周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

国分寺giee「抵抗の歌の歴史ライブ編」終了! 

2017/09/24
Sun. 22:00

先週の水曜の夜は吉祥寺のよろづ湯、金曜の午後は大田区池上のH松温泉、そして今日は夕方我が地元読売ランド駅前通りの銭湯ヘルスよしのと、銭湯三昧でありました。何だかぜいたくし過ぎてちょっと罪悪感を覚えるほど。こんな時に口から突いて出る歌は、岡林信康氏の名曲「申し訳ないが気分がいい」。

9月も後半と言うのに森ではまだ法師ゼミが鳴く今年、キンモクセイの匂いも漂いどうにも気持ちの置き所がない感じだが、自然に文句を言いようもない。ましてやこの季節の不順が半ば人為の可能性大ならば、逆に自然に申し訳ないくらいだ。
そんな自然、人の世共に不順な中での昨夜の国分寺gieeさんでのライブ「抵抗の歌の歴史」は、4組(5名)の出演者たちがそれぞれの「抵抗の歌」を唄い合うという稀有で充実した内容のライブであった。ライブテーマ、そして人選共gieeの店主である三輪さんの采配と、生み出されるであろうライブ空間の見立ての確かさが光った約3時間だった。

一人でライブをすることはこれまでも何度もあったけれど、ぼくは弾き方も歌い方もバンドでやる時と全く同じでやっていた。つまり、バンドから音が減ってぼく一人になっただけであった。考えてみればそれは引き算であり、バンドの方が良いに決まっているパフォーマンスであった。そんなやり方に自分で不満を感じながらもそれを打破する機会もなくやり過ごしてきたのだが、何度かバンドでもやりソロでも歌わせてもらったgieeでの2度目のソロライブが決まったので、この機にぜひバンドライブの引き算的音ではない、あくまでソロの弾き語りで完成したライブをやりたくなり、それを想定した練習を試行錯誤しながらこの1週間毎夜(でもないけれど)続けて、当日歌う予定の6曲中3曲を指弾きアルペジオで弾き語るアレンジにしたのだった。

果たしてそれが上手く行ったか行かなかったかは、昨夜のライブを観てくれた人たちの判断であるが、自分としてはそれをもっと追究しても良いだろうという感触を得ることが出来た。ピッキングミスはあったものの歌の持つグルーヴは途切れさせずに唄い切れたのではないだろうか。なにより清々しいチャレンジであったし、昨夜出演した5人のそれぞれ自分の持つ歌に対しての思いが聴く側に直截に伝わる空間に関われたことが心地よかった。

元々昨夜トリをつとめた語り歌の名手館野公一さんが大学で「抵抗の歌の歴史」を講義したことから、その“実践編”ということでこの夜のライブが企画されたわけなのだが、講義をした館野さん以外出演者はその講義の内容を知らない(※7月28日にgieeで一度「抵抗の歌の歴史」は講演されていて、マッキ―君はその時参加して聴いていたとのことでした)。それでも昨夜の5名(モンド&モンタさん、栗原優さん、野村昌毅(マッキ―)君、五十嵐、館野公一さん)のライブは、やはり「抵抗の歌」以外の何ものでもなかった。社会を見据えつつも全く違う表現を同じシンプルな編成で唄い合うというのは、それだけで“長いものには巻かれろ”の大勢順応に真っ向から反した証左であるし、5者5様で狭量な自己主張や勝負主義、排外主義とは全く無縁に「抵抗の歌」の下に唄い合えたのは、いわゆるライブハウスのローテーション的ブッキングライブではないgieeならではの企画だったからだと思う。そういう意味でも、それ以外のいろんな意味でも昨夜の国分寺giee「抵抗の歌の歴史 ライブ編」は清々しいライブであった。出演者のみなさん、たくさん来ていただいたお客さん、そして三輪さんありがとうございました!お疲れ様でした!!

抵抗の歌の歴史 ライブ編 五十嵐正史セットリスト
①ヒマラヤ杉は知っている
②ひとりのたたかい
③日本が見えない 詩 竹内浩三
④望郷 詩 竹内浩三
⑤ないしょの話(母の歌集)
⑥抵抗の歌


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ロケンロールライフ833 

2017/09/22
Fri. 23:29

今日は我が施設の名物?行事「温泉&喫茶会」の日で、午後から池上線で2駅隣の池上にある黒湯温泉の銭湯「H松温泉」へ。そして、風呂上りには駅前の昔ながらの洋菓子喫茶「エノモト」でみんなでお茶した。

ぼくがまだ新人だった24年前に、10か月(8か月だったかな)風呂に入っていなかった利用者氏が「みんなと一緒だったら風呂入れるかも」と言ったことがきっかけで(精神障害の中でも特に統合失調症の人は風呂に入るのが苦手な場合が多い)、当時24歳のぼくが「じゃぁみんなで銭湯行こう!」と発案して以来、だいたい季節ごと年3~4回ほとんど同じ銭湯と喫茶店に通い続けている(10か月ぶりに風呂に入った人の顛末は、ここではとても書けない内容なので悪しからず)。

さすがに全員は銭湯に行きたがらないので、銭湯からの組と喫茶店だけの組に分かれることになるのだが、出張や面接の予定が入らない限り、この24年銭湯からの引率は大の風呂好きである所長のぼくが率先してやり続けている。で、今日はぼくを含めて5名(内女性1名)で午後1時になったらいざ銭湯へ出発。
昔からH松温泉の黒湯は濃くて(大田区内に湧出している黒湯は場所によって色の濃さが違う)、これは銭湯と湯客の暗黙の協定なのだろうが、地獄の釜湯のように熱い(地獄の釜湯に入った事ないけれど)。1分も入ったら体中が真っ赤になってしまうほどで、露天の休憩所で火照りを冷ましながらでないと頭がクラクラして来る。ここはいつかぜひ、熱湯好きのさいたまの江上さんに入って欲しい湯である。

なので、ぼくがいつも行っているそれほど湯が熱過ぎないヘルスよしのだったら風呂上りにかなり余力が残っているのだが、このH松温泉は湯から上がるともうヘトヘトになってしまって歩くのがやっとくらい消耗してしまう。けれど、それが何とも魅力でもあり時々あのH松温泉の地獄の釜湯にどうにも入りたい衝動にかられるのだ。おそらく殺菌効果やデトックス効果は相当高いのだろうと思われる。

そんなこの行事には数々の思い出がある。なぜか、作業所内で問題を起こしがちな利用者や精神状態の不安定な人もこの行事には参加することが多かった。つい数時間前まで作業所の中でイラつき食って掛かるような態度だった人が、湯船に浸かると別人のように大人しくなりお互い無心に身体を洗う。もっとも忘れられないのが、8年前に30歳で急死したある利用者の事。
根は心優しき巨漢であったが親との問題を抱え、時にチンピラの様な言動をしてはぼくに注意されて、何とか家を出てグループホームに入ったものの怠薬からさらに荒れ出してぼくが入院を勧めても頑として拒んでいた。
そんな彼が不安定な通所の中で、急死する数週間前のこの行事に参加して一緒に風呂で汗を流したのだ。その時の彼は穏やかで本来の心優しき巨漢であった。ぼくは同じ風呂の中裸同士で「あぁ、こいつとはまだやって行けそうだ」と思ったのだったが、その数週間後に訪れたグループホームの居室で、ぼくは突然の虚血性心不全で急死した直後の彼を発見することになる。

そんな風に見送った人や、別れた人等、あらためて自分は25年この街で働いて多くの無名の人たちとの出会いがあったことを思う。少なくともぼくはそんな無名の一人一人の物語の一部を知っている。亡くなった心優しき巨漢のことは「夏の別れ」という歌にして唄っている。かつてこの街で生きていたおふくろもそうだけれど、無名の一人一人の物語を引き受ける事など出来ないまでも自分の内に入れてあげることは、忘れずにいることは出来るだろうと思う。もしかしたら、それもこの仕事を生業とするぼくの役割なのかもしれない。そんな無名の一人一人の物語など蹴散らし一掃して一つの方向(それも行方知らずでありながら)に、不安を燃料にしてただ猛進しているように思えてならない今のこの国で、無名の一人一人の物語を刻み忘れずに暮らすことは紛れもなく抵抗ではないかと思うのだ。

明日は国分寺のgieeさんで、「抵抗の歌の歴史 ライブ編」にソロで出演するのだけれど(毎回gieeさんのライブはテーマ、タイトルが素晴らしい)、この1週間自分なりに抵抗の歌について考え続けてみた今日の熱いH松温泉の黒湯の中で、ぼくはぼくなりの一つの答えを見つけた気がした。もちろん、それを明日歌で伝えるつもり。

風呂上りの喫茶店では総勢16名で賑やかに談笑して駅前で解散した。これが自立支援法が出来た時に区の課長から「こんなことこれからは許されませんよ」と言われた我が施設の名物行事である。ざまぁ~みやがれ!またやるぞ~。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの2003年発表のジャジーでブルージィーなド渋名盤「ホワッツ・ロング・ウィズ・ジス・ピクチャー?」。
BG酒はパルシステムでたまに手に入る第3種の中では一番美味いと思っているキリン澄みきり(なんで普通に売られなくなったのか?)でした。では、明日は国分寺gieeでソロでロケンロール!かなりレアなライブになること間違いなしなのでお見逃しなく!!

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ロケンロールライフ832 

2017/09/21
Thu. 23:16

吉祥寺北口の裏通り、繁華街の中に忽然とある50年は優に超しているだろう古びた銭湯「よろづ湯」。

湯上りに脱衣所から外の縁台に出て缶ビールを飲みながら、小さな中庭を眺めるともなく眺め、壁一つ隔てた喧騒から全く遮断されたこの小さな空間を感じるのが大好きだ。
そして、このよろづ湯から湯上りのタオルを首にかけたまま裏通りを1分歩いて、小さな呑み屋「のろ」へ行き、奥のマスター加藤さんお手製の年季の入ったテーブルに陣取ってゆっくり飲むのもまた最高だ。よろづ湯との共通点は、果ての無いスクラップ&ビルドを繰り返しながら誇大化ときらびやかさを突き進む吉祥寺の街の喧騒から、さらに時間の流れ方まで隔絶していること。それが大して強固でない古びたコンクリ壁一つ、40年以上の年季の入った店の看板がかかる扉一つ隔てただけでそこに確かに在ることだ。

よろづ湯の縁台に腰かけて、ソウブラギターの森田君と缶ビール飲みながらこの2つの場所への愛着を語りつつ、不遜にも「いつまで在るかなぁ」と呟いてしまう。そして特にのろが無くなってしまったら、吉祥寺にわざわざ飲みに来ることはおそらく無くなるだろうとも思うのだ。そういう意味では、のろへ行く前に立ち寄る吉祥寺の街やのろで飲んだ後に歩く裏通りは好きであるが、それらはのろがあってこそであり、のろが無ければ必然的に愛着も湧かぬ場所である。それこそ家の近所の方がよっぽど好きな場所がある。元来出不精で喧騒やまぶしい所が嫌いなぼくは、そんな隔絶された小さな場所を目指す。もちろんわざと外界から閉ざしているわけではない。入ろうと思えばいつでも入れる場所。けれど外界には合わせていない場所。もっと言えば変貌著しい街にあって、わずかに残されたあくせくしていない場所とも言えるかもしれない。

そんな愛着と心地良さに身も心も委ねてまだ週半ばと言うのに、昨夜はずい分飲んでしまった(酒だけではない。のろの和風だしの効いたお通し(とは言えないくらい上等)は自信持って最強と言えるし、一品料理もまた然り)。3名でボトル2回差し替えてしまった。しかし、平日の中日というのもあってかぼくらが名残惜しく店を後にする11時半近くまで続くお客さんは入ってこなかった。
今年の2月の終わりに、「まめにのろくるまみむめも」と題して2日間お店の支援マラソンライブがあり、多くののろを愛好するミュージシャンらと共にソウブラも3人で出演した。その前からお店の経営がピンチであることは何となく聞いていた。
それから半年が過ぎて、まめにのろくるとは言えないまでもあの空間でゆっくり飲りたくて月に一度通い続けて来たけれど、お店のピンチが続いていることは想像に難くない。
収益事業をやったことも、それで身を立てたこともないぼくが語る理想の空間や場所などは絵空事の類かもしれない。けれど、現に今確かにそこが実在していることは事実である。であるならば、そこにそんな場所に長く在り続けてもらいたい。だからぼくはまたそれほど好きでない街の喧騒の間を潜り抜けて通う。何に対しても何をやっても非力であることは百も承知だから好きな場所へはとにかく通う。本当はこんな場所こそあるべきなのだと小さな灯りを目指す。

30日はそんなのろで3人ソウブラライブやります。みなさんもぜひ、吉祥寺の街の喧騒を潜り抜けて味のある裏通りにあるのろへお運び下さい。そして、10月19日(木)の夜は、立川に在るこれまたステキなライブの出来る飲み喰いや「農家」さんでののろマスター加藤さんの出張ライブ(店主サミットと題して、福生の「休みの国」のマスターと立川「農家」のママさん、そして「吉祥寺のろ」の加藤さんによるライブ)に、3人ソウブラが共演します。ライブは19:00くらいからの予定ですが、詳細は決まり次第UPします(のろのHPもぜひ観て下さい)。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの79年発表の「アヴァロン・サンセット」。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ831 

2017/09/18
Mon. 22:45

3連休の土日2日間は、等々力競技場で中3の長女の陸上部最後の大会であった。

台風によりあいにくの悪天候であったが、大会は警報が出ない限り雨中でも決行で、それでも長女は何とか無事に800mとリレーに出場し有終の美を飾ったようだ(と、観に行っていないので推測で述べる)。
ぼくが見てきた限り、彼女は3年間の部活動を存分に走りきったように思う。少なくとも走ることが嫌いではない彼女はキツイ練習に根を上げることもなく、筋肉疲労に足を痛めながらも「辞めたい」と漏らすこともなかった。

中学生になって長女はすっかりスポーツ少女となり、特に陸上競技とプロ野球は新聞の切り抜きをスクラップする熱の入れよう。ヤクルト戦のナイターを観に神宮球場へ行っている話はすでに書いた通りである。
その長女の陸上部引退祝いとして、3連休最終日の夕方、父は長女を車で10分とかからぬ近所のバッティングセンターへと連れて行った。実は昨日すでに息子と下見がてらやりに行っていて、機械はずい分グレードアップしていても、30年以上前とほとんど変わっていないバッティングセンターならではの雰囲気をすっかり父は気に入っていたのだった。

最初は父が見本を見せたると、昨日は割と当たった100キロに挑戦してみたら今日は老眼鏡を忘れたせいか空振りばかり。悔しいので速度を90キロに落とし迷わず2ゲーム目の300円を投入して、長女そっちのけで熱くなる。ちゃんとデジタル画像で投手が映り、それが投げるのに合わせて飛んで来る球にバッティングホームを思い出しながら振れば、今度は何本も芯に当てて外野まで飛ばせた。外野まで飛ばす度に父は娘を振り返りドヤ顔をしてみせる(それがウザかったと帰宅後長女が母ちゃんに報告していた)。

長女も生まれて初めて持つ金属バットの重さと、飛んでくる軟球ボールの迫力にびっくりしながらもさすがに下半身の筋力がしっかりしているので、初めての割には80キロのボールを何本かバットに当てた。
2ゲームやった帰りには「手がしびれてる~」と言いながらとっても興奮してご満悦であった。そして帰りの車中、来年から少年野球に入るか思案中の息子と3人で、これから月に1回バッティングセンターに通うことに決めた。子どもたちに2ゲームずつやらして父が1ゲームだけでちょうど1500円。これが月に父が小遣いから出せる限界だ。また一つどこか懐かしい、それでいて十分楽しめる場所を近所に見つけた。長女も受験勉強の合間のストレス解消になるだろう。「勉強しろ」とは言わない代わりに息抜きタイムを父は提供してあげたい。それも隙間の様な場所で。

そう言えば、ぼくは中3の野球部最後の夏の大会で初戦負けして引退したのだが、試合終了後キャプテンとして何事かをみんなに話し号泣した覚えがある。なんで泣いたのかもはや記憶が薄れているが、おそらく試合に負けた悔しさよりもあまりに色々な事があった野球部からやっと解放されたという安堵だったような気がする。その後すっかり野球から遠ざかり、興味も全く失くしたことからもきっとそうだったのだろう。なにせ下手だったし。

それから30数年経って、子どもたちのおかげでやっと野球を楽しめるようになったのか。
でも、やっぱり今日の昼間施設の利用者達と招待いただいて新宿へ観に行った女子プロレスの方が面白いな~好きだな~。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンの72年発表の名盤「セント・ドミニクの予言」。10分超えの大曲が2曲入っている全7曲、捨て曲が一つもないどころか全曲最高水準を振り切った名曲だけのアルバム。ヴァンのアルバムの中でぼくはこれがベストかな。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ830 

2017/09/16
Sat. 22:25

昨夜は久しぶりにあるぽらんで気の置けない仲間たちとゆっくり呑んだ。

しょっちゅう呑みに行っているように思われているみたいだが、ライブやバンド練習以外で呑みに出かけるのはせいぜい月2~3回である。それも決まったお店に通う。冒険も新規開拓もしない。呑み屋巡りはしてみたいなぁとは思うが、経済的にも体力的ももちそうもないので実行することはなさそうである。何よりぼくは気に入った店に通い続けることが好きで性に合っている。女性に対してもそうであるように?浮気性ではないらしい。
それでも他に多摩川沿いのたぬき屋みたいに年に1回~数回訪れる店もあるし、ライブを月3本はやっていることを考えれば週に1回以上は外で呑んでいるという計算になるので、昔に比べて居酒屋等で呑む習慣の減ったと言われる現代の多くのお父さんに比べたら、呑みに出かけている方なのだろう。ありがたいことです。

人からよく「家族は良く許してくれるね~」と言われるが、ぼくが呑みに行くお店(通っているのは阿佐ヶ谷あるぽらんと吉祥寺のろ)はそこでライブもさせてもらっている店でもあるので、呑みに行く日を決めると家族には「そろそろライブの打ち合わせに行かなくちゃ」なんて誰も聞いていないのに一応呟いてみたりする。もちろん本当に打ち合わせる事もあるけれど、わざわざ呑みに行かなくても事足りることがほとんどだから別にそんなこと言わなくても良いのに、何となく家族にやましさも感じているのだろうか?けれどこの20数年、一度も「呑みに行くな」と言われたことはない。世の多くのお父さんに比べてかなり自由に生きていると、特に娘2人には小言の如く毎日のように言われている。

昨日は久方ぶりにぼくの働く施設に学生さんが1日実習に来た。自立支援法下隙間に潜り込むようにして分かりにくく少数派となったぼくらの所には、もはや学校からの実習依頼は来なくなって久しかったが、法人ニュースを読んでくれている某クリニックのワーカーさんから異色施設であるぼくの所を1日経験させたいと頼まれ、断る理由は特になかったので久々の実習生を受けたのだが、社会人入学で職場経験もあるからか、とても見る目を持った聡明な実習生さんであり、その人から、夕方実習の感想など話している時にぼくのバンド活動と仕事の両立含めて「自分のやりたいことだけやれていてすごいですよ」「そんな人はそういませんよ」と言われてしまった。この仕事が自分の本当にやりたいことなのかちょっと考えるところだが、その実習生さんはぼくが自分の施設について、障害者福祉について語る内容、口調に感嘆しながらそう言われたのだった。確かに「自分の納得出来ないことは一切やってませんね」と返す他なかった。

そうして、仕事を終えてぼくはあるぽらんへ直行し終電近くまで呑んだ話した。北朝鮮の話からギターの話、あるぽらんからついに出た1万本に1本の割合と言われるえびすさまがタイ2匹を担いだヱビスビールの瓶ビールの希少ラベルのこと。そして先日のたらまガレージライブをバンドメンバーと誉め合い、同僚であり心の友であるU君が10月末に突然挑戦するというハーフマラソンのことをアテにして等etc。えっ?ライブの打ち合わせ?それはライブ当日やれば良いのです(笑)。千鳥足でスターロードを阿佐ヶ谷駅へ向かう時、疲れが嘘のように流れ落ちて身体が軽くなっているのが何とも心地よかった。

今宵のBGMは、ヴァン・モリソンが在籍していた伝説的R&Bロックバンド「ゼム」の音源をほとんど網羅した2枚組“ザ・ストーリー・オブ・ゼム”。この1週間はずっとヴァン・モリソン。おかげで新曲出来ました。ヴァン・モリソン聴いていると音楽の見せてくれる深さと歓びを強く感じる。ものすごく芳醇な音楽をとてもシンプルなコード進行で生み出すヴァン・モリソン、大好きです。

BG酒はコープ仕様の金麦でした。さて、今宵は大好きな夜更かしDVD映画鑑賞。フランス映画「ディーパンの闘い」か岡本喜八監督「吶喊」のどちらを観るか?どちらも108円。ではまた、ロケンロール!

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2017-09