周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ813 

2017/07/20
Thu. 22:53

法人ニュース夏号の原稿がようやく仕上がりつつある。

思いの他利用者からの投稿も多くなかなか豪華な?ニュースになりそうな予感。アタシは相変わらず特集で障害者福祉の現状に小石を何個も投げつけるような文章を書き、さすがにいささか自分でもその暑苦しさ(それでなくても激夏である)に閉口し、巻頭文は思い切って全然特集に関係ない福祉の現状にも関係ない母親のことを書いた。
確かに福祉には関係ないが、お袋はぼくの働く大田区で育ち結婚するまで大田区で働いていた。主に大田区で読まれる法人ニュースにまったく無関係な話とは言えないのだ。

およそ1ヶ月うんうん唸りながら何とか書き上げた特集の文章に比して、お袋の話はこのブログを書くようにスイスイと筆が進みものの30分足らずで大略を書き終えてしまった。お袋の話とは、ここでも書いた今年初めて読んだ彼女の遺した歌集についてなのだが、書いている内にぼくはふと、このお袋の話がまるで大好きな劇団チャリカルキの描く劇世界のように思えて来た。毎年ゲスト出演させていただいていた名物ロングツアー公演のママチャリカルキが今年は休演で、今夏は重篤なチャリカルキロスを味わっていたさ中であるからなおさらそう感じたのかもしれない。

今まで開くことの無かった亡き母の形見の歌集の中には、息子の知らない若い娘時代の母が居て、しかも現在息子が働き年中行き詰っている小さな施設のすぐそばで若き母も働いていた事実。毎日のようにノートに向かい短歌を書いていた頃の母を知らず、その母に反対されたバンド活動を続け、48歳の今も息子は性懲りもなく売れない歌を書き続けている。自分で言うのも何だけれど良い話だなぁと思ってしまう(笑)。事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。ぼくが劇団チャリカルキを大好きなのは、毎回そんなあり得ると思わせる愛ある奇跡(たとえ現実には起こらなくても)を観せてくれるからなのだ。
チャリカルキの劇だったらきっとお袋が実際に出て来るんだろうなぁ。48歳のアタシと20歳そこそこのお袋が本当にこの街(大田区)で出会っちゃうんだろうなぁ。そんなことを思うと楽しくてならない。死んだお袋を思ってこんなに楽しくなったことは今まで無かった。なので、今日仕上げたニュース巻頭文には、ちょっとそんなチャリカルキ的?な一文を付け加えたのだった。

大好きなチャリカルキの公演を熱く待望してます!ホンとこの夏はチャリカルキロスだわ~。
で、明日の夜は、手術前の息子の景気づけに我が家の3人の子と長女の親友Mちゃんと共に神宮球場へヤクルトVS阪神戦を観に行く。もちろん子ども500円の外野自由席。縁起良く連敗脱出してくれよヤクルト!頼みまっせ~。と言いつつ、親父はとにかくスタンドでヤクルトギャルを眺めながら呑むビールだけが楽しみなのであった。

今宵のBGMは、ルー・リードの78年発表のライブ盤「テイク・ノー・プリズナーズ」。8人編成のビッグバンドで生々しいライブを聴かせる逸品。エレキ弾き出してからというもの、ルー・リードとジョー・ストラマーのギターばかり聴きたくなる。
BGドリンクはコープ野菜ジュースでした。ではまた、ロケンロール!
スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ812 

2017/07/17
Mon. 22:53

3連休は、息子と長女にせがまれて炎天下危険な野球三昧。息子とのただのキャッチボールから始まった我が家の野球熱、プロ野球ファンの長女が参戦してソフトバットとやわらかボールを使っての試合形式が主となりこれがまた運動量が半端じゃない。今日の午後なんぞはホントに倒れるかと思った。ちょうど良くルールで息子と長女がもめてくれたので、審判長である親父の采配でノーコンテストにして、さっさと久々のヘルスよしのへ逃げる。こんな暑い夏の日の、銭湯の水風呂ほど気落ち良い場所は他にないだろう。しかし、せっかく銭湯でさっぱりしても団地までの長い上り坂を帰る間にまた汗をかいてしまうのが難点。

今日は朝9時に多摩市民館に朗読劇団で集まり、午前中いっぱいかけて22日に迫った新百合ヶ丘トウェンティワンホールでの「平和・国際フェスタハートカフェ2017」公演の直前練習。3時間みっちりまだまだ時間がほしいくらいみなさんで熱心に練習した。初チャレンジの大舞台なので、今までの朗読劇スタイルでは通用しないだろうという部分を演劇的手法を取り入れるなどして、お客さんへの観せ方をプロの役者さんからアドバイスをもらいながらみんなで意見を出し合い工夫を重ねる。素人の集まりである我らが朗読劇団員たちの懸命に取り組む姿を音楽担当者として参加し見守りながら、ぼくは何だか感動していた。そしてあらためてこの約30分の朗読劇が非常によく出来ている事に気付く。
2本のヒマラヤ杉の巨木がナレーターとなり、まず戦時中の子どもが登場し、戦時中の村人の視点で登戸研究所の様子が語られ、風船爆弾を造らされた女学生が体験談を語る。そして所員が登戸研究所で開発した毒物青酸ニトリール(戦後すぐの帝銀事件で使われた毒物でもある)を使って、南京で中国人捕虜に対して行った人体実験について独白、それから戦後の元所員たちのことが語り継がれ現代の子どもたちの様子をヒマラヤ杉が見守りながらエンディングを迎える。それぞれの登場人物の立場から見た、参加した登戸研究所のことが率直に語られることで、一面的でなく軍人含めた庶民たちに登戸研究所が(あの戦争が)いったいどんな存在だったのかを描き出している。おそらく劇団員一人一人がこの内容の面白さと大切さを自覚しているからこそ、これだけ真剣に取り組んでいるのだろう。当初5人だけで一人2役以上こなしながら演じていた劇団員は、倍以上の11人となり一人1役(ちなみに母ちゃんは子ども役)をそれぞれで演じ切る。
練習後アドバイザーの役者氏も、現政権が今また生物化学兵器の開発に手を付けようとしている(加計学園はそのための学校とも)話もある中、今登戸研究所のことを伝えることの意義を話された。ぼくは登戸研究所の史実には、戦争の愚かさの事実が全て詰まっていると思っている。

練習後は母ちゃんと2人でやはり市民館2階で14~19日までやっている教科書展示会に寄り、小学校では来年度から教科化される道徳の各社教科書を見る。
パン屋を和菓子屋にしろだののアホな指図が入って話題になった道徳の教科書だが、特に今回近しい人たちの間で話題になっているのは教育出版社の教科書のひどさ。ぼくも見てみたのだが、特に5年の道徳の教科書では大田区の町工場の努力が称えられた下町ボブスレー話の挿入写真で、安倍晋三がボブスレーに乗っかってポーズ付けているのを見た時はそのセンスのダサさと共に、この社がどうにか現政権に気に入られようとしてセコイ奴隷根性丸出しの努力をしていることを何とも憐れに感じた。やはりこの国は、登戸研究所のあった時代、いやそれよりずっとずっと前からこんな奴隷根性をむき出して、権力にすり寄り取り入り小さな世界で勢力を争いパイを奪い合ってセコくけなげに生きて来た民衆の末裔たちが巣食う国なのだ。群れたらホンと危ない人たちだ。個人の尊厳なんていともたやすく売り渡すのだから。でも、そんな自分たちも含む烏合の衆にいよいよ飽きられ出した安倍がコケたらどうすんのかね?まぁ、次のにすり寄るだけか。

そんな中で(ざっと見ただけではあるが)光村図書は、ぼくの印象では何とか狭量な愛国心に絡め取られないよう工夫している感じがした。公民権運動の発端となったローザ・パークスさんのことを取り上げたり、子どもの権利条約を解説したり等々、しかしほぼ全社で取り上げていた1年生用教科書のカボチャのツルの話だけは、全く持って理解出来なかった。中身は勝手気ままにツルを伸ばすカボチャは他の野菜の畑を荒らし、悪びれることなくさらに伸ばし続けたツルが道路を横断したところでトラックに轢かれてちぎられて泣きわめくという話。この話から自分勝手に生きることを戒めるというのだが、まぁアホクサすぎてあくびが出てくる駄話だ。そもそもカボチャが成長しツルを伸ばすことをわがまま、自分勝手と規定すること自体が間違っている。カボチャが育って実をつけることにわがままも勝手も無かろう。自然の恵みである畑の野菜をチンケな国民育成の道具にするとはそれこそ天罰が下ろうというもの。パン屋でクレームをつける似非愛国心は、連中の好きな呼び方の国土が育てる野菜を侮辱して良いのだろうか?それこそ非国民じゃないの?それを光村含めてほとんどの社で採用しているのは全くもって分からない(圧力と忖度?)。ただ一つ分かることは、この道徳なんぞと言う教科は、一部の人間の都合のためのものであって人間がこの世界で生きてゆくために本当に必要なものではないということ。それだけは大変良く分かりました。

そんなこんなの3連休、ちょっとヘたれ気味だった精神は多少栄養補給され、またボチボチ行こうと思えるまでにはなりました。
そうそう、土曜の夜DVD借りて観た邦画「恋人たち」がとっても良かった。今のアタシにちょっと励ましと、問われても答えを出せない現実をまた生きて行くしかないという希望をくれました。これを108円で観てしまったことへのちょっと後ろめたさとありがたさ(あぁ、映画館行きたい)。この映画おススメです。

今宵のBGMは、昨夜のバラカンビート録音音源。
BGドリンクは氷を入れた水でした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ811 

2017/07/13
Thu. 23:17

昨日の日暮れ時、団地に続く帰り道を歩いていると、街路樹から聴こえるニイニイぜみの「ジ~ジ~」という鳴き声の向こうの森から今年初めてのヒグラシのキレイな鳴き声が聴こえて来た。

ニイニイぜみのどこか力ない声(アブラゼミの「ヂ~ヂ~ッ」に比べてテンション、ボリューム共数段低い)と、森から鳴り響くヒグラシの透明感ある声のコラボがあまりに美しく、ぼくはしばし立ち尽くし夏にしか味わえない幸福感に包まれた。
ヒグラシが鳴り響く団地前の広大な森の頂上には、先日ちょうど反対側から昇った階段のある生田浄水場の配水池の太陽光パネルが敷き詰められているが、森は手付かずで残された。団地に越してきたばかりの頃、母ちゃんはベランダからこの森を眺めては「もう旅行に行かなくても良いわ。この景色で十分」と言い、数年前に沖縄から訊ねて来てくれた親友A一家のAと息子のK君は、車から降りてしばらくこの森を二人で眺めヒグラシの声をじっと聴いていた。その親子の光景はぼくにとって大好きな忘れ難い夕暮れの光景で、夏が来るたびに二人の佇む姿を思い出す。

もう何度も書いているが、この街に住んで本当に良かった。夏は特にそう思う。仕事で良く人間関係に固執、囚われた相談を受けて「距離を大切に」なんて偉そうに言うけれど、ぼく自身囚われから解放してくれるこの街の、あらゆる場所からの心地よい距離感が好きなのだ。そしてここには何より根源的な故郷である森が在る。ぼくは人が嫌いではないが(嫌いな人はたくさん居る。好きな人もまた然り)毎日人に疲れて帰る。人間の精神という不確かで訳の分からない、時に救われるがたいがい恐ろしい思いにさせられる代物と向き合わされ付き合う毎日に、ぼく自身の魂が距離を欲し森に抱かれたいのだ。25年こんな日々を続けて来ての実感は「いくつになっても楽じゃねぇ」であるが、ここに帰って来れるならまだしばしがんばってみようかとも思う。

真夏は仕事から帰ると何はさておき風呂場へ直行し水浴びをする。そして団扇をあおぎながら冷えた麦とホップか金麦を2本呑む。どの季節に呑んでもビール系は美味いが、やっぱりこの季節が最高に違いない。
夕飯食ってさっさと布団を敷いて、窓を開け放した我が家の中で最も風通しが良く涼しい4畳半の寝室に寝転がれば、外から虫の声と共に森からの匂いを含んだ気持ちの良い風が入って来る。室温は29度近くあるが暑くはなくちょうど良い(さすがに夜でも30度超えると、寝る前に再度水浴びする)。ぼくは「極楽極楽」と呟きながら、あっという間に1時間の仮眠に堕ちる。

ぼくの頃はなかったが、最近は学校でも日中クーラーをつけており、我が家の子どもたちや時々行く母ちゃんもクーラーがガンガンに効いていて寒いくらいだと言う。確かに外と室温との極端な落差は身体に実に堪える。熱中症も怖いが効き過ぎたクーラーはそれ以上に怖い気がする。こういう感覚を共有してくれる人は今や少数だろうが、ぼくにはこれが普通の感覚としか思えない。
そう言えばぼくが大好きな呑み屋は、どこもそんなに冷房効いていないお店である。住む所も行く店も人間は自然と自分にとって一番心地良い所へと向かうのだろうか?ハリボテに惑わされずちゃんと自分の自然の声を聴いていればの話だろうけれど。最近とみにやりたくないことは絶対にやりたくないし、行きたくない所へは絶対に行きたくなくなってきている。そして付き合いたくない人(団体)とも絶対に付き合いたくない。「嫌なモノは嫌」なのだ。仕事柄(これでも)それを堪える場面が続くとやっぱり辛い。

今宵のBGMは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」。最近聴きまくっていて何だかまた新曲出来そう。
BGドリンクは野菜ジュースでした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ810 

2017/07/11
Tue. 23:04

昨夜は母ちゃんから、22日に近づいてきた登戸研究所の史実を伝える朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の台本修正部分を教えてもらい、修正台本を読みながらギターの練習を開始した。

ぼくが朗読劇に参加し出して3年目。台本は修正が何度か加えられ、二重線で消されたり新たに書き込みされた部分や、セリフを丸ごと前のセリフの上に糊で貼り付けた部分もある。そしてぼくのにはギターを付ける場面にギターのコードが書かれている。
音符は全く読めないぼくは、書かれたコードをどういう風に弾いたのか毎回思い出して本番に臨む。よって毎回微妙に弾き方が違ってくる。さすがにテーマ曲は歌も入れてCD化したので、今さら本番で忘れて曲が変わってしまうことはない。

そんな手直しだらけになって来た「ヒマラヤ杉は知っている」の台本が、何だかとても大切なものに思えてくる。確かにこれは歴史の事実を未来に、大人たち、何より子どもたちに伝える大事な証言集でもあるのだ。
ぼく以外は主婦の方がほとんどの朗読劇団なので、平日に朗読練習をしていてぼくはたいていぶっつけ本番で当日合わせるのだが、22日の新百合トゥエンティワンホールは450名入る大ホールでの初公演。ほとんど経験のない音響(一度だけやはりぶっつけで川崎市平和館でマイクをあてられたが、音の感じがつかめず上手く行かなかった)も使うので、これまで以上に練習を入れ、今度の3連休17日にぼくも参加して多摩市民館で午前中みっちりリハーサルをする予定。

毎年やはり敗戦の日前後には、あまりに無残で無謀で傲慢で非人道ないまだ明らかにされつくしていない日本の起こした侵略戦争について自然と考え、それに対するぼくなりの表現をしたいと思う。それが今年はライフワークにして行きたい登戸研究所のことでパフォーマンス出来るわけだからやる気が湧くというもの。先日届いた「登戸研究所保存の会会報」第8号には、うれしいことにぼくの書いた歌“ヒマラヤ杉は知っている”の歌詞と共に文章を載せていただいた。長女と夏休みの終わりに、初めて登戸研究所資料館を訪ねて衝撃を受けたのは4年前。それがこんな風に関われるようになるなんて…朗読劇を観る当日のお客さんに登戸研究所であったことが少しでもリアルに伝わるように魂込めてギターを弾きたい。

そして、8月5日はギター森田君と2人ソウブラで初出演する憲法フォークジャンボリー。ギリギリまで選曲は悩みそうだが、やはり竹内浩三をメインで唄いたい。何度か唄っているアールズアートコートのステージはとても大好きで音響も素晴らしい。そのステージでぼくは戦死した竹内を一時蘇らせたいと言うかステージに呼びたい。あんまり自分の歌を唄いたい心境ではない。死文化され勝手に解釈されついぞ実現しない9条を掲げる日本国憲法を祭るイベントならば、聴かれることの無かった聴くべき死者の声を届けたい。そうなるとぼくには竹内の言葉か登戸研究所なのだ。安倍政権がどうのこうのは正直どうでも良い(クソなのは当然として)。上っ面の政治スローガンだけはやっぱりあの良いステージで唄いたくない(て言うかそういう歌はそもそも自分にはないつもり)。でも15分で竹内を蘇らせるのも超至難の業である。「安倍のバカヤロー!9条大好き~!」って唄う方が楽だな(笑)。だからこそやったろうじゃないの憲法フォークジャンボリー。竹内浩三と森田博とアタシとで。

今宵のBGMは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの大名盤サードアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」のLP。高校3年の時今はもう無き春日部市のロビンソンデパートで購入したもの。心身症に疲れ果ててた18歳のアタシにこのアルバムは沁みましたね~。繰り返し何べんも聴きながら安定剤の効果もあってボーッとしていた頃を思い出します。前途はまことに茫洋、茫洋でありました。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ809 

2017/07/09
Sun. 22:33

昨日の久しぶりのソウブラスタジオ練習で、生まれて初めて5時間エレキギターを弾きまくった。
家で独りコツコツ練習してはいたが、アコギに比べて重たいので何だか肩は痛くなるし、アンプのボリューム抑えてまたは消音で弾いていると何だか飽きが来てしまい「やっぱりアコギの方が奥が深い」等と思い出していたのだが、手に入れたことを公言した手前一度はしっかりスタジオで弾いておくかと、昨日はエレキだけを担いでスタジオ入りしたのだった。

初めて見るアタシのエレキギターを提げて唄う姿に、自分以上にメンバー達には新鮮に映ったようだったが、この日はとにかく新曲3曲と、一度くらい合わせたものの何年も寝かせていた曲(つまりほとんど新曲)等いったい何曲お初の曲を練習したか分からないほどだったので、みんな5時間ほぼ無駄口無しで練習に没頭した。うめちゃん曰く「学生時代を思い出しました」ほどの練習ぶりだったそうだが、ぼくにしてみると学生時代より全然練習してるな~(笑)。そんな熱中時代中年編をひたぶる生きている我々ソウブラ、練習の合間にちきんベース君からは「思ったより全然違和感ない」とぼくのエレキギターを評され、サウンド的にも曲によってはぼくがエレキを弾くことでインパクトが強まるものもあって、気が付けばぼくもずしりと来る左肩の痛みも忘れ、無我夢中でエレキギターを掻き鳴らしていた。

同じストラトキャスターを弾くリードギターの森田君はエフェクターを駆使して曲に彩りを与えてくれるが、ぼくの方はただアンプにシールドをぶっこんでボリューム以外のダイヤルをどれも中央に合わせて、ナチュラルトーンでガチャガチャ掻き鳴らすのみ。それは大好きな亡きリズムギタリストジョーストラマー氏の受け売りで、ライブの時はいつもジャズコーラスのアンプにエフェクターをかまさずシールドをぶっこんでそのまま鳴らすという話を何かのインタビューで読んでずっと覚えていたのだった。

アコギよりもアンプから出す音の強弱を手加減次第でいくらでも出せるので、バンドの音の中でも埋もれることなく自分の弾いている音が良く分かる。スタジオは5時間で終わりだったがいつまでもガチャガチャガチャガチャと右手でエレキギターをカッティングし続けていたかった。
とは言っても、目いっぱい5時間歌ってギター弾くともはやヘトヘトではある。ヘトヘトではあるが何とも言えぬ充実感。新曲が仕上がりライブでやれる感触を掴んだうれしさ。何度も書くけれど何歳になってもこのワクワク感は1ミリたりとも目減りすることなくぼくをロケンロール天国へと連れて行ってくれる。だから歌を書くことは止められない。

5時間練習後は、前夜吉祥寺のろ呑みしたにもかかわらずまたも5時間近く稲田堤のT屋で呑み(あくまでスタジオ練習の振り返りと、これからのことを語り合う為。だけではない)、ヘロヘロデへへへ状態で帰宅し汗を流し何にも考えられない燃え尽き状態で布団に倒れ込めば、何だか妙な清々しさが48歳のこの身を満たし目が覚めるまで好きなだけ眠った。

今日は息子の誕生日が近いのでプレゼントを買いに、永山のブックオフバザールへ。以前彼が見つけておいた仮面ライダー1号のライダーベルトはすでに売れており、妥協して怪獣のソフビ人形と本に切り替える。アタシは昨日スタジオで初披露したエレキがイケることが分かったので、もらった時に付いていた緩衝物の一切ないペラペラのギターケースではさすがに怖いのとカッコ悪いので(昨日スタジオ帰りにペラペラケースに入れたエレキを担ぐぼくを見て、メンバー達に「初めてエレキギター買った中学生みたい」と笑われてしまった)、中古のエレキギターケースを物色。ちょうど良くヤマハの表面が皮状のなかなか立派で頑丈そうなソフトケースが2980円であったので、連日の呑みで懐寂しく痛かったがこれから長く使うことを思えば必需品であるからちょっとだけ迷って決断して購入。家に帰って早速エレキを収納するとこれがバッチリ良い感じ。良い買い物しました。

いつもならこの後ヘルスよしのへ行くのだが、散財したことの自粛で今日はヘルス断ち(なんか変な言い回しだな)。代わりに久しぶりにまほろばの森を歩きそのまま生田貯水池の整備された(何度も書くけれど整備以前の古い石段が好きだった)約240段の石段を2往復する。最近ここは川崎市の新名所となっているらしく、夜景スポットでもあるとか。元々登戸研究所で偽札を大量に製造するための水を確保するために豊富な地下水に目を付けて造られた生田浄水所。敗戦後は庶民の飲み水として愛飲され続けて、戦中に造られた遺物(旧石段もその一つ)も残されていたのに、今ではこぎれいな展望台をしつらえ巨大な太陽光発電パネルが敷き詰められている。どこに売電しているのかまでは知らぬが、個人宅の屋根にあるのならともかくこんなに大がかりにせんでもと思う。この太陽光パネル発電で等々力競技場28個分の広さのブナ原生林なみのCO2削減効果があると看板が立っているが、ならば広大な森にすれば良かったじゃないかとやっかみたくなる。

それはともかく、ここのところヘルスよしの通いを優先してあまり歩き込んでなかったので、これから時にエレキギターを提げてステージパフォーマンスするための体力作りを思い立ったのだ。エレキギターぶんぶん振り回して高校生の頃のようにピョンピョン飛び跳ねることは叶わぬと思うが、「お~あのおっさん良い動きしとる~」とちょっと思われるくらいの身体能力(今から付くか?)を持ちたいと一念発起である。さぁ、果たして続くかどうか。とりあえず来週は絶対ヘルスよしの行くぞ~!あれ?

今宵のBGMはピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。民謡クルセイダースが良いな~。
BGドリンクはアイスコーヒーでした。ではまた、ロケンロール!

[edit]

CM: 2
TB: 0

page top

2017-07