周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ875 

2018/02/18
Sun. 21:36

昨夜は、どれだけスタジオ練習後の行きつけ店である、T前屋の座敷の床に笑い転げただろう。

半年ぶりにちきんベース君がソウブラに復帰し、5人揃っての今年初スタジオ練習。全員で初合わせした曲は9曲!に及び、それでも手を付けられなかった曲があった。スタジオのちきんベース君の前に、山となった書類のごとき曲のコード付き歌詞カードが積まれている様を見て、さすがに申し訳ない気分になったが(他のメンバーからも「たまった宿題みたい」と言われてた)、全員で音を合わすことの気持ち良さにテンションは上がったままで5時間やり切った。コードを押さえすぎて指は痛いし喉も枯れたが(1曲につき5回くらいは練習したから、少なくとも40回以上は全力で唄ったことになる)、正直5時間では物足りないくらいであった。

ちきんベース君はこの半年の間、主に自宅でお母さんの看病をし、そして自宅でお母さんの最期を看取った。
ぼくも自分の経験から、それがとても濃密で大切な時間であることは分かっていたが、妹弟も居て親父もまだ若かった我が家と違って、ヘルパーや訪問看護の制度を使いつつ、一人でお母さんの看病をしたちきんベース君は大変な中本当に良くやったと思う。お母さんにとっても、自分が望まれた自宅で息子と過ごしていることが、最期まで生きる希望であったろう。T前屋で飲みながらこの間の報告をしてくれたちきんベース君の表情は、疲れはあってもどこか清々しい感じがした。まぁ、お母さんが亡くなった後の仏の沙汰も金次第話には、みんなで言いたい放題してやったが。

気が付けば久しぶりにメンバー5人で、5時間スタジオ後の5時間飲みである。めいめい話は尽きず、それぞれの暮らしの話にどれだけソウブラが好きかという話(笑)に、バカ話の数々。もちろんこの夜は練習でカバーした高坂一潮さんの話にもなった。「創造者よ」「ある日の記」とも実にソウブラらしい良い仕上がりになったのだが、この日思いきり一潮さんの歌を演奏し唄ってみてあらためて一潮さんの歌の良さを実感した。そんなうた唄いに直接出会え、一緒にステージに立てたソウブラはやっぱり幸せ者だとさらに酒が進んだ。

昨夜は家に帰ってそのまま倒れるように寝てしまったらしく、途中朝方起きて風呂に入りまた朝の10時近くまで寝てしまった。
それでも今日は身体が気だるく花粉症も始まり出したので、子どもの買い物の運転手を務めた以外はほとんど家から出ず、ラジオを聴きながら本を読んで、あきたら昼寝してというぜいたくな半隠居生活。明日からの草鞋を履き替えた戦闘への充電はバッチリ出来たはず。

さぁ、今度の24日の土曜日、大森カフェスペースCワンマンライブは、フルメンバーでもちろん新曲披露で行きますよ!
みなさん、ぜひ遊びに来て下さいね!よろしく~!!

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!





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ロケンロールライフ874 

2018/02/16
Fri. 23:21

明日(17日)は、ソウブラ今年初の5時間スタジオ練習の日である。そして、半年ぶり(!)にソウブラ5人全員が集合する。

それこそ合わせたい曲は新曲中心に山ほどあり、今週はそれを用意したり整理したりで楽しくも忙しかった。なにせライブの合間をぬって何とか入れた貴重な練習である(それにしても、今年もう7本もライブやってようやく初練習とは…)。のんびり飲みながらやりたいが、1分たりとも無駄にもしたくない。とにかくリーダーのぼくが曲をしっかり自分のモノにしておかないといけないので、今宵もしっかり個人練習した(って、職場の監査準備は大丈夫かよ?)。

実は、今週はずっと通勤時にCDウォークマンで高坂一潮さんばかりを聴いていた。というのも、3月25日に谷保かけこみ亭で開催される高坂一潮さん追悼ライブに、今年初めて(追悼ライブ自体はもう何年も続いている)ソウブラで出演することになり、2011年震災直後に闘病の末亡くなったフォークシンガー高坂一潮さんの歌を初めてカバーすることになったのだ。
初めてと言っても、ソウブラは2000年に一潮さんが50歳にして初めて東京方面へライブツアーをした時の初日、阿佐ヶ谷あるぽらんで前座を務めており(この時はメインの豊田勇造師匠との豪華3マンだった)、そこで知り合いその後あるぽらんのライブに何回か観に行き、あるぽらんのお花見でもご一緒した。

独特の青森訛りの上手なしゃべりと、温かみと信念と哀しみとどこか悔しさの入り混じった一潮さんの歌は、嫌いになる人がいるとは思えないほど誰の胸にも届く声とメロディーと言葉であり、何よりとても愛嬌のある方だった。
忘れもしないのは、一潮さんが倒れる直前の2006年のあるぽらんのお花見を、我が家の近くの稲田公園でやった時のこと。この時はぼくとまだ3歳だった長女で場所取りをしてみんなを迎えた。一潮さんは、たまたま駅で会ったソウブラギターの森田君と一緒にやって来て例によって歌って楽しく盛り上り(この時の花見は活動写真弁士の片岡君も来てたし、伊藤さんも来てた)、場所を多摩川沿いのたぬき屋に移しての2次会で、ぼくは酔っぱらって一潮さんにライブに客が来てくれない事を愚痴り(結局今も変わらない)、「いつかは3人しか来なかった」なんて言ったら、一潮さんは目を向いて「俺なんかゼロだよ!まったくどうしようかと思ったよ。仕方ないから店のマスターと飲んだよ」なんて少しオーバー気味にぼくに言ってくれた。何か勝手に励ましてもらったような気がした。その時は、確か中川イサトさんとだったか、ニューアルバムを基本的に2人だけのシンプルなサウンドでブルーグラス風に録音したいとも言っていたことを、たぬき屋の光景と共に良く覚えている。

果たしてそんな一潮さんのどの歌をカバーしようかと考えた時に、真っ先にソウブラにぴったりだと思ったのが、一潮さんには珍しいエイトビートのロックな曲「創造者よ」だった。それ以外にもう1、2曲と聴き続けていたら、最後のアルバムとなってしまった4枚目の「口笛の道」に収録されている「ある日の記」という歌にぼくはゾッコンになった。これまで気付かなかったのだが、この歌はぼくがまさに我が妻である母ちゃんに書き贈りたかった歌そのものであった。ぼくはこんなラブソングを書きたかった。君が好きだとか、いつまでも離さないぞとかではなく、もっと時空を超え人生の旅を生まれた時から一緒にしていた者同士であったと唄える歌を。自分と相手の境界がこの人との場合は実に曖昧であるというような感覚を歌にしたかった。それを高坂一潮さんが見事にとてもシンプルな言葉で歌にされていた。

「ある日の記」
高坂一潮

ぼくのお嫁になる人は
どこでどうしているかしら
川を渡っているかしら
水をすくって笑っているかしら

どこで出会うの 名前は…?「誰」
呼んでみるよ この空の下
どこで出会うの 名前は…?「誰」
そっと肩を叩いて あげたいな

なんてステキな歌詞だろうと思う。全編アルペジオで淡々と弾きながら唄うがなかなか難しい。それをバンドでやるとなるとなおさらであるが、それなりに旧知であった一潮さんの歌をソウブラが初めてカバーするのだから、このくらいディープに一潮ワールドを体現するのは当然とも思うし、何より一潮さんと出会えたことへの感謝とリスペクトの表明となる。でもそんなことより、とにかく一潮さんの歌が素晴らしいのだ。一潮さんは逝ってもこんなに残された歌たちは輝いている。聴く者の心を温め豊かにしてくれる。
明日のスタジオ5時間練習がたまらなく待ち遠しい。思い切り唄うぞ!ギター弾くぞ!

今宵のBGMはもちろん、高坂一潮さんの「口笛の道」。日本的な祭囃子っぽい曲調が多いがどこか切ない曲多し。良く聴くと一潮さんは、実に上手くフォークとロック、レゲエ、ブルーズ、カントリーを日本の土着のノリと自然にミックスさせていたことに気付く。とっても音楽センスも良い人だったのだ。

BG酒はトリスクラシックハイボール。では、明日は今年スタジオ初練習で5時間ロケンロール!

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ロケンロールライフ873 

2018/02/15
Thu. 22:52

仕事帰りに近所の生協に寄ると、タイミング良く好物のカツオのたたきが20%引きになっていたので、喜び勇んで買い物かごに入れる。

生活費節約の為に、晩酌のビールはすべて第3種のビールとなり、大好物のカツオのたたきは割引にならない限り買わないことにしてもうどのくらいになるだろう?飲めない食べられないわけではないのでこれくらいわけなく我慢出来る。
レジを終えて掲示板を見ると、店の1月の売上げは1万円の黒字となっていた。1万円というのも微妙な額だが黒字は黒字なので、寺尾台生協愛好家としてはなんとなくホッとした気分になる。

本当は今日も、来週20日に迫った自分の施設に入る大田区の指導検査の準備を残業してするつもりだったが、何件もの電話相談と何人もの面接に精も魂も尽きてしまって、元々無駄に職場に残るのが大嫌いな性質なのでさっさと切り上げて帰って来た。おかげでカツオのたたきをアテに、心安らげる我が家で金麦飲めることになったのだから、我ながら良い選択をした。
大田区内で最後に指導検査を受けることになった我が施設には、珍しい事だが、大田区の障害福祉課長が検査担当職員と共に訪問し、私と懇談がしたい旨をあらかじめ言われている。サシでの話し合いはこちらにもちろん異論はなく「ウエルカムですよ」と応えたのだが、だいたい話の内容は察しがつく。どうせ、もうこれ以上大田区だけで金を負担する現在の事業から他所と同じ事業に移ってくれないか?もしくは、大田区はもうこの事業(私のところのような地域活動支援センター)を廃止したいのですというようなことだろう。たかだか区内で数施設の、しかも小規模な我々を維持するのにひっ迫するほど大田区はジリ貧でないことは先刻承知。金がないの泣き落としはこちとらには通用しない。そのくせ大田区は、実績がまったく乏しく、早速支援の質が落ち出している東京都育成会を指定管理団体とした巨大ハコもの「さぽーとぴあ」には、出来たばかりなのに早くも建て増ししてさらに金を注ぎ込み事業を拡大させようとしている。そんな所に比べたら鼻くそのような我々を、そんな存在でも日々精も魂も尽き果てそうになりながら、他所では難しいとされ、どこにも繋がらなかった人たちと逃げ道なく(逃げる気も毛頭ない)向き合っている我々に、よくもまぁそんな相談を持ちかけられるものだと思う(実際どんな話になるか分からないけれど)。
そんなことを考えると、正直準備に全然身が入らない。「どうにでもなれ!」的な気持ちにもなる。この生業についてから25年間ずっと感じている孤立無援感がまたぞろやって来る。そしてブルーズ。

そんな夜でも、割引カツオのたたきと1本単価100円ちょっとの金麦コープ仕様を結露に悩まされている我が借り住まいの寓居で味わえば、幸福が腹の底から湧いて来る。
そして今日、長女が無事公立高校の入試を終えた。勉強部屋もいわゆる学習机もない我が家で、布で仕切った小さな空間の中で受験勉強を見事にやり切った。そんな布の向こうで勉強をしている娘を眺めながらの晩酌は、また実にオツであった。まぁ父も適当にがんばりまする。相当な頑固野郎というありがたい評価に違わない仕事をちゃんとやりまする。

今宵のBGMは、ビリー・ブラッグ&ザ・ブロークスの2002年発表の「イングランド・ハーフ・イングリッシュ」。このアルバムは全曲好きだが、特に弾き語りで唄われる“ユニオンジャックを引きずり降ろせ”が秀逸。ぼくはずっと“日の丸を引きずり降ろせ”という歌を書きたいと思い続けている。きっと、いつか書けるだろう。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ872 

2018/02/06
Tue. 22:47

昨日の夜も私塾帰りの長女と生田駅で待ち合わせ。

今週末からいよいよ受験が始まるので、平日の夜待ち合わせるのは昨日が最後になってしまった。
思えば9月末からほぼ毎週月曜の夜待ち合わせて一緒に帰った。まだ夏の名残があった頃から寒さの冬へとずい分一緒に歩いた気がするが、父にはあっという間で、思わず長女に「何か寂しいなぁ。もう少し勉強教えてもらえば良いじゃん」と言ってしまった。長女は「はぁ?」と苦笑い。
しばらく黙って自転車を押して坂道を上る長女と並んで歩く。ふと思い出したように父は「受験終わったら良い所連れて行って美味いモノ食わしてやる」と言い、「どこ?」と聞く長女に「新丸子駅近くの丸子温泉に行って、風呂上りにさんちゃん食堂っていう超渋い店でサンマー麺をご馳走してやる」と応えると、なぁんだという顔をして「それ父ちゃんが行きたいだけでしょ?」と言われてしまう。何を隠そうこの夜も長女の迎えの前に丸子温泉にしっかり入って来ていた父は、さんちゃん食堂の前を通って「ビール飲みながらサンマー麺食いたい!」と胸を焦がしていたのだった。

「どこか行きたいところはないのか?」と父の方から聞けば、「ない」と長女は応え「あ、団地のH公園でM(同じ団地に住む幼馴染み)とキャッチボールしたい」なんて言う。「H公園なんていつだって行けるしキャッチボールだっていつでも出来るじゃないか?」と今度は父が呆れ顔で言えば「高校に行ったらそうそうMと一緒にキャッチボール出来なくなるから」と長女。彼女なりに、物心ついた頃からずっと慣れ親しんできた大好きな団地周辺だけの世界から出て行くことになるのを感じているらしい。団地内の平安時代の寺院の復元遺構のある渋いH公園は、小学2年の時に彼女が毎日一輪車に乗る練習をしていた所。その頃を15歳の君はどんな風に懐かしんでいるのだろう?

またしばらくの沈黙の後、団地のそばまで帰って来て高い空に光る冬の星を見上げながら、長女は「そうだ、受験終わったらやっぱりMと2人で神宮球場にヤクルト戦を観に行こう」と弾んだ声で言った。そこにもはや父の同伴はない。彼女の世界は確実に広がっている。

言葉なき 親娘の頭上に 冬の星  (先日職場の俳句会にて出句)

今宵のBGMは、エリオット・マーフィーの2013年発表の「イット・テイクス・ア・ウォリード・マン」。
身体がボロボロになって亡くなったことが分かったトム・ペティのことが悲しくてならないが、しぶとく自分のペースで元気にロックし続けているエリオット・マーフィーの存在が心強い。ロックはそうであってほしい。

BGドリンクはトマトジュースでした。
告知!2月11日(日)吉祥寺のろで、古い仕事の先輩でフォーク好きの新開慈郎さんと弾き語りジョイントライブします!
この日はアタシも弾き語りで四畳半ではないフォークの名曲をカバーしたりする異色のライブになる予定です。良い意味でまったり楽しめる感じにしたいと思いますので、ぜひぜひみなさんお運び下さい!
17:00開場18:00開演(いつもよりちょい早め)2000円+ドリンクオーダーです。ヨロシクロケンロール!

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ロケンロールライフ871 

2018/02/01
Thu. 23:15

昨日は午後からスペースCに行き、大田区による年に一度の指導検査に立ち会った。

縁あってぼくは、スペースCの会計チェックと監査をかれこれ15年以上やっている。
オーナーであるI夫妻の私財と、募った出資金で大森の街中に普通の喫茶店として開店したスペースCは、障害者の気軽に集える場所として定着して行ったが、やがて深刻な経営難に陥り閉店の危機に瀕した。
たまたまライブをさせてもらう中で運営委員にもなっていたぼくは、自分の働く小規模作業所のノウハウを生かして、スペースCを障害を持った人たちが集うだけでなく、そこで働きお店の顔となって行く場所にしたらどうかと思い付き、生まれて初めて行政との交渉を経験し、組織的にも政治的にも(協力いただいたのは無所属の議員さん一人だけ)何らバックの無い中、無事正攻法でスペースCに大田区からの補助金を付けることが出来た。それはぼくにとって、この仕事に就いて初めての思いが形になった経験であり、初めてこの仕事(福祉)で「うれしい」と感じ、自分が役に立ったと思えた出来事だった。それほど、自分の現場(精神障害者小規模作業所)は当時辛かった。若くして所長という立場にならざるを得なくなり、そのストレスとプレッシャーから感情的になり、何度も利用者を殴りつけてやりたい衝動に苛まれた。でも、孤立の中に居ても命を奪って自らの正当性を誇示しよう等とは微塵も思いはしなかったし、実際手を挙げたことも怒声を発したこともいまだ一度もなくここまでやって来れた。

それは自分の所だけでなく、スペースCという場所が在ったからかもしれない。
今年はいつもの障害福祉課の担当者だけでなく、課長も来て大田区独自事業である地域活動支援センターへの支出が区にとって負担であることと、これからも補助金を出す為にはそう(行政を)思わせてくれる実績や事業展開が必要であることを語った。ぼくは、なぜ就労継続支援Bではなく地域活動支援センターが必要なのか、福祉において効率優先でも成果主義でもない、数字の実績が出にくい在り方の重要性を訴えた。これはもう10年以上続く大田区との平行線の議論だが、以前と大きく変わったのは大田区障害福祉課がぼくの考えを承知し、その主張を一定認めざるを得ない存在感を大田区で示せていることだ。
指導検査の担当氏は、ぼくの書くニュースで大田区の精神障害者小規模作業所の変遷や精神保健福祉の流れを知ったと公言するし、課長クラスの人も読んでいることを知っている。ぼくは区の主催する協議会の何の委員にもなっていないしなる気も無い。団体の看板を何一つ背負っていない。ぼくがやって来たことと言えば、自分の働く零細な小規模作業所を、認める事の出来ない自立支援法に合わせることなく単独で抵抗し続けて来たことと、その同じ思いでスペースCも維持されて来たことを、会計実務担当者として手伝って来たこと。それを発信し続けていることだけだ。

2月末にある自分の所の指導検査で、また課長氏とはじっくり話せるようだ。これまでもそうだがぼくはこういう機会に恵まれている。サシで話せるのが一番良い。
とにもかくにも自分の所よりもスペースCの指導検査が無事終わってホッとした。会計はもちろん完璧(言ったった)!問題なしでありました。

今宵のBGMは、高坂一潮さんの4枚目にしてラストアルバムとなった「口笛の道」。
実はソウブラは、一潮さんの東京初ツアーとなった2000年のあるぽらんライブで前座を務めた(この時は、ソウブラ、一潮さん、勇造師匠の豪華3マンライブだった)。それから一潮さんが病に倒れるまで何度かライブを観て、何度かあるぽらんの花見で一緒に飲んで語り唄った。
そんな縁もあって、3月25日に谷保かけこみ亭で開催される一潮さんの毎年恒例の追悼ライブにソウブラで初出演することになった。一潮さんの歌をカバーするために久々に聴いているのだが、あらためて一潮さんの歌が今さらながら沁みる。かつてより切実に、良いなぁと思って身の内に沁み渡るのを感じている。つくづくもっとご一緒したかったうた唄いであった。

BGドリンクはトマトジュースでした。では、明日は立川農家さんでロケンロール!雪よ~止んでおくれ~!!

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2018-02