周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ51 

2011/06/13
Mon. 23:14

昨日(12日)は昼から、「岩塚道枝さんを偲ぶ会」のお手伝いと参列に大田区の池上本門寺そばにある池上会館へ。

池上駅付近で職場の同僚のU君らと、案内板を持ち街頭に立つ。
立ちながら「先週の今頃は京都でトロッコ列車乗ってたなぁ」なんて思いつつ。我ながら実にバラエティーに富んだ生活を営んでおる。

今年の1月に76歳で亡くなられた道枝さんは、ぼくが働いているような無認可の小規模作業所(はすの実作業所)を、大田区で最初に立ち上げた人で、ぼくの大先輩にあたる人。
道枝さんが理事を務める社会福祉法人でぼくも役員をしていることもあって、もう何年も定期的に会議でお会いしては、お互いの近況を話したりしていた。

特に、悪法障害者自立支援法が出来てからは、会う度にいつも「おたくはどうするの?」「移行しませんよ」「大丈夫なの?」「さぁ、でもすべてが移行することなんか出来るわけないから、小規模作業所の必要性を訴え続けて粘ります」「そう・・・」といった会話をしたものだった。

元舞台俳優だった道枝さんは、障害を持った双子の娘さん達の保育、そして当時は就学することが困難だった障害児の全員就学を目指した運動を大田区で起こし、当時石原慎太郎の強固な地盤だった大田区で酷い反対運動(「バカは学校に入れるな」という幟(のぼり)が商店街に立ったという)に遭いながら活動を続け、やがて卒業後の子ども達の進路として、作業所作りに携わる。

実に安易な自分探しの過程で、フラッと作業所で働き出したようなぼくとは、まったくモチベーションも鍛え方も違う道枝さん。
偲ぶ会でそんな彼女の足跡を振り返り、ぼくがやっとこの仕事をやっている自分に誇りのようなものを持ち出した時に(そういうものはホンとに金ではないんだな)、短い間でもご一緒させてもらえて本当に良かったと思った。
自立支援法を拒否する姿勢を、道枝さんに見せ続けることが出来て良かった。

ご子息が所長を引き継いだはすの実作業所もまた、移行の意志を見せることなく、淡々と小規模作業所を続けらている。実に心強い存在だ。

道枝さんは、障害者自立支援法が出て来た頃に、その法の中身をみんなで確認し合った時、信じられないような顔をして、こんな法が通るのなら「じゃぁ福祉っていったい何?」と問われたことをぼくは一生忘れない。

おそらく亡くなるまで、道枝さんには、生きるために必要な福祉を受けるのにそれをサービスと称して障害者から金を取る障害者自立支援法が、まったく理解するに値しない、これまでの自分の人生をもって拒否反応を起こしていたのだろうと思う。

その時は、「またまた道枝さん、そんなこと今さら言ったって」と不遜にも思ってしまったぼくだが、その言葉がそれからずっとずっと、福祉で飯を喰らい続けているぼくの心から離れないのだ。

約130名の参列者で湿っぽくなく行われた偲ぶ会。先立たれたご主人と同じ東京湾に散骨されるという、実に粋な人生を全うした岩塚道枝さん。心からお疲れ様でした。

今宵のBGMは、マディウォーターズの「1941~1950」。最初期の録音「カントリー・ブルーズ」から、シカゴで初めてバンドで録音した頃の「ハード・デイ・ブルーズ」など、チェスレコード時代の音圧がない分、シンプルでこれはこれで実にイイ。特に「ハード・デイ・ブルーズ」はいつか意訳して歌いたいと20年来思っている。「辛い一日、雨も降り出した~♪」てな感じで。

BG酒はトリスハイボールでした。ではまた、ロケンロール!



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