周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

高槻南風楽天“廃炉LIVEvol.6”終了! 

2017/05/28
Sun. 23:05

毎年関西から帰る時のカバンの中は、勇造オフィスさんより提供いただくバザーで購入した服(それらのほとんどがぼくのステージ衣装となる)と、いただいたり買ったりしたお土産でいつもパンパンになる。

まさにこのパンパンのカバンの中身のように、今年の高槻南風楽天ライブと関西で過ごした時間は濃密充実過ぎて、今はただ旅の火照りを持て余しこうして駄文を書き連ねる次第。
しかし、旅の火照りって言ったって1泊2日の話なのだ。一昨日(26日)の夜自分のところの法人総会を終えた後、「あぁ明日の今頃は高槻だなぁ」と思い、それからたった2日後の今は「昨日の今頃高槻でライブしてたんだなぁ」と思い返しているのだ。
そして昨日一夜のライブで体験した一瞬一瞬を、これからしばらくぼくは思い出しては胸を熱くし、今日の午後まで山崎で過ごした至福の時間をまた恋焦がれて来年まで唄い暮らして行くはずなのだ。

昨夜の南風楽天には、昨年よりもさらに多い60人!ものお客さんがソウブラと鼻炎トリオの廃炉ライブを観に来てくれた(店の外まで椅子を出した)。そこではライブのMCでも言ったけれど、実にたくさんの「久しぶり~元気してた?」という再会の挨拶がメンバーと交わされた(数年ぶりに来た人、初めて観に来た人も居た)。いつものライブでもそんな再会があったりするが、こんなにもたくさんの再会に満ちたライブは他にない。年に一度、それを毎年続けて来れたことの大切さを感じずにはおれない光景。本当に続けて来れて良かった。

そしてこんなにもたくさんの人がライブを観に来てくれるといううれしい現実が、厳しい事の多いふだんのライブの現実にまた立ち向かわせてくれる原動力と、自分たちの音楽への自信に繋がって行く。続けて行こうと思える。聴いてくれる人ライブを観に来てくれる人が居るからこそぼくらは唄い続けて行ける。

今年の盟友鼻炎トリオとのライブは、根柢に流れているものはお互い共通していながら表出の仕方が全く被らないお互いの持ち味、パフォーマンスを存分に発揮出来たのではないかと思う。鼻炎トリオがパワフルかつ心地良く会場を盛り上げ一体化させて行くすごいライブを、南風楽天独特のオープンカフェ状態の外から観ながらぼくはプレッシャーを感じるよりも自分たちならではのパフォーマンスをやるぞというぶれない気持ちになっていた。お客さんは鼻炎トリオのライブもソウブラのライブも両方楽しんでくれるという信頼感のようなものを、年に一度のこのライブに対してぼくはいつしか持つようになっていたのだ(と言っても、やってみなければどんなライブになるかはいつも分からないのだが)。

ここまで書いたら少し気持ちが静まって来た。明日ぼくを待ち受ける仕事というもう一つの厳しい現実に向かうために、今宵はひとまずこの辺で止しておこう。

ソウブラ南風楽天ライブセットリスト
①再会の夜に※
②この素晴らしくない世界で
③普通の暮らし
④ファシスト野郎※
⑤この星に日が昇る間の話※
⑥ないしょの話(母の歌集)※
⑦ヘルスよしの※
⑧命でしかないビート※
~アンコール~
⑨廃炉!w鼻炎トリオ

※ギャラリーサイトで動画観られます!
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ロケンロールライフ793 

2017/05/25
Thu. 23:05

一昨日はスペースCの法人総会、昨夜は招待いただいた女子プロレスを利用者と後楽園ホールに観戦、明日は自分のところの法人総会。今日だけ空いている夜にギターの弦を替えて明後日27日の関西ライブに備える。

今年もこの季節がやって来た。みんなそれぞれがなかなか意のままにならぬ日常を何とかやりくり都合つけて、あの場所、高槻の南風楽天で再会するために集い、唄い合い語り合う。
時間にしてみたらいつものライブと同じ。夕方店に入りリハして客入れを再会を喜びながら見守り本番を迎え、鼻炎トリオとステージを分け合い共謀して、いつものライブのように終演後の高揚感の中片付けを済ませ時間が許すまで打ち上げる。

そんな時間の流れとライブをすること自体はいつものライブとそれほど変わらないはずなのに、毎年この一夜の関西ライブがソウブラにとって特別なライブであり、このライブで味わう心の充足と喜びとうれしさと束の間の旅情は、大げさでなくぼくにとってかけがえのない生きるために必要不可欠なものだ。
唄い働き暮らす生活の中で、そうそう遠くに出かけて行く事が叶わないライブ活動になったことを悔やんだりはしていない。出かけたい場所は多くはないけれど確かにあり、時に焦りにも似た「いつか必ず」という思いも持っているが、自分の生活圏の中で地べたを踏み固めるようにして繰り返し繰り返し生活と貼りついたライブ活動を続けていることにぼくはやりがいと喜びを感じ続けている。これで終わってしまってもかまわないとさえ思っている。そんなぼくらがそんなスタンスのまま唄いに出かけ、そんなぼくらを迎えてくれるのが年に一度の関西なのだ。経緯はいろいろあったけれどざっくり言えば自然な流れでそうなった。きざな言い方をすれば、互いの思いが響き合って確かな繋がりとなり、それだけを頼りに鼻炎トリオとライブをやって行くうちに、それを毎年楽しみにしてくれる人たちが東京のぼくらのライブでは信じられないほど大勢になった。この日は本当にたくさんの再会に満たされ包まれて、ぼくらはまた自分たちの場所でやって行こうと胸いっぱいの英気を養って帰って来る。いつもと同じたった一夜のライブだけれど、関西に行く前と行った後では毎年確実に自分が変わっているのだ。リフレッシュなんてもんじゃない。再生と言って良いかもしんない。

うれしいに決まっているけれど、今年はいったいどんな再会の夜が待っているのか、あらゆるものをすっ飛ばして投げ出して行きたいけれどあと一日の辛抱である。齢48にしてこんな気持ちになれる一時が待っているというのはやっぱり幸せに違いない。
みんなに半ば呆れられるけれど、関西弾丸ツアーの行動範囲はとにかく狭いですよ(笑)。高槻と山崎、近距離のこの2つの場所しか行きません。毎年同じ道を歩き同じ場所へ行きます。来月京都へ修学旅行へ行く長女が事前学習で調べている京都や奈良の名所をアタシはちょっとしか知りません(笑)。でもそれで十分。

27日の高槻南風楽天ライブで1曲目に唄う歌はもう決まっています。

今宵のBGMは、サン・ヴォルトの98年発表のサードアルバム「ワイド・スィング・トレモロ」。
BGドリンクはトマトジュースでした。では、高槻で会いましょう!そして、ロケンロール!


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あるぽらん激ライブ!知念良吉&ソウブラ終了! 

2017/05/22
Mon. 23:03

今日は午後から暑い中利用者2人と共に、大田区内呑川沿い某公園で公園清掃。

暑さで異臭を放つ弁当ガラや犬の糞などを汗かき分別作業。どうも日曜の夜ライブがあった翌日は公園清掃当番に当たることが多い。燃えカス状態の身体はしんどいが、そんな状態ではかどらない事務仕事や魂研ぎ澄ます面接をやるよりはまだマシである。なにしろ考えずにシンプルに身体を動かせば良いので助かるし元来こういう仕事がぼくは嫌いではない。事務や相談業務やるより本当は合っているのではないかと思うこともしばしば。

それはさておき昨夜は完全に燃え尽きたのである。ライブを観届けてくれた人は承知と思うが、昨夜の知念良吉師匠の凄味とパワーは凄すぎた。そして、これまで共演者として知念さんとのライブをして来たソウブラは、昨夜共演20年にしてついに知念良吉バンドとなった。昨日のあるぽらんのお客さんの誰一人そのことに異議はないだろうと思う。それだけ知念良吉師匠とソウブラは一つだった。リハーサルは当日の約1時間のみ。知念さんが生み出すライブの流れに必死について行くのではなく文字通り一緒に流れ思いきり知念さんの懐に飛び込んだ。遠慮は一切無かった。20年の共演の中で昨夜初めて知念さんが絶叫するのを聴いた!ソウブラの音を思いきり楽しみ重量級の思いを叩きつける知念良吉師匠を、狭いあるぽらんのステージで身体を密着しながら左真横に見れば、それは何だか神々しいような姿だった。俺はこの人の影を追い続けて来て良かった。豊田勇造と知念良吉という2つの長い影が俺の道しるべなのだという幸せを噛みしめていた。

そんなステージ上のぼくの顔を「小僧のようだった」と称したONE LOVE高江のSちゃん。そうなのです。師匠と共にステージに上がる時、48歳の親父はいつだって憧れの人を追いかけている少年になるのです。老眼鏡かけた少年です。でも老け顔に見られがちなアタシが実は童顔であることに気付いてくれてうれしかったよ~Sちゃん。

ソウブラのステージ、知念さんと浅田君のステージ、そして知念良吉&ソウブラのステージ(梅ちゃんがメインボーカルをとった知念さんの「海の向こうに」では、師匠思わず落涙!)と3部構成3時間半近く!に及んだまさにあるぽらん激ライブ(暑かったですね~)。最後にステージから知念さんがお客さんに向けて行った「付き合ってくれてありがとうございました~!」という言葉に知念さん自体がこのライブに熱中し燃えた証を感じた。終演後熱い感想をたくさんいただけて、ぼくは燃え尽きたかいがあった。マスター佐々木さんから渡されるビールの冷たさが最高の褒美だった。

お酒を止めていた知念さんが久しぶりに缶ビールを開け、終演後ライブの興奮覚めやらぬままたくさん話をした。その知念さんの言葉、思いの一つ一つがこの時代を生きるぼくにしっくり来る。政治世界との付き合い方。そして確かにある(そして実現している)それとは別のもう一つの世界。ぼくらは、うた唄いはもう一つの世界を築き続けそちらに居るべきであること(フットワーク軽く股に掛けるけれど)。そちらからたとえ小さくとも非力であっても撃ち続けること。本当に世界を変えるために。
あらためて、知念良吉はもっとも激しい根源的なプロテストシンガーであると思う。政治的な発言をし、政治的な集会で唄う誰よりも政治を撃つプロテストシンガーだ。ぼくはこの唯一無比の根源的プロテストシンガーを心から敬愛しぼくもまたそうでありたいと願う。やっぱりぼくには2つの長い影だけがぼくの前に伸びている。それで十分だしそれがとても幸せなことだと心底思う。

そして、そんな場所としていつもある阿佐ヶ谷あるぽらん。この場所で唄い続けてこれたことにやっぱり感謝しかない。音響機材はいよいよヤバいけれど(笑)、あるぽらんという空間がぶれないもう一つの世界そのものなのだ。「やり続けて来たというのはこだわりがあるからだよね?」とぼくに言ってくれた知念さん、ハイその通りです。ソウブラには最初から、あるぽらんでライブし続けながら全くぶれないこだわりがあります。

さぁ、今週もあれこれ忙しいけれど週末の関西ライブに飛び立つためにバッチリ充填するぞ!さぁもういっぺん燃え尽きるために!

あるぽらん激ライブソウブラセットリスト
①この素晴らしくない世界で
②ファシスト野郎
③地平線(知念良吉師匠のカバー。アンコールでもう一度歌った)
④ないしょの話(母の歌集)
⑤ヘルスよしの
⑥命でしかないビート

知念さん&ソウブラ
・何処へ行くオキナワンボーイ
・ジュークボックスの空と海
・サンサンサン
・夕闇バンドのロケンロール
・海の向こうに (ボーカル梅田ゆかり)
・慶良間の海で
・俺の生まれた町には金網がある
・なまるやんどーくまるやんどー
・地平線 (ボーカル五十嵐 ハープ知念良吉)


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ロケンロールライフ792 

2017/05/19
Fri. 23:41

本日衆議院の法務委員会で共謀罪が強行採決された。

次は衆議院本会議→参議院法務委員会→参議院本会議。またもいつもの冷たく機械的な我が国の議会制民主主義の儀式を経て法は成立か?議場に飛び交うヤジも議員たちが議長席へ詰めかけるいつものプロレス(本物のプロレスはこの1000倍素晴らしい)も含めて、すべて虚しい儀式に思えてならない。

個人的には共謀罪もさることながら、一足先に強行採決が進められている精神保健福祉法改悪に暗たんとさせられている。だからと言って本気で憤ると言うよりは一歩引いて嗤ってやりながら、たんたんと自分の一日を腐れた法に反して生きて行くことに魂を注ぎたいと思っているが。

ぼくは現在、心神喪失状態で重大な他害行為を行い不起訴処分となり、指定入院機関および通院医療機関で治療を受けて社会復帰した精神障害者を支援する医療観察制度に基づくケア会議に、地域の支援施設の立場で参加している。
今回の精神保健福祉法改悪が、昨年7月26日に起きた相模原事件の実行犯である植松被告のような人間を、精神科に措置入院した者から出さないようにするための犯罪防止目的であるように、医療観察法も2001年に起きた池田小学校児童殺傷事件の犯人である宅間被告のような人間を世に出さないために当時やはり強行採決されて作られた法制度だ。

しかし、宅間被告は精神鑑定の結果「責任能力あり」と判定され獄に繋がれたまま文字通りこの世からさっさと処刑されて消された。
そして、結局作られた法制度だけが残り、主に犯罪行為を犯した精神障害者がその制度の対象者とされて機能し続けている。

実はぼくは精神障害者の通所施設の運営と生活支援を行って糊口をしのぎながら、この法制度のことはほとんど知らなかった。施設で対象となった人と関わることになって初めてその制度の中身と実態を知り、足かけ3年に渡りケア会議に参加して来た。ケア会議には、対象となる障害者が利用する医療機関や支援機関が参加し(本人も必ず参加)法務省(共謀罪もまたここの管轄)の地方機関である法務局の社会復帰調整官が仕切る。
何度かこのブログでも書いたが、法務局の社会復帰調整官は実に真摯に仕事に取組み、対象である障害者に対しても高圧的な態度は一切なく常に本人の意志を傾聴しながら、関係機関との連絡調整(だけでなく対象者との親族との連絡調整も)を行い地域生活支援をぼくらと共に行っている(あくまでぼくが出会った調整官は)。それは少なくとも社会防衛、危険な精神障害者を地域で管理するという姿勢ではなく、その人が新たな生活をやり直して行くための道筋を共に作るというもので、ぼくはその作業に出来る限り積極的に協力しようとして来た。そして、このケア会議を含めた医療観察は例外を除き3年で終了する。依頼を受けて制度終了後の連絡調整役を担うことになったぼくは、この会議自体をこれで終了し本人を解放したいと考え会議の他の参加者もその意向に合意してくれるものと思っている。

この法制度の是非を一たん置いて、利用の仕方としてはぼくが関わったやり方が今のところベストなのではないかと思っているのだが、このケア会議には法務省の役人は参加しているものの、警察は参加していない。医師のご聖断を仰ぐばかりでろくな議論もなく会議が終わるということも(そういう会議はままある)これまで一度も無かった(業務の都合上医師の参加はまれではあったが)。
現在国会で強行採決が進められている精神保健福祉法改悪は、まだ「犯罪を犯す怖れがある」状態と判断され犯行前に精神科に措置入院させられた人(植松被告もそうであった)を退院後も地域で管理的に生活支援し続けるという建前なのだが、その為に設けられる精神障害者支援地域協議会には、医療観察制度のケア会議でも出席していなかった警察が参加することが明記され、ケア会議では必ず本人が参加したがこの協議会には本人参加はあいまいにされ、本人抜きで警察も交えた関係機関の担当者が本人について話し合い決めることが出来てしまうのだ。なぜ警察がなのかはこの法改悪の本音を悪びれも無く晒している。つまり、再発防止と言う名の社会防衛策以外の何ものでもないということだ。しかもアホらし過ぎる安直な発想での。精神保健福祉にド素人の警察はクソの役にも立たない。こんな協議会に参加するより、交番にしゅっちゅう来てちょっと意味不明な訴えをする人の話し相手になってあげたりして、地域で暮らすそんな人をやんわりと見守っておれば良い。

この精神保健福祉法の改悪はぼくが関わった医療観察制度へと必ずや連動する。せっかく現場の人間の裁量で制度の対象となった人に寄り添い地域生活支援の為に運用出来たものが、こうやってアホな為政者の飽かずに繰り返す強行採決によって壊されてしまうのかと思うとさすがに嗤う気力も失せる。それにしても法務局の現場の一職員はとても好感持てるのに法務省のやってることと言ったら…。いや法務省だけでない。文科省、防衛省、厚労省、環境省etcすべての組織は大なり小なり腐っているのだろう。それはきっと体制反体制問わずだろう。

自民党と公明党とおおさか維新、こいつらは支持者も共にとんでもない歴史的悪法成立の強行採決に、飽かずに何度も手を染め直接手を下した極悪下手人としてこの星に日が昇る間は語り継がれるだろう。そのことを恥じない神経がぼくには信じられないが、心あるならたった今すぐに支持を止めた方が良い。だからと言ってどこに変えれば救われるというものではない。とにかくそこから離れて個になるべきだ。

今宵のBGMは、知念良吉師匠の大名盤「オキナワンボーイの喜怒哀楽」。あるぽらんライブいよいよ明後日21日です。あるぽらんで会いましょう!
BG酒はブラックニッカハイボールでした。明日は小学校の運動会。暑そうだな~昼呑みしながら観たいな~。ロケンロール!

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ロケンロールライフ791 

2017/05/17
Wed. 23:20

仕事帰りの電車の中ではたいてい、新曲のことかブログに書く内容のことを考えている。

CDウォークマンで今日のとっておきのアルバムを聴きながら、そんなことを考える一時が好きだ(通勤時間が片道1時間15分ほどあるので、長編のアルバムでもまるまる聴ける)。
今日もいつものように生田駅で下車し、筋肉痛の長女に頼まれた湿布薬を薬局で買い津久井道を歩きながら横目で人だかりがしている年季の入った肉屋Sのショーウィンドーを見ると、今日はぼくの好物の鶏皮のピリ辛揚げがある!ぼくは車が来ないのを確かめそそくさと道路を横切って肉屋の人だかりの後ろにつく。

20代の時は時折外に呑みに行っていたけれど、家で毎日晩酌はしていなかった。空腹を満たすことが第一で酒はまだ二の次だった。
それが30代になって毎晩瓶ビール大瓶1本を呑むようになって、子どもが3人になり経済事情により第3種のビールに格下げした40代は350ml缶2本とアテ(つまみ)が欠かせなくなった。何でも良いのだけど酒と共にその日のつまみを楽しみに家へ帰るようになってしまった。個人差は当然あるだろうけれど、人間の食べ物や飲み物の好みや習慣は年齢と共に変わる。この世に生きて48年、思えばぼくの食生活と呑み生活は大きく変化して来た。
で、今のアタシはとにかく晩酌時のおつまみが楽しみなのである。そして中でも昭和の肉屋S特製の鶏皮のピリ辛揚げは、週に一回ありつければ御の字の希少な絶品おつまみなのであった。

ぼくの前でピリ辛揚げが無くならないことを祈りつつ、無事に順番が来ていくぶん興奮気味に「ピリ辛揚げ150g!」と頼めばいつだってそれ以外買わないのに「他にご注文は?」「ありません!」というやりとりをして、税込178円を渡す。150gはけっこうな量で、子どもたちにあげたってこちらの酒のアテに十分すぎる量なのにたったの178円!このリーズナブルさがまた嬉し。

紙袋に包んでもらってそれをぶら下げて最初の一杯を心待ちに家路を急げば、子どもの頃親父がよく油紙に包んだ鳥のササミ肉を買って帰って来たことを思い出す。親父の晩酌は毎晩キリンラガー大瓶1本と決まっていて、やはり必ず何か一品をお袋が作ったり自分で用意したり買ってきたりしていた。
子どもたち(と言うよりほんとんどアタシ)はその親父が買ってくるつまみが楽しみで、今ではとんと食べなくなったし見なくなった(あるのかな?)鶏の生のササミ肉をにんにく醤油でいただいたあの美味は、今も口中に思い出せるような気がする。そして親父の左横からぼくはビールジョッキを奪ってゴクリと一口いただく。親父が「おいコラッ!」と言っても時遅し。苦いラガービールが喉を通る感触を、記憶にある限りでも小学校の低学年から一口味わっていたことを覚えている。その苦さを美味いと思えたのは、利根川の土手で一人缶ビールを呑むようになった17歳の時。

刺身や生肉が好きだった親父は鶏のササミ以外に鮪やイカ、タコ、レバ刺しや馬刺し等々今思えば工場労働者のつつましい暮らしの中でなかなか上等なつまみを食べていたものだ。
かたや倅は150g178円の鶏皮がご馳走で、それにこれまた月に2度くらいありつける生協の40%引きカツオのたたき(約200円強)が大ご馳走。何もなければ納豆だけをアテにしたり、大竹聡さんの本で知った豆腐に塩をまぶした刻みネギをたっぷりかけて、その上にごま油を垂らすだけで超美味いアテをこしらえたりのつまみライフである。これも時代の違いだろうか?思えば40代の親父は独立し一人で五十嵐工業を立ち上げて意気揚々であった(と思う)。確かに家計は右肩上がりになって行った。間もなくぼくは家を出たけれども。

みんな(と言ってもぼく以外に食べるのは長女と母ちゃんだけ)でカリカリに揚がった鶏皮をつまみ、ぼくは誰も一口呑もうとして来ない麦とホップをグビリと呑んで、今宵は調子の良いヤクルトを子どもと一緒になって応援するのだった。
いつものことだけれど、電車で考えていた事と全然違うことを結局徒然に書いてしまった。それもまたブログ(当人はショートエッセイもしくは身辺雑記のつもり)の面白さでもある。

この国の世情を見やれば、手前らの威嚇は棚上げのまま北朝鮮のミサイルで大騒ぎして、今また共謀罪をごり押しして、たかだか皇室の恋愛話にキャーキャー騒ぎ、二度と取り戻せぬ沖縄のサンゴ礁と森をそれらと同じ時に無言で破壊している。政治は愚かすぎてまともに関わる気は全くしない。しかし、個人の単独発言も十分政治的である。同じ土俵に乗らずとも望まなくともつまみの話でも十分政治的になり得る。マスを求めることが政治じゃない。マスを求めるのはどこぞの国や宗教団体のマスゲームと同じ結果になるだけだ。いわゆる不寛容な集団の出来上がりだ。左だろうが右だろうがぼくは決してそこにコミットしない。瑣末なことを書きそこから天下国家まで語り人間本来の在り方を見つめる。人間本来の在り方を一人一人の日常の中で見つけ実現して行く。4月のかけこみ亭ライブで知念良吉師匠が言った言葉だ。至言である。この言葉を実現するライブを21日の阿佐ヶ谷あるぽらんで知念良吉師匠とソウブラでみなさんに観せます!

今宵のBGMは、ボブ・ディランのブートレッグシリーズ第10週「アナザー・セルフ・ポートレイト」。ディランのアルバムの中でもぼくが大好きな「新しい夜明け」や「セルフ・ポートレイト」のアウトテイクマンチクリンの、至福必至の名盤。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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2017-05