周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ848 

2017/11/16
Thu. 22:53

今週は夜な夜な新曲たちの練習に励んでいる。

なにせ、いまだバンドで合わせていない今年の夏以降に出来た曲が6曲あり、その中の少なくとも5曲はどうにかすぐにでも披露したいお気に入り。これから年末まで確定しているライブが7本あって、その中で少しずつでも唄いたいし、特に12月1日の立川「農家」さん、12月9日のスペースC、16日の吉祥寺のろと続くワンマンライブ3本立てではセトリに新曲をたくさん入れたい。

そんなぼくが待ち遠しいのは、18日にようやっと入れられたスタジオ練習日。メンバー全員は来れないが5時間みっちり音を合わせながら新曲と格闘出来る時間は、ある意味ライブ以上に楽しく幸福な瞬間の連続である。
まぁそんな風に練習を待ち遠しく思えるのも、そもそも練習をする時間がなかなか取れないからであり、40本超えることが確実な今年のライブ回数に比して、スタジオ練習はたぶん3回、いや2回?しかやれていない。それでもちょうど1年前にニューアルバム「普通の暮らし」を発表して以降、現在のライブセットリストはその後に書いた新曲が半数は占めている。ということはつまり、新曲をライブでぶっつけ本番して、ライブでやりながらアレンジを考え編曲しているわけだ。いやぁあらためて考えるとなかなかロックですね~。
自分ではとにかくその時書いた新曲がその時一番唄いたい歌なので、何とかすぐに聴いてもらいたくて失敗のリスクを顧みず何よりメンバーを信頼して(と言うより無茶ぶりして)ライブでいきなり唄うのが何だか定番になってしまった。このスリリングな体験は一度味わうと止められない。歌に生命が吹きこまれたり突然化けたりする瞬間は、実際スタジオよりもライブの方が生まれやすい。
それでもさすがに、5曲も6曲もいきなりライブで新曲ばかりやるのは無茶過ぎるのでやはりスタジオ練習は欠かせない。

特に今年書いた歌はどれも思い入れ深い。1月にお袋のことを思って書いた「ないしょの話~母の歌集~」は、きっと今年ライブで一番唄った歌かもしれない。もはやぼくの一部のように感じる大好きなこの歌が、去年の今頃はまだ歌詞もメロディーも微塵も存在していなかったと思うととっても不思議だ。5月の終わりに大好きな関西にライブしに行って書いた「西村亭の唄」も、今年後半ライブの定番曲になっているし、陸前高田ジョニーでも歌って来た。東北で、関西の古い小さな知る人ぞ知る店のことを唄うのはこれまた何とも言えない感慨があった。
そして、今年の東北ライブの翌日、旧友Oに連れて行ってもらった(ノー・プランのぼくらにタクシーをキャンセルさせて、朝旅館に車で迎えに来てくれたOのガイドは今思い出しても素晴らしかった。感謝!)リアスアーク美術館のことを唄った一番新しい「箱舟の美術館」。今年書いた歌の多くは、特定の人や場所のことを唄った歌なので一人練習で唄うのも楽しい。唄うとその人や場所が思い浮かび、思わず泣いてしまうこともしばしば(ライブで涙は見せない主義。おじさんが泣きながら唄うのは聴き苦しいし、何より聴き手に歌の描く情景を見せたいので)。

そんな個人練習の勢いでもって、18日は新曲をばっちりバンド練習して手応え掴むぞ~。みなさんぜひ、年末までのソウブラライブにご期待いただき、そしてぜひぜひ観に来て下さ~い!
実際、ちょっとライブ入れ過ぎてお客さん来るか心配であったりするのです(汗)。損は絶対させませぬ。どれも違う、曲の進化も体感出来るライブですよ~。ライブスケジュールを要チェック!!

今宵のBGMは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの69年発表のサードアルバム「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」。このアルバム収録の“ホワット・ゴーズ・オン”のメロディーを借りて今年“掻き鳴らせど掻き鳴らせど”という歌も書いたのです。これも18日にスタジオで弾きまくりたい歌。ルーの嵐のようなギターカッティング(決して難しいことしていないところがまた素晴らしい)に触発されて書いた歌詞で思いきり唄ってやりたい。そろそろ、来年のニューアルバムレコーディングのことも考え出さなきゃ。仕事してる場合じゃねぇぞ(笑)。

BGドリンクはレモンアロマオイルを垂らした水でした。ではまた、ロケンロール!
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ロケンロールライフ847 

2017/11/14
Tue. 22:35

昨夜は、一度台風の為に延期した法人理事会であった。

上半期の活動報告や会計報告を理事のみなさんにするだけでなく、最近自分の職場で抱えている辛くて大変な事も報告する。理事会直前までそういう愚痴めいた話は止そうと思っていたが、自分たちの抱えている現実を率直に報告する必要というよりは、自分のしんどさを話すことで少しでも軽くなりたいというのが本音で結局べらべらとしゃべった。しゃべったところで解決するわけでも、しんどさから解放されるわけでもないが、理事会後はなんだか心の重石が少しとれた感じがして軽やかになった。通常業務後に理事会を開催するのは正直面倒だが(わざわざ来てもらう理事のみなさんも大変だ)、我が法人理事のみなさんは毎度愛を持って、他と足並を揃えない我々を応援して下さる。そんな応援を早10年以上続けてもらっていることにかたじけなさを禁じ得ない。

私が現在抱えているしんどさも、元をただせば自立支援法を拒否し、新たに制度化された就労継続支援B型事業所等に行けないとされた人たちを、その事業所よりもスタッフ体制の脆弱な自分たちが積極的に受け入れ続けて来た結果であり、そのことで自分たちの法を否定した存在意義と価値を内外に知らしめはした。だからと言ってちっとも儲からないし貧乏所帯が変わることも無い。ボロくなるままそんなに遠くない将来朽ち果てるかもしれない場所に、「どこもダメでしたがここなら」なんていう人がどんどん希望されてくることに、ぼくはどうにも皮肉を感じ「他はいったい何やってるんだ!」と毒づきたくなる。でかい組織、盤石な体制、立派な施設、公務員に限りなく準じた給料、そんな所が行き場を求める障害者を選別し「不適」といともたやすく拒否する。デカい組織、盤石な体制、立派な施設みんなで力を合わせてどうにか受け容れるためのせめて模索は出来ないのだろうか?

もちろんぼくらの所も無理なものは無理でお断りする。その時いつも心のどこかが痛み後ろめたさを感じる。職員3名で43名まで在籍者が膨れ上がった現在、もはや新規受け入れは当面難しい。そのぼくらのような所の他で、大田区内の大規模施設のいくつかは定員割れしていると聞く。デカい組織、盤石な体制、立派な施設がありながらそこで働く職員たちが生気のない目をしているとしたら、まずはそこをテッテ的に改善しデカい組織、盤石な体制、立派な施設をフルに活用してほしいと願う。職員がいまだに自分探ししてるような福祉の現場などは論外だと思う。

昨夜の理事会の終わりでぼくは「これからもこのまんま行けるところまでやって行きます。失うものは何にもないですから」と宣して理事会をしめた。

今宵のBGMは、ルー・リード、ジョン・ケイル&ニコの72年パリでのライブ盤。アコギとピアノにビオラだけのシンプルな音をバックに3人の歌が肉声がやけに生々しく伝わって来る。思えばとても貴重な組み合わせにして貴重なライブ記録だ。

今宵のBGドリンクはトマトジュースですが、今日同僚のK田さんから「五十嵐さん最近夜呑まない日が多いですね」と言われ、誤解を招いていたようなのでここで一つおことわりを。ここでのBGドリンクとはあくまでブログを書いている時の飲み物であって、すでに350ml缶の第3種のビール2本を呑んで仮眠した後であります。よって、毎晩酒呑んでます。ちなみに2年前の夏の終わりに免疫力低下で熱出した時に一日空けた以来、欠かさず毎晩いただいております。今年の健診でγ-GTPは137ありました。
ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ846 

2017/11/12
Sun. 22:19

今日は午後から新横浜の老人ホームに暮らす母ちゃん(妻)の祖母の、100歳のお祝いに家族みんなで行った。

お祖母ちゃんの居室では手狭なので、ホームの談話室を借りることにして現地で待ち合わせた義父とささやかな宴席を用意する。お祖母ちゃんはもはや固形物は食べられず、耳もかなり遠くなりホワイトボードを使っての筆談でのやりとりだけれど、まだまだ身体は元気。認知症も進んでいるがぼくも含めて可愛い孫(母ちゃん)と曾孫(我が家の子どもたち)のことはちゃんと分かり、終始にこやかに楽しそうであった。
我が家からは100歳のお祝いに母ちゃんと子どもたちで手作りの色紙を作り、そこに義父を含めた6人全員の顔写真と手書きのメッセージを添えて子どもたちからお祖母ちゃんにプレゼントした。色紙と一緒に、次女が本物を食べられないお祖母ちゃんのためにフェルト工作で苺の乗ったケーキを作って渡したのだが、その出来の良さはお祖母ちゃんが「じゃぁ苺だけでもいただこうかね」と思わず苺の部分をつまんで食べようとしてしまうほどで、母ちゃんが「それは食べられないの」と言うと、「あらニセモノ?」と返すお祖母ちゃんにみんなで笑って和んだ。

車で1時間ちょっとで行ける老人ホームだが、我が家もちょくちょくは行けず(今日は夏休み以来)、特に母ちゃんにとってお祖母ちゃんは共働きと共産党活動で忙しかった両親の親代わりのような存在であり、ぼくも原因の一つとなった家族不和ではずいぶん心労を与えてしまったので、お祖母ちゃんに出来る限りのことをしたいという母ちゃんの気持ちは良く分かる。ぼくにとっても誰より最初にぼくと母ちゃんの結婚(と言うよりいきなり同棲)を承諾してくれたお祖母ちゃんであるので、言うなれば恩人だ。
そのお祖母ちゃんにぼくは「100歳になった感想は?」と聞いてみた。お祖母ちゃんは「何にも考えないの。一日一日をとにかく生きているの」と応えた。関東大震災の記憶もあったお祖母ちゃんの100歳の今は、お祖母ちゃんなりに生きることに精一杯で、悠長に過去を振り返る余裕などはないというように感じてちょっとぼくはたじろいだ。老人ホームで余生を、来し方を懐かしみながら穏やかに過ごすという高齢者像は、こちらの勝手な思い込みなのかもしれない。もはや好きなものを好きなだけ飲んだり食べたりすることは出来ず、外出も自由にはならない。そんな一日を独りホームで介助を受けて暮らすお祖母ちゃんの日常。何とか気晴らしをと義父と母ちゃんがこのような宴を準備して、お祖母ちゃんもようやっと居室から1階に降りて来れた。そう考えると、ささやかなこの宴を開けて良かったと思えて来る。
そうこうしているうちに、3人の曾孫たちをとろけそうな笑顔で見つめていたお祖母ちゃんが、ふと「アタシももうちょっと生きてみようかね。この子たちがどうなって行くのかもうちょっと見てみたいよ」と言い、その一言で座がにわかに活気づいた。色紙の3人の子どもたちの写真とぼくの写真を指差しながら「みんなこの人との子でしょ?」とお祖母ちゃんが母ちゃんに聞き、母ちゃんが頷くと「何よりだよ」と言ってお祖母ちゃんが笑顔を見せたのを、ぼくはどうにもこそばゆく感じた。

次は年明けに新年会をやることをお祖母ちゃんと約束して、ホームを後にした。定員オーバーの軽ワゴン車に乗って第3京浜を走る我が家の5人家族を、秋の夕日が照らしていた。お祖母ちゃんありがとう。100歳、バンザイ!(アタシが色紙に書いた言葉)

今宵のBGMは、インターFMのバラカンビート録音音源。
BG酒はトリスクラシック水割りでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ845 

2017/11/11
Sat. 22:29

昨日まで、職場である小さな施設の秋の1泊旅行で南房総に行っていた。

毎年この時期恒例の1泊旅行であるが(そう言えば、昨年だったかは同業で旧知のY本さんとやはり施設旅行途中、高速道路のSAで偶然会ったし、今年は同じホテルに長年スペースCライブに来てくれているやはり同業のF君の施設も泊まりに来ていた)、毎回終わると普段の仕事では感じないレベルの安堵と疲労、寿命が数年縮まったような消耗を感じる。思えば今回でもう25回(!)施設の一泊旅行に行ったので、どんだけ寿命が縮まってしまったのかと思うと我ながらがっくり来る。やっぱりぼくはこの職場に長居し過ぎてしまったのだ。もはや取り返しのつかないほど長居してしまった。

今回はこれまでで一番旅行中お腹の具合が悪かった。元来胃腸が弱くほぼ毎日下痢をしているぼくは、旅行の中でも特に集団の長時間バス旅行がもっとも苦手であり、プライベートでも安心してトイレに行ける環境でない限り決してバス旅行は行かない。それが仕事となればしかも自分が責任者となれば逃れることは出来ない。だから、旅行の数週間前からぼくの心はブルーになり出し、一刻も早くこの仕事が終わることばかりを願う。
共同募金(赤い羽根)からの寄付金を原資とした一泊旅行なので、バスガイドも添乗員も付けず、一期一会の運転手と幹事であるぼくが行く先の確認やら休憩時間の取り方等話し合いながら行程を進めて行く。そういうやりとりは経験を積んですっかり慣れたけれど、何度経験しても宿痾である過敏性大腸症は、旅行中に猛威をふるう。
旅行当日はいつもより早く起きて朝食は絶対に摂らず、出発時間までお腹の中が空っぽになるまで排便を繰り返し(食事中の方失礼)、下痢止めを服用して緊張の出発に臨んで何とか行きは無事に過ごせるが、今年は初めて夜の宴会(豪華な刺身の食い放題であったが苦手なえびやカニも多かった)で、これまた20年来恒例となっている女性利用者の唄うカラオケ(今年はAKB48の曲であった)に合わせて所長(アタシ)が踊り狂うという余興をがんばってやった(やんなきゃ良いのに何だか義務感でやってしまう)直後、突然猛烈かつ気の遠くなりそうな腹痛と便意に襲われてしまい何とかその場を締めて便所に駆け込んだ。
便所で一人呻きながら30分近く格闘し、せっかくの温泉上がりなのに脂汗で全身ぐっしょりになって出てきたぼくを見た同部屋の利用者たちが「汗だくで顔色悪いけれど大丈夫ですか?」と心配してくれたが、その後はまた毎年恒例の所長部屋で2次会をお菓子や冷たい飲み物を買い込んで開いた(さすがにアタシは温かいお茶を飲んで過ごしたけれど)。

それでももはやそれなりの図太さは身に付けているので、夜中一人で温泉入りに行ったりしてしっかり元を取ろうと試みる。旅行中食事は全く楽しめないので(確かに美味しいのだけれど)温泉だけはいつも隙を見て最低3回入る。

そんな風に見た目はとってものんびりした(寄る所も行きと帰りに1ヶ所ずつだけにしてかなり時間にゆとりを持たせる)バス旅行だけれど、ぼくは緊張と不安と怖れにがっちり掴まれたまま1泊2日を駆け抜ける。幸い今年も運転手の方が気さくで臨機応変に対応してくれて助かった。そして何より事故が起きず具合の悪くなる人(アタシ除いて)が出なくて良かった。
そんなボロボロ状態で旅行を終えながら、アタシは真っ直ぐ家に帰らず吉祥寺でギター森田君と待ち合わせ、朝も温泉入った身体をよろづ湯の銭湯の普通のお湯に浸して、「やっぱ温泉よりこっちの方が良いな~」なんてうそぶき、湯上りは濡れ縁で缶ビールを飲み干しそこからのろへと続くゴールデンコースを歩き、3人でボトルを差し替えて11時過ぎまでしゃべって笑って水割りを呑み続けようやっと午前様で帰宅した。お腹は全然何ともない。気分もサイコー。要するにアタシの宿痾とはそういう性質のものなのだ。原因は全て明らかなのであった。後は付き合えるかの問題。出来る事だけやってこれ以上無理するつもりはない。

今宵のBGMは、昨夜吉祥寺のディスクユニオンで中古を見つけ650円で購入したトム・ペティが2006年に発表したソロアルバム第3弾「ハイウェイ・コンパニオン」。どこを切ってもトム・ペティな任せて安心の逸品。力抜いたまま身体も心もロックさせてくれるトム・ペティ。このやり方だったらもっともっとずっとロック出来ただろうにと思わずにおれない。理想のグルーヴ。
BG酒はトリスクラシックハイボールでした。今宵もお腹は全然大丈夫。そして月曜の朝からまた始まります。嗚呼、ちょっとブルーにロケンロール!

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ロケンロールライフ844 

2017/11/08
Wed. 23:01

物心ついて初めて嫌いだと自覚した総理大臣は中曽根康弘だった。

ぼくは当時小学4~5年生。アメリカはロナルド・レーガン大統領で、互いを「ロン」「ヤス」と呼び合い馴れ馴れしさをアピールしていたのだが、そのアピールに不釣り合いな2人の容姿(特に中曽根)に子どもながら気持ち悪さを感じた。ほどなくヤスが「日本はアメリカの不沈空母である」発言をして、ぼくはこれまた子ども心に米ソ戦争開戦間近を感じ、母親にしつけとして入れさせられたボーイスカウトから優先的に徴兵されるに違いないと布団の中で妄想し恐怖に震えたことを覚えている。

以来、ぼくは日本の総理大臣を一度も好きだともましてや誇りに思った事はなく(天皇もまた然り)、一貫して嫌いであり続けている(非自民から出た首相も然り。特に村山富市は憐れな傀儡人形にしか見えなかった)。
同じようなアメリカ大統領との馴れ馴れしさ演出はその後もぼくの記憶では2回ある。1回は小泉純一郎とジョージ・ブッシュで愛称は忘れたが、キャッチボールとダサいエルビスのモノマネに興じ、小泉はアメリカのイラク戦争を率先して支持して(たぶん)全世界の失笑を買った。もうソウブラをやっていたので彼は歌のネタにさせてもらった。

そしてつい先日のドナルド・トランプと安倍晋三である。北朝鮮から火薬の詰めていないアメリカ挑発用のミサイルが日本の上空を飛んで行き海に落ちた件を、トランプは「なぜ撃ち落とさなんだ」と得意のツイッターで喚き、撃ち落とすためにアメリカの武器をじゃんじゃん買うよう首脳会談で要求し、さすれば北朝鮮のミサイルは撃ち落とせるしアメリカで多くの(軍需産業で)雇用が生まれると発言した(新聞報道による)。まず、北朝鮮が放っている火薬の詰まっていないミサイルはアメリカに向けてのものである。日本がそれをわざわざ撃ち落とす理由はない(破片が落ちて来てその方がよっぽど危なかろう)。あるとすれば安保および安保法によるアメリカからの隷属的命令である。
それに対し安倍晋三は「ハイ、張り切って撃ち落とします!」とは言わなかったようだが(新聞報道による)、日本の防衛力を質的に、量的に拡充しないといけないとし、弾道ミサイルを迎撃するミサイルだけでなくイージス艦もさらに購入することを明言した。

今回もテレビニュースを観なくて本当に良かったと思っているが、早乗りしたトランプ娘を追いかけたり、(たぶん)下手なゴルフを見せられたり、鯉にエサやったりどこの牛ステーキを食ったとかの情報を血眼になって追いかけたりするのは何より哀れである(警備もそうだ)。そんな仕事人と喜ぶ衆愚を尻目に、馴れ馴れしさを精一杯アピールしてしれっと上記のとんでも発言だけしてとっとと立ち去って行ったトランプ大統領と、精一杯のおもてなしで見送っただろう安倍晋三にはこれまた人間としての恥ずかしさしばかりをこれでもかと感じてしまう。正直気が沈む。やられた感も強い。が、それ以上にロン、ヤスの頃からの記憶を辿って思い出し、結局この国は何にも変わっていないじゃないかという感が何よりも強い。戦後民主主義なぞというものは結局その程度のものであったということか。権力者や象徴を一切誇らないが、大衆含めて日本そのものがまったく誇れない。いや、そもそも安易に誇るべきものじゃないのだと思う。敬愛する一人一人が居れば、一つ一つの場所が在れば、自然があればそれで十分。

学生時代より指針として来た敬愛する知識人加藤周一氏が、1950~60年代に書いた日本の外国人に対する態度「一辺倒」と、夏目漱石が「私の個人主義」で講演した日本人の西洋化を批判した「上滑り」が、今もこの国を少し離れて観る時にとても大事な視座になることを最近あらためて痛感している。くだらないテレビニュースの視聴率に貢献するより(そしてそれを拡散するより)、加藤周一や夏目漱石を独り読む方がよほど、トランプ&シンゾー戯れるアホ世界を流されずその外で生きる術となるとぼくは承知している。

今宵のBGMはサン・ヴォルトの97年発表のセカンドアルバム「ストレイト・ウェイズ」。サン・ヴォルトもまた、トランプが描き語るUSAではない真のアメリカの心の歌を唄い続けるバンドだ。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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