周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ517 

2014/12/04
Thu. 23:05

今朝の東京新聞朝刊のこちら特報部に掲載された、酒井隆史氏のコメントは読み応えがあり示唆に富んでいた。

曰く、今回の安倍晋三による安倍晋三のための解散総選挙について、「脈略もなく現状をリセットしてしまおうという独りよがりな試み、『究極の文脈の破壊』とも言える手法だ」というもの。
ぼくはこの「文脈の破壊」に心当たりがあり、ネットに蔓延し日々血道をあげて盛り上がり吐き出され続ける言葉たちのことを思う。

酒井氏によれば、「文脈の破壊」とは、安倍晋三に照らして言えば国民の憤りを正面から受け止めず、不誠実な態度でかわし、議論自体を封じ込める手法、つまり、議論と思考を妨げる手段といってもよい、とのこと。
ぼくはすぐさま先日の役所での課長、係長とのやりとりを思い出す。それは他にも国会や委員会を傍聴した時に体感した議員達の議論と態度に感じた、底なしの絶望感を伴う、始まりから全てをずらされているという前提を破壊された感触だ。

先日も役所の係長は、私に開口一番約束を反故にする言葉を発し、「通常の調査しか出来ない」「第3者には詳細を話せない」と言って来た。もうそういう言説文脈には慣れたから間髪入れずそれを拒否したが、結論自体は結局変わらず、ぼくは「これで納得など出来るわけがない」という意志表示で、相手を困らせることでしかその日の落としどころをつけられなかった。それは正直悔しいことである。大局は変わらず、こちらが望む変革は成し遂げられないのだから。

酒井氏はさらに、「次々に文脈を破壊すれば、その衝撃ばかりが強く、憤りの記憶が抹消されてしまう。これが文脈の破壊のたちの悪さでもある」と指摘する。これもまたぼくは実感を込めてうなずける。
役所での議論の中で(役所に限らないが、個人的経験ではどうしても役所体験が多いので)、時々自分の憤りがはなはだ見当違いなのではと思わされそうになることがある。こちらが納得出来ないことについて熱く語っても、その「こちらが納得出来ないこと」など初めから無いかのように話を展開され進められそうになる時などだ。

では、それに対抗するにはどうしたら良いのか?
酒井氏はツイッタ―などの短文投稿サイトの広がりは、文脈の破壊の浸透を促進していると指摘する。
ぼくはこれに同感で、以前からそのような書き殴り的短文が、カウンター側にとっても力になり重要なツールになっている以上に、権力側抑圧する側をより利していると思えてならない。

お互いに文脈を破壊しながら同じ仕組みの中で応酬し合い、棲み分けしていても結局行き着く先は、人生のリアリズムの破壊であり、「人生の断片化」が進むばかりで、物事の是非を長期的、俯瞰的に考えにくくなるばかりではないか(酒井氏)とぼくも思うのだ。
それはまさに消費至上社会の一面であり、全体主義への近道にも感じる。

なので、ぼくは出来るだけ文脈にこだわってこのブログもだらだらと文章を連ねる形式でやって行きたい。
勝手に手本にしているのは、辺見庸氏のブログ「私事片々」だ。改行も段落も無く、文章がただ確かな文脈と共に長く吐き出され続けているから、読みやすくはない。しかも、ツイッター等でお馴染みの汚い言葉も出て来る。
ちなみに安倍晋三は、辺見氏のブログではケツメドAと称されている。この言葉をFBとかで自称民主主義者に短文で書かれていても、ぼくは不愉快になるだけだが、辺見氏はケツメドAを執拗に罵倒しながら考察し、自称民主主義者らをも撃ちながらズラズラと文章を連ね続ける。正直読むのがしんどい時もある。けれど、そこには読むべき文脈があり、考えさせられる言葉がある。たとえケツメドと書いてあっても。

そんな芸当の出来る民主主義者でありたい。
クソッタレの総選挙後も生きて行くためにも。

今宵のBGMは、ザ・ウォーターボーイズのフィッシャーマンズBOX6枚組CD。この全117曲!87年発表の名盤「フィッシャーマンズ・ブルース」の全セッションの記録を折に触れ聴いている。アイリッシュ音楽を自分のものにしようと遮二無二取り組んでいる20代のマイク・スコットの熱が、どれを聴いても伝わって来るとんでもない音の記録だ。
来年1月に久々のオリジナル曲での新譜が出るのが、今から楽しみ。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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この記事に対するコメント

言葉がつたわらない…しんどいですね。こちらもナカイマが任期4日を残して辺野古工事の変更申請を二件食い逃げ承認してしまいました。土曜日に私は知事公舎の監視には行かず、ゲートの現場での行動に参加しました。銃器をむき出しの装甲車が国道を堂々と走りゲートを出入りする…ここはどこ?植民地?ゲートを封鎖するも機動隊の圧倒的な数に排除。でも意思を示さずにはいられなかった。その後私は信じられない光景を見た。小学生くらいの子供たちがゲートに向かい走ってくる。ベース内のクリスマスに招待されているとのこと。しかも何年も続いてると…。引率の大人たちに帰るよう説得しながら涙が出てきた。誘致派の大人たちが子供を利用、声を挙げる私たちは彼らに怖い大人に見えてたのかも知れない。子供たちの顔が頭から離れない。長くなってしまいましたが、報道には出てこない現場の状況です。報告として読んでもらえれば幸いです。

くわえ #- | URL | 2014/12/07 23:17 * edit *

くわえさんの言葉から浮かび上がって来る光景に胸が詰まります。
くわえさんたちの声が、子どもたちの心に今は何か違和感でも良いから、いつか成長して行く中で芽を出す種がまかれたらと願わずにいられません。子どもが利用されてしまうのは本当につらい。大人が絶対やってはいけないこと。それで得るモノにどんな価値があるのか…。こちらでは本当に伝えられない話です。いつもありがとうございます。
明日(今日)師匠である知念良吉さんが主題歌を提供した辺野古のドキュメンタリー映画「泥の花」の自主上映会に参加して来ます。

五十嵐正史 #- | URL | 2014/12/09 00:42 * edit *

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