周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ784 

2017/04/22
Sat. 23:33

今年も昨年の春同様、20日(木)の荻窪は築80年!のMさん宅と21日(金)は駒込に在る琉球国その名も東京琉球館での豊田勇造師匠ライブに仕事帰り行く事が出来た。

昨夜遅くに帰った時にはさすがにクタクタで、家族の寝顔を見たら安心して倒れ込むように眠り、今朝もゆっくり起きたのに昼食後は昼ビール(第3種ですけど)を呑んで、大好きなラジオ「久米宏のラジオなんですけど」を聴きながら昼寝してしまう。
息子からはキャッチボールを約束させられていたのだが、ぼくが昼寝から起きた時には生憎の雨模様となり、ゴキゲン斜めの息子をなだめるように、母ちゃんが近所の安い衣料品店の2割引きハガキが来ているので息子の肌着等を買いに行こうと声をかけみんなして車で買い物に行く。だいたい季節ごとにある大幅割引の時をねらって我が家は肌着や靴等を買う。服はほぼ古着かもらい物で済ます。そう言えばもうずいぶん履いてゴムが伸び伸びになりズボン履かないと落ちて来るので、ぼくのボクサーパンツもついでに買ってもらう。2枚で300円ほどの極安パンツにするか、その倍ほどの値段(もちろん2枚で)のパンツにするか脇汗かくほど悩み、当然どちらも中国製で(それより高いパンツはいくらでも売っているのだが、2枚で1000円以上するパンツをぼくは履いた事がない。モテる男はやはり高いパンツ履いているのだろうか?)、でも300円のパンツは綿が1%も入っていないから履き心地を考え、そこから2割引きされることも後押しして高い方のパンツにした。決心して母ちゃんの持つ買い物かごにパンツを入れようと母ちゃんと子どもたちの所に行くと、どうやら彼らも父と同じように逡巡しているのだった。

考えてみれば給料日直前の一番家計の厳しい月末である。息子が無邪気な風で母ちゃんに「家今お金無いの?」と聞けば、母ちゃんは「もうすぐ来週父ちゃんの給料が出るまではね」と応え、息子が「父ちゃんの給料出たら大丈夫なんだ」と返せば「うん、だけど大事に使わないと、まぁ大事に使ってもすぐに無くなるのよ」と軽やかに言う。ぼくは何か言おうかと思ったが止めた。これはこれでとてもほっこりする会話の完成だったから。

いつものように晩酌と夕飯の後で息子とライダーごっこして、そのままぼくが今一日で最も幸福を感じる一時である小一時間の仮眠。とにかく今日は良く寝る。寝ても寝てもまだ寝られる。
仮眠から覚めて明日のイーサン食堂ライブで歌う曲を決めるために、昨年のライブで何を歌ったかこのブログで確認する。思わず自分で書いた本文も読んでしまい、昨年の今頃は職場の家賃契約更新で頭に来ていたことを思い出す。しかし本当に一難去ってまた一難の繰り返しであるなと思い苦笑する。そんな中だからこそ勇造さんのライブに癒され救われた昨年の自分もまた思い出し、今年の春もまたそうであることを実感。ライブのことは明日のイーサン食堂が終わってからちゃんと書くつもりでいるが、今回あらためて勇造さんのライブはその場と共鳴しその場だからこそ生まれるライブなのだと再確認。それこそが、ぼくがうた唄いとして一番勇造さんから学び、他の誰よりも勇造さんがスゴイところなのだと思い知った2日間であった。自分が唄う場としっかり出会ってそのことにより自分のパフォーマンスを柔軟に変化させ、それでいて揺るがぬ歌世界をちゃんと観る者たちに見せる。これはなまなかなことでは出来ません。プロだからってこれが出来る人はそうは居ないのじゃないかしら。自分の歌をパフォーマンスを守ってもらおう、保障してもらわないとやれませんなんていう輩には出来るはずもない。そんなのどこ行ってやっても同じ(それはそれである意味すごいけれどアタシは魅力を感じません)。

やっぱり豊田勇造は、真の意味でのパンクロッカーでもあるのだ。だからアタシのパンクスピリットは、勇造さんとの出会いでさらに強くなったのだ。ソウブラもまたパンクバンドですよ、やっぱり。
明日の選曲も我ながら良い感じです。もちろん、最近作った曲も歌います。偶然にも(いや必然)師匠がこの関東ツアーで披露している新曲と共鳴する歌もあってまたうれし。明日のイーサン食堂師弟ライブ、絶対損はさせませんよ!

今宵のBGMは、タイのスーパーバンドカラワンのカセット「カラワンライブ」。
1984年、まだ30代のカラワンだけれど渋いアコースティックライブでゆるくて揺るがないグルーヴがたまりません。3年前の奇跡の来日ライブを思い出す。

BG酒はブラックニッカハイボールでした。では、明日は南林間イーサン食堂でロケンロール!
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ロケンロールライフ783 

2017/04/19
Wed. 23:04

いよいよ明日から、豊田勇造師匠の春の関東ツアーが始まる。

最終日の23日(日)の大和市イーサン食堂(日本一美味いタイ料理屋です!)は、ソウブラが今年も前座&共演を務め、店主中村さんから届いたDMに「前座五十嵐正史とソウルブラザーズ」とバッチリ書かれていてうれしい限り。個人的にゲスト、オープニングアクトなんでも良いけれど、生涯の弟子を自称している者としては「前座」というのが実は一番うれしい。なにせ師匠の前座歴はかれこれ21年!師匠の前に歌わせてもらい、その後ゆっくり師匠のライブを酒呑みながら楽しみ油断していると急にステージに呼ばれたりする。そのスリルもまた楽し。

10代の頃、パンクロックでライブ活動を開始したぼくは、自分の思いを歌にするというスタイルを追求して行く中で勇造さんと出会い勇造さんに行き着いた。ぼくの人生を変えた(と言うより現在の自分を築かせてくれた)3つのライブの一つは、92年の春(だったと思う)知多半島の南知多町公民館会議室で観た高田渡さんの弾き語りライブ。もう一つが94年の秋(だったと思う)東村山市市民センターの一室で観た豊田勇造さんの弾き語りライブ。そしてもう一つは97年の春に阿佐ヶ谷あるぽらんで観た知念良吉さんの弾き語りライブ。どのライブも20代の一番自分の中で「自分の在り方」を模索する季節に出会えて、それにぼくは多大な影響を受けて現在に至る。

思えば、自分の人生に最も大きな影響を与えてくれた二人の師匠と現在もライブをご一緒させていたいただき前座&共演しているというのは、幸せ者以外の何者でもない。
勇造さんからは、いつ頃からか歌のことやライブのやり方、CDのことなどでアドバイスをもらうようになってそれがいつも「なるほど」と思える胸にストンと落ちる言葉ばかりなのだ。特に30代になったばかりの頃、リハを終えたぼくに「五十嵐君、せっかく声がええさかいもう少し柔らこう唄い」と、あの京都弁で言ってくれた言葉は、現在もライブの度に緊張の中力み過ぎないよう自分自身で「柔らこう柔らこう」と唱えている。パンクロックからスタートし、路上の生声ライブでとにかく声を張り上げそれを聴き手にぶつけるように歌っていたぼくの唱法は、その師匠からの言葉を境に徐々に変わって行き、それに合わせて聴き手の層も広がり声を誉めてもらえることも多くなって行ったのだ。

けれど、ある時期からぼくのパフォーマンスや歌い方、立ち姿が「勇造さんに似ている」と言われるようになった(あまりに技術差があるので、「ギターが似ている」とはさすがに言われたことはない)。言われるとモノマネしていると思われたのかと微妙な気持ちになったりもしたが、考えてみると年に最低6~7回は勇造さんのライブを観ているわけで、後にも先にもそんなにライブを観るミュージシャンは他に居ないわけだから、自然と勇造さんの所作が身に付いてしまうのは無理もない話なのだ。しかも、こちとら師匠のライブを楽しみながら一つでも師匠のパフォーマンスから何かを盗もうとして観ているのだからなおさらである。そう開き直って、それでもなるべく元ネタがばれないよう自分流に消化することを気に留めて最近はライブしている。

そんなアタシに勇造さんから来た今年の年賀状には、両面に渡りソウブラのニューアルバム「普通の暮らし」の感想と共に“五十嵐正史節が出来て来たね”と書いてあって、飛び上るほどうれしかったのでした。
と、こんなこと書いたらもう明日の荻窪での「豊田勇造ライブin我が家」が待ち遠しくてならないではないか!いかん、テンション上がって来た~。仕事なんかやってる場合じゃないぞ(笑)。

今宵のBGMは、どうにも「桜吹雪」が聴きたくて豊田勇造師匠76年発表の超名盤「さぁ、もういっぺん」。
今年は師匠のデビュー45周年!不肖の弟子として思いきりお祝いしたい。

BGドリンクはレモンアロマオイルを1滴垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ782 

2017/04/12
Wed. 23:18

今日は昼から、利用者氏と共に電車で1時間以上かけて東京西部某市の精神障害者グループホームの見学に行く。

わけあってアパート単身生活が不可能となり、期限までにグループホームへの入居を試みるが大田区内はもちろん23区で空いている所はほとんど無く、また入居条件がえらいキビシイ所もあったりして探して探して思えば遠くへ来たもんだとなった(個人的に自宅からは東京西部多摩地域の方が大田区に出るより近かったりもする)。

武蔵某駅で生活福祉課のケースワーカーさんと待ち合わせ、駅からほど近いグループホームへ無事着いて世話人さんと管理責任者のお二人から話を伺ったのだが、電話やFAXでやりとりしていた世話人さんのどこかゆるく優しそうな印象と内容とは真逆に、管理責任者氏はグイグイと見学者である我が利用者氏の生活上“出来ない点”をことさらに取り上げて「それは困るなぁ」「それはだめですね」とダメ出しし続ける。挙句になぜわざわざ大田区からこの西部某市に来ようとするのか?と、賞味90分かけて赴いたこちらを半ば呆れたような非難めいた口調で問う。もちろんアタシは黙ってはいない。一々反論して唸らせこちらの意図と本人の希望を伝えると、黙りこくった世話人氏を置いてきぼりにして管理責任者氏の話は次第に、自立支援法以降の障害者福祉の流れの所為でいかにグループホーム経営が割に合わないつまらない商売であるかという愚痴へと変わり、果ては精神障害者の地域生活定着支援が形と号令ばかりの実の伴わないものであるとの愚痴以上政策批判未満の話まで私にし出した。利用者氏は黙ってトイレを我慢していたようだが、アタシも一部共感はするものの直にこの人たちがくたびれきっていることが良く分かって来た。割に合わないグループホーム稼業を継続するには、割に合わない仕事量を増やすことのない無難なしっかりした、しかもすぐ近くにあるそこがやはり経営する就労継続B型事業所に10分でも30分でも良いから月曜から金曜まで毎日顔を出してくれる人でないと入居させないとおっしゃる。「毎日顔出してもらって安否確認したいから」とのことだが喉まで出かかった「嘘コケ!1日分の利用報酬が欲しいからだろ!」を呑みこんで何とも悲しい気持ちになった。

この団体は元々ぼくの働く施設と同じ頃、東京の南部と西部で当時としては珍しかった「働かないゆるい作業所」としてスタートしたのだった。ぼくがまだ知多半島に居た頃、職員募集を取り寄せぼくは今働いている所とここのどちらにしようかと迷った覚えがある所なのだ。この管理者氏はおそらくその当時から働き続けているもはや唯一の職員ではないだろうか?キャリアも年齢もぼくと同じくらいであるだろう。しかし、こんな対応を見学者や利用者、同僚たちにしていたらちょっとあまり良い信頼関係は築けないのではとぼくはおせっかいにも思ってしまう。こんなにくたびれてまで、でももう後には引けず何とか(経営を)やり続けている。これが障害者福祉の、地域生活定着支援の現実だ。おそらくこういう所は多いはずだろう。これもまた障害者自立支援法が福祉を殺した後の光景の一つなのだ。

同行してくれたまだ3年目という若いケースワーカー氏は、こういう現場が初めてだったことをぼくに告げつつ、とても誠意溢れる態度で生活福祉で利用出来そうな社会資源をこちらも当たってみたいと言ってくれ、今後の連携強化を確認し合えた。こういう一人の仕事人との出会いと繋がり、当事者を交えた共同作業こそが地域生活支援だ。しょうもない形だけの官民共同の協議会など延々と続けているより現場でのガチンコ共同作業だ。それを再認識させてもらっただけでもここまで来た甲斐はあったのか?
それにしても、利用者氏は良くこらえ頑張ってくれた。これまでの生活環境と治療環境を捨てる一大決心をして、新天地での生活をおぼろげながら夢見ていたのにこれではキレても仕方ないと途中から覚悟したが、利用者氏は最後までジェントルマンであった。

帰りまた蒲田まで戻る道のりはとっても長くくたびれたが、小さなでもリアルな現場をまた一つ知ることで、辺見庸氏が語るところの、そのリアルな現場の低い視点から世界を見上げ正確に捉える事が出来た経験の一つになったという思いは残った。
けれど、管理責任者氏にぼくは特に悪い印象は抱かなかった。むしろ、その率直さ開けっぴろげさには好もしさを感じたくらい。一度酒でも呑んで話してみたいとさえ思ったが、向こうが迷惑かも知れない。

今宵のBGMは、豊田勇造師匠不朽の大名盤正真正銘ジャマイカ録音のレゲエアルバム「血を越えて愛し合えたら」。
今夜の様な気分でこれを聴くのは最高の癒しとエネルギーになります。
先日山崎のカンチ兄貴から今年の高槻南風楽天ライブのステキなチラシが届き、そろそろ関西の友人たちに送ろうとあらためてカンチ兄貴の手による招き猫イラストのチラシを見れば、“廃炉LIVEvol.6俺たちが招いたこと 俺たちが招くこと”のフレーズにグッと来る。良いテーマだ。今日のこともそうだけれど、明らかに俺たちが招いたことで俺たちはアップアップしている。でもまだ俺たちには「招く」作業が残っている。アップアップしているだけでは何にも招けやしない。5月27日は果たしてソウブラと鼻炎トリオで何を招くことが出来るか、今から楽しみでならない。カンチ兄貴、ナイスセンス!

BGドリンクはレモンのアロマオイルを1滴足らした水でした。では、15日は大森スペースCでロケンロール!

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ロケンロールライフ781 

2017/04/09
Sun. 21:47

昨日は3ヶ月ぶりの5時間スタジオ練習。

5時間の合間の休憩は合計1時間もなかったはず。4時間以上ギターを弾き唄いまくった48歳間近のアタシ。いやぁ気持ち良く疲れた。練習後の4時間呑みの居酒屋T前屋の席でも言ったけれど、「俺たち20代の時より一生懸命練習してるぜ!」に嘘も盛りもない。
ライブが続くと自然と練習をしたくなる。ライブでぶっつけ本番で試していることをスタジオでちゃんと確かめたくなる。メンバーの誰もがこの貴重な練習の一時を待ちに待っていた。このやる気は高校生バンドにも負けてないはず。

バンドで初めて合わす新曲2曲に、10年ぶりに書き直した「ハーダー・ゼイ・カム」と何年もやっていなくて今また歌いたい曲が数曲。それに遮二無二取組み5時間はあっという間に過ぎた。
練習合間の休憩時は、先日ヤフーニュースに載った埼玉県川口市の銭湯を経営するあるぽらんの若き常連仲間N君のことから銭湯話で盛り上がる。
そのニュース記事によると、現在20代30代の若者が後継者不足に悩む銭湯の経営を引き継ぎ(無論引き継ぐのは経営だけではなく、銭湯の仕事そのものである)、大きなブームではないけれど確実に若い新たな客を掴み現代の銭湯復興を担っているという。
確かに、先日夜の会議の前に西蒲田にある老舗の銭湯「改正湯」に10年ぶりくらいに入りに行ったら、外観はかつてとほとんど変わっていなかったけれど、下足箱が新調されて受付には若いバイト風の女の子が居た。脱衣所も浴室も改装されており、スーパー銭湯と見まがう洗練とキレイさにたまげたのだったが、そのサイズのコンパクトさと気軽さはあくまで銭湯であって、ぼくは代替わりを実感し感心しながら大田区独特の黒湯温泉をぬるめの炭酸湯にした斬新な湯に浸かり、汚れ一つない真っ白な天井を見上げて「これはこれで素晴らしいな」と満足したのだった。

もはや右肩上がりなど望むべくもなく、また望むべきではない経済成長や経済効率優先思想に大切な人生をすり減らすのではなく、公衆浴場を後継して行く若者が出て来たことにうれしいと同時に希望を感じる。数値に現れなくても、実際にこの社会を細やかに包み豊かにしてくれている隙間にちゃんと目を留めることから、経済効率優先の大雑把で隙間を潰しまくって省みることのないこの人でなし社会をひっくり返すことが出来る。ソウブラの生活の歌、ロックもまたその隙間からこそ生まれ歌い繋がって行く。

そんな昨日の回想&妄想に浸っていたら、ぽたりとヘルスよしのの離れのバスクリンぬる湯の天井からしずくが額に落ちて我に返る。夕方離れは薄暗いが節約かそれがヘルスよしのの流儀か灯りは点かない。けれど文句はない。ヘルスよしのはこれで良い。若者が銭湯という文化を継承し新たな息吹を吹き込むのと、時の経過をそのまま刻み小さな街と共にくたびれて行くものが、同じ公衆浴場というタガを外さぬ非競争的原理の上に在ることが、とっても正しいとぼくは確信しつつぼくの生業である福祉もまたそうであるべきだろうと妄想を膨らませて、また滴が額に落ちるまで薄暗いヘルスよしのの離れ(おそらく後年サウナと共に建て増ししたのだろう)のぬる湯に浸かり続けた。

今宵のBGMはピーター・バラカン氏のバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ780 

2017/04/07
Fri. 23:30

登戸研究所保存の会会報原稿草稿

川崎市多摩区に住んで早25年、登戸研究所のことはずいぶん前から、きっと20年くらい前から知っていた。保存の会のみなさんによる見学会のお知らせも何度かもらったことがあり、参加していれば当時まだ現存していた木造の偽札印刷所や偽札保管倉庫をこの目に焼き付けられたはずであった。
しかし、生来の出不精と人見知りもあって「これは見ておくべきだ」「何か大きな気付きを与えてくれるはずだ」と直感し思い立っても、動けずに時間は過ぎた。

ある時、家の母ちゃん(妻のことをもう25年以上こう呼んでいるのでご了承願いたい)から地域の歴史を学ぶ市民講座を通じて、登戸研究所の史実を伝える子どもたち向けの朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」に参加することになったと告げられ、ぼくはずっと心の中にありながら近づけなかった登戸研究所との繋がりが出来たことを大いに喜び母ちゃんを鼓舞した。もしかしたら、この時すでにぼく自身参加するつもりでいたのかもしれない。それは直に現実となり、ぼくは朗読劇の公演に参加し朗読にライブでギターを付ける担当となった。

台本をいただき、ぼくはまずテーマ曲を作ろうと思った。
この地に80年以上立つヒマラヤ杉が、70年以上前の戦争とこの地域の様子を回想する冒頭を読んでいたら、優しく少しもの哀しい沖縄音階っぽい曲が自然と浮かんだ。これ以外にないと思った。そしてそれが今もこの朗読劇の最初と最後で弾いている曲である。
そのうちぼくは、自分のふだんのライブでも登戸研究所のことを歌い伝えたくなり、朗読劇のテーマ曲に劇の内容を盛り込んだ歌詞を付けて、サビのメロディーを加え「ヒマラヤ杉は知っている」という歌にしてライブで歌い出した。
すると、聴いた人からの評判がなかなか良く、結局昨年末に発売したバンドのCDにも収録してしまったのだが、何よりぼくは今こうして少しでも登戸研究所の史実を伝えることに関われていることがうれしく、関わりながらこれからも学び続け、加害の歴史から目をそらさぬ視点からこそ、戦争を二度と起こさない生活の在り方を生涯希求して行きたいと強く思っている。

この文章の後“ヒマラヤ杉は知っている”の歌詞が掲載される予定。ぼくのライフワークの一つと思っている(もう一つは里山保存)登戸研究所について、資料館開館以前から草の根の活動を続けて来た「保存の会会報」からの原稿依頼に喜びぶっつけで書き出してブログ同時公開しました。これを推敲して完成させます。今年は地元で何度か「ヒマラヤ杉は知っている」を歌う機会がありそうで本当にうれしい限り。歌唄い冥利に尽きます。

今宵のBGMはジミー・クリフの1976年発表の名盤ライブ「イン・コンサート」。あらためてバックメンバーがスゴイ!リードギターがアーネスト・ラングリンだし、ドラムは勇造師匠のジャマイカ録音超名盤「血を越えて愛し合えたら」で叩いているカールトン・サンタ・デイヴィス!確かにスゴイ演奏。ボブ・マーリーの「ライブ」と並んでレゲエの至宝ライブ盤!

BG酒はブラックニッカハイボールでした。明日は1月以来のスタジオ練習にバンド始めたばっかりの高校生みたいに興奮してる。やりたい曲がマンチクリンだ。きっとギター森田君もそうだろう。オーケー、いくつになってもロケンロール!そしてハーダー・ゼイ・カム!

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2017-04