周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ353 

2013/07/02
Tue. 22:03

本日(2日)付で、厚生労働省の社会・援護局(いわゆる生活保護等社会福祉全般を所管)局長だった村木厚子氏が、厚労省事務次官に昇進したという。

事務次官と言うのは、官僚の最高の地位であり建前上大臣の下だが、無知なお飾りに過ぎない大臣を動かす実質的な影の大臣(権力者)と言えるだろう。
6月15日の新聞等でこのことを知っていたぼくは、苦いものを感じながらも、見た限りどの報道も「あの冤罪事件の被害者村木氏が」という風な扱いで、彼女のやって来た仕事の重大な問題について一切触れていなかった事に「誰も分かっちゃくれねぇか」と半ばイジケてスルーしてしまいそうになった。

しかし、それではどうにも虫が収まらない、気が済まない、あまりにもバカにしてるのでこうしてここに思いの丈をぶつける次第。

でも、未見だが唯一日刊ゲンダイが15日に「実は危険なオンナ…」というなかなか刺激的な見出しで、村木厚子氏のやって来た仕事の中身に焦点を当てて記事にしてくれていた(ネット上で簡単に見ることが出来る)。
遅まきながらぼくもそれを読み、溜飲を下げると同時にまだ日本のマスコミも捨てたものじゃないとうれしくもなった(愛読している東京新聞にも、ぜひこの視点からの記事を書いてほしかった)。

村木厚子氏の冤罪については、もう今さら何も書くことはない。結局、真相は検察庁の過ちの部分だけに光が当てられ、直接の上司であった村木厚子氏の監督責任等は、厚労省組織の闇の中に葬られてしまったことだけを記しておく。

村木厚子氏は、以前ここにも書いたし職場のHPにも書いたように、ぼくが全身全霊をかけて憎悪する障害者自立支援法をまさに作った張本人の一人であり、法への支持を取り付けるために、全国を行脚して国と親密な親方日の丸巨大福祉団体ばかりを集めて(福祉の世界にも厳然とヒエラルキーが存在する)説明会と称する茶番集会を開き、その中心となって法の必要性を説いた人である。

その自立支援法は、強固過ぎるほどの政治的地盤の上に強行成立され、我々の世界に今だ止まぬ大嵐を吹き荒らした。
しかし、障害当事者を受益者とみなし、彼らに福祉サービスを強制的に買わせるこの法により、生きてゆく道を絶たれた障害者とその家族の自死事件が相次ぎ、その後司法の場に訴えられたこの法は、憲法違反の烙印を押されて、ついに廃止を決定される。

ところが、時の民主党政権の失速と共に、法の廃止は名ばかりの、中身を変えずにまさに法の名称だけを変えて生き残ってしまった(障害者自立支援法から略称障害者総合支援法へ)。
この民主党の失速を力技で演出した厚労省の巻き返しに、冤罪事件から復職したばかりの村木厚子氏は、その美談と共に大いに利用されたのだった。

ぼくは、その間何べんも国会に行き、実際にあまりに目まぐるしかったこれらの政治劇が目の前で起きているのを目の当たりにした。忘れようたって忘れられやしない。

その村木厚子氏が、とうとう官僚の頂点にまで登りつめた。人を殺した法を作っておきながらである。
ぼくの好むところではないネット上で得た知識(で知った風に語るのはホンと嫌だ)によれば、事務次官の月給は約200万円だそうだ(賞与は約650万円)。
障害者自立支援法により突如発生した、応益負担という名の利用料徴収のために、十分でない年金等だけでカツカツで暮らしていた人たちが絶望せざるを得なかった。そして、応益負担という言葉そのものが、中身と共に人の尊厳を傷つけ、生きる気力を奪うことに(それは、ぼくのように福祉で飯を食う者の良心的価値観をも崩壊させる)、自ら冤罪に巻き込まれて権力の理不尽を身に沁みたであろう村木氏が気付き、自らの所業について自省した気配は微塵もない。

そして、今度は彼女がトップに立って生活保護の改悪を進める。

きっと、自民党政府が大いに彼女を利用しようと企んだことなのだろうが、だからと言ってその操り人形になって人殺しの法を、制度を作ることの責任は絶対に免れない。

ぼくはあなたのことを、これからもテッテ的にいつまでも批判し続ける。あなたの作ったおぞましい法には決して従わない。

ぼくはあなたのことも思って、「まだ見ぬ兆しを待ちながら」と「人喰い」という歌を書いた。
別にあなたに聴いてもらいたいとは思わない。ぼくはぼくと、ぼくの大切にしたい者に向けて歌う。

今宵のBGMは、ボブ・ディラン&ザ・バンドの偉大なセッションアルバム「地下室」。
後に有名になる「怒りの涙」や「堤防決壊」「どこにも行けない」「火の車」などけっこう名曲多し。
ホントに地下室で録音したのか怪しい(実は違う)ザ・バンドのしっかりした演奏もあって、その分聴きごたえはマンチクリン。ニール・ヤングが自分のレコーディングのBGMにこれをずっと流していたというのも分かる、豊潤な音楽の宝箱。ザ・バンドの良さが40過ぎてホンとようやく身に沁みて来た。

BG酒はホワイトハイボールでした。ではまた、ロケンロール!
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