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周辺暮らしのロケンロール

関東を中心に活動中のごちゃまぜロックバンド、五十嵐正史とソウルブラザーズの公式ブログ

「あるぽらんでの豊田勇造ライブ前座の地位は誰にも渡さない!」なんてMCで息巻いた、昨夜の毎年恒例の阿佐ヶ谷あるぽらん豊田勇造師匠ライブの前座ステージ。

23年目の何度も立って慣れているはずのあるぽらんのステージなのに、昨夜は何だか自分の中で上手くステージを組み立てられない、どこか自分の中で空回りするライブだった。特別緊張したわけでもないのに、事前に流れは頭の中で組み立てて臨んだはずなのに何だか落ち着けなかった。なぜだか分からない。何年やってもこれがライブ。自分のステージ運びにどこかで過信してしまっていたのだろうか?体調も今一つだったかもしれない。ステージで唄うぼくの姿を見た店主でありソウブラGMの佐々木さんにライブ後、歌は良かったけれど何だか痩せたぼくの姿が心配になったと言われ、楽屋でカツサンドを一切れもらった。ライブ前は全く食べられないぼくを当然佐々木さんは知っている。

それでもライブ後「良かったよ~」と言ってくれる人が居て、CDも買ってもらえてホッとするやらありがたいやら。
ただそれよりなにより20歳年上である勇造師匠の充実ライブの素晴らしさに、ぼくはまたも気持ち良くノックアウトされて昇天した。
ともかく心・技・体が見事に一致し(これすごく重要)、1本のギターだけで作る空気を一変させるグルーヴと自身の歌が描く世界をきっちり観る者に提示し、その世界に命と表情を吹き込む力量の凄さ。師匠の背中は、あまりに大きく立ちはだかると言うよりすっぽり包み込まれてしまう。何だか23年前と全く様相が変わらないことに自分を不甲斐なく思うと共に、やはり幸せでもあるのだった(それじゃいけないと思いつつ)。そして臆することなく自分の精一杯を出す他はないステージ。ぼくはデュエットした昨夜の「満月」に、思いの丈とぼくの歌唱力の全てを注ぎ込んだ。
もちろん自分の歌も精一杯唄った。見た目がどうも急激に老け込んだらしい自分だが、そこからやるしかない。確かにくたびれている。今日はどうにも身体が辛くて正直休みたかった。勇造さんとたくさん話して楽しかった打上げを思い出しつつ銭湯に行きたかった(月曜休みだけど)。それでも何とか仕事やり切って晩酌&仮眠したら少し復活。こうしてブログ書いてます。

明日の夜は立川「農家」で、これまた大好きなイベント店主サミットに参加しま~す!あるぽらんでバンド初披露した新曲唄う予定。
そして週末27日は大森スペースCでワンマンライブ!歌いながら夜を往け~。

阿佐ヶ谷あるぽらんソウブラセットリスト
①殺人狂時代
②ジョニーのある街へ
③ヘルスよしの
④ないしょの話~母の歌集~
⑤余計な音

勇造さんとの共演
・瀬長亀次郎 w森田
・ピンの歌 w森田&梅ちゃん
・道しるべ w五十嵐&阿佐ヶ谷のよっちゃん
・いとうくん wソウブラ
・がやがや阿佐ヶ谷 wソウブラ
・満月 w五十嵐&山村

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ロケンロールライフ942 

2018/10/20
Sat. 22:49

今日は正午に、JR稲田堤駅前でちきんベース君と梅ちゃんと待ち合わせ、28日で閉店してしまう多摩川べりの天国に一番近い酒場「たぬき屋」で最後の飲み会。

ライブの合間をぬったこの日しか都合がつかず(来れたのは3名だけど)、それでも今日の気持ち良い秋晴れの駅から多摩川への道を歩けば、最高のたぬき屋飲み日和に感じテンションが上がって来る。
土手に立ち、見慣れた赤い“営業中”の幟が見えると、川に面した店の入り口前には開店直後でもはや人の列が!
たぬき屋に来てこんなこと初めて状態に驚きながら列の後ろに並び、この店との別れを惜しむ人たちがこれだけ居ることに今さらながら驚く。そしてさらに驚いたのが、この状況をおばちゃんがたった一人でさばいていること。以前空いている時にも居た別のおばちゃんやお兄ちゃんはどうしたのだろう?なんて思いながら、余計な心配もしつつ(果たして、これを閉店の夜7時までおばちゃん一人でやり切れるのだろうか?)、久しぶりの多摩川の様子を眺めたり3人で話したりして注文の番が来るのを待つ。

多摩川の川面の中州には、たぬき屋の閉店理由でもあるところの、先日の台風で根元から倒れた木が何本もある。長い歴史の中で何度もその姿を変えてきた多摩川。たぬき屋も無くなって今また大きくその様相は変わりつつあるのだろうか?
どうにもしんみりしてしまいそうになるが、いざ順番が来て追加注文でおばちゃんの手を煩わせないよう、初めからサワーを2杯ずつ(五十嵐とちきんベース君はトマトサワー、梅ちゃんはレモンサワー)と、すぐに出る煮込みとおでんを一つずつ頼むと何とちょうど3000円也!完璧千べろと相成りました。

ぼくらが陣取った奥の座敷は、思えば長女が生まれた数か月後に、娘を院長先生と一緒に取りあげてくれた、当時助産師を目指す学生だった女性とその彼氏とぼくらで飲んだ場所だった。
ぼくが俳句の季語から長女の名前を付けようとして候補にした名前と、その学生さんの名前が偶然同じで、ぼくと母ちゃんはこれも何かのご縁とその名前を付けさせてもらった。それを伝えた時に、その学生さん喜んで泣いてくれたっけ。今どうしてるかなぁ。あの時ぼくの膝に抱かれていた赤ん坊(泣き出したら川辺であやした)はもう高校生になりました。
あるぽらんの花見をすぐ隣の稲田公園でやった後、たぬき屋へ流れて高坂一潮さんと飲んだ外のテーブルもあの時のまま。一潮さんが亡くなりたぬき屋ももうすぐ無くなる。もうここから見える唯一無二の景色も見られなくなる。やっぱり淋しいけれど決して悲し過ぎるわけではない。今年から唄い出した一潮さんの歌を唄えばいつでも一潮さんに会える。たぬき屋とも飲んで語る度に再会出来るような気がして来る。

ぼくらはそんな思い出話と、今までにない方法で作ろうとしている新しいソウブラのアルバムのことを語り合った。
そして2杯飲みきると、まだまだ並んで待っている人たちに席を空けて最後のたぬき屋を後にした。子どもの頃ここに良くフナ釣りに来たというちきんベース君の話を聞きつつ(40年以上前は釣具屋もいっぱい河川敷に在ったとのこと)、ぼくの亡くなったお爺さんも大田区の南六郷からここに釣りをしに通っていたことを思い出した。

話し足らない飲み足らない3人は、駅前の餃子酒場で梯子するべく多摩川から駅に向かって歩き出した。

今宵のBGMは、来年7月6日に円山音楽堂での70歳70曲ライブが決まった豊田勇造師匠の、60歳60曲の時の円山音楽堂ライブCD。今ちょうど「大文字」が流れている。ぼくはステージ真正面の客席で、森田大地君と肩組んで「さぁもういっぺん!」と泣きながら唄っていた。あれから10年師匠は唄い続け、ぼくも唄い続けてきた。明日はあるぽらんで一緒に唄います。

BGドリンクはトマトジュースでした。ではまた、ロケンロール!

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ロケンロールライフ941 

2018/10/18
Thu. 23:18

今日は午後から、知己の区議会議員さんからお誘いいただいた区議会委員会室で開催される勉強会に参加しようかと思っていたが、なにせスタッフ総勢3名職場。連日相談が相次いでいたり何となく職場を離れるのは良くない感じがしたので、申し訳ないが欠席させていただく(議員さんには「行けたら行きます」という返事をしておいた)。
大田区の障害福祉に関する会議、シンポジウム、ネットワーク、勉強会、協議会等々の一切に顔を出さず、それでも言いたいことを言い続け発信している私なんぞを何かと気にかけてくれ、大田区の福祉施策に対する率直な意見を求めてこられるその議員さんには、正直感謝しかない(実際毎回貴重なやり取りをさせていただいている)。しかし、ホンと申し訳ないけれど実際大田区なんてどうでも良い。そのような場で顔を合わせる同業他者なんぞさらにどうでも良い。それよりなにより目の前の利用者に対する自分の「出来る事と出来ない事」をひたぶる見つめることにやはりぼくはつかれ、囚われる。

今週は毎朝のように、新聞を読んでは憤り、昨日からはずっと沖縄の事を思っている。
もう何度も何度も沖縄県民の「新基地建設、辺野古移設反対」の民意は示され、先日の知事選でもヤマト中央政権の圧力を跳ね返し、新基地建設強制を沖縄は明確に否定したにもかかわらず、それを受けとめて為政者にもあってほしい五分の魂でもって、人間の尊厳を守り取り戻す方向にはどうやっても行かないヤマト中央政権の連中であった。
またも人間の尊厳を捨て、システムや強大な何かにすがりながら、一般下々よりは多額の財と権力だけを持っていることのみに保身した者らが(その中の誰か一人で良いから「否」を言う者の居ない、反対を向くおっとせいの居ない情けなさよ)、埋め立て承認を取り消した前知事の判断に対して正面から応えずに、管轄である手前たちのお仲間官庁(国交省)に不服を申し立てるという(要するに沖縄を完全無視)自作自演の茶番劇で、承認撤回の執行停止を下させ、サクッと埋め立て基地建設作業を再開しちまおうという筋書きだ。

そんな圧政を沖縄に強いている要因がヤマト側にあるという紛れもない現実に対して、日米安保を8割近い本土国民が支持していることをふまえ、沖縄に強制している米軍基地をヤマトに引き取ろうという気運が生まれている。
ぼく個人は日米安保自体に断固反対であるが、それでもヤマト中央政権と大多数の国民が安保堅持を支持してしまうならば、米軍基地は本土に引き取るべきだという考えである。大ニッポン低国国民の、「自分たちだけはとにかく守られたい。保障されたい」という、他者を犠牲にして自らもまた奴隷根性むき出しの心性をぼくは心の底から唾棄するので、これはそこから当然の如く行き着く結論である。

そんな安保反対と沖縄の基地負担軽減という立ち位置は、個人として矛盾せず抱えて行けるが、政党政治となると難しいのか東京都小金井市議会における沖縄の新基地移設、建設反対意見採択を求める市民からの陳情に対し、共産党がその内容に「代替え施設が必要なら全国の自治体を等しく候補地として議論を」というものがあったことを指して、「安保反対の党是に反する」という理由で一度賛成したのに撤回反対に回り、結果意見陳情は不採択となってしまった。
安保反対であるからどこの地にも造らせない。したがって、沖縄の負担はたとえ減ってもせっかく減らした(沖縄に追いやった)本土にそれがブーメランよろしく戻って来るのは認められない。
何とも共産党らしい融通の利かない話であるが、それがかつてぼくが在籍していた頃の党ならば、「あぁやっぱりね~」となるのだが、この間ずい分ゆるくと言うか、軟弱と言うか、ポピュリズムと言うか、ともかく柔軟路線を突き進み、おそらく以前に比べだいぶ綱領も変わったであろう(アタシはかつてこの党の天皇制廃止綱領を強く支持していた)共産党が、何を今さらここで頑なになる必要があるのかしら?と不思議に思ってしまう。どれだけ柔軟になってもやはり党是絶対民主集中制は今も厳然と生きている証左なのだろうか。この感覚ばかりはその中に身を置かないと分からない。ぼくはそれに耐えられず、3年足らずで党を辞めた。しかし、選挙では共産党以外入れたことが無い。共産党のイベントにも参加して歌っているし、信頼を置く議員さんも党員も居る。これも、個人としては抱え続けて生きて行ける。
そのくらい人間の生き方、在り方にはグレーゾーンがあり、それも含めて他者と出来るところで協働してこそ生きることではないだろうか?

小金井市議会共産党は、一度賛成した陳情を撤回などせず、「安保絶対反対の立場から、米軍基地本土引き取り自体も本来反対なのだが、ヤマト中央政権のあまりにも沖縄県民の尊厳を踏みにじる暴挙に対し明確に抗議し、一刻も早い沖縄の基地負担軽減を実現するために、党是は脇に置くことにした」と一言公表すれば良かったのである。
今回の党の所業に、内心納得出来ない党員たちもたくさん居るだろうと思う。それを自由に表明して良いのじゃないかと思う。それが党の否定には決して繋がらないだろうし(まぁ、繋がっても良いのだけど)、そんな思いを抱えつつ党をやったって良いのじゃないかと思う。

腹立ちながら、それでも熟読せずにはおれない今週の新聞。そして届く沖縄の声。
こんな言葉、文章の羅列で1ミリも沖縄の現状は救われない。しかし、黙ってはいられない。それでも、ぼくはぼくの生きる現場でこそやはり沖縄に通じる根を見、このような言葉を書きつつ自分の現場でこそ動き働きかける。グレーゾーンを身の内に抱えつつ。

今宵のBGMは豊田勇造with続木徹「ホールド・オン」。1995年5月18日大阪バナナホールでのライブ録音盤。
BGドリンクは麦茶でした。では、明日の夜は先週もかけ込んだ谷保かけこみ亭での勇造師匠のライブを観に行きます。ロケンロール!

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ロケンロールライフ940 

2018/10/15
Mon. 23:23

共謀コンサートの明くる朝、いつものように家族の中で一番遅く10時近くに寝床から起き出すと、少年野球の試合があったはずの息子が家に居る。

朝の内降っていた雨で試合が中止になったらしく、すっかり野球モードになっていた息子は収まりつかず寝ぼけ眼の親父に向かって「ねぇじじぃ、バッティングセンターに連れてってくれよ~」とねだって来る。
朝飯食ったらだらだらとインターFMのレイジーサンデー聴きながら、コーヒー飲みながら、新聞読みながら部屋で過ごし、昼食に星川製麺所のそばを食い昼ビールも飲んで、ちょっと午睡した後で森を歩いて銭湯へ行くという最高の日曜日の過ごし方を予定していたのだが、ここのところキャッチボールもしてやってないし、そもそも親父らしいことを何もしていないので、息子の勢いに押される格好で「よし、分かった。連れてってやる」と応えたが早いか息子は「午前中に、すぐ行こう!」と来た。何でも午後からは同じ団地の友達から誘いがかかるかもしれないからと言う。「ちっとはゆっくりさせてくれよ~」と言っても「今までゆっくり寝ていたじゃないか!」と、全く説得力無しの親父は、そそくさと朝飯を食べコーヒーを飲むと安物のマイバットを持った息子と出かける準備をすれば、後ろから母ちゃんが少年野球のママ友から得たお隣稲城市に1ゲーム105円で出来るバッティングセンターの情報を教えてくれる。場所は良く通る京王よみうりランド前から府中街道へ繋がる道を脇に入った所で何となく分かった。なにせこれまで行っていたバッティングセンターのほぼ3分の1の安さである。少々しょぼくても文句はない(実際ママ友情報だと、コントロールのあまり良くないバッティングセンターとのこと)。

気持ち良い秋の休日の空気を感じながら、息子と2人でいざ105円バッティングセンターへ向かう。車で10分ほどでそれほど密集していない住宅地の路地沿いにゴルフ練習場を併設したそれらしい巨大なネットに囲われた建物が見えてきた。車を寄せて近づくと、まず息子が「うわっ!ボロボロ」と言い、良く見ると確かにネットを支える鉄骨はほぼ赤錆で覆われ、併設している小屋がまたトタン製で今にも朽ち果てそうな状態。それでもゴルフの打ちっ放しに興じているおっさんたちが見えるのでやっているのは確か。
駐車場らしき空き地に車を停めて建物に近づくと、左端にバッティングセンターの設備が見えたが一見してもはや壊れて使われていないと早合点してしまいそうなボロさ。しかもネットもボロボロ破れていて、それでも勇気を出して掘立小屋に入ると、誰もバッティングセンターを使っている者は無く、これまた錆び付いたコイン投入装置とその前に金属バットが無造作に置かれている。
手書きの看板を読むと、105円でコインを買ってそれを投入すると始まるらしいことが分かったが、そのコインを買える所が分からない。仕方ないのでそのままゴルフ打ちっ放しのおっさんたちの方まで歩いて行き、一番端まで行くとそこに事務所があってそこでコインが買えることが分かる。

事務所の中に入った途端、ぼくは幼少の頃親父に良く連れられて行った当時親父の働いてた工場の事務所を思い出した。そこと建物の雰囲気も古びたソファも事務机もたぶん匂いも全く同じ。またまた時間の止まっている場所を見つけて、ぼくはもうワクワクモードであり、息子はただただ己の知らない濃密な昭和感(基本元号嫌いで使いませんが)にやられている様子。
事務所にはなぜか釣竿がたくさん置かれており、見るとここにはゴルフの打ちっ放し(ちなみに隣の人との仕切りは無し)とバッティングセンターと、何と釣り堀まで併設している。事務所の外を見るとチラッと田舎の防火水槽みたいな釣り堀が見えたが、釣りをしている人は誰も居ないようだった。いったい何が釣れるのだろう?生まれてこのかた、釣りは幼少時のザリガニ釣り以外全く興味なしで生きて来たので(魚捕り名人の親父とこの点も正反対)チラ見しただけで止める。

事務所のお兄さんに「何ゲームやりますか?」と聞かれたので、いつもは3ゲームだけれどなにせ105円なので4ゲーム分4枚のコインを420円で買っていざ、バッティングスタート!
ところが、球速は中速と高速と超高速しかなく、左打席はたった1ヶ所中速の所にしかない。いつも息子は低速80キロでやっているので、手始めに親父がここで一番遅い中速を試してみることに。するとたいてい中速だと100キロくらいなのにここのは90キロくらいで、息子でも何とか打てるかもと思いながら、親父はカキーンと良い音させてゴルフ打ちっ放しと同じネット内に野球ボールを飛ばす。噂通り機械のコントロールは悪く、コインを投入して裸電球がピカッと点いたかと思うとあの昔ながらの回転式の装置が起き上がってボールを放り出すのだが(こんな機械35年ぶりに見たぞ!)、1ゲーム25球のほぼ3分の1は明らかにボール球である。まぁ105円だし、かえって実際の試合を想定した練習になるかもしれない(?)。

結局親父は1ゲームだけで、息子は夢中になって3ゲーム75球を後から来た同じ左利きの少年と交互に打った。最初スピードに付いて行けず空振りばかりだったが後半だんだん当たるようになった。そんな息子を目を細めて見ていたら、息子のファウルチップした打球が、ボロボロの破れネットの穴から飛び出して後方に立っていた親父の股間を直撃した。思わず悶絶しながら(隣で待っていた少年が「おっさん大丈夫?」てな心配そうな顔でぼくを見ていた)、何とも懐かしい35年ぶりの激痛に顔を歪めながらも、ぼくの口元は緩んでいた。

帰りに「また来よう!」と言い出したのは息子の方であった。もちろん、また行こう。これまた良い場所見つけた。

今宵のBGMは、カントリーミュージックの父、ジミー・ロジャースの5枚組廉価版CD。
BGドリンクはトマトジュースでした。今度の日曜日(21日)は年に一度の阿佐ヶ谷あるぽらんで豊田勇造師匠とのライブ。楽しみ過ぎて今からワクワク。師匠に会いたい!師匠の歌とギターを思いきり浴びたい!あるぽらんでの師匠ライブの前座歴も23年目です。ではみなさん、あるぽらんで会いましょう~!ロケンロール!

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谷保かけこみ亭“共謀コンサート”第5回終了! 

2018/10/14
Sun. 21:53

今年早くも37本目のライブ、昨夜東京国立市は谷保かけこみ亭での、もはやお馴染みとなったその名も“共謀コンサート”はとっても良い時間(ライブ)であった。

ソウブラという、いわゆる上昇志向の欠片も無く、自分たちの思いをただ歌と音にして、あらゆる場所で人に伝える行為のみをひたぶるに続けるばかりのバンドに、こういう面白い企画を企てる人が実際に居て声をかけてもらえることのうれしさ。そしてその企てを実現する場所がまだこの世界に在ることのうれしさと、そこで生きて行くための手がかり足がかりの確かさを感じさせてくれるうれしさ。
そんな思いに満ち満ちた4組のライブと主宰のMさんの思いと歌。そんな趣旨のライブを観に来てくれる人が居ることの心強さとありがたさ。何度も書いているかもしれないが、自分はこういうやり方をして来て良かったと心から思う。20代の頃は不安を伴いながら余裕なくそう思い込んでいた。50を目前にした今、不安はない。心から俺はこれで良いのだと思える。何の力も無いけれど、俺はたぶんきっと大丈夫。

今年もう37本目のライブだったけれど、月~金勤務でほとんど有給休暇を取らずの仕事をしながらでギリギリな感じはあるけれど、ライブを止めたいとは全然思わない。昨夜のかけこみ亭のように「やって良かった!」と毎度ライブ後に思う。毎度不安とプレッシャーに苛まれるけれど、ぼくはライブが大好きだ。歌を通して人に思いを伝えて、信頼出来る主宰者や大好きなお店の思いを感じてそれに自分の歌とパフォーマンスで応える行為が好きだ。そうやって誰かと常に共謀するライブが好きだ。

昨夜の4組の出演者、かけこみ亭店主のぼけまるさん、ソウブラ、館野公一さん、そしてメインのながいようさん、それぞれ自分の思いを歌にすることに何の迷いもない4組(そして、毎回歌心マンチクリンのパーカッションを今回も全曲で入れてくれた槙さん!)が見えないバトンを手渡すように歌い継ぎ、最後に館野さん、ソウブラ、ながいようさんとリードをとっての3曲のセッション。うん、良い流れでホンと楽しかったなぁ(リハはほぼ無し(笑))。

この日ながいようさんと初めてちゃんとお話できた。現在沖縄県の読谷村に住んでいるながいようさんは、果たして読谷在住のぼくの旧友であり兄貴分、先日の南城市での楽し過ぎたミュージックパーリーの仕掛け人Kさんと辺野古の座り込み行動を通じて繋がっていた!
大阪から移住し、基地に囲まれた沖縄の現状を知り、新基地建設反対行動に参加しながら暮らす日々を語り唄うようさんのライブに、この夜みな釘付けになった。それはようさんの語り口の柔らかさもあるけれど、沖縄の現状を肌身で感じて行く過程が実に率直で共感出来、新基地建設反対および米軍基地そのものが要らないという思いが、人間の尊厳が侵されることに対する個人としての怒りと抵抗から発していることがヤマトの我々の心に沁みた。
結果的に玉城デニーさんが勝ったけれども、ヤマトの中央政権が操り悪辣の限りを尽くした沖縄知事選の相手側陣営のやり口も、あまりにも沖縄の人たちの尊厳を踏みにじるやり方であったから、それへの人間的な怒りが噴出した選挙結果であり(玉城さんへの投票自体が人間の尊厳を守る為の行動であった)、翁長知事の県民葬時の参加者から菅官房長官への怒りの声にもなった。あれは不謹慎な人間の罵詈雑言では決してない。人間の尊厳が発した已むに已まれぬ声なのだ。そう捉える事が理解することが出来ないヤマト、中央政権の人間の堕落がただひたすらこれでもかと現在進行形で露呈しているばかりなのだ。
それは、あらゆるヘイトにも通じるだろうし、反ヘイトの行動もまた問われるはずだ。人間の尊厳を守ることこそが、人と人とを真に繋ぐ。前夜、職場から使わなくなった古いノートPCを持ち込んでDVDを借りて観た映画「私はダニエルブレイク」もまた、主人公ダニエルブレイクは人間の尊厳を守る為に闘い、その中で人と繋がる。徹底した新自由主義がもたらすグローバル企業に委ねてすべてを民営化(小さな政府化)して行く現在のイギリスは、程度の差こそあれ日本の姿そのもの。そこからこぼれて行く流れに乗れないアナログ人間(ダニエルブレイクは素晴らしい技術を持った大工だが、PCが使えない)は番号で振り分けられ切り捨てられて行く。辛い映画ではあったけれども、ダニエルブレイクの人間的行動に深く共感し、救われ涙が止まらなかった。

そんな映画の余韻と、昨夜のかけこみ亭のライブは見事に共振していた(打ち上げでも、やはり「私はダニエルブレイク」は名画と評する館野さんとも映画の話で盛り上がった)。しなやかにゆるやかに、それでも“イヤナモノはイヤ!”(ぼけまるさんの「雑草音頭」より)と自由に声を上げ続けることを止めない意志に満ちていた。変なカッコつけ、余計な段取り、自分の尺度の押しつけの何もない(ソウブラの出るライブはたいていそうですが)清々しい場であった。

それに昨夜は、自分達のCD以外にものろ救済CDも持って行き、それがとても良く売れて実にありがたかった。
ライブ後、出演者や残ったお客さん達と差し入れの酒(U先生、ご馳走様でした!)を飲み、すっかり良い酔い心地でCDを片付けていたら、のろCDの所にかけこみ亭店主ぼけまるさんからの「のろさんへ」と書かれた茶封筒が置いてある。ぼけさんに聞くと、カンパが入っているとのこと。そして「自分も同じように大変だったことがあるから」と、さらっと言われた。その口調が本当にさりげなくてぼくは瞬時に涙腺が決壊しそうになったが、「必ずのろに渡します」と約してかけこみ亭をみんなと後にした。
良いライブ、良い時間が過ごせた充実感と秋の夜風の気持ち良さに浸りながら、一人稲田堤の駅を降りて人気のない道を団地に向かって歩くうちに、先刻のぼけまるさんの顔を思い出し涙があふれて来た。そのままワーワー泣きながら歩いた。実に気持ち良かった。人の世は捨てたものじゃない。そんな人たちとこれからも共謀し続けたい。人間の尊厳を守り続けるためにも。

ソウブラ「共謀コンサート」第5回セットリスト
①残された場所で
②余計な音
③殺人狂時代
④ファシスト野郎
⑤ヘルスよしの
⑥骨のうたう 詩 竹内浩三
⑦創造者よ ※高坂一潮さんのカバー wぼけまるさん

フィナーレ(全員で)
・武器を捨てて
・三ツ星さん
・男らしいってわかるかい

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2018-10