周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ351 

2013/06/22
Sat. 23:52

土日共ライブが入っていると、要するに休日がないわけなので、当たり前だけれど1週間がとても長く感じる。

ライブが好きだし、ライブをすることで明日への活力を得るのも事実だが、やっぱり休日は必要だと痛感する。週末21日の金曜日は、朝から体の養分が抜け落ちているのを自覚しながら途切れがちな集中力をごまかしつつ仕事をして、夜の吉祥寺マンダラ2へと向かった。故伊藤敬一さんの形見分けのアロハシャツの胸ポケットにGハーモニカを忍ばせて。

ジトジト梅雨空のマンダラ2は、ぼくが着いた開演20分前にはもう良い感じで席が埋まっていた。
それでもステージ左手の前の席に、先に来ていた梅ちゃんを見つけて最前席を確保。スピーカーからは勇造さんライブ定番、ノイズ交じりの渋い戦前ブルーズがSEで流れていてそれがまた気分を上げてくれる。

生ビールを持って席に着くなり、梅ちゃんから「入口の本日の出演者の欄に、五十嵐さん書いてありましたね!」と言われ、思わず「マジっすかぁ!?」。急いでいてすっかり見落としてしまった!

やがてギター森田君もやって来て、一しきり飲みながら開始を待っていると、突然腹痛が襲って来て慌ててトイレに駆け込む。ぼくのいつものパターンで、積み重なった疲労が一点集中で下痢となってやって来たのだ。
よりによってこんな時にと思うが、こればかりは出さなきゃ治まらないし、出れば必ず治まるもの。非常に分かりやすいメカニズムだ。

席に戻ると、ちょうど勇造さんとピアノの続木徹さんが登場してライブが始まったところだった。
1曲目は大好きな「老いてこそロック」から。勇造さんの好きなシンガーやギタリストの名前を上げながら“老いてこそロック 老いてこそブルーズ 老いてこそ旅 老いてこそ愛”というサビへ続く。YUZOバンドでやる時はガンガンのロックアレンジだけど、オープニングとあってかこの夜はしっとりと聴かせるバージョン。
同じ歌でもそのライブによって全然違う感じになるのもまた、ライブを生きる勇造さんだからこそであり、ずっとライブを追いかけたい所以である。

この夜はやはり、CD発売記念ライブであるので40周年記念アルバム「蜂鳥よぶんぶん飛べ」収録の曲が中心。
そして、このライブではそのタイトルにもなった蜂鳥がピックガードに描かれているギブソンハミングバードを勇造さんは弾いた。
勇造さんが歌で生きて行くと決め、23歳の頃に買ったこのギター。1,000回は優に超えるだろうライブを文字通り勇造さんと闘って来たこのギターは、見た目はかなり傷ついてはいるが、おそらく誰が見てもある種の威厳のような存在感を感じると思う。まさに歴戦の勇者とその者だけが持つ名剣。ホンと絵になるギターだ(アタシも師匠を真似て16年前に買ってしまった)。

開演前に店の入り口で、勇造さんと軽く話をした時に何となく「2部の最初でね」と聞いたつもりで、途中でもう一ぺんトイレに行き出残りをすっきりさせていたら、なにやらMCで「五十嵐く~ん」という師匠の呼ぶ声が!
「あれっ!」と思って慌てて尻ふいて(失礼)トイレを出れば、勇造さんから「五十嵐君が今トイレから出てきました~」とステージ上から紹介されて、そのまま「いやぁ~どうもすんません」てな感じでステージに上がる。
「あれぇ、2部じゃなかったっけ?」と思っても後の祭り。

でもこんな感じでスッと入っていけるのは、ぼくは嫌いじゃない。と言うか、好き。
勇造さんに促されてゆっくりフワ~っとハーモニカを吹いて、カウントと共に続木さんのピアノ、勇造さんのギターと共に「いとうくん」のイントロが始まる。やわらかくてとてもゆったりしたサウンドがぼくの心身を満たして行き心地良くなる。あぁ、これは伊藤さんが大好きなサウンドだなぁと思う。
今にもあの伊藤さんの独特な英語でのかけ声とはやし声が聴こえてきそうだけれど、それはやっぱり聴こえない。そしてそれがやっぱり本当に寂しい。

CDではコーラスを歌うのは1コーラスだけだが、この夜は勇造さんと何回も繰り返しサビの歌詞“君を想えば聞こえてくる あの雨の歌カトマンドゥレイン 人々の祈りの満ちるところに 今夜も静かに雨が降る”を一緒に歌う。
偉そうなことを言うと、去年この歌を拾得で共演させてもらって、やっと勇造さんに寄り添って歌うことが分かった気がしている。それだけぼくにとってもこの歌はとても大事な歌になった。
力んで歌ってばかりだったぼくもやっと、こんな風に少しは柔らかく、でも思いを込めて歌えるようになりましたよと、伊藤さんに報告したい。聴いてもらいたい。

2部では2枚組ニューアルバムの2枚目、70年代初め(68年の音源もある!)のライブ音源の曲も何曲か歌った。
この音源が、特にファンにとって何より衝撃なのが、勇造さんが大名曲「大文字」の中で歌った、野次と共に客から砂や石を投げつけられながら買ったばかりのハミングバードを弾き歌った、72年京大農学部グラウンドで開催された「幻野祭」ライブが収録されていることだ。

今日何べんもその音源を聴いているけれど、思っていたより音が良くてその分本当に生々しく、今目の前で起きているような緊張感が漂ってくる貴重な音源だ。
当時23歳の若い勇造さんは、まさに声を張り上げ(それでも破綻することなく)野次に立ち向かうように歌っている。特に「帰れ!」の野次は歌っている間もひっきりなしで、この日のために、せっかく新曲「幻の野原」を作って気合いの入っていた勇造さんの落胆を想像するだけで泣けそうになる。
それにしても、静かな曲もホンとちゃんと歌い、ギターを弾ききる若き勇造さんのプロ根性(プロとアマの決定的な差(違い)は、まさにこれだと思う)には頭が下がると共に感動を覚える。
この歳の頃、自分はまだまだ歌をライブをなめてたなぁと思う。

その幻野祭から41年が経ち、もうすぐ64歳になる勇造さんは、この日も素晴らしかった続木さんのピアノと「幻の野原」を切々と歌った。
“幻の野原のために 死んだ男の魂よ 幻の野原の底から 今立ちて恨み尽くせ”成田空港建設反対を農民たちと市民が体を張って、「大地を守るために」闘った三里塚闘争を支援するための幻野祭というライブイベントの趣旨を、若き勇造さんは理解し、それに真剣に歌で応えようとしていた。少なくともその時勇造さんに野次を飛ばし砂を投げつけていた者達よりは…。

勇造さんの40年が、歌われる歌によって現在と交差するとっても分厚い中身の、素晴らしい40周年記念アルバム発売記念&ハッピーバースデーライブだった。
終演後、ピアノの続木さんに「今日のハープとコーラス良かったよ」と言われて両手でギュッと握手してもらえたのが、ムチャクチャ嬉しかった。

帰りはY浦さん、ギター森田と勇造さんと一緒に店を出て夜中の吉祥寺駅へ向かい、ぼくは駅まで勇造さんのハミングバードの入ったギターケースを抱きかかえてうれしく歩いた。

今宵のBGMは、今日もう10回目くらいの豊田勇造40周年記念アルバム「蜂鳥よぶんぶん飛べ」。何回聴いても自分の出演箇所は気が気でない。
2枚目のライナーノートでは、勇造さんが40年ぶりに幻野祭の音源を聴いて初めて、なぜ自分があれだけ野次られたのか分かったと、その理由を書いている。ぼくにとっていつか一度で良いから聴いてみたかった、いや聴いてはいけないような気がしていた幻野祭の音源。しばらく平常心では聴けない。でも、1枚目のYUZOバンドの包容力に溢れた現在の演奏があれば大丈夫。素晴らしい1枚目だ。

BG酒はホワイトハイボールでした。いやぁ今日は昼寝もして仮眠もして森歩き以外は、家でゴロゴロしながら昨夜勇造さんライブで購入したビレッジプレスの雑誌「雲遊天下」112号113号を読みまくった。この雑誌毎回ホンと読み応えマンチクリンで500円!おススメです。

さぁ、明日は高円寺ROOTSさんでの「かなしいうたがききたいぜ」ライブで(詳細はスケジュールを)ロケンロール!ソウブラはりっちゃんと1曲、ソウブラで2曲歌います。すごい数の出演者ですが、きっとすごく中身の充実したライブになるはず。お時間ある方、ぜひ気軽にお運び下さい!!

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