周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ709 

2016/09/14
Wed. 23:15

先日の10日、新井薬師の小劇場スペシャルカラーズで、ソウブラギター森田君のパートナーでもある左観哉子さん主宰の劇団Inhighsの公演「蛍」を観た。

今週は「巨人ゴーレム」をやり切った軽い燃え尽き感と、Inhighsの「蛍」のほの温かい劇の余韻に浸って過ごしている。
Inhighsの公演は、忘れもしない震災のあった2011年の春(確か公演日が震災当日と重なり延期して開催された)に初めて観て以来ずっと観劇しているけれど、今回あらためてInhighsの描く世界は時どきの出来事が反映されながらも一貫していることを感じて、ぼくは妙に安心し嬉しかった。「喪失と再生」Inhighsの作品に描かれるこのテーマは、言ってみれば人間の生のテーマそのものと言える。それをことさら派手な仕掛けも演出も無く、役者の美しい身体表現と表情、セリフ、時に真っ暗にもなる抑えられた照明、そして通奏低音の如く流れる波の音やピアノの調べで表現される。そのことにもぼくはやはり安堵にも似た気持ちを抱きながら舞台を見つめたのだった。

今回の劇中、蛍に託して何度か語られるセリフ「小さな光よ消えないで」は、ぼく自身の切なる気持ちでもあり、今を生きるためのぼくのよすがでもある。さらに言えば、世界を良きものにするためのぼくにとって唯一の希望でさえある。
その小さな光は、人を包み時に苦しめる闇と、セリフとセリフの間の沈黙、波の音、そして人の祈りがあって初めて見え立ち現れるものなのだ。闇も、沈黙も、波の音も、祈りも何一つ欠けてはいけない。それらを無きものにしようとしたり、省いたりすることは出来ない。作り物の眩しさは虚しさと同義であり希望などそこに本当にはありはしない。

3.11から5年半、最近ぼくは世の中の流れと自分自身がますます合わなくなっているというか、共感出来る在り様が前よりもさらに少なくなってきている実感に苛まれる。それが現在のぼくが書く歌のテーマでもある。明らかに震災直後に歌を書いた感覚とは違うのだ。怒りも喜びも哀しみもより静かで濃くなっている気がする。
しかし、共感出来る在り様が少なくなっているからこそ見る目も感じる心も研ぎ澄まされるはずだ。以前からそうであったが、ぼくはなおさら数を頼んだり人を煽ったりなにより勝ちを急ぐ行為を警戒し遠ざけるようになった。
誤解を生んだりいろいろやりにくくなることもあるかもしれないが、別にかまやしない。何にも端折ることなく、時勢がどうであろうと小さな光を描くことを止めない人たちが、Inhighsが、同志がいるのだから。

Inhighsの「蛍」を観てから秋の夜の闇が一段と好きになった。

今宵のBGMは、スティーヴ・アールの2007年発表の「ワシントン・スクウェア・セレナーデ」。アコースティックな隙間のある音像がたまらない。「エルサレム」以降のスティーヴ・アールはどんどん抑えた音と歌い方が深化している気がする。それがビンビンと聴く者に響いて来る。歌いたい歌を唄い続けて来た者が自然と辿る道のように感じる。ピーターバラカン氏が推している新作もとても良いみたい。何とか算段付けて手に入れたいなぁ。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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