周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ901 

2018/05/16
Wed. 23:46

今夕、またも激渋の極楽を体験した。

アタシが極楽と呼ぶのは、もはや飲み屋か森か銭湯かなのだが、地元多摩区にある3つの銭湯のついに最後の3つ目生田浴場に入って来た。
期限が26日に迫った免許証の更新の為、職場を夕方4時前で早退して地元多摩区の警察署へ向かったのだが、夕方の電車の乗り継ぎが合わない事もあって多摩警察署に着いたのが午後5時1、2分前。すでに更新機器に「本日終了」の札がかかっており、あせりながらそこに立っていた再雇用と思われる高齢の署員に来意を告げると、本日終了の機器を指差し「今日はもう…」と言いかけたところを、持参のハガキに午後5時15分までに受付と書いてあるのを指差して高齢署員に更新窓口のお姉ちゃんに確認してもらうと、「大丈夫ですよ」と言われ胸をなで下ろす。慌てて来たので写真も撮っておらず印紙代含めて4200円もかかった上に、一般更新者ゆえに後日1時間の講習を区役所で受けねばならず釈然としないまま、相変わらず写真写りの悪い上に3年前よりすっかり白髪の増えた自分の人相にげんなりして警察署を後にしようとしたが、ここからだと15分くらい歩いて向ヶ丘遊園駅に行ってさらに一駅小田急線を生田駅まで乗ってそこからまたた15分上り坂を歩いて団地に帰るのがバカらしく思え、警察署からそのまま歩いて帰っても30分くらいで着けると算段し、まだ暑い夕方の津久井道と府中街道が交差する信号に立てば、目の前にそびえ立つ銭湯の煙突!そう言えばここは、ぼくが多摩区に住み出した時から車で通る度に目にしていつかは行ってみたいと思っていた銭湯生田浴場のすぐ近くであった。これまで何度か車で入れるか見てみたけれど、どうも車の通れないような細い路地の中にあるようで、最寄駅でもないし駅からもそれなりに歩くのでこれまで25年訪問出来ずにいたのだった。

それが今帰り道の自由な時間と共に目の前にあるではないか!これを天啓と言わずして何と呼ぶべきか。
そう思い定めると、免許更新で味わったげんなり感が失せにわかに心身ともに期待と興奮で満ちてくる。横断歩道が青に変わるまでがじれったく、変わった途端に小走りでぼくは生田浴場の煙突を目指す。するとやはり、津久井道から車の通れそうにない路地を入り込みくねくねと2回ほど折れると、住宅地の中にそれは忽然と現れた。手前に古びた掘立小屋のようなコインランドリー場があり、その奥に大変地味だけれど明らかに銭湯以外の何ものでもない小さな入口があった。コインランドリー場の脇には薪が積み上げてあり、この銭湯が薪で焚いていることが分かる。それにしても実に地味で小さくちょっと大きな民家の入口といった佇まい。これは近所の人か探究心旺盛な銭湯愛好家にしか分かるまいと思い、扉を開けて入ると初め無人かと思われた受付に静かに女性が座っており、470円渡して男湯へ。

まだ夕方だからか蛍光灯はついておらず、とにかく薄暗く脱衣所もこじんまりとしていて先客は一人しかいない。この時点でぼくは早くも涙が出そうになるほどの感動と安どを覚え、裸になって浴場へ入れば(さすがに着替えは持っていなかったが、小さな石鹸と手拭いはいつもカバンに入れている)感動と安どはさらに倍増した。ともかくこれまで入った銭湯の中でもっともこじんまりとしていて地味なのだ。それでも向かい合いのカランの数は20以上はあるだろうか。古さは相当な感じで、おそらくヘルスよしのより古いだろう。ぼくが生れた頃くらいかしら。夕陽の自然光が照らす、ほとんど貸切り状態の古びた浴場内はどれだけ見ていても飽きない魅力を湛えている。銭湯って本当に場力がスゴイ。そんじょそこらの神社仏閣以上のパワースポットだと思う。それが銭湯ごとに全く違い画一的な所が全くない。ものすごい個性でありながら何と地味な事か!「良いから放っておいてくれ!」と言わんばかりの潔さがまた素晴らしい。辿り着く奴だけ辿り着いてくれれば良い。嗚呼、まさに在り様の鏡だ。

タイル絵の富士山を眺めながら、噂通りの熱い湯(銭湯好きのブログに書いてあった)に浸かると、それは人工ガリウム鉱石泉で川崎市の浴場共通の御用達なのか、同じ多摩区の宿河原浴場とヘルスよしのと同じく古びた効能書きには大田区大森東に在る三協鉄工所の名が記してある。
熱い湯に浸かった後はサウナ客は先客一人だけなので(ぼくはサウナには入らない)、空いていた今年初の水風呂に入り思わず「気持ちイイーッ!」と声を上げる。すぐそばに津久井道と府中街道があるのに本当に静かだ。そして小さい。古い。まだまだこの世界にはこんな隙間がちゃんとあって扉を開けているのだ。

浴場から上がり脱衣所もまじまじと観察すると、感動的なまでに赤銅色に錆び付いた年代物の体重計があり、乗ってみたらちゃんと計れる。ジュースの自販機が一つあるだけでとにかく何の宣伝ポスターもないシンプル極まりない(殺風景とも言える)空間。それは待合室も同じで、どこかのお宅の居間と言ってもおかしくない。ともかくここはここで実に統一感のある完成された世界なのだ。付け足すものもなければ変える必要もない。当然時代が流行が等関係がない。ここをそれを知っていてとても多くはないだろうけれど通う人が居る。思い浮かぶ想念の全てが愉快で楽しくぼくに希望を持たせる。受付けの女性に礼を言ってまだ陽のある外に出れば、古びたコインランドリーが隙間なく並んだ今日はまだ無人のその小屋もまた美しく、ぼくは満たされた気持ちのまま30分弱の家路をのんびりと歩いた。

今宵のBGMは、ジョン・フォガティのセルフカバーアルバム「ロウト・ア・ソング・フォー・エブリィワン」。変わらぬジョン・フォガティの声とサウンドが沁みる夜。
BGドリンクはトマトジュースでした。さぁ、今週末19日は大森カフェスペースCでソウブラワンマンライブ、関西ライブ直前の気力充実ライブをお届けしますのでぜひお運び下さい!ロケンロール!
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ロケンロールライフ899 

2018/05/11
Fri. 23:05

この春に薄々気づいてはいたことだが、今宵韓国海苔をアテにコープ仕様金麦で晩酌している時に、夕げの支度をしている母ちゃんの背中に向かって「そういやぁ俺たち今年銀婚式ってやつじゃね?」と言ってみた。すると、こっちを振り返りながら母ちゃんは「結婚記念日だって一度も祝ったことないのに何を今さら銀婚式なんて言い出すのよ?」と、あきれ顔でアタシに逆に聞き返してきた。

「いや、別に銀婚式やるとかっていう話じゃなくてさ。そう言えばそうだったかいなと思っただけよ」とややへどもどしながら返せば、すかさず宿題していた次女が「今まで母ちゃんに何にもして来なかった男が銀婚式なんて良く言うわね!」と責め立てる。そして間髪入れず「だいたい結婚記念日だってアンタ知ってるの!?」と二の矢が飛んでくる。ぼくは、「あれ、3月4日だっけ?7日だっけ?」と益々へどもどしながらグビッと金麦を飲めば、「信じらんない!結婚記念日忘れたの~!」と次女は容赦ない。「だって父ちゃんたちは結婚式やってないし、籍だってめんどくせぇなぁと思いながら役所で入れたから覚えてないし。でも、知多半島でソウブラのちきんベース君が幹事で、後輩のOがその時バイトしてた喫茶店だったかレストランだったかでパーティーやってくれたのよ。その日が結婚記念日のはずなんだけど…」と言い訳したら、母ちゃんが「3月7日です」と即答した。さすが母ちゃん、ちゃんと覚えている。

それからは次女も交えて3人でそのパーティーの思い出話に花が咲いた。次女はその模様を写真で見たことがあり、それが全て仲間内の手作りの会であったこと、サプライズで沖縄からも親友Aやくわえさんが駆けつけてくれたこと、卒業して奈良に行っていた先輩夫妻も来てくれたこと等を話すと「すごい!」と感嘆し、「昔から人とのつながりだけは豊かだったんだね」と誉められた(?)。
けれど、ぼくも母ちゃんもあらためてそのパーティー(今はすでに無き半田市乙川にあったヤオハン系のネクステージというデパート内のお店でやった)が、そのお店の一アルバイトだった今は岩手に居る後輩Oの手腕で貸切り、20人は優に超えたはずの参加者を、O一人で飲み物から軽食まで全て切り盛りしたことを思い起こし驚くのだった。「Oはずい分大変だったんじゃなかろうか」と今さらながら母ちゃんと言い合い、次女も「そのOさんちょっと凄すぎ!」と言う。幹事ちきんベース君、副幹事がギター森田君、ありがたかったが、2人共決して手際の良い男ではない。後輩Oの手となり足となって活躍したのだろうか?1993年3月7日、ぼくは23歳で母ちゃんは22歳、この時すでに3年以上一緒に暮らしていたのでそれを加えればもう30年近く(ほぼソウブラの歴史と重なる)共に生きてきたわけだ。あの日の参加者全員が20代前半、最年長のちきんベース君だって25歳だった。今思い出しても実に最高の結婚パーティーだった。それぞれの家の者誰一人として参加しない2人のためだけのパーティー。普通の結婚式のそれこそ数十分の一の費用だったろうけれど、とってもぜいたくなことしたと思う。始まりがあんなステキなパーティーだったから、その後一々記念日なんか祝う必要はない。この暮らしを、日常をお互い愛していればそれで十分ではないか!ほろ酔いの良い気分で一席ぶつと、母ちゃんはやれやれという顔をして夕げの支度に戻り、次女は「はいはい、またじぃじの都合の良い話が始まった」と言って母ちゃんの手伝いに加わった。

と言うわけで、このブログをもって我が家の銀婚式記念といたします。

今宵のBGMは、久々に戦前ピアノブルーズの名手ビッグ・メイシオのCD「ザ・キング・オブ・シカゴ・ブルーズピアノ」。通い出したばかりの勇造さんのマンダラ2ライブのSEで良くかかっていて、それを調べて買った逸品。モノラルの音が実に聴き心地良い。マン2の大きなスピーカーからノイズ交じりに聴こえて来る音がホンと最高だった。
BG酒は、トリスクラシックハイボール。明日は、朝から息子の少年野球に行き、その後次女の体育祭をひやかして吉祥寺のろライブへ。のろでギター弾いて唄えるのが何だかとっても楽しみ。生音ホンと気持ちイイです。みなさん、ぜひお運び下さ~い!ではまたロケンロール!

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ロケンロールライフ898 

2018/05/09
Wed. 23:04

今日、この一か月以上プレッシャーを感じ続け、頭を悩ませていた利用者への生活支援がようやっと目途がついてホッとした。

主に精神障害者へのよろづ支援(生活支援全般、就労支援)を生業として25年、まだまだ知らなかった事があり、新たな発見、貴重な経験をさせてもらったこの間であった。しかし、この間ぼくのやった仕事は決して組織ではOKの出ない出来ない仕事であったと断言出来る。目途がついた今だからこそこうやって書けるが、ぼくの采配が一歩間違えていたり下手を打ったりしていたら、一人の地域で生活する精神障害者を路頭に迷わすことに、そこまで行かなくても我々だったら拒否されずに送れるはずの普通の暮らしが、精神障害者というただ一点の理由で送れないところであった。
もちろん何度でもやり直せる。そのためにぼくの仕事もあるわけだが、やり直しには相当の気力と折れない心が必要になる。その折れない心が、特に精神障害を抱えて生きる人には最も維持するのが困難で苦痛を伴う場合が多い。不安の訴えを毎日のように聞いていると、こちらも胃が痛くなるなんてのは当然の状態となり、翌日を迎えるのが当人に及ばないかもしれないがやはり不安であり、恐怖も正直感じる。しかもぼくの役割と仕事は、前述したように組織や普通?の福祉団体の生活支援では決してやらないだろうイレギュラーもイレギュラーなやり方であった。どんな現場にも極力厭わず単身飛び込み個人で動き、偉そうにブラックジャックを自称するぼくでさえ、今回はビビった(もちろん悪い事はしていない)。でも今日、ようやっと何とか目途が立った。

そしてその間、ぼくは唄い続けていた。酒を飲み続けていた。ほめられることではないかもしれないが、特に唄い続けていたからこそ、ぼくは壊れないでいられたと強く思っている。歌が音楽がなかったらとっくにぼくは壊れていた。唄っている場合じゃない時こそ唄うのだ。これはぼくの人生哲学である。生業を理由に音楽活動を止めたり歌を書かなくなることはあり得ない。でなけりゃ“二足の草鞋”なんて歌は作るはずもない。時々本当にクソッタレに思う仕事だが、幸いなことにぼくには責任を転嫁する部下も組織も隠れ場所も無い。
それにしても、同業他者連中が相も変わらずネットワークを呼びかけ作っては行き詰まっているのを見かけると、本当に反吐が出そうになる(だから二度と俺を誘うな!)。現に今支援が必要な当事者を置いてけぼりにしたまま、エピソードを薄めたケース検討ばかりやっている何とか協議会なんかホントに無駄だ。一人一人違い常に移り変わる現実下で支援をマニュアル化して効率化を目指すなんてのは机上のバカ論でしかない。動いてくれる現場の人間(それも個々のケースで違う)とその都度がっちり連携し、まずはこちらがここまで動けること、組織という安全圏を簡単に越えられる存在であることを見せて信頼を築く。まともな支援者であればたいていそれに応えてくれる。応えてくれない者にはその範囲で動いてもらうよう要請する。それをひたぶる続けるしかない。

ただ一つはっきり言えることは、杓子定規な支援マニュアルや枠をはみ出すことを厭わない姿勢で働いている人はどんな分野でも必ず居るということ。類は友を呼ぶのか、今回もぼくの直観が当たってそういうプロフェッショナルと出会えてタッグを組むことが出来た(正直無茶ブリされた気もしないでもないが)。でもやはり、その人も大手では決してなく地域に根付いて小さくやっている業者なのであった。いくつになっても甘くはない。まだまだ知らない事ばかり。けれど、もう一回やれって言われたらやっぱりキツイなぁ(苦笑)。下衆を承知で言うけれど、それで懐が暖かくなるわけではまったくありません。やってもやらなくても変わりません。それでもやったことに苦労したことに後悔なし。だってこうして何とか食えてるし飲めてるし、無難じゃ安酒は味気ないまま。今宵の金麦は美味かったですよ。実にまったく。

今宵のBGMは、カラワンのリーダースラチャイさんの彼が敬愛する2人の詩人(作家?)に捧げたという2枚組大作CD。全編フォークロック調の何とも心地よいサウンド。“ウイ・シャル・オーバー・カム”や“神が味方”のタイ語カバーも秀逸。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ897 

2018/05/07
Mon. 23:33

いつも終わればあっという間のGWだけれど、今年は例年以上にそう感じた。ともかく音楽三昧、ゆえに悔いはないが、ぜいたく言えば一日だけでも何にもない日を設けて森歩きとヘルスよしのを楽しみたかった(って、いつでも行けるじゃない)。

熱いきょうされんライブの翌日3日は、これまた毎年恒例の地元川崎市多摩区登戸第一公園で開催されたたま憲法まつりに呼ばれて、充電式アンプとマイクを独りで持ち込みソロでパレード前に1曲唄いに行く。今年の1曲は「ヒマラヤ杉は知っている」を選び、強風の中譜面台は立てられないので、歌詞を暗記して我ながら渾身のパフォーマンス。やっぱり地元で、地元にまつわる登戸研究所のことを地元の人たちに向かって唄えるというのは、何ともやりがいがある。歌の地産地消というか(例えがかなり違う気もするが)、唄っている自分自身に根っこが生えているような気がして歌えた。最近は官邸前や国会周辺のデモには行く気が起きないけれど(頭数になるという発想がそもそもぼくにはない)、地元の小さな集会、デモには歌で呼ばれることも多いので出来るだけ参加する。こういった示威行動への参加は、暮らしのつづきという感覚がぼくにとってはとても大切なのだ。政治に足元をすくわれないためにも。

翌4日はソウブラニューアルバムレコーディング2回目で、ギター森田君と梅ちゃんと5時間スタジオに入り、今回も快調に3曲基本トラックを録り終えこれで6曲!次回はいよいよフルバンドでやる曲のレコーディングにこぎつけた。今の所これまでに増して録音した曲、音共にすごく良い。ギターの弦の一音一音、ボーカルの息遣い、そして3人で紡ぎ出すグルーヴや間が生々しく録れていてまさに目指した音になっている。それは言わずもがなの流行など鼻くそにもかけない加工なしの生音勝負の音(PCなんか使うものか)、前々作の「ひたぶるにただ」から愛用しているレコーディング機材ZOOMR16を、ようやく使いこなせるようになった気がしている(と言っても、いまだ8チャンネルにただ録音して編集するだけで、ピンポン録音も出来ないし個々にエフェクターもかけられない)。レコーディング後は、3人で盛大に?いつものT前屋で打ち上げ「あれ、俺たちしょっちゅう一緒に飲んでるなぁ」と誰彼ともなく言えば、2日前に新宿で飲んだばかりだし、さらに6日前に吉祥寺で飲んだばかりなのであった。それでも盛り上がる盛り上がる(笑)。約束されたソウブラ史上最高傑作の完成を早くも祝うかの如く(実は、レコーディングってこうやって1曲1曲録音している過程が一番面倒で楽しい時間だったりする)、話は尽きないのであった。反省?ダメ出し?相変わらずそんなものはしません。ソウブラの辞書にその2つのワードはありません(笑)。ただ楽しく飲みぶれずに自分達の信ずる良い音楽目指してやり続けるのみ。

5日から6日の朝までは、家族みんなで恒例の金沢八景の義父宅へ遊びに行く。義父の案内で家族みんなで初めて中華街から山下公園、大桟橋、赤レンガ倉庫や汽車道辺りを食事兼ねて散策するが、楽しんだ半面人混みには辟易。ちょうど赤レンガ倉庫前でドイツビールのフェスがやっており、赤レンガ倉庫内を見物しに行った女性陣と別れて「お義父さんせっかくだから一杯飲みましょう」と誘って、空いているテーブルをようやっと見つけて義父と息子を休ませ、いそいそビールと息子用のデザートを買いに行けば、何とドイツビールは1杯1000円!もしやがる。それの注がれていたリユースプラコップの空をいくつも重ねてやはり一皿1000円くらいするウィンナーやポテトをつまみ、赤ら顔で談笑している大勢を見て、この人らはいったいどんだけ金持ちなんだと呆れため息ついて、ぼくは隣の800円の横浜地ビールを2杯と、赤レンガ倉庫の出店の横浜カップアイス300円を1つ買って義父と息子の待つテーブルへと戻った。照りつける5月の太陽の下、女性陣が戻ってくる前にあっという間に1杯飲み干したが、ぼくは義父に「もう1杯行きますか?」とはどうしても言えなかった。

6日は夕方から一人吉祥寺のろへ出かけ、旧知のあつし先輩と柊平君、それに歌は初めて聴く福原正登君の3人と、のろマスター加藤さんがゲスト出演するのろ北海道、道人会ライブを観る。GW前半の初日が吉祥寺ホコ天ストリートライブで始まった今年のGW最終日も吉祥寺でしめるというのは、何だかけじめがつくようでイイ。そして、その道人会ライブがまた実に良かった。それぞれギター1本3者3様の表現方法で、それぞれの世界観がちゃんと唄われそれを届けてくれてとても楽しめた。しかも、ぼくは最前(のろの店内はどこに居ても最前のようなものだけれど)、すぐ隣で全編ギターサポート参加の大好きなギター弾き宮本さんの奏でるキラキラと一音一音が光るような生音のシャワーを浴び続けたのだから、もう体も心もコリのほぐれる至福の一時であった。
何より、この道人会ライブが今ののろならではの親密なステキな空間を作っていたことにぼくは感動したし、同じくここを常打ちライブ場所にしているソウブラとして大いにその意気に共感したのだった。なので、あつし先輩による原型ほぼとどめない(笑)秀逸な「普通の暮らし」のカバーでも、名曲「元気でいて下さい」をいきなりふられても(加藤さんにふられて「男らしいってわかるかい」を一緒にやったのは言うまでもない)、自分としては「そりゃぁそうだよね~」と自然にご一緒させてもらったのだ。のろでしか作れない出来ないライブが、何だかどんどん生まれてきているような、そんな実感がのろを愛する者としてはうれしい一夜(ライブ)だった。道人会の御三方、スペシャルサポートの宮本さん、お疲れ様でした!

と言うわけで、音楽三昧、歌三昧のGWでした。そしてまた嵐のような仕事が始まりましたとさ。

今宵のBGMは、カラワンのリーダースラチャイさんのたぶん90年代中頃のソロアルバム。最近カラワン関連ばかり聴いている。音がとにかく生々しくて良いのだ。これぞソウブラニューアルバムの目指す音。

BGドリンクはトマトジュースでした。そしてそして、今度の土曜日12日は、ソウブラ3人バージョンで吉祥寺のろで生音ライブやりますよ~!みなさん、ぜひぜひのろならではの親密生音空間を味わいにお運び下さ~い!ではまた、ロケンロール!



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ロケンロールライフ896 

2018/05/01
Tue. 23:04

今日(1日)やっと4月分の給料を出すことが出来た。

本来当月25日払いなのだが、4月は前年度の補助金を使い切った上、新年度の補助金がたいてい月末にならないと入らない為、どうしても数日遅配となる。
これが資金力のある大きな法人や、財テクが許される総合支援法内個別給付事業なら立替え払いも出来るのだろうが、ぼくの職場は何度もここに書いているように自分からそういう事業を拒否して大田区独自事業として生き残ったはぐれ者。自由がある代わりに扱いは決して良いとは言えない。それでも月末27日に入金予定と大田区から通知されていたのを信じて、27日に勇んで銀行へ行ってみれば、行員に「残念ながら入金されていないのでお支払出来ません」と気の毒そうに言われてしまった。午後再度行っても入金されておらず、この日の給与支給はあきらめざるを得ない。とりあえず月末支払が契約である施設の家賃だけはお金をかき集めて何とか振込み(残念ながら大家は、精神障害に一定理解はあるものの寛大な方ではない)、急ぎ母ちゃんに電話を入れて今日給料が入らなくても大丈夫か確認する。母ちゃんは「子どもたちのお年玉が現金であるから、とりあえずそこから借りれば大丈夫」との返事。共働きなら何とかなるのだろうが、ぼくの稼ぎだけで家計を賄っている我が家では、ぼくの給料が入らないすなわち現金収入が途絶えることを意味する。もちろん、役人にそんなことは知ったこっちゃない。しかも今年度は新たに担当者が代わったばかり。煩雑な補助金申請実務をいきなりこなすのは難しいだろうことは施設実務を長年やっている自分には良く分かる。しかし、なぜかはぐれ者事業の担当は未経験の人が移動してきていきなり任される場合が多い。その担当者に悪気が無い事も分かるし、早く覚えようと一生懸命やられていることも伝わってくる。それに、補助金入金が遅れるのは一概に役所側の責任ばかりとは言えず、施設側の補助金申請実務が一か所でも遅れると全体が遅れてしまうのだ。ぼくらの施設の範疇である地域生活支援事業には、ぼくら以外にもいくつかの事業所が含まれている。

そんなこんなで今日になってやっと支払えた給料。そして、都内でもほとんど例のない事業として大田区で存続している自分たちの事業(だからと言って大田区が素晴らしいとは1ミリも思わない。それはぼくらが闘って認めさせたものだから)。赤字も黒字も無く儲けを出さず、補助金の範囲で出来ることを続けている。それが時々何とも言えない虚しい気持ちになるし、逆に清々しい気持ちになることも。区に訴えれば「ならば他所と同じ事業に移行したら良い」とここぞとばかりに言われるのがオチ。自由の代償は決して軽くはない。このままで居るために色々なもの(多くが野心や保身とぼくは思っている)を捨て、自分達で居ることを守る。そんな労苦が、それでも時々無性に虚しく思えるのだ。

良い加減この仕事に疲れているのかもしれない。
明日は年に3日取れるかの有給休暇を取って、7年連続できょうされん(旧称共同作業所全国連絡会)東京大会にソウブラで出演。かつて同じ無認可法外施設でやって来た同業者たちと、そこの利用者たちがぼくらのライブを楽しみに来てくれる。新緑の代々木のオリンピック記念センターの大きな会議室が解放区になる。歌って踊って全身で生きている「今」をみんなで謳歌する。ぼくにとっても大好きな特別なライブだ。そして仕事のことは忘れる。「ざまぁみやがれ!」と心の中で叫ぶ。

今宵のBGMはタイの夫婦デュオキタンチャリ―のカセット。豊田勇造師匠がゲスト参加していて、カラワンのスラチャイさんの事をタイ語で唄った歌も収録。何だか素朴なサウンドに癒され、事務と常識に囚われる自分の心を解き放ってくれる感じがする。「生きるための歌」を魂で感じさせてくれる。

BG酒は、コープ仕様の金麦でした。では、明日は代々木きょうされん東京大会でロケンロール!

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2018-05