周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ804 

2017/06/25
Sun. 23:05

自分のライブはなかった週末であったが、いろいろ盛りだくさんで過ごし、そしてヘルスよしので日曜日を締める。

我が家がいつもの週末と違うのは、長女が24日早朝から明日26日まで2泊3日で奈良~京都へ修学旅行に行き4人で過ごしているということ。4人で寝るいつもより広く感じる4畳半の寝室は、ぎゅうぎゅう詰めで寝るのに慣れてしまったせいか何だか物足りない。ふだんは強気だけれどその実寂しがり屋な次女は姉ロスを隠し切れず、「父ちゃんは居なくてもあんまり寂しくないけど、お姉ちゃん居ないのは寂しい」と言い、お姉ちゃんをぬいぐるみに見立てて隣に寝かせている。

長女は受験勉強(塾にはとても行かせられないので自主勉強です)と部活による疲労のせいか、修学旅行前に感染症を患い前日までじんましんが治らず行くか止めるか迷っていた。しかし、休んでも修学旅行の積立金が戻ってこないことを知り、それとやはり生まれて初めて訪ねる古都への興味から行く決意を固め、ぼくは23日夜の豊田勇造師匠のマンダラ2でのデビュー45周年記念ライブ終了後早々に帰宅し、翌早朝駅まで車で送ることを約束した。
早朝5時40分に親友のMちゃんと団地を出発した時には、長女は修学旅行へのワクワク感に満たされているようだった。ふだんじっくり見た事の無かった長女の制服姿、荷物の詰まったリュックを背負って駅へ向かう後ろ姿を寝ぼけ眼で見送っていると、よくもまぁここまで大きくなったもんだと朝っぱらから親父は目頭が熱くなる。

団地へ戻って二度寝した後は息子と野球をし、夕方からは連日の豊田勇造師匠ライブを観にさいたま市のカフェ土瑠茶さんへ。
このライブはソウブラも長い付き合いであるさいたまの江上さんのプロデュースであり、ピースライブと題して今回で15回目!となる。オープニングはやはり20年以上のぼくらの歌友でもある飯浜ゆきこが務めるので観逃したくない。身体は重たいが昼寝を短時間で終わらせ、心だけは軽く高校時代3年大宮に通ったぼくにとってどこか懐かしいさいたまの空気を吸いに出かけた。
デビュー45周年の勇造師匠は、春のツアーで披露した新曲がすっかりこなれて来て説得力を増し相変わらずキレキレであった。凄すぎるぞ師匠!特に今回は「プロテストソング特集」と銘打ってのライブ。そのネーミングから何となくいわゆるメッセージソングばかりを想像してしまうが、師匠の歌はいわゆるスローガンじみたフレーズ連呼の歌はないし青筋立てて拳を突き上げるタイプの歌でもない。師匠の歌は聴く者に唄われる光景を描かせ感情を揺さぶる。聴く者一人一人が描く光景はそれぞれのものだが、人間として許されないことへの共通の思い(怒り)がある。それは狭量とは正反対の豊田勇造唯一無比のプロテストソングだ。

昨夜は打ち上げまでしっかり参加して、深夜団地でたぬきと遭遇しながら帰宅しそれから沖縄の桑江さんがFB上で知らせてくれた、29年前に大学の自主上映会で観たドキュメンタリー映画「ゆんたんざ沖縄」の続きをユーチューヴでの無料配信で観た。
29年前、19歳のぼくは当時大学のⅡ部の講義後(おそらく21:30以降)開かれていた沖縄勉強会「きじむなーの会」(桑江さんはその中心メンバーだった)にどういういきさつでか忘れたが(たぶん桑江さんのいとこでもある親友Aから教えてもらったのだろう)何度か顔を出し、「ゆんたんざ沖縄」の上映会にも参加した。
高校生の時バイブルのように読んでいた灰谷健次郎氏の著作を通して沖縄を知り、高校3年の時の沖縄国体で知花昌一氏が日の丸を引きずり降ろし焼き捨てたのを当時ニュースステーションで観て、久米宏氏が「沖縄には沖縄のこうせざるを得ない事情がある」というコメントと共に衝撃を受け、やはり16歳の時にある教師から受けた教えから、日の丸君が代に対して「人間性を歪め貶める装置」と思っていたぼく(それは今も変わらない)の中に「オキナワ」はどっかりと腰を下ろしていた。
そんなぼくが19歳で「ゆんたんざ(ゆんたんざは読谷山の意)沖縄」というドキュメンタリー映画を通して初めて生の沖縄と出逢った。今回29年ぶりに記憶を呼び起こしながらあらためて観て、この映画が自分が沖縄を考える上での原点であったことを思い知った。ここから始まったのだ。読谷村のチビチリガマでの集団自決の真実、彫刻家金城実さんと読谷村の村民たちでチビチリガマに造った「平和の像」、29年間鮮明に残っていた、読谷高校の卒業式で同世代の女生徒が初めて日の丸を壇上に置こうとした学校側に抵抗して日の丸を奪いドブに晒してから校外に投げ捨てたシーン。

29年ぶりに観てまったく過去のこととは思えないという実感と、デジタルでないあの映像の当時にぼくの19歳~20代前半もあったという感慨が同時に迫りながら、ぼくはぼくの原点があったことにやはり感謝したくなった。この映画を観た1年後にぼくは沖縄へ3週間一人旅をし親友Aと上映会を主催していた桑江さんに沖縄本島のあらゆる場所、戦跡を案内してもらい一人で伊江島へも行った。その後何度か再訪ししばらく右翼に壊されたままであった時の平和の像も観た。知花さんが経営していたスーパーにも連れて行ってもらった。もちろん酒も呑み音楽もたっぷり楽しんだ。現在に連なる原点である。ぼくの原点である。
未見の方、ユーチューヴで観られますのでぜひぜひご覧ください、「ゆんたんざ沖縄」を。

今宵のBGMはピーター・バラカン氏の「バラカンビート」録音音源。リスナーからのメッセージで沖縄慰霊の日についてもピーターさん言及していました。
BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!
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ロケンロールライフ803 

2017/06/21
Wed. 23:18

今年ももうすぐ半分が終わろうとしている。

上半期は昨年末に発表したニューアルバム「普通の暮らし」を引っ提げてライブ充実であった(ソロ入れてちょうど20本!)。
6月と7月はバンドのライブが1本ずつだけなので、ちょっとゆっくり過ごしたりスタジオでしっかり練習して下半期ライブに向けて新曲のアレンジをみんなで決めて行こうと思っている。それでこの場を借りて7月8月の決まっているライブの告知を。

7月1日(日)は、今年で4年連続4回目の出演となる江島杉山神社での隅田川フォークフェスティバルに出演!JR両国駅と都営地下鉄森下駅からだいたい徒歩7分くらいの所に在る、江戸時代から続く鍼灸院を併設した珍しい神社。
歴史も風情もあり白蛇を祀った小さな洞窟もある実に素晴らしい空間。そこの社殿の中で13:00(開場12:00)~17:00(予定)まで総勢7組以上のミュージシャンが演奏し唄い合うイベント。フォークと言っても季節も季節だけに熱い暑いそんじょそこらの夏フェスより(って夏フェス行ったことありませんが)熱く観応え聴き応えマンチクリンのイベントです。滅多にお目にかかれないアコースティック楽器の生演奏もたっぷり聴けるし、個人的には社殿周囲の廊下から良い風感じながら中のライブを観るのが大好き。ソウブラは14:40~15:10に出演します。詳細は当ブログライブスケジュールをご覧あれ。

7月はバンド以外の活動で、7月22日(土)パルシステム神奈川ゆめコープ主催の“平和国際フェスタ2017”で朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の公演。場所が新百合トゥェンティホールという、450名!も入るホールで、これまで基本生音生声で明治大学の小さな教室等で公演して来た朗読劇団にとって最大のチャレンジ。平日練習が多く、基本当日ぶっつけ本番のアタシのギターも、今回はみなさんと17日の事前練習に参加し、何とか当日を満足行くパフォーマンスで完走したいと燃えておりマス。それにしても、戦時中登戸研究所で行われていたことを知ってもらうための、それを通して二度と庶民の暮らしが戦争に利用されてしまわないための朗読劇がこんな大きなイベントに声がかかるまでになるとは!登戸研究所に関わることをライフワークと思い込んでいる身としては、実に感慨深く気合いが入るのです。会場は新百合ヶ丘駅北口徒歩2分のところにあり、入場なんと無料!朗読劇は11:40~12:10で公演します。

8月5日(土)は、初めて憲法フォークジャンボリーに出演。例年3日間続けて(今年は4日~6日)東京労音R'sアートコートで開催される大きなイベント。一組15分の枠で実にたくさんの表現者がそれぞれの「憲法への思い」をパフォーマンスするのだが、ぼくは今回ギター森田と二人で3曲すべてを竹内浩三の詩で唄おうと思っている。年に1度は竹内の詩ばかりのライブをやって行けたらなぁと思っていたので、名ばかりではあっても平和憲法を知ることなく戦争に殺されてしまった彼の詩を、この憲法フォークジャンボリーで唄うのは実にふさわしいことのように感じる。思えば竹内浩三の人格は平和憲法(9条)そのもののようだ。
1日券(前売)1000円 (当日)1200円 3日間通し券2000円で販売。※小学生以下無料。前売券は五十嵐に申し込んでいただいても構いません。

8月11日(山の日)には、国立は谷保村かけこみ亭にて、今年も護憲と反戦平和のため「共謀」コンサートが決定。
15:00開場15:30開演で休憩挟んで21時くらいまでやるマラソンライブイベント。出入り自由の投げ銭なので都合の良い時間帯で気楽にお運び下さい。ソウブラの出演時間など詳細決まったらまたお知らせします。このイベントならではの歌を、特に練習してアレンジ固めた新曲などもぜひ披露したいと思ってます!

BGMは、「ティム・ハーディン1」。BGドリンクはレモンアロマオイル垂らした水でした。
今宵は激夏ライブ告知でロケンロール!

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ロケンロールライフ802 

2017/06/20
Tue. 22:59

昨日(19日)は母ちゃん(妻)の誕生日であった。

仕事帰り団地の最寄である生田駅に降りて思い出したのだが、今さら何か取ってつけたように買って帰っても逆に母ちゃんに「また余計なお金使って~」と叱られることは目に見えていたので、一緒に晩酌する時のアテにと津久井道沿いの古い小さな肉屋(またまた出ました「古い」「小さな」)Sで、鶏皮揚げ150g183円也を買って帰る。
玄関を開けるなり次女が飛んで来て「今日何の日だか知ってるか~!?」と聞くので「母ちゃんの誕生日。だから一緒に食べようと思って鶏皮買って来た」と言うと、「それ、ただのジジィの好物じゃないか!」と叱り飛ばされた。

ぼくより1歳年下の母ちゃんと出会ったのは、古い歌の歌詞にあるように“俺が二十歳でお前が十九歳”の時。付き合い出してすぐに一緒に暮らし出したので(お互い生まれて初めてお付き合いする異性であった)もうかれこれ28年も一緒に居る。当たり前だが親よりも妹弟よりも長く一緒に生きて来た。迷惑は間違いなくぼくの方がたくさんかけて来たし今もってかけているだろう。なるべくかけないようにしたいと思うが、なにせ自分の思うままにひたすら我を通し我を通すためにぶつかり、いろんなものに背を向けここまでやって来た自分である。要するに好き勝手やって来たのだ(もちろんその中で憤まんやるかたなき事々、辛抱、悔しさは数知れずあったが)。そんな人間と共に暮らす労苦は計り知れないだろう。それがもはや3人の子供までいる。貧乏も一緒になった最初から想定内(ちょっと想定以上であったが)、はなからボロアパートに住みそれが今や他人様とのご縁のおかげで狭いながらも鉄筋の築47年団地に借り住まい。
そんなことを回想しながら母ちゃんと鶏皮をポリポリかじりつつ、値上がりが痛い麦とホップで晩酌すれば(毎晩母ちゃん1本アタシが2本呑む)、娘たちは母ちゃんへの誕生日プレゼント代わりに夕食作りの手伝いをしている。冷蔵庫には子どもたちが描いた母ちゃんの似顔絵(そっくり)と、愛情こもったメッセージが寄せ書きされたマグネットボードが貼ってある。こんなに子どもたちから平等に慕われている親をぼくは知らない。それに比べて父は…トホホ(泣)。

母ちゃんからはよく「ブログだとずいぶん良い家族に書いてあるらしいじゃない」と突っ込まれるのだが、「本当のことだから別に良いじゃない」とアタシは返している。おそらくケンカは28年間で10回もしていないだろう(若い頃のことはだいぶ忘れたけれど、少なくとも子どもたちは両親のケンカを見たことが無いはず)。ぼくは元来争いごとが大嫌いなのだが、物心ついた時から社会生活上常に争いの中を生きて来た。母ちゃんと出会った20歳の頃には、もう自分で築いてきた鎧はボロボロだった。せめて暮らしだけは穏やかにハリボテの人為の華やかさと競争(狂騒)とは無縁の、自然の大きな流れに抱かれるようにして生活したいと願って来た。

そしてそれは母ちゃんのおかげでこうして実現しているのだった。ハッピーバースデー!

今宵のBGMはティム・ハーディンの71年発表の「バード・オン・ワイヤー(電線の鳥)」。人恋しさと哀しみが絶妙に融和し音楽に昇華した実に渋い名盤。ここから後は転げ落ちるように酒とドラッグに溺れ(以前からやっていたが)、10年経たぬうちに孤独の内に生涯を閉じたティム・ハーディン。それでもこのアルバムには穏やかな木漏れ日のような人肌に満ちた音が溢れている。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!

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ソウブラスペースCワンマンライブ終了! 

2017/06/18
Sun. 21:56

今日も午前中団地の公園で、2時間息子とキャッチボール&1対1野球5回戦。

48歳の親父は、二日酔いではないが昨夜スペースCライブ&ライブ後の打ち上げでしっかり呑んで足に来ている。息子の打球をもつれる足で何度も追いかけていると時々アゲそうになり、これを真夏に付き合わされたら死んでしまうかもしれないと正直不安になる。
今日が父の日であることをまったく知らなかったのだが、昨夜スペースCで森田君にぶっつけでギターを付けてもらい初披露した“キャッチボール”という歌は、ぼくが子どもの頃親父としたキャッチボールの思い出を、今の自分が息子としているキャッチボールを通して思い出すという歌だ。
最近のぼくの歌の傾向である何という事はない光景を歌った歌なのだが、自分自身でもこの歌をとても気に入っていてライブで披露するのを楽しみにしていた。こんなご時世だからこそ、何気ない特別でも豪華でもないもちろんお金もかかっていない、社会の略奪の仕組みや消費産業、寂しさから求める華やかさと全く無縁、政治ともまったく無縁な一コマを大切に唄いたいと最近強く思う。それは人として生きながら抵抗するためにとっても必要なことに思うのだ。

昼食に息子と製麺所の美味い蕎麦を食い(2食分で100円也!)、昼寝後夕方、雨中傘さしワクワクしながら15分歩いて読売ランド前商店街の先に在る私の天国「ヘルスよしのへ」。
一番風呂の時間に5、~6人の年配のしなびた身体したおっちゃんたち(我もまた同じ)に交じって脱衣所で服を脱いでいると、にわかに幸福感が全身を満たす。昨日12人のお客さんの前で全力のライブをやり、打ち上げで大いに呑み語った翌日知る人ぞ知る場所でひっそり過ごすメリハリがぼくは大好きだ。人には外交的と内向的の2面が度合いの個人差がありつつ共存していると思うが、ぼくはその入れ替わりがかなり明確にあり、その2面どちらも自分にとって無くてはならない大切なものだ。ケの日常があってこそのハレの日である。

濃厚入浴剤風呂に浸かりながら昨日のライブを一人振り返る。ライブの途中で自分で気づき思わず唄いながら言ってしまったのだが、ぼくの歌には「小さな」と「古い」という言葉が頻繁に出てくる。今さらなのだけれど、とにかくぼくの書く歌詞にはこの2語が頻繁に登場するのだ。どんだけ小さくて古いものが好きなんだ俺は、思わず苦笑が漏れあらためて自分がそういうものを心の底から愛しているのだなと思う。
昨夜やはり弾き語りで初披露した「西村亭の唄」にもこの2語が登場するのだが、12人のお客さん達は配った歌詞カードをじっくり目で追いながら西村亭をそれぞれが思い浮かべてくれたようだった。少なくともそこがとても素敵なお店であることはちゃんと伝わったようでうれしかった。

初披露の新曲を3曲も用意して臨んだ昨日のスペースCライブ(たいてい新曲はまずスペースCでお披露目する)は、気合いが入り過ぎたのか前半は気持ちの強さとそれを感じてギターを弾き唄う身体が何となくちぐはぐな感じがしてちょっと焦ったが、休憩を挟んで気持ちを落ち着かせ、後半のソロでの新曲披露からはスムーズに気持ちと身体が連動するようになった。若い頃は最初にペースを崩すとそのまま立て直せずに突っ走ってしまったが、最近は長いマラソンを走るような気持ちで自分と対話しながらフルライブを創り上げつつ完走出来るようになった。これも長く続けて来なければ出来るようにならなかったこと。そう言えば「そのまんまで居る」「そのまんま続ける」なんてのもぼくが良く使う言葉だ。そのまんま続けなければ分からないこと、見えてこないものが何と多い事か。あれこれ手を付けては自分も周囲もとっ散らかして、火薬の妖しい打ち上げ花火を上げ続けるのをぼくは心底好まない。ゆえにそういう人とは絶対に組むことはない。

20年続けて来た大森カフェスペースCライブ、まだまだこのまんま続けて行きます。新しい歌を披露し続けながら。
ご来場いただいたみな様、ステキな一時(ライブ)を一緒に創っていただきありがとうございました!

6月17日スペースCワンマンライブセットリスト
①たまゆら
②余計な音
③かさ上げの街を臨みて
④終わり始まる日の場所まで
⑤この星に日が昇る間の話
⑥グローカル・ア・ゴー・ゴー
⑦夏の別れ

⑧西村亭の唄(ソロ)
⑨キャッチボール(w森田)
⑩ひとりのたたかい(w森田)
⑪地平線(知念良吉さんのカバー)
⑫ファシスト野郎
⑬普通の暮らし
⑭ヒマラヤ杉は知っている
⑮ないしょの話(母の歌集)
⑯ヘルスよしの
⑰命でしかないビート
~アンコール~
⑱ワン・ギター

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新曲「ひとりのたたかい」 

2017/06/14
Wed. 22:43

ひとりのたたかい
詞 曲 五十嵐正史

そして言わ猿で いることをやめた
一度は消し去った あの日に立ち戻り
それは闇で聞いた言葉 闇で見た言葉
それは親密さを装う 人でなしへの誘(いざな)い

正義の下に 政治の下に
あったものをなかった ことには出来ない

思っていた通り いやそれ以上
憎悪はむき出され 言わ猿たちは身を隠す
そんな時こそ 一人の心に灯る
それは一人の心に灯る 闇を照らす松明

平和の下に 反差別の下に
あったものをなかった ことには出来ない
自由の下に 共に生きるために
あったものをなかった ことには出来ない

あったものをなかった ことには出来ない


夜な夜なエレキギターをアンプに通さず弾きながら初めてエレキで書いた(と言えるかな?)曲。と言ってもメロディーはサン・ヴォルトの“アゲインスト・ザ・ウォール”からの借用。
世代関係なく、立場、職業関係なく、それぞれの生きる場で続く闘いへのエールのつもりで書いたのだけれど、特に同世代の生活保守主義者に感じる“言わ猿”への腹立ちが根底にある。また自問を省いて数を頼み、やはり不都合な事実には頬っ被りする衆への違和感もある。けれど、だれもが等しくひとりのたたかいを生きていることへの勝手な、直接共闘、共謀しなくても連帯感がこの歌の一番の基調となっている(と思う)。サビの最後の言葉は前川前事務次官の発言からの引用。曲調はロックです。エレキで思いきり弾きたい!

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2017-06