周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

新宿中央公園大晦日年越し祭りライブ終了! 

2018/01/01
Mon. 23:13

その日、午前中に初雪が降った。

3人の子どもたちは大はしゃぎでベランダに出て、父はがっくりとうなだれてコーヒーをすすった。
14年前の大晦日、積もるほどの雪が降ったことがあった。幸い中央公園に着くころには止んだが、積もった雪の発する冷気の冷たさは今でも身体が覚えている気がする。その時どんな歌を唄ったのかほとんど覚えていないが、その年の秋に出来た「ハレ」は唄った記憶がある。その日部屋の中で「ハレ」を練習しているぼくと、父を真似てウクレレを提げておしゃぶりをくわえている2歳の長女を母ちゃんが写したスナップ写真がアルバムに残っているのだ。

それが2度目の大晦日ライブだったのだが、その長女は今や高校受験を控え、ぼくは15回目の大晦日ライブの日を迎えた。
新宿中央公園で唄い出してから、必ず冬になると路上で暮らす人たちのことを身を切る寒さの実感と共に思うようになった。雪の残る中央公園で長靴履いてライブした時はまだ火は焚けた。一斗缶をおっちゃんたちと酒飲み囲むことが出来た。それが今は広い中央公園の「水の広場」で火を焚くことが出来ない。昨夜も日付が変わってから初詣に行った近所の不動院では、狭い境内に太い薪がくべられ赤々と焚火が燃え、その匂いは数百メートル離れた団地にまで届いていた。一時の初詣客が焚火で暖をとれるのに、そこで夜を明かすホームレスの、ささやかな、けれど「生きるため」のイベントで焚火を囲むことは出来ないのだ。

幸い昨日の雪はすぐ止んだ。けれど、雲は重く垂れこめて前日よりもかなり寒い。この温かい部屋からあの場所へ出かけて行く“勇気”を、夕方まで時間をかけて自分の中から生み出そうとする。たった数時間(ぼくらが中央公園で過ごすのは唄う時間も入れてせいぜい3時間ていど)あの場所に行くのでさえこうなのだ。その路上で、いくら東京だからといっても真冬に暮らすことは一晩だって出来やしないだろう自分を認めざるを得ない。その自分を痛感しながら15年ぼくは大晦日の新宿中央公園へと、ギターを背負ってマイクとスタンドを持ち、30Wの充電式アンプを転がし通い続けている。新宿西口バスターミナルから、長い動く歩道のある通路を歩くうちに少しずつ身体が火照って来て冬の路上にわずかに馴染んで行くのを感じ、今年も水の広場の一角がライトの薄明りで照らされた新宿連絡会さんの本部とも言えない、何となく集まっている所に行き、主宰のKさんに例年のように挨拶してこれまたいつものぼくらの控えの場であるナイアガラの滝(先日ぼくがブログに書いたせいではないだろうが、今年はすでに滝は止まっていた)の前で荷物を降ろせば、先に来ていたメンバー達で連絡会から差し入れてもらった一升瓶の酒を飲み出していた。この差し入れが毎回本当にありがたい。そうして酒を酌み交わしながら、寒さを紛らせるために身体を動かしてはみんなでおしゃべりして、2017年の大晦日の新宿中央公園を見つめ体感する。

毎回声をかけてくれる連絡会のOさんと、同じくこの夜ライブをするダンスユニットひびきさんと流れを確認し、先に出演するひびきさんの、ラテンミュージックに乗ったキレキレのダンスを堪能しながら、自分も一緒に身体を動かす。この頃になると身体が慣れて来たのか寒さを強くは感じなくなる。おそらく酒のおかげもあるはずだが、連絡会の出しているチラシによれば、酒は確かに一時温めてくれるが覚めるのも早いとのこと。
時計を見ていなかったので正確には分からないけれど、ひびきさんの後ソウブラは夜7時前くらいからライブをやったはずだ。この夜の連絡会さんの使用しているマイクとスピーカーの調子がとても良さそうだったので、ライブ直前にOさんにお願いしてぼくとうめちゃんのボーカル用にマイクとスタンドを2本ずつ借りることにして、アンプからは楽器だけを出すことにする。ボーカルがしっかり出せたことで、実際この夜は例年以上に音の通りを心配することなく出来た。それに、ぼくは個人的にそれぞれのアンプからガチャガチャと音を出し、その音が混ざって曲を構成するサウンドが大好きなのだ。まさにガレージサウンド。こういう所に、元々パンクロックからスタートしたぼくの嗜好が残っているのだろう。

昨夜の15回目の大晦日ライブは、今までになくぼくはゆっくりと、目の前の大きなブルーシートの上に敷かれた布団の上のおっちゃんたちに向かってその一瞬を噛みしめながら唄うことが出来た。ここで唄うと、他のどこのライブとも違う自分で制御出来ないような熱い感情が唄いながら湧き上がることが多いのだが、そんな感情にも昨夜のぼくはじっくり向かい合ってギターを弾き、唄えた。そしてそれが目の前のおっちゃんたちに通じているのを感じた。何度も唄っている歌は覚えてくれて一緒に唄ってくれるし、特にここで唄う「ハレ」と「結風」は最高だ。だからこそ、アンコールでいつものように唄った「上を向いて歩こう」の最後のリフレイン“ひとりぼっちの夜”を唄っていて、おっちゃんたちにも一緒に唄ってもらった時に辛い気持ちが湧いた。こんなことは初めてだった。一瞬寿さんバージョン(「前を向いて歩こう」とタイトルを替えて最後は“一人ぼっちじゃなかった夜”と歌われる)に替えてしまおうかと頭をよぎったが、それはしたくない気持ちがあって結局“一人ぼっちの夜”で締めくくった。せめて、この大晦日の夜だけはそうではない夜と唄うべきではなかったか?そんな自問がライブを終えたぼくに残された。

ぼくらが「生きるための歌」を自称し、ソウブラならではのライブ活動を続けて行く上で、新宿中央公園との出会いは大きく、そこで唄い続けて来れたことはソウブラがソウブラであることの証のようにも感じている。明日をも知れない社会、ホームレスを取り巻く状況は、現に今もホームレスにならざるを得ない人たちが居ることでいぜん厳しく変わってはいない。
昨夜も「また来年」と再会を約したソウブラ、今年も終わり始まる日の新宿中央公園まで唄って暮らして行きます。今年もみなさんどうぞよろしくお願いします。

12月31日新宿中央公園年越し祭りソウブラセットリスト
①終わり始まる日のあの場所まで
②そこからロック
③イマジン 意訳五十嵐正史
④知床旅情
⑤ハレ
⑥結風
~アンコール~
⑦上を向いて歩こう
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吉祥寺のろ2017ラストライブ終了! 

2017/12/17
Sun. 22:09

今日は施設の利用者と共に、今年最後のプロレス観戦に後楽園ホールへ出かけた帰り、ヘルスよしので一っ風呂浴びて人心地つく。

前夜のライブ&呑み疲れを引きずっての昼プロレスはきつかったけれどやっぱり面白かった。東京善意銀行さんからの招待で、今年も毎月のようにプロレス観戦に出かけた。この日はコマンドボリショイ選手率いるPUERJ女子プロレスを観戦したが、ずい分席が埋まっていて盛況だった。会えたらうれしいと話していた立川農家の瑞穂さんがリングサイド最前列に居るのが見えたが、こちらは反対側南席の最後列だったので声かけられず。すっかりプロレス好きとなった6人の利用者とアタシは鬼殺しのパック酒をチューチュー吸いながら歓声を上げた。いやぁ、やっぱりプロレスって良いですね~。

それにしても疲れた。帰りの小田急線内はもうヘルスよしのの湯船を夢見ながら爆睡。今日は少し熱めだった気泡風呂に浸かったら思わず深いため息と声が漏れた。これがなけりゃぁちょっともたないなぁと思う。それほど自分の現在の生活に銭湯ヘルスよしのは欠かせない命綱である。
今年も例年のように黒マジック手書きで年末年始の営業時間告知が貼られていて、それをしっかりチェックする。冬休みは例によって遠出はせず、森歩きとヘルスよしのに最低2回は行くことが今から想像するだけで泣きたくなるほど楽しみなのだ。

今日は風呂に入るのがもちろん目的であったが、それと同じくらい川崎浴場組合が年末無料配布してくれる来年の銭湯カレンダーをもらうのが目当てであった。一昨年から我が家の便所にはこの川崎市全土の銭湯地図が載ったカレンダーが貼られるようになり、用足ししながら時折この地図やイベント日をチェックするのがアタシの秘かな楽しみなのであります。
今年も昨年同様、銭湯女子をクローズアップした図柄でおっさんとしてはちょっとデザインが洗練され過ぎている気がしないでもないが、確かに今年ヘルスよしのの渋い休憩室で、何度か若い女性が気持ちよさそうに昔ながらのマッサージチェアーに身体を預けているのを見かけたので、実際秘かに銭湯女子が増えているのだろう。良いことだ。ついでにソウブラの唄う「ヘルスよしの」も銭湯女子たちの間に広まらないかしら。

MCでも言ったけれど、昨夜ののろライブで今年の屋根のある所でのライブはすべて終了した。何はともあれ、3週続いたワンマンライブが終わった事がぼくとしてはホンとホッとしている。体調不安はあったけれど仕事も穴開けずやりきれて良かった。年末で3週連続のワンマンは自分が記憶している限りでは初めてだった。これからもっと体力的にはきつくなるだろうけれど、平日夜の予定をなるべく入れずに、とにかく睡眠をしっかりとるのが大事だと実感。先週は仕事のストレス+口内炎に悩まされたけれど、睡眠時間を仮眠時間足して6時間以上をキープしたら体力の消耗は確実に軽減された。これからまだまだ続くライブ生活のためにこれは肝に銘じておこう。

昨夜ののろライブは、事前情報から少数精鋭覚悟(こんな覚悟ばっかり)のライブであったが、ありがたいことに6人来てくれて助かった。3週連続ワンマンが無事終えられてホッとしたというのは、取りも直さずお客さんが居てライブが成立したことである。それも3所3様の客層で成立したこと(複数回来てくれたF君ありがとう!)は、ホンとちっちゃな話で恐縮だけれど秘かに感慨深い。とても不安だったけれど何とかなったなぁ。来年も何とかしなくちゃぁ。

昨夜はもちろん吉祥寺のろならではのライブ。自信を持って言えるのは選曲もライブの流れも含めてその場その場でぼくらは変える。どこでも同じパッケージショーは絶対ない。だから、贅沢言えば複数回観てくれるとそんな楽しみ方も味わってもらえるはずだ。
昨夜はめったにカバーをやらないぼくが、のろ常連の先輩である佐藤敦さんが書いた曲「元気でいてください」をソウブラアレンジでご本人を目の前にして唄った。シンプルな歌詞だけれど(だからこそ)、心が素直に込められる良い歌です。
そして、アンコールにのろでは定番の高田渡さんの曲は今回「自転車に乗って」をお客さんも一緒に唄って大団円となった。
前半ライブの流れ作りが自分の中で下手だったなぁという反省があるが、来年は特にワンマンラブでの「流れ作り」を自分の中でのテーマとしてやって行こうと思う。とにもかくにもそんなこと言えるライブが3週連続成立出来たことに今は大きな息をつきたい。紛れもないこの自分たちの現実でひたぶるにただ歌い続けて行くために。

昨夜吉祥寺のろにご来場のみな様、ありがとうございました!

吉祥寺のろライブセットリスト
①終わり始まる日のあの場所まで
②キャッチボール
③森は生きる
④掻き鳴らせど掻き鳴らせど
⑤西村亭の唄
⑥ファシスト野郎
⑦ひとりのたたかい
⑧LEARNING TO FLY

⑨ないしょの話(母の歌集)
⑩君の世界は広がる
⑪箱舟の美術館
⑫普通の暮らし
⑬元気でいてください 詞 曲佐藤敦
⑭ヘルスよしの
⑮平和の欠片
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰自転車にのって 高田渡さんのカバー

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大森カフェスペースC2017年ラストライブ終了! 

2017/12/11
Mon. 22:24

今年40本目のライブは、ソウブラホームグラウンドの大森カフェスペースCでのワンマンライブであった。

結局今年もスペースCでは5本ライブをやり、1年でもっともライブをした場所であった(次に阿佐ヶ谷あるぽらんと吉祥寺のろがそれぞれ4本ずつ)。
それにしてもなぜだろう?いつもと同じ小さなライブなのに、1年の終わりと思うと今年もここで歌えたことが妙に胸に沁みて来る。仕事は年度区切りだが、やはり生活実感は1月~12月である。今年の元旦に書いた「終わり始まる日のあの場所まで」の詞にもあるように、大晦日で1年が終わるけれども実際何が終わるわけでもない。新年という翌日がいつものように同じ時間の流れの中で始まるだけだ。なのに、今年も無事ここでやれたことが他のどの月よりも重く感じ、この場所と、付き合ってくれたお客さん、バンドメンバーたちに心から感謝とねぎらいの言葉をかけたくなる。
今年も本当にスペースCは変わらず小さな場所で在り続け、まったく大したことはせずにその灯りを絶やさずともし続けた。期待した人も居たろうし、それを裏切られたように感じた人も居たかもしれないし、ずっと楽しみに通ってくれた人や、新たに発見した人や、久しぶりに来た人、来れなかった人等々、色々居ただろう。
でもスペースCというこの場所はこうして在り続けて、ふだんは喫茶店として、時々ソウブラのサウンドと歌声を響かせながらどっこい1年を終えようとしている。オーナーのI夫妻も今年色々あったけれど変わらず元気だし、店長のSちゃんもスタッフも店員である利用者のみなさんも相変わらずだ。そんな普通のことがやけに沁みた夜だった。
そしてしつこいようだけれど、ぼくはそんな営みが心から好きだし愛おしい。昨年は20周年という小さな花火を打ち上げたけれど、今年は何にもなくてええじゃないか。大きな花火も祭もいらない。来るもの拒まず去るもの追わず、すべての期待に応えられっこない身でこの店がこのまんま在り続けられたこの1年があったことに勝るめでたさはない。打ち上げ花火は他所がやっていれば良い。ソウブラはここで唄って来たしこれからもここで唄うから。大田区で他に唄いたいところはありません(キッパリ)。

今年1年スペースCライブにご来場いただいたみなさん、ありがとうございました!
この日無茶ぶり上等で見事なティンホイッスルでセッションしてくれたまえちゃん、ホンとありがとう!!

ソウブラスペースCワンマンライブセットリスト
①変わらない夜道
②キャッチボール
③森は生きる
④古い川
⑤西村亭の唄
⑥終わり始まる日のあの場所まで
⑦ファシスト野郎
⑧ひとりのたたかい

⑨イマジン
⑩HAO wまえだゆうへい
⑪君の世界は広がる
⑫LEARNING TO FLY
⑬箱舟の美術館
⑭平和の欠片 wまえだゆうへい
⑮ヘルスよしの wまえだゆうへい
⑯ないしょの話(母の歌集)
⑰命でしかないビート
~アンコール~
⑱ONE GUITAR



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立川「農家」ワンマンライブ終了! 

2017/12/03
Sun. 21:11

この日曜日も夕方森を歩いてからヘルスよしのへ行く。

この溺愛止まぬ銭湯に通い出してちょうど2年が過ぎたが、今日初めて一番風呂に入った。
脱衣所で独り裸になり、ガラガラッと引き戸を開けてまだ誰も居ない湯殿に足を踏み入れると、新鮮な湯気に何だか身が引き締まるような感じがして一種厳かな趣がある。いやぁ何だか得したような気分。良いですよ一番風呂!

先週末は金曜日に立川の音楽酒場「農家」さんで初ワンマンライブ。少し早めに職場を辞してギター抱えて大田区から立川へと向かう。3週続くワンマンライブの第一夜であったが、場所は違えど同じ都内で3回も続けてワンマンをやってしまえば、それでなくとも少数精鋭のお客さんをさらに分割してしまう事態は分かってはいたのだが、手前のライブ好きの性を通した結果の案の定、少数超精鋭4名のお客さんであった。でも、農家の居心地の良さ、4人のお客さんとの親密空間、何よりご自身シンガーである農家のママ瑞穂さんの気持ち良い音作りが、元来手探り自前音出しライブの多いぼくらにとって最高に歌に集中出来る環境にしてくれた。なので唄っていて正直ものすごく気持ち良かった。それこそいつまでも唄っていたいような時間であった。盛況で飾れなかった初ライブだったけれど、瑞穂さんから次回来年の日程(2月2日)も決めていただき良い立川の夜となった。演奏も手前みそだが、録音しときゃ良かったというくらい満足行くものだった。

昨日は、我らが師匠である豊田勇造さんの年末関東ライブを観に、埼玉県東松山市竹間さんの蚕小屋へ。
なんと1989年!から始まった、12月の勇造さん関東ライブに欠かせない名物蚕小屋ライブであるが、ぼくはまだ一度も体験したことが無かった。たいていその前夜金曜の夜の吉祥寺マンダラ2の方に行ってしまうのが理由であったが、今年はマン2の夜に自分たちのライブが入ったので、初蚕小屋行きを決めてギター森田君と観に行ったのだった。
予想はしていたがやはり東松山市はなかなか遠くて、我が家から優に2時間はかかったけれど、蚕小屋に入る門の前にかがり火が焚かれ、薪の焼かれる匂いのする空間は確かに都内のライブ会場では絶対あり得ない、「農」の暮らしに密接した気持ちも身体もギアが変わるような心地良さを足を踏み入れた途端に感じた。

ライブ会場であるかつての蚕小屋には、黒く燻された太い柱が何本も組まれていて古民家の風情と丈夫さを見せてくれる。それにしても、なんで最近の建売住宅はあんなに簡単にチャッチャと出来てしまうのだろう?まるで模型を造るかのように見えてしまう。とうてい購入する金のない貧乏人の負け惜しみではあるけれど、正直そういう建売住宅をぼくはマイホームにしたいとは思えないのであった。

主宰でありOAも務める竹間さんときゃささんとのデュオ「ひき」さんを聴きながら、存分にこの蚕小屋空間を味わう。これまでなんで来なかったという思い強し。なにせ良い雰囲気なのだ。
そして勇造師匠のステージ。とにかくこの日会場はほぼ満員のお客さんで埋まり、地元から遠くから豊田勇造を心待ちにしていた人たちの熱気で満たされていた。前夜4人のお客さんであった手前のライブを思わずにおれなかったが、果たして隣のギター森田君も同じことを思っていたようだ。
この日の裏話として、打ち上げの席で竹間さんからお聞きした音響準備のバタバタも何となく感じたけれど、そんなことはものともせずに、師匠はこの夜のライブも1曲1曲を重ねて創って行く。ぼくはその流れの上手さ、きちんと聴かせる技量、そして何よりこの場所と、このライブを創る人にしっかり感応共鳴してライブする姿勢にただただ感動するばかり。自慢じゃぁないけれど、アタシは勇造師匠のライブをもう200じゃきかない回数観ている。なのに毎回感動してしまう。そのライブの作り方を、一瞬たりとも見逃すまいと師匠を見つめ自分に叩き込もうとする。この夜もきっとずっとここで重ねてきたであろう蚕小屋ならではの、素晴らしいライブだった(この夜、勇造さんのアンコールラストの曲は「イマジン」であったのだが、前夜のソウブラのアンコール曲も同じ「イマジン」だったので、ぼくは秘かに師匠とのシンクロがうれしかった)。

初めて観に行った2人のソウブラを、蚕小屋に集まった勇造さんファンのお客さんたちもあたたかく迎えてくれていろいろ声もかけていただいた。1曲「二人の絵描きさん」で共演もさせてもらい、誘われるまま母屋の打ち上げにも参加させていただいたのだが、このまま腰を落ち着けたい気持ちをこらえて途中退席させていただき帰路に着いた。なにせここは東松山市である。でもこの竹間さんの蚕小屋もまた、何べんでも通いたいステキなライブ会場であった。

そんなまたまた濃くめいっぱい動いた週末の後だからこそ、日曜日の地元の銭湯ヘルスよしのがこれまた沁みるのだ。一番風呂でホンと癒された。そしてまた明日から何が起こるか知れぬ日々がまた始まる。週末のワンマンライブ2週目、ホームグラウンド大森カフェスペースCを目指して。

12月1日(金)立川「農家」ライブセットリスト
①変わらない夜道
②再会の夜に
③森は生きる
④この星に日が昇る間の話
⑤ファシスト野郎
⑥ひとりのたたかい
⑦西村亭の唄

⑧海の向こうに(知念良吉師匠のカバー、うめちゃんボーカル)
⑨LEARNING TO FLY
⑩君の世界は広がる
⑪掻き鳴らせど掻き鳴らせど
⑫箱舟の美術館
⑬ないしょの話(母の歌集)
⑭ヘルスよしの
⑮平和の欠片
~アンコール~
⑯イマジン

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ロケンロールライフ851 

2017/11/28
Tue. 23:09

11月も終わりに近づいたということは、師走が間近であるということ。

夏にひーふー言いながらやっとの思いで作ったと思った法人ニュースの次の冬号を、早くも作らなければいけない時季となり、またも連日事務室で独り呻く日々を迎えている。
たかだか法人ニュース、我が零細施設に送られてくる他団体のニュースのほとんどは読むページの少ない報告ばかりのいわゆるアリバイ的に“出してます”的なペラペラなものばかり。それでなくても私の机上は書類その他で山となっているので、それらは右から左へ目を通してはすぐゴミ箱行きになってしまう。

それらに比して我が法人ニュースは、投稿以外に毎号数ページの特集を必ず組み、福祉制度に関することやその制度が生み出したひずみについてしつこくしつこく書き続け今冬で23号を数える。
それで今号の特集は、たんなる取組みの遅れと主筆であるぼくの考えで、ぼくが働く大田区の私的精神保健福祉史を書くことにした。いつものように漠然と指先がキーを叩くままに書き出してみると、ぼくが就職して3年目の頃に体験した事件のことでほぼ記事が埋まってしまう事態となった。その事件とは、ぼくが働き出した精神障害者共同作業所職員の社会保険料と所得税を預かって納付する担当だった一職員による使い込みの発覚であり、それによりぼくを含めた当時約30名の作業所職員の保険料と所得税が払われていなかった件だ。

この事件の解決に3年を要し、当時まだ25歳を過ぎたばかりのぼくは他の作業所職員らと(真相)究明委員会の委員となって、連日日常業務の傍ら集まっては激論を交わした。激論はおおむね2つの意見で闘われ、一つは事件をすぐさまマスコミ等にタレこんで公にし、使い込んだ者を刑事告訴し糾弾すべし。もう一つは事の真相をちゃんと見極めていたずらに騒がず慎重に解決法を探るべし。で、ぼくは後者を主張した。なぜそうしたかというと、まず当時すでに9カ所に上っていた小規模作業所(運営母体も別々)職員全員の保険料納付と納税実務を1所の1人の職員に担わせていたことそのものも問われるべきで、「苦手だから」「面倒だから」と実務を押し付けていた自分たち職員一人一人の責任も問われるはずという考えだった。前者の主張はあくまで自分たちは「被害者」というもの。ぼくは自分を「被害者」とは思い切れなかった。

意見が分かれたまま不穏な空気も流れる中、今からでも保険料を納付し、所得税は納付義務の時効成立(そんなものがあることをこの時初めて知った)以外の分を延滞税含めてやはり納付すれば済むことが分かり、一気に全体の意見は後者に傾き(その中には脱税者にはならず施設も安泰ならそれで良いという連中も多かった)、結局民事で数年にわたって使い込んでしまった人から返済してもらって解決した。その解決法についてはぼくは今も何の後悔もない。

それから20年以上が経ち、事を公にしないまま過ぎた。今さら返済完了した人を責めるつもりはないしそのことをほじくり返してどうこうするつもりもない。けれど、その後大田区では他団体含めて不正は起き続け、ぼくの知る限りそのすべてが「なかったこと」にされて闇に葬り去られている。そんなぼくらレベルでも蔓延している「あったものをなかったことにする」風潮、傾向をまずはぼくらレベルで絶たないといつまでたっても繰り返すのではないかという思いがある。この事件のことを思い出し検証し直して書きながら、あらためて当時の自分達のやり方のおかしさを再発見している。書かなければそれを忘れたままでいるところだった。て言うか、書こうと思った一番の理由は、当時保身にだけ熱中したおそらく同業他者たちの多くがこのことをもはや忘れているだろうということ、そして、本当は責任を取るべきだった人間がこの事件からいち早く逃げ、その後の大田区での自分の立場を守り抜いたことへの怒りである。

本当に今さらではあるけれど、あったものをなかったことには出来ない。

今宵のBGMは、4枚組のジョンレノンBOX。師走が近づくとジョンの声がやっぱり聴きたくなります。
BGドリンクはトマトジュースでした。では、1日は立川農家さんでロケンロール!

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2018-07