周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ540 

2015/02/04
Wed. 23:31

昨年末に、半年に渡った独逸滞在より帰国した活動写真弁士、片岡一郎君から22日阿佐ヶ谷あるぽらんでかける無声映画のDVDが送られて来たので、早速ギター抱えて鑑賞してみた。

片岡君もブログで書いているように、ここ最近あるぽらんでは続けて大作をかけていたので(3時間に及ぶ「国民の創生」もやりましたな~)、今回は短編特集ということで、日米の珠玉の短編映画が送られて来た。
すでに告知されているのは、大河内傳次郎演じる中山安兵衛(後の忠臣蔵堀部安兵衛)主役の剣劇モノの傑作「血煙高田馬場」と、伊丹万作(故伊丹十三監督の父)脚本&監督の「国士無双」の2本。
まずはこの2本、とにかく理屈抜きに面白い、分かりやすい。残念ながらどちらも完全版は現存せず、全篇上映ではないのだが、それでも内容は楽しめるし中身の良さも伝わる。それゆえに完全版が観れたらなぁと思わずにいられない映画でもある。

「血煙高田の馬場」は、先日ギターは付けなかったものの、山城秀之さんと山内菜々子さんの二人会でも上映されたが、実はこの作品、遡ること11年前に飛騨高山での無声映画上映会で、当時新人であった片岡君の説明に音を付けさせてもらった思い出深い懐かしい逸品。しかも、今回は後に発見された場面を足した最長版(といっても全部で10分ちょっとだが)での再共演である。なので、この作品は映像を観ていると片岡君の説明がぼくの耳には聴こえてくるようだ。

そして、ぼくにとってお初の「天下無双」は、片岡君の粋なはからいかはたまた偶然か、この映画の脚本&監督の伊丹万作氏は、日大専門学部映画科に在籍していた竹内浩三が師と仰ぎ、なんと文通もしていたという人(この二人の交流は、そのきっかけも含めて謎が多く、書簡も遺されていないが、かなり親密であったことは伊丹氏関係者の証言で明かされている)。
なので、ぼくも内心ワクワクしながらこの現存する数少ない伊丹作品を観てみたのだが、一ぺん観ただけで「これは竹内浩三の描く世界と同じだ!」と思わず心の中で叫んでしまった。

諧謔、風刺、なにより力や名声、権威に対する徹底した皮肉が全篇に満ち満ちており、それでいてドロドロしていない。暑苦しくもない。拳も振り上げていない。けれど、当時(1932年)の不自由不寛容の極みへ転げ落ちて行く日本で、この作品は明らかに反対を向いている。竹内がこの監督を師と仰いでいたのがなるほどと得心出来たし、竹内の消息を気にしていたという伊丹氏(竹内戦死の翌年結核で死去)が、竹内の人柄やおそらく詩などの作品に触れて、そこに自分と共通の感性を見て親しみを感じていたに違いないと、何だかうれしい推察も出来る。

それがまたまた不思議なご縁で、竹内浩三CDを世に出したぼくが、彼の敬愛していた伊丹万作作品に音を付けることになるとは…。こんな機会をくれた片岡君に大感謝である。そして、やっぱり竹内作品と同じく、悲惨な過ちを経てもなお、安直な力への意志を表明するボンクラ首相がトップに居座るこの国で、この何とも面白い力への不信仰作品が絶対的に必要だと思えてならない。

それと、とかく便利過ぎてシャクにさわることも多いネット上では、伊丹万作氏が亡くなる年に書き公表した「戦争責任者の問題」という文章が読める(青空文庫等)。これは検索して一読を薦めたい。それは、殺害場面映像をネット上で探す所業の対極の価値を持つ時間となる。
ここでもまた、伊丹氏が竹内浩三と同じく「自分を見つめない」日本人について鋭く、しかし読みやすく軽やかに批判している。けだし、氏は名文家でもあったのだ。

今夜も素晴らしき無声映画の世界にしばし没頭しよう。

今宵のBGMは、先日買ったチェスレコードの「モンタレージャズフェスティバル」ライブLP。おそらく60年代初期のブルーズライブ。脂の乗り切ったマディの仕切りぶりがカッコイイ。音を重ね過ぎないブルーズバンドの音ってホンと最高。これぞバンドの、人の鳴らす音だ。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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