周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ711 

2016/09/17
Sat. 23:48

今日(17日)は、午後から神宮前駅すぐそばにある神宮前隠田区民会館へ、最首悟氏の講演「最首塾」第150回に参加した。

最首氏は、7月30日付の東京新聞朝刊「こちら特報部」に相模原事件に対する論評が載った人で、ぼくがこれまで読んだこの事件に関する記事の中でいまだにもっとも示唆に富み、考えさせ、事件の本質を突いた言葉を語った人である(この記事に触発されてぼくは“命でしかないビート”という歌を書いた)。
その最首氏のHPには、これまた実にぼく自身にしっくり来るというより、求めていた言葉たちが散りばめられていて(「少数派の心得」などは部屋に貼っておきたいほど)、この数日自分なりの「相模原事件」についての所感と論考を書いてから渇いた喉を潤すようにむさぼり読んでいたところ、氏が私塾を定期的に開催していて、資料代だけで予約なしに誰でも参加出来ることを知ったのだ。

会場の隠田区民会館は、個人的に縁もゆかりも無く好き好んで行く気にもならない神宮前駅の真後ろにありながら、信じ難いほどのボロさと安らぎを与えてくれる古びたいわゆる公民館であった。いったいどうなってるんだこの街は?と訝しくも思いヘンテコさも感じるが、この建物は許せる。こんな所でやる私塾に否応なく気持ちは上がる。

果たして、会場には比較的自分と同世代か上の人が多いように見受けられたが、長年大学等で教鞭をとっておられたからか、若い人もそれなりに居る。そして、決して広くない会場とは言え満席で追加の椅子を出すほどの参加者である(告知はおそらくHP上と名簿によるお知らせのみと思われる)。
今日の講演の後、有志が残って誕生会が企画されている最首氏は御年80歳。しかし、途中10分ほどの休憩を入れたのみでほぼ3時間張りのある声で我々塾生?に語り続けた。途中自由な感じで会場から質問が出たり、突っ込みが入ったりそれに柔軟に応えたり半ば強引に言い切ったりと(そういう場面はユーモラスで笑いが起きた)、何ともゆるい雰囲気で初参加のぼくも居心地良く傾聴することが出来た。ただ、本当に久しぶりと言うか、ここのところこんなじっくりと断定することなくあらゆる角度から一事を見つめ語る人の話を聴いていなかったので、とっても新鮮で頭をフル回転させて疲れもした。けれど、全く嫌な疲れではない。逆に、これはぼくが求めていた疲れだったのではないか?とさえ思えた。

昨年の反安保法制から無残な今夏の2つの選挙(けだし、沖縄を除く)まで、どんだけ思考は短絡し、言葉は軽く安っぽいスローガンと堕し、横文字のセンスの悪いドヤ顔Tシャツ等に主張を代弁させるのを見るにつけウンザリしていた。短文SNS等でボケとかカスとか吐き捨てる運動などに足の指先ほども関わりたくないと、自分の発信と思考を守って来た。小さくとも非力でもそこから繋がるものと共にして来た。

この私塾には、驚くほど静かで真剣な思考があった。最首氏の語りは実は決して歯切れ良いとは言えない。時に行きつ戻りつして「どうなんでしょうねぇ…」としばしば言いよどみ投げる。しかし、その「どうなんでしょうねぇ…」をまた別の角度から見てそれに対する思考の仕方を提示して来る。講演は果てなきその連なりとも言えた。
この日は予告で「相模原事件に関連して」とあったので来た(ぼくもその一人)参加者も多かったが、最首氏の話はなかなか「相模原事件」について語らない。ついに3時間の終わり45分辺りでようやく事件に言及し出した。それも考え考え言葉を確かめながら。けれど、良く考えてみると、今日の話は具体的に言及していなくても全て「相模原事件」に関連していたのだということが分かり、帰路の途中から今も「なるほど」と思い出しては、本当に参加して良かったと思っている。

今日の話でいくつか印象に残ったのは、「人間」という日本語が「人」と住んでいる場所を意味する「間」という字で出来ていることの疑問を取っ掛かりに、「場」と「場所」の違いについての話。「場」とは「場所」が限定的空間なのに対してよりもっと広くアクロバティックに展開するという事。

そして、現在は平和期というより戦間期(敬愛する故加藤周一氏の用いた言葉)であり、戦争期から潜在的に連続している価値観(国家による正義の殺人、優勝劣敗思想)が富を追求する中で科学技術経済果(禍)を産み、それに対する政策面での対策と称して正気を装った狂気が水面下から浮上して来ている(公然と言われ出した「与死」(利益を生まぬ高齢者等の安楽死)思想とそれを性急に無残に適用した「相模原事件」)。

現代はひたすら安心感を求める「直線型社会」であり、それよりも進歩ではなくただただ変化を続け、果てない広がりと堂々巡りをも含む「円環型」の在り方にするべき。

等々、これからも少しずつ思い返しては噛みしめ、考えて行きたいことがたくさん(読みごたえある資料は貴重)。断定的な物言いが少ない最首氏であったが、最後の質問コーナーで、今は退職されたという人が、長年企業勤めをして来て会社の論理はとても円環型などではなく、前年度比の黒字を達成しなければ終わりの世界であること、それは悪魔の法則のように思えるが如何ともし難いと述べたのに対して、ぼくが聴こえた限りでは柔らかい口調ながらもかなりラジカルにキッパリと返答していたことが印象に残った。正確ではないかもしれないが、「そんなことはどうでも良いという価値を打ち出して行くこと」といった返答だったような。また、政治の動きについてもぼくが聴こえた限りでは、野党共闘も含めてバッサリぶった斬る発言をされていたと思う。それはもしかしたらぼくがそういう返答を望んでいたからそう聴こえたのかもしれないが。

そして、最後にはっきり断言していたのは、結局社会がどうなったって別にかまやしない、自分も重度複合障害を持つ娘も生きて行くだけですからということ。それは決して捨て鉢な言葉ではなく、この社会の問題を見つめ考え続け短絡に堕ちず、現実的選択と称して勝ちを急ぐことなく本気で変えようとしている人の言葉(決意、矜持)としてぼくのもとに届いて来た。

今宵のBGMは、久しぶりにカラワンのグルーヴを浴びたくなって1994年の20周年ライブカセット3本組。これを書きながら聴いてとうとう3本目のB面に来ました。
BG酒はトリスクラシックハイボールでした。ではまた、ロケンロール!


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