周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ748 

2017/01/01
Sun. 22:46

昨夜、2016年大晦日の新宿中央公園の越年イベントで、ダンスユニットひびきさんに続いて19:00~ソウブラはライブをやった。

1年最後の日の夜、炊き出しには200人くらい並んでいたように見えたけれど、発電機の電源で灯された明かりに照らされた、巨大なビニールシートの上で毛布や布団にくるまっている人や、その周囲に居る人は100人くらいだったろうか。
駅から中央公園に向かう途中、いつも寄って酒を調達するコンビニでいつものように酒を買おうとすると、ぼくらが歌い出した頃から毎回顔を合わせているおじさんとばったり会い(独特のお洒落なファッションなので一度会ったら忘れない)、声をかけると笑顔で「今年も歌うんだろ?イベントは6時からだよな?」と応えてくれたその人も居る。

例年の如くリハも音出し調整もなく、呼び出しがかかったらパーッと機材を手に手に持って大急ぎで明かりに照らされたビニールシートの前に行き、MCのOさんが場繋ぎしてくれている間にセッティングをする。電源だけは借りて、楽器も声も自分たちの持ち込んだアンプから出す。セッティングと片付けが苦手なぼくは、酔っぱらってセッティング順序が分からなくならない程度に気を付けて呑む。ライブが始まってしまえばそんなの関係なく呑めば良い。

そしてこれもまたいつもの如く、最初はこの日の音の感じを掴むよう手探りしながら、それでも慌てないように目の前のおじさん達の反応を見ながら歌う。何度やっても決してライブのやり易い環境ではない。音はこれ以上ないほどチープ。そしてもちろん寒い。しかし、そびえ立つ都庁群の間の谷間の様な路上で、あまりに華やかな都市からわずかばかり離れただけの路上で、炊き出しを食しこの一夜をここで過ごす人たちを前にしてぼくらは歌を唄う。いったい何を唄えば良い?今回も当日ギリギリまで悩んだ。いつものライブなら間違いなくぼくはぼくの唄いたい歌を優先する。しかし、ここで唄う時はそんなことはどうでも良くなる。おじさん達(もはや、ぼくより若いか同世代の人だって居る)が少しでも喜んでくれる歌をとだけ願う。それが分かりかねてまた悩む。

2日ほど前に一人部屋で練習していた時、ふと数年ぶりに「ハレ」を唄おうと思い立ち久しぶりに唄ってみたら、今の新宿中央公園の路上の風景が立ち上がった。12年前の夏祭りの光景を書いた歌だが、この大晦日はこの歌が自分の中でメインになるだろうと思い定まった。

果たして、ここで必ず歌う大好きなカバー曲「知床旅情」を挟んで、だんだん場の空気が濃密に温かくなって行くのを感じながら(歌の合間に、新宿連絡会主宰のKさんが何べんも注いでくれた久保田や剣菱の所為だけではない)ハレを唄うと、この歌はOさんが路上つうしんで取り上げてくれたり、何度もここで唄っているので知っている人たちが居るからか、この歌の歌詞に反応してくれているのを唄いながら感じた。そして最後のラ~ラ~ラ~と繰り返すところを唄っている時に、来る前にコンビニで会ったおじさんの顔が視界に入り、一緒に唄ってくれているのが見えた途端、ぼくの涙腺は決壊し一瞬涙声になってしまった。何とか歌い切り「今夜の日本酒は沁みますな~」と軽口で逃げれば、おじさん達が笑いで返してくれる。気が付けばぼくはおじさん達に自分のことをベラベラしゃべっていた。たいていお客が10人も集まらない事や、だから大晦日ここでたくさんの人に聴いてもらってまた来年も頑張れる事等々。勝手な思い入れだけれど、こういうイベントを準備し開くことの大変さを知らずに言うけれど、ぼくはこの新宿中央公園で唄うことによってぼく自身が救われ支えられている。このまま行けば良いのだと思え心強くなる。ライブ後、「とっても良かった~」とねぎらってくれたOさんにぼくはそんなことを伝えた。Oさんは「五十嵐さんのその気持ちはここに居るみんなに伝わってますよ」と言ってくれた。

そんな気持ちの火照りが醒めないままに言葉がバーッと浮かんできたので、修正もせずに元旦の記念に書き記します。

新しい年といっても 旅の一里塚
一度閉じて また回り出すだけさ
終わりという名の 出発地点の夜に
俺たちはまたそう そこに立ったんだ

歩いては考え 考えながら歩く
季節と共に 堂々巡る
そこから飛べるかなんて どうでも良い
ただバタつかせながら 鳴きたいのさ

ワァワァと 声を上げ鳴らして行こう
たかが知れている 者同士で
寂しい夜も うれしい夜も
そのまま行こう 終わり始まる日のあの場所まで

ビルに囲まれた 谷間のような路上
火もつけられないのに 温かい時が起こり
そこは終わりという日の 出発地点
俺たちはまたそう そこに立ったんだ

押し寄せる期待が ある時もない時も
言葉があっても その下に集うわけじゃない
勝たなきゃ意味がないなんて どうでも良い
ただバタつかせながら 鳴きたいのさ

ワァワァと 声を上げ鳴らして行こう
たかが知れている 者同士で
寂しい夜も うれしい夜も
そのまま行こう 終わり始まる日のあの場所まで
(2017年1月1日)

みなさん、どうぞ今年もよろしくお願いします。

ソウブラ12月31日新宿中央公園セットリスト
①再会の夜に
②そこからロック
③知床旅情
④ハレ
⑤この素晴らしくない世界で
⑥結風
~アンコール~
⑦上を向いて歩こう
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ロケンロールライフ746 

2016/12/29
Thu. 23:39

昨日(28日)は職場の仕事納めであった。

恒例の忘年会は、今年も経費節約と場所を探して予約する手間が面倒なので、2階の作業室でやることに。まぁカラオケもなく作業道具に囲まれて雰囲気も何もないけれど、気楽にやれて良いのです。
今年幹事の同僚K田さんを中心に、利用者数人で買い出しに行き、午後から弁当やお惣菜に乾きモノ等を食しながら、ワイワイまったりと25人近い参加者で一年の労をねぎらい合った(この日はアルコールも出します)。

忘年会の直前に、K田さんから「今年の最後に五十嵐さんの歌が聴きたい。ぜひ歌って下さい!」と頼まれ、ちょっと面倒くさかったが今年たくさんのソウブラライブにかけつけてくれた他でもないK田さんからの頼みである。何の準備もしていないが、施設に宴会用で置いてあるボロいギターの錆びた弦を適当にチューニングだけしておき、余興の時間で宴会部長である利用者のオリジナル振り付きソングが披露された後、K田さんの呼び出しに応えてやや低めのチューニングになってしまったボロギターを抱えて私が出て行くと、いつもスペースCライブに来てくれている利用者達から、「ヘルスよしの!」「ワン・ギター!」等のリクエストが上がる。さて、何を唄うかちょっと思案すると、年配のライブ常連から「再会の夜に!」と声がかかり、別の曲をコールしていた人たちもそれを聞き、「あぁ再会の夜に良いね~」と言ってくれたので、ぼくは「再会の夜に」を唄うことにした。イントロを弾き出して初めて所長の唄う歌を聴く利用者たちの視線を感じると、あらためてこうして自分のオリジナル曲を、職場であるこの施設で唄うのは24年働いて初めてであることに気付く。これまではあくまで宴会の余興として、みんなで唄える歌ばかり軽く唄ってきたのだった。

チューニングの怪しいボロギターで、職場で初めて自分の歌をちゃんと?唄うと拍手と共にいつものアンコールにかけたアルコールの声がかかり、もう1曲「この施設や法人の事を思って作った歌」と説明して「変わらない夜道」を唄った。歌い終わった途端に後ろの電話が鳴り、ギターを置いて早々に相談業務に戻るというオチが付いたが、いつしかこうしてぼくのライブに通う利用者が出て来て(ぼくから施設で宣伝したことはない)、ぼくの書いた歌をリクエストしてくれるようになったことが何だか感慨深かった。20代の頃は、この仕事とライブ活動の両立にかなり悩んだ(今もキツイけれど)。仕事の自分と歌っている自分がかい離し反発し合って苦しかった。歌っている自分こそ本当で仕事の自分は偽物で嫌で不本意でたまらなかったのだが、その歌でも上手く行かず不全感に苛まれた。それがいつの頃からか、どちらも自分であると思えるようになり、今ではかい離や矛盾を感じることもなくなり、今日こうして自分の歌を施設のみんなの前でちゃんと唄うことが出来た。この仕事を辞めずにやって来て良かったのかな?

いつも忘年会に招いている我らが理事長も、長い付き合いの中で初めてぼくの歌を聴きえらい喜んでくれて、絶賛発売中のニューアルバム「普通の暮らし」をお買い上げいただいた(ヤッター!)。

今日は冬休み初日だったが、家族を連れて職場に行き、結局全然出来なかったぼくの仕事机回りの片付け(まぁ、とにかく書類の山の乱立でひどい散らかりようなのです)と便所掃除(施設の誰よりもアタシが一番排便しているので)等をしに行く。
行きの車の中で聴いたラジオで、ちょうど毒蝮三太夫のミュージックプレゼントがやっていて、練馬区の高齢者デイサービスにお邪魔したマムちゃんがいつもの丁々発止のやり取りを職員や利用者としているのを聴いていたら、ふと涙がこぼれそうになった。何でもないけれど気遣いのこもった人と人とのやり取りや、言葉の交わし合いがたまらなくうれしく感じた。
今年も職場で何度も人間に疲れ、心を鬼にしたり裏切りを感じたり恐怖を感じたり傷ついたり、徒労に圧し潰されそうになった。ぼくは元来人と交わるのはそんなに好きではない。好きな少人数の人とだけ居たい。相手の為などと称して距離をけっこう大切にする。他人に厳しい目を向ける。そんなぼくがなぜ、24年も人と関わる仕事をし続けているのだろう?何の解決も出来ないくせに、悩みや苦悩や歪んだ訴えを聞き続けているのだろう?答えなど出るはずもないが、ぼくはやはり人と人との何でもないやり取りが好きなのだと思う。昨日の忘年会の帰り、利用者一人一人と「今年もお疲れ様でした。来年もよろしくね」等と、相手に少し気持ちを向けて言葉を交わすことが結局好きなのだと2016年の終わりに思った。

今宵のBGMは、昨夜6年ぶりライブを観に行った岡林信康氏のCD「岡林信康弾き語りフォーク作品集」。
昨夜の山下洋輔氏とのジョイントライブ、本当に良かった。今年観たライブのベストかもしれない。山下洋輔氏の岡林愛が観る側にビンビン伝わり、岡林氏も感動して唄いながら泣いてしまったぼくも大好きな名曲“山辺に向いて”でのピアノソロは、聴いているぼくにも大好きな森の四季の移り変わりが目に浮かぶ素晴らしいピアノだった。圧巻はアンコールでのジャズバンドとのセッション。トランペットがメロディーを奏でる“自由への長い旅”はすんばらしかった!これからも年に一度は岡林氏のライブを観に行きたい。

BG酒は正月用の日本酒菊正宗樽酒でした。ではまたロケンロール!

大晦日、今年最後のソウブラライブを新宿中央公園での越年越冬支援イベントで19:00~やります。

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昨夜の阿佐ヶ谷ロフトAは、ソウブラにとってスペシャルな体験の連続であった。

20代で体験してたら我を失くしていたかもしれない。
スタッフパスを身体に身に付け、高いステージの上に立ち、スポットライトを浴びて超満員(立見も出て120人入った)の客を前に歌いパフォーマンスする。MCでも言ったけれど、今年も35本近くライブをして来たがこんなライブは今年初めて。そして、そこには友川カズキさんが居た。
たぶん、友川さんにしてはしっかりリハをしてくれたと思われる共演曲「三鬼の喉笛」で、梅ちゃん以外のおっさんソウブラがバックを付けたのだが、ともかくステージ真ん中にどっかり座る友川さんのオーラと圧力がもの凄く、いったん友川さんがギターを掻き鳴らし声を上げると吹き飛ばされそうになるのだ。それを必死にこらえ、両の足をふん止まって負けじとこちらもギターを掻き鳴らす。ストロークだけはアタシも一家言持っている。けれど、友川さんのリズムは決して合わせにくくない。独特の和のリズムは、ぼく自身慣れ親しんできた日本語が乗りやすいリズムであり、若干右手を巻き込むように掻き鳴らすと自然と土着のリズムが立ち上がり腰が据わって来る。「三線は自分の歌には合わないと思っていた」と言ってた友川さんが、ソウブラのタケサンシン山村君の三線を聴いてとても喜んでいたのも印象的であった。なにせたくさんの友川さんファンが来てたし、こちらは緊張もしてたので個人的に話をすることはほとんど出来なかったが、音楽を通して絡むことが出来、多少なりともステージ上で魂のやりとりが出来たのではと思い、安堵と共に濃すぎる余韻に今日はまだ浸っている。

友川さんのパフォーマンスはとても新鮮だった。観たことはなかったけれど、立川談志のような毒と客席に緊張感を走らせる鋭利さがあり、意外であったけれどかなり饒舌でしかも話の内容は談論風発多岐にわたり、大好きな競輪や酒とタバコの話から、沖縄のオスプレイ墜落と民進党への不満など当然のように政治を語り、やはり鋭利さを持って切り裂く。
民進党に対する「筋を通してない」という批判はぼく自身も全く同感であり、裏切りに対する自己批判も引責も無くしゃーしゃーと野党第一党でございと開き直り、野党共闘だなどと共産党らも秋波を送って不問に伏す現状。自民党や公明党を決して許さないように、ぼくも障害者自立支援法を延命させた張本人の民進党を決して許すことはない。

ぼくらの歌に対して「ああいう歌は真人間ではない自分には現世では無理だ。来世で何とか」みたいなことを言ってくれた友川さん。聴いてくれたこと自体がありがたく、前座のパフォーマンスを自身のステージに絡めてくるあたりにさすがだと感服したのだが、友川さんのステージに、ぼくは真っ当なアウトローの在り方を観た気がした。そのアウトローにこれだけ若い人たちも共鳴しロフトに列をなしてライブに来ることに、ぼくは何だかまだまだこの国に強烈に個人として生きる文化が成立しているのだなと思えて心強かった。終演後お客さんやスタッフの中にも、高江に支援に行って来たという人がけっこう居たことも驚きであった。

何はともあれソウブラやるだけやりました!
今回この貴重な機会をくらたO場さん、ありがとうございました。またあるぽらんでお会い出来るのを楽しみに。

ソウブラセットリスト
①変わらない夜道
②余計な音
③ワン・ギター

・三鬼の喉笛(友川カズキさんの歌に共演)

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ロケンロールライフ742 

2016/12/14
Wed. 23:18

今日も900枚ポスティングをし、みんなで手分けした(と言ってもほとんど職員であったが)おかげで本日期限ギリギリに無事やり終えた。

昨日は午前と午後に分けて900枚配ったが、今日は午前中は手が空かず午後からの2時間強で一気に900枚を配った。ページ数の多くない広報と言えども900枚となるとかなりの重さ。いざリュックに背負って歩き出したは良いものの、これではアパートの狭い階段を登るのはかなり難儀であると分かり憂鬱になった。

当方がポスティングを担うのは、施設のある環八通り沿いの左右に渡る地域で、先にやった右側は高台の比較的富裕層が多い山の手(芸能人の屋敷もある)で、左側の多摩川方面はここ数年でガンガン高層マンションが建ち出したが、昔は町工場のひしめく庶民の住む地域で、いまだに築50年は優に超えているであろう木造アパートも数多く残っている。
しかも、高層マンションに囲まれるようにしてその隙間にビッシリと今にも崩れ落ちそうなアパートや古い家屋はあり、小道脇道は複雑に入り組み、もはや路地とは呼べない迷宮への入口の様な薄暗い中を、心もとない道しるべの如くある古い石畳を頼りに奥へ奥へと突き進み、やっと昼間でもまったく日の当たらない闇の中に、ひっそりと古い引き戸の脇にある完全に錆び付いたポストをギイと音を立てて開け、社会福祉協議会便りを落として逃げるように去る。そんな場所が云十とこの鵜の木界隈にはある。
以前にも書いたが、鵜の木は死んだお袋が結婚前に働いていた製本屋のあった街。古いアパートの密集する場所にその当時の面影を探すが、感じるのは寂寞ばかり。そして、あまりに無粋に傍若無人に建つ金ぴかセキュリティマンションのいやらしさ(ポスティング出来る集合ポストは、たいていオートロックマンション入り口外の小部屋にある)。かつては、2階建ての木造アパートに陽が当たり、労働者たちが近所の銭湯で汗を流し、時にはぼくが就職した93年頃まであった駅前のピンク映画館にも通ったであろう生活の息吹は、今や無残に隔絶され四方をやっと人が通れるほどの隙間を背の高い新築に囲まれ、陽当たりゼロの湿ったわずかな空間に閉じ込められてしまった。
ポスティング作業を続けながら、ぼくはこのどちらにも住みたくはないと思っていた。時折ホッとするような庶民の生活の匂いや活気を感じる古路地やアパートとも出会うが、今夜夢にまで見そうなのは、石畳の奥底で日中でも玄関前の灯りを灯さなければならない家々だ。おそらく、これらの家々アパートには高齢者が独りで暮らしたりしているのだろうと思う。孤独死が多いというのもさもありなんという思いが胸に去来する。

そんなこの街の暮らしの在り方を見ると、まるで日本という国の今の姿を見せつけられているような気がして来る。格差と生活保守主義と自分の暮らしの安全保障を貪欲に求める(ことの出来る)人たち。
この50年近くの街の大変化(都会の多くの街で共通するだろう)の中で、際立って来たのはそれらばかりなのではないかと訝る。そう考えると、日本人は豊かになったかもしれぬがやはり幸福になったとは言えない。踏みにじりが進み人心は荒廃して便利なものばかりは増えた。そういうことではないか。だからと言ってぼくは、3丁目の夕日の世界を恋焦がれるほどセンチメンタリストではない。
そんなことを考えながら猛然と鵜の木の街を、21~22歳のかつてのお袋が歩き街の息吹を吸っていたであろう鵜の木の街を、47歳のしがない零細施設職員のぼくは駆け抜けた。

名護の浅瀬にはオスプレイが墜落して大破した。踏みにじられているそのいわれなき人々がたくさんたくさん居る。生活圏をこのような危険極まりない殺人兵器が飛び交っていることを、そこに生活があるということを、もっと激しく想像しなければならない。
手前だけという発想を捨てる。子どもでも分かる矜持を一人びとりで持たなけりゃ滅びるね、この国は。

今宵のBGMは、ボブ・ディランの1961年カーネギーチャプターホールでのレアなライブCD。ノーベル賞受賞コメントを読んでさすがディランだなぁと思った。そしてなぜか若い頃の音源を無性に聴きたくなった。この人は結局全くぶれていないことをこの耳で確かめたくて。20歳のディランは、この時すでにフォークでブルーズでロックだった!

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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レコ発ライブ2days終了! 

2016/12/13
Tue. 23:07

9日、10日と無事レコ発ワンマンライブ2daysを終えてホッとしたのか、11日に39度近くの発熱。前夜のハッスルぶりが別人の如く寝たきり人と相成った。

おそらく10日にはすでに発熱していた。それを自分で否定しライブに賭けた。ともかく賭けたかったのだ。
まずは8月に観客数大惨敗を喫した吉祥寺のろで、何とか(ホンと何とかだったが)雪辱は果たした格好になってまずは良かった。3人ソウブラでニューアルバムの世界を存分に表現出来たのではないかと思う。
翌日の大森カフェスペースCでは、13人!のお客さん達とフルバンドでニューアルバム発売を祝うことが出来た(レコーディングにも参加してくれたティンホイッスルの前田君も駆けつけてくれた!)。アルバムとアレンジの違う「ヒマラヤ杉は知っている」を披露したりと、アルバムを発表したことでまた新たな命を曲に吹き込めたような新鮮さと充実感があった。そして、アタシは一たん燃え尽きた。

しかし、寝込んだのは11日のみ(おかげで20年皆勤していたあるぽらんの忘年会を欠席せざるを得なかった。ぐやじ~っ!)。翌日の仕事は休むわけには行かなかった。
先週から我が施設で風邪が大流行し(1名インフルエンザも出た)、利用者の半数が欠席する事態となり、施設で請け負っている作業が滞り、普段は事務と相談面接を主に担当しているアタシも現場に出てせっせと作業に励んだがそれでも追い付かない。今週14日が期限の社会福祉協議会から請け負ったポスティング作業は、まだ数千部が山積みされておる。
どう考えても逆立ちしても、休むことは誰が何と言ったって出来やしない(代役の居ない、慢性的人出不足という職場の環境は、いわゆるブラックであるが、その環境のおおよそが手前で招き築いた環境であるのも事実)。アタシは覚悟を決め「こうなれば働きながら治すしかない」と、熱をおして月曜日出勤した(とにかく職場に行き鍵を開け、行けるなら状況を見て近くの病院に行けば良いと考えた)。何とか仕事はやれたものの、昨夜はまた38度台にぶり返し今朝もふらつきながら出勤。

症状からしてインフルエンザではないと確信していたので、一か八かで発汗して熱を下げようと、面接相談仕事の隙をぬってポスティング作業に出かけ、汗かきべそかき一人で900枚を配り終えて何だか身体が軽くなったような気がして熱を測れば36度2分の平熱!上手く行った!一か八かの作戦は功を奏した。

おかげで、こうして久しぶりに寝たきりから解放されてブログを打てる状態に回復した。
しかし、今年何度か思った事だが、いつまでこんなやり方が出来るだろうと少々不安になる。でもやはり、やれるうちはやり続けていたい。働いて飯を喰い、歌を書き人の前で歌う。限られた時間の中でやれるだけやり続けたい。それがぼくの願いである。

私の明らかに普通でない状態を察していた同僚のK田さんに、「ポスティングで汗かいたら熱下がりましたよ」と告げると「なんて昭和な治し方!」と感嘆されてしまった。もちろん出来れば2度とこんな治し方したくないし、良い子は絶対に真似しないでほしいと思う。

でも何とか仕事は目途がつきそうで、ホンと安心した。精神的な重圧も発熱の原因であったのかもしれない。重圧はないに越したことはないが、生きて何事か己が信念に基づいて動けばそれからは逃げることは出来ないのだろうと観念もしている。上手な付き合い方を少しずつでも身に付けて行きたい。

とにもかくにも、レコ発2daysにお運びいただいたみな様にあらためて心からの感謝を申し上げたい。もし、せっかくのレコ発ライブにお客が来なかったら我々どんだけ落ち込んだ事か。おかげで助かりました。そしてそして、2days皆勤してくれたF村君とK田さん、2日間見届けてくれて本当にありがとうございました。

ニューアルバムを引っ提げて、これからのライブもガンガンやって行くのでぜひまたよろしくです!
18日は阿佐ヶ谷ロフトAで、友川カズキさんの前座出演します!滅多にやらないライブハウス、そしてあの友川さんと初顔合わせ、気合い入ります!詳しくは当ブログスケジュールを。

吉祥寺のろセットリスト
①寄り添う暮らしの幸せで
②この素晴らしくない世界で
③再会の夜に
④かさ上げの街を臨みて
⑤この星に日が昇る間の話
⑥グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑦たまゆら

⑧HAO
⑨ほんとうのさいはひを求めて
⑩普通の暮らし
⑪余計な音
⑫夏の別れ
⑬狭量と独善
⑭ヘルスよしの
⑮ワン・ギター
~アンコール~
⑯今年も模索で

大森カフェスペースCセットリスト
①変わらない夜道
②この素晴らしくない世界で
③夏の別れ
④再会の夜に
⑤かさ上げの街を臨みて
⑥ほんとうのさいはひを求めて
⑦グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑧普通の暮らし
⑨たまゆら

⑩HAO 共演 前田悠平(ティンホイッスル)
⑪ヘルスよしの 共演 前田悠平(ティンホイッスル)
⑫ヒマラヤ杉は知っている
⑬余計な音
⑭狭量と独善
⑮この星に日が昇る間の話
⑯今年も模索で
⑰ワン・ギター
~アンコール~
⑱命でしかないビート


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2017-09