周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

立川「農家」店主サミットライブ終了! 

2017/10/21
Sat. 23:26

雨と共にライブも続く。

19日はPM3:30に職場を早退し、職場に持って来たギターを背負い冷たい雨の中大田区から立川を目指す。
50分ほど乗る南武線の車中、ギターと共にこんな日に夜ライブを観に出かける人が果たして居るのだろうか?という不安も抱いて腰かけたのも束の間、ぼくは直に深い眠りに落ち目が覚めた時はもう立川の2つ前の駅であった。

数年前に行ったきりの「農家」さんへプリントアウトした地図と記憶を頼りに歩けば、降り止まぬ雨と不慣れな立川の街並、雨水の沁み込んだ冷たい靴の感触に、何となく心細くなりながらも新たな出会いへの期待も胸中去来する。思えばこんなことをずいぶん長くやって来たものだ。
のろ関係のイベントでも顔を合わせたことがあった農家のママ瑞穂さんと再会の挨拶を交わし、久々の2年前にリフォームしたと言う店内をあらためて見れば、これが靴を脱いで(店内土足禁止)入ったとたんまさにどこかのお家にお邪魔したような感覚になるアットホームさ。ちゃぶ台のような丸机がいくつもあってその周りに座ったり、座椅子が在ったり、椅子が良い人には壁にもたれて座るベンチもある。そしてその前方に一段高い板張りのステージが在る。MAX20名のこの実にステキなライブ空間に、ここまでやって来た大変さはどこへやらで、早くも焼酎のお湯割り呑んでゆっくりくつろぎたくなってしまい、その通りリハを簡単に済ませて吉祥寺のろにもある麦焼酎“田苑”のお湯割りを呑み出して、ライブ開始までほっこりするおしゃべりに興じたのだった。

店主サミットと銘打って、福生に在る「休みの国」のマスター木村ヒロシさんと立川「農家」の瑞穂さん、そして「吉祥寺のろ」の加藤さんでそれぞれの店を持ち回ってライブをするこのイベント、今年休みの国から始まってこの夜が3回目で今年ラストの農家でのライブは、のろの加藤さんと休みの国の木村さんで唄い合う。
のろ常連の若手しゅうへい君とソウブラは加藤さんの前でちょっと唄い、ソウブラはそのまま加藤さんを呼び込んでバックを付ける。これまで1曲加藤さんとセッションしたことはあるがちゃんと?バックを付けるのは初めて。名だたるミュージシャンが加藤さんのサポートをされたライブを何度か観て来ているので(前回農家に来たのもまさにそんな加藤さんのライブを観に来たのだった)、ちょっとビビりつつもそんな風に声をかけてもらえたことがうれしくて、ありがたくこのサミットに参加させていただくことにした。

開演時間が近づくと、冷たい雨の木曜日の夜にお客さんが次々とやって来てとっても良い感じに農家の座敷が人で埋まり、お客さん同士のおしゃべりの花が咲く。そんな様子を見ながら何となくこの3店でサミットする理由が分かる気がして来る。休みの国の木村さんがライブの時にMCで言っていたけれど、サミットと言ったって特に話し合いをするでもなく進行もその時決めて(この夜もそうだった)ゆるくやっているとのことだが、そんな風に顔を合わせて自然にライブを創れること自体がこの3店主ならではのことなのだろうし、農家の居心地の良さはのろに通じるし、まだ行っていないけれどきっと休みの国にも通じるのだろう。そして3店主がお互い個人経営のお店をやって行く大変さを、ことさら言わないまでもこうしたライブを通じて励まし合い気に掛け合っているのではないかとも勝手ながら思った。
そんな店主サミットは何だかとても愛のある空間で(3店それぞれのお客さんたちがまた良い感じで交流されていた)、ぼくはとにかく居心地良くて木村さんの弾き語りライブを観るのも、自分たちが演るのも楽しかった。
加藤さんの初バックバンドも、きれいに合わせることは出来なかったと思うけれど、加藤さんの歌心を感じながら一緒にギターを弾き唄うことが出来た。自分の歌を自分でギター弾き唄うのももちろん楽しいが、他の人の歌のグルーヴを横で感じながらそれに自分のギターや声、ハーモニカを乗せるのもまた楽しいのです。加藤さん声をかけていただきありがとうございました!

ライブ後の農家で定期ライブされている方たちとの語らいもまた、時の経つのも外が冷たい雨であることも忘れさせるあったかい一時だった。そんな時にたいてい思う「初めてではないみたい」感覚に包まれて、今週はまだもう一日仕事があるのも忘れて杯を重ねた。
そしてそして、そんな楽しいライブの夜は次のライブの夜へと自然と繋がり、瑞穂さんに農家出演の声をかけていただき、ソウブラ3人バージョンで12月1日(金)の夜、19:00開場19:30開演 1500円+オーダーでワンマンライブ決まりました~!
今年は師走までホンといろんな場所でライブが出来て幸せだ。みなさん、ぜひぜひ農家さんの御座敷に遊びに来てソウブラライブと、美味しい農家さんの手料理とお酒を堪能してください。絶対絶対あったりますよ~。

翌日夜も、やはり雨中谷保かけこみ亭で勇造師匠のライブに出かけ、1曲師匠のバックでコーラスとハーモニカを付けさせてもらい、明日の夜はまず間違いなく雨中、阿佐ヶ谷あるぽらんで師匠とライブ(その前に選挙行かなきゃ)。雨と共にライブも続く。

今宵のBGMは、豊田勇造ファンクラブ会長TさんからいただいたCD「村八分 ライブ」。勇造さんが雲遊天下最新号で、伝説のロックバンド村八分の結成秘話を書いている。実にその当時の空気や熱が伝わる文章で、音を聴かずにはおれなくなって今日はヘビロテ状態。何とも不穏な空気感の中を切り裂く山口富士夫氏のギターがとにかくカッチョイイ!
BG酒はトリスクラシックハイボールでした。では明日は阿佐ヶ谷あるぽらんで師匠とロケンロール!

10月19日農家ライブ3人ソウブラセットリスト
①西村亭の唄
②ひとりのたたかい
③ヘルスよしの
加藤さんのバックで
①体ひとつが頼りの人たちは
②風景
③ほんの小さな唄
④男らしいって分かるかい
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ある人は「仏様のような人だった」と言い、ある人は「哲学者のよう」と言い、ある人は「飲んだくれ」と言う。でもぼくにはやはり、伊藤さんはあくまで亡くなるまで“伊藤さん”以外の何者でもなかった。

そんなにしょっちゅう会っていたわけではないし、親しく付き合ったとも言えない。けれど、伊藤敬一さんはぼくにとって、いやソウルブラザーズにとって生涯忘れることのない人であることは間違いない。なにせ、ソウブラを阿佐ヶ谷にあるぽらんに繋いでくれたその人なのだから。

大田区の実家を出て阿佐ヶ谷で独り暮らしを始めたタケサンシン君が、旧中杉通りにあった伊藤さんが雇われ店主をしていた古本屋「ラトナ書房」を見つけて「面白い店がある」とぼくらに教え、彼の部屋に遊びに行くついでだったかその後あるぽらんに呑みに行くついでだったかその両方だったか忘れたが、伊藤敬一さんとあるぽらんにほぼ同時にぼくらは出会った。あるぽらんとは出会ったと言っても、とてもマスターの佐々木さんに話しかける勇気などなく(ウブだったなぁ)、ただただその店のオーラと格好よさに興奮しながら、初めて呑んだウチナン酎(焼酎のシークヮーサー果汁割)にハマって帰りにあるぽらんの階段から落ちるほど酔っぱらった(確かタケサンシン君のアパートで吐いたはず)。

スポットライトをうらやみ浴びたいという若者らしい欲を抱えつつも、ライブハウスに出る気(出る自信)はまったく無く、このお店(あるぽらん)で唄えたらもう死んでも良いというくらいに20代のぼくは憧れ、そんな自分の「唄う場所」を屈折と共にギラギラと求めていた。
結局ラトナ書房に行ったのは(後の元我堂含めて)、おそらく5~6回くらいではないだろうか?と言うのも、伊藤さんがあるぽらんにぼくらを紹介してくれたおかげで晴れてマスター佐々木さんと親しくさせてもらうようになり、ラトナ書房には寄らずに直接あるぽらんに呑みに行くようになったからだ。あるぽらんで呑んでいてもそこで伊藤さんと会うことはまずなかった。嘘かまことか「伊藤さんは出禁だよ」なんて言う人も居たし、そのヨッパライぶりはすでに伝説であった。何となくそんな人なんだなぁと20代のぼくは伊藤さんを軽く認識し、それよりなによりあるぽらんで呑めるようになったことがうれしくて、呑むだけでなくあるぽらんのライブにせっせと通い、いつしかその憧れのステージに立つようになった。

ラトナ書房に初めて行った時、伊藤さんがぼくらが追っかけていた豊田勇造さんの親友であることを聞いて、自分たちも勇造さんに憧れてバンドをやっていることを酒を呑ませてもらいながら一生懸命語り、当時作成していたカセットのことを話すと「家の店で置いてあげても良いよ。あんまり売れないと思うけど」と言ってくれて、ぼくは2種類のカセットを定価500円でラトナ書房に置かせてもらった。これがソウブラが初めて自分たちのカセットをお店で売ってもらった最初であった。
しかし、ぼくらのカセットを聴いた伊藤さんはぼくらの歌に手厳しかった。それはおそらくぼくの力任せに甲高い声で喚くように唄う独りよがりな歌と、何より余裕の無さ(だって20代なんだもん)が、伊藤さんには耳障りだったのだろうと思う。それに加え演奏の稚拙さ、1本の集音マイクでライブ録音した音の悪さが伴いまぁ自分で言うのも何だけれどひどい代物であり、とても売り物にはならなかっただろう。
しかし、伊藤さんはぼくらのその安請け合いして店に置いてしまったカセットを放置はしなかった。あるぽらんに持って行きマスターの佐々木さんにそれを渡したのだ。
7回忌の席でも佐々木さんが、その時のことをカセットの実物を見せながら「伊藤さんが1本も売れないって言って持って来た」なんて面白く話してくれ、ぼくも「厄介払いかよ!」なんて自虐ツッコミ入れて笑ったけれど、おそらく伊藤さんはある確信をもってぼくらのカセットを佐々木さんに渡したのではないかと思う。彼らはここ(あるぽらん)でやったら良いんじゃないかと。あるぽらんが合ってるんじゃないかと。あぁダメだ泣けてきた…。

それから伊藤さんが亡くなるまで、主に勇造さんのライブで顔を合わし軽口叩いたり一緒に呑んだり握手したり抱き合ったりした。京都の拾得での勇造さん30周年記念ライブでも会った。ぼくは伊藤さんにちゃんとお礼を言えただろうか。何度も酔っぱらいながらカセットの話をして言った気もするし一度も言っていない気もする。

あるぽらんでの7回忌では、参加者の誰もが誰とも違う伊藤さんにまつわる良い話をした。佐々木さんは「阿佐ヶ谷の名物男だった」と言った。名物がそこに居ないのはやはり寂しい。13回忌はやらないと宣言された。ソウブラは3人(五十嵐、森田、梅田)で3曲、勇造さんの書いた「いとうくん」と伊藤さんがよく唄っていた「カトマンドゥ・レイン」(よっちゃんと、呼びかけ人の深澤さんも参加)、そしてソウブラの「結風」を心を込めて唄った。

ありがとう!伊藤さん。

今宵のBGMは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの85年発表の「サザン・アクセンツ」。大学生協の中古レコード市で初めて買った彼らのレコードにして、ぼくの一番好きなアルバム。A面1曲目の「レベルズ」はロック史上最高の曲の一つだとぼくは思う。何度聴いても胸が熱くなり一緒に叫びたくなる。「サザン・アクセンツ」は初めての独り暮らしで、故郷に対する愛憎交わる不思議な感情を初めて抱いた時にとっても慰められた。孤独の淵に居たぼくを救ってくれた。ぼくの大好きなうた唄いが一人この世界から居なくなってしまった。そして、歌はあまりにも確かにありありと残る。これからもずっと。

BG酒はシリアルナンバー入り山崎蒸留所のシングルモルトウィスキーをストレートでちびり。献杯のつもりで。

ではまた、ロケンロール!


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吉祥寺のろ3人ソウブラライブ終了! 

2017/10/01
Sun. 22:16

昨日の夜中(正確には今日)、のろライブ&打ち上げ後いつものように京王線の稲田堤駅からてくてく20分以上歩き、団地へ続く長く古い階段を上っていると、いつもはギターを背負いバックを提げて上がるのが辛いばかりなのに、なぜかこの夜は不思議な幸福感に包まれた。

階段の途中で足を止め、この街の静かな夜景や森を眺めながら思わず「良い街だなぁ」と独り言が口からもれ、今夜も好きな場所で好きな歌を唄い、それを観に来てくれた人が居てそんな人たちと語らい酒を酌み交わし自分の眠る場所へ帰って来れたことが、これまで何回と繰り返してきたことなのにこの夜は妙に心に沁みて幸せだなと思えたのだった。
20棟ある団地は、深夜でもまだ灯りの点いている部屋がいくつかある。そう言えば今夜母ちゃんはママ友たちとの夜の飲み会でどこかの部屋にお邪魔しているはずであった。はたしてどんな話題で盛り上がっているのか、父ちゃんは父ちゃんで散々楽しんできたから母ちゃんもゆっくり楽しんでおいで。

いつの頃からかソウブラは「生活バンド」と呼ばれるようになった。ぼくは自分で意識したわけではなく、ただ思った事感じた事をそのまま歌にし続けて来たら、自然と生活の一場面にそこで感じる喜怒哀楽を乗せて唄うようになっていた。決まったテーマなどないしタブーも無い。むろん売れ線を狙うこともない。本当の生活はそんなことに色気を出す余裕などない。生きて働いてつまずいて笑って泣いて飯食って寝て嫌って愛して現実を見つめて文化や歴史に救いや答えを求めてその営みの根柢に自然を感じつつ…。
そんな中でバンドやって歌を書き唄って来た。多くなくてもそんな歌を聴いてくれてぼくらの唄う生活の喜怒哀楽に共感を寄せてくれたりうれしい言葉をかけてくれる人が居る。そんな人たちと一時を共にしてまたお互いの生活に帰って行く。

吉祥寺のろという、とっても小さく親密な空間でのライブは特にそんなぼくらの生活バンドぶりが出るのかもしれない。のろでライブをやっていると、最初はどうしようかとおっかなびっくり始めるライブが、進んで行くうちにどんどん格好つける必要などないと開き直ると言うか、否が応でも自然体でやるしかなくなってしまう(MC含めて)。なにせお客さんの間近で生音で演奏し唄うのだ。ギターの森田君ではないけれど「自分の部屋で弾いてるみたい」くらいの感覚になって然るべき空間なのだ。
昨夜はうた唄い仲間(って呼んじゃいますが)や敬愛するギターレジェンド(イェーイ!)、そして以前から企画したイベントにぼくらを呼んでくれる人、かれこれ長いお付き合いの人たち、いつも応援してくれている同僚たち、思えばとってもステキな人たちに囲まれてのライブであった。深夜の団地へ続く長い階段の途中で感じた幸福感は、そんなステキなお客さんたちがもたらせてくれたものでもあったのだろう。こんな営みをひたぶる死ぬるまで続けて行く事に、生活を唄い続けることになんの迷いもない。このまんま続ける。どこを目指す必要もない。歌が出会わせ導いてくれるままに。

昨夜ののろライブを一緒に過ごし創ってくれたみなさんに心から感謝!

吉祥寺のろ3人ソウブラライブセットリスト
①たまゆら
②夜長
③いつか 高田渡さんのカバー
④ひとりのたたかい
⑤ファシスト野郎
⑥日本が見えない 詩 竹内浩三
⑦望郷 詩 竹内浩三
⑧キャッチボール

⑨古い川
⑩西村亭の唄
⑪まほろばの森のタマノカンアオイ
⑫普通の暮らし
⑬かさ上げの街を臨みて
⑭ないしょの話(母の歌集)
⑮ヘルスよしの
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰抵抗の歌※江上さんナイスパフォーマンスでした!

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国分寺giee「抵抗の歌の歴史ライブ編」終了! 

2017/09/24
Sun. 22:00

先週の水曜の夜は吉祥寺のよろづ湯、金曜の午後は大田区池上のH松温泉、そして今日は夕方我が地元読売ランド駅前通りの銭湯ヘルスよしのと、銭湯三昧でありました。何だかぜいたくし過ぎてちょっと罪悪感を覚えるほど。こんな時に口から突いて出る歌は、岡林信康氏の名曲「申し訳ないが気分がいい」。

9月も後半と言うのに森ではまだ法師ゼミが鳴く今年、キンモクセイの匂いも漂いどうにも気持ちの置き所がない感じだが、自然に文句を言いようもない。ましてやこの季節の不順が半ば人為の可能性大ならば、逆に自然に申し訳ないくらいだ。
そんな自然、人の世共に不順な中での昨夜の国分寺gieeさんでのライブ「抵抗の歌の歴史」は、4組(5名)の出演者たちがそれぞれの「抵抗の歌」を唄い合うという稀有で充実した内容のライブであった。ライブテーマ、そして人選共gieeの店主である三輪さんの采配と、生み出されるであろうライブ空間の見立ての確かさが光った約3時間だった。

一人でライブをすることはこれまでも何度もあったけれど、ぼくは弾き方も歌い方もバンドでやる時と全く同じでやっていた。つまり、バンドから音が減ってぼく一人になっただけであった。考えてみればそれは引き算であり、バンドの方が良いに決まっているパフォーマンスであった。そんなやり方に自分で不満を感じながらもそれを打破する機会もなくやり過ごしてきたのだが、何度かバンドでもやりソロでも歌わせてもらったgieeでの2度目のソロライブが決まったので、この機にぜひバンドライブの引き算的音ではない、あくまでソロの弾き語りで完成したライブをやりたくなり、それを想定した練習を試行錯誤しながらこの1週間毎夜(でもないけれど)続けて、当日歌う予定の6曲中3曲を指弾きアルペジオで弾き語るアレンジにしたのだった。

果たしてそれが上手く行ったか行かなかったかは、昨夜のライブを観てくれた人たちの判断であるが、自分としてはそれをもっと追究しても良いだろうという感触を得ることが出来た。ピッキングミスはあったものの歌の持つグルーヴは途切れさせずに唄い切れたのではないだろうか。なにより清々しいチャレンジであったし、昨夜出演した5人それぞれの自分の歌に対して持っている思いが聴く側に直截に伝わる空間に関われたことが心地よかった。

元々昨夜トリをつとめた語り歌の名手館野公一さんが大学で「抵抗の歌の歴史」を講義したことから、その“実践編”ということでこの夜のライブが企画されたわけなのだが、講義をした館野さん以外出演者はその講義の内容を知らない(※7月28日にgieeで一度「抵抗の歌の歴史」は講演されていて、マッキ―君はその時参加して聴いていたとのことでした)。それでも昨夜の5名(モンド&モンタさん、栗原優さん、野村昌毅(マッキ―)君、五十嵐、館野公一さん)のライブは、やはり「抵抗の歌」以外の何ものでもなかった。社会を見据えつつも全く違う表現を同じシンプルな編成で唄い合うというのは、それだけで“長いものには巻かれろ”の大勢順応に真っ向から反した証左であるし、5者5様で狭量な自己主張や勝負主義、排外主義とは全く無縁に「抵抗の歌」の下に唄い合えたのは、いわゆるライブハウスのローテーション的ブッキングライブではないgieeならではの企画だったからだと思う。そういう意味でも、それ以外のいろんな意味でも昨夜の国分寺giee「抵抗の歌の歴史 ライブ編」は清々しいライブであった。出演者のみなさん、たくさん来ていただいたお客さん、そして三輪さんありがとうございました!お疲れ様でした!!

抵抗の歌の歴史 ライブ編 五十嵐正史セットリスト
①ヒマラヤ杉は知っている
②ひとりのたたかい
③日本が見えない 詩 竹内浩三
④望郷 詩 竹内浩三
⑤ないしょの話(母の歌集)
⑥抵抗の歌


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ソウブラたらまガレージ初ワンマンライブ終了! 

2017/09/11
Mon. 22:26

6月に下見を兼ねて、WCカラスさんのライブを初めて所沢は小手指にあるたらまガレージに観に行った。

小手指駅から散々道に迷って、1時間かかってやっと辿り着いたそのガレージ(脇に居酒屋たらまを併設)の佇まいに、ぼくは一目ぼれをし、その日のカラスさんの最高にリラックスした気持ち良いライブを堪能しながら、ここはソウブラにもぴったりな空間ではないかと一人夢想していた。でも、いくらバンドにとってぴったりな空間でもお客さんにとってどうなのかはライブをやってみるまで分からない。何よりお客さんが来てくれるのかがともかく分からない。

昨日の客入れ前のリハーサルで、今年80云歳になるたらまガレージのお父(とう)が自ら建てた八百屋の店舗スペース(1960年代にお父夫婦は沖縄から移住して来た)を、さらに自力で改造して造り上げたガレージで唄うのは最高に気持ち良いことを実感した。音の響きも最高。ほぼ毎月2回、WCカラスさんはじめ名だたるミュージシャンがここで繰り返しライブをする気持ちが良く分かる。普通のライブハウスじゃ決して出せない場力と味のある空間だ。

そして迎えた開演時間。すでにこちらはお父と打ち解けて早くもリハーサルの練習(笑)。声をかけてくれた主催の佐久間さんと「このまま客来なくて打ち上げになっちゃったりして」なんて一抹の不安を笑っていると、同僚K田さんがやって来て送迎車からはF君とH川夫妻が現れる。そして、7年ぶりくらいの再会の所沢在住の元同僚で、とっても仲良くしていたK君一家が4人(ホンとありがとう!うれしい再会だった)!で来てくれる。そんな感じでぞろぞろとお客さんが集まって来て、開演後には先日のスペースCライブにも来てくれたSさん、Tさんカップルが京都から!ご来店。良い感じで席が埋まり、そのほとんどが(ソウブラも含めて)初めてのたらまガレージ体験なはずなのにみんなとってもリラックスしてソウブラライブを楽しんでくれます。たらまのお父は最前列でノリノリです。これが演奏し唄っている側にうれしくないわけがない。ノらないわけがありません。あぁ、これがみんなで創るライブ。俺たちの目指す普段着なライブ。そんなうれしい気持ちに包まれて、アンコールの「結風」(この歌をぜひ歌いたかった)までソウブラたらまガレージ初ライブをゆったりと駆け抜けた。

たらまガレージ恒例、息子さん手作りの美味しい料理をたっぷり味わっての打ち上げも、笑い声と歌声とライブ中もお父が連発してくれた沖縄宮古地方の方言で「最高」「上等」の意味の言葉「ズミ~!」連呼の中楽しく過ぎた。またまたぼくらは大切な場所と出会わせてもらった。そんな場所が一つ自分の中に出来ることがどれだけ自分を豊かにしてくれることか。生きることの楽しみが増えることか。ライブを観に来てくれたかつてのタケサンシン山村君と梅ちゃんの上司でもあるH川さんが、最近自費出版で上梓した本のタイトル「縁に生かされて」をぼくもまた実感している。人を生かすのは権力欲でも支配欲経済力でもない。ましてやどこまでも右肩上がりの上昇志向でもない。人の生き様がそれをちゃんと証明している。名だたるミュージシャン達がたらまガレージでライブをする在り方が証明している。その端っこにソウブラが仲間入りさせてもらった昨夜は記念日としてぼくは忘れないだろう。そしてお父にも約束したから、また必ずソウブラはたらまガレージでライブしに行きます!昨夜観に来てくれたお客さん達との再会と新たな出会いを願いつつ。

ソウブラたらまガレージライブセットリスト
①たまゆら
②この素晴らしくない世界で
③再会の夜に
④ファシスト野郎
⑤ひとりのたたかい
⑥日本が見えない 詩 竹内浩三
⑦まほろばの森のタマノカンアオイ
⑧キャッチボール

⑨古い川
⑩この星に日が昇る間の話
⑪西村亭の唄
⑫普通の暮らし
⑬ないしょの話(母の歌集)
⑭ヘルスよしの
⑮命でしかないビート
⑯三ツ星さん 詩 竹内浩三
~アンコール~
⑰結風

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2017-10