周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ582 

2015/06/30
Tue. 22:59

土曜の深夜に観た、旧友の囃子君からもらったDVDの中の18歳のぼくは、ボーカルだけの時はやたらとぴょんぴょん飛び跳ねたりマイクスタンドを両手で握りしめたりして、一生懸命ひたぶる歌っていた。

当然画像が荒くても肌ツヤの良さは分かり、髪の毛もまっ黒で今よりフワフワしている(体型だけはそれほど変わっていない)。
だけどそんなことよりうれしい驚きだったのは、意外とちゃんと聴けたことだ。決して上手くはなく下手ではあるけれど、ド下手ではない。高校生バンドとしてはなかなかではないかと自画自賛したくなる。しかも、この高校卒業を記念して仲間たちと浦和市民文化センターホールを借りて開催したライブイベントで、ぼくらは1時間足らずで15曲も!歌っており、内ぼくの書いたオリジナル曲が7曲、カバー曲が8曲(セックス・ピストルズ4曲、クラッシュ2曲、アナーキー1曲、ザ・スタークラブ1曲)という構成であった。ぼくの覚えている限り、当時高校生バンドでオリジナル曲をこれだけやっていたのは他になかったと思う。

この時のライブのメンバーは、ギターに囃子君、ギターとベースに同じく同級生のサイクルアニー君、そしてドラマーが紅一点の近くの女子高生だったMさん、ぼくがボーカルと曲によってはベースも弾くという面子だった。確かバンド名はこの当時傾倒し始めていた宮沢賢治の影響で“イーハト―ヴ”だったはずだ。
あらためてメンバー全員がそれぞれ個性的で観ていておもしろい。ドラムのMさんはとても美しく、良くぼくはこの時恋に落ちなかったものだと思う(落ちていたらさっさとフラれていただろうが)。きっと自分のこととこのライブのことで手いっぱいで、全く余裕が無かったのだろう。実際映像の中の18歳のぼくは余裕がない。必死と言うか何かすがるように虚空を見つめて歌っている。今では信じられないが、客のことを一切無視して歌っている。本当にいったいどんな気持ちだったのだろう?

確かに拙い高校生バンドが、全15曲を演奏しオリジナル曲も自分たちでアレンジして完成させなければならないのは大変だった。準備期間はそれほどあったとは思えない(2か月くらいか?)。でも、連日のように10回は大宮駅西口のジャック大宮の中にあったスタジオに入って練習した覚えがある。サイクルアニー君はそれこそライブ直前に助っ人として参加をお願いしたはずだ。
スタジオ代は、数回分予約して前払いするために、当時大宮駅構内のコージーコーナーでバイトをしていたMさんに立て替えてもらった。ぼくはあの時のお金を後からちゃんと払ったのだろうか?

それぞれが卒業した後別々の道を行くことが分かっていて(ぼくはライブの二日後に知多半島へと引っ越した)、たった1回きりのライブの為に何のアテも目論見もなく何回も練習をして、本番を迎える。そんな行為が何だか年取った今から思うととても愛しく感じる。この時のメンバー全員に酒をおごってやりたい気持ちになる。と、同時に、それから28年同じようにやって来たのだなという感慨も湧いて来る。

とにかくまったく平常心になれず、ドキドキしながら18歳のライブ映像を観た。古い映像の為に画像がけっこう細かく飛ぶのだが、それもまたぴょんぴょん飛び跳ねて歌うぼくに似つかわしい。
翌日無声映画ライブに出かけたぼくの留守中に、子どもたちと母ちゃんとでそのDVDを観たらしく、子どもたちの感想は、息子が「今の方が良い」で、次女は「ぴょんぴょん飛び跳ねていて変。何言ってるのか良く分かんない」と辛口であったが、長女は「父ちゃん可愛かった」とのこと。そりゃそうだ。今の彼女と5歳しか違わない父ちゃんなのだから。

出来る事なら一度このバンドメンバーで集まって酒を酌み交わしたい。ありがとうと言いたい。

今宵のBGMは28日のインターFMバラカンビートの録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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2015-06