周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

第4回隅田川フォークフェスティヴァル終了! 

2014/07/07
Mon. 22:28

またも濃い充実の週末2日間であった。

まず、5日土曜日は午後から所沢のギター森田君宅で、竹内浩三CDのレコーディング。
一軒家を借りて暮らしている森田家2階の部屋で、大橋さんに電子ピアノを弾いてもらってそれに合わせてぼくが歌い、梅ちゃんがコーラスを入れるという初の試み。もちろん全員で「せーの」で録る一発録音。

クラシックピアノの心得のある大橋さんは、ぼくが曲を付けた竹内浩三の詩「望郷」を見事にピアノアレンジしてくれた。
このCDを録音し出した時から、この歌は絶対ピアノだけをバックにして歌いたかった。それは、竹内浩三が生きていた時代にもあったであろう音で、古くも新しくもない音で録りたかったから。当時ロックやフォークはまだ無かったけれど、ジャズはもうあり、ピアノでかなり洗練された音を聴かせていたであろう戦前、戦中の日本。何より竹内浩三はレコードコレクターでもあった。

この日のレコーディングは、何とたった3テイクで文句なしの最高の演奏と歌が録音出来てしまった!
ディレクターと料理係の森田君も交えてみんなで聴き比べ、結局2回目に録ったテイクがベストということで意見が一致。ここまでソウブラのレコーディングでは為し得なかった実にバラエティーに富んだ、素晴らしい音が録れているという感触がある。断言しよう、この作品(CD)はぼくの最高傑作になる。

とうとう来たかの政府による集団的自衛権行使容認は、70年近く前に戦死してしまった無名の詩人である竹内浩三の作品集を創るというモチベーションを皮肉にも上げまくっている。極端な話、今竹内浩三の詩に曲を付けて全身全霊を込めて歌い形にすることが、自分の人生の使命であり与えられた役割のようにさえ思えて来る。
それは生きることと歌うことがまったく一つであった彼の短かった生涯を、生き長らえているぼくが体現することであり、集団的自衛権反対運動の現場と別の場所に、変わらず高度に資本に組み込まれた娯楽があり、やはりそれを享受、消費するしか無い今のギョーカイに取り込まれた歌(と呼べないものも含む)と次々とデジタル化されて捨てられて行く細切れの歌詞(と呼べないものも含む)へのテッテ的な決別であり、激烈な「ファックオフ!」でもある。

これからぼくら一人一人が、絶対に飼い慣らされない闘いを否が応でもしなけりゃいけなくなる。
老若男女すべて、マスで踊り踊らされることを絶対に拒否しなけりゃあならない時が来る。それがどんなに純粋で楽しかろうと絶対に享受して踊っちゃあいけない時が来る。いや、もう来ている。

竹内浩三は戦争に命を取られる前に走り書いた。
“たとえ、巨(おお)きな手が おれを、戦場をつれていっても たまがおれを殺しにきても おれを、詩(うた)をやめはしない 飯盒に、そこ(底)にでも 爪でもって、詩をかきつけよう”
人一倍さびしがり屋でスケベで優しい男だった彼は、23歳で殺される前にたった一人でこれを書いた。

あぁ、最高だった隅田川フォークフェスのことが書けない…明日にでも。

今宵のBGMは、アンクル・テュぺロの1990年発表のデビューアルバム「ノー・デプレッション」。カーター・ファミリーの書いた古いフォークソングをアレンジしたこの曲を聴き、ぼくは「人の世の熱のある場所へ」を書いた。
生きるために書かれた歌は、フォークであろうとなんであろうと生き残り再生され続ける。再生することへの誇りと喜びがある。このアルバム聴けば聴くほど名盤。フォークとカントリーとパンクロックが、当然の如く自然に融合している。
ソウブラもかくありたい。

BG酒はキリン澄みきりでした。ではまた、ロケンロール!
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