周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ397 

2013/10/30
Wed. 23:07

早いもので、もう今年も後2か月を残すのみである。

昨夜は職場の理事会で年度の上半期の報告をした。
産休のS嬢に代わって、ぼくがY工房の分も報告したのだが、何とも味気なく寂しい感は否めなかった。
秋である…。

秋と言えば読書だが、ここのところぼくは断続的に佐野眞一氏の著作を読み続けている。挙げてみると“誰も書けなかった石原慎太郎”“甘粕正彦 乱心の曠野”“阿片王 満州の夜と霧”“沖縄 だれにも書かれたくなった戦後史上下”(いずれも文庫本)“津波と原発”“新忘れられた日本人”(単行本)といった具合に、ここ1年くらいで結構読んだ。すべて古本で購入し、寝る前や移動中の供として欠かせない。

それで現在は、佐野氏の最も著名な本であろう“東電OL殺人事件”を読みふけっている。
氏の著作はどれも文庫で600ページくらいある大作なので、実に読みごたえがある。そして何より、地を這うように現場を歩き取材し、描写する昭和の聴き込み刑事みたいな氏の泥臭い文体がぼくの琴線にビンビン触れてくる。

左右問わず、政治に関しては一貫してどこか小馬鹿にしたような態度で臨み、一神教の如き組織信仰には徹底的にその裏を暴こうとする姿勢には、読んでいていつも溜飲が下がる。
それこそぼくの書く文章などは、佐野氏にしてみたら「ステレオタイプの左翼言説」と斬って捨てられそうだが、あくまで個人目線で発言し、立ち続ける姿勢は大いに影響を受けていることを告白しておきたい。

その佐野氏は、あの橋下徹をいつもの彼の手法で泥臭く書き出したものの、結局バッシングされ連載中止となった件以降、盗用疑惑などでかなり叩かれた印象だが、どっこい氏の方と言えば、橋下については意味深な沈黙(多少の弁明をしたが)を貫き、“だれにも書かれたくなかった…”でかなり突っ込んだ沖縄について、今度は沖縄戦に絞って力作を書いたようだ(新刊なので買ってません)。

こういった著作の盗用問題について、ぼくとしてはそれほど気にならないし、それで佐野氏の文章の魅力が損なわれるとも思わない(まぁ、ぼく自身が曲の盗用しまくっているせいもあるが)。
逆に佐野氏らしい泥臭さ、したたかさが感じられて面白い。

佐野氏の著作にはまる前、ぼくは鎌田慧氏を愛読していた。氏が新宿中央公園での大晦日ライブを取材し、ソウブラのことを週刊金曜日に書いてくれたこともある。
しかし、鎌田氏の文章はどこかキレイで(大杉榮とかを書いても)、それこそ佐野氏言う所の左翼的言説の型にはまっているような感じがして来て、ちょっとつまらなくなってしまった(特にぼくと同業のある人を取材した記事で、その人をただ善意の人としてしか書いていないのを読んだ時には、正直がっくり来た)。

それに比して、佐野氏の文章は良くも悪くも昭和の劇画のようにどこか演出めいた筆致で、清濁併せ持つ人間をそのままあぶり出す感じが痛快で良い。そう、良いも悪いもなく己の嗅覚のままに探り人間を掘り下げ書きまくる感じが好きだ。何よりそのアナログ感がたまらない。この人の文にネットで調べて書いただけのようなチャらいものはない。

そんなルポやドキュメントを読んでいると、今さら新刊の小説の類を読もうとは思わない。
好きな小説家も特に居ない。けれど、“原発ホワイトアウト”だけは読んでみたい。

さぁ、今宵も枕元で、最近になってやっと無実が証明されたゴビンダ氏を、佐野氏が当初(1997年)から冤罪と睨んで渋谷の円山町界隈からはるばるネパールまで這いずり回って書いた名著を読もう。

今宵のBGMは、ヴェルベット・アンダーグラウンドの名作サードアルバム、「ザ・ヴェルベット・アンダーグラウンド」をLPで。18歳の時に買ったこのレコードに針を落とせば、今もあの頃の感覚が蘇る。
それにしても、とってもシンプルでメロディーの美しい曲ばかり。前衛、サイケのイメージを持っていたけれど、初めて買ったのがこのレコードで、あまりの普通さと聴きやすさに驚いた思い出がある。そしてハマった。「ぺイル・ブルー・アイズ」はいつ聴いても最高のヒーリングをもたらす曲だ。ルーよ…。

BG酒はホワイトハイボールでした。明日は健診だ。ロケンロール!

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