周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ364 

2013/08/06
Tue. 22:46

6月の高円寺でのONELOVE高江ライブから、ソウブラのライブレパートリーに入れて歌っている「歩け」は、沖縄の親友Aが昨年送ってくれた8月4日付琉球新報の、8.5県民大会オスプレイ問題別刷り特集の1面に載っていた、当時沖縄国際大学1年生だった西原裕美さんの書いた詩にぼくが曲をつけたものだ。

沖縄国際大学と言えば、9年前の夏に米軍の普天間基地を離陸して訓練中だった大型輸送ヘリが墜落した大学だ。
Aが送ってくれた新聞の8面には、西原さんの顔写真入りでコメントが寄せられている。

「この島を引き継いでゆく」
基地のそばにある大学に通うことについて、深く考えたことはなかった。基地という存在が当たり前すぎたのだと思う。そんな私はこの詩を書く上で、もっと沖縄と向き合う必要性を感じた。美しいところも悲しい歴史も基地も含めて知ること、そして人にとって大切なものはなんだろうと考えた。知るということのために行った場所には夏休み中の子どもがたくさんいて、その日は空がきれいで、私たちが譲れないものはこんな当たり前の日常なのかもしれないと思った。そして先祖が生きてきたこの島を引き継いでゆくのだと思った。

同じ8面に「復帰後も522件発生」という見出しで、72年に施政権がアメリカから日本に返還された以降で起きた米軍機関連事故が522件もあることが書かれている。
そして、昨日さらにまたも米軍ヘリが墜落して事故の数を増やした。

Aは小学校の先生をしていて、その小学校で戦後最初で最大の米軍機墜落事故が起き、当時2年生だった生徒達を中心に18人が亡くなり200人以上が負傷した。
こうして、記事や記録を読んで自ら文字と数字を打っても、やはりまったくピンと来ないほど信じ難い事故が現実に沖縄で起き続けている。
ぼくは先日阿佐ヶ谷でAと飲みながら、自分の子どもたちが通学している小学校に米軍機が墜落し子どもたちが火だるまになる状況が、あまりにおぞましくて想像すら出来ないことを話した。

Aは、現在も墜落事故を風化させないために、事故を生き残った当時の生徒や先生が語り継いでいる事と、その場に実際立ち会って見聞きした様子を教えてくれた。

ぼくは西原さんのコメントにあるように、実際に米軍基地の近くで暮らしていても「当たり前すぎて」やり過ごしてしまうことはあると思う(もちろんそれは米軍基地だけに限らない)。
だからこそ、彼女のように自らの内に起きた必要性に従ってそのものと向き合い、時に知るために出かけ、何より考え続けることが逆の意味での「当たり前」に出来ることではないかと改めて思った。そして、考え出した時に必ずその人ならではの行動はもう始まっているはずなのだ。

ぼくもまた「歩け」を歌い続け、考え続けたい。Aとの便りを交わしながら。

今宵のBGMは、高田渡さん晩年の名作「日本に来た外国詩」。こんなアルバムを作れるのは渡さんしか居ない。
この中のある曲を、今度の24日のろライブでカバーしたいと企んでいるのだがどうなることやら…。

BG酒はホワイトハイボールでした。久々にかなり寝苦しそうな夜です。我が家にはゴキブリが出て一家総出で大騒ぎでした。汗をかいたので寝る前にもういっぺん水を浴びよう!
ではまた、真夏にロケンロール!!
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