粉をふいたようにフケがたまり、10日くらいおきにようやくぬるま湯で洗ってやるくらい。上のお姉ちゃんたちとは連れ立って良く行った風呂屋に、息子と行けないことが親父としては少し寂しくも不憫で、あれだけ好きだった風呂通いの頻度がだんだん減って行った。

原発事故後に関東に住んでいて皮膚疾患になった子どもの話はその頃良く聞き、それを理由に西や南へ移住する家族の話も良く聞いた。ぼくも母ちゃんも当然放射能被爆を疑った(けれど、昨年受けた息子の甲状腺検査は二人の姉よりも問題なかった)。母ちゃんは地域の共産党市議会議員と共に団地周辺の放射線量測定を行い、ここに住み続けるリスクを考え、同時にそれまで掃除機も使わず箒で掃除していた我が家は、息子の為にハウスダストを除去する高性能掃除機と空気清浄器を買い、生田の美味しい水を飲んでいることもあってそのまま飲んでいた水道水に、これまた高性能な浄水器もつけた。

息子の身体が反応してしまう食材(牛乳、卵、肉、輸入小麦粉、砂糖、油)はしだいに使わなくなり、たまに肉の食いたいお姉ちゃんやぼくのために息子だけ別の献立を用意することもしょっちゅうであった。母ちゃんの料理の腕はどんどん上がり(元々上手であったが)、姉弟3人が一緒に食べられるようにと、上記食材を一切使わないでお菓子やケーキ、ピザやドリヤ、ハンバーグからコロッケ、そしてパンやナンを作り、近所の人に時々注文されるまでになった。

息子は一度も病院には行かず、ステロイドも塗らず、天然の保湿剤にサプリとしてカルシウムを摂り(アトピーは体質的にカルシウム不足も大きな原因)、新陳代謝を良くするために痒くなってもなるべく外に出て太陽にあたることを心がけた。
家から出られない時の為に観せた、団地が良く出て来る昭和の仮面ライダーのDVDにハマり、ロケ地を実際見に行こうと誘って外に森に連れ出すようにした。

そうして5歳になって、同い年の子よりは出来ることがまだ少ないが、父ゆずり?のおしゃべりで本の読み聞かせが上手い子になった。沁みるのを我慢してずっとぬるま湯をかけるだけだったお風呂も、半年前位から湯船に入れるようになり、今ではかなりの風呂好きになった。皮膚もずいぶんキレイになり、夜中に掻きむしって泣くことはほとんどなくなった。
たまに痒くなることを覚悟で、市販のお菓子を食べるしお爺ちゃんに買ってもらってジュースを飲むこともある。少量だけどウィンナーやアメリカンドッグも大好物だ。

4年前の原発事故後、現在も関東で子育てをするなどとんでもないという意見もあるし、食材を徹底的にこだわって東日本のものは一切食べさせないという方法もある。
ぼくらは、何か所かあった(人がそれほど立ち入らない場所ではあった)高線量を計測したこの街で、良く考えた上で完全に安全な場所などもはやなく、つまりこの国にこれ以上の逃げ場所はないと判断し、その中で開き直るのではなく気を付けるだけ気を付けて子どもを守り暮らして行くことに決めた。幸い近所に(放射能に対する)注意を呼び掛けてくれる人も居たし、そういうことを話せる人も居た。もちろん考えの違う人も全然気にしない人も居た。

思えば息子の小さな団地の自主保育卒園は、我が家にとってまさに震災、原発事故からの歩みそのものであった。
森を愛し(ふもとの一部落ち葉の溜まっている所では放射線量が高かった)森と共に在り、タマノカンアオイを見つけた4年間であった。

今宵のBGMはアムネスティーインターナショナルの50周年記念に発売された、70組ものミュージシャンがボブ・ディランの曲をカバーした4枚組CD。先日吉祥寺のディスクユニオンで中古盤を1,000円ちょっとでGETしたのだが、これがまたチョー素晴らしい。これまでもディランのカバーアルバムはたくさん出ているが、これを超えるシロモノはないだろう。本人以外はすべてこのアルバムの為の新録もしくはライブ、とにかくディランの曲に対するリスペクトとカバーの本気度がハンパじゃない。個人的にはぶっといロックで軽やかに“ドリフターズ・エスケイプ”を歌うパティ・スミスと、さりげなくアイリッシュアレンジをほどこし、ぼくの大好きな“哀しき別れ”を歌ったマーク・ノップラーがお気に入り。エルビス・コステロの“ライセンス・トゥ・キル”も良いなぁ。絶対お得なこの4枚組を今週は通勤時も帰宅後もずっと聴いてマス。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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