周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ791 

2017/05/17
Wed. 23:20

仕事帰りの電車の中ではたいてい、新曲のことかブログに書く内容のことを考えている。

CDウォークマンで今日のとっておきのアルバムを聴きながら、そんなことを考える一時が好きだ(通勤時間が片道1時間15分ほどあるので、長編のアルバムでもまるまる聴ける)。
今日もいつものように生田駅で下車し、筋肉痛の長女に頼まれた湿布薬を薬局で買い津久井道を歩きながら横目で人だかりがしている年季の入った肉屋Sのショーウィンドーを見ると、今日はぼくの好物の鶏皮のピリ辛揚げがある!ぼくは車が来ないのを確かめそそくさと道路を横切って肉屋の人だかりの後ろにつく。

20代の時は時折外に呑みに行っていたけれど、家で毎日晩酌はしていなかった。空腹を満たすことが第一で酒はまだ二の次だった。
それが30代になって毎晩瓶ビール大瓶1本を呑むようになって、子どもが3人になり経済事情により第3種のビールに格下げした40代は350ml缶2本とアテ(つまみ)が欠かせなくなった。何でも良いのだけど酒と共にその日のつまみを楽しみに家へ帰るようになってしまった。個人差は当然あるだろうけれど、人間の食べ物や飲み物の好みや習慣は年齢と共に変わる。この世に生きて48年、思えばぼくの食生活と呑み生活は大きく変化して来た。
で、今のアタシはとにかく晩酌時のおつまみが楽しみなのである。そして中でも昭和の肉屋S特製の鶏皮のピリ辛揚げは、週に一回ありつければ御の字の希少な絶品おつまみなのであった。

ぼくの前でピリ辛揚げが無くならないことを祈りつつ、無事に順番が来ていくぶん興奮気味に「ピリ辛揚げ150g!」と頼めばいつだってそれ以外買わないのに「他にご注文は?」「ありません!」というやりとりをして、税込178円を渡す。150gはけっこうな量で、子どもたちにあげたってこちらの酒のアテに十分すぎる量なのにたったの178円!このリーズナブルさがまた嬉し。

紙袋に包んでもらってそれをぶら下げて最初の一杯を心待ちに家路を急げば、子どもの頃親父がよく油紙に包んだ鳥のササミ肉を買って帰って来たことを思い出す。親父の晩酌は毎晩キリンラガー大瓶1本と決まっていて、やはり必ず何か一品をお袋が作ったり自分で用意したり買ってきたりしていた。
子どもたち(と言うよりほんとんどアタシ)はその親父が買ってくるつまみが楽しみで、今ではとんと食べなくなったし見なくなった(あるのかな?)鶏の生のササミ肉をにんにく醤油でいただいたあの美味は、今も口中に思い出せるような気がする。そして親父の左横からぼくはビールジョッキを奪ってゴクリと一口いただく。親父が「おいコラッ!」と言っても時遅し。苦いラガービールが喉を通る感触を、記憶にある限りでも小学校の低学年から一口味わっていたことを覚えている。その苦さを美味いと思えたのは、利根川の土手で一人缶ビールを呑むようになった17歳の時。

刺身や生肉が好きだった親父は鶏のササミ以外に鮪やイカ、タコ、レバ刺しや馬刺し等々今思えば工場労働者のつつましい暮らしの中でなかなか上等なつまみを食べていたものだ。
かたや倅は150g178円の鶏皮がご馳走で、それにこれまた月に2度くらいありつける生協の40%引きカツオのたたき(約200円強)が大ご馳走。何もなければ納豆だけをアテにしたり、大竹聡さんの本で知った豆腐に塩をまぶした刻みネギをたっぷりかけて、その上にごま油を垂らすだけで超美味いアテをこしらえたりのつまみライフである。これも時代の違いだろうか?思えば40代の親父は独立し一人で五十嵐工業を立ち上げて意気揚々であった(と思う)。確かに家計は右肩上がりになって行った。間もなくぼくは家を出たけれども。

みんな(と言ってもぼく以外に食べるのは長女と母ちゃんだけ)でカリカリに揚がった鶏皮をつまみ、ぼくは誰も一口呑もうとして来ない麦とホップをグビリと呑んで、今宵は調子の良いヤクルトを子どもと一緒になって応援するのだった。
いつものことだけれど、電車で考えていた事と全然違うことを結局徒然に書いてしまった。それもまたブログ(当人はショートエッセイもしくは身辺雑記のつもり)の面白さでもある。

この国の世情を見やれば、手前らの威嚇は棚上げのまま北朝鮮のミサイルで大騒ぎして、今また共謀罪をごり押しして、たかだか皇室の恋愛話にキャーキャー騒ぎ、二度と取り戻せぬ沖縄のサンゴ礁と森をそれらと同じ時に無言で破壊している。政治は愚かすぎてまともに関わる気は全くしない。しかし、個人の単独発言も十分政治的である。同じ土俵に乗らずとも望まなくともつまみの話でも十分政治的になり得る。マスを求めることが政治じゃない。マスを求めるのはどこぞの国や宗教団体のマスゲームと同じ結果になるだけだ。いわゆる不寛容な集団の出来上がりだ。左だろうが右だろうがぼくは決してそこにコミットしない。瑣末なことを書きそこから天下国家まで語り人間本来の在り方を見つめる。人間本来の在り方を一人一人の日常の中で見つけ実現して行く。4月のかけこみ亭ライブで知念良吉師匠が言った言葉だ。至言である。この言葉を実現するライブを21日の阿佐ヶ谷あるぽらんで知念良吉師匠とソウブラでみなさんに観せます!

今宵のBGMは、ボブ・ディランのブートレッグシリーズ第10週「アナザー・セルフ・ポートレイト」。ディランのアルバムの中でもぼくが大好きな「新しい夜明け」や「セルフ・ポートレイト」のアウトテイクマンチクリンの、至福必至の名盤。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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