FC2ブログ

周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ954 

2018/12/10
Mon. 23:10

師走はやはり何だかんだ忙しい。

昨日(9日)は、午前11時前に蒲田駅に集合して、我が零細施設利用者氏3名と待ち合わせて後楽園ホールへプロレス観戦に。
おそらく今年最後となるであろうプロレス観戦、今年もずいぶん行かせてもらいました。ゼロワンプロレスさん、シードリング女子プロレスさん、そして昨日のPURE-Jさん、今年もご招待ありがとうございました。おかげで我が零細施設のとびきり豪華な有志外出レクとして、プロレスはすっかり定着しました。ホンと施設のパンフレットに「プロレス観戦あり!」と書いてしまおうかしら(笑)。

さて、昨日のPURE-J女子プロレスさんは、9月に立川農家さんでソウブラがゲスト出演させてもらった女子プロレス界の小さな巨人ことコマンドボリショイさんが主宰する団体。一緒にライブして打ち上げで大いに語らった間柄でありますので、今回こそは会場でボリショイさんに声をかけて、施設利用者氏たちに良いとこ見せてやろうと準備万端狙っていたのだけど…当日途中で持ち込み用の酒やツマミを買うためにいつも寄るコンビニがめちゃくちゃ混んでいて、会場入りが試合開始直前となってしまい、物販に居るボリショイさんの後ろ姿を見つけたものの、受付け済ませてようやく入ったらすでにボリショイさんは入場の準備で居なくなっていた(泣)。

ならば応援の声を届けようと、全6試合を熱く観戦し南席後方から熱い声援を送った。この日もPURE-Jさん主催の後楽園ホール大会はほぼ満員。さすがの人気ですPURE-Jさん。熱い満員の客席からの声援を浴びリングで見事な闘いを観せてくれるボリショイさんの動き、技、パフォーマンスはやはりずば抜けてスゴイ。進行性の頸椎の病気が分かり来年4月での引退を決めたボリショイさん。その決意に至る話を農家のライブ後の打ち上げで直接聞いただけに、そのファイトがなおさら心に響いてくる。「もっともっとリングに立ちたい!」という思いがひしひしと伝わってくる。ここまで技を磨きあげた選手はなかなか居ない。それが観る者にも、同僚、後輩たちにも伝わり敬愛される所以なのだろう。最後相手に絡みつきクルクル開店してからのボリショイ式腕固めでギブアップ勝ちしたボリショイさん。カッコ良かった~!それにしても、タッグを組んだジャガー横田選手の存在感と太い声にはたまげた。ジャガー選手はまだまだ現役である。

全試合終了後、帰りモードの利用者氏たちを待たせられないので結局今回もボリショイさんへの声かけあきらめて会場を後に。でも、利用者氏たちもアタシもK田さんもプロレスに胸中満たされて大満足であった。アタシはやっぱりプロ野球よりもサッカーよりも何よりもプロレスが一番好き。三つ子の魂100までじゃないけど、親父に肩車されて野田市の清水公園駐車場特設リングで観た女子プロレス、ビューティーペアがアタシの原点。あの雰囲気、ともかく人間臭マンチクリンの勝負さえ呑み込むプロレスの深さ、在り方にやられてしまった小学生のアタシなのであった。で、49歳の今人生で一番プロレス観戦に通っているという事実。

プロレス観戦後は久しぶりに新宿のCD屋を冷やかし(冷やかすだけなら良かったのだが、秋に出たジョー・ストラマーの2枚組未発表曲中心のコンピレーションアルバムを買ってしまった。12月ホンとキツイぞ金欠)、その後あるぽらんの忘年会に参加すべく阿佐ヶ谷へ。早めについたので常連仲間N橋君おススメの銭湯「玉の湯」で汗を流す(何とN橋君も同じ時間玉の湯に居たのだが、眼鏡をかけていない彼がぼくは分からず、眼鏡をかけていない彼はぼくが分からないでいた。でもどうやら隣り合って湯に浸かっていた模様)。
あるぽらん忘年会はここ数年の常打店、駅前の駒忠を借り切っていつものように盛大に飲み唄い語らう。何だかんだ年に一度ここでしか会わない人も居たりして、同世代の長い付き合いの常連仲間と最近の暮らしぶりや体調の事など話せば、絶対俺より飲んでいて肝臓の値が高いだろうと思っていた人が、ちゃんと休肝日作っていてγ-GTPも正常値内に収めていると聞き、ちょっとあせる。「俺今年180まで上がっちゃったよ」と言うと「それヤバいね」なんて返されて真剣にあせる。

さすがに2次会まで出る体力気力は無く、10時前に帰宅すると、母ちゃんに「あら、早かったじゃない」と言われ、「俺もそろそろ休肝日作らなきゃ」と思わずつぶやく。次女がすかさず「今頃気付いたの!どこのお父さんもとっくに作ってるわよ。でも今さらもう遅いかもね」なんていつものようにキツイ事言う。それで、やっぱり今夜も本麒麟2缶空けて幸せに仮眠してからこのブログ書いておりマス。だめだこりゃぁ!

今宵のBGMは昨日買ってしまったジョー・ストラマーの2枚組「ジョー・ストラマー 001」。素晴らしいです!帰りの電車でジョニー・キャッシュとデュエットしたバージョンの「リデンプション・ソング」を聴いていたらもう落涙。帰りの電車で吊革につかまり、CDウォークマン聴きながら泣く白髪のオッサンって何だと自分でも思いますが、いまだにロックは、ジョーはアタシを泣かすのです。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

向ヶ丘遊園駅前12.8ピースアピールライブ終了 

2018/12/08
Sat. 23:39

昨夜(7日)は、今年ようやっと我らがもう一人の師匠知念良吉さんのライブを観に東京琉球館へ行けた。

今年はこれまでどうしてもスケジュールが合わず、知念さんから直接「一緒にやらない?」と連絡いただいた時もすでにその日自分のライブが入っていて行かれず、もうずっとモヤモヤしていた(F村君ライブ情報ありがとう!)。なので行く気マンチクリンで、ステージに呼ばれても良いようにCのハーモニカも持参して大田区の職場からいざ駒込琉球館へ!

今年は9月の終わりに、2泊3日であったけれど10年ぶりに沖縄へ行き、玉城デニー知事誕生直前の沖縄の空気を吸って来た。懐かしい友と逢い、ミュージックパーリーではぼくが知念良吉さんを知り、師と仰ぐきっかけとなった記事を書いたボーダーインクのSさんと偶然逢い、知念良吉愛について熱く話が出来た。そして一緒に知念さんの歌を唄った。ぼくは知念さんに会いたくてたまらなくなっていた。あの声を、ギターを聴かずに、本人に逢わずにこの一年が終わるのは嫌であった。ヤマトによる恥知らずの止まることない人間性放棄の圧政が続く沖縄のこと、それに対する自分たちの在り方について、知念さんの歌を聴き逢うことであらためて見詰めたかった。

果たして、ライブ序盤から知念さんに「五十嵐君ハープ持って来てる?」と声をかけられ、ツーと言えばカーとばかりに懐からハープを取り出して前に出て行き「何処へ行くオキナワンボーイ」で吹かせてもう(お客さんから「用意が良いね~」と感心されたのは言うまでもない)。その他ソウブラでカバーさせてもらっている「地平線」「夜霧の国道1号線」最後にもう一度「何処へ行くオキナワンボーイ」でも共演させてもらった。休憩挟んで2時間半を超える熱い良いライブ、お客さんの誰もがこのままずっと聴いていたいライブだった。
知念さんの隣で、そして観客席で、知念さんの声を、ギターを聴き、揺るぎないグルーヴを感じていると、9月の沖縄でSさんと話したことを本当にそうだなぁ思い出す。それは沖縄をめぐるあらゆるものが大きく変わったが、一人知念良吉だけはまったくぶれることも変節することもなく在り続けているということ。その知念さんを観て自分の在り方を往き方を見つめ顧みる。
知念さんは「やり方はいろいろ変えて来たが、昔から漠然と描き目指しているもの(世界)は基本的に変わっていない」と言っていたが、まさにその言葉通りのうた唄い人生だと思う。不肖の弟子はまたも大きな力をもらい、知念さんの居るこの世界で自分もまた唄えることをうれしく思うばかり。店主陽子さんによる手料理(ハープ吹いたのでご馳走になりました!)と泡盛お湯割りをたんと食べて飲んで師走にて今年初の知念良吉師匠ライブを堪能、モヤモヤは吹き飛びました。

一夜明けて、12月8日は断続的にやり続けて18回目となる地元向ヶ丘遊園駅前での12.8ピースアピールに参加。
ぼくは、ソロで唄うため充電式の30Wアンプとマイクにスタンドを軽ワゴン車に積んで、始まる午後1時前に現地へ向かう。結局スピーチも含めて音響はすべて私の持ち込み機材で賄うことに。この一点からしてこのピースアピールの小規模感が分かるというもの。しかし、ぼくはこの小規模感が決して嫌いではない。でも、かと言ってどっぷり居心地良さを感じているわけでもなく、熱く燃えるようなライブをここで出来た試しは無い。しかし、ぼくはこの1941年の真珠湾攻撃の日に、通行人に当時の赤紙のレプリカを配りながら、地元で様々な活動をしている人がアピールし、その合間に歌を唄う行動に20年くらい前(ということは最初期から)からずっと参加している。参加者は三々五々で15名くらい。立ち止まる通行人もそう居ない。ぼくはいつも虚空に向かって唄うように声を出す。それでも野外はやはり独特の気持ち良さがあるからけっこう大声出す。これでも喰らえというような気持ちになることも。今年は「解放の歌」「ヒマラヤ杉は知っている」「平和の欠片」を歌った。最後の「平和の欠片」を唄っている途中で、昨年の衆議院選挙に立候補しぼくも激推しした斉藤のどか女史が黄色のステキなコートを着て現れたのが見えた。この日唯一の20代の登場であった(その次に若いのが49歳のアタシ)。そのまぶしさに動揺してか「平和の欠片」のコードを間違ってしまった。が、どうせ一人だしこの歌を知っている人など居ないからとかまわず弾き続け唄った。

斉藤のどかさんもアタシの機材を使ってスピーチしてくれた。戦争に行った体験を持つ優しいお爺ちゃんが、敵国民に対しては残酷な物言いをしていたことに受けたショック体験から、反戦と戦争に突き進む現政治を語る。さすが選挙に立候補しただけあって話が上手い。聴き惚れた。しかし、内気なオッチャンは話しかける事は出来ませんでした。アタシの歌へのコメントも特にありませんでした。て言うか、誰からもありませんでした(泣)。でもまたきっと来年も都合が合えばぼくはこの小さな行動に参加するだろう。20年近く前、ぼくはこの行動で赤紙のレプリカと共に配られていた登戸研究所のことを伝えるチラシを読み、初めてかつてこの地に毒物兵器、偽札、風船爆弾作りをしていた登戸研究所があったことを知ったのだった。それが現在自分のライフワークになるだろうとは。

下痢が続いているから用心して昼食抜きで唄ったので、終了後空腹に耐え切れず駅前の箱根そばでたぬきそば大盛りを食してから一人車で団地に帰り、ここ数年の冬の定番トレニーングウェア上下に着替え風呂道具を準備してヘルスよしのへ。
今日はお代と一緒に、受付けのおじちゃんに職場のある東京大田区と川崎市が提携して京急電鉄が企画した「銭湯へゆこう」キャンペーンのハガキを出して「スタンプお願いします!」と言う。おじちゃん快く押してくれたのだが、まだ未使用のスタンプを箱から出して不慣れな感じで押した様子から、「もしかしてヘルスよしのでは俺が最初か?」と思ってしまった。「先着順だから早く行った方が良いよ」とおじちゃん。最初から抽選で当たるテディベアのぬいぐるみではなく、先着1126名(いいふろ)に銭湯でのスタンプと、京急蒲田駅や川崎駅等にあるスタンプを合わせるともらえる手拭い目当てであることを見越してのお言葉。ぼくも「手拭い欲しいんですよ!ありがとうございます」と礼を言って湯殿へ。ヘルスよしのはいつも通り、いやいつも以上にサイコー。いつまでも在ってくれよヘルスよしの。向ヶ丘遊園駅前でのなかなか渋いピースアピールを終えて疲れた俺の身体を、いつまでも癒しておくれ。

下痢は少し良くなったかな。明日は昼プロレス引率からの阿佐ヶ谷あるぽらん忘年会。がんばれ!俺の大腸。ロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

朝から冷たい雨が降り、昨日までとはうって変わっての冬の寒さ。こんな日が何べんも続いたらそら体調壊します。下痢もします。で、高校の期末?試験控えた長女がダウンして学校を休んだ。

ぼくは今日は有給休暇(今年度2日目でいずれも取った理由はライブ。昨年度は息子の手術でも2日ほど取ったから、まだ親らしい理由であった)を取って、昼から母ちゃんと同じ区内にある南生田中学校へ出かけ全校展開で行う講座学習の一つ、登戸研究所のことを伝える朗読劇と保存の会の方の講演に参加。

朗読劇団員の衣装は黒で統一なので、15年前から着ている黒のデニムのウェスタンシャツに黒Gパンという出で立ちに、ついに出番のカストロコート(ドカジャン)を羽織りギターを背負って校舎に入る(我ながらなかなかキマッていると思った)。
廊下を歩くとやたらとすれ違う生徒たちが元気にあいさつして来る。ずい分挨拶にうるさい中学校なのかと思い、また見た感じのツッパリ(もう死語か)が全く居ないことに驚きながら今日の会場である3階の教室へと案内される。中学校の中に入るなんて35年ぶり(娘たちの中学校には校庭にしか行ったことがない)だから、先生に対しては自分が生徒だった頃がフラッシュバックするのかちょっと身構えてしまうのだが、その先生たちの多くがきっともうぼくより年下なのだと思うと何とも不思議な気分になる。

13ほどのテーマ別の講座に別れて一斉に各教室を使って授業をするのだが、登戸研究所の講座には各学年からだいたい10名ずつの計30名が来てくれた(生徒たちがどのように講座を選択したのかは訊きそびれてしまった)。
まず初めに担当の先生が我々の紹介をしてくれてから朗読劇が始まる。担当の先生は良い意味で暑苦しくなく、自分も登戸研究所について知らないのでみんなと勉強したいというとっつきやすい雰囲気で我々にバトンを渡してくれた。
これまで夏休みの親子教室等で朗読劇を公演したことはあったが、観客全員(先生も居るが)中学生というのは初めて。練習時に劇団員のみなさんは現代の中学生に果たしてウケるか心配されていたが、ぼくは30人中の1人でもこの劇と劇が描く登戸研究所について引っかかり、現代社会を自分なりに疑うきっかけにさえなってくれたら良いと思っていた。だからなるべく感情や感性に訴えるギターを弾くことを決意していた。

果たして教室内完全生音の今回の朗読劇は、朗読者一人一人の思いが語りの一言一言に乗り移ったかのような熱い良い朗読劇となったと思う。その朗読者の熱に煽られるようにぼくは語りの間合いとリズムに乗ってギターを弾いた(終演後、ギターと語りの間合いを誉めてもらえてうれしかった)。強弱はいつもよりも自然とついた。特に、かつて中国の南京で捕虜に毒物兵器を使って人体実験をしていた元所員の独白では、これまでずっと隠してきたことを、若い人たちに自分と同じ行為、思いをさせたくないと告白する気になった理由を語る部分で、アドリブで目の前の中学生たちに「あなたたちに」と付け加えて朗読した下りでは、独白に合わせてギターをつま弾きながらぼくは涙がこぼれそうになった。何としても伝えたいこと、伝えなければならない事、それは到底嘘の歴史からは生まれないしそんなもの真に引き継がれはしない(嘘の歴史が引き継がれるとしたら、それは人間性を捨てることによってのみだ)。一人の人間性を賭けた言葉がこうして繋がり、また繋がる可能性のある場所に自分が立ち会い参加していることに、ぼくは言葉にならないほどのやりがいと「自分はやるべきことをやるべき場所でやっている」という自己肯定感に満たされギターを最期まで弾き切った。

朗読劇と講演の後は、30人の生徒が学年混ざって5グループに分かれてグループディスカッションし、最後に各グループ毎に報告して終わるという流れだったが、朗読劇と講演聴いていっぱいいっぱいだろうに、その上話し合いまでさせられるなんて中学生って大変だなぁと思ってブツブツ言っていたら、隣に座っている母ちゃんに「しィーッ!」と注意されてしまった。
それでもみんなずいぶんがんばって率直な意見、感想を述べてくれた(ここでもやはり担当教員が変に誘導的でなかったのが良かった。どんな意見でもオーライという感じが良かった)。
印象に残ったのは、多くの生徒が戦時中の日本のことを「とにかく勝つことだけがすべての状態。勝つことの為なら何でもする状態」であったことに驚き、自分の生きる現在との違いを感じているということだった。ぼくなぞは今でもある意味そうではないのかと常日頃感じているので意外であった。もしかしたら、目的が「勝つこと」から「自分を守ること」等に変わって来ているのかもしれない。その他一つのグループからは加害者でもあったニッポンを知ったことの驚きを語ってくれた生徒も居た(現在もニッポンはとことん加害者である。辺野古を見よ)。もうそれで十分である。後は土曜日や学校休みの日にふらっと一人で(まずは一人で行くのが望ましいとぼくは思う)、明治大学生田キャンパス内の資料館に入ってくれたら良い。今日聴いてくれた生徒の1人でも2人でも。

朗読劇団「ヒマラヤ杉は知っている」のみなさん、お疲れ様でした!今年も公演出来て良かった!
もっともっとこの朗読劇を深めながらこれからも伝えて行きたい。

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ロケンロールライフ953 

2018/12/05
Wed. 23:30

49年生きて来て初めて味わうような気味の悪い12月を迎えた。

着る気マンチクリンでバザーで手に入れたカストロコート(ドカジャン)はいまだほとんど出る幕無し。冷え性のぼくに必需品のヒートテックもどきの長袖下着も暑くて着ていられない。頭の中には豊田勇造師匠の名曲“スィート・ホーム・KYOTO”の一節「きっと地球が壊れんだんだ~♪」がリフレインする。
ヘンテコリンな気候の所為かたんなる飲み過ぎの所為か、我が宿痾である下痢が例年以上にひどく、通勤時の途中下車が忙しく脂汗垂らしながら間一髪で事なきを得るというスリリングな日々を過ごしている。そんな冬に妙に温かすぎて良いことなど無いではないかと思っていた今日、団地に帰ると毎年大晦日に新宿中央公園で唄わせてもらっている新宿連絡会さんからニュースが届いていた。

封を開けると、まず越年イベントのチラシが入っており、それには今年も大晦日の夜6時から元旦早朝まで年越し祭りを開催するとある。それを見て仕事帰りのくたびれた身体に「よしっ!」と一つ力が入った。まだ正式のお話は無いが、ソウブラは今年の大晦日の夜も新宿中央公園へ唄いに行くことになるだろう。
連絡会主宰のKさんによるニュース巻頭文を、今回もまた独白をじっくりと聴くように読む。この一年の新宿界隈の路上で暮らす人たちの現状、取り巻く環境、行政、民間支援団体の状況が大晦日にだけ唄いに行くという関わりだけを続けているぼくに刻み込まれる。この数年来ぼくも感じている事だが、確かに路上で暮らすおっちゃんたちの数は減った。だからと言って居なくなったわけではないし、それも「今だけは」かもしれない。好況と言われている東京の求人状況だって土台がしっかりしたものとは思えない。労働者が使い捨てられる仕組みはさらに強化されているわけだから、生きる権利とその環境が脅かされる世情、社会は根本的に解決、解消されたわけではないのだ。

それにしても、目まぐるしく移り変わるこの世の中で、新宿連絡会の自らの在り方、活動を制度化しないでひたすら路上を彷徨し続けながら試行錯誤し、いまだ路上に暮らす一人一人の生存に向き合う姿勢に勇気づけられる。“あるものは全て使え、ある知恵も全て使え、歩きながら考えろ。”
ぼくが働く小規模な障害者通所施設も、社会の在り様が正され変わる中で必要なくなり解消されるべき存在であるのだが、生産性が強調されそれに福祉が制度ごと施設ごとついて行くというご時勢で、ボロく小さくともアジール(避難所)としての役割が解消されるどころか益々持ってそのことを発信し、在り続けなければならないという思いが強くなるばかりだ。昨日も、ぼくらの所のような生産性のない施設を出来たら切って、たかが知れている僅かの補助金でも減らしたい大田区は、担当課の職員を施設訪問させ生産性を求めないからこその必要性を実地調査に来た。大変真摯で真っ当な感覚を持った若き女性担当者は、ぼくの話を聞いて「私は(この施設の必要性を)とても理解出来ました。後はそれを上が分かってくれるかなんです」と率直に言ってくれた。「分かってもらいましょう」とぼくは応えた。

何だか気持ち悪い12月だが、暖かろうが寒かろうが、冬を生きなければならない。路上の冬を、厳しい冬を生きなければならない人がまだまだ居る。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの79年発表の「イントゥ・ザ・ミュージック」。
BG酒は本麒麟でした。さぁ、明日は貴重な有給休暇を取って川崎市立南生田中学校で朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の公演。
母ちゃんと軽くリハをして準備は万端。後は下痢さえしなければ大丈夫。では明日は朗読劇でロケンロール!

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

大森カフェスペースCワンマンライブ終了! 

2018/12/02
Sun. 22:51

今日(2日)は朝から母ちゃんはパン屋さんへパートに、息子は少年野球へ。部活のなかったお姉ちゃん2人と昨夜ライブで午前様だった親父は、10時近くまで同じ4畳半で朝寝坊。

ゆっくり起きて朝食後、自室でラジオをかけながら新聞を読むとはなしに見ながらコーヒーをすするライブ翌日の隠居モードマンチクリンの親父に、お姉ちゃん2人が稲城市若葉台にあるコーチャンフォーという小洒落た本屋や文具店が併設された店に車で連れて行ってほしいと頼んで来る。全く行く気なしであったが、久しぶりに娘2人とのお出かけにちょっと気持ちが上がり、渋々を装って「夕方ヘルスよしのに行くからそれまでには帰るからな」と言いつつ3人で出かける。

昨日より冬らしい寒さとなったので、先日の稲田堤野外パーティーのバザーで購入したカストロコート(ドカジャン)を着て娘2人に「良いだろ?これ」と見せれば、「だっさー」と口揃えて言われる。それでも襟元のボア部分を触って「結構気持ち良いじゃん」なんて満更でもない様子。「最近こういうカーキ色のジャンパーをギャルが着てるだろ?父ちゃんもその流行に乗ってみたのよ」と余計な事言えば「全然違うし」とぶった斬られる。そんな、もはや抱っこすることも出来ない思春期となった娘との会話がまた楽し。

小洒落たコーチャンフォーがカストロコート親父におもしろいはずもなく、「駐車場代が無料な1時間以内だぞ!」と娘2人に言い渡して広さだけはなかなかの本屋コーナーを物色する。新刊小説コーナーで辺見庸氏の新著「月」があるかしらとよく探してみるが置いていない。冬の一時金が入ったら絶対買って読もう(新刊を買うなんてもはや年に1~2冊)、読まなければならないと思っている辺見庸氏の「月」は、とても印象的な装丁なので見つけられやすいと思うのだが、何べん探してもやはりこの小洒落た大きな本屋には置いてない様子。しかも著者別コーナーで辺見庸すらない。代わりにカートに乗せられ平積みされているのは百田某の日本何とかというショーも無い本。店内はやはり小洒落た親子連れがいっぱい。そして早くもクリスマスモードでそんな曲が流れている。これがある種この国の現在の庶民が過ごす休日のありふれた多数の光景なのだろうか?こんな所に庶民の幸せなぞあるのだろうか?この中に身を置いて金を使ってついでに家族とパフェだかピザでも食って何となく気分良くなって現実をやり過ごし、それでも数時間後には虚しさに帰る。そしてまたカンフル剤を打つように明るい場所へ出かけ金を使う…その繰り返し。カストロコート着たオッサンはすぐにそんなネガティヴな妄想に囚われる。もちろんそんなこと娘たちには言わないが。

娘たちと言えば、ずい分悩んだ挙句に長女は雑誌1冊、次女は便箋を買っただけ。しかも2人共以前貰った図書カードを使いおつりもしっかりもらっていた。何の教育もした覚えはないが、雰囲気やキャンペーン等に踊らされない心性はいつの間にやら身に着けていたようだ。少なくとも親よりも経済感覚はしっかりしておる。

夕方帰宅すると予定通り親父はヘルスよしのへ。日曜夕方のいつもの常連と共に湯に浸かれば、自分の居るべき場所に今こうして居るという安心感が愉楽と共にじんわり心を満たす。そうして昨夜の今年最後のスペースCライブを一人思い出す。
いつの頃からか、ぼくの働く施設の利用者が何人も来てくれるようになったスペースCライブ。他のどこのライブよりもスペースCはスペースCならではのライブであり、それを知ってそれを楽しみに来てくれるお客さん達。どこよりも長く22年ワンマンライブをやり続けている店。ソウブラのあらゆる実験、チャレンジ、新曲の披露をどこよりも真っ先に試す店。そこで今年も5回ライブをやり切った。
ソウブラ宴会部長のタケサンシン君が見つけたこの夏から行きつけの、スペースC近くの中華料理屋でみんなで丸テーブルを囲み、安くて美味しい中華料理と超炭酸ハイボールを何杯も飲んで今年のスペースCを打ち上げた。ゲストのまえだ君も、やる度に存在感増し増しのティンホイッスルでライブを盛り上げてくれた(まえだ君、ありがとう!)。彼の提案で当日合わせで挑戦したアイリッシュ民謡の“イニシア”は気持ち良かったな~。勝手にジョー・ストラマー気分でまえだ君のホイッスルにリズムギターを付けていたアタシ。このメロディーでぜひとも歌詞を書きたい。明日から早速取りかかるだろう。

変わることない場所で変わることないやり方で、生き続けるというような感じで変わり続ける歌を、やはり生き続けるという意味で変わり続けるお客さんに向かって唄い続ける。昨日も11名のお客さんが来てくれた。誠にありがたし。良い酔い心地の帰り道、20年近い付き合いのF君が、ぼくが常に身近なことを歌いそこから世界を見つめる視点を「そういう人は他にない」と評価してくれた。ありがたい。ぼくは大風呂敷を広げることを好まず、天下国家を語るのも好まない。神秘主義も精神世界も苦手だ。何より徒党を組むこと組み込まれることが大嫌いだ。でも何よりも自分の現実から目をそらすこと、それに向き合わずに遠くの世界や劇的空間、おとぎ話の類を唄うのを最も嫌悪する。
それでも、そんなぼくの書き唄う歌を聴いてくれる人が居るからこそぼくはこうして唄える。「君のように聴いてくれる人が、ライブを観に来てくれる人が居るからなんだよ」とぼくはF君に何度も言ったと思う。本当にそうだからだ。

湯上りのトマトジュースを飲み干し、ヘルスよしのの受付けのおじさんに挨拶して、暗くなり12月らしい寒さのようやく来た読売ランド駅前通りを歩く。街灯の明るすぎないやわらかい明かりは何べん見ても心安らぐ。こんな明かりの下からこれからも自分の現実と世界を見つめ続けようと思う。唄い続けようと思う。


スペースCライブソウブラセットリスト
①ミュージックパーリーの夜
②新しい日々
③キャッチボール
④二足の草鞋
⑤新殺人狂時代
⑥ファシスト野郎
⑦足元

⑧妹の引っ越し
⑨イニシア (アイリッシュ民謡)wまえだゆうへい
⑩HAO wまえだゆうへい
⑪平和の欠片 wまえだゆうへい
⑫ヘルスよしの wまえだゆうへい
⑬ジョニーのある街へ
⑭創造者よ (高坂一潮さんのカバー)
⑮ないしょのはなし ~母の歌集~
⑯命でしかないビート
~アンコール~
⑰ONE GUITAR

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2018-12