周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ757 

2017/01/24
Tue. 23:16

夕方事務仕事を一段落させ、利用者が入院している区内のE病院へ向かう。

E病院は駅からの便が悪く、S池駅から15分くらい歩くかバスを使うのが定石だが、地図で見た所ぼくの職場のある南久が原から歩けない距離ではないと思い、てくてく歩いて行くことにした。
けれど、歩いて行くことにした一番の理由は、E病院への道のりの途中にかつてお袋が数年間働いていた製本会社があることに気付いたからであった。病院へ行きがてら、おそらくすっかり周辺の風景が変わってしまったろうけれど、一目お袋の働いていた場所を見ておきたかった。

職場からなだらかな登り坂を上がって行き、新幹線の線路上にある池上線のO山駅を新幹線に沿って右折し進んで行く。新幹線はお袋の短歌にも出てくる。当時は出来てまだ数年の新ピカのまさに夢の超特急であったろう。新幹線沿いの金網はだいぶボロくなっているが、向かい側の住宅は比較的新しいものばかり。築50年以上の建物はありそうにない。
しばらく進むと、我らがソウブラメンバータケサンシン山村君の母校都立Y高校に行き当たる。地図上ではこのY高校の真ん前にお袋の働いていた製本会社はある。ぼくは少し足早になりながらそれらしい建物を見廻し探す。そんなオッサンの横を運動部の高校生が快活に声かけ合いながら走り抜け、グラウンドからは白球を打つ金属バットの音が聴こえて来る。

地図上ではあるはずの場所を歩いたが、製本会社らしき建物も表札も見当たらず住宅が密接しているばかりで徐々に落胆気分がもたげて来る。ぐずぐずしても居られないので、もう一周だけしたらE病院へ向かうことにして一度素通りしたY高校の正門前を歩くと、さっきはなかったワゴン車が停まっていて一軒の家の前で荷物を降ろしていた。遠巻きから見るその荷物がどうも書物のようでその家に近づいてみると、家の壁にお袋の働いていた製本会社の名前と仕事内容の書かれた看板が掲げられていた!本当にY高校の真ん前にその会社は在り、しかも外観は「家」であった。何ともこじんまりした株式会社である。

ワゴン車から荷を降ろしている会社の人らしいGパン姿の男性は、かなり年齢が行っている様子で、もしやお袋が働いていた頃から居る人なのかもしれないと思ったがさすがに話しかける勇気はない。他に若い衆も数人働いているようで、2階の窓には紙の束らしきものが見え、確かに製本会社なのだと思わせる。が、いわゆる工場や会社の建物ではない。やはり家である。ぼくは一度通り越して回れ右してもう一度会社の前を通り、少し離れた所で立ち止まり外観をマジマジと見た。

道路に面している部分は新しいので、てっきり建て替えたのだと思ったら何と建物の側面は古いトタン張りが残っており、一部建て増しをしたようである。トタン壁はかなり古そうでもしかしたらお袋が働いていた50年前から変わっていないかもしれない。
ついにお袋の働いていた場所に来ることが出来て、ぼくは満足であった。なにより会社の感じがとても良くてうれしくなった。住宅街にある普通の民家の様な社内で、お袋は社長や同僚たちと働いていたのだ。そこから歩いて20分強の、やはり普通の貸事務所を障害者の通所施設にして働くぼくとなんだか似通っている。そういう場所を求める嗅覚もDNAに組み込まれていたのか。

それにしても、なんでこんなに近くに居たのにぼくは24年間もたいして関心を持たずに居たのか?
ぼくが今の施設で働き出す時、お袋はまだ存命で施設の場所も知っていたはずなのに、なぜかつて自分の働いていた場所の近くであることを言わなかったのか?いや、お袋は言ったのかもしれないが、親不孝息子は手前のこと以外に全く関心が無く、得意の空返事で済ませたのかもしれない。なにせ存命中は「いつまで歌うつもりだ?」「就職したんだからバンドなんか辞めて仕事に専念しなさい」と言われ続けていたし、自分の人生にお袋を重ねる発想自体持ち合わせていなかった。

近くに居たのに、居るのに気付かないこと。もしかしたらそんなことだらけなのかもしれない。生きているうちに気付けて、出会えて良かった。
この間のお袋を巡るぼくの中の旅が、今日で一区切りついたような気がしている。

今宵のBGMは、カントリーの父とも言われているジミー・ロジャースのほぼ全音源を収めた5枚組CD1927~1933。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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この記事に対するコメント

お母様は何年生まれですか?
短歌を詠んだくらいなので、歌謡曲などの歌詞に親しんだりした気もするのですが、どうだったのでしょうか。まあ、それでも息子の作る歌やバンド活動は別の評価なのかもしれません。

青い一輪車など子供達を歌う歌詞、もしお母様も生きてたら共感して、活動を認めるようになってたかもしれません。早く逝かれた事、惜しまれますね。子の事はいつまでも心配なものだし、今きっと天上で聴いてるはずだと思います。

スズキ #f3g/b1UA | URL | 2017/01/26 22:47 * edit *

1946年生まれです。
好きだったのは五木ひろしとさだまさしで、八代亜紀やジュリーが嫌いでした(笑)。ドリフは観せてもらえず、何とか食い下がって数分だけ観せてもらったり(笑)。とにかくぶつかりがいのあると言うかぶつかるしかないという相手でした。向こうも後年、がんの自宅緩和ケアのことで取り上げられたさいたま新聞の連載記事で、ぼくとは真正面からぶつかり受け止めようとしたと語っておりました。
そうですね。「青い一輪車」とかは気に入ってくれたかもしれませんね。でも、今の我が家の生活状況を見たら絶対「バンド辞めろ」と言ったと思います(苦笑)。

五十嵐正史 #- | URL | 2017/01/28 00:31 * edit *

なるほど!ジュリーと八代亜紀が嫌い,,,つまり「色っぽい」のが嫌いなわけですね!向上心というか志を高くもつ短歌とあわせ読んで,お母さんの真面目なお人柄が伺える気がします。何だか少し解せました〜MCで「色気がない」とか自分でこだわって話してる五十嵐くん,逆の意味でお母さん似です(笑)

スズキ #f3g/b1UA | URL | 2017/02/06 19:10 * edit *

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