周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

新曲 

2013/04/07
Sun. 22:19

ずっと気になっている詩があった。

それは、去年沖縄の親友Aが送ってくれた8月4日付の琉球新報“8.5県民大会オスプレイ問題 別刷り特集”の1面に、大きく掲載された沖縄国際大学1年生(当時)の西原裕美さんが書いた「歩け」という詩だ。

歩け
  西原裕美

ただ一心に歩くけど
飛び込んでくる青に
勝てるものなどなくて

明るい夢に
黒い音が重なって落ちる
花火のように落ちて
大気は島を飲み込んだ

歩けよ歩け
子どもの泣き声が聞こえる
歩けよ歩け
遠くに笑い声も聞こえる

失われた命の償いは
いまだ果たされぬまま
そこにある
美しいもの
悲しいくらいの青空

もう一度触れたいと
ひとめ見たいと
思う人がいるなら

離さないと泣いて
愛してると言って
吹きぬける海風に
泣いて笑って 
いつか

たとえ先など見えなくても
歩けよ歩け
救いなど見えなくても
歩けよ歩け

失われた命達の夢を
まだ終わらないと張り裂けて
どこまでも答えになる


鳩山政権以来の、転げ落ちるような沖縄の米軍基地削減の後退と、さらに犠牲を押し付けるMV22オスプレイの強行配備。
安倍政権に代わってからは、辺野古沖埋め立て申請を、常套手段である不意打ちしたかと思えば、たったの0.7%ぽっちの米軍施設返還計画を日米で沖縄の頭ごなしにぶち上げ、しかもその返還のほとんどが2022年以降や2024年以降といった今後どうにでもひっくり返る中身。
これを喜べだの了解しろだのと、大和人はどの面下げて言えるのだろう(て言うか、もう言っているのだ)。

日々新聞を読み、沖縄の状況を読むたびに胸苦しさを感じ、Aに会わせる顔がないような気持ちになる。
実際非力であっても、何も出来ないと言うことは出来ない。沖縄を自分の意識の外に置くことは出来ない。
それは18歳の時に、初めて沖縄を知った日から、自分がこの世を去る時までそうだろう。
付き合い方は変わっても(以前のように頻繁に行けなくなってしまったが)、沖縄はずっとぼくの中に在る。

6月23日の高円寺での沖縄に関わるイベントに、友人の谷藤りっちゃんからお誘いを受けて、その時に歌う新曲を考えていた。
西原さんのこの詩を読むと、ぼくも眼にしたことがある沖縄の空が浮かび、その空を脅かしいくつも命を奪った黒い音が、沖縄に生きる人の日常にどう感じられているのかが、皮膚感覚として生活感覚として伝わってくる。

ぼくはうた歌いのエゴを抑えきれず、この詩に勝手に曲をつけてしまった。
最初は、沖縄で初めて強烈に体験したリズム&ブルーズやハードロック(かっちゃん&ステーションやワルツ、喜屋武マリー、紫など)を少し意識して曲をつけたが、ぼくはソウルフルに歌いこなすことが出来ず、3拍子にして少し軽快な感じにして完成させた。

バンドのみんなと気持ちを込めて合わせてみたい。来週のイベントでまずソロで歌ってみて、6月23日の高円寺のイベントでは、バンドバージョンを披露したいと思う。






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この記事に対するコメント

たとえ先など見えなくても
歩けよ歩け
救いなど見えなくても
歩けよ歩け

この言葉をどんな気持ちで書いたんだろう・・・って僕は思いました。
希望を持つのが難しい状況のなかで・・・それでも絶望感よりも、なんかこう
人間の底力をすごく感じる詩だなぁって気がしてます。

あ、もしよかったら、PCで「リベラル21」で検索してみて下さい。
そのサイトにおいらの親父が記事を投稿してます。
「2013.04.05 イラク戦争の検証と沖縄」というもの。
時間あるときに一度読んでみて下さいませ^^

サイクル・アニー #- | URL | 2013/04/07 23:50 * edit *

先など見えなくても…救いなど見えなくても…実はここが今のぼくにとってもすごくリアルで、勝手に大共感してしまったところ。

そういう安易な共感ではいけないと思いつつ、気持ちがどうにも動いて曲をつけていた。

リベラル21ぜひ読ませてもらいます。ありがとう!

五十嵐正史 #- | URL | 2013/04/09 00:02 * edit *

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