周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ライク・ア・ローリング・ストーン 

2011/12/30
Fri. 22:57

ライク・ア・ローリング・ストーン
意訳 五十嵐正史

ちょっと前まであんたは羽振りが良くて
金を放り捨てるようにつぎ込んでいたね
周りが「いつか落ち目になる」って陰口言っても
まるで気にせず突っ走っていたね
そしていつも鼻で笑ってバカにしていたね
転落してさまようばかりの奴らを
でも今あんたはその口を塞いでる
あんたはもうかつてのように自慢もしない
今あんたの頭の中は自分の次食べる飯のことだけ

※どんな気がしてる? どんな気がしてる?
 もうごまかしようもない 戻れる場所はない
 もう誰も見向きもしない ライク・ア・ローリング・ストーン

学校も全部一流にこだわって でもただ搾られ
都合よく利用されただけだったのさ
宿なしの生き方なんて誰も教えてくれやしないから
あんたはゲームをやり続けた
妥協は死んでもしたくないって言ってたね
でも今そのことを誰より突きつけられて
あんなにバカにしてたフーテンから学ぶしかない
あんたには訳の分からなかったあの生き方を
だから目をそむけず尋ねてごらん どんな取り引きをすれば良いのか?と
           ※
ピエロや手品師たちがどれだけ芸を見せても
あんたはそっぽを向いてたね
彼らのしかめっ面にも気付かずその素顔に
思いをはせることもなく知らん顔
あんたはお偉いさんと鉄の馬にまたがり得意顔
肩にシャム猫乗せてたあんたのあのお得意さんは
あんたから盗れるだけ盗っていただけだとさ
そいつはあんた以上に知らん顔でそう言ったのさ
それを知ったらやっぱりあんたでもがっかりするかい?
           ※
象牙の塔に住む昔の仲間はグラスを傾け
まだゲームが続くと思い込んでいる
ただ買い替え遊ぶだけの高価な物たち
だけどあんたはそいつを今から質に入れるのさ
ボロをまとったリーダーのうそぶいてた言葉を
あんたはおもしろおかしく聞き流していたけど
今すぐ彼の元へ行きな あんたはもう拒めない
あんたはもう何もない 失うものはない
あんたはまるで透明人間 隠せる秘密さえありはしない
           ※

「自分で歌いたい」と思ってから約1ヶ月。
最初はオリジナルに忠実に、片桐ユズルさんと中川五郎さんの訳を読み比べて参照しながら、自分の歌いたい(歌いやすい)言葉に替えて一応完成させて、それからは歌ってみながら湧いてくる自分の感情や、この歌に込めたくなる思いで、元歌の内容に少し踏み込んで言葉を置き換えて行った。

例えば、今でもたとえとしては通るかもしれないが、今の日本の現実社会には合わない表現に思えた「乞食に銭を放る」という所なんかはかなり意訳したし、逆に片桐ユズルさんの訳に出てくる「フーテン」というのは、それこそ今では死語だけど、フーテンの寅さん大好きのぼくは絶対この「フーテン」は歌いたくていただいたりと、かなり主観第一、自分本位の意訳にしたので(それでも数あるディラン曲の中で、この歌はとてもイジり難いと感じた)、今日夕方独りでデモ録音した時も、なんだかやたらと気持ちが入って盛り上がってしまった。

この歌の中の転がり落ちてゆく主人公は一応女性であり(「ミス・ロンリー」)、中川五郎さんなんかは「かわいこちゃん」という訳をしたりしてかなりそれを強調しているが、ぼくはこの曲で女性を思い浮かべられなかった。かといって男の物語を強く意識したわけでもない。
そこらへんがもしかしたら非常に中途半端かもしれない。けれど、それは歌い込んで行く中ではっきりして行くことかもしれない、と思っている。そもそもぼくには、この歌は「人」と言うより、その「集合体」のことを歌っているような気がしている。

それと、改めてこの歌は曲が本当に良く出来ていることにも気付いた。バンドでやったらどれだけ気持ちが良いだろうと思う。
しかも、いろんなアレンジが出来る。ぼくはロック的なリフやアクセントを強調するより、ゆったりとオリジナルバージョンや最近のライブバージョンのような「ライク・ア・ローリング・ストーン」が好き。いや、でもやっぱり、久しぶりにDVDで観たディランのドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」でたっぷり映像が楽しめる66年の重たくもはかなげなライブバージョンが素晴らしすぎる。

2012年はこの歌と共に転がって行こう!さぁ、明日は新宿中央公園で今年最後のロケンロール!!
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