周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

新曲「借り暮らし」 

2017/03/22
Wed. 22:24

借り暮らし
詞 曲 五十嵐正史

いつか誰かが書いていた この地球の上に
誰の持ち物の 土地も家もないと
今借り住まいの窓辺に 差し込む朝の光
遠くの森を光らせて ここまで届く光

そうさ誰もがこの 地球の上で借り暮らし
やがて消え行き森に 流れる時間へと還る
何をつなぎとめようとして 人は幻を追う
遠くの森を光らせて 光はここまで届くのに

分からぬことだらけのまま 借り暮らしのまま過ぎて
その分からぬことが いつしか希望にもなって
奪い合いの外で 支え合う隙間
遠くの森を光らせて それでも届く光よ

どこかで誰かが書いていた この地球の上に
誰の持ち物の 土地も家もないと
今夜借り住まいの窓辺を 照らす月明かり
遠くの森の空の月 すべての借り暮らしの夜に


3月10日に一度完成してUPしようと思ったけれど、もう少し歌詞が化けそうな気がしてしばらく置いたら案の定、先週末の両国のライブと宇宙さんぽさんの開店パーティーを経てやはり歌詞が少し変わり(最初のバージョンはもうちょっと俗っぽい、所有する事への批判、恨み節みたいなところがあった)、自分としては断然良くなった。そう、結局誰もがこの世で借り暮らしであり、その自然の隣にある借り暮らしを感じ、出来るだけ不自然を排しながら出会い繋がり自らの生を豊かにして行くことが出来るはずなのだ。

それにしても、団地から見える景色でいったいこれまで何曲作ったろう?森が歌詞に出て来る歌は、だいたい優しい曲調になるのだけれど、この曲もやはりどこかで聴いたことのあるような(笑)優しいフォークロック調の曲になりました。
早くて4月15日のスペースCで披露出来るかな?
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新曲「ファシスト野郎」 

2017/02/16
Thu. 22:38

ファシスト野郎
詞 曲 五十嵐正史

ファシスト野郎がルールを変える
ファシスト野郎がルールを破り変えちまう
世界はファシストファーストだ
負けじと小さなファシストルールを変える
負けじと小さなファシストルールを破り変えちまう
世界はファシストだらけ

奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ
奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ

ファシスト野郎が景色を変える
ファシスト野郎が景色を塗り替え変えちまう
世界はファシストファーストだ
ファシスト野郎が愛を変える
ファシスト野郎が愛を歪め変えちまい
ヘイトの泥沼で愛を叫んでる

奴らの愛に溺れるな 奴らの土俵に上がるなよ
奴らの愛に溺れるな 奴らの土俵に上がるなよ

ファシスト野郎が金を握る
ファシスト野郎が金を握ったら回さない
世界はファシストファーストだ

奴らに金を回すなよ 奴らの土俵に上がるなよ
奴らに金を回すなよ 奴らの土俵に上がるなよ

奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ
奴らのルールに従うな 奴らの土俵に上がるなよ

ファシスト野郎・・・
ファシストやろう・・・


「最近優しい歌が多いね」と何人かから言われ、ちょっとガツンと来るビートの歌を書きたいと思っていたところ、しばらく前から頭の片隅にあったビリー・ブラッグ&ウィルコの「マーメイド・アベニューvol.2」収録の“オール・ユー・ファシスツ”を、「ファシスト野郎」と日本語で歌ってみたかったことを思い出し、いつものように行き帰りの電車の中で頭の中で鳴らしてみたら、バババッと歌詞が出て来た。きっと天邪鬼のぼくは、世間が話題にしているのと軌を一にして正面から論評したくなかったトランプのことを、いつか自分なりに表に吐き出してやりたいと秘かに思っていたのだろう。もちろん、これは一人トランプのことを歌ったわけではない。世界で先んじて子分となった安倍のことだろうし、身近にどこにでも居るファシストであり(当然野郎に限らない)、自分自身の中にも潜むファシスト野郎のことでもある。そして「奴らの土俵に上がるなよ」がぼくの一番言いたい肝。こいつを早くギターを掻き鳴らして思い切り痛快に歌ってやりたい。

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ないしょの話(母の歌集) 

2017/01/15
Sun. 14:58

ないしょの話(母の歌集)
詞 五十嵐正史 市川悦子 曲 五十嵐正史

今日恋に悩む 若い頃のあなたと
この街ですれ違った 気がした
15で働き出したあなたは 19になって仕事を替えたばかり
別れた実らぬ恋を思い 歌を書いていた

熱い血潮の たぎるままに
ノートに向かう思いの 走るままに

もうこの世に居ないはずの 母とこうして会って
親子だった時とは違う 愛しさを感じている

今日道に悩む 若い頃のあなたと
川に向かう道ですれ違った 気がした
仕事の昼休みにあなたは 多摩川の土手に腰を下ろして
白球を追う若者たちを見ていた 心にひそむ淋しさを抑え

この世に立つならば 正しくあらん
この身にかかり来る 世の風ならば受けてみよう

もうこの世に居ないはずの 母とこうして会って
親子だった時とは違う 愛しさを感じている

今日人生に立ち向かう 若い頃のあなたと
あなたの遺した歌を読み 出会えた気がした
22の冬嫁いだあなたは 父と生きることを決め
5年の間書き溜めた歌を この本に編みそっと閉じた

かじかめる指に 頼れる鉛筆の
体の先は 我の心ぞ

もうこの世に居ないはずの 母とこうして会って
親子だった時とは違う 愛しさを感じている

親子だった時とは違う 愛しさを感じている

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ロケンロールライフ749 

2017/01/04
Wed. 21:24

元旦に書いた歌詞に、大好きなヴァン・モリソンのアルバム「オーディナリー・ライフ」の中の曲“ホワイ・マスト・アイ・オルウェイズ・エクスプレイン(なぜ、俺はいつも説明しなくちゃならないんだ?)”のメロディを借りて付けた。

三が日中、それを頭の中で鳴らしたり実際ギターを弾いて唄ってみたりしてを繰り返す。元旦は、施設に招待いただいたプロレスリングZERO1の後楽園ホール、昨日(3日)までは1泊2日で金沢八景の義父のマンションへ家族で遊びに行っている間も頭の中で唄っていた。今年もこんな感じで歌に熱中して、歌と共に過ごすのだと思うと何だかこの正月の天気のように晴々した気分になる。

ぼくの書く歌の多くは言葉(歌詞)が先に出来るせいか、はたまた音符が書けず読めないせいか、ボブ・ディランを愛聴してきたせいか、メロディーの中の音数よりも言葉の数の方がたいてい多い。要するに字余りな歌なのである。なので、歌詞にメロディーを付ける際には何べんも自分で唄ってみて言葉が収まるように工夫をしなければならない。おそらく、何の唄う工夫も無く唄える歌はぼくの歌にはないのじゃないかと思う。楽譜もないから、何年も前にレコーディングした歌で今も良く唄う「そこからロック」なんて、かなり節回しやメロディーが変わっていて昨年末に久しぶりに聴いて自分で驚いてしまった。

まぁ、そんな風に変化して行くのも歌の音楽の面白いところなのじゃないかと思うしかないのだが、年男である2017年の元旦に出来た新曲には“終わり始まる場所まで(2017年酉年元旦に)”というタイトルを付けた。歌詞には酉年を意識した言葉も出てくるからだ。羽をバタつかせながら「コケコッコー!」と鳴くニワトリに、今年もおそらく遠くに飛び立つことなく自分の生活の周辺で、それでもだんまりを決め込むことなく、自由なのか悪あがきなのか自らを動かし声を上げる酉年男の自分とバンドを重ねてみたのだ。

今年はどんなことになるのか、当たり前だが1年の初めにはまったく未定であり、やはりそれが面白い。確かに新年を迎えたが何もかも昨年の続きでもある。けれど、とりあえずの一区切りは付けた。一たん終わって始まる場所を確かにぼくらは通過したのだ。
我が家の話では、息子の心臓の事があり、次女は小6となり長女は中3になり高校進学を控える。母ちゃんは母ちゃんで、自分の得意な事(料理、パン作り)を活かして新しい事を始める話もある。貧乏から脱却出来る希望的観測は全くないことだけは確かなので、相変わらずの暮らし向きではあるが、こうなりゃ意地でも4畳半で5人寝続けてやると鼻息だけは荒いのであった。

新年早々、朝から菊正宗樽酒で良い気分になり、長女に「どうだ、今年はどっか広い所にでも越すか?」と100%根拠ない冗談で絡めば、長女は断固とした口調で「嫌だ。ずっと此処がいい!この団地がいい」と言い、今日の夕方、次女と散歩しながら、義父から金沢区のお隣の横須賀市となるとマンションがだいぶ安くなるという話をされたことを言い、「海のじいちゃん家の近くに住むのはどう思う?」と軽く聞いてみると「じいちゃんの所も良いけれど、私はこの街と団地が好きなの」と言う。正月、義父と何となく今後の話になった時も(義父は近くに来てもらいたいのかもしれないが)、母ちゃんはきっぱり「実際引っ越すお金もないけれど、今の所を離れるつもりはないの」と言った。我が家の団結力はすごい。このチームワークをもってすれば貧乏神も逃げて行くか、仲良く付き合えるだろう。アタシも無論何処へも行く気はありません。今年もまた団地借り暮らしの五十嵐家です。

今宵のBGMは、岡林信康氏の75年発表の大名盤演歌レコード「うつし絵」をもちろんLPで(ずい分前に、ディスクユニオンにて500円で購入)。
20代で初めて聴いた時は「ゲッ!」と思ったが、これがスルメのように聴けば聴くほど沁みて来て、今も時折どうにも聴きたくなって針を落とす。特に秋から冬にかけて無性に聴きたくなる。自然の情景が浮かび、古びることない暮らしぶりとそこから生まれる死生観がほっこり癒してくれるのです。この年末年始は岡林氏をずいぶん聴いた。

BGドリンクはトマトジュースでした。さぁ、明日から仕事も始まります。8日には、高円寺パンディットさんでワンラブ高江のトーク&ライブにて初ライブ(PM5:30~入場無料+要オーダー)!今年も行くぜ、ロケンロール!

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2017-03