周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ832 

2017/09/21
Thu. 23:16

吉祥寺北口の裏通り、繁華街の中に忽然とある50年は優に超しているだろう古びた銭湯「よろづ湯」。

湯上りに脱衣所から外の縁台に出て缶ビールを飲みながら、小さな中庭を眺めるともなく眺め、壁一つ隔てた喧騒から全く遮断されたこの小さな空間を感じるのが大好きだ。
そして、このよろづ湯から湯上りのタオルを首にかけたまま裏通りを1分歩いて、小さな呑み屋「のろ」へ行き、奥のマスター加藤さんお手製の年季の入ったテーブルに陣取ってゆっくり飲むのもまた最高だ。よろづ湯との共通点は、果ての無いスクラップ&ビルドを繰り返しながら誇大化ときらびやかさを突き進む吉祥寺の街の喧騒から、さらに時間の流れ方まで隔絶していること。それが大して強固でない古びたコンクリ壁一つ、40年以上の年季の入った店の看板がかかる扉一つ隔てただけでそこに確かに在ることだ。

よろづ湯の縁台に腰かけて、ソウブラギターの森田君と缶ビール飲みながらこの2つの場所への愛着を語りつつ、不遜にも「いつまで在るかなぁ」と呟いてしまう。そして特にのろが無くなってしまったら、吉祥寺にわざわざ飲みに来ることはおそらく無くなるだろうとも思うのだ。そういう意味では、のろへ行く前に立ち寄る吉祥寺の街やのろで飲んだ後に歩く裏通りは好きであるが、それらはのろがあってこそであり、のろが無ければ必然的に愛着も湧かぬ場所である。それこそ家の近所の方がよっぽど好きな場所がある。元来出不精で喧騒やまぶしい所が嫌いなぼくは、そんな隔絶された小さな場所を目指す。もちろんわざと外界から閉ざしているわけではない。入ろうと思えばいつでも入れる場所。けれど外界には合わせていない場所。もっと言えば変貌著しい街にあって、わずかに残されたあくせくしていない場所とも言えるかもしれない。

そんな愛着と心地良さに身も心も委ねてまだ週半ばと言うのに、昨夜はずい分飲んでしまった(酒だけではない。のろの和風だしの効いたお通し(とは言えないくらい上等)は自信持って最強と言えるし、一品料理もまた然り)。3名でボトル2回差し替えてしまった。しかし、平日の中日というのもあってかぼくらが名残惜しく店を後にする11時半近くまで続くお客さんは入ってこなかった。
今年の2月の終わりに、「まめにのろくるまみむめも」と題して2日間お店の支援マラソンライブがあり、多くののろを愛好するミュージシャンらと共にソウブラも3人で出演した。その前からお店の経営がピンチであることは何となく聞いていた。
それから半年が過ぎて、まめにのろくるとは言えないまでもあの空間でゆっくり飲りたくて月に一度通い続けて来たけれど、お店のピンチが続いていることは想像に難くない。
収益事業をやったことも、それで身を立てたこともないぼくが語る理想の空間や場所などは絵空事の類かもしれない。けれど、現に今確かにそこが実在していることは事実である。であるならば、そこにそんな場所に長く在り続けてもらいたい。だからぼくはまたそれほど好きでない街の喧騒の間を潜り抜けて通う。何に対しても何をやっても非力であることは百も承知だから好きな場所へはとにかく通う。本当はこんな場所こそあるべきなのだと小さな灯りを目指す。

30日はそんなのろで3人ソウブラライブやります。みなさんもぜひ、吉祥寺の街の喧騒を潜り抜けて味のある裏通りにあるのろへお運び下さい。そして、10月19日(木)の夜は、立川に在るこれまたステキなライブの出来る飲み喰いや「農家」さんでののろマスター加藤さんの出張ライブ(店主サミットと題して、福生の「休みの国」のマスターと立川「農家」のママさん、そして「吉祥寺のろ」の加藤さんによるライブ)に、3人ソウブラが共演します。ライブは19:00くらいからの予定ですが、詳細は決まり次第UPします(のろのHPもぜひ観て下さい)。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの79年発表の「アヴァロン・サンセット」。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ831 

2017/09/18
Mon. 22:45

3連休の土日2日間は、等々力競技場で中3の長女の陸上部最後の大会であった。

台風によりあいにくの悪天候であったが、大会は警報が出ない限り雨中でも決行で、それでも長女は何とか無事に800mとリレーに出場し有終の美を飾ったようだ(と、観に行っていないので推測で述べる)。
ぼくが見てきた限り、彼女は3年間の部活動を存分に走りきったように思う。少なくとも走ることが嫌いではない彼女はキツイ練習に根を上げることもなく、筋肉疲労に足を痛めながらも「辞めたい」と漏らすこともなかった。

中学生になって長女はすっかりスポーツ少女となり、特に陸上競技とプロ野球は新聞の切り抜きをスクラップする熱の入れよう。ヤクルト戦のナイターを観に神宮球場へ行っている話はすでに書いた通りである。
その長女の陸上部引退祝いとして、3連休最終日の夕方、父は長女を車で10分とかからぬ近所のバッティングセンターへと連れて行った。実は昨日すでに息子と下見がてらやりに行っていて、機械はずい分グレードアップしていても、30年以上前とほとんど変わっていないバッティングセンターならではの雰囲気をすっかり父は気に入っていたのだった。

最初は父が見本を見せたると、昨日は割と当たった100キロに挑戦してみたら今日は老眼鏡を忘れたせいか空振りばかり。悔しいので速度を90キロに落とし迷わず2ゲーム目の300円を投入して、長女そっちのけで熱くなる。ちゃんとデジタル画像で投手が映り、それが投げるのに合わせて飛んで来る球にバッティングホームを思い出しながら振れば、今度は何本も芯に当てて外野まで飛ばせた。外野まで飛ばす度に父は娘を振り返りドヤ顔をしてみせる(それがウザかったと帰宅後長女が母ちゃんに報告していた)。

長女も生まれて初めて持つ金属バットの重さと、飛んでくる軟球ボールの迫力にびっくりしながらもさすがに下半身の筋力がしっかりしているので、初めての割には80キロのボールを何本かバットに当てた。
2ゲームやった帰りには「手がしびれてる~」と言いながらとっても興奮してご満悦であった。そして帰りの車中、来年から少年野球に入るか思案中の息子と3人で、これから月に1回バッティングセンターに通うことに決めた。子どもたちに2ゲームずつやらして父が1ゲームだけでちょうど1500円。これが月に父が小遣いから出せる限界だ。また一つどこか懐かしい、それでいて十分楽しめる場所を近所に見つけた。長女も受験勉強の合間のストレス解消になるだろう。「勉強しろ」とは言わない代わりに息抜きタイムを父は提供してあげたい。それも隙間の様な場所で。

そう言えば、ぼくは中3の野球部最後の夏の大会で初戦負けして引退したのだが、試合終了後キャプテンとして何事かをみんなに話し号泣した覚えがある。なんで泣いたのかもはや記憶が薄れているが、おそらく試合に負けた悔しさよりもあまりに色々な事があった野球部からやっと解放されたという安堵だったような気がする。その後すっかり野球から遠ざかり、興味も全く失くしたことからもきっとそうだったのだろう。なにせ下手だったし。

それから30数年経って、子どもたちのおかげでやっと野球を楽しめるようになったのか。
でも、やっぱり今日の昼間施設の利用者達と招待いただいて新宿へ観に行った女子プロレスの方が面白いな~好きだな~。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの72年発表の名盤「セント・ドミニクの予言」。10分超えの大曲が2曲入っている全7曲、捨て曲が一つもないどころか全曲最高水準を振り切った名曲だけのアルバム。ヴァンのアルバムの中でぼくはこれがベストかな。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ830 

2017/09/16
Sat. 22:25

昨夜は久しぶりにあるぽらんで気の置けない仲間たちとゆっくり呑んだ。

しょっちゅう呑みに行っているように思われているみたいだが、ライブやバンド練習以外で呑みに出かけるのはせいぜい月2~3回である。それも決まったお店に通う。冒険も新規開拓もしない。呑み屋巡りはしてみたいなぁとは思うが、経済的にも体力的ももちそうもないので実行することはなさそうである。何よりぼくは気に入った店に通い続けることが好きで性に合っている。女性に対してもそうであるように?浮気性ではないらしい。
それでも他に多摩川沿いのたぬき屋みたいに年に1回~数回訪れる店もあるし、ライブを月3本はやっていることを考えれば週に1回以上は外で呑んでいるという計算になるので、昔に比べて居酒屋等で呑む習慣の減ったと言われる現代の多くのお父さんに比べたら、呑みに出かけている方なのだろう。ありがたいことです。

人からよく「家族は良く許してくれるね~」と言われるが、ぼくが呑みに行くお店(通っているのは阿佐ヶ谷あるぽらんと吉祥寺のろ)はそこでライブもさせてもらっている店でもあるので、呑みに行く日を決めると家族には「そろそろライブの打ち合わせに行かなくちゃ」なんて誰も聞いていないのに一応呟いてみたりする。もちろん本当に打ち合わせる事もあるけれど、わざわざ呑みに行かなくても事足りることがほとんどだから別にそんなこと言わなくても良いのに、何となく家族にやましさも感じているのだろうか?けれどこの20数年、一度も「呑みに行くな」と言われたことはない。世の多くのお父さんに比べてかなり自由に生きていると、特に娘2人には小言の如く毎日のように言われている。

昨日は久方ぶりにぼくの働く施設に学生さんが1日実習に来た。自立支援法下隙間に潜り込むようにして分かりにくく少数派となったぼくらの所には、もはや学校からの実習依頼は来なくなって久しかったが、法人ニュースを読んでくれている某クリニックのワーカーさんから異色施設であるぼくの所を1日経験させたいと頼まれ、断る理由は特になかったので久々の実習生を受けたのだが、社会人入学で職場経験もあるからか、とても見る目を持った聡明な実習生さんであり、その人から、夕方実習の感想など話している時にぼくのバンド活動と仕事の両立含めて「自分のやりたいことだけやれていてすごいですよ」「そんな人はそういませんよ」と言われてしまった。この仕事が自分の本当にやりたいことなのかちょっと考えるところだが、その実習生さんはぼくが自分の施設について、障害者福祉について語る内容、口調に感嘆しながらそう言われたのだった。確かに「自分の納得出来ないことは一切やってませんね」と返す他なかった。

そうして、仕事を終えてぼくはあるぽらんへ直行し終電近くまで呑んだ話した。北朝鮮の話からギターの話、あるぽらんからついに出た1万本に1本の割合と言われるえびすさまがタイ2匹を担いだヱビスビールの瓶ビールの希少ラベルのこと。そして先日のたらまガレージライブをバンドメンバーと誉め合い、同僚であり心の友であるU君が10月末に突然挑戦するというハーフマラソンのことをアテにして等etc。えっ?ライブの打ち合わせ?それはライブ当日やれば良いのです(笑)。千鳥足でスターロードを阿佐ヶ谷駅へ向かう時、疲れが嘘のように流れ落ちて身体が軽くなっているのが何とも心地よかった。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンが在籍していた伝説的R&Bロックバンド「ゼム」の音源をほとんど網羅した2枚組“ザ・ストーリー・オブ・ゼム”。この1週間はずっとヴァン・モリソン。おかげで新曲出来ました。ヴァン・モリソン聴いていると音楽の見せてくれる深さと歓びを強く感じる。ものすごく芳醇な音楽をとてもシンプルなコード進行で生み出すヴァン・モリソン、大好きです。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。さて、今宵は大好きな夜更かしDVD映画鑑賞。フランス映画「ディーパンの闘い」か岡本喜八監督「吶喊」のどちらを観るか?どちらも108円。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ829 

2017/09/13
Wed. 23:05

20歳の夏、初めて沖縄県読谷村のチビチリガマを訪れた。

沖縄の親友Aに連れて来てもらったはずで、1年後の再訪は母ちゃんも共に、沖縄戦当時お母さん家族がガマに避難していたというくわえさんに案内してもらった記憶がある(2人には沖縄戦の戦跡を本島中案内してもらった)。

初めて訪れた時も再訪した時も、チビチリガマの入口脇にある彫刻家金城実さんと読谷村民で創り上げた「平和の像」は壊された状態であった。その破壊され鉄芯がむき出しになった像は、まるで1945年4月2日にガマ(洞窟)の中で行われた日本軍の強制による集団自決の凄惨さを彷彿させ、鉄芯はあたかも人骨のようであった。
当時のままの遺品が残る壕内を見学し、もう一度佇んだガマと壊されたままの平和の像の前で、ぼくは20年生きて来て初めて歴史を語る遺物に、震えが来るほど強烈に心を打たれた経験をした。

そして、初訪問の時にぼくは平和の像のすぐそばにある空の一斗缶に目を奪われた。その一斗缶にはペンキで走り書きのようにけれど力強い筆致で“何度ぶんなぐられても立ち上がるんだ”と書かれてあった。ぼくはその一斗缶から強烈なメッセージを感じ涙が出たのを覚えている。ぼくはその一斗缶を映した写真を、当時自主制作カセットのインデックスに使用した。

あれからどれだけ沖縄はぶん殴られ、立ち上がり続けて来たのだろうと、途方に暮れそうなやりきれない気持ちに何度もなる。87年に平和の像を壊した者達は(右翼の仕業とされている)、壕内の人骨や使っていた当時のままの生活用品までは荒らしたりはしなかった。最低限の死者への礼は守ったのか、人間としてのわずかの矜持があったのかは分からない。
しかし、2017年のこの9月に起こされた破壊は、もはや思想が報復がどうのこうのという次元ではない気がする。人間としての感性を根っこから喪失した、それこそ命の価値を勝手に決めつけ冒涜して何ら思う所も無い所業としか思えない。ヘイトなどという簡単なカタカナ語で片づけられない、底深い人間の救い難い劣化を見せつけられた気がしてならない。なぜそれを沖縄で?チビチリガマで?
チビチリガマは、読谷村の暮らしのすぐそばにある、現在の生者の暮らしと地続きに在る死者の居る場所、お墓である。チビチリガマの死者と共に在ることで、戦争の真の姿をさらしながらそこでこそ平和を希求する命は繋がり続けて行く大切な場所であった。
その無防備な在り方こそが、人間を育て人間を戒め教え、そして生きさせてくれる稀有な存在であるのに、その命のメッセージを2017年に生きる人間が裏切ってしまった。どんなセキュリティーで守られた重要な史跡、遺跡、遺物よりも絶対に侵してはならないものを、2017年9月の実行者は壊したのだ。実行者の生き様は誰の命をも豊かにすることなくただただ命を貶めた。絶対に許されない。

多くの怒りの涙と、人間としての嘆きと、それでも命の行方を豊かに人間に示し続ける沖縄の自然と、友人たちの小さな暮らしを思って今夜はこのブログに向かった。そして、明日からまた「そうではない」という小さな暮らしを続けて行く。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの「キープ・ミー・シンギング」。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ828 

2017/09/08
Fri. 23:29

今週は2回出張があった1週間であった。

出張と言ってもまず都内を出ることはなく、1回は調布の深大寺の先の某病院で、2回目の昨日は同じ大田区内のT地域庁舎である。
そしてどちらも一人の精神障害を持つ人をどう支援して行くか、本人を交えて関係機関で集まり話し合うという内容で、そのどちらの話し合いも実に有意義で我ながら良い仕事が出来たのではという清々しい気持ちで帰路に着けた。

一人は長期入院中であり、なかなか実現に向けて動き出せなかった退院に向けて、病院のスタッフ(看護師、ケースワーカー、主治医)と、暮らしの場を提供する地域の通所事業所とグループホームを運営する社会福祉法人、そして入院している本人がかつて通所していた施設の責任者であるぼくとで、本人の意志とペースを最大限優先しながら今後の進め方を協議した。
もう一人は医療観察期間が終了し、晴れて法の監視を外れた(法務局の担当者は実に誠意溢れる仕事ぶりであった)現在ぼくの施設を利用している人の、今後の支援の在り方をやはり関係機関である訪問看護事業所、病院、福祉のワーカー、保健師、区の生活支援センタースタッフ、都の精神保健福祉センタースタッフとぼくで話し合った。

場所も中身も違う2つの出張会議であったが、大きく共通している点があった。それは、どちらの会議も参加者の誰もが自分たちの団体組織の事業の都合を優先させなかった事、そして当事者である本人が参加し話の内容を説明し、本人の意志を聴きながら進めた事、そしてその姿勢をこれからも貫いて行く事を参加者全員で共有出来た事だ。
ある意味当たり前のことではあるが、特に自立支援法以降すべての福祉サービス(ぼくの所の様な例外を除き)が利用計画に基づく契約ありきとなり、その計画作りから契約、そして利用までこと細かに報酬単価が決められてしまったので、携わる事業所はその報酬を得るための都合を優先させるという事態が生まれてしまった。しかし、それでもその報酬までの最短コースよりも、その福祉サービス(という言い方はいまだに馴染めず嫌いだが)を必要とする人の事情を優先しようとする福祉従事者としての矜持を発揮出来る選択と隙間がまだある。その矜持を2つの会議では見事全関係者が発揮していたことに、ぼくは「まだまだ捨てたもんじゃない」と秘かに感動したのだった。そしてそこに1つだけ、すべて手前の裁量で動けるがすべて手弁当である変わり種のぼくが参加し意見を述べ、2つ目の会議では法務局から引き継ぐ形で取りまとめ役を担った。そのことに文句を言う人も居なかった。

悪法を機能不全に持ち込むには、こういった1人のために結集し発揮出来る現場の小さな実践こそ有効だとぼくは実感している。なんちゃらネットワーク作りだのソーシャルアクションがどうのこうのという、カタカナ並べた題目と結局悪法の下に野心や飛び技を語りたい連中が集まるのをぼくは個人的に好かず、そういう集まりには基本的に参加しない。これからも参加しない。
ぼくはぼくの裁量で、これからも1人の支援のために1人でその現場に入り込み実践する。まるでゲリラか工作員のように、でも堂々と本名を名乗って。

T庁舎の帰りには、必ずN原街道沿いのブックオフに寄って古本を漁るのが習慣となっていて、昨日は吉田ルイ子さんのエッセイ「自分をさがして旅に生きます」を108円でGET!これが読み出したら止まらず夢中で読んでいます。特に沖縄の日本復帰の瞬間1972年5月15日の瞬間を、当時のコザ市の売春宿街で迎えたルポは衝撃であると同時に現在の沖縄を知るためにも大切に思えた。そして、それは大好きなぼくらの師匠、知念良吉さんが唄う「裏町の唄」の世界そのものでもあった。吉田ルイ子さんの文章から知念さんの歌が聴こえて来るようであった。日本国憲法番外地だった沖縄の歴史と事実をこそ本土は、憲法を守ろういう人間は知るべきだと思う。

さて、明日からライブモードにチェンジして10日のたらまガレージへ行って来ます!

今宵のBGMは、大学時代に大学生協の中古レコード市で購入したニール・ヤング&クレイジー・ホースの87発表のLP「ライフ」。
あまり評価されていないちょっと音も中途半端な感じの作品だけれど、結構良い曲入っていて好きです。名曲「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」に繋がる布石の様な曲もあって、何よりこれを手に入れた頃の匂いが思い出されてたまりません。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。では10日はたらまガレージでロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2017-09