周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

ロケンロールライフ911 

2018/06/19
Tue. 23:16

昨夜は関西に住む友人知人たちの無事を確認しつつ、震度6弱の揺れについて、ぼくが体感した3.11の震度5強の揺れを思い出しながら過ごした。

犠牲者が出て、現在も水道やガスが止まっている高槻市は、5月末にソウブラがライブをして来たお店南風楽天があり、友人も住んでいる街。南風楽天は店主槇野さんがいち早くFBで無事を知らせてくれた。酒瓶や食器が落ちてずい分割れたとのこと。
山崎のさくらさんからは無事のメールと共に、日本列島どこも地震だらけ、五十嵐君も備えはしてねとメッセージをいただいた。本当だ。前日くらいに群馬でも地震があったし、南海トラフだろうが首都直下型だろうがもはや予測の意味があるのかしらと思わされるほどいつどこで起きてもおかしくない島であることを、つくづくつくづく思い知らされる。それなのに、3.11から7年で早くもポツポツ原発はしれーっと再稼働しているし、海外への売り込みにも相変わらず精を出している。正気の沙汰とはとても思えない。こんなどさくさの中で記者会見して、安倍晋三と会った記憶も記録もありませぇ~んと、やはりしれ~っと言いのけた加計理事長も原発並の軽薄さと図々しさと恥知らずと傲慢さである。そんな軽薄と図々しさと恥知らずと傲慢がこの国を、この世界を動かす原理となってしまっているのかと思うと、ますます一人の自由でもってその原理をテッテ的に否定して生き延びてやろうという気がマンチクリンになって来る。

3.11の1か月後から唄い出した「廃炉!」という歌を、今年くらいからまたこれまでとは違った心持でライブで唄うようになった。さらに自分自身の重心を低くして「廃炉!」という言葉を、空に巻き散らすようにではなくもっと地を這い根元を狙い撃つような気持ちと唄い方で唄いたくなったのだ。これからもしぶとくしぶとく「廃炉!」を唄って行きたい。

今回、地震で倒壊した塀の下敷きになって亡くなった方が居て、塀の設置が建築基準法に反していたことも報道され、殊に学校周囲の塀などの設置状態のチェックを全国に促したという。宮城県気仙沼市出身の旧友Oによれば、子どもの頃体験した宮城県沖地震で塀の倒壊により18名が下敷きになって亡くなり、以来かの地では「揺れると人はモノにすがりたくなる…だけど塀や建物からは離れなさい」と教えられてきたとのこと。宮城県沖地震での犠牲の後に建築基準法も改正されたのだが、その徹底はされていなかったということなのだろう。高槻市の発表を生かすことが、震災から学ぶことに他ならない。それからいってもやはり、福島第一原発事故後の原発維持と再稼働は学びを無視した行為であり、いくつかの復興事業もまた疑問を呈さざるを得ない。
そんな命を守るための学びを怠った結果が、今のこの国のシステムの根幹を成しているとしか思えないことばかり。地震だらけの島で生きていることを、ゆめゆめ忘れまいと思う。

関西のみなさんにお見舞い申し上げます。

今宵のBGMは、ボブ・ディランの81年発表の「ショット・オブ・ラブ」。
BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!
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ロケンロールライフ910 

2018/06/17
Sun. 23:18

昨日はソウブラ御用達の森田家レコーディングスタジオにて、無事5曲森田君のリードギター録りを済ませ、その後うめちゃん、ちきんベース君も合流していつものように充実の?打ち上げを深夜まで楽しんで帰宅(FB上で、森田君がレコーディングの様子写真をUP。写真で見ると改めて森田君の部屋の拓郎爆裂ぶりが分かる(笑))。

そんな翌日のぼくの過ごし方と言えば、森歩きと銭湯ヘルスよしののゴールデンコース以外にあり得ない(笑)。
川崎市多摩区に住んで25年、この間2回引っ越したが、ぼくはずっとこの地域の森と森を繋ぐ“多摩自然遊歩道”のそばに住んで来た。そして、多摩自然遊歩道こそがぼくを森へと誘った入り口でありその名の通り森の道であった。

多摩自然遊歩道とは、この地域の遊歩道第一号である“多摩自然遊歩道”と、第二号“菅北浦緑地遊歩道”、第三号“東生田自然遊歩道”からなる総称である。母ちゃんと結婚して初めて住んだアパートは多摩自然遊歩道の森に面した所に在り、二人で本当に良く散歩したものだ(「多摩自然遊歩道便り」という歌にもした)。取り壊しによる立ち退きで引っ越した先の平屋の借家も遊歩道のそばであり、現在住んでいる団地は、黒沢明監督の「七人の侍」や「蜘蛛の巣城」のロケ地にもなった菅北浦緑地が近く、団地と繋がるまほろばの森を含んだ東生田自然遊歩道のまさにコース上にある。

東生田自然遊歩道は3コースの中で一番長く、全6.5kmあってぼくはその西約半分のコースを気ままに歩いては、ちょうどゴールでもスタート地点でもある小田急読売ランド前駅に出てヘルスよしので汗を流しているのだが、先週の土曜日の午後、ついに一念発起していまだ未踏破の東生田自然遊歩道の東半分、生田緑地のある向ヶ丘遊園駅へと続く道を標識頼りにやはり風呂道具を持って一人歩いた。なぜ風呂道具持参かと言うと、我が地域歩きのバイブルでもある、自然遊歩道設置に尽力した地元共産党元川崎市議の市村護郎氏著のその名も「自然遊歩道物語」(2001年出版委員会発行)によれば、東生田自然遊歩道の古墳群でもある森をちょうど降りた地点に、先日免許証の書き換えに多摩警察に行った帰りに念願かなって入湯した生田浴場があると書いてあるのだ。なので、まるで浮気をしてヘルスよしのに内緒でこっそり愛人に逢いに行くかのようなそそくさとした気持ちで、ポイントごとに立つ案内を頼りに、時折集合住宅の細い路地や階段も混じる東生田自然遊歩道を歩いた。暑かったせいもあるが、このコースはそれ以外のコースに増してなかなか歩きでがあり、アップダウンもけっこうキツイ。ゴールに風呂が待つから良いが、帰りも同じルートを歩くと夏場はせっかくの風呂上りにまた汗だくになっちまうこと必定だ。

それでも初めて歩く森の道は新鮮で楽しく、特に東生田自然遊歩道は地元の小学校の教育の一環として保全活動もしているようで、遊歩道の要所要所に可愛い小学生の書いたお手製の標識や植生紹介があってほっこりする。
そして、車からも見える根岸稲荷を過ぎて歩道橋を渡った先に、これまで歩いた森でついぞ遭遇したことないほど広大な竹林へと遊歩道は続く。歩けど歩けど真っ直ぐな竹林が続き何とも圧倒的かつ幻想的な心持にさせる。敷き詰められた竹の葉にすべって何度かこけそうになりながら、道を下って行くとちょっとした休憩場&広場があって、案内板を読むとこの竹林と山がいわゆる7世紀から8世紀に築かれた5基の円墳からなる根岸古墳群であることを知る。

「へぇ~」と独り言言いながらさらに遊歩道を降りると、突然住宅地に降り立ちキツネにつままれたような気持ちで道なりに歩けば、まさに目の前に現れたのはあの激渋風情マンチクリンの生田浴場であった。古墳でもある広大な竹林遊歩道を降り立った所に銭湯なんてあまりに出来すぎている。ぼくのような森と銭湯を愛する人間を泣かすために作られたルートとしか言いようがない。
本当に泣きそうに感動しながら、生田浴場の熱めなのに肌に優しい軟水のいつまでも入っていたい湯に、お爺ちゃんたちと同じ風景に収まって汗を流し至福の夕方を過ごした。とうとうぼくは、団地から好きな森を歩いてたどり着ける銭湯を2カ所も確保してしまった。けれど、ここに誓って言うがアタシの本妻はあくまでヘルスよしのであることに変わりはない。

最後に、なぜ我が多摩区の森に遊歩道が多いのかだが、先述の歴史的自費出版名著「自然遊歩道物語」によれば、ほぼ私有地である森は開発業者に容易に買い取られてしまう場合が多く、70年代から80年代にかけての市村議員ら市民たちの自然を守る運動の中で、市に働きかけて遊歩道分の土地を買い取らせ公道である遊歩道を森の中に設置することで、開発業者から森のこれ以上の破壊を守った証なのであった。遊歩道がない森はどうなったかは、隣接する稲城市側の同じ多摩丘陵(もちろん希少なタマノカンアオイが群生している)のかつて森であった所を見れば悲しく否が応でも分かる。無残に森と丘陵を崩し今もマンション建設工事が続いているのだ。
ぼくをこの土地に住まわせ愛着を持たせ続け、森へと、街の小さな銭湯へと導いてくれた多摩自然遊歩道は、この街を自然破壊から守ったシンボルでもあった。にしてはとても地味で静かな自然のシンボル。ぼくはそれをこよなく愛し、飽くことなく憧れ、この世界を良い方に変えて行く道しるべにし続けるだろう。もちろんこの遊歩道を歩き続けて。

今宵のBGMは、ピーターバラカン氏DJのバラカンビート録音音源。BG酒はトリスクラシックをストレートでチビリ。
ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ909 

2018/06/14
Thu. 23:09

それは今年のぼくの49歳の誕生日の昼であった。

仕事の昼休みを利用して、ぼくは職場近くの行きつけのU診療所へ行き、ここ6年ほど毎年春恒例受けている腹部エコー検査の結果を聞きに待合室で座って順番を待っていた。
大きめのテレビ画面には、ぼくが診療所に入った時からずっと同じ場面が繰り返し流されている。それは北朝鮮側から板門店の軍事境界線を越えてやって来た金正恩氏を迎える、韓国側の文在寅氏との笑顔に満ちた握手シーンと、金正恩氏に促され文在寅氏が反対に南側から軍事境界線を越えるシーンであった。

テレビのニュースは極力クールに観ようとする癖の付いているぼくは、特に金正恩氏を「この人実はなかなかの役者だなぁ」と思いながら、それでもどこか彼の少年の面影残る笑顔に好感に似たような気持ちを抱きそうになるのを感じた。そしてそれと同じくらい、いやそれ以上に、文在寅氏の誠実さと謙虚でいてその実金正恩氏をどこか兄貴のように包んでいる雰囲気に感動すらした。これは単純にテレビ映像だけ観てぼくが脊髄反射的に感じたままであり、それだけを持って朝鮮半島事情を語ろうというものではない。しかし、なぜかこの日の4月27日の2人の様子がぼくの脳裏に焼き付いて離れない。
一昨日のシンガポールでの米朝会談は映像で観ていないけれど、この4月27日の南北首脳会談の絵に比べれば数段見劣りするような気がするし、一昨日の米朝会談はこの4月27日のオマケと言うかその延長線なのだろうと思えてならない。ただ、まさかトランプがこんな芸当を見せるとは正直思ってもみなかったが…。政治は本当に分からないし関わりたくないとつくづく思うばかり(政治世界では、人間性がとても持ちこたえられそうにない)。

たとえそれが類まれな演技であっても、用意周到な取引であったとしても、それが政治力というものなのであれば、ぼくが生まれおそらく死ぬまで生きるだろう日本という国の、あえて代表として挙げれば安倍晋三首相はかの3人に比して、いやその他諸外国の首相、大統領に比してどう贔屓目に見ても数段、数十段、数百段政治力の(おそらく人間力全般)劣る輩にしか見えない。
4月27日の南北首脳会談の映像を観てぼくが思い出したのは、これまた映像は観ていないのだが、来日したトランプにひたすら媚びへつらい、接待ゴルフの現場であわれコケた男の卑しい姿態であった。せめて昔の昭和喜劇映画のように、みじめな日本人をテッテ的に演じてみせて笑かしてくれたらまだ面白かったのに、その後の嘘を上塗りし続けるモリカケ問題や、気に入らないタイプの国民のことはどこまでも見下す態度(そのトランプへの態度との落差がまた情けない)の卑劣さには、ただただ恥じ入るばかり。いつまでこの恥に耐えなければならないのか?この男を絶対に認めない気概だけは、どんなに生活にくたびれても持ち続けていたいものだ。でないと人でなしになってしまう。

それでもやはり、ぼくは一人の権力者の一挙手一投足やパフォーマンスで世界が一喜一憂し、それで戦争にも平和にも転んでしまうのは絶対におかしいと思う。こんなニュースにくぎ付けになり固唾を飲んで見守る生活ではなくて本当は良いはずだ。あるべき世界の姿とはそうではないはずだ。

今宵のBGMは、ボブ・ディランの1997年来日時の札幌厚生年金会館ライブの海賊版音源。この時の来日ライブのディランバンドのライブを観た豊田勇造師匠が、YUZOバンド結成を思い立ったのは勇造ファンの間では有名な話。この時のディランは56歳、今のアタシと7歳しか違わなかったのか…。今年のフジロックはもちろん行けません。高すぎるぜフジロック(だけじゃないけれど)、若者たち良く行けるな~。いや、若い時だったらアタシも行けたか?貧乏なコブ付きおっちゃんは無理です(泣)。

BGドリンクはトマトジュースでした。せっかく新曲出来たけれど、母ちゃんに「直接過ぎる」とダメ出されてイジけてます。最近話題のヒノマルとかいうタイトルのJ-POPより絶対良いと思うけどなぁ。でも確かに直接過ぎるかぁ…“排除したい”ってタイトルだし。
ではまた、めげずにロケンロール!

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ロケンロールライフ908 

2018/06/12
Tue. 23:12

今日は午後から出張で、もう7年ほど不定期に出向いている調布市と三鷹市の境にある精神科病院での関係者会議に参加。

大田区にある職場からその病院までは優に2時間かかるが、その病院から川崎市多摩区の我が団地までは多摩川渡ってすぐなので、帰りは実に楽だ。正直街の空気は大田区よりこちらの方が馴染みがあってしかも緑も多いので好きである。
一人の以前施設に通っていた人の入院時から退院、そして地域で生活する上での支援と長い事関わっているわけだが、当初と同じ面子はもはや年配の主治医とぼくだけとなってしまい、特にぼくは当人の施設利用時代からの付き合いなので、望んだわけではないが会議ではご意見番みたいな役割を担っているのを感じる。しかし、ぼくの働く施設はほとんど制度外に位置付けられているので、いわゆる制度内で支援をする他の事業所の勝手が分からない。でも、逆にその勝手が分からない、制度と関わり合いの無い立場から制度のおかしさや矛盾を突くことが出来るわけでもあるようだ。

現行の総合支援法では、被支援者一人が福祉サービス(嫌な言葉)を受ける際にどんなサービスでも制度内のものであれば、計画相談なるものを通した1年更新のサービス等利用計画を作成し、自治体から受給者証を発行してもらわなければならない。それに準じなければサービスを提供する事業所に報酬が入らない仕組みであり、利用計画を作るのも専門の計画屋が居て計画一つ作ってナンボの世界で動いている。ぼくの施設はその一切の手続きに無関係で運営しているのだが、なぜかと言えばその制度に乗るのを拒否したからに他ならない。しかし、施設に通う利用者が自身の生活上他の福祉サービスを受ける場合は、もれなく上記の手続きを踏みぼくは関係者としてやはりもれなく支援者の集まりに出かけることとなる。実際別件では、制度の外に居るぼくが会議の主宰と進行を務めていたりして、最初は疑問にも思ったがそんな制度外人間が居てそれなりの役割を果たすことが、ぼく自身が望み目指す現行法制度をひっくり返すことにも繋がるのではと思って、職員3名の零細施設にもかかわらず出かけるのを厭わないでやっている。下衆な愚痴だが、こちとら全て施設からの持ち出し&手弁当である。

制度内の支援者が意識的にか無意識にか良く陥るのは、福祉サービスの受給者証の利用期間ありき(でないと金にならない)の発想になったり、ある地域への移行定着支援者であれば、その地域にその本人を形だけでも戻すことを急ぐことだったり、とにかく手っ取り早く成果と実績を上げようと発想し動こうとすることだ。本人のゆっくりとした変化を待つことが出来ない。
今日の会議でも、ぼくは大田区側の定着支援者(天下り社会福祉法人)が拙速に、本人を含んだこの会議での合意も無しにやっと現在地での生活に慣れてきた当人を、半ば強引にかつて住んでいた大田区に戻そうと動いたことを批判した。ぼくが批判するまで会議の全体の流れは、そういう動きはまぁ結構ではないかとスルーする雰囲気であった。それでもまだこの会議は、ぼくの批判的意見に対し真摯に協議し、先の支援者も拙速であったことを認める等良い方なのかもしれない。実際現在地で支援してくれている訪問看護やグループホーム、通所事業所のスタッフはとても誠実に対応してくれている。だからなおさら、そんな人たちが制度の都合(それは事業所経営の都合でもあるだろう)に傾くと、余計に制度外に居るぼくにはそれが良く分かるのかもしれない。

そんなどこか清々しくもある孤立感(いったいどれだけそれを味わって来たことだろう)は、天気雨降る夕暮れの団地へ続く森の道を歩くうちにスーッと大地に消えて行き、後は自分のやるべき仕事を、その福祉従事者と言う名に違わぬ仕事を今日もやったというほんの小さな達成感だけが残り、いつもより早めの晩酌を満たしてくれるのだ。

今宵のBGMも、ボブ・ディラン&ザ・バンドの「ザ・ベースメント・テープス・ロウ」。
BGドリンクはトマトジュースでした。ヤクルト強いね~子どもたち大喜びです。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ907 

2018/06/11
Mon. 22:58

3月からライブの合間に2回3人ソウブラ(五十嵐、森田、梅田)でスタジオに入り、6曲レコーディングしたまま放置していた音源を、ようやく簡単に調整(音量とか音の位置とかエコーかけ)してCD-Rに落とし、今朝の通勤&帰宅時に愛器ソニー製CDウォークマン(今時これを使っている人はそういまい)で聴く。

3人でボーカル含めて「せーの」で録った音源なのでとってもシンプル。左側から森田君のギター、中央にぼくのボーカルとリズムギター、右側に梅ちゃんの叩くタンバリンか振るシェイカーの音とボーカルだけが間近で弾き唄っているように聴こえてくる。スカスカ隙間だらけのただ演奏したままの音なのだが、そんな音が年を取るほどに以前にも増して好きになって来た。録った6曲は家族の事を唄った歌に、昨年秋からライブで良く唄っている故トム・ペティの歌を意訳したもの、そして前回の都知事選後に書いた勝ちを急ぐ政治運動を皮肉った歌となかなかバラエティーに富む。
中にはいまだ甲乙つけがたい良く録れたテイクが複数ある曲もあって、今週末前作同様所沢のギター森田君宅でリードギター入れを予定しているのに、どれをOKテイクにして良いか決めかねている曲も有る。
その筆頭は、亡き母のことを歌った“ないしょの話~母の歌集~”で、一つはとても情感がこもっていてそれが演奏に滲み出て少し暴れた感じのテイク。そしてもう一つは、それを録った後に「これでラストテイクにしよう」と言って気楽に録ったテイク。同じレベルにして同じ操作で録っているはずなのに、こちらは何となく大人しくそして切なく美しい。
ぼくは個人的には抑えきれぬ情感がにじむ前のテイクの方が好きだったのだが、今日の帰宅時に、長い生田駅からの上り坂を歩きながら、後のテイクで梅ちゃんの唄うお袋の書いた短歌の部分を聴いていると、前テイクよりも力が抜けて少しかすれた感じの彼女の声が胸に迫って来て思わず泣けてしまった。自分の声を聴いて泣いてたら相当のナル男だが(ないことはないのですが)、なんやらこの梅ちゃんの切ない声は、まるで天から降って来たように(この上り坂は、歌がそんな風に聴こえて来るぼくにとってのパワースポットでもある)感じたのだ。さぁてどうしようか?この曲は今回のアルバムの目玉曲の一つであり、スペシャルゲストもお願いしている。どっちかにしなければならないのだが、とりあえず森田君には両方にリードギター入れてもらおうか。

先日の東中野じみへんライブの時に、京都から観に来てくれた同世代の友人が、前作“普通の暮らし”をしょっちゅう聴いていると言ってくれてめちゃくちゃうれしかったとともに、新作は“普通の暮らし”を超えなければならないというプレッシャーもちょっとある。“普通の暮らし”で初めて(いや、その前の竹内浩三をうたう“ひたぶるにただ”からかな)「ライブの方が良い」と言われずに、「CDを何度も聴いている」と言ってもらえるようになった。それは自分でも何となく分かる気がする。凝った録音とは真逆に、シンプルな音で力まずに録音されたものは、自然と聴きやすいのだと思う。そんな録音のコツ?を、10枚近くCDを作って来てようやくつかめて来たような気がしているのだ。スルメのような音と言うべきか、何度聴いても飽きない聴くほどに味の出てくる音というのは、そんなアナログかつチープな音なのだと偏屈親父はもはや信じて疑わないのである。と言う割には、相変わらず録りっ放しで編集作業が面倒でなかなか手を付けないディレクター兼プロデューサーなのであるが。これでは他人をプロデュースすることはまず無理ですね~(苦笑)。

レコーディングはこれからフルメンバーで約6曲録り、ソロ2曲を加えて全14曲で完成予定。タイトルは決まっていて“命でしかないビート”です。みなさんどうぞお楽しみに!それまではぜひ“普通の暮らし”をお楽しみ下さい。

今宵のBGMは、ボブ・ディラン&ザ・バンドの「ザ・ベースメント・テープス・ロウ」。最大でもマイク6本だったという文字通り地下室や誰かの家の部屋で簡易録音された膨大な名曲たち。この力の抜け具合と音の飄々さがたまりません。こういう音こそが最上と感じてやまないアタシです。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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2018-06