周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ743 

2016/12/17
Sat. 23:53

久しぶりにのんびり出来た一日だった気がする。

長かった1週間、手を付けられないことがいくつか残されているけれど、倒れることなく最低限やりきり泥のように眠った昨夜と、大好きなピーターバラカン氏の朝のラジオをほとんど聴けずに遅く起きた今朝は、とても気持ちがおだやかであった。
身体は正直危なかった。治ったと思った風邪は、水曜の夜中にまた発熱し木曜の朝は右首のリンパがゴルフボール大に腫れ上がりかなり痛かった。出勤し、仕事の合間に行きつけのU診療所に行って、レントゲンに血液検査、インフルエンザの検査(陰性であった)を受けたところ、レントゲンで右肺の部分が少し白みがかっていて、施設の健診でもいつもお世話になっている院長に「肺炎になってはいないけれど、なりかけてたはねぇ」と言われ、夜中上がる熱を解熱剤で無理やり下げて出勤してたこの数日を「必ず肺炎になるパターン」と指摘され、休まなかったことがどんだけ無茶だったかをとくとくとお説教され叱られた。お袋世代であろう院長に「仕事の忙しさは分かるけれど、これからは、前の晩に37度5分以上あったら朝熱が下がっても仕事を休むように」と言われては「はい。なるたけそういたします」としか応えられない。

3本取った血液検査の結果は、その日の夜に診療所から自宅に電話がかかって来て、炎症反応はそれほど大きくないので出された抗生剤と解熱剤を呑んでいれば治るだろうとのことでホッとした。でも、電話をかけてくれた看護士さんからも「くれぐれも無理しないでくださいね」と言われてしまい、またまた恐縮。母ちゃんからも「いくつになっても身の程を知らない」と怒られ、娘たちにもすぐに病院に行かなかったことをチクチクといつまでも言われる。それでも、そんな家族たちのもとで今日やっとゆっくり休めて父は心から安らいだのです。ちょっと不義理してしまうことがあっても、ここで休むことがどれだけ自分に大切かがあらためて分かった。

午後からは母ちゃんに「父ちゃんは病み上がりだから家で休んでたら」と言われたが、みんなと居たかったので子どもらのクリスマスプレゼントの買い物に、車を出して稲城市若葉台の大きな本屋と文房具店が入った大型店へ付き合う。
プレゼント選びに1時間以上かかる間、ぼくはひたすら音楽コーナーでこの冬たくさん出ているボブディラン関連本を立ち読みする。ボブディランに関してミュージシャンや音楽評論家らが語るタイプの本の大半は、ぼくにとって買ってまで読むに値するものではない。分かりっこないボブディランへの思い入れを各々が語るばかりなので、共感出来ないとその言い草が鼻につくばかりで嫌になる。「お前のやってる音楽は何なんだよ!」と毒づきたくなったりする。だから立ち読みでホンと十分。

今日の久米宏の「ラジオなんですけど」でも紹介していた、ノーベル文学賞に寄せたボブディランのコメントはなかなか良くて、やっぱり他人がどうこう言うよりディラン本人が一番良いなとあらためて思わせる。ノーベル文学賞に対する皮肉とも、正確な認識と評価ともとれ、そして世界からの懐疑に対する明確な答えともなっている彼の言葉は、やっぱりさすがボブディランである。ぼくはこの人に入れ込んでロックをやり続けて来て歌い続けて来て良かったと勝手に誇らしい気になる。

そのディランのノーベル賞がらみで、昨夜ようやくパティスミスが記念式典でボブディランの「激しい雨が降る」をオーケストラをバックに唄ったパフォーマンスを観た。事前にパティが歌詞を忘れ歌い直したという話は聞いていたので、予備知識を持って観たのだが、確かに歌い出しの瞬間からあのパティスミスがものすごく緊張しているのが観ているこちらにも分かった。ぼくもステージで緊張する性質なので良く分かる。声も震えている。パティスミスの大ファンでもあるぼくは、もう観ていてこっちまでドキドキしながら「がんばれ!パティ」と思わず心で叫ぶ。歌が進んで行っても緊張が取れる様子は見えない。しかし、それでもパティの声は胸に響いて来る。サビの「ハ~ドレ~ェ~ン♪」の独特の伸ばし方等まさにパティ節だ。と、突然、やはり聞いていた通り途中の歌詞が出て来なくなって演奏は止まってしまった。その時のパティの表情は、何とも弱々しくまさに何かに圧し潰されてしまったかのような辛い感じに見えた。受賞したボブディランの歌を、パティ自身とても思い入れのあるこの「激しい雨」(後日語ったことによれば、パティの亡き夫も好きだった歌であったという)を、全世界の注視するノーベル賞の式典で歌うのだから重圧は無理もないだろう。思い出も思い入れも深い歌、それもキューバ危機の時に書かれ、世界最終戦争の情景を世界の終末を人々に強烈にイメージさせた不朽の、それでいて歌うのがまたとても難しい歌である(ぼくも20代の頃訳して歌ったことがある)。
何とか途中から歌い直したパティスミスは、また危なくなった場面がありながらも、おそらく緊張は取れないままにそれでも最後の色はもはや黒だけで数は0だけの世界へと歌い継いで行く。ぼくはそのパティのボブディランの「激しい雨」という歌に向かって行く姿にいつしか熱く感動し涙が出て来た。途中で止まろうがこれは素晴らしいパフォーマンスだ。いや、これこそディランの歌を称賛するのに相応しいパフォーマンスだと確信した。ディランの歌は構成の単純さではとても測れない。とても難しく、あらゆる意味をも込められ聴き手のあらゆるイメージを重ねることの出来る、まったくこれまで誰も書き得たことのない歌を初めて書いた人間なのだ。

それを誰よりも知っているパティスミスだからこそ出来たパフォーマンス。ただの無難でキメたパフォーマンス(そういうロックは5万とあり誰でも模倣出来る)の対極にある価値観を、ボブディランの歌は提示して来たしそれこそが自由であると教えてくれたのだ。
ありがとう!パティスミス。

今宵のBGMは、ボブディランの62年発表代表曲「風に吹かれて」と共に「激しい雨が降る」も収録された弾き語りの大名盤“フリー・ホイーリン”。最近ディランの初期の弾き語り時の歌ばかり聴いています。彼がたった一人で始め表現したことと言うのは、やっぱりものすごいことなんだと再確認。いつでも新しいボブディラン。ノーベル賞どころじゃないでしょう。

BG酒はトリスクラシックをお湯割りで。明日はいよいよ阿佐ヶ谷ロフトAで友川カズキさんライブの前座出演。緊張しますよ~きっと。なにせライブハウスなんかめったに出ないんですからソウブラ。けれど、声かけていただけるのは本当にありがたい。緊張したってビビったってその時しか出来ないパフォーマンスをひたぶるやるのみ!ではまた、ロケンロール!
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