周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ518 

2014/12/08
Mon. 23:30

久々に自分たちのライブのない週末だったけれど、金曜の夜から日曜の夜まで3晩連続でライブを観に出かけてほとんど家に居なかった。

5日の金曜日は、吉祥寺マンダラ2で、師匠豊田勇造さんとピアノの続木徹さんとの年末恒例ライブ。
このライブをここに観に来るようになってもう20年。だいたい6月と12月にやるこの勇造さんライブは、ぼくの涙の年2回の解禁日。今回も名曲「瓦屋根続く細い道」で落涙。大げさでなく、師匠のこのライブをマンダラ2に観に来るようになってアタシの人生は、ソウブラの活動は大きく変わったと言って良い。だから観ないと一年が終わらない。

翌日6日の土曜日は不穏な天気の中、午後からまず秘密保護法反対緊急集会の銀座デモに参加するために出かける。
国会議事堂前で降りて、一人議事堂や首相官邸を睨みつつてくてく歩いて日比谷公園へ。
思ってたより小規模でサクサクっとスタートしたデモ隊の中に入り込んで、シュプレヒコールを上げながら歩き出す。
途中東電前では、東電に対し「責任を取れ!」と声を上げる。きっともう何べんも抗議の声を受けているのだろうにと思いながら、プラカードも何も持たないぼくはその分周囲より大きい地声(になってしまう)を上げながら歩く。

「安倍政権の暴走を止めよう!」「警察国家反対!」「表現の自由を守ろう!」「秘密保護法廃止!」至極もっともな当たり前の言葉を繰り返し声に出しながら、銀座の街を歩く。
実はぼくは銀座の街を歩きたかった。それは、今度の13日にジョイントライブをする飯浜ちゃんから竹内浩三CDのうれしい感想をもらい、その中で竹内の詩が彼女の職場のある銀座の街と妙に合うとあり、「なるほど」と思ったからだ。

というのも、彼の現存するもっとも初期の詩「東京」は、まさに修学旅行で訪れた銀座の街を書いたものだし、彼の東京生活時代に毎日観ていたという映画の大半は、銀座で観ていたらしいのだ。
そして飯浜ちゃんは「骨のうたう」を聴いていると、かつて焼け野原となった瓦礫の銀座の街が白黒で見えて来ると言う。

それを聞いてぼくはもう銀座を歩いてみたくてたまらなくなったのだった。
彼が銀座の街を、束の間の自由を謳歌して闊歩していた時から70年以上が経った日本で、今自由がまたも失われることを危惧してデモ行進の一人となって歩いていることが、何とも不思議でそれでいて妙な連続性を感じる。
もちろん彼は(おそらく)デモ等には参加しなかったろうし、というよりそんな自由は治安維持法下の当時もうなかったろう。けれど、彼はおそらくどこかで戦死の予感を心の隅に置きながらも、やはり銀座の街で自由を感じ、監督になることを目指していた大好きな映画に全身で没頭していたに違いない。

その頃の彼と、今銀座に遊ぶ人々とがどうにもそうは違わないように見えて来て、そして安倍政権に強烈に怒りを感じ危機感を持つものの、やはりいまだ自由を感じその自由の選択の中でデモ行進に参加している自分もまた、あの頃の竹内浩三と同じではないかと思えてならないのだ。

デモは1時間も経たないうちに終わってしまった。デモで歩いた数寄屋橋等の賑わう銀座の道をもう一度一人で戻るように歩いて見ると、そこにはもうまったくついさっきまでのデモのカケラも残っていなかった。まるで何も起きなかったかのようだ。
けれど、ぼくは不思議と全く寂しくも虚しくもなかった。逆に久しぶりに銀座を歩けて良かったと思った。
問われる選択と自由を守るための個人の闘いは、この国でとっくの昔から始まっていてずっと続いて来ているのだから。

駅前には虚しい江田某とかいう自称野党候補者の演説の声が風にちぎれていた。

~つづく~
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この記事に対するコメント

僕は蚕小屋ライブに行って来ました。
夢で会いたい、背中。泣くしギター凄いし。

ソウルタイガー #- | URL | 2014/12/09 11:59 * edit *

「夢で会いたい」と「背中」はマン2ではやらなかった。だいぶ選曲変えたみたいだね。さすが師匠!

五十嵐正史 #- | URL | 2014/12/11 00:28 * edit *

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