周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ792 

2017/05/19
Fri. 23:41

本日衆議院の法務委員会で共謀罪が強行採決された。

次は衆議院本会議→参議院法務委員会→参議院本会議。またもいつもの冷たく機械的な我が国の議会制民主主義の儀式を経て法は成立か?議場に飛び交うヤジも議員たちが議長席へ詰めかけるいつものプロレス(本物のプロレスはこの1000倍素晴らしい)も含めて、すべて虚しい儀式に思えてならない。

個人的には共謀罪もさることながら、一足先に強行採決が進められている精神保健福祉法改悪に暗たんとさせられている。だからと言って本気で憤ると言うよりは一歩引いて嗤ってやりながら、たんたんと自分の一日を腐れた法に反して生きて行くことに魂を注ぎたいと思っているが。

ぼくは現在、心神喪失状態で重大な他害行為を行い不起訴処分となり、指定入院機関および通院医療機関で治療を受けて社会復帰した精神障害者を支援する医療観察制度に基づくケア会議に、地域の支援施設の立場で参加している。
今回の精神保健福祉法改悪が、昨年7月26日に起きた相模原事件の実行犯である植松被告のような人間を、精神科に措置入院した者から出さないようにするための犯罪防止目的であるように、医療観察法も2001年に起きた池田小学校児童殺傷事件の犯人である宅間被告のような人間を世に出さないために当時やはり強行採決されて作られた法制度だ。

しかし、宅間被告は精神鑑定の結果「責任能力あり」と判定され獄に繋がれたまま文字通りこの世からさっさと処刑されて消された。
そして、結局作られた法制度だけが残り、主に犯罪行為を犯した精神障害者がその制度の対象者とされて機能し続けている。

実はぼくは精神障害者の通所施設の運営と生活支援を行って糊口をしのぎながら、この法制度のことはほとんど知らなかった。施設で対象となった人と関わることになって初めてその制度の中身と実態を知り、足かけ3年に渡りケア会議に参加して来た。ケア会議には、対象となる障害者が利用する医療機関や支援機関が参加し(本人も必ず参加)法務省(共謀罪もまたここの管轄)の地方機関である法務局の社会復帰調整官が仕切る。
何度かこのブログでも書いたが、法務局の社会復帰調整官は実に真摯に仕事に取組み、対象である障害者に対しても高圧的な態度は一切なく常に本人の意志を傾聴しながら、関係機関との連絡調整(だけでなく対象者との親族との連絡調整も)を行い地域生活支援をぼくらと共に行っている(あくまでぼくが出会った調整官は)。それは少なくとも社会防衛、危険な精神障害者を地域で管理するという姿勢ではなく、その人が新たな生活をやり直して行くための道筋を共に作るというもので、ぼくはその作業に出来る限り積極的に協力しようとして来た。そして、このケア会議を含めた医療観察は例外を除き3年で終了する。依頼を受けて制度終了後の連絡調整役を担うことになったぼくは、この会議自体をこれで終了し本人を解放したいと考え会議の他の参加者もその意向に合意してくれるものと思っている。

この法制度の是非を一たん置いて、利用の仕方としてはぼくが関わったやり方が今のところベストなのではないかと思っているのだが、このケア会議には法務省の役人は参加しているものの、警察は参加していない。医師のご聖断を仰ぐばかりでろくな議論もなく会議が終わるということも(そういう会議はままある)これまで一度も無かった(業務の都合上医師の参加はまれではあったが)。
現在国会で強行採決が進められている精神保健福祉法改悪は、まだ「犯罪を犯す怖れがある」状態と判断され犯行前に精神科に措置入院させられた人(植松被告もそうであった)を退院後も地域で管理的に生活支援し続けるという建前なのだが、その為に設けられる精神障害者支援地域協議会には、医療観察制度のケア会議でも出席していなかった警察が参加することが明記され、ケア会議では必ず本人が参加したがこの協議会には本人参加はあいまいにされ、本人抜きで警察も交えた関係機関の担当者が本人について話し合い決めることが出来てしまうのだ。なぜ警察がなのかはこの法改悪の本音を悪びれも無く晒している。つまり、再発防止と言う名の社会防衛策以外の何ものでもないということだ。しかもアホらし過ぎる安直な発想での。精神保健福祉にド素人の警察はクソの役にも立たない。こんな協議会に参加するより、交番にしゅっちゅう来てちょっと意味不明な訴えをする人の話し相手になってあげたりして、地域で暮らすそんな人をやんわりと見守っておれば良い。

この精神保健福祉法の改悪はぼくが関わった医療観察制度へと必ずや連動する。せっかく現場の人間の裁量で制度の対象となった人に寄り添い地域生活支援の為に運用出来たものが、こうやってアホな為政者の飽かずに繰り返す強行採決によって壊されてしまうのかと思うとさすがに嗤う気力も失せる。それにしても法務局の現場の一職員はとても好感持てるのに法務省のやってることと言ったら…。いや法務省だけでない。文科省、防衛省、厚労省、環境省etcすべての組織は大なり小なり腐っているのだろう。それはきっと体制反体制問わずだろう。

自民党と公明党とおおさか維新、こいつらは支持者も共にとんでもない歴史的悪法成立の強行採決に、飽かずに何度も手を染め直接手を下した極悪下手人としてこの星に日が昇る間は語り継がれるだろう。そのことを恥じない神経がぼくには信じられないが、心あるならたった今すぐに支持を止めた方が良い。だからと言ってどこに変えれば救われるというものではない。とにかくそこから離れて個になるべきだ。

今宵のBGMは、知念良吉師匠の大名盤「オキナワンボーイの喜怒哀楽」。あるぽらんライブいよいよ明後日21日です。あるぽらんで会いましょう!
BG酒はブラックニッカハイボールでした。明日は小学校の運動会。暑そうだな~昼呑みしながら観たいな~。ロケンロール!
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ロケンロールライフ790 

2017/05/11
Thu. 23:18

今日は午後から同じ法人の同志Sママが所長をしているY工房へ行き、法人総会(関西ライブ前日!)に向けて兄貴分のM氏による監事監査を受ける。

最寄りの池上線I駅(ここは山田洋次監督吉永小百合主演の映画「おとうと」の舞台になったり、確か「小さいおうち」もこの辺りが舞台ではなかったか)を降りると、昼下がりに新入社員とおぼしき集団とすれ違う。女子が多く黒のスーツと白いシャツが初々しく、いつだって普段着のおじさんはちょっとドキドキしてしまう。ふと、このような初々しく可愛らしい女性に見覚えがあり、それがかつてこのようなリクルート姿に身を包んだ同志Sママであり、アタシが面接官の一人として彼女を面接したのだったと思い出す。

Y工房に着き、早速Sママに「面接を受けた時のあなたを思い出したよ」と言うと、「もうずっと昔の話です」と返される。そうか~もうそんなに前の話になるのかと思いつつ、ぼくはここ1、2年の自分自身の急激な見た目の老化について語り「40代過ぎると急に来るんですかね~」と言うSママに「そりゃぁ個人差あるさ」と応える。
自分の職場に居る時よりも、出張で相手の懐に飛び込み精神をフル回転させてやりとりするよりも大変リラックスして、同業の仲間と呼べる本当に数少ない人と時を過ごす。社福法人を正当に運営し「儲け」に走ることなく切り盛りしているM氏の的を得た指摘を受け、ああいくつになってもM氏には世話になりっ放しだなぁとありがたい気持ちになる。こんな福祉の仕事人がバカを見るような日本の障害者福祉はイカレ切っている。だから少数派で良かった。少数派で本当に良かった。

雑談の中でぼくは当事者2名から直接聞いた大田区内の就労継続B型事業所による、利用者である精神障害者への事業所通所強要の実態をSママとM氏に話した。1人はせっかく障害者雇用で就労にこぎつけたのに、就労後も仕事を終えた後にB型事業所に来させられ作業をさせられ続けた。もう1人は1日事業所を休んだだけで電話連絡が入り、「体調が悪い」と言っても休むことを認めず「少し休んだら来い」としつこく通所を促された。話を聞いたSママとM氏は憤り、M氏は東京都におけるB型事業所では、1日5分でも通所させて作業に従事させれば1人につき1日約6000円の収入となる。休まれて状況確認等の欠席対応だけだと約1000円の収入のみと解説。つまり、福祉の心さえ捨ててしまえば悩むことなく6000円をGETするために通所強要という反社会的行為を「社会参加の為」などとと偽って平気でする。そんな所が数字の上では実績を出しているように見せて、東京都から優良事業所として紹介されたりする。ったくクソッタレが!
ぼくはこうしてそういう同業他者(まかり間違っても仲間などではない)を糾弾する文章を書き、公表するが、別に今日話した2人がこの怒りを共有してくれるならそれだけで良いとも思う。それほどにもはや福祉は腐っている。自分たちの仲間を増やそうとか多数派になろうとは思わない。心あるならば手前自身でそこからやり直してくれとは願うが別にどうでも良い。俺たちは染まらずやって行くだけだ。

どこかいつもより心軽く家路につけば、団地の前で長女と次女が二人して夕暮れ散歩しながら父を待っていてくれた。イヤホンを耳につけポケットラジオでニッポン放送ショーアップナイターのヤクルト戦を聴く長女と並んで歩くと、あらためて身長が伸びていることに驚く。「背伸びたな」と言うと「もう母ちゃんを超したよ」とのこと。どうりで母ちゃんと並んで歩くより圧力を感じるわけだ。隣で次女がぴょんぴょん跳ねながら、「アタシもそのうちお姉ちゃんを抜くから」と言う。2人ともかわいいね~。そう言えば同志Sママを面接した年に長女は生まれたのだった。こんな暮らしのそばで時は流れ続ける。

今宵のBGMも、ジ・アラームの「アイ・オブ・ザ・ハリケーン」。今夜は2000年に出た未発表曲が多数収録されたCDの方を聴く。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。では13日はのろでロケンロール!

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ロケンロールライフ789 

2017/05/09
Tue. 23:21

今度の土曜日に迫った吉祥寺のろライブに向けて、今週は仮眠後に約1時間選曲を考えながら毎晩歌とギターの練習。

ライブと同じように立ってギターを弾いて唄う父の横で、長女は「ラジオ中継が打ち切られた~パソコン見せて~」と言って唯一のノート型PCの前に陣取り、自分で見つけたプロ野球の実況サイトを開き延長戦にもつれ込んだ広島VSヤクルト戦を応援グッズを持ち込んで観戦。
父は気が散るな~と思いながらも構わず練習を続けると、長女は父の歌に合わせて、けれど歌詞はヤクルト選手の応援に替えて一緒に唄う。さらに気が散るけれどそういう中でいかに自分の歌に集中するかも練習と思いやはり気にせず唄い続けた。傍からみたらかなりシュールな光景だろうと思う。寛大なこの団地1階部屋だからこそ出来る暮らしである。ますますここから離れるのはいろんな意味で難しい。なにしろここより良い所も思い付かない。

自分で言うのも何だけれど、近年書いた自分の歌は唄い飽きることが少なくなり練習していて実に楽しい(時々感極まって泣いたりする)。自分の中でいったん旬が過ぎてもあらためて唄ってみて新しい発見がある歌が多くなった。これも最低月1曲書き続けて来たからであろうか?努力しているつもりはないが、書き続けることだけは自分に課しているところがある。自分自身が決して器用ではなく(というより相当不器用)、まして天才肌でもないことは思春期の早い時期からおそらく他の同世代の子どもより(目立った分)思い知らされ、挫折も感じて来た。
だから若者らしくなかったけれど早熟でもなく、若いうちに傑作が出来ることはない(けれど、若いうちだからこそ書けた歌は確かにある)という強い自覚があり、ともかくひたぶる書き続けて行くことばかりを今もって考え続けている。不器用が功を奏したと言うべきか、実際他にやりたいことがないのだ。心が動いた体験、出来事をどうにか頭の中で歌詞というものに変換して行く作業が上手下手をおいてとにかく自分にとってもっともやりがいのある作業なのだ。それは楽しみであるし自分の生を生きるための大切な方法でもあるし、人と出会い繋がるための手段でもあれば、それらすべてを含めたぼくの希望でもある。

それをどんな状況に置かれても、生活や何らかの外圧に圧し潰されそうになっても(と言うよりそうなればなるほど)書くこと書き続けることを、気付いたらいつしか自分に課していたのだ。
あれだけ歌を書くことが今の自分の生きがいであると書いていたのに自ら筆を折り、歌を止めぬ息子に死ぬ間際まで「いいかげん辞めて家族の為に働き生きろ」と言い続けたお袋の思いは分からないでもないが、ぼくには今もって承知出来ぬ生き方であり理屈である。家族を愛しているし、自らを犠牲にすることも家族の為ならば厭わぬ思いもあるが(家族からはそう思われていないかもしれないけれど)、それと自分を生きる事、唄い生きることは全く相反しないし矛盾もしない。そのためにぼくはどんな状況でも自分が歌を書き唄い続けられるようやって来たのだ。売れるためだとかスポットライトを浴びるためではない。暮らすことと歌うことが欠かせぬ両輪となってぼく自身の生を拡充させ、そんな在り方は少なくとも世界を破滅に向かわせるものではないだろうという自負と確信がさすがに48歳ともなればもう揺るがないのである。
決して人気があるわけでもお客さんが増えているわけでもない現実があるけれども、最近のぼくが書く歌を評価してくれる人が以前より増えたことは実感していてうれしい限り。

久しぶりにのろで唄うつもりの歌を思い出しながら練習していると、延長戦を制してヤクルトがサヨナラ勝ちした報が入り長女は大喜び。狭い4畳半で親父は歌の練習をし、そのそばで娘が野球中継を観ている家族の光景はなかなか良いではないか。今さらながら、歌を書くのに没頭しているお袋の姿を見てみたかったなぁと思ってしまう。

13日ののろライブで唄うのが楽しみだ。そんな愛しい歌ばかり唄います(カバー曲もやります!)。

今宵のBGMは、ジ・アラーム87年発表の「アイ・オブ・ザ・ハリケーン」。これも高校の時買ったレコード。30年経ったのだけれどまったく色あせないジャケットにサウンド。キラキラしてない質感がやっぱり良い。なんとかフォーンやなんとかパッドではぼくは一生音楽は聴けないな。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ788 

2017/05/07
Sun. 23:05

義父宅から5日に帰宅し、翌6日は長女は部活、次女は母ちゃんと眼科に行くついでに美術館で次女の好きな熊のジャッキー原画展を観る。残された父と息子だが、息子に「どこ行きたい?」と聞くと「大学ラーメンが食べたい」という返答。彼の言う大学ラーメンとは、近所にある明治大学生田キャンパス内の学食ラーメンのことで、昨年末登戸研究所資料館のスタンプラリーに参加した際に一緒に食べたら、その360円のシンプルな醤油ラーメンを息子は「世界一美味いラーメン!」と大感激して食べ干し、以来事ある毎に「大学ラーメン食いたい」と言うのであった。

ちょうど登戸研究所資料館ではこの日、5月18日の国際博物館デーにちなんだ企画展「ホンモノの偽札を見てみよう」をやっており、しかもこの日だけは1日3回山田朗館長の解説会もあると言うので、駆け込みで初回11:00の解説会を予約して終了後学食ラーメンを食う約束を息子と交わして男2人で出かけた。

「ホンモノの偽札を見てみよう」という何とも人を食ったようなタイトルの企画展は、実際戦争当時登戸研究所第3科が担っていた中国大陸にばら撒くための中国紙幣の偽札作り(第1科は風船爆弾の開発、第2科は生物、毒物、スパイ兵器開発を担った)で、当時ここで作られた言わば本物の偽札(ほとんどが敗戦時証拠隠滅の為廃棄されたが、何と古書店に出回っていたのを登戸研究所資料館で手に入れた)をこの期間公開するというもの。開館以来、この研究所資料館は本当に貴重な史料を生かした面白い企画展を次々に打ち出している。

ぼくらが申し込んだ11:00の回は25名定員満員となり、それでも当日直接来館して申し込む人が何人もいて学芸員の方が対応に追われる盛況ぶり。参加者はこの回も確かに年配の方が多いけれど、若い人も居るしぼくら以外にも親子連れがもう一組居た。一般市民が暮らしの中で戦争の加害者にされて行く歴史の事実を明らかにし、それを仕組んだ国や国体の欺瞞を晒すこの資料館にこれだけ人々の関心が持続していることを微力でも関わっている自分としては、とてもうれしく心強く感じる。直接行動に参加したり政治的な力を志向すること以上にぼくはこういう場所で学び得たことを、自分の日常、日々の暮らしに溶かし込んで行く作業に意義と本当の力と成り得る可能性を感じている。

これまで何度も聴いている山田館長の話だけれど、本当に話が上手で面白くグイグイと引き込まれてしまう(もう一人の保存の会代表である渡辺先生もまた然り)。特に山田館長はその朴訥で柔らかな話しぶりの中に時折強烈な皮肉が込められており、思わず笑ってしまいながら館長の根柢にあるぶれない反権力、反戦争国家思想を強く感じて思わず胸が熱くなってくる。それはアジ演説や見栄えだけを良くした薄っぺらな繰り返しのスローガン、政治家が唱える題目やコロコロぶれ変わるマニュフェストの類とは言霊の在り方がそもそも違っている。この人は本気で根底からこの国の仕組みと在り方を変えようと、どんな相手にも伝えるために言葉を放っている。ぼくはそんな風にいつも感じて感動し、自分もまたそんな言葉を放って行きたいと希望するのだ。

実際に中国で使えるようになるまでに1年を要した偽札作りは、結局それで中国経済を混乱させるには至らず、その偽札を使って中国で物資を調達したり、中国に派兵された日本軍人の給料!として支給されたという。
また、その偽札を使って上海で日本軍の依頼により貿易をしていた商社のドンがあの児玉誉士夫であり、彼は敗戦後その登戸研究所で造られた偽札で儲けた巨額の金を日本に持ち帰り、その金が後に鳩山一郎(由紀夫と邦夫は孫)が保守合同により自由民主党を結党する際の資金になった。この一点からも戦後日本は戦前から本当の意味で切れてはいなかった。反省など連中は1ミリもしていない。そんな奴らが日本国憲法を、特に9条を本気で実現しようとするわけがない。沖縄を切り捨て今また踏みにじって何ら恥じることなく平然としていられるのは、ずっとずっと連綿とこの腐れた大和魂が生き続けているからなのだ。

最前列の方で大きく頷きながら館長の話を聞いていると、30分を経過した辺りからいよいよ息子が手持無沙汰になったらしくもじもじし出し、45分を過ぎると屈伸するような動きを見せその場に座り込むのじゃないかとぼくはヒヤヒヤして来た。館長の話に夢中になってグイグイ前に出て行ってしまったぼくは、いつものことであるが息子のことなどすっかり忘れていた。
館長の話が一応終わって質疑応答の時間になったのを見計らって、息子を連れて後方に下がる。本当は館長に聞きたいことが山ほどあったが息子の限界を察知してそそくさとアンケートを記入して、朗読劇でいつもお世話になっている学芸員のTさんに渡して資料館を出た。結局賞味1時間25人の大人に交じって館長の話を立って聴き続けた息子は、開口一番「こんなに長い時間立ちっぱなしで人の話聴いたの生まれて初めてだよ。もう足の筋肉パンパン」だって。

そしてようやくありついた彼にとって世界一美味い明治大学生田キャンパス麺類専門学食の360円ラーメンを、実に美味そうに食べながらすっかりゴキゲンになって「やっぱ超うめ~!」と食堂内に響く少年の声で言うのであった。父もまた同じラーメンを食いながら美味いと思った。もう父は油っぽいラーメンはすぐに胸やけがしてしまい食べられない。昔ながらのあっさり醤油が一番ですな。それか野菜タンメン、もしくは野菜たっぷりの味噌ラーメンかな。

今さらですが、登戸研究所資料館は見学無料。館長の解説会ももち無料。年に数回やる大行動での講演会も無料。解説付き見学会も要予約ですが無料。自分としてはこのGWを、家計にやさしくなおかつ充実文句なしで過ごせた。そう、過ごせるのだ。つまらぬものに金を使わされて落としてなるものか。我が家はそんなものに利用されないぞ。

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。今夜はこれから沖縄の親友Aが送ってくれた4月26日付の琉球新報(国が県民の反対を無視して辺野古の護岸工事を強行着工した翌日の新聞)をゆっくり読みます。同封の手紙に書いてあった“世の中で小さいことほど大事だと思う”という言葉に、遠く離れた場所で同じ気持ちで同世代の親友が日々を生きていることの心強さ、確かさ(これ、大集団や組織、精巧なハリボテ相手には感じません。感じたとしたらそれは嘘だと思う)を感じ、また明日から始まる嵐のような日常をまだやって行けそうな気持ちにさせてもらった。いつもありがとう!お互いそれぞれの小さな場所でロケンロール!

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ロケンロールライフ787 

2017/05/06
Sat. 23:26

今年も暦通りにGWを取っているのだが、いつもしみったれた話で恐縮だけれど、我が家は毎年GWをいかに最小限の出費に抑え(要するに通常以上の金を出来るだけ使わない)、なおかつ14歳から7歳までの遊びたい盛りの3人の子どもたちの欲求を満たしてやるかが、親としてのぼくと母ちゃんの悩ましいところである。

と言うことで、今年もそれほど遠くなく小旅行気分も味わえる義父が住む金沢八景に1泊2日で遊びに行った。もう何年も年に数回訪れる金沢八景だけれど、子どもたちがいつも大旅行気分でそれぞれ大荷物を用意するのを微笑ましくもちょっと不憫な気持ちになりながら、いざ独り暮らしで孫の顔を見るのが楽しみなお爺ちゃん家へ。
子どもたちもアタシも、近所にある野島の砂浜で無料で採り放題の潮干狩りを楽しみにしていたのだけれど(アタシは行きの車中から採れたてアサリの酒蒸しをアテに呑むことを激しく妄想)、義父の話ではこの日(4日)と翌日が潮干狩りには適さぬ潮の状況であるとのこと。しかし、あきらめられない子どもたちと特にアタシは「せめて1食分のアサリが採れたら」とハイキングがてら義父の忠告を半ば無視して出かけたのだが、案の定まくり上げた半ズボンを濡らしながら行けるところまで行って熊手で掘っても虚しく砂を掘るばかり。周囲に居るそれほど多くない同好の士からも「今日は採れないなぁ」というため息交じりの声。

全然採れないので面白くない子どもたちは、水遊び程度で早々に陸に上がって父を独り海に残し爺ちゃん母ちゃんと共に公園へ遊びに行く。「せめて一皿分の酒蒸しを」とあきらめきれぬ父は、両手で熊手を掴みTシャツもビショビショになりながら出来るだけ深く砂を掘ってつかれた様に一心不乱にアサリを探し続ける。音楽以外にこんなに夢中になれるものがあるとは!自分でもちょっと驚きながらDNAの片隅に残っていた狩猟民族の血を奮い立たせ2時間以上掘り続け何とか20個ほど採って、もはや肩から腰から膝まで全身がバキバキ状態になってびしょ濡れ完全燃焼してしまった(結局、みんなで食べるべく味噌汁の具として美味しくいただいた)。

父のみ完全燃焼し、義父宅近所の銭湯K館(ここはいつもなかなか賑わっている)で風呂にも入ってもはや大満足であったが、不完全燃焼の子どもたちはそうは問屋が卸さない。「明日はどこかに連れて行け~」の要求に、義父から京浜急行が出している近辺や三浦半島の行楽地のパンフレットを借りて、母ちゃんと作戦会議。
横浜に住むタケサンシン君に薦められた油壺マリンパークはどうかと検討するが、義父からおそらくGWは混むだろうという話と、当然かかる入園料に怯みもう何べんも行っている近所の金沢動物園にまた行くか(大人500円、中学生まで200円)と妥協しかけた時に、義父が一度年金者組合のウォーキングで行ったことがあると、久里浜花の国を教えてくれた。
調べてみると、ここからも割と近く広大な敷地に冒険広場やハーブ園があって何とハーブ湯の足湯まである。しかも!どうも入園無料らしい。現在はポピーが見ごろとのことで、花好きの次女は大喜び。冒険広場に息子も大はしゃぎ。長女はハーブ湯に興味津々。父と母はとにかく入園無料をどこかで疑りながらホッと胸をなで下ろす。こりゃ家族旅行なんぞ一生行けぬぞ(涙)。

翌朝9時過ぎに出発し、16号線を横須賀方面に向かえばドライブを楽しむ習慣のないぼくでも、京急線沿いの少し鄙びた街並や短いトンネルをいくつか抜けながら車を走らせると(軽ワゴン車に義父含めて6人乗り)、何となく気分が良くなって運転が楽しくなってくる。

金沢八景の義父宅から1時間かからずに着いた久里浜花の国は、予想以上に素晴らしい所で本当に入園は無料であった。
ヘルニアをやっている義父と息子は広大な園内を走るバスに乗り(子ども100円)、娘2人とぼくと母ちゃんは緩やかな登り坂を歩いて行き、両脇一面に広がる今まで観たことのない大きさのポピー畑(それと青の絨毯を敷いたような可憐な青い花があった)に娘たちは歓声を上げて写真を撮り、ぼくと母ちゃんはため息つきながら「見事だね~」と言い合いながらゆっくり歩く。赤だけではなくピンクや黄色、青色のまであった(と思う)ポピーは、華美とも可憐ともつかない不思議な美しさと存在感を放っていた。しばらく眺めていると、ぼくの頭の中に大好きなジ・アラームというイギリスのロックバンドの「イン・ザ・ポピー・フィールズ」という曲が鳴り出した。癌を乗り越えメンバーを一新して13年ぶりにバンドを再始動させたマイク・ピーターズ率いるジ・アラーム(現在もやり続けている)のこの歌の入ったアルバムは、まだまだロックするぜといった勢いのある曲に交じって、アルバムタイトルでもあるどこかもの哀しげな「イン・ザ・ポピー・フィールズ」のようなミディアムテンポの歌もあって英国のインディーズ発売で日本盤も出なかったけれど、個人的に大好きなアルバムだ。そう、ポピーという花はどこかもの哀しげでもある。それがこれだけ咲き誇っているのだから何とも心揺さぶられるわけだ。それにしても広大だ。歩けど歩けどポピーのお花畑だ。どこぞの精巧なハリボテランドに行くよりこの景色を観た方が何千倍も人間本来の情緒が揺さぶられるに違いない。

冒険ランドでしっかりアスレチック遊びをして(もち無料)、ハーブ園で長女と足湯に浸かり(もち無料)進路のこと等話したりした。彼女なりに自分の高校進学のことをちゃんと考えていることを知りうれしかった。父から特に注文もないが一言自分の経験上のアドバイスとして「あまり通学に時間のかかり過ぎる所じゃない方が良い」とだけ伝えた。

たっぷり遊んでかかったのは駐車場代一日620円!だけ。家族の誰ともなく「絶対また来よう!」という声が上がったのは言うまでもない。季節ごとの花をここでぜひ観てみたい。

今宵のBGMは、もちろんジ・アラーム復活第一弾2004年発表の「イン・ザ・ポピー・フィールズ」。
BG酒はブラックニッカハイボールでした。ではまた、ロケンロール!

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2017-05