周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

新曲「ヒマラヤ杉は知っている」 

2015/12/05
Sat. 23:20

ヒマラヤ杉は知っている
詞 曲 五十嵐正史

ヒマラヤ杉は知っている
ホタル舞う昔のわらべ唄
ヒマラヤ杉は知っている
戦(いくさ)が人を変えたこと

ヒマラヤ杉は知っている
働く女学生、町の人
ヒマラヤ杉は知っている
それはすべて戦(いくさ)のため

そこに悪い人は居なかったかもしれない
そこに人殺しの好きな人は居なかったかもしれない

ヒマラヤ杉は知っている
細菌兵器、風船爆弾
ヒマラヤ杉は知っている
偽札作り、動物人体実験

ヒマラヤ杉は知っている
秘かに葬られた命
ヒマラヤ杉は知っている
松代大本営、本土最終決戦

そこに悪い人は居なかったかもしれない
そこに人殺しの好きな人は居なかったかもしれない

ヒマラヤ杉は知っている
長く秘密にされたこと
ヒマラヤ杉は知っている
生き残るため利用されたこと

ヒマラヤ杉は知っている
ついに閉ざしていた口を開いた人
ヒマラヤ杉は知っている
あの建物の扉を開けた人たち

何べん申し訳ないと祈っても気が済まない
戦争の悲惨さ、みにくさを伝えなければならない

ヒマラヤ杉は知っている…
ヒマラヤ杉は知っている…


今日の旧陸軍登戸研究所の史実を元に創られた朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の本番前、企画者である登戸研究所保存の会の方に案内されて、今も明治大学生田キャンパス正門前に残る樹齢100年になるヒマラヤ杉を見学した。
そこはかつての登戸研究所本部前にあたり、杉の前には当時視察に訪れた三笠宮(昭和天皇の弟)が所員と写した記念写真が置かれている。その写真が撮られた1944年には、ヒマラヤ杉はまだ平屋っぽい本部建物の屋根をようやく越す程度の高さだったが、現在は数十メートルはあるだろう巨木となり、今もそこにある。本部建物は跡形もないが、車の出入りの為のロータリーは当時のままだという。

ここにたくさんの町の住民や女学生までが戦争の、しかも秘密戦の為の仕事にやって来て、町の豆腐屋の子どもは父親と豆腐を届けに来たりしたが、門の中に入れたのは父親だけだったそうだ。薄々ここでやっていることの重要性と機密性を知っていた大人たちは、子どもたちに「ここへは近づくな」と教えていた。

そんな70年以上前の日本のいわゆる総力戦の日常の感覚が、案内してもらったせいなのか本番ではギターを弾くぼくに伝わり、前回よりもさらにこの登戸研究所の物語の中に没入出来た気がする。
夕方団地に帰って来てもその感覚が消えず、森を歩く道々やそのまま向かったヘルスよしのの湯船の中で、自分で作った朗読劇のテーマ曲に乗せる歌詞を一気に頭の中で書き上げた。
家に帰り紙を前にペンを握ると、まるで自動筆記のようにあっという間に完成した。朗読劇のために書いたメロディーは、ずっとこの詩を待っていたのだ。これは登戸研究所が書かせた、あの戦争が書かせた反戦歌だ。

早速明日の向ヶ丘遊園駅前の地元の小さな反戦集会で歌ってみよう。


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新曲!「安保ブルーズ」 

2015/11/17
Tue. 22:43

安保ブルーズ
詞 曲 五十嵐正史

オイラの住む街に 米軍基地は要らない
オイラの住む街で アメリカ兵は見たくない
だけど地球の上はならず者だらけ
安全保障がなければ平和にゃ暮らせない

そんな日本の心が 本土から追いやった
米軍基地を オキナワへ追いやった
だって地球の上はならず者だらけ
安全保障がなければ平和にゃ暮らせない

平和を守れ 9条を守れ
守られたことのない 仲間たちはどうするの?
だって地球の上はならず者だらけ
安全保障がなければ平和にゃ暮らせない

今朝も辺野古のゲート前は 本土から来た警官の鎖
俺たちが押し付けた すべては基地の所為
それでも地球の上はならず者だらけ
安全保障がなければ平和にゃ暮らせない

丸腰の覚悟が ないのなら基地を引き取ろう
知らぬ顔で押し付け 五輪音頭に浮かれるこの街に
だって地球の上はならず者だらけなんだろう?
安全保障がなければ平和にゃ暮らせないんだろう?

俺たちに必要なものは 丸腰で生きる勇気
70年も経つのにまだ 持てない勇気
陸海空軍その他の戦力すべて捨てるまで
正義の暴力の要らない日々を作ろう

正義の暴力の要らない日々を生きよう


10日ほど前に一度完成したものの、最後6番の歌詞をそれから毎日書き直しようやくこの歌詞に落ち着いた。
もしかしたらライブで歌って行くうちにまた変わるかもしれない。
沖縄になぜ米軍基地が集中的に押し付けられて来たか?敗戦直後9対1だった本土と沖縄の米軍基地の割合が、現在の1対3になるまでの歴史と、本土の人間の実に8割が米軍基地は拒否しつつ安保条約を支持している現実を知り、恥ずかしいような怒りにかられて歌詞を書いて行った。そして、フランスのテロ事件が起こり、国内でも憲法9条の第二項戦力の不保持を変えようとする、戦争法に反対する立場の人たちからの自称「現実的」な策動や、「差別を失くす為、正義の為」という題目の下に暴力的な言説、行為が肯定されていることへの強い違和感が、6番の歌詞となった。

曲は、知念良吉師匠からの影響大なEコードのシャッフルロッキンブルーズで、我ながらなかなかカッコイイ仕上がり。
23日のバンドライブには間に合いそうもないが、12月6日の向ヶ丘遊園駅前での地元の小さな戦争法反対イベントではソロで歌うつもり。

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新曲! 

2015/10/22
Thu. 23:09

マイ・フレンド
詞 曲 五十嵐正史

小さなノートを前にして 初めて君と出会った
本当のぼくを君だけは 分かってほしいと書いたのさ
誰もぼくのようには歌わない

どれだけ他人を傷つけて 自分もうずくまるほど傷ついて
そんなことも君だけは 分かってほしくて書いたのさ
誰もぼくのようには歌わない

哀しい気持ちはマイナーコード 淋しい気持ちもマイナーコード
誰もぼくのようには歌えない

外から帰ると部屋の中 毎晩君と会っていた
ここから飛び出したいけれど とても心細くて書いたのさ
誰もぼくのようには歌わない

みんなが行かない場所ばかり 見つけて自由を感じてた
何が起こらなくても構わない ただ地に足つけていたかった
誰もぼくのようには歌わない

辛い気持ちはマイナーコード 悔しい気持ちもマイナーコード
誰もぼくのようには歌えない

素敵なあの娘と出会う日も 哀しい別れのその後も
小さなノートを前にして 思いのたけを書いていた
誰もぼくのようには歌わない

もうずいぶん長いこと 君と一緒にやって来た
そして今もこうして君と会う 君を知ってて良かったよ
誰もぼくのようには歌わない

哀しい気持ちはマイナーコード 淋しい気持ちもマイナーコード
誰もぼくのようには歌えない
辛い気持ちもマイナーコード 悔しい気持ちもマイナーコード
誰もぼくのようには歌えない
誰もぼくのようには歌えない
誰もぼくのようには歌えない


高田渡さんの10代の頃の日記「マイ・フレンド」を読んで作った歌。
ぼくは日記は書かなかったけれど、13歳の時から恋をきっかけに歌を作り出し、毎晩のようにノートに歌詞を書いていた。
高校に入るとほぼ毎月10曲入りのカセットを作って(当時最低月10曲は書いた)友人たちに配り出し、それがぼくの歌の始まりとなった。そしてそれは今も終わっていない。
10代の高田渡少年は、日記に「マイ・フレンド」と名前を付け、「君」と呼びかけながらその日の出来事や思いを書き留め、終わりはたいてい英語か日本語でウディ・ガスリーの歌のタイトル「サヨナラ、君を知ってて良かったよ」 の言葉で結んでいた。

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新曲 

2015/09/01
Tue. 21:57

かさ上げの街を臨みて(2015年8月29日)
詞 曲 五十嵐正史

諏訪神社の社殿へ続く石段
その真ん中は津波で流されてない
この上からは陸前高田の街が
見晴らせると友だちが案内してくれた

登り詰めるとそこには焚火の跡
あの日逃げ延びた人たちが暖をとった跡

山から運ばれる土砂の音を聞きながら
かさ上げ途中の陸前高田の街を臨む

そこかしこに置かれているかつての街の写真
目の前に広がる今は何もないその街の跡
見比べるほどに言葉を失くして行きながら
友だちの語る言葉だけをただ胸に刻む

登り詰めるとそこには焚火の跡
あの日逃げ延びた人たちが暖をとった跡

山から運ばれる土砂の音を聞きながら
かさ上げ途中の陸前高田の街を臨む

友だちはすぐそばのプレハブ小屋で働いてた
流れ着いた生活の品を日々目にしながら
聞かれない人たちの声を訪ねては聞き
不利を受ける人のない新しい街にするために

登り詰めるとそこには焚火の跡
あの日逃げ延びた人たちが暖をとった跡

山から運ばれる土砂の音を聞きながら
かさ上げ途中の陸前高田の街を臨む

山から運ばれる土砂の音を聞きながら
かさ上げ途中の陸前高田の街を臨む

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新曲! 

2015/08/11
Tue. 22:15

君のうたう
詞 曲 五十嵐正史

君は五月の風にはなれなかった 白い雲にも三ツ星にもなれなかった
兵舎の薄暗い便所の中で 一分間もしていたくない生活だと日記に書いた
一人の男 そして俺たちの大切な一人の友

君の骨はなんにもなしになったけれど 間抜けな兵隊でも天皇の赤子でもなかった
最後まで“ぼくの戦争が書きたい”と 一片の紙と鉛筆を与えよと叫んでいた
一人の男 そして俺たちの大切な一人の友

君は加害者と被害者にされて 加害者でも被害者でもなく書いた
そんな君の詩を歌えば見えて来る 会ったことも無い一人の生きた姿
一人の生きた姿 それはあなたの大切な一人の友

君の骨はなんにもなしになったけれど 国の為大君の為に消えたわけじゃない
最後にふられた女をあきらめられずに 故郷の夏の海辺で一人座っていた
一人の男 そして俺たちの大切な一人の友

君の好きな東京はわずかに残る 君の見えない日本はどうだろう?
そんな君の詩を歌えば見えて来る 会ったことも無い一人の生きた姿
君の生きた姿 それはみんなの大切な一人の友
そんな君の詩を歌えば見えて来る 悪の豪華版の姿
君をなんにもなしにしようとした 戦争の正体

それは君のうたう 君の書いた戦争
それは君のうたう 君の書いた戦争

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