周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ソウブラスペースCワンマンライブ終了! 

2017/06/18
Sun. 21:56

今日も午前中団地の公園で、2時間息子とキャッチボール&1対1野球5回戦。

48歳の親父は、二日酔いではないが昨夜スペースCライブ&ライブ後の打ち上げでしっかり呑んで足に来ている。息子の打球をもつれる足で何度も追いかけていると時々アゲそうになり、これを真夏に付き合わされたら死んでしまうかもしれないと正直不安になる。
今日が父の日であることをまったく知らなかったのだが、昨夜スペースCで森田君にぶっつけでギターを付けてもらい初披露した“キャッチボール”という歌は、ぼくが子どもの頃親父としたキャッチボールの思い出を、今の自分が息子としているキャッチボールを通して思い出すという歌だ。
最近のぼくの歌の傾向である何という事はない光景を歌った歌なのだが、自分自身でもこの歌をとても気に入っていてライブで披露するのを楽しみにしていた。こんなご時世だからこそ、何気ない特別でも豪華でもないもちろんお金もかかっていない、社会の略奪の仕組みや消費産業、寂しさから求める華やかさと全く無縁、政治ともまったく無縁な一コマを大切に唄いたいと最近強く思う。それは人として生きながら抵抗するためにとっても必要なことに思うのだ。

昼食に息子と製麺所の美味い蕎麦を食い(2食分で100円也!)、昼寝後夕方、雨中傘さしワクワクしながら15分歩いて読売ランド前商店街の先に在る私の天国「ヘルスよしのへ」。
一番風呂の時間に5、~6人の年配のしなびた身体したおっちゃんたち(我もまた同じ)に交じって脱衣所で服を脱いでいると、にわかに幸福感が全身を満たす。昨日12人のお客さんの前で全力のライブをやり、打ち上げで大いに呑み語った翌日知る人ぞ知る場所でひっそり過ごすメリハリがぼくは大好きだ。人には外交的と内向的の2面が度合いの個人差がありつつ共存していると思うが、ぼくはその入れ替わりがかなり明確にあり、その2面どちらも自分にとって無くてはならない大切なものだ。ケの日常があってこそのハレの日である。

濃厚入浴剤風呂に浸かりながら昨日のライブを一人振り返る。ライブの途中で自分で気づき思わず唄いながら言ってしまったのだが、ぼくの歌には「小さな」と「古い」という言葉が頻繁に出てくる。今さらなのだけれど、とにかくぼくの書く歌詞にはこの2語が頻繁に登場するのだ。どんだけ小さくて古いものが好きなんだ俺は、思わず苦笑が漏れあらためて自分がそういうものを心の底から愛しているのだなと思う。
昨夜やはり弾き語りで初披露した「西村亭の唄」にもこの2語が登場するのだが、12人のお客さん達は配った歌詞カードをじっくり目で追いながら西村亭をそれぞれが思い浮かべてくれたようだった。少なくともそこがとても素敵なお店であることはちゃんと伝わったようでうれしかった。

初披露の新曲を3曲も用意して臨んだ昨日のスペースCライブ(たいてい新曲はまずスペースCでお披露目する)は、気合いが入り過ぎたのか前半は気持ちの強さとそれを感じてギターを弾き唄う身体が何となくちぐはぐな感じがしてちょっと焦ったが、休憩を挟んで気持ちを落ち着かせ、後半のソロでの新曲披露からはスムーズに気持ちと身体が連動するようになった。若い頃は最初にペースを崩すとそのまま立て直せずに突っ走ってしまったが、最近は長いマラソンを走るような気持ちで自分と対話しながらフルライブを創り上げつつ完走出来るようになった。これも長く続けて来なければ出来るようにならなかったこと。そう言えば「そのまんまで居る」「そのまんま続ける」なんてのもぼくが良く使う言葉だ。そのまんま続けなければ分からないこと、見えてこないものが何と多い事か。あれこれ手を付けては自分も周囲もとっ散らかして、火薬の妖しい打ち上げ花火を上げ続けるのをぼくは心底好まない。ゆえにそういう人とは絶対に組むことはない。

20年続けて来た大森カフェスペースCライブ、まだまだこのまんま続けて行きます。新しい歌を披露し続けながら。
ご来場いただいたみな様、ステキな一時(ライブ)を一緒に創っていただきありがとうございました!

6月17日スペースCワンマンライブセットリスト
①たまゆら
②余計な音
③かさ上げの街を臨みて
④終わり始まる日の場所まで
⑤この星に日が昇る間の話
⑥グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑦夏の別れ

⑧西村亭の唄(ソロ)
⑨キャッチボール(w森田)
⑩ひとりのたたかい(w森田)
⑪地平線(知念良吉さんのカバー)
⑫ファシスト野郎
⑬普通の暮らし
⑭ヒマラヤ杉は知っている
⑮ないしょの話(母の歌集)
⑯ヘルスよしの
⑰命でしかないビート
~アンコール~
⑱ワン・ギター
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高槻南風楽天“廃炉LIVEvol.6”終了! 

2017/05/28
Sun. 23:05

毎年関西から帰る時のカバンの中は、勇造オフィスさんより提供いただくバザーで購入した服(それらのほとんどがぼくのステージ衣装となる)と、いただいたり買ったりしたお土産でいつもパンパンになる。

まさにこのパンパンのカバンの中身のように、今年の高槻南風楽天ライブと関西で過ごした時間は濃密充実過ぎて、今はただ旅の火照りを持て余しこうして駄文を書き連ねる次第。
しかし、旅の火照りって言ったって1泊2日の話なのだ。一昨日(26日)の夜自分のところの法人総会を終えた後、「あぁ明日の今頃は高槻だなぁ」と思い、それからたった2日後の今は「昨日の今頃高槻でライブしてたんだなぁ」と思い返しているのだ。
そして昨日一夜のライブで体験した一瞬一瞬を、これからしばらくぼくは思い出しては胸を熱くし、今日の午後まで山崎で過ごした至福の時間をまた恋焦がれて来年まで唄い暮らして行くはずなのだ。

昨夜の南風楽天には、昨年よりもさらに多い60人!ものお客さんがソウブラと鼻炎トリオの廃炉ライブを観に来てくれた(店の外まで椅子を出した)。そこではライブのMCでも言ったけれど、実にたくさんの「久しぶり~元気してた?」という再会の挨拶がメンバーと交わされた(数年ぶりに来た人、初めて観に来た人も居た)。いつものライブでもそんな再会があったりするが、こんなにもたくさんの再会に満ちたライブは他にない。年に一度、それを毎年続けて来れたことの大切さを感じずにはおれない光景。本当に続けて来れて良かった。

そしてこんなにもたくさんの人がライブを観に来てくれるといううれしい現実が、厳しい事の多いふだんのライブの現実にまた立ち向かわせてくれる原動力と、自分たちの音楽への自信に繋がって行く。続けて行こうと思える。聴いてくれる人ライブを観に来てくれる人が居るからこそぼくらは唄い続けて行ける。

今年の盟友鼻炎トリオとのライブは、根柢に流れているものはお互い共通していながら表出の仕方が全く被らないお互いの持ち味、パフォーマンスを存分に発揮出来たのではないかと思う。鼻炎トリオがパワフルかつ心地良く会場を盛り上げ一体化させて行くすごいライブを、南風楽天独特のオープンカフェ状態の外から観ながらぼくはプレッシャーを感じるよりも自分たちならではのパフォーマンスをやるぞというぶれない気持ちになっていた。お客さんは鼻炎トリオのライブもソウブラのライブも両方楽しんでくれるという信頼感のようなものを、年に一度のこのライブに対してぼくはいつしか持つようになっていたのだ(と言っても、やってみなければどんなライブになるかはいつも分からないのだが)。

ここまで書いたら少し気持ちが静まって来た。明日ぼくを待ち受ける仕事というもう一つの厳しい現実に向かうために、今宵はひとまずこの辺で止しておこう。

ソウブラ南風楽天ライブセットリスト
①再会の夜に※
②この素晴らしくない世界で
③普通の暮らし
④ファシスト野郎※
⑤この星に日が昇る間の話※
⑥ないしょの話(母の歌集)※
⑦ヘルスよしの※
⑧命でしかないビート※
~アンコール~
⑨廃炉!w鼻炎トリオ

※ギャラリーサイトで動画観られます!

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あるぽらん激ライブ!知念良吉&ソウブラ終了! 

2017/05/22
Mon. 23:03

今日は午後から暑い中利用者2人と共に、大田区内呑川沿い某公園で公園清掃。

暑さで異臭を放つ弁当ガラや犬の糞などを汗かき分別作業。どうも日曜の夜ライブがあった翌日は公園清掃当番に当たることが多い。燃えカス状態の身体はしんどいが、そんな状態ではかどらない事務仕事や魂研ぎ澄ます面接をやるよりはまだマシである。なにしろ考えずにシンプルに身体を動かせば良いので助かるし元来こういう仕事がぼくは嫌いではない。事務や相談業務やるより本当は合っているのではないかと思うこともしばしば。

それはさておき昨夜は完全に燃え尽きたのである。ライブを観届けてくれた人は承知と思うが、昨夜の知念良吉師匠の凄味とパワーは凄すぎた。そして、これまで共演者として知念さんとのライブをして来たソウブラは、昨夜共演20年にしてついに知念良吉バンドとなった。昨日のあるぽらんのお客さんの誰一人そのことに異議はないだろうと思う。それだけ知念良吉師匠とソウブラは一つだった。リハーサルは当日の約1時間のみ。知念さんが生み出すライブの流れに必死について行くのではなく文字通り一緒に流れ思いきり知念さんの懐に飛び込んだ。遠慮は一切無かった。20年の共演の中で昨夜初めて知念さんが絶叫するのを聴いた!ソウブラの音を思いきり楽しみ重量級の思いを叩きつける知念良吉師匠を、狭いあるぽらんのステージで身体を密着しながら左真横に見れば、それは何だか神々しいような姿だった。俺はこの人の影を追い続けて来て良かった。豊田勇造と知念良吉という2つの長い影が俺の道しるべなのだという幸せを噛みしめていた。

そんなステージ上のぼくの顔を「小僧のようだった」と称したONE LOVE高江のSちゃん。そうなのです。師匠と共にステージに上がる時、48歳の親父はいつだって憧れの人を追いかけている少年になるのです。老眼鏡かけた少年です。でも老け顔に見られがちなアタシが実は童顔であることに気付いてくれてうれしかったよ~Sちゃん。

ソウブラのステージ、知念さんと浅田君のステージ、そして知念良吉&ソウブラのステージ(梅ちゃんがメインボーカルをとった知念さんの「海の向こうに」では、師匠思わず落涙!)と3部構成3時間半近く!に及んだまさにあるぽらん激ライブ(暑かったですね~)。最後にステージから知念さんがお客さんに向けて行った「付き合ってくれてありがとうございました~!」という言葉に知念さん自体がこのライブに熱中し燃えた証を感じた。終演後熱い感想をたくさんいただけて、ぼくは燃え尽きたかいがあった。マスター佐々木さんから渡されるビールの冷たさが最高の褒美だった。

お酒を止めていた知念さんが久しぶりに缶ビールを開け、終演後ライブの興奮覚めやらぬままたくさん話をした。その知念さんの言葉、思いの一つ一つがこの時代を生きるぼくにしっくり来る。政治世界との付き合い方。そして確かにある(そして実現している)それとは別のもう一つの世界。ぼくらは、うた唄いはもう一つの世界を築き続けそちらに居るべきであること(フットワーク軽く股に掛けるけれど)。そちらからたとえ小さくとも非力であっても撃ち続けること。本当に世界を変えるために。
あらためて、知念良吉はもっとも激しい根源的なプロテストシンガーであると思う。政治的な発言をし、政治的な集会で唄う誰よりも政治を撃つプロテストシンガーだ。ぼくはこの唯一無比の根源的プロテストシンガーを心から敬愛しぼくもまたそうでありたいと願う。やっぱりぼくには2つの長い影だけがぼくの前に伸びている。それで十分だしそれがとても幸せなことだと心底思う。

そして、そんな場所としていつもある阿佐ヶ谷あるぽらん。この場所で唄い続けてこれたことにやっぱり感謝しかない。音響機材はいよいよヤバいけれど(笑)、あるぽらんという空間がぶれないもう一つの世界そのものなのだ。「やり続けて来たというのはこだわりがあるからだよね?」とぼくに言ってくれた知念さん、ハイその通りです。ソウブラには最初から、あるぽらんでライブし続けながら全くぶれないこだわりがあります。

さぁ、今週もあれこれ忙しいけれど週末の関西ライブに飛び立つためにバッチリ充填するぞ!さぁもういっぺん燃え尽きるために!

あるぽらん激ライブソウブラセットリスト
①この素晴らしくない世界で
②ファシスト野郎
③地平線(知念良吉師匠のカバー。アンコールでもう一度歌った)
④ないしょの話(母の歌集)
⑤ヘルスよしの
⑥命でしかないビート

知念さん&ソウブラ
・何処へ行くオキナワンボーイ
・ジュークボックスの空と海
・サンサンサン
・夕闇バンドのロケンロール
・海の向こうに (ボーカル梅田ゆかり)
・慶良間の海で
・俺の生まれた町には金網がある
・なまるやんどーくまるやんどー
・地平線 (ボーカル五十嵐 ハープ知念良吉)


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ロケンロールライフ791 

2017/05/17
Wed. 23:20

仕事帰りの電車の中ではたいてい、新曲のことかブログに書く内容のことを考えている。

CDウォークマンで今日のとっておきのアルバムを聴きながら、そんなことを考える一時が好きだ(通勤時間が片道1時間15分ほどあるので、長編のアルバムでもまるまる聴ける)。
今日もいつものように生田駅で下車し、筋肉痛の長女に頼まれた湿布薬を薬局で買い津久井道を歩きながら横目で人だかりがしている年季の入った肉屋Sのショーウィンドーを見ると、今日はぼくの好物の鶏皮のピリ辛揚げがある!ぼくは車が来ないのを確かめそそくさと道路を横切って肉屋の人だかりの後ろにつく。

20代の時は時折外に呑みに行っていたけれど、家で毎日晩酌はしていなかった。空腹を満たすことが第一で酒はまだ二の次だった。
それが30代になって毎晩瓶ビール大瓶1本を呑むようになって、子どもが3人になり経済事情により第3種のビールに格下げした40代は350ml缶2本とアテ(つまみ)が欠かせなくなった。何でも良いのだけど酒と共にその日のつまみを楽しみに家へ帰るようになってしまった。個人差は当然あるだろうけれど、人間の食べ物や飲み物の好みや習慣は年齢と共に変わる。この世に生きて48年、思えばぼくの食生活と呑み生活は大きく変化して来た。
で、今のアタシはとにかく晩酌時のおつまみが楽しみなのである。そして中でも昭和の肉屋S特製の鶏皮のピリ辛揚げは、週に一回ありつければ御の字の希少な絶品おつまみなのであった。

ぼくの前でピリ辛揚げが無くならないことを祈りつつ、無事に順番が来ていくぶん興奮気味に「ピリ辛揚げ150g!」と頼めばいつだってそれ以外買わないのに「他にご注文は?」「ありません!」というやりとりをして、税込178円を渡す。150gはけっこうな量で、子どもたちにあげたってこちらの酒のアテに十分すぎる量なのにたったの178円!このリーズナブルさがまた嬉し。

紙袋に包んでもらってそれをぶら下げて最初の一杯を心待ちに家路を急げば、子どもの頃親父がよく油紙に包んだ鳥のササミ肉を買って帰って来たことを思い出す。親父の晩酌は毎晩キリンラガー大瓶1本と決まっていて、やはり必ず何か一品をお袋が作ったり自分で用意したり買ってきたりしていた。
子どもたち(と言うよりほんとんどアタシ)はその親父が買ってくるつまみが楽しみで、今ではとんと食べなくなったし見なくなった(あるのかな?)鶏の生のササミ肉をにんにく醤油でいただいたあの美味は、今も口中に思い出せるような気がする。そして親父の左横からぼくはビールジョッキを奪ってゴクリと一口いただく。親父が「おいコラッ!」と言っても時遅し。苦いラガービールが喉を通る感触を、記憶にある限りでも小学校の低学年から一口味わっていたことを覚えている。その苦さを美味いと思えたのは、利根川の土手で一人缶ビールを呑むようになった17歳の時。

刺身や生肉が好きだった親父は鶏のササミ以外に鮪やイカ、タコ、レバ刺しや馬刺し等々今思えば工場労働者のつつましい暮らしの中でなかなか上等なつまみを食べていたものだ。
かたや倅は150g178円の鶏皮がご馳走で、それにこれまた月に2度くらいありつける生協の40%引きカツオのたたき(約200円強)が大ご馳走。何もなければ納豆だけをアテにしたり、大竹聡さんの本で知った豆腐に塩をまぶした刻みネギをたっぷりかけて、その上にごま油を垂らすだけで超美味いアテをこしらえたりのつまみライフである。これも時代の違いだろうか?思えば40代の親父は独立し一人で五十嵐工業を立ち上げて意気揚々であった(と思う)。確かに家計は右肩上がりになって行った。間もなくぼくは家を出たけれども。

みんな(と言ってもぼく以外に食べるのは長女と母ちゃんだけ)でカリカリに揚がった鶏皮をつまみ、ぼくは誰も一口呑もうとして来ない麦とホップをグビリと呑んで、今宵は調子の良いヤクルトを子どもと一緒になって応援するのだった。
いつものことだけれど、電車で考えていた事と全然違うことを結局徒然に書いてしまった。それもまたブログ(当人はショートエッセイもしくは身辺雑記のつもり)の面白さでもある。

この国の世情を見やれば、手前らの威嚇は棚上げのまま北朝鮮のミサイルで大騒ぎして、今また共謀罪をごり押しして、たかだか皇室の恋愛話にキャーキャー騒ぎ、二度と取り戻せぬ沖縄のサンゴ礁と森をそれらと同じ時に無言で破壊している。政治は愚かすぎてまともに関わる気は全くしない。しかし、個人の単独発言も十分政治的である。同じ土俵に乗らずとも望まなくともつまみの話でも十分政治的になり得る。マスを求めることが政治じゃない。マスを求めるのはどこぞの国や宗教団体のマスゲームと同じ結果になるだけだ。いわゆる不寛容な集団の出来上がりだ。左だろうが右だろうがぼくは決してそこにコミットしない。瑣末なことを書きそこから天下国家まで語り人間本来の在り方を見つめる。人間本来の在り方を一人一人の日常の中で見つけ実現して行く。4月のかけこみ亭ライブで知念良吉師匠が言った言葉だ。至言である。この言葉を実現するライブを21日の阿佐ヶ谷あるぽらんで知念良吉師匠とソウブラでみなさんに観せます!

今宵のBGMは、ボブ・ディランのブートレッグシリーズ第10週「アナザー・セルフ・ポートレイト」。ディランのアルバムの中でもぼくが大好きな「新しい夜明け」や「セルフ・ポートレイト」のアウトテイクマンチクリンの、至福必至の名盤。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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吉祥寺のろ&多摩区お日さま春祭りライブ終了! 

2017/05/14
Sun. 22:21

昨日やる予定だった長女の中学校の体育祭が雨天の為今日に延期となり、毎年出演している地元多摩区の脱原発イベント「お日さま春祭り」は一人で出かけ、その前に母ちゃんが週2日お手伝いしている稲城市のカフェ“宇宙さんぽ”に、母ちゃん手製のお菓子を代わりに納品。

母ちゃんたちをまず中学校に車で送り、いったん戻って準備をし、ライブ機材(充電式アンプ、マイク&スタンド)とギターとお菓子を積んで宇宙さんぽへ。開店パーティー以来のメグさんとらくださんに挨拶をする。すっかりお店としての雰囲気と言うか佇まいが出来上がった感じ。メグさんに先日いただいて愛飲しているレモンアロマオイルのお礼を言うと、自分の声が昨夜ののろライブでの熱唱と風邪なのかアレルギーなのか分からぬ症状による鼻づまりと喉の痛みでハスキーボイスであることに気付く。正直身体もしんどい。自分の出番が終わったら早目に切り上げようと春祭り会場である多摩沿線道路沿い、中野島市営住宅前の公園へ。

震災と原発事故後、川崎市でも高まった脱原発の市民運動と気運の中でスタートしたこの祭りも第5回目。ぼくはおそらくほぼ全回弾き語りで出演している。こうして継続する中で川崎市では市民運動から発電所が開設され、バイオマス等の代替エネルギー利用も進められている。国や政府単位で見た時の完全な原発再稼働後戻りとは逆の、粘り強い脱原発の動きが続いていることを身近な地元のイベントで再確認出来るのはなかなか心強い。

11時に公園に着き、主催のTさんにプログラムをもらうと、ぼくの出番は13:00~の15分。こちらから事前確認をしないのもいけないのだが、地元の運動系のイベントはたいてい当日現地に行くまで出番も時間も分からないこと多し。こちらもそれに慣れてしまった。
しかし、あと2時間を一人でつぶすのは大変だ。車で来ているので酒も呑めない(いつも家族みんなで来て、帰りは母ちゃんに運転してもらえるからしっかり呑んで楽しめる)。それでも見事な太鼓演奏や子どもたちのダンスを観て楽しみ、自分の出番で3曲(①新しい日々②ヒマラヤ杉は知っている③廃炉!)を無事唄う。紹介される時に「五十嵐さんと言えば“廃炉!”」と言われ、実際“廃炉!”ではあちこちから「廃炉!」の声が聴こえた。この歌を唄い出して6年が過ぎたがまだまだ唄い続けなければならない歌だ。

それにしても、一人で機材をセッティングして片づけるのは結構キツイ。ライブを終えてラーメンや焼き鳥、焼きそば、ケバブもある出店で食べようと思ったが、こういう祭りで一人で食べるのがどうにも寂しく感じ、なにせ酒も呑めないのでいそいそと機材を車に積んだぼくは早々に会場を後にすることにした。そしてその時ぼくの頭にはもはや「蕎麦屋」に行く事だけに満たされていた。
一人飯を喰うなら断然蕎麦屋、しかも昨夜のろのライブ後打ち上げの席で蕎麦屋がどれだけ素晴らしいか(特に蕎麦屋で呑む酒とシメに喰う蕎麦)語り合った事が頭にこびり付いていてもうどうにも蕎麦屋に行きたくてたまらなかった。蕎麦屋なら一人でも全然寂しくないと言うかむしろ一人の方が良い。

頭の中でこの近辺蕎麦屋マップを広げ、考えた末に10数年ぶりくらいに稲城市府中街道沿いにある手打ち蕎麦屋S宮に行くことにした。残念ながら近所にあった歩いて行ける美味しい蕎麦屋は数年前に店を閉めてしまったので、このままま車で行くから酒は呑めないけれど仕方ない。とにかく蕎麦屋にこの身を置いて、ゆっくりこの世界で最も好きな食べ物であるたぬきそばを食べられればそれで良い。
かつて、長女が小さい頃までは良く外食していた。今とほぼ同じ給料で扶養家族が少なかったのだから余裕があったのだ。特にS宮は蕎麦好きなぼくのお気に入りで良く行ったものだ。ここは大田区は武蔵新田のF家と双璧を成すぼくにとっての絶品蕎麦屋である。

果たして健在でしかもけっこう繁盛している感じの、久しぶりのS宮のテーブル席に一人座れば徒然に昨夜ののろライブの事を思い出す。生憎の悪天候、そうでなくても厳しいことが予感されていた集客も、こんなことに限って予感が的中するもので少数精鋭5名のお客であったが(もう、本当にいつものことながらこんな時に来てくれたお客さん一人一人を忘れることはありません)、精一杯気持ちを込めて唄い演奏した。5名のみなさんが楽しんでくれたのなら何よりなのだが…と思いつつ個人的な反省点をつらつら思い返す。そして自分が今疲れていることを今更ながら実感する。喉は痛い。身体は変に火照っている。先刻の3曲ライブも精一杯やったが何だか集中力が途切れそうな感じがしていた。そして思う。「ああ、やっぱり蕎麦屋に来て正解だったわ」と。

10年以上ぶりに食すS宮のしっかりコシのある噛みごたえマンチクリンのたぬきそば大盛り(700円)は、涙が出るほど美味かった(汁は色は薄めのいわゆる江戸そば風ではないが、しっかり出汁が効いていてこれまた美味し)。これで酒が呑めれば本当に最高なのだけれど団地に帰るまでの辛抱だ。ちゃんと麦とホップは3缶冷やしてある。
どこか気だるく心地よくもある唄い疲れというやつに身を任せながら、それでもやっぱりライブが好きだと思う。ままならぬ集客は努力し続けるしかない。近場で何べんもライブしているのだからそのリスクはつきまとう(だからと言ってライブを減らせば客が来るかと言うとこれがまたそうでもない)。お店には本当に申し訳ないがその分は自分たちで呑んで貢献したい(それは望むところでもあるから、酒飲みでホンと良かった)。でも、昨夜の演奏は自分で言うのも何だけど良かったと思う。ちょっと頭にも来るけれどお客が少ないとホンと森田は良いギターを弾く。昨夜は隣で何度か惚れ惚れしながら彼のギターを聴いた。森田独自のムーディースローハンドギター爆裂って感じだった。まれに客多い時もたのみまっせ。

ヘトヘトで帰宅してこのまま麦とホップ呑んで寝てしまおうかという誘惑を断ち切って、どうしても行きたいヘルスよしのへこれまた雨上がりの大好きな森を歩いて行った。頑張ったかいがあった。ヘルスよしのは健在の実在の今日も天国であった。
我慢に我慢を重ねて帰宅後呑んだ麦とホップの美味さよ(本当はビールが呑みたい)。そしてまた“生きてて良かった~♪”カンチ兄貴バージョンが頭の中で流れるのだった。

のろライブセットリスト
①森は生きる
②余計な音
③まだ見ぬ兆しを待ちながら
④ファシスト野郎
⑤この星に日が昇る間の話
⑥借り暮らし
⑦寄り添う暮らしの幸せで

⑧いつか ※高田渡さんのカバー
⑨しかられて 詩 竹内浩三
⑩地平線 ※知念良吉師匠のカバー
⑪普通の暮らし
⑫ヒマラヤ杉は知っている
⑬ないしょの話~母の詩集~
⑭ヘルスよしの
⑮命でしかないビート
~アンコール~
⑯ONE GUITAR

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2017-06