周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

「今日の~仕事は辛かった~♪」そんな一節が口から出るのも当然。

土日と2日間濃くて熱いライブ(ライブはいつも熱いのですが)をやりきって翌日の仕事、楽なわけありません。職場に行くだけで大変。それでも午前中は前日の勢いが残っていて何とか行けます。けれど、午後からは弁当食ってもどんどんエネルギーが自分の身体から抜けて行くのを感じ、電話相談でも頭が朦朧として来て言葉が出にくくなったり呂律が怪しくなったりするのを誤魔化しながら懸命に今日一日を駆け抜けました。帰り道頭に浮かぶのは、そう、晩酌&夕飯後のあの大好きな布団に潜り込む仮眠の一時ばかりなり。

それでも、昨夜の吉祥寺のろは、いつもよりちょっと早めに切り上げてAM1:00過ぎには床に就いたのですが、やはり歳なのかもともとある方じゃない回復力は確実に落ちているのを隠せない今日この頃。それでも25日のスペースCライブに来てくれた施設利用者氏や同世代の同僚からは、「タフですね~」と言われる。確かに俗に言う二足の草鞋を履くには、単純に一足だけの人の倍動かなきゃいけない(そして休みはなくなる)わけだからスタミナも倍ないといけない。まぁ、どちらかと言うとタフなのかもしれない。でも二足以上は絶対履けない。絶対履きたくない。文章を書くのはアタシの場合道楽であり、ガス抜きであり毒吐き(?)。

25日の今年初のスペースCワンマンは、ライブが連続している中だったので集客が心配だったが、スペースCライブを楽しみにしてくれているお客さんが10人以上(!)来てくださり盛り上がった(歌詞を覚えて一緒に唄ってくれる人が居るのもここならでは)。しかも、10年以上ぶりにスペースCに来てくれた中学校の同級生Eも来てくれて(このブログにリンク貼ってあるソウブラの“グローカル・ア・ゴー・ゴー”“狭量と独善”をカバーしてくれた友人)、燃えた。ぼくにギターを教えてくれ、高校時代のパンクバンドでも一緒にやったことのある彼に、現在のソウブラを観てもらえるのはうれしい限り。音のバランスが良かったことと、アタシのMCも誉めてもらいました。なにせ、高校時代はMCなんかほとんどなかったので。

21年目を迎えたスペースCも、この日はI夫妻の夫の方が体調悪い中2人で切り盛りしてくれたが、ぼくがくたびれて来ているくらいなのだから、ぼくより20歳上のI夫妻はもっとくたびれているはず。それでも、こうしていつものように店であり地域活動支援センターⅢ型であるこの店を開け、ぼくはぼくでやはりいつものようにライブをやる。期待をされたりそれに応えられなかったりがありながら、なおもそこでいつか終わる時まであり続ける。そんな確かで熱い刹那を、歌と音楽としゃべりとメンバーとお客さんと店とで創り上げた実にステキな夜(ライブ)だった。

スペースCライブのことをこう書いたら、翌日の吉祥寺のろ支援「まめにのろくるまみむめもマラソンライブ」もまさにそんなライブ&夜であったことに気付く。吉祥寺のろに思いを寄せ、この店でまだまだ呑み喰い語り歌いたい人たちがそれぞれの思い(愛と言って良いだろう)を持ち寄って、誰はばかることなく遠慮も気兼ねもなく、それを出場者全員で思いきり解放したマラソンライブであった(初日は観ていないがそうであったと確信している)。
何だろうなぁ、両日共欲得なしにひたぶるその空間を愛を持って創る喜びばかりそこにあったことがとびきりうれしかった。そんな空間と時間に自分が身を置き関わりパフォーマンス出来ることを幸せと呼ぶしかない一時だった。そこに核となる小さな場所が在る。しつこく言うが、すべての人の要求や希望には応えられない。開き直りに聞こえるかもしれないが、それが一人の出来る事であり、その自覚の下になお小さな発信を続け扉を開けておくこと。うん、それだ。

両日ともライブの最後は「結風」を唄った。テレビで流してもらったからっていうわけばかりでもないが、この歌の意味が今また自分の中に沁みて来る。この歌を書いてちょうど10年、多作で次々に古い歌を唄わなくなるぼくには珍しく全く唄い飽きない数少ない歌の一つ。これからもこの「結風」を唄い風に乗せ続けて行きたい(たまに電波に乗るのも悪くない)。

充実の2daysライブ、ご来場のみな様、共演したミュージシャンのみな様、そして大好きなスペースCと吉祥寺のろ、ありがとうございました!

2月25日スペースCセットリスト
①ほんとうのさいはひを求めて
②ぼくらが創った夜に
③この素晴らしくない世界で
④君と同じ
⑤再会の夜に
⑥この星に日が昇る間の話
⑦グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑧ヒマラヤ杉は知っている

⑨寄り添う暮らしの幸せで
⑩ファシスト野郎
⑪終わり始まる日のあの場所まで
⑫ないしょの話(母の歌集)
⑬命でしかないビート
⑭余計な音
⑮ヘルスよしの
⑯ONE GUITAR
~アンコール~
⑰結風

2月26日吉祥寺のろ
①この時代を往く
②新しい日々
③再会の夜に
④この星に日が昇る間の話
⑤鮪に鰯 高田渡さんのカバー
⑥ヘルスよしの
⑦結風
スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

吉祥寺のろ3人ソウブラワンマンライブ終了! 

2017/02/19
Sun. 21:52

昨夜ののろライブは、2010年10月に初めてのろでやって以来最高のお客さんの入り(16人!)であった。

のろで16人もお客さんが来てくれるって言うと、立見の方が出てしまう。本当にありがたいことであるけれど、内心うれしい悲鳴を上げながら「この半分のお客さんで良いから2回に分けて来てくれ~!」と心で叫んでしまう自分が居たことも事実で、一年分のお客さんが一挙に来てしまったんじゃないかと不安になるどこまでもネガティヴ野郎のアタシでありました。

でもやっぱりうれしかった。お客さんがいっぱいって言うのはそれだけでノッて来るから不思議。当たり前ですがMC一つの反応の返りが違うから、ついついしゃべり過ぎてしまう。時々時計をチラ見しながら、ライブの尺が長くなり過ぎないよう自分で自分をなだめ抑えながら何とか休憩含めて2時間チョイに収めることが出来た。

それにしても実にいろんなお客さんが来てくれた。高校の同級生から常連の同僚に友人たちの他、久しぶりご来場の人、仕事仲間である先輩たち、歌友のいーはまちゃんに私がファンを自称している女性デュオナツメグのMちゃんにギタリストのM本さんまで!これまでのろ関係のイベントでご一緒させていただいたことのあるナツメグさんですが、ぼくらのフルライブを観てもらうのは初めてで、いやぁ気合いが入りました。そうそう、それ以外にも先日仲良くBSプレミアムに映ったあるぽらん常連のYちゃんも来てくれた。のろだってどこだってYちゃんのノリそのままで。だから~本当に一年分のお客さんが来てしまったんじゃないかと思ったわけです。みなさん、昨夜に懲りずどうぞまたのご来店よろしく頼みます!

昨夜ののろは、そんな満員のお客さん達を前に実にウチららしい挑戦的な攻めのライブが出来たと思う。
なにせ、人前で初めて唄う今年書いた新曲3曲を一挙公開し、しかもそのうちの最新曲「ファシスト野郎」は16日に当ブログで公開したばかりの、森田君も梅ちゃんもこの日までまだ聴いたことのない曲だったのだ。
MCでも言ったけれど、会社に例えるならまさにブラック企業と言う他ないメンバーへの無茶ぶりよう(お客さんからは「パワハラ!?」とのツッコミも)。しかし、当然こちらも「彼らなら出来るだろう」との信頼に基づく見込みがあればこそ。まぁ開き直りですがそれがソウブラとしか言いようがない。常に「今唄いたい歌を」を一番にして来たら自然とこうなってしまった。

お袋の遺した歌集の言葉とコラボした新曲「ないしょの話」をライブで初めて唄うにあたっては、思いついてその赤色に装丁された歌集をライブに持参してのろのテーブルに置いた。生前ついぞぼくのライブを観る事の無かったお袋に聴いてもらうつもりで持って来たのだが、そのことに自分でジ~ンとしてしまいちょっと泣けそうになった。梅ちゃんのコーラスが重なると、そのもう一つの声がこの歌がお袋との共演であることを実感させ、一人で唄うのとは違う景色の広がりを見せてくれた。これからも大事に唄って行きたい歌がまた一つ生まれてうれしい。喜んでくれたかな?

超新曲である「ファシスト野郎」も、狙い通りの痛快なナンバーとなって唄うのもギター弾くのも楽しい曲となった。最後もとっさに「ファシスト野郎!♪」と長く繰り返してみんなで声合わせ終わらせたのも面白かった。これまたこれからのライブでガンガンやって行きたい。

昨夜のライブは、ソウブラワンマンライブであったけれど、来週に迫ったまめにのろくるまみむめも2daysマラソンライブを大いに宣伝する目的もあった。マラソンライブプロデューサーであるあつしさんに告知してもらい、1曲「普通の暮らし」を生セッション。あつしさんはカントリーブルーズに精通したギター弾きであり、ボトルネックで乾いたアコギの音をぼくらと向かい合う形(満員だったので唄っているぼくらの方には来れずにそうなったのだが、それがまたギターの音でお客さんを両側から挟む格好になって良かった)でのろの店内にビュンビュン鳴らしてくれて、こっちもノリノリで熱演した。いやぁ楽しかったです、あつしさんサンクス!

さぁ、ライブは次週も続く。まめにのろくるまみむめもマラソンライブは25、26の両日。1日券は2500円で通し券は500円お得な4000円。問い合わせ予約は0422-20-5117のろまで。もちろん当日飛び込みでもOK。ソウブラは25日は大森スペースCでフルバンドワンマンライブ(こちらもぜひぜひよろしく!)なので、26日の方に昨夜と同じ3人ソウブラで出演します(ライブは17:00~でソウブラは6組中5番目)。みなさん、ぜひぜひお運び下さい!

昨夜の吉祥寺のろライブにご来場のみな様、ありがとうございました。楽しい楽しいライブ&のろの夜でした。

吉祥寺のろライブセットリスト
①寄り添う暮らしの幸せで
②変わらない夜道
③かさ上げの街を臨みて
④この星に日が昇る間の話
⑤グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑥終わり始まる日のあの場所まで(新曲)
⑦この時代を往く

⑧普通の暮らし(wあつしさん)
⑨余計な音
⑩ないしょの話(新曲)
⑪いつか(高田渡さんのカバー)
⑫ヘルスよしの
⑬ヒマラヤ杉は知っている
⑭ファシスト野郎(新曲)
⑮ONE GUITAR
~アンコール~
⑯結風




[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

今では点としての記憶の断片が、それでもはっきりと残っている飛騨高山を再訪して、点の記憶を線にして繋げたい思いが残った昨夜のあるぽらんであった。

アナアキソングスとは、命名者である中神さん曰く文字通りの「穴開き」と「アナーキー」をかけた言葉という、アナーキストを自称しているぼくにもそのゆるさと遊び心含めてビンビン共感出来るライブタイトル。そんな中神さんと、夕方のあるぽらんで13年ぶりに再会すれば記憶は一気によみがえり佐々木さん交えて懐かしい話に花が咲く。2004年の初秋、ぼくにとって初めての飛騨高山ライブと高山市を巻き込んでのあるぽらん出張無声映画ライブ。何とも濃い2泊3日であったことか。まだよちよち歩きの長女と共に、14年乗り続けていたスズキのアルトで中央高速を飛ばし飛騨の山道を登って行った。今や海外でも活躍する活動写真弁士の片岡君はまだ新人であった(それでももう今に通じるキャラはしっかり立っていた)。

今やぼくの頭はすっかり白くなり、ライブでも100均老眼鏡が手放せない身となっておそらく13年ぶりの中神さんにはずい分くたびれて見えたと思うけれど、お互いやり続けて来たからまたこうして再会出来た。そのうれしさこそは、続けて来た者にしか味わえない特権だ。

この夜のあるぽらんも良い感じで客席が埋まって、ぼくらがオープニングで5曲歌った後の、中神さんと山田さんのデュオ「やまだとたかお氏」のライブは、まるで飛騨高山から良い風を運んで来たかのように昨夜のあるぽらんを満たした。
朴訥とした中神さんの語りと歌、この日がまだ2回目のステージだというやまださんの、これまた飄々とそれでいて芯のある言葉は、ぼくにあらためて「力は要らんなぁ」と思わせてくれた。13年前も今も、中神さんは自身の絵本屋ピースランドで、ゆるくけれど確かに人と人を結びつけ続けている。やまださんのような自分の言葉を持つ若者たちが、中神さんを慕って出会ってやって来る(中神さんとやまださんは親子と間違えられるそうな)。これ以上の確かさ、強さがあるだろうか?こんな素敵な大人が居るだろうか?

今日、そんな昨夜のことを思いながら、ぼくはなぜか昨年のいつだったか本屋で平積みされていたシールズという団体の中心人物だった若者の書いた本を、時間つぶしに立ち読みしたことを思い出した。パラパラと読んだその本の中でぼくに強く違和感として残ったのが「勝たなければ意味がない」という言葉だった。その為にあらゆる戦略を練り、スタイリッシュにやることを自らに課した彼のそれこそやり方、スタイルにぼくは強い違和感とキュウクツさを禁じ得なかったのだ。それこそ負け続けて来た47歳のぼくは、勝ち負けを無効化する価値観を築くために働き歌っているようなものだから。
まぁ、それよりも何よりも大手広告会社の協力があってこその反体制としての宣伝力と、タレント本と見まがう出版物の在り方にぼくはもう踵を返すしかなかったのだ。

ライブ後、楽しく呑んで打ち上げた帰り際に中神さんとハグした時、中神さんが「あんまゆっくり話せんかったけど、魂で会話しとったもんなぁ」と言ってくれて、ぼくもまったく同じ気持でうれしく、それよりなにより絶対にまた会ってゆっくり心行くまで語り合える気マンチクリンであった。13年前に共演して昨夜も一緒に唄った友部正人氏の大名曲「一本道」。何の打ち合わせもしていないのに、ぼくも中神さんも一緒にやるつもりであるぽらんに来たこと自体、すでに魂で会話しとったんですよ。

やまだとたかお氏、ステキなあるぽらんの夜をありがとうございました!ご一緒出来て楽しかった~!

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏DJのバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。いやぁ、今夜家族みんなで観たNHKBSプレミアム「東京ディープ」阿佐ヶ谷特集。思っていた通りのヨッパライモード全開のアタシでしたね。あるぽらんマスター佐々木さんの超若い!30年前の写真も映ってなかなか観応えある番組でしたぞ~!阿佐ヶ谷バンザイ!!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

前夜、阿佐ヶ谷のジャズバー吐夢さん(惜しくも3月12日で閉店)で盟友アイリッシュお囃子バンド「モンロー」の熱気あふれるライブを堪能後、あるぽらんに流れ今日の朗読劇があるから軽めにするつもりの呑みが結局ほぼいつもと変わらぬ呑みになり遅くに帰宅(最近そういう抑制がますます利かなくなってきた)。

今日は午前中に町田の市民フォーラムに集合であるからと、休日には珍しく頑張って起きて見れば、母ちゃん曰く息子が発熱して体調悪いので現地に行くのを遅らせてもらったとのこと。なので、姉二人に息子の看病を任せて母ちゃんと二人で少し遅れて町田へ向かう。
男女平等フェスティバルというなかなか神々しいタイトルのイベントが行われる市民フォーラムは、何とアタシの御用達であるディスクユニオンのある建物(ディスクユニオンは1階)の3、4階部分であった。何年もここに通っているのに初めて知った(人生そういうこともホントに多い)。

土日と2日間に渡って開催される男女平等フェスティバルは、各部屋時間帯別に1日で10以上の講演会やコンサート、イベントが行われ今日は午前中に上野千鶴子氏の講演等もあった。
ぼくらが朗読劇メンバーと落ち合ったのは、両日開いている“お父さんの軽食喫茶室”で、何とそこは調理人からウェイターまで働いているのは全てお父さん(と言うよりお爺さん?)で、蝶ネクタイをした紳士がテキパキと注文を取り食事を運んでいる姿はなかなか圧巻。何となくこの男女平等フェスティバルの象徴的な光景の様な気がした。

元気な我らが朗読劇団の女性たちとしばし歓談し、ぼくが歌詞を付けて歌っている「ヒマラヤ杉は知っている」が話題になってCDを買っていただく(ヤッター!)。脚本担当の方から、この朗読劇の言葉をメロディーに乗せたことを「文字数の全然違う言葉をよく同じメロディーに乗せられるわねェ」と感心され、ぼくは、「そもそも楽譜が読めないから、文字数なんて気にせずとにかく曲に乗せてしまうんです」と応える。「細菌兵器」「風船爆弾」「偽札作り」「動物人体実験」これらは登戸研究所を語り歌うのに、絶対外せない言葉だからと。

30分弱の朗読劇を、1回通しでリハーサルしぼくは半年ぶりの感覚を取り戻すと共に、手直しした脚本の流れと自分で変えたギターのフレーズを確認する。今回は、ナレーションのヒマラヤ杉役2名以外に母ちゃん含めた5名(子どもや研究所所員、街の人を演じ分ける)とぼくの総勢8名での公演。
公演時間の13:30が近づくと続々と人が入って来て、事前予約で一杯になったという話通り超満員となる(40人は入っていたろう)。参加者を見渡すと高齢の方も多いが、10代の子どもたちも結構居る。とっても大人向けのフェスティバルだと思っていたので、意外であると同時にとても喜ばしい気持ちになる。まさにこの会のタイトルは「若い世代に伝える登戸研究所」であるから。

ぼくにとって半年ぶりの朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」(ぼくが休みを取れない平日公演等は、ぼく抜きで公演する)だったけれど、朗読がパワーアップした気がしてぼく自身朗読の熱のこもったリズムに乗って気持ちを込めてギターを弾けた。とても良かったのではないだろうか?何よりぼく自身この朗読劇の内容が、すなわち戦時中登戸研究所で行われていた事=謀略が要であった戦争の実態、真実がギターを弾いていて胸に迫ったからだ(毎回そうなのだが)。やさしい内容で大切なことを伝えるという難しいけれど意義ある挑戦に、今回も朗読劇団のみなさんと共に挑めた気がして最後のテーマ曲を弾き終えた時には充実感が残った。
新たに加わったママ友Kさん(母ちゃんを抜いて最年少)も良い味を出していた。戦時中の子どもを演じた母ちゃんは、軍歌に合わせてやる手旗信号に苦労していたがなかなかの熱演であった(ただの朗読でなく、寸劇の要素もある)。

息子の体調が心配だったので、続く渡辺先生の講演は聴かずに母ちゃんと先に会場を出て、小雨の町田の街を駅まで歩きながら、久しぶりに2人きりで色んな話をして団地に帰った。
あらためて、これからも登戸研究所のことを伝える活動に関わり続けて行きたいと思う。それはたんに歴史を学ぶためではない。この国に現在も在り続ける問題や欺瞞のすべてが登戸研究所の当時から変わらず在り、それを見定め、安易な現状肯定やお題目、スローガンやポピュリズムの類に流されずにこれからを生きて行くために必要であると実感しているからだ(権力はどこまでもしたたかで強力、個人は悲しいまでに弱く利用されやすい。そして両者に共通するのは保身である)。
みなさん、ぜひ明治大学平和教育登戸研究所資料館へご来館ください。メールで応募出来るガイド付き無料見学ツアーが絶対おススメ!です。

今宵のBGMはピーター・バラカン氏のバラカン・ビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

大好きなうた唄いの一人、光玄さんの歌に「大好きな女達男達にかこまれて俺は」という歌があるけれど、ぼくが昨夜のあるぽらんでのレコ発ライブを思う度にこの歌のタイトルが浮かび、そしてこの歌のサビの歌詞のように“大好きな女達、男達にかこまれて俺は何を云えばいい”という気持ちになるばかりなのだ。

調子の悪かったあるぽらんのPAが、佐々木さんがあれこれいじって今までなかったほどボーカルマイクの音が太く響く音で出て、そんなマイクでリハを始めれば、何と予告なしに関西からカンチ&さくら夫婦が日帰りでカンチ兄貴が神保町で一本いった後(これで分かるに人は分かる)、あるぽらんに入って来る!大好きな兄貴と姉貴に見守られてライブする心強さよ。

一年を通してお客さんの少ないライブの多いソウブラだけれど、あるぽらんでのライブにはいつもお客さんがたくさん来てくれる。普段の呑みで見知った常連仲間やいつもライブに来てくれる人たちに、この夜のぼくらを本当に支え持ち上げ共に創ってくれた、大好きなこの世界に2人居る師匠の1人(と言って紹介出来たうれしさよ)である知念良吉さんのファンの人たち。そして、先日高円寺パンディットのイベントでぼくらを呼んでくれたONELOVE高江の人たち。ホントに「何を云えばいい」だけれど、やっぱり心から心からのありがとうをここで言いたい。

昨夜のあるぽらんライブは、知念さんや勇造さんの前座として経験を積ませてもらって来たソウブラの証を見せられたし(それぞソウブラの歴史でもある)、今のソウブラの持っているものを全部出し切った(音、演奏、歌の内容、ライブ運び、自分たちの思い)ライブであった。なので燃え尽き感もいつも以上。今日は一日抜け殻の自分をもう一人が叱咤激励しながら働いた。ただただ晩酌後の仮眠布団だけを目指して。

あらためてステージとは不思議である。ライブ前は精神的にテンションが上がらず、直前の控室ではこれはもはや自分の力ではどうする事も出来ないなと観念するほど、鬱々とした状態であった(理由は自分でだいたい分かっていた)。せっかく知念さんが素晴らしいパフォーマンス(ホントにこの夜の知念さんは、ぼくらのレコ発を心から喜んでくれて楽しそうであった!)を観せてくれたのに、お客さんもこんなに居てそれに応えたいけれど今夜はダメかな等とネガティヴ思考ばかりだったのが、いざステージに上がると自分の歌とパフォーマンスに集中出来た。思い煩っていた由無しごとは霧散し、それらはぼくが自分で書いた歌の中に全て散りばめられステージから放出されて行った。控室での憂鬱は、あっという間にここに今在り唄うことの充実感と確かさに取って代わり、ぼくはぼくの中にあるものを何の抵抗も感ずることなく出し切ることが出来た。そこにはバンドメンバーが居て、素晴らしい客演をしてくれたティンホイッスルの前田君が居て、敬愛する知念良吉さんが居て、客席にみんなが居た。

最後、自分たちのアンコール後に、ぼくは知念さんの大名曲「何処へ行くオキナワンボーイ」を一緒に演奏すべく、知念さんをステージに呼んだ。ステージで知念さんの大きな背中を見ながら半ば燃え尽きて放心状態のぼくは、知念さんがMCで「ソウブラの音は包んでくれる」と語ってくれたのを聞き、これまでやって来たことの全てが報われたような気持ちになって泣けそうになった(つもりだったが、前田君曰く「五十嵐さん思い切り泣いてましたよ」とのこと)。

「何を云えばいい」なんて言いながら、ずらずらと書いてしまった。
最後にソウブラは、ぼくの歌はまだまだ続きます。昨夜見逃した方も来た方も、次回は2月18日(土)吉祥寺のろ生音ライブにぜひぜひご来店下され!のろライブホントに来てほしいのです!お客さ~ん!!

1月29日あるぽらんレコ発ライブセットリスト
一部
①ほんとうのさいはひを求めて
②グローカル・ア・ゴー・ゴー
知念良吉さんライブ
ちきんベース君、森田君、タケサンシン山村君参加
二部
③夏の別れ
④この星に日が昇る間の話
⑤HAO w前田悠平(ティン・ホイッスル)
⑥ヘルスよしの w前田悠平(ティンホイッスル)
⑦ヒマラヤ杉は知っている
⑧普通の暮らし
⑨余計な音
⑩ONE GUITAR
~アンコール~
⑪命でしかないビート
・何処へ行くオキナワンボーイ(知念良吉さん)
~セカンドアンコール~
⑫そこからロック

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2017-02