周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ764 

2017/02/21
Tue. 23:13

先日、沖縄の親友Aから2月7日付の沖縄タイムスが届いた。

1面は辺野古埋め立て着工の見出し。26、27面もぶち抜きで、海上でキャンプシュワヴゲート前で抗議、抵抗する市民の写真が掲載されている。いつも親友Aから送られてくるタイムスや琉球新報を開くと(たいてい布団に入り枕元で読む)、自分がいつもこちらで読んでいる東京新聞他どの新聞の紙面とも違う強い印象と衝撃を受ける。それはおそらく、そのまま本土と呼ばれるこちらと沖縄との温度差なのだと思う。

1面その他で、新基地やヘリパッド建設を強行する国の仕業を糾弾し大見出しで掲載するのは、何度も県民の意志を表明したにもかかわらず無視され踏みにじられている沖縄県で発行する新聞として、至極当然であり真っ当である。そして、その沖縄県民は当然神奈川県民であるぼくと、東京都民たち等とも同じ(望むと望まざると)日本国民である。ぼくの毎日読んでいる東京新聞には、それこそ毎日世界で起きている信じ難い蛮行や殺戮、事件の類の報道が掲載され誰が読んでもこの世界は平和などではない事が分かる(ぼくが小学4~5年生の米ソ冷戦の頃、家でとっていた読売新聞を読んでそれを知って怖くなった覚えがある)。しかし、それはあくまで遠い世界のことでもあり、それをぼんやり感じつつも結局ぼくは自分自身の一日へと入って行くのが常だ。

6年前の東日本大震災、原発事故では連日被害の少なかった関東でも大きく報じられ続けた(それでも被災地の報道との温度差はあったろう)。そして、そのことに違和感などまったくなかった。それは暮らす県は違えど同じこの国のことであり、何より放射能汚染と言う実害が及んだということもあったからだろう。では、沖縄県は違うのか?遠い世界の話か?同じ日本という国において、政府の強硬なやり方に対し県としてまとまった異議申し立てを、選挙でも県民の行動でももっともはっきりと示している県なのに、それが一顧だにされずに踏みにじられている沖縄の現実を見つめる眼差し(=報道)の彼我の温度差はいったい何なのだろう?と思う。毎日もっと大きく、この国で生きる者がこの今体感している事実として、そして国民(捨てたい言葉だが)として怒り恥じるべき現実としてこちらの新聞紙上で報道され続けて良いはずだ。

それはすなわち沖縄への差別であると断じ(確かにそうであるが)、自分自身をそれを糾弾する側に安易に置くことで、温度差を実感する自分の本土の心根を見つめることをおろそかにしたくない。そのことと、沖縄を踏みにじり続け顧みないこの国を批判し問うことは矛盾しないはずである。高江等で本土から駆けつける人たちの反対行動の在り方について虚偽も含めて異論が出ているが、ぼくは沖縄の友人たちが届けてくれる便りを、いつもうれしく懐かしく時に怒りと悔しさの叫びとして受け取り、そして考え、ぼくの中からぼくの言葉で返信し続けて行く。少なくとも沖縄の友人と共に過ごした時間に温度差などなく、同じこの時代を生きている同志なのだから。

親友Aが「社説としては異例」と便りに書いた、もう130日近くも不当に拘留され続けている山城博冶さんへの手紙形式で書かれているこの日の沖縄タイムスの社説は、沖縄へだけでなくそのまま日本という、ぼく自身どうにも好きになれないが愛する人の住むこの国へのメッセージとして読める。Aよ、いつもありがとう。

今宵のBGMは、ザ・クラッシュの厚生年金会館での82年来日公演海賊版CD。何かを伝えようとするクラッシュの演奏と歌は、技術云々よりもいつまでもぼく自身のライブに対する姿勢の原点である。“チャーリー・ドント・サーフ”が素晴らしい!
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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