周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ484 

2014/08/18
Mon. 23:57

水平線を消さないために
詞 曲 五十嵐正史

水平線を消さないために
毎日海へ出る人たちがいる
水平線を消さないために
毎日海を見つめ座り続ける人たちがいる

ララ ラララ シャララ ラララ
水平線を消さないために

水平線を消さないために
旗を掲げて舟たちは波間をすべる
水平線を消さないために
風の声を聞き雲の行方を知る

ララ ラララ シャララ ラララ
水平線を消さないために

水平線を消すために
海に組まれたやぐらが錆び付いている
水平線を消すための
錆び付いたやぐらで渡り鳥が歌ってる

ララ ラララ シャララ ラララ
水平線を消さないために

水平線を消すために
組まれたやぐらに毎朝登り続けて
水平線を消させないために
闘い続けてるあなたを歌おう

ララ ラララ シャララ ラララ
水平線を消さないために

心を買い足しては何度でも送り込んでくる
そのまっくらな大きな奴はいつだって
俺たちのすぐそばに居るから

水平線を消さないために
俺たちの日々を始めよう
水平線を消さないために
俺たちの水平線を見つめよう

ララ ラララ シャララ ラララ
水平線を消さないために

2005年9月10日作

沖縄に居る親友Aから、8月15日の琉球新報が送られて来た。
何か沖縄にとって(本当は日本全部にとって)節目となる大きな出来事があった時、彼はいつも送ってくれる。
8月15日の琉球新報1面は、本土の新聞ではあり得ないサイズの1面大見出しで「辺野古沖ブイ設置」。
その裏面32面は、大判のカラー写真で朝方から夕方までのこの日の設置側(沖縄防衛局)と反対住民側の衝突を伝え、上段に時間毎のドキュメント文が掲載されていた。

なぜだろう?ぼくは15日朝、義父宅のしんぶん赤旗の1面でこの出来事を読み、夜遅くに帰宅後、我が家の東京新聞での2面を含めたかなり大きく取り上げた記事を読んでいるのだが、圧倒的に琉球新報の記事の迫力、切実さ、当事者感は段違いなのだ。いつもそうだ。
書かれている内容に大きな違いはなく重複している部分もあり、同じく現地の人たちの声を伝えている。が、その掘り下げ方、関連することをあらゆる面から逃さず伝える姿勢が違うのだ(例えば、今回も推進派にされてしまった近隣地域の漁協が、反対派を阻止するために漁船を出し動員されているのだが、それがどの漁港から何隻出航するとかまで追っている)。その新聞を、親友Aから送られて来た定形外封筒の中から彼のメッセージと共に取り出し、読み出した途端に迫って来る“現地感”に、ぼくはいつも衝撃を受けるのだ。

今毎日ネットでかの地の模様は見知ることが出来る。もちろんかなりのリアリティーを持ってネット上の映像も文章も伝わって来る。ぼくもそれをチェックする。でも、どうしてだろう?この時間差で届く活字の新聞という質感、匂い、手触りが、たとえ何日か遅れていようがネットの情報よりぼくには響き、自身に刻み込みたくなる欲求を湧き出させるのだ(彼が2年前に送ってくれたオスプレイ配備反対を特集した琉球新報に、西原裕美さんの詩「歩け」が掲載されており、その記事の存在感がぼくにどうしても曲を付けて歌いたい衝動を起こさせた)。

今日掲載した歌詞は、9年前の8月にソウブラで沖縄県浦添市の教会でライブをした翌日、辺野古の新基地建設反対の拠点であった座り込みテントを訪れ、そこで教えてもらった話や、実際にボートで沖に出て海上を案内してもらって見た光景、印象を書いたもの。
この時は、前年(2004年)からのボーリング調査強行を、非暴力直接行動によって阻止した後で、何となくテント内にはゆとりのある明るい雰囲気があった。ボーリング調査の為に防衛局が設置した鉄のやぐら(単管足場)がまだ撤去されていなかったが、それは錆び付き、闘いの跡を象徴するような侘しげで空虚な存在感を海上に示していた。

昨日強行された再びのやぐら設置は、前回と違って足場のほとんどない形状のものに切り替えられ、海上の進入区域をあらかじめ日米間で厳重に決め、進入した者は刑事罰に処すという対策を立て、海上保安庁(海猿)が巡視船、ゴムボートを約75隻も用意して前回反対派が示した非暴力直接行動(ボートやカヌーでやぐらを占拠して作業を阻止)を一切行わせないようにしているという。

この歌を書いた時と、状況が最悪と言って良いくらいに変わってしまったが、この歌のテーマである「水平線を消さないために」は何一つ変わっていない。そして、水平線を消そうとする社会のシステム(および、何かを踏みつけに犠牲にして成り立つ生活)が、沖縄だけでなくぼくらの日常の中にも厳然と在り、まずそれに自分がちゃんと抵抗しそれを拒否すること、それこそが沖縄にこれ以上基地を作らせないことに、辺野古への連帯に繋がるのではないかと思い至った気持ちも変わっていない(その思いは、その後障害者自立支援法との闘いを支えてくれた)。

けれど、ぼくは今回1か所だけ歌詞を変えた。それは最後のサビ前の歌詞で、以前は“水平線を消さないために 俺たちの日々を続けよう”であったのを、“俺たちの日々を始めよう”に変えたのだ。
自分の日常の継続だけでは、結局気付きを見逃し視野狭窄に陥る。自分の日常をこそ日々問いかけ、新たに始め続けるものでなければいけないと、ぼくのこの9年間で実感して来た。
この歌を今年のこれからのライブで、出来るだけ歌って行きたい。

Aよ、今回も沖縄の声を届けてくれてありがとう。


スポンサーサイト

[edit]

CM: 2
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

歌詞を見ていて波が出そうでした。今も海に出ている人がいる。しかも私が知っているだけで80を越えた女性が二人いる。こちらはゲート前から海に聞こえるよう祈りにも似た声を張り上げるだけ…。しかしその声は着実に大きくなって来ている。絶対に諦めない。奴らはそれを何より望んでいるから。
18日、とうとう海に調査の名の下杭が打ち込まれた…。しかし前にも言ったけどアリバイ作りのために行っただけ、本来の目的には到底及ばない。ブイの設置も只海に浮かべただけ。アンカーが打たれてないので波が立てばどこに流されるのか?言い換えれば彼らもはっきりと海域を区別できない。
たから絶対諦めない。奴らがそれを望んでいるから…。全国放送で「新たな段階に入った」と話していたが、まだ何も始まっちゃいない。こちらを諦めさせようとアリバイ作りをしているだけ。だから絶対に諦めない。奴らが望むことだけは、絶対に!

くわえ #- | URL | 2014/08/19 02:15 * edit *

くわえさんとのやりとりの中で、もう一度この歌を、受け止めた思いも含めた今の自分の気持ちを込めて、きちんと歌おうと思いました。
今、ぼくにはこんなことしか出来ませんが、奴らが望むことだけはこちらでも絶対やらないで働き暮らし歌い、行動して行きます。
これだけ長期にひるむことなく新基地建設反対の直接行動が続けられる中で、奴らがせいぜい出来るのはアリバイ作りだけ。沖縄からの決して諦めない声を聞き、そのことを見誤らずにいたいと思います。

五十嵐正史 #- | URL | 2014/08/19 22:30 * edit *

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://soulbrothers.blog137.fc2.com/tb.php/738-ab2f69ae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-10