周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

立川「農家」店主サミットライブ終了! 

2017/10/21
Sat. 23:26

雨と共にライブも続く。

19日はPM3:30に職場を早退し、職場に持って来たギターを背負い冷たい雨の中大田区から立川を目指す。
50分ほど乗る南武線の車中、ギターと共にこんな日に夜ライブを観に出かける人が果たして居るのだろうか?という不安も抱いて腰かけたのも束の間、ぼくは直に深い眠りに落ち目が覚めた時はもう立川の2つ前の駅であった。

数年前に行ったきりの「農家」さんへプリントアウトした地図と記憶を頼りに歩けば、降り止まぬ雨と不慣れな立川の街並、雨水の沁み込んだ冷たい靴の感触に、何となく心細くなりながらも新たな出会いへの期待も胸中去来する。思えばこんなことをずいぶん長くやって来たものだ。
のろ関係のイベントでも顔を合わせたことがあった農家のママ瑞穂さんと再会の挨拶を交わし、久々の2年前にリフォームしたと言う店内をあらためて見れば、これが靴を脱いで(店内土足禁止)入ったとたんまさにどこかのお家にお邪魔したような感覚になるアットホームさ。ちゃぶ台のような丸机がいくつもあってその周りに座ったり、座椅子が在ったり、椅子が良い人には壁にもたれて座るベンチもある。そしてその前方に一段高い板張りのステージが在る。MAX20名のこの実にステキなライブ空間に、ここまでやって来た大変さはどこへやらで、早くも焼酎のお湯割り呑んでゆっくりくつろぎたくなってしまい、その通りリハを簡単に済ませて吉祥寺のろにもある麦焼酎“田苑”のお湯割りを呑み出して、ライブ開始までほっこりするおしゃべりに興じたのだった。

店主サミットと銘打って、福生に在る「休みの国」のマスター木村ヒロシさんと立川「農家」の瑞穂さん、そして「吉祥寺のろ」の加藤さんでそれぞれの店を持ち回ってライブをするこのイベント、今年休みの国から始まってこの夜が3回目で今年ラストの農家でのライブは、のろの加藤さんと休みの国の木村さんで唄い合う。
のろ常連の若手しゅうへい君とソウブラは加藤さんの前でちょっと唄い、ソウブラはそのまま加藤さんを呼び込んでバックを付ける。これまで1曲加藤さんとセッションしたことはあるがちゃんと?バックを付けるのは初めて。名だたるミュージシャンが加藤さんのサポートをされたライブを何度か観て来ているので(前回農家に来たのもまさにそんな加藤さんのライブを観に来たのだった)、ちょっとビビりつつもそんな風に声をかけてもらえたことがうれしくて、ありがたくこのサミットに参加させていただくことにした。

開演時間が近づくと、冷たい雨の木曜日の夜にお客さんが次々とやって来てとっても良い感じに農家の座敷が人で埋まり、お客さん同士のおしゃべりの花が咲く。そんな様子を見ながら何となくこの3店でサミットする理由が分かる気がして来る。休みの国の木村さんがライブの時にMCで言っていたけれど、サミットと言ったって特に話し合いをするでもなく進行もその時決めて(この夜もそうだった)ゆるくやっているとのことだが、そんな風に顔を合わせて自然にライブを創れること自体がこの3店主ならではのことなのだろうし、農家の居心地の良さはのろに通じるし、まだ行っていないけれどきっと休みの国にも通じるのだろう。そして3店主がお互い個人経営のお店をやって行く大変さを、ことさら言わないまでもこうしたライブを通じて励まし合い気に掛け合っているのではないかとも勝手ながら思った。
そんな店主サミットは何だかとても愛のある空間で(3店それぞれのお客さんたちがまた良い感じで交流されていた)、ぼくはとにかく居心地良くて木村さんの弾き語りライブを観るのも、自分たちが演るのも楽しかった。
加藤さんの初バックバンドも、きれいに合わせることは出来なかったと思うけれど、加藤さんの歌心を感じながら一緒にギターを弾き唄うことが出来た。自分の歌を自分でギター弾き唄うのももちろん楽しいが、他の人の歌のグルーヴを横で感じながらそれに自分のギターや声、ハーモニカを乗せるのもまた楽しいのです。加藤さん声をかけていただきありがとうございました!

ライブ後の農家で定期ライブされている方たちとの語らいもまた、時の経つのも外が冷たい雨であることも忘れさせるあったかい一時だった。そんな時にたいてい思う「初めてではないみたい」感覚に包まれて、今週はまだもう一日仕事があるのも忘れて杯を重ねた。
そしてそして、そんな楽しいライブの夜は次のライブの夜へと自然と繋がり、瑞穂さんに農家出演の声をかけていただき、ソウブラ3人バージョンで12月1日(金)の夜、19:00開場19:30開演 1500円+オーダーでワンマンライブ決まりました~!
今年は師走までホンといろんな場所でライブが出来て幸せだ。みなさん、ぜひぜひ農家さんの御座敷に遊びに来てソウブラライブと、美味しい農家さんの手料理とお酒を堪能してください。絶対絶対あったりますよ~。

翌日夜も、やはり雨中谷保かけこみ亭で勇造師匠のライブに出かけ、1曲師匠のバックでコーラスとハーモニカを付けさせてもらい、明日の夜はまず間違いなく雨中、阿佐ヶ谷あるぽらんで師匠とライブ(その前に選挙行かなきゃ)。雨と共にライブも続く。

今宵のBGMは、豊田勇造ファンクラブ会長TさんからいただいたCD「村八分 ライブ」。勇造さんが雲遊天下最新号で、伝説のロックバンド村八分の結成秘話を書いている。実にその当時の空気や熱が伝わる文章で、音を聴かずにはおれなくなって今日はヘビロテ状態。何とも不穏な空気感の中を切り裂く山口富士夫氏のギターがとにかくカッチョイイ!
BG酒はトリスクラシックハイボールでした。では明日は阿佐ヶ谷あるぽらんで師匠とロケンロール!

10月19日農家ライブ3人ソウブラセットリスト
①西村亭の唄
②ひとりのたたかい
③ヘルスよしの
加藤さんのバックで
①体ひとつが頼りの人たちは
②風景
③ほんの小さな唄
④男らしいって分かるかい
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ロケンロールライフ840 

2017/10/17
Tue. 23:04

今自分の頭の中は3つのライブの準備が同時進行中。

まずは明後日19日の、立川のステキな歌酒房(「酒房」ってのが何とも良いです)農家さんでの唄う3店主サミットライブ(福生「休みの国」の木村ヒロシさん、「農家」のママ瑞穂さん、「吉祥寺のろ」のマスター加藤さん)で3人ソウブラ(五十嵐、森田、梅田)もゲストライブをさせてもらい、加藤さんのバックバンドも務める。
加藤さんのレパートリーは、いとうたかおさんや中塚正人さん、佐藤GWAN博さんにディランⅡ等古びることのないフォーク名曲のカバーだが、どれも加藤さん節の歌として沁みついていて原曲聴いて個人練習しようとしても、あまりと言うかほとんど参考にならない。のろに呑みに行くついでに店内でちょろっと曲の流れを加藤さんと確認したのを手掛かりに、後は本番で加藤さんのグルーヴを感じてそれに乗っかりつつ自分が気持ちよくやれれば何とかなるだろう。とにもかくにも以前一度だけ、やはり加藤さんも唄ったライブを聴きに行った農家さんに、今度は演者として来店出来るうれしさを、美味しいお酒と瑞穂さんの手料理(とても美味しかった記憶有り!)を心行くまで堪能したいと思っている。職場を早退する手はずも整えたので、後は何事もないことを祈るばかり。

そして日曜日22日は、96年からほぼ毎年(一度だけなかった年があったと記憶)恒例の阿佐ヶ谷あるぽらんでの勇造師匠ライブでの前座&共演が待つ。告白するが、毎年この時期師匠に会いたくてたまらないのです。春に共演させてもらい、6月ライブを観に行き(その前に京都拾得にも行った)4か月間が空いてのあるぽらんライブ、もう辛抱たまらなくなる48歳の豊田勇造追っかけ親父なのです。そしていつも勇造さんとライブをやると、幸福感と共に自分たちがこれからやって行くためのエネルギーもまた満タンになる。毎年その年に書いた新曲をあるぽらんライブで披露するのだけれど、お客さんと同じくらい勇造さんに聴いてもらいたい。まさに「師匠!こんなん書きました!」って言いたい気分で。

そしてそして、もう来週って言い方が出来てしまうほど近づいた2年ぶりの陸前高田ジョニーさんでのライブ。またジョニーさんで演りたいと強く願いつつもなかなか動けないでいたけれど、今回敬愛する旅の歌うたいやなぎさんが繋げてくれて、2年前にもご一緒させてもらった地元陸前高田のバンド、ヒロボーズさんとまた大好きなジョニーでライブ出来ることになった。2年前と同じ仮設の店舗(2018年9月が仮設での営業期限)だが、そのさりげない店内の佇まいと居心地の良さは今も身体に残っていて恋しくなる。遠く離れた場所で暮らしながら、こんなうれしい場所と出会えるなんてとつくづく思う。「また歌いに行きたい」と思い続けて来て良かった。そしてそこには再会したい人が居る。
今日からようやく新幹線の時間や懐かしい大船渡線、BRTバスの時刻表など調べ出した。なに、まだ旅支度は十分間に合う。

この3つの楽しみなライブで、ぼくは1曲必ず唄おうと思っている歌がある。今年書いて夏からライブでボチボチ唄い出している歌だけれど、何となくその歌が3つの場所に共通するような気がして、その歌をこの3つのステキな場所と出会わせてあげたくて必ず唄おうと決めた。そんな風に考えるとますますライブが、そこに出かけてゆくのが楽しみでならない。半隠居暮らしはしばらくお休みになるけれど、いろんな記憶と共にまたそこに帰って来ればよい。

みなさん、どこかで、いやもちろん全部でも大歓迎(!)お会い出来るのを楽しみにしています。
詳細は当ブログライブスケジュールでご確認ください!
まったく仕事している場合じゃありません(笑)。23日夜理事会だ~(泣)。がんばるど~。

今宵のBGMはトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの2008年に発表された4枚組!ライブCD「ライブ・アンソロジー」。30年間のライブの歴史的音源が詰まった逸品。まだまだ飽くことなくTPを聴き続けています。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ839 

2017/10/15
Sun. 22:56

今日は雨が降っても槍が降っても次女と2人で上野へデートに行くつもりであった。

少し前に現在休館中の我が家が20年来通っている近所の小さな美術館「中村正義の美術館」の館長さんから、上野の東京都美術館で開催される東京展の中で中村正義の絵も展示されるとのお知らせと招待カードが送られて来て、ここのところ中村正義ロスで彼の絵が観たくてたまらなかったぼくは飛び上がらんばかりに喜び、3人の子どもの中で母ちゃんに似てとりわけ絵が好きな次女が「15日なら」と付き合ってくれることになり(長女は母ちゃんと高校説明会、息子は団地の友達と遊ぶ約束)楽しみにしていたのだが、昨夜遅く念のためにとお知らせをよく見たら、何と東京展は14日までであった(!)。もうアタシはがっくり来てしまって、次女にも「ちゃんと見ておきなさいよ!」と叱られるしで結局今日は哀しい雨降りの日曜日となった。

それでも次女の希望で、急きょ友達と遊ぶ約束がなくなった息子も共に我が家御用達の多摩市民館内の図書館に本を借りに出かけた。
テレビゲームもなければケータイもない、家族兼用のPC(これです)一台のみ(それと固定電話&FAX)の我が家は、みんなとにかく本を借りてよく読んでいる。ぼくは同時に何冊も読むので2週間で読みきることがなかなか出来ず、読みたい本はこれだけはというものだけ新刊で買って、後は古本で見つけて買って読むことが多いのだが、次女なんかは2週間ごとに図書館で何冊も借りて来て暇さえあれば机の上だったり寝転がったりしながら読んでいる。今日も貸出し冊数ギリギリ10冊近い9冊を手慣れた様子でバーコード読み取り機にかけて持参の大きな布袋に手際よく詰めた。
ぼくも現在数冊読んでいる途中だけれど、自分の日程確認ミスで出かけられなくなったブルーな気分を読書で紛らそうと2冊借りた。もはや自腹ではとても買えないハードカバー本が2週間とはいえ無料で読めるというのはやはり何ともありがたくうれしい。カフェなんぞ併設せんでも良いから、どこぞの企業が一山当てようと入り込まなくて良いから、ぜひともフツーの図書館がこれまで通り在り続けてほしい(と言っても、図書館業務が民間業者に委託されるようになってもう久しいが)。

福祉の仕事を25年やっているぼくは、実は福祉の国家資格を何にも持っていない(なので、時々福祉のブラックジャックを自称したりする)。しかし、なぜか大学でたまたま履修した科目のおかげで図書館司書の資格を持っているのです。ていう事は、まったく潰しの効かないこの身と思っているが、図書館で働ける可能性はあるのかしら?でももう年齢がダメか。でも一日本に囲まれて過ごせるなんてなんて素晴らしい仕事だろう。人間に疲れきって一日終えるなんてことはきっとないだろう。どうにも悪い癖だが、どこかへ出かけると必ずと言って良いほどぼくはそこで自分が働き暮らすことを妄想してしまうのだ。それもかなり具体的に。ストレスがたまっているのだろうか。それとも逃避願望が止み難くなっているのか。まぁでもそんな妄想時間はたいてい楽しいのだ。

借りてきた本の一冊は、同世代の作家柳美里さんの対談集「沈黙より軽い言葉を発するなかれ」。彼女のデビュー直後何冊かやはり図書館で借りて読んだ記憶があるが(そう言えば彼女以降、ぼくはリアルタイムで流行作家の本を読んでいない)、熱心な読者ではなかった。しかし、震災原発事故以降の彼女の活動にとても惹かれるところがあってまた読んでみたいとちょっと思っていたところであった。特にこの本のまえがきにあるSNS等がもたらした(特に震災後の)現状について、彼女が“ソーシャルメディアが日常生活に縦横に張り巡らされている昨今、情報はとめどなく膨れ上がっていますが、自分の耳に響く言葉は極端に少なくなっているような気がします。情報の中に言葉は無い、と言っても過言でありません。”と書いているのを読み、ぼくは強く共感した。
ぼくはSNSを情報交換(もしくは近況報告)の場とは思ってもまったく議論する場とは考えていないが、あたかも議論している(吹っかけるもしくは言いがかりをつける)かのごとく声もなく感情的だったり断定的な言葉を吐き出し応酬し合っているのを時折見かけるにつけ、なんだかげんなりする。そんな言葉とも言えぬ言葉を公表してどうするんだと思う。それで世の中を良くするだとか変えたいだとか書いていたりするともはや「だめだこりゃぁ」である。

雨の日曜日の午後は、PCの電源を切ってラジオが小さく流れる中読書して過ごすのが最高だ。情報に遅れたってフォローしなくたって良いじゃない。自然の流れはとっくの昔からこの時空を満たし続けているのだから。
嗚呼、でも上野の「東京展」は行きたかった~!もうしばらくは中村正義の図録、画集を観て我慢しよう。

今宵のBGMはピーターバラカン氏のバラカンビート録音音源。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ838 

2017/10/14
Sat. 23:05

今日は午後から近所の日本女子大西生田キャンパスへ、三上智恵監督の映画「標的の島 風かたか」を観に行った。

この映画を観られたのは全くの偶然で、昨夜スペースCで半年分たまっていた会計監査を残業して何とかやってヘトヘトで遅くに帰宅し、ほどなく倒れるように爆睡、今朝楽しみにしていた7時25分からのNHKFMのピーター・バラカン氏DJの番組ウィークエンドサンシャイン“トム・ペティ特集”を何とか起きて寝ぼけながら3分の2くらいは聴けて朝食後コーヒー飲みながら呆けていたところに、団地のお隣さんでここに住み始めてからとってもお世話になっているYさんから、今日の午後1時から平和を求める日本女子大学有志の会主催で「標的の島 風かたか」の上映会があるので時間があったら、という話をいただいたのだった。

自分の法人を含めた秋の理事会準備の疲れが取れたような取れてないような体調であったが、ぼくは即座に観に行くことを決めた。元より観たかった映画であり(ぼくは三上智恵監督の前々作「標的の村」を観て“普通の暮らし”という歌を書いた)、ライブと重なったり経済的な事情で主に都内であったこれまでの上映会に行けずにいたので、それが急な話とは言え歩いて10分の場所で、しかも無料ならば(本当にありがたい)疲れがどーのこーの言ってる場合ではない。何より出不精半隠居趣味のぼくが、今週高江の牧草地に米軍ヘリが墜落炎上した事故が起きて、どうにもやりきれない、けれどにわかに言葉に出来ない悶々とした気持ちを抱えているその時に、それはまるで「観なさい」という啓示のようにも感じ、多摩区に住んで25年で初めていつもは森歩きで中に入らず横切る日本女子大正門を守衛さんに来意を告げてくぐったのだった。

森歩きでいつも日本女子大の外周を歩いているぼくだが、時々女子大生の心弾ませる声は聴こえて来るものの森から女子大キャンパス内は見えない。そんな内側に初めて入った日本女子大キャンパスは、鬱蒼とした広大な森の中に在るまさに森の学園であった(付属中学、高校もある)。
戦前から開校しているだけあって、この地(森)にすっかり根を下ろしている学内はふだんの森歩きと変わらぬ落ち着いた気持ちにさせてくれる。こんなところで学べたらさぞかし良いだろうと女子大と知りつつ思わず妄想を膨らます。すれ違う女子大生がとにかくまぶしい。

開校90年記念に建てられたという上映会場であるその名も90年館に、60~70人は集まったと見える参加者はまず平和を求める日本女子大学有志の会からの挨拶を聞く。会の一員である同大人間科学部学部長は、この有志の会がそもそも安保法制に反対する目的で学内で結成され、法が強行成立された後、一事活動休止していたが一学生からの発案で今回の上映会(昨日の目白キャンパスと2日間続けて)となり、会も新たに賛同者を広く募って平和憲法に基づく政治を求める趣旨の下活動を続けて行くとのこと。
近所の、しかも暮らしのすぐそばにある愛する森の中のキャンパスで、このような決して大きくはないけれど、肩肘も張っていないまさに穴場の様な「場」があることが素直にうれしいしその在り方にぼくは心から賛同する。

そして約2時間の映画「標的の島 風かたか」は、「標的の村」同様、瞬きの間も惜しいほど沖縄で真っ当な普通の暮らしを送ろうと、新たな米軍基地建設、自衛隊施設誘致と配備に抗う人間の姿が映像に刻まれていた。安易に涙を流してはいけないと思いつつ、冒頭の古謝美佐子さんが米兵に暴行の上殺害された20歳の女性を悼みつつ県民集会のステージで唄う「童神」で、早くもどうにも涙が溢れて来るのだった。
権力側の常とう手段である不意のだまし討ちのように、宮古島と石垣島に誘致建設が進められようとする自衛隊基地とミサイル配備に抵抗する島の人たちを追う中で、自衛隊配備がアメリカ軍の対中国戦争作戦である「エアシー・バトル構想」に基づくものであることが明かされる(映画へのコメントでピーター・バラカン氏もこの構想について「許せない」と書いている)。それは直接アメリカが中国と戦争するのではなく、まずは沖縄の先島諸島と沖縄本島、さらに日本列島を含めたラインを防波堤のようにして代理戦争させるというもの。当然中国は別のアジア諸国等にも置き換えられるだろう。

この映画を観ながら突き付けられるのは、「エアシー・バトル構想」に端的に示される日米安保のみが最優先されて沖縄の人たちの暮らしが犠牲になっていること。そこにアメリカは当然日本政府も含めて日本国憲法を上に置く視点、その憲法の下に沖縄の人たちの暮らしを守ろうという姿勢が微塵もないことだ。そしてその暮らしの中で優先される法制の違いこそがヤマトと沖縄の決定的な違いなのだということ。しかし、沖縄を憲法番外地にして安保の下に追いやったのは戦後すぐは1対9であった沖縄と本土の米軍基地比率を真逆にするまで本土から退場させた日本政府と、それを支持した沖縄以外の日本国民である。そして安保優先下の暮らしは、きっかけさえあれば日本全土をたやすく覆ってしまうだろう。

辺野古と高江の新基地建設、ヘリパッド建設反対で先頭に立つ山城ヒロジさんが映画の中で「まだ憲法がある」(生きているだったか?)と言うシーンがある。基地建設に反対する人たちの行動の源泉には基本的人権を保障し平和を誓い希求する憲法の精神がはっきりと在る。そしてそれは沖縄の歴史と通底している。当たり前だが基地建設と沖縄戦の歴史はまったく繋がらないし、前者は沖縄の歴史を命を踏みにじるものだ。
憲法を体現することで、真っ当な人間の普通の暮らしを取り戻し営もうとする「標的の島 風かたか」に映る人間の姿は、誰もが共感出来る人間の在り方であろうしヤマトの人間も同じ視点と根拠と地平で、自らの暮らしを侵され手渡さないよう抗うことも出来るはずだろう。それをしつつ沖縄に思いを寄せることを、友人を思うことを止めずに居ることは他の誰でもないぼくの暮らし方でもある。

それでも、上映会後の女子大からの帰り道、坂道を上り団地に向かいながら日本女子大を包み日頃ぼくが歩く広大な森を眺め、坂道からちょうど200mくらいの距離にあるだろうこの森の上すれすれをオスプレイや米軍ヘリが低空飛行する様や、それらがこの森に墜落し炎上する様はどうにも非現実的で想像出来ないのであった。その現在のぼくにとっての非現実が、かの地では現実である事実がやはり心に重石のように沈む。この重石を安易に捨ててはならないと思いつつ、ぼくの日々をまた往く。

今宵のBGMは、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの81年発表の4枚目「ハード・プロミス」。
BG酒はトリスクラシックハイボールでした。ではまた、ロケンロール!

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新曲「LEARNING TO FLY」 

2017/10/11
Wed. 22:54

LEARNING TO FLY
原曲 トム・ペティ 意訳 五十嵐正史

ぼくは歩き出す うす汚れた道を
ぼくは歩き出す そう自分で決めた
日が落ちた 丘を横切り
見える街の灯り 止まったままの世界
飛び方を覚えた でも翼はない
降りて来るのは 飛ぶことより難しい

旧き良き日々は もう戻らない
岩は溶けず 海は燃えはしない
飛び方を覚えた でも翼はない
降りて来るのは 飛ぶことより難しい

誰かが言ってた 人生が人を打ちのめす
心を砕き 王冠は奪われる
だから歩き出す きっと神様は知ってる
ぼくがいつどこへ たどり着くのかを
飛び方を覚えた でも翼はない
降りて来るのは 飛ぶことより難しい
飛び方を覚えた 雲のまわりで
登り詰めたら 降りるしかない
飛び方を覚えた でも翼はない
降りて来るのは 飛ぶことより難しい…


先週からトム・ペティを聴き続けている。そしてあらためて彼が素晴らしいソングライターであり、普段着のロックンローラーであったかを再認識して益々好きになっている(若い頃はそのブチ切れないシンプルさ、クールさに物足りなさを感じたこともあった)。
頭の中では大好きな「ラーニング・トゥ・フライ」が流れ続け、気付けば英和辞典を片手に訳し出していた。
ぼくが持っている発売当時に手に入れたCDの訳詞では、サビは“俺は飛び方を習っているが 翼が無いんだ 落ちぶれるのは 一番辛い”となっているのだけれど、どうもしっくり来なくて(特に「落ちぶれるのは一番辛い」)英詞と辞書を何度も見比べたがなかなか良い訳が思い付かない。元の詞の“coming down”を文字通りに「降りる」と訳すか、“hardest”を「辛い」と訳すか「難しい」と訳すか等々自分がどんな気持ちをこの歌に込めたいかもはっきり出来ずに行き詰った。

それが今日の仕事の帰りにCDウォークマンで何度もリピートしてぶつぶつ唄いながら聴き続けていたら(かなり怪しいおっさんである)、ふっと「降りて来るのは 飛ぶことより難しい」という言葉が浮かんだ。それはあまりに今日職場でぼくが強く感じたことそのものであった。一人で机に向かって悶々としているだけではぼくは歌は書けない。そういう意味ではとても職業作詞家にはなれない。時に歌にしてしまうことへの後ろめたさも感じるし、身体的精神的にもキツいけれど、ぼくはこの仕事をしているおかげで歌が書ける面もかなりあるのではと思わざるを得ない。ゆえに色っぽい艶っぽい歌はとうてい書けないのである。
それにしても、22歳で初めて聴いた時から「飛び方を覚えた でも翼はない」(これも自分流にしているが)の歌詞は本当に最高だと思う。いろんなやりきれなさが叫ぶのではなく込められる。そうそう、歌詞だけではなくてメロディーがまた素晴らしい。たった4つのコード“F-C-Am-G”を繰り返すだけで情景が浮かびあらゆる感情が込められる。複雑なコードを一切使わずトム・ペティは名曲をたくさん書き生涯を全うした。こんな心強いことはない。ありがとう!トム・ペティ。この歌を大事に唄い続けます。

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2017-10