周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ805 

2017/06/26
Mon. 23:24

年に一度、ぼくが胆石の経過観察のために受けているエコー検査の機械より相当精密そうなエコー検査器画面に息子の心臓が映り、血液の流れまで赤と青(動脈と静脈?)の色付きで映る。
診察台に寝かされ、先端にゼリーを塗られた器具を胸に当てられながら息子は自分の心臓の画像を不思議そうに眺めている。

「これがあなです」と説明された部分から、左心房の血液が心拍と共にドバドバと右心房に流入しているのが良く分かる。本来両心房間には壁が在り流入することはないのだが、息子の心房間には担当医曰くかなり大きめのあなが開いており常に左心房の血液が右心房に流れ込んでいる。その流入を受けながらもなお心臓は息子の身体を8年の間生かし続け、今もなお少し早鐘のようなビートを刻み続けているのだ。この心臓で毎日学校へ行き、運動会にも出てぼくとキャッチボールをしているのかと思うと思わず我が息子に尊敬の念が湧く。ぼくは「お前すごいな」と言う代わりに検査後立ち上がった息子の頭をいっぱい撫でてあげた。

今日は仕事を午前中で早退し、世田谷区大蔵にある国立成育医療研究センターで、手術1か月前の検査と入院説明を母ちゃんと息子と3人で受けた。昨年夏の終わりに息子の心房中隔欠損が分かってから、出来れば手術をしないで済めばと願いつつあれこれ相談しながら医療機関を探して辿り着いた成育医療研究センター。当初初診の別の病院では「カテーテルでは無理」と言われすぐにでも開胸手術をと言われたのを断り、成育医療研究センターで再度診てもらったらここでは技術的に確立されているからか「カテーテル手術が出来る」という見込みが提示され、今日あらためて最終チェックとして血液、レントゲン、心臓エコーを受けた。
もちろん、カテーテルにもリスクがある。足の付け根から極細のワイヤーを心臓のあなまで通し、通した先で先端部をかさ状に開きあなをふさぎワイヤーだけを抜くという手術だが、金属のかさを受け止める心臓のあなの周囲の肉がもろいとかさは抜けてしまうし、上手くあなをふさいでも金属アレルギーを起こしてしまう場合も260万人中1人くらいの割合で起こると言う。
開胸でのリスクと天秤にかけて考えた末に、まずはカテーテルで行く事を決めたが(当日実際入れてみてもし無理が分かればカテーテルは止める)、親はただいのちに祈るしかない。

それにしても、これまで多くの病院を観て来たが(仕事柄精神科病院を一番多く観て来たけれど)、これほど待たされることなくスムーズに受診出来た病院は初めて(たくさんの検査と診察に入院説明もあったので長時間を覚悟したが、病院への行き帰りを入れなければ90分ほどで終わった)。小児専門のためか病院と言うより保育所のような雰囲気に満ちており、天井には青空が描かれいたるところに絵本等を読むスペースや遊び場がある。何と院内に大きなおもちゃの売店もある。不謹慎なことを言えば実に楽しそうな病院なのだ。そしてそれは、おそらくここに長期入院し半ばここで生活している子どもたちが居ること、そしてここで死を迎える子どもも居ることを意味しているのだろう。実際待合のスペースで病とたたかい生きるたくさんの子どもたちと会った。カラフルな長椅子に寝転がって勉強している子や、車椅子に乗ってゲーム機に夢中になっている子、懐かしいあらいぐまラスカルがやっている大型テレビ画面に観入っている子ども等々。子どもの活気と親たちの子どもへの思いが伝わってくる空間にぼくは居心地の良さを感じた。この病院に替えて良かったと思えた(唯一難点は家は都民ではないので、お金の払い戻し精算が面倒な事)。
息子の手術と入院はちょうど1か月後、梅雨明けして夏の盛りを迎えた頃、彼の8歳の誕生日の後だ。

帰りにがんばったご褒美にガリガリ君ソーダ味を買ってやり、大喜びで一心にアイスにかじりつく姿はどこまでも素直に子どもしていてやっぱり可愛い。どうか無事手術が成功するように…。
修学旅行から無事帰って来た長女共々今日は疲れたらしく、ぼくの仮眠と一緒に2人も爆睡してしまった。我が家のみんな、今日はそれぞれお疲れ様。

今宵のBGMは、とっても聴きたくなってニール・ヤングの78年発表の名盤「カムズ・ア・タイム」をLPレコードで。
BGドリンクはアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ804 

2017/06/25
Sun. 23:05

自分のライブはなかった週末であったが、いろいろ盛りだくさんで過ごし、そしてヘルスよしので日曜日を締める。

我が家がいつもの週末と違うのは、長女が24日早朝から明日26日まで2泊3日で奈良~京都へ修学旅行に行き4人で過ごしているということ。4人で寝るいつもより広く感じる4畳半の寝室は、ぎゅうぎゅう詰めで寝るのに慣れてしまったせいか何だか物足りない。ふだんは強気だけれどその実寂しがり屋な次女は姉ロスを隠し切れず、「父ちゃんは居なくてもあんまり寂しくないけど、お姉ちゃん居ないのは寂しい」と言い、お姉ちゃんをぬいぐるみに見立てて隣に寝かせている。

長女は受験勉強(塾にはとても行かせられないので自主勉強です)と部活による疲労のせいか、修学旅行前に感染症を患い前日までじんましんが治らず行くか止めるか迷っていた。しかし、休んでも修学旅行の積立金が戻ってこないことを知り、それとやはり生まれて初めて訪ねる古都への興味から行く決意を固め、ぼくは23日夜の豊田勇造師匠のマンダラ2でのデビュー45周年記念ライブ終了後早々に帰宅し、翌早朝駅まで車で送ることを約束した。
早朝5時40分に親友のMちゃんと団地を出発した時には、長女は修学旅行へのワクワク感に満たされているようだった。ふだんじっくり見た事の無かった長女の制服姿、荷物の詰まったリュックを背負って駅へ向かう後ろ姿を寝ぼけ眼で見送っていると、よくもまぁここまで大きくなったもんだと朝っぱらから親父は目頭が熱くなる。

団地へ戻って二度寝した後は息子と野球をし、夕方からは連日の豊田勇造師匠ライブを観にさいたま市のカフェ土瑠茶さんへ。
このライブはソウブラも長い付き合いであるさいたまの江上さんのプロデュースであり、ピースライブと題して今回で15回目!となる。オープニングはやはり20年以上のぼくらの歌友でもある飯浜ゆきこが務めるので観逃したくない。身体は重たいが昼寝を短時間で終わらせ、心だけは軽く高校時代3年大宮に通ったぼくにとってどこか懐かしいさいたまの空気を吸いに出かけた。
デビュー45周年の勇造師匠は、春のツアーで披露した新曲がすっかりこなれて来て説得力を増し相変わらずキレキレであった。凄すぎるぞ師匠!特に今回は「プロテストソング特集」と銘打ってのライブ。そのネーミングから何となくいわゆるメッセージソングばかりを想像してしまうが、師匠の歌はいわゆるスローガンじみたフレーズ連呼の歌はないし青筋立てて拳を突き上げるタイプの歌でもない。師匠の歌は聴く者に唄われる光景を描かせ感情を揺さぶる。聴く者一人一人が描く光景はそれぞれのものだが、人間として許されないことへの共通の思い(怒り)がある。それは狭量とは正反対の豊田勇造唯一無比のプロテストソングだ。

昨夜は打ち上げまでしっかり参加して、深夜団地でたぬきと遭遇しながら帰宅しそれから沖縄の桑江さんがFB上で知らせてくれた、29年前に大学の自主上映会で観たドキュメンタリー映画「ゆんたんざ沖縄」の続きをユーチューヴでの無料配信で観た。
29年前、19歳のぼくは当時大学のⅡ部の講義後(おそらく21:30以降)開かれていた沖縄勉強会「きじむなーの会」(桑江さんはその中心メンバーだった)にどういういきさつでか忘れたが(たぶん桑江さんのいとこでもある親友Aから教えてもらったのだろう)何度か顔を出し、「ゆんたんざ沖縄」の上映会にも参加した。
高校生の時バイブルのように読んでいた灰谷健次郎氏の著作を通して沖縄を知り、高校3年の時の沖縄国体で知花昌一氏が日の丸を引きずり降ろし焼き捨てたのを当時ニュースステーションで観て、久米宏氏が「沖縄には沖縄のこうせざるを得ない事情がある」というコメントと共に衝撃を受け、やはり16歳の時にある教師から受けた教えから、日の丸君が代に対して「人間性を歪め貶める装置」と思っていたぼく(それは今も変わらない)の中に「オキナワ」はどっかりと腰を下ろしていた。
そんなぼくが19歳で「ゆんたんざ(ゆんたんざは読谷山の意)沖縄」というドキュメンタリー映画を通して初めて生の沖縄と出逢った。今回29年ぶりに記憶を呼び起こしながらあらためて観て、この映画が自分が沖縄を考える上での原点であったことを思い知った。ここから始まったのだ。読谷村のチビチリガマでの集団自決の真実、彫刻家金城実さんと読谷村の村民たちでチビチリガマに造った「平和の像」、29年間鮮明に残っていた、読谷高校の卒業式で同世代の女生徒が初めて日の丸を壇上に置こうとした学校側に抵抗して日の丸を奪いドブに晒してから校外に投げ捨てたシーン。

29年ぶりに観てまったく過去のこととは思えないという実感と、デジタルでないあの映像の当時にぼくの19歳~20代前半もあったという感慨が同時に迫りながら、ぼくはぼくの原点があったことにやはり感謝したくなった。この映画を観た1年後にぼくは沖縄へ3週間一人旅をし親友Aと上映会を主催していた桑江さんに沖縄本島のあらゆる場所、戦跡を案内してもらい一人で伊江島へも行った。その後何度か再訪ししばらく右翼に壊されたままであった時の平和の像も観た。知花さんが経営していたスーパーにも連れて行ってもらった。もちろん酒も呑み音楽もたっぷり楽しんだ。現在に連なる原点である。ぼくの原点である。
未見の方、ユーチューヴで観られますのでぜひぜひご覧ください、「ゆんたんざ沖縄」を。

今宵のBGMはピーター・バラカン氏の「バラカンビート」録音音源。リスナーからのメッセージで沖縄慰霊の日についてもピーターさん言及していました。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ803 

2017/06/21
Wed. 23:18

今年ももうすぐ半分が終わろうとしている。

上半期は昨年末に発表したニューアルバム「普通の暮らし」を引っ提げてライブ充実であった(ソロ入れてちょうど20本!)。
6月と7月はバンドのライブが1本ずつだけなので、ちょっとゆっくり過ごしたりスタジオでしっかり練習して下半期ライブに向けて新曲のアレンジをみんなで決めて行こうと思っている。それでこの場を借りて7月8月の決まっているライブの告知を。

7月1日(日)は、今年で4年連続4回目の出演となる江島杉山神社での隅田川フォークフェスティバルに出演!JR両国駅と都営地下鉄森下駅からだいたい徒歩7分くらいの所に在る、江戸時代から続く鍼灸院を併設した珍しい神社。
歴史も風情もあり白蛇を祀った小さな洞窟もある実に素晴らしい空間。そこの社殿の中で13:00(開場12:00)~17:00(予定)まで総勢7組以上のミュージシャンが演奏し唄い合うイベント。フォークと言っても季節も季節だけに熱い暑いそんじょそこらの夏フェスより(って夏フェス行ったことありませんが)熱く観応え聴き応えマンチクリンのイベントです。滅多にお目にかかれないアコースティック楽器の生演奏もたっぷり聴けるし、個人的には社殿周囲の廊下から良い風感じながら中のライブを観るのが大好き。ソウブラは14:40~15:10に出演します。詳細は当ブログライブスケジュールをご覧あれ。

7月はバンド以外の活動で、7月22日(土)パルシステム神奈川ゆめコープ主催の“平和国際フェスタ2017”で朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の公演。場所が新百合トゥェンティホールという、450名!も入るホールで、これまで基本生音生声で明治大学の小さな教室等で公演して来た朗読劇団にとって最大のチャレンジ。平日練習が多く、基本当日ぶっつけ本番のアタシのギターも、今回はみなさんと17日の事前練習に参加し、何とか当日を満足行くパフォーマンスで完走したいと燃えておりマス。それにしても、戦時中登戸研究所で行われていたことを知ってもらうための、それを通して二度と庶民の暮らしが戦争に利用されてしまわないための朗読劇がこんな大きなイベントに声がかかるまでになるとは!登戸研究所に関わることをライフワークと思い込んでいる身としては、実に感慨深く気合いが入るのです。会場は新百合ヶ丘駅北口徒歩2分のところにあり、入場なんと無料!朗読劇は11:40~12:10で公演します。

8月5日(土)は、初めて憲法フォークジャンボリーに出演。例年3日間続けて(今年は4日~6日)東京労音R'sアートコートで開催される大きなイベント。一組15分の枠で実にたくさんの表現者がそれぞれの「憲法への思い」をパフォーマンスするのだが、ぼくは今回ギター森田と二人で3曲すべてを竹内浩三の詩で唄おうと思っている。年に1度は竹内の詩ばかりのライブをやって行けたらなぁと思っていたので、名ばかりではあっても平和憲法を知ることなく戦争に殺されてしまった彼の詩を、この憲法フォークジャンボリーで唄うのは実にふさわしいことのように感じる。思えば竹内浩三の人格は平和憲法(9条)そのもののようだ。
1日券(前売)1000円 (当日)1200円 3日間通し券2000円で販売。※小学生以下無料。前売券は五十嵐に申し込んでいただいても構いません。

8月11日(山の日)には、国立は谷保村かけこみ亭にて、今年も護憲と反戦平和のため「共謀」コンサートが決定。
15:00開場15:30開演で休憩挟んで21時くらいまでやるマラソンライブイベント。出入り自由の投げ銭なので都合の良い時間帯で気楽にお運び下さい。ソウブラの出演時間など詳細決まったらまたお知らせします。このイベントならではの歌を、特に練習してアレンジ固めた新曲などもぜひ披露したいと思ってます!

BGMは、「ティム・ハーディン1」。BGドリンクはレモンアロマオイル垂らした水でした。
今宵は激夏ライブ告知でロケンロール!

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ロケンロールライフ802 

2017/06/20
Tue. 22:59

昨日(19日)は母ちゃん(妻)の誕生日であった。

仕事帰り団地の最寄である生田駅に降りて思い出したのだが、今さら何か取ってつけたように買って帰っても逆に母ちゃんに「また余計なお金使って~」と叱られることは目に見えていたので、一緒に晩酌する時のアテにと津久井道沿いの古い小さな肉屋(またまた出ました「古い」「小さな」)Sで、鶏皮揚げ150g183円也を買って帰る。
玄関を開けるなり次女が飛んで来て「今日何の日だか知ってるか~!?」と聞くので「母ちゃんの誕生日。だから一緒に食べようと思って鶏皮買って来た」と言うと、「それ、ただのジジィの好物じゃないか!」と叱り飛ばされた。

ぼくより1歳年下の母ちゃんと出会ったのは、古い歌の歌詞にあるように“俺が二十歳でお前が十九歳”の時。付き合い出してすぐに一緒に暮らし出したので(お互い生まれて初めてお付き合いする異性であった)もうかれこれ28年も一緒に居る。当たり前だが親よりも妹弟よりも長く一緒に生きて来た。迷惑は間違いなくぼくの方がたくさんかけて来たし今もってかけているだろう。なるべくかけないようにしたいと思うが、なにせ自分の思うままにひたすら我を通し我を通すためにぶつかり、いろんなものに背を向けここまでやって来た自分である。要するに好き勝手やって来たのだ(もちろんその中で憤まんやるかたなき事々、辛抱、悔しさは数知れずあったが)。そんな人間と共に暮らす労苦は計り知れないだろう。それがもはや3人の子供までいる。貧乏も一緒になった最初から想定内(ちょっと想定以上であったが)、はなからボロアパートに住みそれが今や他人様とのご縁のおかげで狭いながらも鉄筋の築47年団地に借り住まい。
そんなことを回想しながら母ちゃんと鶏皮をポリポリかじりつつ、値上がりが痛い麦とホップで晩酌すれば(毎晩母ちゃん1本アタシが2本呑む)、娘たちは母ちゃんへの誕生日プレゼント代わりに夕食作りの手伝いをしている。冷蔵庫には子どもたちが描いた母ちゃんの似顔絵(そっくり)と、愛情こもったメッセージが寄せ書きされたマグネットボードが貼ってある。こんなに子どもたちから平等に慕われている親をぼくは知らない。それに比べて父は…トホホ(泣)。

母ちゃんからはよく「ブログだとずいぶん良い家族に書いてあるらしいじゃない」と突っ込まれるのだが、「本当のことだから別に良いじゃない」とアタシは返している。おそらくケンカは28年間で10回もしていないだろう(若い頃のことはだいぶ忘れたけれど、少なくとも子どもたちは両親のケンカを見たことが無いはず)。ぼくは元来争いごとが大嫌いなのだが、物心ついた時から社会生活上常に争いの中を生きて来た。母ちゃんと出会った20歳の頃には、もう自分で築いてきた鎧はボロボロだった。せめて暮らしだけは穏やかにハリボテの人為の華やかさと競争(狂騒)とは無縁の、自然の大きな流れに抱かれるようにして生活したいと願って来た。

そしてそれは母ちゃんのおかげでこうして実現しているのだった。ハッピーバースデー!

今宵のBGMはティム・ハーディンの71年発表の「バード・オン・ワイヤー(電線の鳥)」。人恋しさと哀しみが絶妙に融和し音楽に昇華した実に渋い名盤。ここから後は転げ落ちるように酒とドラッグに溺れ(以前からやっていたが)、10年経たぬうちに孤独の内に生涯を閉じたティム・ハーディン。それでもこのアルバムには穏やかな木漏れ日のような人肌に満ちた音が溢れている。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ801 

2017/06/13
Tue. 23:26

今日は午前中事務室でNPO法人の報告書を作りつつ、法人ニュースの中身を考えつつ、パテーションだけで簡単に区切られた向こうで利用者とスタッフでテーマミーティングというプログラムをやっているのを聞くとはなしに聞く。

本日の話のテーマは「シーエスアデイ(施設の名前)について」。朝みんなで確認した時にぼくからは「言ってはいけないことはないので、自由になんでも言って」と伝えておいたのだが、みんなけっこう真剣に自分がどうやってこの施設を選びここが自分にとってどういう意味があるのか語ってくれる。変に厳しいことを言われる割にやることの中身のない病院デイケア等を経験して来た人からは、「ここはやることがあって、作業があって良かった」という発言があり、頻繁に残業がある上に「ずっとここに居ろ」と言われる就労継続支援B型の利用経験がある人からは「ここは作業だけでなくて良かった」と発言が上がる。みなさん実にそれぞれの事情を抱え希望を持ってここにやって来て、上手にここを使っているのだなぁと思わず感心する。

特に聞こえて来てうれしかったのは「ここは風通しが良いです」という発言と、通院している精神科の主治医にここの活動を報告するといつも驚かれ、「このご時世でまだそんな風にゆるくやっている作業所があるなんて貴重だ」と言われるという話。その主治医氏は「所長はずいぶん苦労されているんだろうね」とも言ってくれるという。アタシは耳をダンボにしつつ思わず目頭熱くなる。
分かる人には分かってもらえる。それで良い。そんな風に思っていたら何となく行き詰まっていたニュース特集のテーマが浮かんで来た。都内でも稀有な事業所として生き残って5年目を迎えた自分たちの施設の在り様を赤裸々に公開し、どうやって成果主義と競争原理から外れて在り続けているのかを知ってもらおう。そして、福祉の魂を捨て利用者の通所強要に走る自分たちを顧みない同業他者に一発喰らわせてやろうじゃないか(と、すぐ挑発的になるのが悪い癖)と一人盛り上がる。

休憩時間には、何人かが17日のソウブラのスペースCライブに行くための集合時間を確認しているのも聞こえる。
かれこれ2、3年前くらいから毎回何人かの施設利用者がスペースCライブを観に来てくれるようになった。ぼくから特に宣伝したわけではなく、スペースCでチラシを見たり一度観に来た人が「次はいつですか?」と聞くようになって、それ以降スペースCライブの日程が決まると口頭でお知らせするようになったのだ。最初の頃は多いと5人くらいで来てくれたりするので職場みたいな感じがしてやりにくかったのだが、いつしか時にはスペースライブの半分以上を占めるお客さんになったりして(苦笑)、客の入りにいつも頭を悩ますぼくにとって実にありがたい存在となった。何より毎回とても楽しみにしてくれ、実際ライブを楽しんでくれるのがこちらもうれしい。
以前から、所長がバンドを組んでライブをしているのに興味を持って利用者が1~2回来てくれることはあったが、ここまで通ってくれるようになったことはなかった。同業他者からはかつてよく「せっかく特技があるのだから利用者の為に作業所でライブやったら」等と言われたものだが、花見の席で1曲歌うならまだしも、自分の歌ばかりを唄うライブを“利用者の為に”等という題目付けてやるなど絶対に嫌であった。ぼくはとにかく人に歌を聴いてもらいたい人間だが、それ以上に歌の押し売りだけは絶対にしたくない。

梅雨ではあるけれど、今の所17日の天気は大丈夫そう。今夜も個人練習をばっちりやった。選曲もだいぶ固まった。今回もみんなに楽しんでもらえるよう良いライブをしたい。大森カフェスペースCならではの楽しく熱い生きてて良かったライブをみんなと創りたい。みなさん、ぜひぜひそんなソウブラライブをたっぷり楽しめるお得なスペースCライブへお運び下さい!

今宵のBGMは、サン・ヴォルトの新作「ノーツ・オブ・ブルー」。毎日聴きまくっていて、アルバム中の1曲のメロディーを借りて新曲完成しつつあります。今年のベストアルバム間違いなしだなこりゃ。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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2017-06