周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ476 

2014/07/18
Fri. 23:20

今日は職場の外出レクでしながわ水族館へ。

その外出中に、今週火曜日から行方不明だった利用者が無事保護されたと携帯に連絡が入る。
正直この数日ずっと気が気でなかった。経験上最悪の事態も予測していたし、不明のままで週末の2日続くライブを乗り切れるのか、やって良いものか気持ちも揺れていた。

その人は精神科病院をやっと退院したばかりだったが、ぼくの所に復帰してもかなり具合が悪そうだった。
今回無事保護されたが、残念ながらすぐ再入院となってしまった。これは致し方ないとぼくも思った。

6月26日の日比谷野外音楽堂で開催された「精神科病棟転換型居住系施設に反対する緊急集会」に、ぼくはあまのはらの仲間と参加した。これは文字通り入院病棟の一部を「居住施設(つまりグループホーム等の居住系施設)」と看板だけを変えて「退院した」ことにしてしまい、先進国一精神科入院患者が多く、全世界の2割に相当する精神科病床を維持している日本の入院患者数を、数の上で減らすために、経営第一の病院側と厚労省が編み出した苦肉の愚策に対し、我々のような地域生活を支援する者や、たとえ自分たちの仕事、収入が減ってしまってもこれは人道的に許されないと良心的な病院スタッフも立ち上がり、3,200人が集まって声を上げた(しかし、厚労省と過半数を病院経営者で占める有識者会議は、その声を無視して病棟転換型居住系施設を容認する報告書をまとめた)。

今回のぼくの施設利用者のように、状態の安定しない精神障害者が地域で生活して行くのは、実際難しい事が多いのだ。それはそもそも地域で生活支援する体制が不十分であるからに他ならない。
障害者自立支援法により、肝心の地域の居宅施設(いわゆるグループホーム)の職員配置基準は大幅に緩和され、泊まりの宿直が居るのは週に1、2回だけなんていう所ばかりとなった。しかも、一人の管理責任者で複数の居住施設の管理を担当するので、当然目が行き届くはずもない。状態の悪かった利用者氏の入居したグループホームも然りであった。

不明が判明してから関係者たちと連絡を取り合い、ぼくも非力を噛みながら彼の立ち寄りそうな所に炎天下行ってみたりした。後見人さんと相談し捜索願いを出すことに決めて2日目に、それでも生きて無事保護されて本当に良かった。

けれど、それでもぼくは現状の体制において地域生活が困難な人が、看板だけ変えられた病棟でずっと入院状態と変わらぬまま過ごしておれば良いとは1ミリも思わない。非力な地域生活支援者達が呻きながら、手前たちの在り方を見つめ見直しながら、それでも退院者を地域生活に繋げるようやるしかないしやるべきだと思う。

失敗ばかりが続こうが、病院に逆戻りしようが、何べんでもやり直しながらぼくらそれを生業としている者は小さな出来ることをやり続けるしかない。経営陣が儲け主義にひた走ろうと、現場で良心的に働く(キツイ孤独な立場でもあると思うが)病院スタッフが居るように、そんな一人一人の働きが本当に繋がって、嫌な世界に変えられない者たちの働きが繋がって何かが良くなって行くはずだから。

今日の仕事帰りに、生田駅から団地までの自称「詩作の帰り道」を歩いていたら、突然ある言葉(歌詞)が湧いて来て、慌てて手帳とボールペンを出して書き留めた。“この戦後最後のハリボテが今崩れ落ちる”これがいったい歌になるのか分からないけれど、ぼくなりのこれまで守られて来たとされ続けた「平和」への決別の気持ちかもしれない。根底からの変革を、ひっくり返しを、ホントに一人の孤独で小さな働きで、それの同時多発のみでこそゆっくり成されると、ぼくはまるで愚直に熱烈な信者のように信じ切っている。集まること(数)やパレードでは本当には変わらないことを信じているのと同じように。

今日初めて行ったしながわ水族館はとっても良い所で、ぼくはしばし癒された。こじんまりとしてどこか地味で自然にレトロで(開館は1991年)、何となく志の高さも感じた。早速子どもたちに夏休み連れて行く事を口約束した(小学生600円!)。

明日の吉祥寺のろライブ、明後日の阿佐ヶ谷あるぽらん「SAVE高江」イベントライブ。今の気持ちを込めて、歌にひたぶる込めて歌おう。みなさん、ぜひお運び下さい!

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの91年発表(しながわ水族館開館の年!)の2枚組大作「オーディナリー・ライフ」。ぼくはこれが一番好きかも。彼のギターがピキピキ鳴って、ハーモニカがソウルフルに吹かれ、サックスが泣く。駄曲無しでカバーも秀逸。このアルバム収録の“ビー・ザウ・マイ・ヴィジョン”という曲のメロディーを借りて、10年前にぼくは“ハレ”という歌を書いた。この歌を書いた時になぜか「もうこれ以上の歌詞は書けない」と思ってしまい、以降半年近く新曲が書けなかった。後にも先にもそんなに長い間歌詞が書けなくなったのはあの時だけだ。きっと一生忘れないだろう。

BG酒はホワイトハイボールでした。では、明日は吉祥寺でロケンロール!
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