周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

竹内浩三② 

2013/06/27
Thu. 23:23

竹内浩三の詩に出会ったのは、1998年ぼくが29歳の夏であった。

仕事の帰りに、蒲田駅ビルの本屋に立ち寄り、習慣となっていた詩集コーナーをいつものように何気なく覗いた。
ぼくはそのコーナーで好きな詩人、例えば中原中也や宮沢賢治、石川啄木、山之口獏に金子光晴といった人たちの詩集や評伝を見つけるのが好きだったが、この日は新刊として「愚の旗」という実にぼくの興味を引くタイトルの詩集が出ていた。出版社は聞いたことのない成星出版(残念ながらすぐに廃業となり、この本は絶版)。そして著者も聞いたことのない竹内浩三。
しかし、帯には当時「島唄」のヒットでホコ天バンドから一躍メジャーバンドとなった、ザ・ブームのボーカル宮沢和史氏が顔写真付きで推薦文を寄せていた。

ぼくはそのPOPな帯にはちょっと引きながらも、本棚から引っ張り出して立ち読みしてみたところ、確か冒頭にあったのが(実はその詩集が部屋のどこを探しても今見つからないのだ。ずいぶん前に誰かに貸したような気もするがまったく思い出せない)、彼の詩の中でもっとも有名な詩「骨のうたう」であったと記憶している。

ぼくは月並みな言い方だけれど、その詩に釘付けになり、写真がふんだんに使われて美しい装丁のその詩集をすぐに気に入り迷うことなく購入した。宝物を探し当てた気分で。

そして、川崎駅から稲田堤駅までの35分間の南武線電車の中で夢中になってその本を読んだ。とりわけ「骨のうたう」の衝撃は何べん読んでも薄れることなく、もうその時歌うつもりになっていて、浮かんだメロディーを頭の中で鳴らしながら帰り、家に着くなりギターを手に取り曲を完成させてしまった。最初からこの歌は3拍子だと決めていた。

実はぼくが読み、彼を知る誰もが読んだであろう「骨のうたう」の詩は、竹内浩三が書いた原形を、竹内浩三と一緒に同人誌「伊勢文学」を作っていた親友の中井利亮氏が、竹内浩三の残した作品達を戦後初めて世に出す時に少しアレンジして整えたものであった。

しかし、それでもこの詩は竹内浩三にしか書けない表現であることをまったく阻害しておらず、その上調子を整えたおかげで、ぼくのように「歌いたい」と多くの人に思わせ、すでにいくつもの「骨のうたう」の曲が存在する。
今年亡くなったあのバタやんこと田端義夫氏も曲を付けて歌っていたのには驚いた(最近まで公開されていたドキュメンタリー映画「オース!バタヤン」の中で歌われているらしい)。

骨のうたう

戦死やあわれ
兵隊の死ぬるやあわれ
とおい他国で ひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

白い箱にて 故国をながめる
音もなく なんにもなく
帰ってはきましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨は骨 骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨はききたかった
絶大な愛情のひびきをききたかった
がらがらどんどんと事務と常識が流れ
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった

ああ 戦死やあわれ
兵隊の死ぬるや あわれ
こらえきれないさびしさや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

この詩は1942年8月3日の作とされ、この時期は春の徴兵検査に合格してしまった竹内が、東京で青春を謳歌していた大学を繰り上げ卒業させられて、10月の入隊が迫った最後の夏休みにあたる。
一読して分かるように、彼は戦争に行く前に、この戦争の中身(現実)を冷静に見つめ未来をも見通していた。偏狭な屁のつっぱりの大和魂に侵されることなく、彼はあくまで自分の感受性を守り自分自身で居た。

ちなみに、この詩の中で唐突な感じで女が登場して来るのは、彼がこの時芸術よりも自分よりも愛していたという女性から、こっぴどい失恋を味わっていたからであり、世の女性には失礼を承知でぼくも、竹内浩三がこの詩で歌った女性像に大いに共感してしまうのだった。
竹内浩三は実にモテない、そして実にホレやすい男であった。そのことは次回にでもたっぷりと…。

ここで良いタイミングでのライブの告知を!
7月21日(日)LIVE「竹内浩三を歌う」決定!!
カフェみなみ 西武池袋線「大泉学園駅」南口徒歩7分 練馬区東大泉6-42-29 
16:30開場17:30開演 2,000円(1ドリンク付、ビール100円増し)定員20人予約先着順(当日予約・問合せ歓迎)
予約・問合せ先 080-3919-7105 メール su7108@gmail.com 鈴木しのぶ/企画主催:PEACEアクト道奥(みちのく)`13
オープニングゲスト 
「ゴジラ組曲」ピアノ演奏 神垣守さん(予定)
18:00~
「竹内浩三を歌う」五十嵐正史ライブ
※竹内浩三の詩を、1時間たっぷり歌います。
19:00~20:30
語らいフリータイム

4月にソウブラライブを練馬で企画してくれた鈴木さんによる、企画ライブ第2弾!です。みなさん、五十嵐正史ならではの解釈で贈る、フォークでロッキンでブルージィで、パンクな竹内浩三ワールドをぜひ、お楽しみ下さい!!

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この記事に対するコメント

骨のうたう

じつは、大学を出て就職した新評論という出版社で、働いているときに、竹内浩三の初めての詩集「骨のうたう」1・2が出ています。1984年か5年。

新評論に就職して半年?編集担当候補になったのですが、詩集の企画を持ってきた大学の先生に、まだ駆け出しだから君じゃダメと、ダメだしされたのでした。まあ、当然ですが。

遺品の手書きの手帳、ノートもみました。イラストがよかった。軍隊でこっそりつけていたという手帳、よく没収されなかったものです。
ペーペーじゃなかったら担当してみたかったな。

その出版社は、あまりにも過酷な環境(ワンマン・むちゃくちゃ勝手な編集長&超過重労働)だったので1年でやめて旅に出てしまったのですが。

ヒバリ #QZ8uBRRo | URL | 2013/06/28 15:23 * edit *

ヒバリさん、コメントありがとうございます!

そうだったんですか~竹内浩三の直筆見たんですね。スゴイなぁ。
彼は兵舎のトイレの中で日記(筑波日記Ⅰ、Ⅱ)を毎晩こっそり書いて、宮沢賢治の詩集をくり抜いてそこに日記をはめ込みカモフラージュして、お姉さんに送ったそうです。

それにしても、ヒバリさんが新評論なんて堅い学術系出版社に就職していたとは…いやいや人に歴史ありですね~。

その後の竹内浩三全集が藤原書店から出版されているのも合点。

竹内浩三つながり、うれしいです!

五十嵐正史 #- | URL | 2013/06/29 22:19 * edit *

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