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周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

午前と午後2回の朗読劇を終えて、子どもたちが留守番する団地へ母ちゃんと戻り(結局子どもらは長丁場にひるんで同行しなかった)、一息入れてからぼくは一人ヘルスよしのへ行く。明日は金沢八景に住む義父宅へ一泊で遊びに行く予定だから、夜は義父宅近所の銭湯亀遊館へ行くはずなのだが、ちょっとぜいたくして銭湯二連ちゃん。出がけに母ちゃんから「ついでにそろそろ床屋に行ったら」とも言われたので、ぜいたくついでにヘルスよしのへ行く途中に在る若夫婦がやっている1500円のカット専門店へ。前回髪切ったのが4月7日だから4か月以上ぶりの散髪。せめて季節ごとには行きたいものだと思いつつ、タイミングよく空いていたので勢いのママ入ってお兄さんにカットしてもらう。
途中、高齢者施設からの外出時なのか飛び込みでお婆さんとその付き添いの人がやって来てお姉さんが対応する。お婆さんはちょっと意味の通じない話を大きな声でしゃべりながら、髪を切りたいのか切りたくないのか要領の得ないやり取りをお姉さんや付き添いの人としていたが、促されるままにカット椅子に座ると隣でカットされているぼくを見て「アタシ、こういう髪型がいいのよ!」と言い出して、たぶんぼくを指差すかしながら何度も「この髪型がいいの!」と繰り返す(ぼくは前を向いているのでお婆さんの様子は分からない)。ぼくの髪型と言えばお馴染みの短めの坊ちゃん刈り(おっさん刈り?)なのだが、唯一のこだわりは私立高校時代の校則であった「刈上げ」は絶対にしないことぐらい。なので毎度床屋では「刈上げないで」とだけお願いする。お婆さんは「アタシも剛毛だから、ああいう風にサッパリした髪型がいいの!」と元気よくすっかり髪切って下さいモードになった様子。ぼくはめったにない自分の髪型を誉められ、たとえお婆さんであっても「同じにして」と言われたことが何だかうれしくて気分が良くなった。それにお姉さんの気さくで丁寧な対応も耳にとても心地良い。あらためて「4か月に1回ではなくせめて3ヶ月に1回は来よう」と思った。と言うか我が家のみんなの御用達にしたいお店だ。

カットしてすぐそばの銭湯に入るという、完璧すぎるコースを辿る喜びと言ったらこうしてブログに書いて自慢したくなるほどのスペシャルゴールデンコース。そして、今日は初の一日2公演の朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」を無事終えた後。ホンとは共演者でもある母ちゃんと来たかったが、公演会場併設の稲城市立中央図書館内の喫茶コーナーで珍しく2人で食事して、母ちゃんはカレーライスをアタシは明太子スパゲティを食したのだが、それぞれ720円ずつの出費のぜいたくを母ちゃんは気にして、いつもの如く一人きりの銭湯行となったのだった。

2015年にNHKスペシャルで放映されたと言う、戦時中の沖縄北部で戦闘に加わった少年ゲリラ兵の実態に迫ったアニメ上映と、ぼくらの朗読劇の合わせて2時間の企画を一日で2回開催したのだが、1回目の午前の部は80人と聞いていた会場の椅子はほぼ満席。午後の部もほとんど埋まるほどの盛況ぶりだった。夏休み中の親子連れが多かったが、夏休みの一日をこういう企画に参加して過ごそうという親子がこれだけ居ることにちょっとうれしい驚きを覚える。ほとんどが稲城市に住む人たちと思われたが、朗読劇の前に主催の方が先日の沖縄の県民大会のことにも触れ、辺野古に新基地を造らせないことへの連帯の意志を表明しつつ、戦時中隣の川崎市で秘密兵器を作る巨大な軍事施設があった話をされ、初耳であったと思われる参加者の驚いた顔がステージからも伺えた。戦争の火種、その軍事施設は遠くかの地に在るだけではない。沖縄と、広島長崎と繋がるということは自分たちの足元に在る火種を見据え、それに立ち向かうという事でもある。「いなぎ平和と安全を考える連絡会」主催の方の抑制された話しぶりに、この企画の趣旨と朗読劇の意義が要約されていたように感じた。

そして我らが朗読劇団にとっては初の2回公演。30分弱の朗読劇とは言え、場転は目まぐるしいし一人何役もやる人は居るし、マイクの無い肉声で80名の会場に声を通すわけだからなかなかの重労働だ。しかも母ちゃん以外みなぼくよりお姉さま世代であり、ひょっとしたらお袋世代に近い方も居られる。ぼく自身も合わせるのは一年以上ぶり、みなさんは毎度「いやぁギターあると良いわぁ」なんておだててくれるが練習不足は否めない。せっかく夏休みの一日を使って観に来てくれた親子に、稲城市民の方に有意義な朗読劇を味わってもらいたい。そんな強い気持ちだけは確かにあって、そしてそれは劇団員みな共通の思いだったはず。
2回公演ともそんな劇団員の思いが折れることなく、昼食を挟んだ2回の朗読劇共に注ぎ込まれた熱演だった。劇団員みなさんの思いの乗った声にぼくも寄り添い、時に攻めの音を出したり引いたりしながらギターを弾き通すことが出来た。正直一年ぶりのみなさんはさらに上手になっていたし、特に場転の動きがシャープになっていた。まだまだこの劇団は良くなって行くし、この登戸研究所であったことを語り継ぐ朗読劇の意義はこれからも無くなることはない。けだし、ぼくがライフワークにしたい理由である。

会場入り口には登戸研究所資料館のパンフレットや絵本が置かれ、そこに先日仙台に引っ越された朗読劇団員Kさんお手製の、ヒマラヤ杉を模したマスコット人形“ヒマラン”が入場者を出迎えていた。

みなさん2回公演お疲れ様でした!これからも登戸研究所のことを朗読劇で語り継いで行きましょう!

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広島と長崎の原爆投下の日があり、愚かな侵略戦争の無残な敗戦記念日があり、8日に急逝された翁長沖縄県知事の遺志と共に7万人の沖縄県民大会が開かれた8月、ソウブラは立川農家で5人のお客さんを前にソウブラ8月のライブをやった。

直接そのことに言及しなくても、8月にライブをする時自然と今だ癒えぬ償えぬ真に省みられぬ戦争にまつわることを思うのは、ぼくはこの国で生きる人間の自然な心の流れであり、それはずっと受け継いで行くべきことだと思っている。そしてそれは間違っても「英霊が~」とか「御霊が~」などと情緒的にコスプレしてわめく幼稚で浅はかな言動とは全く別物だ。それこそは性懲りもなく無残な殺戮を伴う過ちへと続く、かつての南京虐殺時の提灯行列と1ミリも違わぬ日本人の奴隷根性だ。
8月を思うとは、一人その歴史の暗部に目を凝らして見つめ、時に残された証言と対話し自ら考えること以外にない。ぼくはその自分自身の心の過程を歌にして唄う。そしてそんな自分の言葉以外にただ一人、ぼくが出会った生涯の盟友竹内浩三の詩を唄う。そんな8月のライブを、ぼくが唄い続けられる限りぼくの出会った小さな場所で、おそらく今後も多数になることはないだろう(もう少し多数になっても良いのだけれど)人を前にやり続ける。そんな思いをあらためて強くした昨夜も充実の農家ライブだった。

堅苦しい言葉で書いてしまったが、ライブは講演でもアジ集会でも新興宗教の集まりでもない。酒飲み食べながら、みんな自由にくつろいで演奏と歌を楽しんでもらうもの以外の何ものでもない。ぼくは毎度一生懸命楽しいライブにしようとライブの流れを考える。それを自分の思いがこもった歌を並べては並べ替えて考える。その時ベストだと思った流れは毎回替わる。固定のセットリストはぼくにはソウブラにはあり得ない(ごくまれに企画側が細かく唄う歌について注文を付けて来る場合があるが、そういう人との関係は当然ながら続かない)。常に今唄いたい歌があって、十分こなれてなく完成にほど遠い状態でも「今唄いたい」を第一にするから唄ってしまう。それでも楽しいライブにしたい。少数精鋭でもこのぼくらの「今唄いたい」という歌を聴いて、思いを自由に感じてくれる人が来る限りこんな風に続けたい。それは小さくて良い。いや小さいからこそ良い。昨年は憲法を守るという趣旨の大きなイベントに出たが、ぼくは小さい場所で自分の現在居る場所で容認出来ないものを見据え、そこで小さく闘いながら憲法を実現して行く行為をひたぶる続けたいと思っている。

そういう意味でも、昨夜農家でゆっくりアンコール含めて全16曲、8月に歌えて良かった。竹内浩三もあの世からやって来てゆっくり楽しんでいた。竹内も農家をとても気に入ったようだ。なにせぼくが唄う場所は彼も好きそうな場所ばかりなのだ。
昨夜は、招集が決まった後大学の講義中教科書の余白にまで詩を書き続けた竹内が、400首以上の短歌を一冊だけの手書きの句集に書き残したお袋と重なった。2人とも、仕事の合間や行き帰りの電車の中で歌詞をメモし続けるぼくと似た者同士なのだ。
そんな喜びも昨夜はライブで表現出来たのではなかろうか。2018年の8月をゆっくりと語り合うようにして、5人のお客さんと歌の中の人たちとお店と創ったライブだった。5人のお客さんのライブを楽しむ姿にどれだけ救われたことか。本当にありがとうございました!

さぁ、明日は朗読劇2回公演。登戸研究所が語り続ける思いをしっかとギターの音に乗せて届けます。

ソウブラ立川農家ライブセットリスト
①つかの間の旅にぼくらは
②キャッチボール
③二足の草鞋
④西村亭の唄
⑤ファシスト野郎
⑥ヒマラヤ杉は知っている
⑦創造者よ 高坂一潮さんのカバー

⑧ぼくもいくさに征くのだけれど 詩 竹内浩三
⑨骨のうたう 詩 竹内浩三
⑩殺人狂時代
⑪ひとりのたたかい
⑫平和の欠片
⑬ヘルスよしの
⑭ないしょの話 ~母の歌集~
⑮命でしかないビート
~アンコール~
⑯結風

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ロケンロールライフ928 

2018/08/09
Thu. 23:54

人生も夏休みも予定通りには行かぬ。

今日から職場の盆休みなので、昨夜仕事から帰った後ぼくの実家である千葉県旧関宿町へ家族みんなで車で行くはずだったが、折からの台風上陸。職場も少し早めに切り上げて帰ると、子どもたちはたった1泊なのに一人2つずつくらいのカバンに荷物を準備して「さぁ早く関宿に行こう!」と行く気マンチクリン。この時点で千葉県の方は電車も止まり出し、首都高も通行止めの区間が出だしお決まりの事故も多発し渋滞状態。これからさらに風雨がひどくなる中へ、それでなくとも過積載軽ワゴン車5人乗りで両国や駒形辺りの首都高を風にあおられ走る気にはとてもならない。そもそも運転はするがぼくは車の運転がそんなに好きではない。首都高も正直嫌いである。

「いいか、みんな聞いてくれ!」と意を決して父はこの天候で運転したくない事と、無事に運転できる自信もないことを告げ、関宿行きは今回あきらめるか日をずらす(忙しい父抜きで)ことを提案と言うよりほぼ宣言した。
すると見る見る3人の子どもたちはしょげ返り、納得出来ない次女は目に涙をためながら昂然と「本当は行こうと思えば行けるのに自分が面倒なものだからそうやって言うのだろう!」と抗議して来る。気軽に遊びに行ける親戚と言えば、ぼくの実家か金沢八景の義父宅しかないので、子どもたちにしてみたら残念でならない気持ちは良く分かる。特に次女は田舎の風景や親父のやっている畑や鶏小屋、飼っている犬、ミツバチ等団地ではとても出来ない生活を味わうのが大好き。「父ちゃんだってみんなを連れて行きたいけれど、こんな台風の中向かったら関宿だって心配するし、明日だって向こうで遊べない可能性も高いし…ここは分かってよ」と懇願する。母ちゃんが「台風なんだからしょうがないよ。父ちゃんのせいじゃないよ」と加勢してくれるが重苦しい空気は変わらず。こういう役割にまぁ慣れている父は、「今回はみんなあきらめてくれ」と言ってさっさと実家に電話を入れてしまう。

留守電の折り返しで義妹から電話がかかって来て、母ちゃんといろいろと話しているうちに子どもらも少しずつ諦めモードになって行き、電話を終えた母ちゃんが絶妙のタイミングで、元々今夜は久々(GW以来)外で食べる予定だったから「これからみんなで回転寿司に行こう!」と提案するとにわかに子どもたちも活気づき、台風接近のせいか夕食時間はたいてい混んでいる一番近い府中街道沿いのはま寿司がわりと空いていてすぐにテーブル席に着けた。まだ仏頂面でたまたま隣に座った父を睨みつけた次女も直に機嫌を直して父の注文した皿を取ってくれるいつもの優しい娘に戻ってくれた。
自分から回転寿司行きを提案したくせに母ちゃんはあんまり食べない(我が家は食べ盛りの子ども3人含む5人で回転寿司行っても、いつも4000円行くか行かないか)。「母ちゃん食べなさい」とぼくが自分のを注文する時に母ちゃんの分も注文しようとすると「実は家で残り物けっこう食べちゃったのよ」と、家を空ける前に悪くなって捨てるのはもったいないと余りものを食べたことを告げる。自分が特に食べたいわけではなく、子どもらを元気づけるために回転寿司を提案した母ちゃんの無私な母心に「ったくこの人は…」と、またも感心するしかないのであった。思えば出会ってから今日まで母ちゃんはずっとこうなのだった。

急にぽっかり時間が空いて、拍子抜けと共に気持ちに余裕も出来たので、ライブの準備の後は夜中に先日GEOで借りてまだ返却期限の来ていないイランのジャファル・パナヒ監督の映画「人生タクシー」をもう一度観る。一回目観終わった直後に「絶対もう一回観る」とまで思える映画はそうないけれど、この「人生タクシー」(2015年公開)にもうぼくはゾッコンになってしまい、二度目はさらに細部を注視してじっくり味わった。間違いなく今年観た映画(と言ってもGEOで108円で借りるDVDのみだが)の中でベストだ。
この映画には遠いイランという国の日常がぼくらの日常に重なる近さで感じられ、違う風俗、生活文化環境、政治体制の下で生きるぼくらに、彼我共通の人間への人間的なまなざしと存在の肯定を味わわせてくれる。
それにしても、日本よりもかなり実際的不自由な社会体制の下でありながら(海外の映画や音楽は自由に観る事も聴くことも出来ないので、闇の違法コピーで楽しむしかない)、決して登場人物の誰一人生きながら死んでいるような感じではない(日本人より生き生きしているのではないか)。その最たる人が、監督であり主演でもあるパナヒさん自身だ。反政府的な映画を創ったために逮捕もされ、挙句に20年間の映画製作禁止の処分をイラン政府から受けたこの人は、「これは映画ではない」といような目くらましを使って海外へデータ化した作品を送り出しては高い評価を受けている。
実際この「人生タクシー」もドキュメンタリーなのかフィクションなのか皆目分からない。なにせ、タクシーの運ちゃんになりすましたパナヒ監督が、タクシー前方に設置したカメラのみで撮影しながらテヘランの街を流し、乗って来る客(明らかに役者と思われる人も居るが)と、客とのやりとりを映しているだけの映画なのだ。
イランで案の定上映禁止になったこの映画は、またも海外で絶賛されたという。おかげでぼくも遠い日本のGEOで借りて観ることが出来た。日本と同じく絞首刑の多いイランで、映画製作禁止処分を受けながらこうやって世界に作品を発信し続けるパナヒ監督の行為は命がけなはずだ。国外で高く評価されることで逆にイラン政府は容易にパナヒ監督を葬ることは出来ない。まさに捨て身の戦法だが、当のパナヒ監督は実に穏やかなステキな笑顔のおっさんで飄々としている。ひとりのたたかいってこんな闘い方を言うのじゃないかと思えてならない。そういう意味でも映像はものすごく地味だけれどものすごく豊かで生きる力に満ちた映画だ。新聞でもこれまでスルー気味に読んでいたイランのことが、とたんに人生タクシーに映る街並と人々と共に身近な存在になった。映画ってすごい。

今日は予報に反して午前中から天気は回復し、母ちゃんは昨夜老人ホームのベッドから落ちてケガをし入院してしまった100歳の祖母のお見舞いへ菊名の病院へ出かけた。昨夜義父から連絡が入り今日自身の通院がある義父の代わりに母ちゃんが病院へ行くことになったので、そういう意味でも昨夜は出かけなくて正解であった。
一日暇になった長女は朝から甲子園三昧、夜はプロ野球にソフトボールの世界大会とともかく白球を追い続けている。
次女は寝室で学校から借りてきたトランペットの練習を夢中になってしている。一人手持無沙汰の息子を誘って父は再度町田へCDを売りに行く。今回はもう観ないDVDを含めて11点だけなので、2000円くらいかと予想したらなんと6000円!で売れた。ディスクユニオンの査定基準がいまいち分からないのだが、とにかく予想より3倍も高値だったのだから良し。岡林信康氏の80年のライブLPが470円であったのでそれと、さらにギターの弦のストックとピックを買い、付き合い駄賃に息子に500円をあげ、帰りにGEOに寄り、ぜいたくして320円出してまだ準新作のイギ―&ザ・ストゥージズのドキュメンタリー映画「ギミー・デンジャー」を借りる。昨年映画館で観たかったけれど(そればっかり)余裕が無かったのでした。明日の農家ライブへの気合い入れ兼ねてこれから上映会です。

予定外だったけれど、団地や近場でゆっくり過ごせるのはやっぱり楽だ。とにかく出不精なんです。
明日の夜は立川へ大冒険(笑)して来ます!みなさんぜひ遊びに来て下さ~い!

今宵のBGMは、イギ―・ポップ&ザ・ストゥージズの1stアルバム。映画の前に気分を高めてます。
BG酒は本麒麟でした。では、明日は立川農家でNo War&No Nukesロケンロールショー!

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ロケンロールライフ927 

2018/08/07
Tue. 23:28

9日から15日まで施設のお盆休みだが、その間にライブが2本と、千葉県旧関宿町のぼくの実家と金沢八景の義父宅に家族で1泊ずつ出かけるのですでに予定がいっぱいいっぱい状態。

今夜も昨夜からコオロギ(!)の鳴き出した団地草場の涼しい風を浴びながら仮眠後、10日の農家ライブの練習と1年ぶりとなる朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」のギター練習を、新たに部分的に書き直された台本と首っ引きになりながらやる。急にびっくりするほど涼しくなったおかげで汗だくにならずに、もちろんパンツ1丁にもならずに練習に集中出来たのではかどった。
せめて1日か2日、図書館と銭湯で過ごしたかったが、貴重な夏休みがそんな風に終わってしまうのを特に惜しいとは思わない(いや、やっぱり少し惜しい)。良くテレビのニュースで帰省やUターンラッシュの様子が映されるが、あの中に居るよりライブ三昧や近場三昧で過ごす方がなんぼか楽だと思えてならない。

特に敗戦記念日の近くにライブがあり、一般市民がかり出され国際法違反の秘密戦(戦争には必ずこの一面がある)の事実を今も伝える陸軍登戸研究所のことを語る朗読劇に出演出来るのは、ぼくにとっては何より有意義な夏の過ごし方だ。
今回の朗読劇は、東京都稲城市の市民団体「いなぎ平和と安全を考える連絡会」(後援:稲城市教育委員会)主催の“第四回平和を願い、核兵器のない世界を求めて夏の親子映画会~未来をになう子どもとともに”という企画の中でアニメ映画「あの日、僕らは戦場で-少年兵の告白-」と朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の2本立てで、12日に午前と午後の部の2回公演する。
公演場所である稲城市立中央図書館(朗読劇は図書館併設の城山体験学習館視聴覚室で11:25~と14:00~の2回)は、稲城温泉の向かいにある白亜のぼくが知る限りで一番大きな図書館であり、かねてから一度行ってみたかった所。川崎市民でも図書カードを作れるそうなので、万が一今後もう少し裕福になったら、図書館帰りに向かいの稲城温泉(長女と次女がまだ小さい頃、3人で何回か入りに来たことがある)に寄って優雅に休日を過ごすなんて妄想するのはタダなので、当日は図書館を物色しつついくらでも妄想しようと思う。
今の所、次女と息子もこの図書館に非常に期待しているようなので、一緒に行って夏休みの良い思い出に出来ればと思っている。なにせ図書館はタダですから。一日過ごして懐が寂しくならないことの安心感といったらありません。

母ちゃんたち朗読劇団員は、この間平日に集まって練習を重ねてきたので、ぼくだけが1年ぶりの参加となるが、回を重ねるごとに登戸研究所であったことを見つめ、戦後を見つめ続けてきた今も明治大学正門近くにそびえるヒマラヤ杉が自分の内にあるかのような一体感を感じて来ている。それをさらに朗読にギターの音をあてることで深めたい。普通の暮らしの中に入り込み暮らしを人心を侵す戦争を、観る人に少しでも感じてもらえたらと思う。この加害の歴史と事実をひたぶる表現し続けたい。そのことに終わりはない。タガの外れたこの国の現代と未来を見誤らないために。

10日の農家ライブと12日の朗読劇は、ぼくの中ではこの夏のセットライブ。竹内浩三と、登戸研究所とコラボして、ぼくなりに日本が犯した愚かでバカげた取り返しのつかない罪深いあの戦争を表現したいと思っている。そんな機会があることにやる気マンチクリンになる夏である。

今宵のBGMは、ハンク・ウィリアムスの4枚組94曲入りCD。最近はハンク・ウィリアムスとロニー・ジョンソンばっかり聴いてます。それで、ハンク風新曲がまた出来ました!で、この曲は26日の小手指たらまガレージワンマンライブで初披露します。その理由はたらまガレージで分かります(もったいぶりやがって)。

BGドリンクは麦茶でした。今宵も虫の声が心地よい。明日の台風心配ですが、台風一過の10日の立川農家ライブ、みなさんぜひぜひお運び下さ~い!ロケンロール!

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ロケンロールライフ926 

2018/08/05
Sun. 21:07

昨日(4日)の午後1時半頃、読売ランド前駅に到着した小田急線の新宿行き各駅停車を降りると、ぼくの目の前をブルーのトレーニングシャツを着て黒のスパッツを履き、リュックを背負い真っ黒に日焼けした見るからにスポーツ系JK(女子高生の略ですよ)が歩いている。

炎天下をものともせず、改札を出てずんずん大地を踏み蹴って津久井道を横断する歩道橋を登って行くそのJKは、この世界に一人しか居ない紛れもなくぼくの長女であり、部活(ソフトボール部)帰りの長女とたまたま同じ電車に乗り合わせていたことを知って、父はその後ろ姿を追いかけた。しかし、ずんずん前を行く長女には早歩きしたって父は追いつけない。酷暑のアスファルトを汗だくで歩きながら、長女の見事な歩きっぷりと日焼けしたその立派な体躯を目で追いつつぼくはそのたくましい姿、存在感に感動した。
日頃通勤時に、唇ばかりが赤いマネキン人形のように白く痩せた女子高生ばかりを目にしているせいか(それはそれでキレイだなと思ったりもするのだが)、なおさら我が娘がたくましく見えた。

全然追いつけそうにないものだから、父は大声で2、3度「アーコ!」(幼少期からぼくが長女を呼ぶ時のあだ名)と呼ぶと、やっと気が付いた長女が振り向き立ち止まって父を待ち「どうしたの?」と聞いてすぐ、父が背中に背負っているものを見つけて「ついに買ったんだ?それにしても派手だね。焼き芋背負っているみたい」と言って来た。「ちょっと若者っぽくしようと思ってな。けっこう似合うだろ?」と父は応える。
実はこの日、ぼくは町田のディスクユニオン開店時間の11:00に大量の断舎利CDを持ち込み、2時間の査定時間中に楽器屋をくまなく物色してライブ時の必需品であるギターケースを購入したのだった。これまで使っていた黒の安物(確か3500円くらいだった)ケースは、まずフロントの小物入れ部分が破れ、次に肩に背負うベルトが切れそうになりそれは母ちゃんに布を縫い合わせて補強してしばらく使っていたのだが、最近は内部の布や化繊材質が劣化してケースを開ける度にボロボロ零れ落ちるようになった。ギターを出し入れしては毎回掃除するのもだんだん悲しくなり、出したギターにまでゴミは付いてくるのでいよいよ買い替えを決断したものの、先立つモノは無し。そこでぼくは断舎利資金を充てることにしたというわけ。すべて飲み代や形に残らないモノに消えるのも良いが、末永く愛用するギターケースに我がコレクションCDが生まれ変わったと思えばそれはそれでなかなかオツである。

それで、町田の島村楽器でぼくが購入したのが、どうせ買うなら自分自身にも強く印象付けられて愛着も持ちやすいだろうと、定番の黒ではなくアイバニーズ社のキャンパス地で出来たえんじ色のにくいヤツをあえて選んだのだった。価格は5832円、ボロボロに使い込んだ前ケースよりは1ランク上の、なかなか丈夫そうな中が容易にボロボロにはなりそうにない代物。
なにせこれからライブが続く。直近は10日の立川農家ワンマンライブ。12日にはぼくのライフワークである登戸研究所の朗読劇「ヒマラヤ杉は知っている」の公演が午前午後の2回公演!で、東京稲城市立中央図書館である。それから19日には地元多摩区の反核・平和憲法のつどいにソロで15分ほど歌う。25日は昨年初めてやってゾッコンになった小手指多良間ガレージでワンマンライブ。翌9月1日は通い続けたい陸前高田ジョニーで地元バンドヒロボーズさんと再会の夜にライブ。こんなにどれもやりがいマンチクリンなライブが目白押しなのだから、ギターケースもちょっと気合いれて新調したって良いじゃない。ちょっと目立つギターケースでさっそうと現れても良いじゃない(ライブでギターケース見せるわけじゃないけれど)。

ディスクユニオンに持ち込んだCDはBOXセットが単品扱いで数えられてしまったこともあって、結局50枚に満たない査定数となっていまい買い取りUPキャンペーン中にもかかわらず買取額は11000円強であった。正直予想の半額ほどで内心ガックリ来たがギターケースは十分買え、ギター弦のストックやら小物類も買えた。まぁこんなものか。

そんな愚痴を長女にこぼしながら、団地へ続くだらだら坂を二人で歩く。長女は部活帰りに友人からアイスをご馳走になったとご満悦であった。お前のたくましさにゾッコンになる輩がきっとそのうち現れるだろう。お前は全く無自覚であるけれど「父ちゃんのように自分を主張して目立ちたくない」なんて言いながら、十分その存在がこの現代において希少価値となっているに違いない。どうかそんな自分を存分に楽しんでほしい。他の誰でもない自分自身を。

今日は今日とで、午前中から息子の少年野球の試合「若獅子杯」観戦に、フラフラになりながら団地から20分強歩くM中学校のグラウンドへ。息子は元気だったが朝起きた時に体温がこもってしまったのか微熱があり、それでも試合に行ったのでそれも心配して駆け付けたがベンチで元気そうにしていて一安心。それにしてもこの酷暑下みんな元気に誰も具合悪くならずに良く野球の試合している。監督、コーチのお父さん方も応援のお母さん方も本当にご苦労様である。
最終回に代打で出た息子が豪快に空振り三振したのを見届けて(我が息子のチームは1回戦敗退)、父はその見事なフルスィングに心底満足して、帰りにご褒美にと息子の大好物のベビースターラーメンの塩ラーメン味を買って、またフラフラになりながら団地へ帰った。

後は夕方ヘルスよしのへ逃避するまで、灼熱の団地の部屋でわずかに入る風を頼りに水浴びしては寝てを繰り返して過ごした。

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏DJのバラカンビート録音音源。
BGドリンクは麦茶(明るいうちに本麒麟飲み過ぎた)でした。では今週末10日は立川農家でワンマンライブ、8月ライブはどれも必ず竹内浩三の詩を唄います。みなさん、ぜひぜひ10日の夜は立川農家にお運び下さい!ロケンロール!

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2018-08