周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ840 

2017/10/17
Tue. 23:04

今自分の頭の中は3つのライブの準備が同時進行中。

まずは明後日19日の、立川のステキな歌酒房(「酒房」ってのが何とも良いです)農家さんでの唄う3店主サミットライブ(福生「休みの国」の木村ヒロシさん、「農家」のママ瑞穂さん、「吉祥寺のろ」のマスター加藤さん)で3人ソウブラ(五十嵐、森田、梅田)もゲストライブをさせてもらい、加藤さんのバックバンドも務める。
加藤さんのレパートリーは、いとうたかおさんや中塚正人さん、佐藤GWAN博さんにディランⅡ等古びることのないフォーク名曲のカバーだが、どれも加藤さん節の歌として沁みついていて原曲聴いて個人練習しようとしても、あまりと言うかほとんど参考にならない。のろに呑みに行くついでに店内でちょろっと曲の流れを加藤さんと確認したのを手掛かりに、後は本番で加藤さんのグルーヴを感じてそれに乗っかりつつ自分が気持ちよくやれれば何とかなるだろう。とにもかくにも以前一度だけ、やはり加藤さんも唄ったライブを聴きに行った農家さんに、今度は演者として来店出来るうれしさを、美味しいお酒と瑞穂さんの手料理(とても美味しかった記憶有り!)を心行くまで堪能したいと思っている。職場を早退する手はずも整えたので、後は何事もないことを祈るばかり。

そして日曜日22日は、96年からほぼ毎年(一度だけなかった年があったと記憶)恒例の阿佐ヶ谷あるぽらんでの勇造師匠ライブでの前座&共演が待つ。告白するが、毎年この時期師匠に会いたくてたまらないのです。春に共演させてもらい、6月ライブを観に行き(その前に京都拾得にも行った)4か月間が空いてのあるぽらんライブ、もう辛抱たまらなくなる48歳の豊田勇造追っかけ親父なのです。そしていつも勇造さんとライブをやると、幸福感と共に自分たちがこれからやって行くためのエネルギーもまた満タンになる。毎年その年に書いた新曲をあるぽらんライブで披露するのだけれど、お客さんと同じくらい勇造さんに聴いてもらいたい。まさに「師匠!こんなん書きました!」って言いたい気分で。

そしてそして、もう来週って言い方が出来てしまうほど近づいた2年ぶりの陸前高田ジョニーさんでのライブ。またジョニーさんで演りたいと強く願いつつもなかなか動けないでいたけれど、今回敬愛する旅の歌うたいやなぎさんが繋げてくれて、2年前にもご一緒させてもらった地元陸前高田のバンド、ヒロボーズさんとまた大好きなジョニーでライブ出来ることになった。2年前と同じ仮設の店舗(2018年9月が仮設での営業期限)だが、そのさりげない店内の佇まいと居心地の良さは今も身体に残っていて恋しくなる。遠く離れた場所で暮らしながら、こんなうれしい場所と出会えるなんてとつくづく思う。「また歌いに行きたい」と思い続けて来て良かった。そしてそこには再会したい人が居る。
今日からようやく新幹線の時間や懐かしい大船渡線、BRTバスの時刻表など調べ出した。なに、まだ旅支度は十分間に合う。

この3つの楽しみなライブで、ぼくは1曲必ず唄おうと思っている歌がある。今年書いて夏からライブでボチボチ唄い出している歌だけれど、何となくその歌が3つの場所に共通するような気がして、その歌をこの3つのステキな場所と出会わせてあげたくて必ず唄おうと決めた。そんな風に考えるとますますライブが、そこに出かけてゆくのが楽しみでならない。半隠居暮らしはしばらくお休みになるけれど、いろんな記憶と共にまたそこに帰って来ればよい。

みなさん、どこかで、いやもちろん全部でも大歓迎(!)お会い出来るのを楽しみにしています。
詳細は当ブログライブスケジュールでご確認ください!
まったく仕事している場合じゃありません(笑)。23日夜理事会だ~(泣)。がんばるど~。

今宵のBGMはトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの2008年に発表された4枚組!ライブCD「ライブ・アンソロジー」。30年間のライブの歴史的音源が詰まった逸品。まだまだ飽くことなくTPを聴き続けています。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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ロケンロールライフ839 

2017/10/15
Sun. 22:56

今日は雨が降っても槍が降っても次女と2人で上野へデートに行くつもりであった。

少し前に現在休館中の我が家が20年来通っている近所の小さな美術館「中村正義の美術館」の館長さんから、上野の東京都美術館で開催される東京展の中で中村正義の絵も展示されるとのお知らせと招待カードが送られて来て、ここのところ中村正義ロスで彼の絵が観たくてたまらなかったぼくは飛び上がらんばかりに喜び、3人の子どもの中で母ちゃんに似てとりわけ絵が好きな次女が「15日なら」と付き合ってくれることになり(長女は母ちゃんと高校説明会、息子は団地の友達と遊ぶ約束)楽しみにしていたのだが、昨夜遅く念のためにとお知らせをよく見たら、何と東京展は14日までであった(!)。もうアタシはがっくり来てしまって、次女にも「ちゃんと見ておきなさいよ!」と叱られるしで結局今日は哀しい雨降りの日曜日となった。

それでも次女の希望で、急きょ友達と遊ぶ約束がなくなった息子も共に我が家御用達の多摩市民館内の図書館に本を借りに出かけた。
テレビゲームもなければケータイもない、家族兼用のPC(これです)一台のみ(それと固定電話&FAX)の我が家は、みんなとにかく本を借りてよく読んでいる。ぼくは同時に何冊も読むので2週間で読みきることがなかなか出来ず、読みたい本はこれだけはというものだけ新刊で買って、後は古本で見つけて買って読むことが多いのだが、次女なんかは2週間ごとに図書館で何冊も借りて来て暇さえあれば机の上だったり寝転がったりしながら読んでいる。今日も貸出し冊数ギリギリ10冊近い9冊を手慣れた様子でバーコード読み取り機にかけて持参の大きな布袋に手際よく詰めた。
ぼくも現在数冊読んでいる途中だけれど、自分の日程確認ミスで出かけられなくなったブルーな気分を読書で紛らそうと2冊借りた。もはや自腹ではとても買えないハードカバー本が2週間とはいえ無料で読めるというのはやはり何ともありがたくうれしい。カフェなんぞ併設せんでも良いから、どこぞの企業が一山当てようと入り込まなくて良いから、ぜひともフツーの図書館がこれまで通り在り続けてほしい(と言っても、図書館業務が民間業者に委託されるようになってもう久しいが)。

福祉の仕事を25年やっているぼくは、実は福祉の国家資格を何にも持っていない(なので、時々福祉のブラックジャックを自称したりする)。しかし、なぜか大学でたまたま履修した科目のおかげで図書館司書の資格を持っているのです。ていう事は、まったく潰しの効かないこの身と思っているが、図書館で働ける可能性はあるのかしら?でももう年齢がダメか。でも一日本に囲まれて過ごせるなんてなんて素晴らしい仕事だろう。人間に疲れきって一日終えるなんてことはきっとないだろう。どうにも悪い癖だが、どこかへ出かけると必ずと言って良いほどぼくはそこで自分が働き暮らすことを妄想してしまうのだ。それもかなり具体的に。ストレスがたまっているのだろうか。それとも逃避願望が止み難くなっているのか。まぁでもそんな妄想時間はたいてい楽しいのだ。

借りてきた本の一冊は、同世代の作家柳美里さんの対談集「沈黙より軽い言葉を発するなかれ」。彼女のデビュー直後何冊かやはり図書館で借りて読んだ記憶があるが(そう言えば彼女以降、ぼくはリアルタイムで流行作家の本を読んでいない)、熱心な読者ではなかった。しかし、震災原発事故以降の彼女の活動にとても惹かれるところがあってまた読んでみたいとちょっと思っていたところであった。特にこの本のまえがきにあるSNS等がもたらした(特に震災後の)現状について、彼女が“ソーシャルメディアが日常生活に縦横に張り巡らされている昨今、情報はとめどなく膨れ上がっていますが、自分の耳に響く言葉は極端に少なくなっているような気がします。情報の中に言葉は無い、と言っても過言でありません。”と書いているのを読み、ぼくは強く共感した。
ぼくはSNSを情報交換(もしくは近況報告)の場とは思ってもまったく議論する場とは考えていないが、あたかも議論している(吹っかけるもしくは言いがかりをつける)かのごとく声もなく感情的だったり断定的な言葉を吐き出し応酬し合っているのを時折見かけるにつけ、なんだかげんなりする。そんな言葉とも言えぬ言葉を公表してどうするんだと思う。それで世の中を良くするだとか変えたいだとか書いていたりするともはや「だめだこりゃぁ」である。

雨の日曜日の午後は、PCの電源を切ってラジオが小さく流れる中読書して過ごすのが最高だ。情報に遅れたってフォローしなくたって良いじゃない。自然の流れはとっくの昔からこの時空を満たし続けているのだから。
嗚呼、でも上野の「東京展」は行きたかった~!もうしばらくは中村正義の図録、画集を観て我慢しよう。

今宵のBGMはピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ838 

2017/10/14
Sat. 23:05

今日は午後から近所の日本女子大西生田キャンパスへ、三上智恵監督の映画「標的の島 風かたか」を観に行った。

この映画を観られたのは全くの偶然で、昨夜スペースCで半年分たまっていた会計監査を残業して何とかやってヘトヘトで遅くに帰宅し、ほどなく倒れるように爆睡、今朝楽しみにしていた7時25分からのNHKFMのピーター・バラカン氏DJの番組ウィークエンドサンシャイン“トム・ペティ特集”を何とか起きて寝ぼけながら3分の2くらいは聴けて朝食後コーヒー飲みながら呆けていたところに、団地のお隣さんでここに住み始めてからとってもお世話になっているYさんから、今日の午後1時から平和を求める日本女子大学有志の会主催で「標的の島 風かたか」の上映会があるので時間があったら、という話をいただいたのだった。

自分の法人を含めた秋の理事会準備の疲れが取れたような取れてないような体調であったが、ぼくは即座に観に行くことを決めた。元より観たかった映画であり(ぼくは三上智恵監督の前々作「標的の村」を観て“普通の暮らし”という歌を書いた)、ライブと重なったり経済的な事情で主に都内であったこれまでの上映会に行けずにいたので、それが急な話とは言え歩いて10分の場所で、しかも無料ならば(本当にありがたい)疲れがどーのこーの言ってる場合ではない。何より出不精半隠居趣味のぼくが、今週高江の牧草地に米軍ヘリが墜落炎上した事故が起きて、どうにもやりきれない、けれどにわかに言葉に出来ない悶々とした気持ちを抱えているその時に、それはまるで「観なさい」という啓示のようにも感じ、多摩区に住んで25年で初めていつもは森歩きで中に入らず横切る日本女子大正門を守衛さんに来意を告げてくぐったのだった。

森歩きでいつも日本女子大の外周を歩いているぼくだが、時々女子大生の心弾ませる声は聴こえて来るものの森から女子大キャンパス内は見えない。そんな内側に初めて入った日本女子大キャンパスは、鬱蒼とした広大な森の中に在るまさに森の学園であった(付属中学、高校もある)。
戦前から開校しているだけあって、この地(森)にすっかり根を下ろしている学内はふだんの森歩きと変わらぬ落ち着いた気持ちにさせてくれる。こんなところで学べたらさぞかし良いだろうと女子大と知りつつ思わず妄想を膨らます。すれ違う女子大生がとにかくまぶしい。

開校90年記念に建てられたという上映会場であるその名も90年館に、60~70人は集まったと見える参加者はまず平和を求める日本女子大学有志の会からの挨拶を聞く。会の一員である同大人間科学部学部長は、この有志の会がそもそも安保法制に反対する目的で学内で結成され、法が強行成立された後、一事活動休止していたが一学生からの発案で今回の上映会(昨日の目白キャンパスと2日間続けて)となり、会も新たに賛同者を広く募って平和憲法に基づく政治を求める趣旨の下活動を続けて行くとのこと。
近所の、しかも暮らしのすぐそばにある愛する森の中のキャンパスで、このような決して大きくはないけれど、肩肘も張っていないまさに穴場の様な「場」があることが素直にうれしいしその在り方にぼくは心から賛同する。

そして約2時間の映画「標的の島 風かたか」は、「標的の村」同様、瞬きの間も惜しいほど沖縄で真っ当な普通の暮らしを送ろうと、新たな米軍基地建設、自衛隊施設誘致と配備に抗う人間の姿が映像に刻まれていた。安易に涙を流してはいけないと思いつつ、冒頭の古謝美佐子さんが米兵に暴行の上殺害された20歳の女性を悼みつつ県民集会のステージで唄う「童神」で、早くもどうにも涙が溢れて来るのだった。
権力側の常とう手段である不意のだまし討ちのように、宮古島と石垣島に誘致建設が進められようとする自衛隊基地とミサイル配備に抵抗する島の人たちを追う中で、自衛隊配備がアメリカ軍の対中国戦争作戦である「エアシー・バトル構想」に基づくものであることが明かされる(映画へのコメントでピーター・バラカン氏もこの構想について「許せない」と書いている)。それは直接アメリカが中国と戦争するのではなく、まずは沖縄の先島諸島と沖縄本島、さらに日本列島を含めたラインを防波堤のようにして代理戦争させるというもの。当然中国は別のアジア諸国等にも置き換えられるだろう。

この映画を観ながら突き付けられるのは、「エアシー・バトル構想」に端的に示される日米安保のみが最優先されて沖縄の人たちの暮らしが犠牲になっていること。そこにアメリカは当然日本政府も含めて日本国憲法を上に置く視点、その憲法の下に沖縄の人たちの暮らしを守ろうという姿勢が微塵もないことだ。そしてその暮らしの中で優先される法制の違いこそがヤマトと沖縄の決定的な違いなのだということ。しかし、沖縄を憲法番外地にして安保の下に追いやったのは戦後すぐは1対9であった沖縄と本土の米軍基地比率を真逆にするまで本土から退場させた日本政府と、それを支持した沖縄以外の日本国民である。そして安保優先下の暮らしは、きっかけさえあれば日本全土をたやすく覆ってしまうだろう。

辺野古と高江の新基地建設、ヘリパッド建設反対で先頭に立つ山城ヒロジさんが映画の中で「まだ憲法がある」(生きているだったか?)と言うシーンがある。基地建設に反対する人たちの行動の源泉には基本的人権を保障し平和を誓い希求する憲法の精神がはっきりと在る。そしてそれは沖縄の歴史と通底している。当たり前だが基地建設と沖縄戦の歴史はまったく繋がらないし、前者は沖縄の歴史を命を踏みにじるものだ。
憲法を体現することで、真っ当な人間の普通の暮らしを取り戻し営もうとする「標的の島 風かたか」に映る人間の姿は、誰もが共感出来る人間の在り方であろうしヤマトの人間も同じ視点と根拠と地平で、自らの暮らしを侵され手渡さないよう抗うことも出来るはずだろう。それをしつつ沖縄に思いを寄せることを、友人を思うことを止めずに居ることは他の誰でもないぼくの暮らし方でもある。

それでも、上映会後の女子大からの帰り道、坂道を上り団地に向かいながら日本女子大を包み日頃ぼくが歩く広大な森を眺め、坂道からちょうど200mくらいの距離にあるだろうこの森の上すれすれをオスプレイや米軍ヘリが低空飛行する様や、それらがこの森に墜落し炎上する様はどうにも非現実的で想像出来ないのであった。その現在のぼくにとっての非現実が、かの地では現実である事実がやはり心に重石のように沈む。この重石を安易に捨ててはならないと思いつつ、ぼくの日々をまた往く。

今宵のBGMは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの81年発表の4枚目「ハード・プロミス」。
BG酒はトリスクラシックハイボールでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ837 

2017/10/09
Mon. 23:27

暦通りの3連休は、地元を出ることなく何の予定も立てずにのんびり過ごした。

先週までライブが続いたが、この3連休と来週はライブが無く、その代わりその翌週からの1ヶ月間現在決まっているだけで7本のライブが入っている(そのうちの一つは、2年ぶりの東北は岩手県陸前高田市ジョニーでのライブ)。それに向けて完全充電と省エネ、なにより省消費の休日を過ごすことに決めていた。
若い頃よりさらに、ライブや仕事の無い休日のぼくの過ごし方は隠居傾向が強くなり、去年あたりまではよく中古レコード漁りに出かけていた30分圏内で行ける町田へさえ近頃は出かけるのが億劫になって、結局交通費かけて中古で安いとはいえレコード買えば支出が増えてしまうからと、それが惜しくて行かなくなってしまった。電車で1本で行ける新宿は20代の頃はしょっちゅう海賊盤CD買いに行ったり、渋谷にも映画観に行ったりしていたのにもうとても行く気が起きない。
楽器のパーツ、特にギターの弦やピック(定期的に買うのはそれくらい)は、子どもの買い物で新百合ヶ丘のイトーヨーカドーに行く用事がある時(イトーヨーカドーは高いのでそれも滅多にないのだけれど)に、ついでに同じヨーカドーのなかにある山野楽器で調達して済ます。いつの間にかこんな過ごし方がとっても楽で家計にも無理なく、何より地元が好きだから地元の決まった好きな場所に繰り返し出かけて何ら飽きることがない。

考えてみれば、仕事は人相手であり、時に魂のやりとりにまで及んだり、不快の泥沼にはまったまま一日が終わることもある。逆にまれに清々しい気持ちになることも。しかし、確実に言えるのはすっきりケリがつくことはない(つけてはいけない)ということ。繰り返し繰り返し葛藤がやって来てそれと付き合うということ。逆にまれに穏やかに終わる一日もあるけれど。
そして、ライブでは当然人前で唄う。そのことで大いに救われ好きだから続けて来たのだが、それで(仕事とライブで)毎日が全て埋まってしまうとなるととても身が持たない。かと言ってライブで唄わない自分の人生は考えられず、自分が一番やりたいことはやはり唄うことであることに変わりはない。それゆえに、働いてライブする以外の時間は特に人混みには近寄らず、極力休息と充電に充てようとするようになって来たのかもしれない(たんに加齢による体力減退もあるのだろうけど)。

まだ当分は、めいっぱい働いて唄う生活が続くだろうから、たまの半隠居&充電日はぼくにとってとても大事な時間なのだ。ケータイやスマホを持っていないのもかえって好都合で、基本的に夜でないとPCを開かない(このブログを書くために)のでネットも休日の日中は切断していることが多い。この距離感はとても心地が良い。あれこれネット情報に目移りせずに一つこと(例えば歌)をじっくり考えられる時間は本当に大切だと思う。
1ヶ月ちょっと前くらいからは、いつもの森歩きのついでに2009年から止めていた筋力トレーニングも復活させた。毎晩4分40秒の毛管運動(ゴ〇ブ〇体操)もずっと続けている。
先週大好きなトム・ペティが突然心臓発作で亡くなってしまったが、自分だっていつどうなるか分からない。でも働いて唄う生活に体力は絶対必要で、それだけは自分で維持しておかねばと思う。けれど、ストイックに身体を追いこんで絞ってトレーニングするなんていうのはせっかくの半隠居日に相応しくない。あくまで森歩きのついでで無理なくやる。

それと、ぼくの半隠居日に絶対不可欠なのが映画のレンタルDVD。本当は、近所の新百合ヶ丘アートセンターでちょうど観たかったイギ―・ポップのドキュメンタリー「ギミー・デンジャー」がかかっているので行きたいと思っていたが、結局いつもの団地下のGEOで108円で3本借りて来て、6日の夜から毎晩1本ずつ観てそれで済ませてしまった。ずっと観たかった森達也監督の「FAKE」と藤沢周平原作の「必死剣鳥刺し」、そしてジョージア(かつてのグルジア)、イギリス、フランス、ドイツ合作の「独裁者と小さな孫」あえてジャンルの違いそうな映画を選んだつもりだったけれど、どれもとても面白く3作とも明快な答えやFINを置かない、考えさせ後味の強く残る作品だった。半隠居日に映画は欠かせない。おかげで3日間とも完全夜型生活だったので、今夜は読書だけにして早く寝なければ…。

今宵のBGMは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの91年発表の「イントゥ・ザ・グレート・ワイド・オープン」。これも大好きな1枚。あらためてギターいじりながらトム・ペティの曲を聴いているととてもシンプルなコード進行の曲が多い事に気付く。それでいていつまでも耳に残る良いメロディー。トム・ペティは素晴らしいメロディー・メイカーでもあった。1曲目の“ラーニング・トゥ・フライ”はぜひ意訳にチャレンジしてみたい。

BGドリンクはトマトジュースでした。3日間はやはり昼から呑んでしまいました。ではまた、ロケンロール!


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ロケンロールライフ836 

2017/10/07
Sat. 23:58

今日はひょんなことから、地元の秋祭りで御神輿を担いだ。

次女の友だちから子ども神輿を担ぐので参加しないかと誘われ、担ぐと景品にお菓子がもらえると聞いた息子も俄然張り切って参加したがるので、次女は友達と行動を共にするだろうからぼくは息子の保護者として同行することになった。
今日明日と2日間行われる子之神社(縁起は定かでないが、鎌倉時代にはすでに在りこの地にいくつかある義経にまつわる言い伝えもある)の秋祭りは、ここら辺では夜店もたくさん出る大きな祭りで、元来祭りの雰囲気が好きなぼくはライブと重なっていなければたいてい子どもを誘って出かけているのだけれど、子どもが神輿を担ぐのは初めて。

本日の神輿出発地点であるJR稲田堤駅近くの菅会館前に行くと、そこに集まっているのはぼくら以外に2、3組の親子だけ。場所が違うのかと辺りを歩いてみたがそんな雰囲気の所はない。
そうこうしているうちに、軽トラに乗った子ども神輿と揃いの祭半纏に地下足袋姿の地元のおじさんたち(その中の一人が次女の友だちのお父さん)がやって来て準備を始めながら、どうにも人が集まらない状況に協議を始めた。この時点で黒ジーパンに黒Gジャン姿で来たぼくは予感と共に覚悟を決め、果たして子ども用と共に配られた大人用の祭半纏をGジャンの上にさらに羽織って、数人の子どもではとても持ち上げきれない子ども神輿に、その他数人のおそらく写真だけ撮りに来たであろう親父たちと共に手を貸して町内を練り歩くことになった。

次女は友だちと後方に陣取り、低学年の息子は前方を担ぎその後ろをぼくが支える格好で、いざ3本締め手打ちの1本分だけ拍子木と共に打つのを合図に神輿を持ち上げて、みんなで「わっしょい!」の掛け声を上げながら会館前をまずは駅に向かって警察と町会の先導で練り歩き出す。
いつもライブの帰りや、スタジオ練習後にしこたま呑んでたいてい千鳥足で歩く駅前通りを、御神輿を担いで(と言っても、子どもの高さに合わせるので手で持つ格好)練り歩くのはなかなか新鮮な気分。沿道から「わっしょい!」と声をかけてくれる人や、窓を開けて観ている人等ギャラリーの反応の良さに、ライブ人間であるアタシは気持ちも上がって来る。まったくこんなはずではなかったが、これはこれで楽しいではないか。
考えてみると、ぼくには御神輿を担いだ記憶がない。幼稚園の時の写真で園のお祭で担いでいる写真があったことは覚えているが、もしかしたらそれ以来の御神輿かもしれない。この街に住んで25年、地元の祭りは観るもので参加するものとは全く思っていなかった。しかし、地元とは言え同じ学区内や最寄駅が同じ地域であっても祭りを仕切る町会の範囲はいくつかに別れており、ぼくが住んでいる団地は団地の造成と共に50年近く前に出来た新しい町会なので、実際この祭りを仕切る町会とは別であった。面白い事に、元々里山だった森を開発して造られた(その際に、相当多くのタマノカンアオイが消滅したはずだ)団地は、長い階段か坂道を上がった丘の上にあるので丘の下の古くからある地域とは趣を異にしている。学校等の公共施設や大きなスーパーもない団地のある丘の上には、よほどの用事が無い限りか友人でも居ない限りはわざわざ上っては来ない。だから、今日祭りを仕切る地元の人に話しかけられ、自分が団地のある地域に住んでいることを告げると「あそこはどうなってるんだっけ?」と、ちょっと分からないという感じで言われた。祭りの看板も団地の下まではたくさん置かれているが、団地の周囲には掲示されていない。そんな長い階段と坂道を境に微妙に変わる地域の雰囲気を子どもたちも感じているようだ。

御神輿は途中何度か休憩しながら(その度にジュース類が配られる)、今日の到着地である市営住宅の敷地まで1時間ほど練り歩いた。しょっちゅう車で走る府中街道を少し多摩川寄りに入ったここらへん(団地から歩いても10分くらい)は、25年この街に住んでいて今日初めて訪れた。
帰り道、たくさんお菓子をもらってご満悦の息子に「御神輿担いだの初めてだろ?」と聞くと、「もう4、5回目くらいだよ」と応えるので「えっ、どこで担いだの?」と問うと「団地の子ども会の夏祭りで手造りの段ボール神輿を何回も担いだ」とのこと。ぼくは何だか団地住まいらしくて良いやと思って「ハッハッハッ」と笑った。そんなぼくらの脇を、先ほど担ぎ終えた子ども神輿を祭半纏に地下足袋姿の地元の人たちが、神輿を乗せた台車を転がしながら祭りの詰所に戻るべく威勢よく通り過ぎて行った。

夕方からの大人神輿にも誘われたが、ぼくは午睡してから今度は団地から反対側の小田急線側にあるいつもの森を歩き、読売ランド前駅を通ってヘルスよしのへ風呂入りに行くと、駅前で地元の共産党の人たちが駅頭演説をしていた。案の定知り合いの共産党の人が居たので挨拶して「これから風呂行くんです」と言ってチラシを受け取ると、「ぜひ握手して行って」と促されちょうど演説していた26歳で今度の衆院選に立候補予定の新人斉藤のどかさんに近づき挨拶して、今初めて会ったのに「応援してます!」と調子良いこと言って握手してもらった。
斉藤のどかさんはポスターよりもさらに若々しく、瞳のキレイな女性で声も真っ直ぐなアタシ好みの実に良い声であった。駅の便所に入りながら少し聴いていた演説内容も悪くなかった。護憲の内容はさすがに「憲法はいまだ実現されていない」まで踏み込んでいなかったが、現行憲法を変えさせない意志ははっきり示していた(最近の共産党の言動を見ているとその点がちと心配なのであるが)。

ヘルスよしのへ向かいながら、美しい女性に握手してもらったばかりの手を銭湯で洗ってしまうのが急に惜しくなった。
何だか地元をフルに堪能した、行動範囲は狭くとも実に発見と癒しの多い充実した一日であった。

今宵のBGMは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの名盤79年発表の「破壊」。
BG酒はコープ仕様の金麦でした。ではまた、ロケンロール!


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