周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

曇り空 

2015/03/10
Tue. 22:43

曇り空
詩 竹内浩三 曲 五十嵐正史

この期におよんで
じたばたと
詩をつくるなんどと云うことは
いやさ、まったくみぐるしいわい

この期におよんで
金銭のことども
女のことども
名声のことどもに
頭をつかうのはわずらわしゅうてならぬ

ひるねばかりして
ただ時機をまつばかり

きょうも
喫茶店のかたい長イスの上にねころがって
曇り空をみている


青春の、未来への夢が詰まった大好きだった日大専門学部映画科を繰り上げ卒業させられ、幹部候補生を目指して徴兵を遅らす方策(同人誌仲間の多くはそれをやり何人かはそれで生き残った)もあえてとらず、実家のある三重県の久居連隊への入営が刻一刻と迫る中、江古田か池袋かはたまた銀座か高円寺かの行きつけの喫茶店の長イスに独り寝転がる竹内が、その表情含めてはっきりと見えて来る。

ただの諦観や捨て鉢投げ槍な魂では、こんな詩を前述の“おとこの子は”と同じく所蔵本の余白に、書き直しなく完成形として書きつけることなど出来ない。
竹内は、一番非力な立場で権力に翻弄され前線に立たされる者の目線で、その目線でしか書けないものを予感しながら、そこから見えるものすべてを書き残そうと決意した。この“曇り空”はそんな竹内の宣戦布告に思えてならない。

この詩も読んだそばからメロディーが出て来た。時間にしたらきっと1分程度のことだろう。この期(戦争に持って行かれ天皇の赤子として命を捧げさせられる)におよんで詩をつくることを「いやさ、まったくみぐるしいわい」とうたう彼の言葉を、ぼくには心の底から誇らしげに歌ってやりたい。このクソッタレな、人の命を犬のクソほどにも思わない(思えない)天皇制軍国主義国家ニッポンにおいて、俺はいまだに詩を書いてやがるぞ!ざまぁみやがれ!と、思い切り歌ってやりたい。

先日ののろライブで、急きょ“望郷”の前にこの歌を歌いたくなってぶっつけで初披露した。
ライブ後に観に来てくれたH君が、ぼくを通して竹内浩三を知り、彼の生き様や人となりが大好きになったと言ってくれてとてもうれしかった。ぼくが竹内を歌うことでこんな風に彼を知って好きになってくれる人がいることが、何よりもぼくが竹内を歌って良かったと思えることだ。

竹内が命を奪われたあの時代と根底で変わらず、けれど姿かたちを変えておぞましくクソッタレな時代はやって来ている。個人のたたかいは政治的な場で闘われるのではない。一人ひとりの、まさに生活の中の不断の小さな選択において闘われる。

今夜曲の構成も完成した。早くバンドで合わせたい。
スポンサーサイト

[edit]

CM: 2
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

とうとうボーリング調査が再開されてしまった。この「クソッタレ」な国に何を訴えても通じない。巷のネトウヨたちが言うように、私は日本人でいる必要があるのか?はなっから国家という者を信用してはいないのだが…ただ、そこに暮らす人たちは信じていたい。(片思いなのだろうか?)諦めはしない。奴等がそれを望んでいるから…。憎みはしない。奴等がそれを望んでいるから…。いくら踏み潰されようとも、私の言葉の欠片を撒き散らしていこう。奴等が嫌がることならば…。

くわえ #- | URL | 2015/03/12 23:21 * edit *

今朝の東京新聞一面は、「沖縄の民意無視」の大見出しで、辺野古のボーリング調査再開を批判しています。
けれど、止まらない海保の暴力。海保の船が抗議船ゴムボートに体当たりし、抗議市民の頭に乗り上げるというとんでもない暴力の現場が全国に報道されても止まらない。
つくづくはっきりしたのは、すでに憲法は変えるまでもなく死んでいるということ。特に第9条はこれまでも今も沖縄で実現されていない。
守るべき9条などとっくにこのクソッタレの国には存在しなかった。一部が犠牲の上に恩恵を受けていただけ。
ゆえに9条を守ろうとは言ってはいけない。在りましないものを守ること等出来ないから。
くわえさん、自らの身の内から湧き出る言葉、彼らがもはや失ってしまった言葉、どうか放ち続けて下さい。

五十嵐正史 #- | URL | 2015/03/14 00:12 * edit *

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://soulbrothers.blog137.fc2.com/tb.php/834-e7b9c3be
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-06